オープニング


 ここはブルーインブルー、果てしない海の広がる世界。
 海上都市「ジャンクヘヴン」と海上都市「ヘヴンヘイヴン」を結ぶ航路上に藻の異常繁殖が発見された。それから数ヶ月、藻は海域を埋め尽くすようになりつつある。藻が船の舵に引っかかったり、船体にこびりついたりと、清掃する船員どもには不評であった。それだけであれば良かったのだが、迷信深い船員の中には藻の中に得体の知れない海魔が潜み棲んでいるという噂が広がりつつある。
 ここにきて、藻の海域で商船がその海魔に襲われると言う『導きの書』の予言があったとあれば「ジャンクヘヴン」もロストナンバー達に協力を仰ぐほか無い。

【船員の証言】
「あっしは、へへっ、せっかくあれだけあるのだから食べてみようと思ったんですよ。ええ旦那、藻をですよ。野菜不足でしたしね。カゴを背負って、仲間にロープで欄干から降ろしてもらってですね。藻の海に飛び込んだんですよ。
 酢昆布ってあるじゃないですか、干してあんな感じに出来たらいいなと、酢藻藻、へへっ。臭いが耐えられないって奴もいるんですけどね。干せばいい塩梅に変わるんですよ。
 ああ、怪物ですね怪物。もうすぐ出てきやす。それで、あっしはループに吊されて藻をせっせとカゴに入れていたんですよ。もう良いかなと思って、仲間に引き上げてもらおうとしたら、藻がツタのように足に絡むんですよ。あらよって一本はずしたら、また別のツタが絡んでくるんですよ。これはヤバイなって思ったら、ぐいっとカゴを引っぱられて、ざぶん。もう、わけがわかりやしねぇ。それでも、水の上から仲間がワーワー騒いでいるのが聞こえてくるんですよね。あわてて、カゴを捨てて、ようやく引き上げてもらいやした。
 で、みんな信じてくれないんですけどね。見たんですよ。ツタのようなのがうわーっと集まっていてですね。その真ん中にでっかい口のようなものが開いていたんですよ」

【司書の助言】
「と言うわけで、おまえらに商船の護衛をして欲しい訳だ。北海道から帰ってきたばっかりで悪いんだが」
 大雪山での重装備のままのロストナンバー達を見渡したのは司書のシド・ビスターク。体の各所に刺青を施し、それを惜しみなくさらけ出す彼はその場で一人だけ南国であった。
「お前らが行くブルーインブルーは海の世界だ。どこまで行っても海、ひたすら海。そこの海上都市「ジャンクヘヴン」の偉い人に元ロストナンバーがいてだな。そいつからの依頼だ。あちらの商人ギルドにはおまえらは異国からの傭兵と言うことになっている。だから、身分のことは気にしなくて良い。現地に着いたらすぐに商船に乗って貰う。大型の帆船で、水夫が100人以上乗っている。
 『導きの書』の予言ではその船が襲われることになっている。『太陽の光をうけてぬらぬらと緑に光る蔦が登って来る。その根元を辿ると邪悪な顎門が待ち構えている。それは海底に根を生やし』だそうだ。食虫植物の海草版だと思ってもらえばよいだろう。本体は水中だ。水中だと燃やしたりしにくいのがやりにくいな。ロストナンバーの能力と創意工夫が必要だろう。
 戦闘に必要な物資があったら出発港の「ジャンクヘヴン」で調達できるはずだ。便宜を図るように商人ギルドの方に通達が行っているだろう。
 航海は船員に任せっきりでも良いが、手伝いたいことがある奴は手伝え。船員と仲良くなっておいた方が戦闘もスムーズになるだろう。それと目的港の「ヘヴンヘイヴン」では上陸許可がでるはずだ。そこの子持ち昆布は評判なので気が向いたら一杯やってきたらいいだろう。

 嫌なら他の仕事やるか? 北海道での仕事もまだ残っているってリベルが言っていたからさ。また雪山は冗談じゃないだろう。ぱーっと海行こうぜ、海」

管理番号 b19
担当ライター 高幡信
ライターコメント 海だー、魔物だー

簡単な戦闘シナリオです。
 藻の化け物を退治してください。船をつかみに来るツタが伸びてきます。捕まらないように気をつけてください。水中の本体を撃破したらミッション達成です。潜れない人達ばっかりでも、アプローチはいくらでもあるでしょう。船は十分に大きいので船ごと海に引きずり込まれることはありませんが、海魔は海底に根を生やしているので捕まったら動けなくなります。
 「ヘヴンヘイヴン」についてからはおまけです。気が向いたら何かプレイングを追加してください。

†  †  †  †  †  †  †  †  †  †  †

 こんにちわ。WR見習いの高幡信(たかはた・しん)です。

 私はTRPG畑出身でPBMのWRをやるのは今回が初めてになります。GMは100回以上やっているのですが、文章を書く方は素人であります。そうですね、文体は短くまとめる傾向にありますので、文字数の割には密度が濃くなります。その反面、字数を稼ぐのは苦手ですので全体的に短めになるかも知れません。
 拙いところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

 私は準備した設定をPCが蹂躙(ぶちこわしに)していくのが快感なMですのでPCに思う存分暴れていただけますようライティングしたいと思います。
 それと、セリフや仕草がそのまま使える形でプレイングに含まれていますと、助かります。もちろん、一般的な形でも頑張らせていただきます。

参加者一覧
日和坂 綾(crvw8100)
セクタン(cnct9169)
夢流(crau2268)
ルト・キ(cubw6119)
藤枝 竜(czxw1528)
黒燐(cywe8728)

ノベル


 司書のシド・ビスタークに見守られてロストレイル号は走り出した。ナレッジキューブを燃やし、ピストンが力強くクランクを押し出す。その勢いに鋼鉄の車輪がきしみをあげ、ロストレイル号は虚無の空間に躍り出た。
 車窓から遠ざかっていく0世界を風流な催眠療法士の夢流(ユメナガレ) はじっと見ていた。初めてロストレイル号に乗った時を思い出しているのだろうか。漁師のルト・キはその正面で逆に、突き進む虚無に視線をやっている。その先に遠い故郷を見ているのだろうか。
 ナレッジキューブのエネルギーが機関を駆動し、列車の駆け抜ける轟音が鳴り響いてもなお、虚空の冷気は車内を這いだしていた。ここは生命ある者の世界の外である。ディラックの落とし子の領域、明るい世界でも暗い世界のどれでもない、どこの世界にも所属しない。北海道での大型ワームとの戦いは記憶に新しい。窓の外の空隙はひたすらにロストナンバー達を拒絶していた。
 息が詰まる中、☆セクタン☆が一匹、座席の隙間からころころと転がり出てきた。くすくすと、笑い声が場にしみわたっていく。
「あらっ、キミはどこから入り込んだの?」
 自分のフォックスフォーム・セクタンのエンエンを膝の上に抱えた威勢の良い炎の女子高生の日和坂綾(ヒワサカ・アヤ)が、野良セクタンに声をかける。☆セクタン☆は言葉がわかるのかわからないのかトコトコと歩いてきて、綾のセクタンに向かって背伸びした。そんな☆セクタン☆をもう一人の炎の元気女子高生の藤枝竜は持ち上げて自分の膝においた。
「ふふふ、貴方はこちら。えっと、私は藤枝竜(フジエダ・ドラゴン)。これからの冒険ではよろしくお願いします。海なんて久々です!」
 竜は元気があり余っているのかも知れない、既に水着にシュノーケル、浮き輪姿であった。ここで口を開くきっかけをようやく見つけたのか、そこに黒布で顔を隠した……男の子、黒燐(コクリン)が割って入る。
「みなさんこんにちはっ! 僕は黒燐。藤枝さんと、夢流さんは、チュートリアルカフェ以来だねっ! よろしくねっ!」
 そして、めいめいが互いにあいさつをし終わったころには、車内はずいぶんなごやかな雰囲気になっていた。竜が配ったハンバーガーの効果もある。
 それにしても竜は水着姿で寒くないのかと、夢流とルト・キは論ずるが、竜が話しながら興奮すると火が吹き出るのを見て納得した。竜の膝の上の☆セクタン☆は火にあわてて逃げ出し、さらには綾のエンエンにも火を吹かれ、今度は黒燐に捕まった。


 海である。蒼い蒼い海である。
「皆様がいらした世界の海は、青うございましたか?」
 海と船の境目に生まれる泡沫がルト・キの目に止まる。漁師のルト・キからしてみれば海はなじみが深い。しかし、この抜けるようなブルーインブルーの海は、彼の世界の灰色の海とはあまりに違う。
「第壱世界でも感激しましたが……海が青いと、明るいと、この身分になって初めて知りましたよ」
「わーい! ブルーインブルーの海も、綺麗だなぁ。僕の海も蒼かったよ。もう少し色は薄かったけどね!」
 黒燐は水の都の守護天人だ。黒燐から見ればブルーインブルーの海はむしろ荒々しい、そして潮の香りが強い。
 そんな二人の後ろでは、綾が遠慮する水夫からデッキブラシを取りあげていた。甲板掃除を手伝うつもりのようだ。彼女もブルーインブルーに到着してからは水着、スクール水着に着替えていた。
「スクール水着をいかに可愛く見せるかだよね」
 日よけの大きな洒落た帽子、パレオも装備。だが、足下はトラベルギアのごつい鉄板入り革靴のままであった。フォックスフォーム・エンエンに水の入ったバケツを運ばせ。甲板掃除を始める。
 そんな綾を見て、黒燐も顔を隠す黒布を外し、下駄を脱いでデッキブラシを取りに行った。こうすると黒燐も普通の男の子にしか見えない。二人でやれば掃除も早く終わる。そこに、☆セクタン☆もバケツを持ってきたので、二人と二匹。
「おーい、おーい!」
 ルト・キは欄干の下からの呼びかけに応じて、ロープをたぐり寄せる。すると、ロープにつかまって竜が登ってきた。早速、一泳ぎしてきたようだ。
「いかがでしたか? どらごん殿」
「さいっ高ですよー! ルト・キさんも後で一緒に泳ぎませんか? 釣りとかしたら楽しいと思います。えっと、黒燐さんも確か泳げましたよね」

 一方、夢流は船の厨房に篭もっていた。彼は傭兵と言うよりむしろ医者を名乗っている。夢流は壱番世界で言う除草剤を出発港のジャンクヘヴンで大量に購入していた。これは、海棲のハーブの一種で、その毒性でもって他の海草を蹴散らして生えるので一般的には雑草として嫌われている。しかし、別の雑草を駆除するには便利で、知恵のある海百姓はこれをうまく使って海中農園を作っているのだ。煎じて濃縮すれば立派な除草剤の完成である。
――相手が植物なら除草剤が効くはず。しかもわざわざ食べてくれると言うことだ。
 薬草は夢流の催眠療法には欠かせない。その知識はブルーインブルーでも充分に発揮された。
 最初は恐る恐る様子を見守っていた厨房係達であったが、夢流が作業しながら梅昆布茶について話しだすと徐々に打ち解けていった。
「夢流の旦那。梅……ってなんでやすかね。……実が酸っぱい? ……干すと酸っぱくなる? へぇー、塩漬けにしてから干す。それが昆布茶と一緒に飲むとおいしいと。えっへ、ご相伴にあずかってよろしいでやすかね」
 それでは、と夢流が手を休めて梅昆布茶を準備しようと立ち上がったところで、二人の女子高生、綾と竜がどかどかと厨房になだれ込んできた。
「コックの親父さん!包丁ちょうだい!」
 茶を淹れる手を止められた夢流と厨房係達に、綾がまくし立てる。
「今回の海魔って所詮海草じゃん?切って食べて、残りは燃やせばいいんでしょ?だから……ちょうだいっ!!」
 火を吹きながら「そうだそうだ」と竜。ついでにフォックスフォーム・エンエンも小さな火を吹く。船の中で火は辞めてもらいたいものだ。
 料理長が必要ならばと、握りやすい長刃の包丁を二本綾に渡す。スイカなどを一気に叩ききるためのものでなかなか迫力がある。
 続いて、なんと竜は厨房の中に樽を転がしてきた。樽は大きく、しかもその上に錨が乗っていた。女の子一人で運ぶにはずいぶん大きいが、彼女にとっては雑作もないよう。
「もう一つ作戦があるんです! この樽はですね。じゃじゃーん! 煙草がつまっているんですよ。この樽にですね錨をくくりつけて、2艘のボートで挟むように海魔の口の上まで持っていき落として口の動きを封じるんです。煙草の毒で海魔を弱らせるんです! ふふふ、私考えたんですから。」
 誇らしげに胸を反らせる竜の体からぷすぷす煙が立ち上っていく。ずいぶん興奮してきたようだ。それを聞いていた夢流は、ふむ、と頭に手を当て、そして、居住まいを正してこたえる。
「藤枝竜さん、その計画はちょっと難しい。煙草の毒……ニコチンは神経毒だ」
 首をかしげる竜に、夢流は続ける。
「今回の海魔は海草、……植物だ。神経は無い。申し訳ないがこの煙草は水夫のみなさんに分けてあげよう。
 だが、アイデアはいいところをついている。実は僕も似たようなことを考えていたのだ。除草剤を海魔に食べさせようとね。魚にでも詰めて落とそうかと思っていたのだが、途中でバラバラになりそうだ。そこで藤枝竜さんの樽だ」
 二人は顔を見合わせる。
「つまり」
「つまり、除草剤と魚を樽に詰めて錨をつけて落とせばいい」
 話がまとまったのを見て、包丁を両手に握った綾が厨房から駆け出していった。
「みんなに伝えてくるねー」

 小舟に隠した第二の樽の上で仁王立ちする☆セクタン☆、そこには「爆炸薬・火気厳禁」と記されていた。ブルーインブルーには大砲が存在する。むろん火薬もだ。

 蒼い海にポツポツと緑が混じり始める。藻の海域だ。やがて、緑が海を覆いつくすようになり、いやがおうにも磯の香りが鼻に入ってくる。風は凪ぎ、帆がたれさがると船は静かに進みを停めた。鳥もいなく。ぎーこ、と船がその巨体を揺らす音だけが海原に広がる。
「止まっちゃったよー、大丈夫かな」
「黒燐殿、確認してございましょうか?」
 ルト・キはおもむろにコートと帽子を脱ぎ捨て、青黒い全裸になると、魚油を塗りたくって邪悪な海に飛び込んだ。手足の水かきを使ってルト・キの泳ぎは力強い。
 10分ほど潜ったままであったろうか、黒燐が心配そうに水面をのぞいていると、綾と竜が樽を担いで甲板に出てきた。
「怪物出た?」
 黒燐が首を振ると、ちょうどルト・キが浮かんできた。
「怪しい影は見あたらないでございます。ずいぶん広い海域ですので他の場所かもしれませぬ」
「じゃー、今日は来ないかもねー」
「風が吹かないし、探しにもいけないよね。船も動かないし」
 戦うつもり満々の綾は、鉄板入りシューズで甲板をこつこつ鳴らし、少し不満そうである。そこで、よっこいしょと樽を運んできた竜が提案する。
「それじゃ、釣りでもしましょうか? それから宴会です!」
「それはいい考えだろう」
 黒燐が逡巡するところを、追いついた夢流が述べる。
「釣りをしながら警戒すればよい。『導きの書』によると『太陽の光でぬらぬら……』日が暮れてからは海魔はあらわれないから宴会も問題なかろう」
「それでは、左様にいたしましょうか?」
 船上に戻ったルト・キの姿に、水夫が顔を赤らめコートを差し出した。

 小舟を舷に出すと、ぴょこぴょことフォックスフォーム・エンエンが飛び乗る。引き続いて綾と竜、黒燐が釣り竿や網を抱えて乗り込む。夢流は残って、樽を仕上げるつもりのようだ。海面に向かって徐々におろされていく小舟の中でエンエンが綾に抱きかかえられて楽しそうだ。それを見た☆セクタン☆も舷から小舟に向かってととととっとジャンプし、黒燐が魚捕り網で器用にキャッチ。
 藻の繁殖した海は、生命豊かであった。藻を食べる小魚。小魚を食べる中型魚。そして、大型魚は海魔を畏れてか、見あたらない。一行は食物連鎖の頂点に立って自在に狩りすることができた。
 最初はふつうに釣り竿を垂らしていた綾と竜だが、ルト・キが銛で次々と獲物をしとめるのを見るともどかしくなり、すぐに手っとり早い方法に切り替えた。
 綾は小舟から勢いよくジャンプして、シューズに炎を纏い前方伸身宙返り、パレオをひるがえし海面を蹴る。衝撃で気絶した魚が海面に浮いてくる。竜はシュノーケルで潜って、狙いを済ませたショートソードの突きで魚を捉える。
「やるじゃない!」
「ずいぶん捕りますね!」
 一方、☆セクタン☆は器用に貝を拾い集めていた。黒燐は網を持って潜って、みんなが捕った魚を小船に揚げていった。
「わーい! 大漁大漁」


「明日には海魔が襲ってくる可能性が高い。乗員全員、深酒に注意し警戒を怠らないように。だが、今は存分に楽しんで良いだろう。乾杯」
 夢流の音頭とともにその晩の宴会は始まった。水夫達が杯を掲げ、一行も唱和する。生きの良いタネが入ったと料理長が腕を振るった海鮮づくしはなるほど絶品であった。
「♪酒が飲めるぞー。うーみは魚ーで酒が飲めるぞー」
 竜は食べることに関しては一流であるので目を輝かせて食いついた。綾も負けじと食べ続けるが、時折「藻とその藻を食べて育った魚だから、絶妙にマッチするのかな」と料理はできなくとも評論が混ざる。
 マスコットのように扱われてはしゃぐ黒燐。
 と、夜空に火柱が立ち登る。竜が料理長特製の焼酎『鮫殺し』を呑んで火を吹いて倒れたのだ。未成年には無理があったか、あわてて綾が介抱して退場。消火活動が終わった頃には黒燐も疲れて船縁に寄りかかって寝ていた。☆セクタン☆だけが食べ残しを口に運び続けている。

「意外とああ言ったこともなさるのですね」
 夢流が喧噪を離れて海風に当たっていると、ルト・キがやってきた。
「今回の敵と戦うにはあの子達に頑張ってもらう必要があるだろう。ルト・キさん、あなたにもだ。……楽しんでいるか?」
「我輩はこの海で泳げただけで満足であります」
「……そうか」
「明日は、我輩が子供達を守りましょう」


  ―――――   木々は陽の光を求める。より高く、高く    ―――――


 夜明けとともに、奴は這い登ってくる。太陽の光をうけてぬらぬらと緑に光る蔦が登る。蔦は太く強く、潮に流されるままだった船はきしみを上げ、動きを止めた。
 マストの上にたたずむ夢流は、合図の笛を吹いた。誘音招香、幽幻な音色が海面から立ち登る朝霧を雲散させ、戦闘に臨む興奮が静かに船上に染み渡る。
 戦いだ
 待ち構えていた綾は真っ先に飛び出した。包丁に火を纏わせ、踏みつけていた蔦の一つを切り刻み口に放り込む。磯の腐敗した香りが一気に広がった。
「……まじゅい。キミの名前は廃棄率100%の食品だ!! つーワケで……さっさと燃えちゃえ!!」
 燃え上がるシューズで、蔦を焼きながら快走。船縁に登ってくる蔦を滅多切り。彼女がすらりとした足を振り上げると炎は分離し火炎弾となる。呵責無き攻撃を加える。食べられないものに対しては容赦なかった。

 蔦が切られると、得体の知れない悲鳴ともつかぬ音が深いところから鳴り響き、船を揺るがした。水夫の中から恐怖の声が漏れる。マストの上で船上を睥睨する夢流が見下ろすと、黒い海面の中で一層暗い影が昇ってくるのが見えた。
「ではちょっくら!」
 ルト・キが銛を持って飛び込んだ。ルト・キの銛はトラベルギアである。動物の背骨に似た形状で先端から敵の体内に毒を注入することができる。毒の効果、有りや無しや?
 藻の漂う水を潜り進むと、蔦がルト・キ目指して次々と手を伸ばしてくる。かいくぐる。かろうじて、ルト・キに触れる蔦はあっても、ぬるりと油で滑って彼を捕らえることはできない。
 そしてついに藻で視界が遮られる中、水底に巨大な顎門を両眼に捉えた。それは暗黒の窖と言うほか無い。巨体に不釣り合いに細い根が海底から生えていて、その上に輪郭の不確かな口を開けている。蔦はその口の中から無数に生え伸びて、うごめいていた。
 その口めがけ渾身の力を込め銛を投じると、みるみる吸い込まれていった。
 銛が刺さったからか、毒が効いたからか、蔦は苦しげに暴れ出した。あがく蔦がルト・キを求めるが、やはり油に阻まれルト・キをどうすることもできない。しかし、標的はルト・キだけではない。
「うわーーー、がぼ、ごぼ、あーぁーぁーっ」
 ルト・キを追って潜った黒燐は服を蔦に絡みつかれた。そのままルト・キの横をもの凄い勢いで通り過ぎ、引きずりこまれていった。

 それを見た綾は果敢にも炎属性であるにもかかわらず、黒燐を追って、欄干に吊してある小舟の一つを踏み台にして一気に海に飛び込もうとする。フォックスフォーム・エンエンが後に続く。
 炎を噴きだしダイブ。
 その時、小舟に隠れていた☆セクタン☆は迫り来る綾を見て何を思ったのだろうか。
 綾に踏まれた小舟では、火薬樽を隠していた帆布が燃えはじめた。☆セクタン☆はあわてて帆布にふーふー息を吹きかける無駄な努力をした。が、炎は火薬樽に燃え移り、樽の内部の温度が急速に上昇する。
 ちょうど、綾が水面に飛び込んだ瞬間であった。小舟と☆セクタン☆は轟音とともに爆散した。
 爆発は船壁を貫き、取りついていた蔦を粉々に打ち砕いた。その衝撃は水底にまで届き、黒燐は蔦の拘束がゆるんだ隙に抜け出すことが出来た。黒燐の健在を見届けルト・キが注意を水面に引き戻すと、気絶した綾がぷかぷか浮いているのが見える。ルト・キは引き返すことにした。

 夢流は揺れるマストにしがみついて、振り落とされないように必死であった。爆発の衝撃から回復しつつ戦場を見回すと、バラバラになった千を超える☆小セクタン☆が降ってきた。
「やれやれだ。☆セクタン☆があんなものを準備していたとはな。
 藤枝竜! 生きているか! 海魔は弱っているはずだ! たたみかけろ!」
「大丈夫ですよー! 準備万端! ばっちこいです! みなさん、船を漕いでください!」
 応える竜は、作戦通り、除草剤の詰まった樽を二艘の小舟の間に配置していた。そして、小舟に待機していた水夫たちがオールを構えて、決死の航海に乗り出した。
 水面に顔を出したルト・キは綾を小脇に抱え、海魔の本体のいる海域を指さす。
「ルト・キさん、ありがとうございます! そら、行きますよ! キャッチ! ロー! キャッチ! ロー! キャッチ! ロー! ふふふ、綾さん、元気女子高生勝負、勝負ありましたね!」

 風が吹き始めた。大型帆船は風に流され大質量が動き始める。そして、引き留めようとする蔦。
 帆船の上では☆小セクタン☆たちがちょこまかと集まり、合体し、元の☆セクタン☆に戻りつつあった。しかし、ルト・キが海面から船上に投げ上げたエンエンが☆セクタン☆にデッドボール。☆セクタン☆はまたバラバラになった。
「これは大暴投ですな。大変失礼しました。さて、あとは綾殿を船上に戻すといたしますか」

 竜の小舟は海魔の直上に辿り着いていた。樽を投下すると、樽から染み出る魚の臭いに引き寄せられたか、蔦が樽をあっという間に水底に引きずりこんだ。
「うまく行きそうですね」
 しばらくすると、活発だった蔦が徐々に動きを止めていく。
「さて、とどめはどうしましょ?」

 黒燐が海底の岩陰からゆらゆら布をたなびかせながら姿を現す。黒燐は蔦から逃れてからずっと海底で好機をうかがっていたのだ。
「海魔に毒が回り始めたみたいだね。僕の出番だね。根を見つけちゃったよ。今がチャンスだよね。爪でねー、切っちゃう」
 黒燐が近くに泳ぎ寄っても、蔦は力ない。黒燐が爪を伸ばし、刀のように一閃すると蔦はあっけなく切り離される。今なら捕まることもないだろう。そして、苦しむ海魔の根元に辿り着くと、トラベルギアの釣り糸を結わえた。
「残念。僕が子どもに見えたんだろうけど……」

「おーい! おーい!」
 黒燐が水面に顔を出すと、ルト・キが綾を船上に引き上げ終わったところであった。竜が釣り糸を大型帆船のロープに結びつける。
「これで大丈夫かな。帆をかけてー!」
 マストの上の夢流が応じる。
「みんな! 帆をかけろ! 海魔を引きちぎるぞ!」
「帆かけ!」
「帆かけ!」
「帆かけ!」
 水夫たちが復唱すると、マストに結びつけられていた帆が一気に下ろされる。風を一気にはらみ、帆船に巨大な自然の力が加わる。発進だ。
 蔦が船を引き留めようと最後のあがきをするも力ない。そして、船が進み出すと、黒燐の釣り糸がひっぱたれピンと伸びる。海底では、海魔の根元に結わえた釣り糸が急速に絞まっていっているだろう。糸は刃となる。がくんとした衝撃が船に伝わり、一瞬、歩みを緩められるも、すっと何かから自由になったように水上を滑り出した。
 海底から切り離された海草が生きていくすべはない。しばらくは蔦の何本かが船にしがみついていたが、一本一本と力が抜けていき、黒々とした海魔の本体が海上にぷっかり浮かぶ。と、帆船は完全に蔦から離れ、目的港の「ヘヴンヘイヴン」に向かって一気に速度を上げた。


ヘヴンヘイヴンにて、
「お酒? 未成年ですし、飲めないしいりません。子持ち昆布の方がおいしー!」
 竜の言い草に「『鮫殺し』が飲めなかったからって」とつっこみを入れる綾。そう言う綾もノンアルコールである。
「そういえばこれ、倒した海魔に似てますよね。もぐもぐ」
「海魔と違っておいしいですねー」
 まだ食う二人。水夫たちが他にも魚のグリルや、貝のグラタンを持ち寄ってくる。どちらの炎の女子高生が沢山食べられるか賭けをしているようだ。
「ちなみに僕、お酒飲めないからね。身体、子どもなんだから」
 黒燐も実年齢より見た目年齢が優先されるようだ。彼はヘヴンヘイヴンの名産と言われた海みかんジュースを飲んでいる。甘酸っぱい中にちょっぴり塩味。

 夢流とルト・キは航海してきた海を眺めながら『鮫殺し』をちびりちびり。上機嫌の船長と料理長も一緒である。
 つまみの子持ち昆布に、夢流の持ってきた梅干しが添えてある。
「☆セクタン☆殿、デッドボールのお詫びでございます」
 ルト・キが☆セクタン☆に子持ち昆布を放ると、待ち構えていたフォックスフォーム・エンエンに横取りされてしまった。エンエンを追いかける☆セクタン☆を見て夢流

昆布。……愛。


以上

クリエイターコメント  お待たせしました。ノベルをどうぞご査収下さい。
 今回は初めてと言うことで簡単なバトルシナリオにしたかったのですが、みなさんのプレイングがあまりに楽しくて、ついつい航海パートが賑やかになってしまいました。
 満足していただければ幸いです。

藤枝竜さん 酒が飲めるのか飲めないのかどっちなんだー。と言うわけでこのように処理しました。
セクタンさん 「はぐれセクタン」だとセリフの中で処理しにくいので☆セクタン☆としました。
夢流さん 一人称はキャラデータの僕を採用しました。

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン