オープニング


 ―――青き大海原に広がる花畑を見てみたいとは思わないか?

 そんな誘い文句についうっかり乗ってみると、その貪欲なまでの知識欲にあっさり過去を捨て去ったマッドサイエンティスト――世界司書アドルフ・ヴェルナーはにやりと笑った。
「花畑にはさまざまな花が咲いとるんじゃが、どうやらその中心には一輪だけ白い花が咲いとるらしくてのぉ」
 そうして、後に続いた彼の説明は年寄り特有のもったいぶった言い回しで無駄に長かったが要約するとこんな感じであった。

 ブルーインブルーのトットリアビュートと呼ばれる海域に、広大な花畑があるという。
 勿論海に浮かぶのだ、ただの花畑などではない。海魔ロートスメイアであった。
 花畑を見つけた時には、既に船はロートスメイアが伸ばす蔦によって海中から拘束されている。ほっておけば、そのまま海へと引きずり込まれ、雑食である彼らの餌となるだけだ。
 つまり花畑を見つけた時点で、そこに広がる花たちを全て駆除する以外に助かる道はないのだという。
 赤い花の花粉は火の粉、青い花の花粉は氷の粒、紫の花の花粉は毒、緑の花の花粉は睡魔、黄色の花の花粉は幻覚を纏い、小さな刺激で花粉を飛ばして攻撃してくる。そして弱った対象を蔦を使って海中へと引きずり込んで捕食するのだ。
 花の大きさは直径1mほどで、花が枯れると花の上に立って歩けるようになるらしい。また、花同士は連携しているようで、赤い花が花粉を飛ばしている時は青い花は花粉を飛ばす事はない。
 船がロートスメイアと遭遇し海に引きずりこまれるまでのタイムリミットは約120分。それまでに花畑を駆除しなければならないというわけだ。
 そうして最後に彼は白衣のポケットから小瓶を取り出すと、ついでのように付け足した。
「もしどうにもならなくなったらこれを白い花に撒いみることじゃ」と。

 とにもかくにも、ブルーインブルーにある海上都市ジャンクヘブンに赴き、トットリアビュート海域を横断する交易船に護衛として乗り込んで、海魔ロートスメイアを撃退して欲しいという事である。

 ***

 セント・フロイント号。それがトットリアビュート海域を横断する予定の交易船の名前だった。船首に女神か何かの象が立っている。航海の無事を祈るものらしい。
 全長30mほどの三本マストの帆船であった。乗員は船長含め10名。それに護衛の者達が加わるといった具合だ。
 商品の積み込みが終わるまで桟橋で待つ。
 ブルーインブルーの名に相応しくどこまでも青い海だけが続いているように見えた。
 この大海原に広がるという花畑を想像してみる。

 相手は海魔だというのに、少しだけ胸が弾んだ。

管理番号 b25
担当ライター あきよしこう
ライターコメント  はじめまして、或いはこんにちは。あきよしこうと申します。
 楽しい冒険のお手伝いが出来ればと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

 基本は頑張って航海・楽しんで戦闘です。
 尚、ヴェルナーの小瓶は全員に1本づつ渡されます。
 白い花用に1つ、残りは他の花に使って効果を試してみても構いません。
 当然ながら、全く使わないという選択肢もあります。
 所詮、植物ですので切断には弱いです。
 しかし蔦を手で引きちぎれるほど柔でもありません。
 火の粉を飛ばすくらいなので燃えることもないようです。
 花びらは肉厚で弾力がありゴムのような性質があります。

 ご参加お待ちしております!

参加者一覧
アコナイト・アルカロイド(cvnp9432)
山本 檸於(cfwt9682)
華村 マリ(ctew7802)
アシェラート(curs4015)
モア(crtv4376)
フェリシア(chcy6457)

ノベル


 係留索がはずされ船は海の上を滑るように港を出た。遠ざかる陸地は小さくなりやがて空も海もその境界線を曖昧にするほどの青が無限を思わせるように広がる。
「本当に一面真っ青ですね」
 トレインウォーが一面の銀世界だった事を思うと何とも開放的な気分になって華村マリは大きく深呼吸した。潮の香りが胸一杯に広がる。彼女の肩に乗っていたフォックスフォームのセクタン=師匠がマリを真似るように小さく伸びをしてみせた。
 その隣で同じくセクタン――こちらはノーマルフォームのぷる太を従えた青年――山本檸於が、晴々とした空とは打って変わって沈鬱な顔をしている。
「はぁ~」
 と、溜息を一つ。
「そう、落ち込むなって」
 隣で青一面の空を眺めていた白髪の男――モアが訳知り顔で檸於の肩を叩いた。ステーションで互いに自己紹介をした時、彼女にデートをドタキャンされたとか話していたのだ。
「ああ、うん」
 檸於は答えたが彼の憂鬱は実は少しばかり別のところになった。ドタキャンされ半ばヤケクソにこのクルーズに参加したはいいが、自分のトラベルギアの特性を考えると視線をそらせたくなるのである。勿論、やる気がないわけではない。むしろあるからこそ複雑な青少年心なのであった。
「ねー、見て見て!!」
 メンバーの中にいる最年少組の一人フェリシアがマストの上に掲げられた貿易会社のロゴが描かれている旗を指差しながら言った。
 それからハッとしたように声のトーンを落として付け加える。
「旗が進行方向に向かって靡いてるわ」
 皆がそちらを振り返った。確かに旗は進行方向に向かって靡いていた。
「あら、あんた帆船は初めてかい? 帆船は風を受けて奔るから風より速く奔ることはないんだよ」
 アシェラートは追い風に靡く長い髪をうっとうしそうに掻きあげながら言った。言われてみれば風は船尾から船首に向けて吹いている。
 風を動力にしている限り帆船が風を切って奔ることはないのだ。
 このセント・フロイント号にはマストの他に遺失文明の技術を使った動力も有してはいたが、そちらは設備維持や燃料といったコスト面から、その使用を風のない時、及び急ぎの時に限っていたのである。
 必ずしも風が進行方向と同じとは限らないので旗は必ず前に向かって靡くわけでもないが、それはどこか不思議な違和感を感じる光景だった。
「面白いですね」
 アシェラートの傍らにいた少女――アコナイト・アルカイドが旗をじっと見上げながら呟いた。この暑さにフードを目深に被っている。日光が苦手なモアと違って、こちらは自身の外見を隠すためだった。チケットがあるとはいえこの世界の住人たちとは少しばかり外見が違いすぎるから気を遣ったのだ。彼女は妖花だった。
「ええ」
 アシェラートは頷くと、そのフードの中を覗き込むようにして微笑んだ。
「いい緑をしてるわ。とっても元気な証拠ね」
 気さくに話しかけてくるアシェラートにアコナイトは面食らったように半歩退く。
「そんな風に言われたのは初めてです」
「そう?」
「アドルフさんに騙された感もありますけど、海に広がる花畑ってどんな感じなんでしょう?」
 マリが言った。
「楽しみですね」
 フェリシアの声も弾む。
「きっと素敵ですよね。それを潰してしまうのはなんだかもったいないかしら?」
「でも、それで困ってる人がいるんだから」
 檸於が口を挟んだ。
「そうね」
「敵と出くわす前に策戦でも立てておくか」
「賛成!」
 かくて6人と2匹は甲板に円陣を組んだのだった。

 ***

 そんな一行を乗せて船はやがて、くだんのトットリアヴュート海域へと入った。
 その異変に気付いたのは、初めての船旅に被っていたはずの猫が随分と霞み、マストの上から海を眺めていたフェリシアだった。進行方向の逆方向には靡かないという旗が後ろに向かって靡いた。つまりは風の力で進んでいないという事である。
 そして誘われるようにそれを見つけた。
「お花畑です!」
 そう言って指差す先。空と海の狭間に色とりどり花畑。
「あれが…海に浮かぶ花畑……」
 檸於が呟く。
「そうらしいな」
 モアも臨戦態勢に移るように身構えた。
 花畑まではまだ距離があるように見える。しかし海中から蔦によって引っ張られているのだろう、ロートスメイアとの戦闘開始にそれほどの時間があるようにも思われなかった。
 船の自由がきかなくなった今、マリは他の乗組員を船倉へと誘導した。保険とばかりに自分の分のヴェルナーの小瓶を船長に手渡し、甲板へと戻ってくる。
 花畑はずいぶんと近づいていた。
「間近で見るとあまり綺麗じゃないですね」
 マリが残念そうに呟いた。
 水面から高さ50cmくらいのところに巨大な花が花弁を広げている。
「どっちかっていうとグロテスクだな」
 とは檸於。
「目がチカチカする」
 モアが目を瞬いた。直径1mというサイズのせいか、同じ花の色でかたまっていないので色覚検査のようなのだ。
「禍々しさを感じるわ」
 アシェラートが舌を出す。
「……面白そう」
 アコナイトが口の中で呟いた。
「はい、チーズ!」
 マストの上からパシャリと携帯電話の写メで花畑の写真をフェリシアが撮り終えた頃、船は花畑の端まで寄っていた。
 花畑の広さは400mトラック4つ分は軽く収まるくらいで見渡した限りでは白い花は見つからなかった。
「とりあえず足場を作って中心を目指しましょう」
 赤と青の花は出来るだけ避けようという事前の打ち合わせもあってアシェラートがルートを決定した。そしてそれぞれが持参した花粉対策用マスクと装着する。マスクを持っていなかったマリと檸於にはフェリシアがマスクを配った。アシェラートのマスクは奇抜だ。鳥の嘴のような立体型マスクはあまりかっこいいものではない。
 ただアコナイトだけはマスクを着用していなかった。
「紫の花は私が相手をします」
 彼女がそう宣言したことで自ずから分担は船に残り後方支援しつつ沈む船を守る檸於・マリ組、黄色と緑の花を連携的に狙うモア・アシェラート組に分かれる事になった。フェリシアはその機動力を生かしての遊撃隊である。
 まずは足場の確保からとアコナイトが一番乗りで手近の紫の花の上に飛び降りる。花の中心から花粉が撒き上がったのにアコナイトは自ら進んで飛び込んだ。
 毒マニアの彼女がこの依頼に参加した目的は3つ。自分の毒が他の世界の生物に通用するか調べる事、他の世界の毒を解析出来るか確認する事、毒を解毒出来るか試す事、だ。アコナイトは目を閉じてその毒を取り込みながら毒の成分の解析にとりかかった。当然、失敗すれば自身もその毒に侵されかねない。リスクは承知の上だ。
 どうやら神経毒の類らしい。自らの毒で自身が枯れる事はないのだから耐性があるはずだ。恐らくは他の花たちも互いに同様の耐性をもっているだろう。少なくともこの花が持つものとは違う成分の毒を構成する必要がある。
 アコナイトはコートの下でゆっくりと蔦を下した。使うのは肌を刺す毒。
 分厚いゴム状の花弁にアコナイトの毒の棘が突き刺さる。変化はない。効果がなかったのか。アコナイトは眉を顰めつつも今度は花弁ではなく茎に試してみようと蔦を更に伸ばした時、ふと花が沈んだ。
 いや、正確には花を支える茎が萎れて花が海に浮かんだのだ。毒が花全体に広がるのに少しタイムラグがあったらしい。
 アコナイトは満足げな笑みを浮かべて蔦で自分の体をひらりと宙に舞わせるとジャンプするように次の紫花に飛び移った。
 一方、モアも手近の黄色い花に降り立っていた。
 黄色い花が花粉を飛ばすが花粉ブロックのマスクでバッチリガード。それを確認して左手が右手にそっと触れた。右手を軽くひねると彼のブレスレットから飛び出しナイフのように篭手が飛び出す。刺突系暗器だが切断も可能だ。彼を捉えようとする蔦を軽やかなステップでかわして一閃した。手ごたえはあまりない。2・3度腕を薙いだだけで簡単に退けられる相手に若干拍子抜けしつつも数の多さを考えさっさと次へ進むべく花弁を蹴った時だった。
 彼の苦手な強い光が彼の視界に飛び込んでくる。
 まるでいきなりフラッシュをたかれたように視界が真っ白になり、程なくして朧気な現実が輪郭を結ぶ。
「なっ!?」
 自分の体を拘束するように巻き付いた蔦にモアは面食らった。
 チカチカと船の方から光が届く。首だけ振り返ると船上でマリが手鏡を太陽に翳していた。
「ナイスアシスト」
 呟いて右手を薙ぐ。自分を拘束している蔦を切り裂いてモアはジャンプすると勢いをそのままに足元のガクに向けて右手を突き下ろした。肘まで埋め込むとガクンと花が水面まで下がり、ぐったりしたように水面に浮かぶ。
「ふぅ~」
 どうやら黄色い花の花粉は口と鼻をふさぐだけでは駄目だったらしい。視神経に働きかけて幻覚を見せるのか、聴覚神経に働きかけて幻聴を聞かせるのか。
 いずれにせよ少し攻略法を見直した方がいいだろう。この段差は使える。花に触れる前に、この高さから隣の茎を切り裂いて花粉を飛ばす前に潰していけばいい。
 モアがそうして次の花へと移った時。
 その後方から別の影が特攻を開始した。マストの上に立っていたフェリシアが勢いよくそこから飛び降りたのだ。その先は今、モアが作った足場である。
 しかしゴム状の花弁とフェリシアのトラベルギアが相乗効果をもたらしたのか、降りた衝撃を緩和するようブーツの力を調整して飛んだら不時着ではなくトランポリンのように跳ねてしまった。
「へ?」
 予期せず浮き上がる体に空中でバランスを崩す。
「あら、大丈夫?」
 それをアシェラートが軽々と受け止めた。
「ご、ごめんなさい」
「いいえ。黄色い花にはマスクが効かないようだから気をつけてね」
 アシェラートがフェリシアを下すと、フェリシアははいと答えた。
 足場となった花に立つと隣接する花が蔦を伸ばしてくる。アシェラートが果物ナイフを抜き取り切り落とした。その隙にフェリシアは花弁の端に両手をついてそれ軸に回し蹴り、ブーツで花の茎を切り落として足場を増やしていく。
 一方、船を守りつつ船上からの後方支援組である。
 檸於は恥ずかしそうに自分のギアを取りだすと、ゆっくり息を吐き出した。甲板にはマリと自分しかいない。半ばやけくそ気味に檸於は声を張り上げた。
「発進!! レオカイザァァァー!!」
 彼のトラベルギア――巨大ロボの1/50スケールモデルのレオカイザーが動き出す。
 刹那、マリと目が合った。
「や…やめろ! そんな目で俺を見るなっ!!」
 思わず顔を隠すようにして目で訴えてみたが動揺がギアに及んだのか、レオカイザーが突然失速した。それにマリが興味津々で声をかけた。
「面白いギアですね」
 先ほどの策戦会議では明かされる事のなかった彼のギアである。
「あ、うん…」
 檸於はどぎまぎしながら恥ずかしいギアの仕組みを説明する事になった。恥ずかしいワードを叫んで動かすのだ。するとマリは意外にも意気込んでみせた。
「手伝います!」
「え?」
「一緒に叫んだ方が力が強まるんですよね? 任せてください! 全力で叫びます!」
「う…うん……」
 何故かノリノリのマリに檸於の方が面食らう。
「じゃぁ、いきましょう。せーの……」
 マリが促した。
「「発進!! レオカイザァァァー!!」」
 レオカイザーが発進する。マリは師匠を振り返った。
「師匠、お願いします!」
 今も少しづつ沈みかけている船を守るため船の周囲の花の駆除にかかる。
「「レオブレェェェド!!」」
 そのコマンドにレオカイザーが超空間から剣を取りだした。青い花を切りつける振り。すると青い花が氷の粒を飛ばしてくる。この間、近くの赤い花は花粉を飛ばさない。前線にいた遊撃隊のフェリシアが戻って赤い花に攻撃を仕掛ける。氷の粒は師匠の狐火が迎撃した。
「「レオレーザァァァー!!」」
 マリと檸於の声によってレーザービームが青い花を切り裂く。
 そうして順に船の周囲の花を駆除していくのを遠目に見ながらアコナイトが花たちの連携を冷静に分析した。
「どうやら連携しているのは赤い花と青い花だけではないようね」
「どういうことだ?」
 モアが尋ねる。
「視神経に働く幻覚は、神経毒によって解ける」
 つまり黄色い花が花粉を飛ばしている時は紫の花は花粉を飛ばさないのだ。裏を返せば隣接する紫の花が花粉を飛ばしている時は黄色い花は花粉を飛ばさない。ならば眠りを妨げるという点で緑の花が花粉を飛ばしている時は、赤も青も紫も花粉を飛ばさないのではないかと推測出来る。
「なるほど。それは使えるわね」
 アシェラートが蔦の束をドンと足元に置いて言った。まるで稲刈りでもしていたかのようだ。
「太さがあるのよね。みっちりして弾力もあるけど、どう料理すれば美味しくいただけるかしらねー」
 などと呟くアシェラートにモアとアコナイトは思わず彼女をまじまじと見た。
 3人の中に共通の単語が過ぎる
 ――食べるんだ!?
 特にアコナイトはアシェラートの言葉を思い出して頬がひきつるのを感じた。『いい緑をしてるわ。とっても元気な証拠ね』。とはいえ自分を食べても苦いだけだ、とは内心で呟くに留まった。
 とにもかくにもロートスメイアの特性がわかると更に進撃は早まった。フェリシアも程なく前線に合流する。
 とはいえ、花畑は思った以上に広い。たとえば200m進むとしても直径1mの花を200本は潰さなくてはいけない計算になる。勿論まっすぐ並んで生えているわけではないので実際にはその3倍以上を潰さねばならなかったのだ。
 前線との距離が開いた事と船の周囲の花をほぼ駆逐出来たことで檸於とマリが花畑に降り立った。レオカイザーは声の届く範囲内でしか動かないという事情もあっての事である。そうして檸於とマリが前線の4人を追いかけ始めた頃。
「白い花、まだ?」
 白い花が見えてこず募る疲労感にフェリシアが言った。
「中心に向かってるはずだと思うんだけど」
 アシェラートが中心と思われる方を眺めやるように答える。
「確か、タイムリミットは120分だった」
 一息吐いてアコナイトが言った。
「後、どれくらいだ?」
 モアがアコナイトを見た。アコナイトはフェリシアを見た。フェリシアはアシェラートを見た。アシェラートはモアを見た。
 4人の顔にクエスチョンマークが浮かびあがる。
 フェリシアは携帯電話の時計を見た。
「いつからだっけ?」
「さぁ?」
「誰も時間を確認してなかったのか」
「…………」
「あ、待って……写メ撮ったから……」
 フェリシアは花畑の写真のファイル名を確認する。しかし日付を表す数字の後に続いているのはどうやらただの通し番号wらしい。
「駄目だ……」
 フェリシアががっくり肩を落とす。アシェラートが自分の影と太陽の位置を眺めやった。戦闘開始にはどの辺の位置にあっただろうか。
「体感的には2時間くらいかしら?」
「それ、ヤバくね?」
「まずいわね」
「白い花をとにかく見つけないと」
「上から見てみます」
 そう言ってフェリシアは屈むとそっとブーツに触れた。花びらを蹴って跳躍。白い花を探すように周囲を見渡す。対空時間内にそれらしいものが見つけられず再度繰り返した。
 何度か繰り返して漸くそれらしい花を見つける。
 他の色の花と違って白い花は水面近くに咲いていたので、他の花に埋もれて見えにくくなっていたのだ。
「まっすぐこっちの方向……25mプールくらいかな?」
 そこへ檸於とマリが駆けてきた。師匠とレオガイガーが並ぶ。ぷる太は檸於の肩の上だ。
 足を止めている4人に怪訝に首をかしげるマリに、アシェラートが口早に説明する。マリと檸於も同様に時間を確認しておらず苦笑を滲ませたが、急いだ方がいいというのは同感だった。
 残り約30mを一気に攻め込む。
 と、皆の視線がそこに立つ1/50のロボットに注がれた。策戦会議には明かされなかった最後の秘密兵器――かどうかはわからないが、前線にいた3人も何となくその特性には気付いている。
「行きましょう」
 マリが促したのに5人が頷いた。
「せーの……」
「「「「「「発進! レオカイザー!! レオレーザァァァー!!」」」」」」
 6人の声が綺麗に重なり合うと同時にエンジン起動。ブースター出力フルスロットルでレオカイザー発進、レーザービームがまっすぐに白い花の方へと放たれた。その軌跡を辿るようにモアとフェリシアが走り出す。
 右から伸びる蔦はモアが、左から伸びる蔦はフェリシアが薙ぎ払った。その後を追うようにアコナイトとアシェラートが続く。アコナイトは自分の蔦を伸ばして辺りの花に毒の棘を突き刺した。毒がいきわたるタイムラグを埋めるようにアシェラートがナイフを投げて青い花を刺激する。その花粉は後に続いた師匠が狐火で叩き落とした。
 檸於もレオカイザーと共に後を追う。
 白い花があると思われる場所がぽっかり穴を開けていた。ヴェルナーの小瓶を持っていた面々はそこへ向かって一様にそれを投げ込んだ。
「…………」
 シーン。
 静寂が6人を包み込んだ。
 いや、正確にはロートスメイアからの攻撃は依然続いている。何も起こらない。
「なんだよ、全然効かないじゃねーか、あのくそジジィ!」
 モアが悪態を吐きながら眼前に迫る蔦を切り裂いた。
 刹那。
 ロートスメイアの攻撃がやんだ。ポツポツと花が落ちていく。水上50cmの高さから水面へ。花畑の花たちは全て白い花の下にある本体――或いは球根に繋がった1体のロートスメイアであった。それが枯れた事で、文字通り一蓮托生となった他の花たちも次々に枯れたのだ。
 だが、その後に漏れたのは勝利の歓声ではなかった。
「げっ!?」
 そう、ロートスメイアは枯れただけでは留まらなかったのだ。白い花がふと水中に沈むと、それに引きずられるように周囲の花たちも沈み始めた。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
 モアが頬を引きつらせつつ後退った。
 マリが後ろの花に飛び移ると、今まで乗っていた花が沈んだ。
「急いで船まで戻るよ!!」
 アシェラートが言うが速いかフェリシアが船へと駆けだした。
「師匠!!」
 マリも踵を返して走り出す。
 妖花であるアコナイトが蔦を伸ばしているのを見て、走るのは苦手と察したのかアシェラートがそっとアコナイトの体を俵でも担ぐように抱えあげた。
「あ、あの……」
「喋ると舌を噛むよ」
 そう言って走り出す。
 その後にモアと檸於が続いた。
 しかし女の子の多いパーティーに気を遣って後ろに回ったつもりの男性陣だったが、200mもフルダッシュした頃には、次第に前の4人から遅れ始めた。モアは日光と暑さに体力の消耗が著しく、檸於は少しばかり運動不足だった事が敗因だったらしい。
 彼らのすぐ後ろでは次々に足場が海中へと沈んでいく。
 フェリシアが足場を蹴って船に飛び込んだ。
 少し遅れてアコナイトを抱えたアシェラートが船へとあがる梯子に辿りつく。先にアコナイトを甲板へあげて、自分は下に残ると後からきたマリを先に甲板へあがらせた。
 モアが這う這うの態で辿りつく。梯子を掴みながら後方を振り返った。
「もう少しだー!」
「お―!!」
 声をかけたモアに檸於が答えた。互いに疲れきっているので言葉ほどの覇気はない。
 檸於がありったけの力でラストスパートをかけた。
 甲板から見ていたフェリシアが声をかける。
「飛んで!!」
 その声に檸於はチラリと後ろを振り返った。
 後がなかった。
 力いっぱい花弁を蹴った。
「うわぁぁぁ!!」
 全力で腕を伸ばして梯子に向かってダイブした。
 ――と…届かないかも……。
 弱気が首をもたげる。
 梯子の先に指先が触れた……だけだった。
「!?」
 完全に足場のなくなった足元には海が広がるだけだ。
 けれど檸於の体が水中に浸かる事はなかった。
 モアとアシェラートがその腕を掴み、アコナイトの蔦が船の上から彼の体に巻き付いていた。
「……あ、ありがとう」
 なんとか梯子を掴みなおしてかすれ声で檸於が甲板へとあがる。
「はぁ…はぁ…」
 そのままモアと檸於は大の字に転がった。
 力には自信のあるアシェラートも、モデルは体力仕事なマリも、さすがに疲れて足を投げ出す。
 そんな4人とは裏腹にフェリシアが、元気に携帯電話のカメラを構えた。
「はい、チーズ」
 疲労しきったみんなの笑顔をファインダーにおさめてパシャリと勝利の記念撮影。
 休んでいるマリの代わりにアコナイトが船倉へ船員たちに戦闘の終了を報告に向かった。
 船員たちが甲板へあがってくる。口々に「ありがとう」と感謝の声をかけてくれたが、檸於もモアも声もあげられずにいた。
 マストの上にあがった旗が進行方向に向かって靡き始める。
 空と雲がゆっくりと流れだした。 

 ***

 船は無事、目的の港町に辿りついた。
「買い物行きませんか?」
 活気溢れる街並みに、船旅疲れもなんのそのでマリが楽しそうに提案した。フェリシアの持ち込んだお弁当で元気を取り戻したのだ。
「あら、いいわね」
 アシェラートがにこやかに応じる。
「行きます」
 クールさを装いつつも口ほどに語る目を期待感にキラキラさせながらフェリシアが賛同した。
「アコナちゃんも行くわよね?」
「……はい」
 そんな女性陣を横目に檸於とモアは船着場に両足を投げ出していた。
「俺はもう一歩も動けない」
 疲労しすぎて食欲が出ず弁当を食べ損ねた檸於である。
「俺も無理。アイスとかあったら買ってきて」
 暑気あたりか船酔いかはたまたその両方か、陸ゆれする景色にモアが言った。
「だらしないわねぇ」
 アシェラートが呆れたように溜息を吐く。
「行きましょう」
 そうして女性陣は港町に向かった。ショッピングの後は水着でバカンスなんて事まで考えている女性陣である。
 それを見送る今すぐ帰りたい気分の男性陣。やるべき事はやったじゃないか。
「太陽、あっぢー。もう俺暫くチェンバーから出ねぇ」
「でもさ、ジャンクヘヴンまで戻らないと帰れないんだよな」
「…………!!」
 まだまだ日光の下の船旅は続く。

【完】

クリエイターコメント 世界が揺れてる……実は船酔い(船だけではない)に弱いあきよしでした。頑張って航海。

というわけで、お疲れ様でした!!

楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。

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螺旋特急ロストレイル

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