オープニング


 世界の大半が海で出来た世界ブルーインブルー。そこは暖かな気候に恵まれ、多くの人たちが船に乗り込み海上都市を行きかう世界だ。
 そしてここは海上都市『ジャンクヘヴン』。この世界でも有数の海上都市であるこの都市には、数多くの交易船が行き交っている。
 船に乗る男たちの肌は黒く焼け、引き締まった肉体で荷を運びだしている。市場では様々な交易品が売り買いされ、珍しい品を子供たちが見ては騒いでいる。
 あまりに平和で陽気な空気。しかし、どんな平和な世界であれ負の面を持つものだ。この世界でいえば海の事故。嵐や時化、大津波。そして、海魔という存在。

 深い霧が周囲を包み込んでいた。霧は纏わりつくような濃さで光を通さない。
 その霧の中を一隻の船が漂っている。船はだいぶ大きく、中距離用の交易船である。しかし、その船にはその船に見合うだけの活気がそこにはない。
 霧で船が進めなくともその中には人の生きる空気が存在しているはずなのに。
 キィ、キィと甲高い耳障りな音が響く。バサリと黒い翼がいくつも翻り船の上を飛び回る。
 そこに人はいない。ただ、人を食らう存在だけがそこにいた。
 女の顔があった。だが人間ではない。女の顔を持つ鳥がそこにはいた。口から血を滴らせ、デッキの上に転がる餌を食い散らかす。
 そこにいるのは人を食らう存在と、人だったモノ。
 そこは既に海を渡る船ではない。そこは、魔の巣窟に成り下がった。
 
「集まっていただきありがとうございます。皆さんにはブルーインブルーの世界に行ってもらいます」
 世界史書リベル・セヴァンはそう切り出した。
「『導きの書』の予言により、その交易船が海魔に襲われることがわかりました。皆さんには護衛として船に乗り航海の無事を守っていただきたいのです」
 リベルは『導きの書』を開き、説明を続けていく。
 今回の海魔はいわゆる「セイレーン」と呼ばれる種類の海魔である。半人半鳥の姿をしており、その歌声で船乗りたちを惑わすとされている。時には群れで行動し、船を襲い船乗りたちの命を奪うことさえあるといわれる。
「この手の海魔は似た姿をしていても生態は違うことが多いため、皆さんの持っている知識全てが当てはまるとは限りませんので注意してください」
 今回のセイレーンは凶暴さが強く出た種であり、漆黒の翼が特徴的。翼を広げた全長は1メートル程度。顔の部分だけ人間のそれであり、凄まじい怨嗟の形相をしている。
 狩りの手段はシンプル。鳴き声には人を錯乱させる効果を持ち、正常な判断を奪っていく。そこを持ち前の鋭い爪と牙で切り裂き肉を食らう。
「このセイレーンは群れで交易船を襲ってきます。個々の力は皆さんの足元にも及びません。ただ厄介なことに、統制の取れた動きで実力以上の戦いをしてきます。そして、数は100前後」
 100。その数に息を飲むロストナンバーたち。それはあまりにも多すぎるのではないか。
「無論、この数を倒すのは難しいでしょう。ですから皆さんに倒してほしいのは群れの中にいる1羽です」
 セイレーンの群れの中に1羽だけ純白の翼をもつ個体がいる。他のセイレーンよりも一回りほど大きく、他と一線を画す威風を放っている。それがこの群れのボスであり指揮官となる。
 ボスを倒すことができれば、セイレーンたちは纏まりを欠き動きに精彩を失う。そうすれば大半のセイレーンは船から去っていく。残っても数匹程度であり、動きの鈍いそれらを殲滅するのは容易い。
「最初は離れて飛び、近づこうともしないでしょう。しかし、時間が経てば焦れて自らが狩りに乗り出してきます」
 そこを狙い、倒してほしい。そうすれば船は守られるだろう。ただし、ボスだけあり他のセイレーンよりも手強い存在である。
「航海中いつ襲われるかはわかりません。しかし、襲われる前に船が霧に包まれます。霧に注意していれば問題はありません。それまでは陽気な航海を楽しんでください」
 どうかよろしくお願いしますと、リベルはロストナンバーたちを送り出した。
 
 空は快晴。果て無き蒼穹が広がっている。あまりに眩しい光景に、この先起こる惨劇が嘘のようだった。
 船乗りたちは気のいい人たちばかりで、護衛として訪れたロストナンバーたちを快く受け入れてくれた。
「太守様からの紹介だ、信用するさぁ。まぁ何もないだろうがよろしく頼むぜ!」
 そう言って船長は快活に笑った。実際、広い海で海魔に遭遇することなどあまりないのだろう。
 だが、海魔が船を襲うことをロストナンバーたちは知っている。
 何としても船を守りきろう。そう決意をこめて船に乗り込んだ。 

管理番号 b23
担当ライター 琴月
ライターコメント  はじめまして、そこそこダーク内容な琴月といいます。
 今回が始めてのライターワークとなりますが、存分に楽しんでもらえるように精一杯やらせていただきます。
 戦闘が好きなのでそういう内容のシナリオが中心になっていきます。戦闘中の心理描写とか大好きです。
 でも緩くてほのぼのシナリオも楽しくて好きなので節操なく書きます。

 今回はセイレーンの群れとの戦闘になります。
 個々は弱くとも集団は厄介ですのでお気をつけください。派手に全力で戦っていただけるといい感じです。
 皆さんのプレイングお待ちしております。

参加者一覧
アイザック・アードラー(cebv3803)
ハリー・ハネウェル(cnbt7825)
マグナ・アイリ(cevy9062)
殻 清四郎(cefz8960)
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)
アトス(cchv1862)

ノベル


 果てなき蒼穹が続く。それはあまりに綺麗で平和な色。
 航海は何日目になるだろう。霧に包まれることもなく海魔の姿はいまだない。穏やかな風が吹き、航海はいたって順調だった。
「良い風だねぇ……」
 のんびりと景色を楽しんでいたアイザック・アードラーは、改めて海こそ自分の場所だと感じる。かつていた世界とここは似ているため、その思いをより強く感じるのだろう。
 のんびりと周囲を見てみると、ゆったりと本を読むハリー・ハネウェルの姿が。ぴこぴこと獣耳を揺らし、こちらものんびり空気だ。海魔が現れるまでは徹底してゆったりとする構えらしい。
 そして更に視線を巡らせればアトスが素振りをしている。長身から繰り出す素振りは鋭く、強者の風格を放っている。
「そのうち飽きるだろうがな」
 ナルシストであり戦うことが大好きなアトス。素振りに飽きれば強そうな相手に組み手を申し込んでくる。アイザックも数度相手をした。
「おい、おまえは強いのか? それなりに強いなら俺の暇つぶしに付き合え」
 そう言って組み手を申し込む姿に苦笑してしまった。もっとも、実際に手合わせしてみれば根は素直だと、組み手をした誰もが感じたことだった。まぁ、やはり何処か上から目線だが。
「ま、悪い奴じゃないな」
 そう呟き、また視線を彷徨わせる。そして、ある一点でその視線が止まる。その先にはある意味とても平和な光景が展開されていた。
 ざばぁと、マグナ・アイリは海から鉄製の網を引き上げた。そこには大量の魚が捕獲されている。それを確認しマグナは満足そうな笑みを浮かべる。その光景を見て歓声を上げる船員たち。男所帯の中の紅一点、マグナは船員たちのアイドル扱いである。
 船に乗ってすぐは小柄な女の子ということで子供扱いだったのだが……。
「じゃあ……その子供でも持てるコレを持ってみてください、大人さん」
 そう言って渡したのは120キロもある武器ケース。潰された船員はご愁傷さま。しかし、幼い容姿に似合わぬその怪力というギャップがいいのか、逆に人気が出る始末だった。
 同じロストナンバーである殻 清四郎も船員たちと一緒に騒いでいる。彼としては女性の味方をせずにはいられないらしく、ことあるごとにマグナに構っている。まぁ、子供扱いも混ざるのでその都度ケースに潰されているのだが。見た目の年齢を考えれば、確かに親子なので子供扱いも間違ってはいないのだけれど。
 安全かは知らないが、まぁ平和な光景だろう。のんびりしてしまうのも仕方ない。今この場にはいないようだが、ボルツォーニ・アウグストも何処かでのんびりしていることだろう。船旅が好きではないようだが、彼は彼なりの過ごし方をしているはずである。
「いや本当に…平和なことだぜ」
「どうせなら、このまま平和に終わればいいけどな」
 アイザックの呟きが聞こえたのか、ハリーは本から目を離さずに答える。
「まっ、それはないか。できれば長くこのままヨーソロー!…ってか?」
 にやりと笑ってそう言うのだった。 

 航海は平和で順調に進む。しかし、それもずっとは続かない。世界司書の予言に間違いはない。海魔は、確実にこの船を襲うのだから。
「あれは……とうとう、来ましたか」
 釣り上げた魚の調理を船員に任せ、自分は空を飛んで本を呼んでいたマグナ。しかしそれはポーズであり、周囲への警戒をしていたのだ。警戒していた彼女は船に纏わりつき始めた白い霧に気付いた。霧は明らかに自然のものとは違い、船を囲むように成長していく。
「皆さん、霧です! 海魔です、船員の方は船内に退避してください!!」
 マグナの一喝で退避を開始する船員たち。アイドル的存在であり、ケースで力を見せた彼女の信頼の力で船員たちは素直だ。
「ま、テキトーに隠れてろよ」
 船員たちを見送りトラベルギアのユピテルを取り出すアイザック。弾を確認し、腰に剣もきちんとあることを確認した。その横では清四郎がトラベルギアの剣を抜き放つ。
「さて、海魔ってのも物の怪の類だろう。魑魅魍魎と戦う要領で討伐をしようかな。……アイリちゃんはおじさんが守ってあげるからねぇ」
「だから、子供扱いしないでください……」
 答えるアイリも何処か適当だ。いい加減面倒になったらしい。そこまで粘る清四郎もなかなかに忍耐強い。何度潰されたことやら。
「そのくらいにしとけよ。かなり霧に包まれたし……来たみたいだな!」
 ハリーは自身の耳に入る鳴き声を感じ取った。キィキィと響く不快な鳴き声。それは確かにセイレーンの声。キィキィと鳴く声は重なり存在感を増していく。その鳴き声は既にこの場にいる全員に聞こえている。そして、その数が多いことを知らせている。
 バサリと響く羽音。それとともに現れる鳥の群れ。鳥の体に女性の顔。聞いた通りの異形がそこにはいた。
「声だけじゃなくて姿も見せやがったな。先に行くぜ!」
 そう言い、アトスは真っ先に向かってきたセイレーンに斬りかかる。その速度は素早く、斬りかかられたセイレーンは避ける間もなく斬り捨てられる。ギィと鳴き、怨嗟の表情をうかべ倒れるセイレーン。確かにまともに戦えば倒せない敵ではない。流れる動きで近くにいたセイレーンにも斬撃を加えていく。
 だが、このセイレーンの強みは数。そしてそれを生かすだけの統制された動き。
 セイレーンは距離をとり、その声を響かせる。ある時は美しく船乗りを惑わし、またある時は破滅を呼ぶ歌。そして、このセイレーンが奏でるのは聞く者の精神を惑わし揺らがせる鳴き声。ロストナンバーたちの心を惑わし締め付けにかかる。そして鳴くのとは別のセイレーンが、直接その爪と牙で襲いかかる。連携の取れた必勝の流れ。
 だがそんなものに意味はない。
「あー……うっせぇ。綺麗なお姉さんならともかく、煩ェ上におっかねぇ顔じゃァ相手してらんねーなー。さくっと終わらすぜ」
 アイザックは鳴き声を気合で我慢。自分にはそれで十分。そして、イーグルアイ発動。セイレーンの軌道を読み、襲いかかる爪を紙一重で回避。すれ違いざまに剣を一閃して斬り裂く。強化した動体視力は襲いかかる全てを読み、回避することができる。隙を見てはユピテルによる射撃。雷の弾丸による的確な範囲攻撃で確実にダメージを蓄積していく。
 その流れに乗るように、ハリーもトラベルギア・スプリングサービスによる攻撃を開始した。追尾弾頭による射撃は空を飛ぶセイレーンにも有効に作用し貫いていく。しかし、直に襲いかかるセイレーンには手を焼いてしまう。グリップ部分で殴り凌ぎ、弾を叩き込む隙を探すが上手くいかない。
「インファイトは苦手なんだよ……!」
「なら、俺が引き受けようじゃないか」
 一閃。襲いかかるセイレーンを斬り伏せたのは清四郎。ハリーに襲いかかるセイレーンを捌き、邪魔をさせようとはしない。
「悪ぃな。助かるぜ」
「気にしなくていい。近くは守るから歌ってるのを頼む。……それに、俺は彼女の助けには行けないからな」
 清四郎が向けた視線の先には船の周りを飛び、セイレーンと空中戦を演じるマグナの姿があった。
 超重量のグレイブを振り回し、セイレーンを斬り落としていく。だが、空には船の上にいるよりも多くのセイレーンを相手せねばならない。セイレーンは集団で歌いマグナを仕留めようとする。
「その歌……上乗せして返してあげますよ……」
 だがマグナには効かない。むしろ、逆効果でさえあった。背中の羽根で音を反射し、セイレーンに直接響き返す。反射された歌は倍増してセイレーンの意識を刈り取っていった。
「へぇ、あいつもなかなかやるじゃないか。組み手してやってもよかったな……っと!」
 集団で襲いかかってくるセイレーンを剣で逸らし、弾いては避ける。攻撃をしようにも、セイレーンは上手く味方をカバーするように仕掛けてくる。
 その動きの良さにアトスはにやりと不敵に笑う。弱者ゆえの数の暴力。なかなかに手応えがあっていい。
 だが敵は倒しきれない。攻撃を加えても倒せるとは限らず、カバーし合うセイレーンはしぶとく生き延びロストナンバーたちに襲いかかる。
「多すぎだろ、トリ! さっすがに多すぎるんで、ちと逃げさせてもらいます……っていかないか」
 ハリーは忌々しそうに悪態をつく。清四郎も同調したいが、簡単に逃げれる状況でもない。下手に引けばその瞬間にやられるだろう。
 だが、そう思うこと自体が隙に繋がる。ほんの少しの、隙とも言えない隙。そこを、敵は見逃さない。清四郎の脇を抜け、別の場所に狙いをつけていたハリーへと向かうセイレーン。
「しまっ……!?」
 清四郎の剣は届かない。ハリーも気づくが、今からでは間に合わない。首筋に狙いをつけて閃く鋭い爪。
「何をやっている!怪我したいのか!」
 間一髪。間に滑り込み、爪を弾き、斬り伏せるアトス。常に周囲に気を配り警戒していたが故の反応。乱暴に見えるが、彼はけして仲間を蔑にはしない。
「気を抜くなよ。まだまだ、凌がなきゃならないからな!」
 その様子を空中から見て安堵の息を吐くマグナ。彼女も気づきカバーしようとしたが空中からでは間に合いそうもなかった。その代わりというわけでもないが、襲いかかってきたセイレーンの一羽をグレイブで打ち落とす。
 今はお互いにカバーできているようだが、そろそろ厳しいころ合いだ。狙わねばならないボスは、マグナが空中から探してもまだ見える範囲にはいない。どうしたものかと思った時、船室のドアが開いた。
 現れたのは漆黒のコートを纏った長身の男。平時と何も変わらない様子で前に進み出る。
「少し出遅れてしまったようだな。水を渡るのは苦手なものでね。体調をより良く保つため船倉で休ませてもらっていた。ここからは、私も戦わせてもらおう」
 黒の男ボルツォーニは無手のまま戦場に悠々と舞い降りる。彼の異様な空気を感じつつもセイレーンは襲いかかる。
 背後からの奇襲。死角を突いた攻撃は回避不能の必殺。鋭い爪が彼を切り裂くと思われた瞬間、セイレーンが真っ二つに切り裂かれた。
「私に死角はない。不死者の力……刻み込んでやろう」
 コートのトラベルギア不死者の外套が起動する。生み出された影の刃が背後から迫る敵を討ったのだ。その光景を見てアイザックは楽しげに笑った。
「はは、なかなかやるな。遅れてくるだけのことはある。……俺たちも負けてられないぜ!」
 その言葉に同意するかのように、それぞれの動きがより苛烈さを増した。確実に、ロストナンバーたちは押し始めている。セイレーンはロストナンバーたちに傷を与えることができないのに反し、ロストナンバーたちは確実に相手を削れている。
 こんなに抵抗されたことなどないのだろう。だんだんセイレーンの連携が雑になっていく。雑になればなるほどにロストナンバーたちのチャンスは増えていくのだ。
 確実にセイレーンは数を減らしている。そのことに全員気付いている。そして、それはつまり狙うべき相手が現れる頃合いだと。
「……いましたっ……左舷側です!!」
 空を行くマグナがとうとう見つけた。黒の軍勢で覆い尽くされた空に浮かぶ白い点。他のセイレーンとは違う色の翼。この群れを統括するボスがとうとう自ら狩りに出てきたのだ。
「では……白の女王陛下にお目通り願おうか」
 言うが早いか、ボルツォーニは飛び上がり、セイレーンを踏みつけて空を駆け抜ける。飛ぶ海魔こそが彼の足場。踏みつけるたびに感じる骨を砕く感触に酔いつつボスまで肉薄した。
「お誘いに上がったぞ、白の女王陛下」
 魔術発動。手に生み出すは巨大な剣。セイレーンに避ける暇も与えずに斬りかかる。胴を薙ぎ、深くその身に傷を刻みつける。
 ギィと、不快な鳴き声を吐き高度を落とすセイレーン。だが、それでは終わらない。群れを統括するボスだけあり、その耐久力は並ではないのだ。鋭い爪で剣を打ち、ボルツォーニを弾き飛ばす。
 ボルツォーニはそこから深追いはせず、他のセイレーンを足場にし船の方へ。同時に群れる場所に飛び込んだ時は影の剣を生み、斬り刻み屠っていく。
「あの人、私みたいに飛ぶわけでもなく……無茶しますね」
 援護しようとしていたマグナは呆れたように呟いた。飛翔を使わずに空中戦など、狂気の沙汰としか思えない。
 だが、効果はあった。ボスは傷を負い、冷静さを無くしている。逃げる可能性も考えたが、怒りが勝ったようだ。その証拠に、傷を負いながらも船に飛んでいく。
「いきますよ……手早く落としてあげます」
 マグナが接敵しグレイブを振るう。高速で展開される空中戦。グレイブと爪がぶつかり霧の中に火花が散る。マグナは全力で押し込み動きを抑えにかかっている。
 思い通りに戦えないセイレーンは怒りの叫びをあげるもその声はマグナには通じない。さらに、追い打ちが襲いかかる。
「よっし、散れっ!」
「オイ、お前。俺らとも遊ぼうぜ」
 ハリーとアイザックの弾丸が死角から放たれる。雷を宿した2発の弾丸が疾駆する。最後までセイレーンは気付かなかった。マグナはただ戦うだけではなく、確実に射線の通った位置まで誘導していたのだと。
 直撃を食らったボスは大きく身をよじり、雷に焼けた羽根を散らす。叫び、支配下のセイレーンへと援護の指示を出す。
「うむ……常道だが、それはさせんな」
 ボスに近づいたセイレーンに影の刃が突き刺さる。マグナに無茶と評された方法で空を駆け、ボルツォーニが多くのセイレーンを刻み込む。これにより近づけず、孤立させることに成功。
「よーし、喰らいなさい!」
 マグナが漁に使った鉄網を放つ。ボスはまともに避けること叶わず絡め取られる。それを確認し、持ち前の怪力で振り回し船上に叩きつける。
 叩きつけられたボスは歌も叫びも出てこない。音にならない悲鳴をあげている。翼は折れ、喉も潰された。
「おっしゃぁ!!」
「終わらせてもらう」
 清四郎にアトス。2人の剣士がその剣を振るう。セイレーンのボスは最後の抵抗とばかりに折れた翼を振り上げ、迎え撃つ。
 だがそれは無駄な足掻き。彼らの剣に迷いは無く、遮れる道理などないのだから。清四郎が振り下ろされる左右の翼を完全に切断し、アトスが横一線。胴を真っ二つに斬り裂いた。
 双の剣に切断され、怨嗟の響きを奏でる。それは音にならずに消えるが、確かに響いたと感じた。血の涙を流して何かを訴える顔。その顔に浮かぶは憎悪。人を喰らい続けた末に訪れる終末への嘆きだろうか。
 その響きを止めるかのように、頭を撃ち抜くアイザックの弾丸。
「……やれやれ、終わったかねぇ」
これで、完全に詰みを迎えたのだった。

 ボスが討たれてからは簡単な作業となった。思った以上に多くのセイレーンを討っていた上に、ロストナンバーたちにも余力が残っていた。統制のとれないセイレーンなど敵ではなく、逃げる前に全てを仕留めることに成功した。
「安らかに、とは言わないが、眠りな、永遠に…」
 ハリーは海に沈めたセイレーンに呟く。敵であれ、死んでしまえば関係ない。自ら絶った命の先くらい祈っても罰は当たるまい。
 だが、そんなしんみりした空気は続かない。海魔を退け無事に生還するのは奇跡に近い。そのため、宴が開かれ皆で騒ぐことになったからだ。各々、思い思いにその宴を楽しんでいる。
「いいか? そこで俺の華麗な剣捌きで奴を真っ二つにしてやったわけだ!」
 アトスは身振り手振りを加え、船員に先程の戦闘を語っている。酒が入っているのか顔は赤く上機嫌だ。
 話を聞く船員たちの反応も良く、語りはペースアップして留まらない。アトスも船員もテンションが果てしなく上がっていく。今回の戦いから過去の武勇伝まで、アトスは様々なことを語り宴を盛り上げていく。
 別の卓では大量の魚料理が並べられ、そこにはマグナと清四郎の姿があった。
「ん、なかなかの出来ですね。魚を捕って正解でした」
 ここの魚は全てマグナが鉄網で捕ったもの。それを船のコックに渡して調理してもらったのだ。
「こんなにたくさん食べれるなんて、これもアイリちゃんのおかげですね」
 バクバクと凄まじい速度で料理を平らげる清四郎。多少の骨など気にすることもなくどんどん次の料理に取り掛かっていく。
 そんな宴の場から一歩離れた場所にいるのはアイザック。もともと海賊だった彼としてはこういう空気は慣れ親しんだもの。さっきまでは宴の中心で飲み、騒いでいた。だが今は酔いを醒ますように離れている。あまりに懐かしい空気に笑みが浮かぶ。
「やれやれ、本当に船の上は楽しいな」
 晴れ渡る空を見上げ、心の底からそう呟くのだった。
 航海は順調。順風満帆に船は進みゆく。
 交易船は魔窟になることなくその目的を果たすことだろう。
 魔ではなく、多くの人々のために。 

(了)

クリエイターコメント  少々お待たせしてしまいましたが「残虐なる捕食者」をお届けいたします。
 皆さんの設定をきちりと拾って書けていれば幸いです。今後とも皆さんの旅のお手伝いをしていきたいと思います。
 それでは皆様、ご参加ありがとうございました。 

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螺旋特急ロストレイル

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