オープニング


「モフトピア行く人、手ー挙げてっ」

 自身で元気よく手を上げながら旅人達に笑いかけたのは、眼鏡をかけた長身の女性だった。年の頃は二十代後半といったところだろうか、色白の肌に栗色の髪をふわふわと揺らし、にこやかに話しかける様子は、同じ世界司書のリベル・セヴァンと違い、どことなくゆるい雰囲気が漂っている。

「あぁ、ごめんねえ初めましてよね。あたしは、世界司書としてみなさんのお手伝いをしている、ルティ・シディというの。どうぞよろしくね」

 ルティは軽くお辞儀をし、導きの書に挟んだチケットを取り出した。

「そんでね、モフトピア。こないだの壱番世界遠征みたいな冒険じゃないけど……」

 モフトピア。世界図書館の設営した『駅』がある世界であり、そこに住まう人々、アニモフは皆ぬいぐるみのように愛らしいという、まさに可愛いもの好きにはたまらない世界だ。

「実はね、明後日から、モフトピアにある浮島のいっこで、物々交換市が行われんのよ。何ヶ月かに一度の大イベントだし、色んなアニモフちゃんが集まるのよー」

 目を輝かせて説明するルティの言をまとめると、どうやらこういうことらしい。
 様々な浮島から集まったアニモフたちが、特産品、手作りのお菓子、家の不用品などを持ち寄って市場を開くのだが、その際支払いに使われるのは「モノ」でなければいけない。

「その浮島には王様とか大臣とかが居て、モフトピアには珍しいけど貨幣もあるのね。でも他の浮島からやってくるアニモフちゃんたちには貨幣の概念が無い場合が多いの。だからその市場だけは物々交換が原則。だからみなさんもその原則は守ってねえ。あっ、でも去年は手品や歌で品物ゲットしちゃった人も居たわー」

 モノの代わりにパフォーマンスでも構わないあたり、モフトピアらしい市場といえるだろう。
 どんな品物が出品されるのか、と旅人達の間から質問が出ると、ルティは少しだけ眉を下げて困った表情を見せた。

「うーん……。ごめんね、市場の内容は毎回違うし、必ずこれが手に入る! っていうのははっきり分かんないの。ただ、浮島ごとの特産品なんかは毎回出てるんじゃない? あたしのおすすめはずばり、アルルさんの特製マーマレード。あれすっごく美味しいんだから」

 そのマーマレードは去年の市場に赴いたコンダクターからお土産でもらったものだという。果物が特産の浮島からやってくるアニモフが手作りしているジャムやマーマレードはどの世界のものもかなわないとルティは断言した。

「今回はちょっと時間の都合があって、出店用のスペースは空いてないの。だからみなさんはお客さんとして市場を楽しんできてね。それから、これ。渡しとくわー」

 チケットより先に、ルティが手のひら大の紙箱を皆に配る。

「中身はクッキーの詰め合わせ、あたしの手作りよ。物々交換だし、モノがないと始まらないものねえ。勿論、自分の私物を持って行くのもオッケーよ」

 味は大丈夫よ、と念を押し、ルティは最後にモフトピア行きのチケットを各人に手渡した。

「じゃ、行ってらっしゃーい。ゆっくり楽しんできてねえ」

管理番号 b28
担当ライター 瀬島
ライターコメント 初めまして、お久しぶりです、こんにちは、瀬島です。無理やり挨拶を纏めました。
というわけで前作、銀幕★輪舞曲から引き続き参加させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします!

シナリオの傾向は正直言って雑食ですが、
ほのぼの、せつない、後味の悪くないものが好みです。
ガチの戦闘アクションや血みどろホラーは敬遠しがちです。

プレイングはキャラ口調で書いていただけると、雰囲気がつかみやすいので嬉しいです。
また、プレイングで指定された台詞以外のことも喋らせることが多いです、ご了承ください。

***

……というわけで、モフトピアへの旅をご案内いたします。
具体的な楽しみ方は皆様にお任せいたしますが、この辺りをおさえれば鉄板!というものをいくつか。

・浮島ごとの特産品食べ歩き
お菓子やパン、青果など、様々な特産品の並ぶエリアがあります。
味見くらいなら物々交換でなくても応じてくれるようです。
・物々交換を楽しむ
食べ物以外では工芸品や日用品が主に出品されているようです。
手に入れたものを更に交換の元手にすることも出来ます。
・アニモフさん達と仲良くなる
お買い物や食べ歩きは横に置いて、可愛いアニモフさん達をもふもふできます。

そして注意事項はオープニングに明記しましたが、おさらいのために箇条書きでもう一度。

一、原則として物々交換
モノを手に入れる為にはモノまたはパフォーマンスなど、貨幣ではないものを提示してください。この浮島では一応貨幣が存在しますが、セクタンのポンポコフォームで貨幣を作るのはご遠慮くださいませ。

二、出店は出来ません
今回は出店スペースが空いていないそうです。皆さんはお客様として市場を楽しんでください。

この二点を守っていただければ、市場でのお買い物を楽しんでいただけると思います。
それでは、よい旅を!

参加者一覧
深槌 流飛(cdfz2119)
西山 友香(cxry4506)
猫次郎(cbmx9860)
ヴィルヘルム・ヴィルシュテッター(cdan1821)
フアン・ロペス=セラーノ(cceu2966)
ディガー(creh4322)

ノベル



 旅人達を乗せた列車、ロストレイルがモフトピアのとある浮島目がけてスピードを落としてゆく。窓の外にはいくつもの浮島と、それらの間を縫って流れるふわふわの白い雲、見たこともないメルヘンな景色が広がっている。
「すごいねえ! 本当に島が浮いてるよ!」
 窓に鼻先をくっつけ、身を乗り出しそうな勢いで外を見つめる猫次郎が、驚きの声を上げた。隣に座ったフアン・ロペス=セラーノも、猫次郎の頭ごしに期待の眼差しを向ける。
「モフトピア! どんなアミーゴに出会えるのか楽しみでならないよ」
 フアンの膝に乗った彼のセクタン、ニーニョも、同意するようにこくこくと頷き、列車が止まるのをそわそわと待っていた。
「物々交換でアイテムゲット、最高ね!」
 自分で用意した荷物を確かめながら、西山友香がやる気満々といった具合で欲しいもののリストを書き出している。
「モフトピアかぁ……。島を掘り抜いて落ちちゃわないように気をつけよう!」
 少し不安げに窓の外を眺めているのはディガーだ。三度の飯より穴掘りが好きな自分のこと、モフトピアの地面は掘りすぎたら大変な目に合うぞと自分に言い聞かせている。それでもトラベルギアのシャベルを持つ手が少し、いやかなりそわそわしているように見えるのはご愛嬌。
「さて……何ぞ役に立つものでもありゃあ上々でござんすな」
「ふむ、掘り出し物を探すのもまた一興だ」
 物静かな様子で座席に腰掛け、ヴィルヘルム・ヴィルシュテッターがのんびりと呟けば、向かいに座った深槌流飛が応えた。確かに何が見つかるかは分からないが、それも物々交換市の楽しみだろう。

 やがてロストレイルはモフトピアのホームに滑り込み、車掌のアナウンスが到着を告げた。皆それぞれ、パスホルダーと持ってきた荷物を確かめ、意気揚々と列車を降りる。

「わああ! すごい賑やか!」
 浮き雲に乗って島に着いた旅人たちは、まずその市場の規模に圧倒された。もともとは何も無い、野原だっただろう場所に、本当にたくさんの数の市が並んでいる。それぞれの場所に布を引いて、品物を並べているだけの簡素なつくりではあったが、とにかくその数がものすごい。入り口から目を凝らしても、端っこが見当たらないほどだ。猫次郎が声を上げるのも無理はない。
「わたしはあっちの市場に行ってみるわ」
「ぼくはこっちかなー」
「オレは向こうにしよう。行こうか、ニーニョ」
 それぞれがお目当てのものを探しに散開する。今から始まるのは、冒険活劇には程遠いけれど、思い出の1ページにはきっと刻まれるであろう、楽しい一日だ。


 皆が思い思いの場所へ散らばり、ひとりになった流飛は肩にかけたショルダーバックの中身を確かめて市を歩き始めた。
 注釈しておくが、たくさんのアニモフが行き交う市のなかで、流飛はかなり浮いていた。それもそうだろう、何しろ右目に刀傷を負った隻眼の「いかにも」な男がぬいぐるみたちのど真ん中に佇んでいるのだ。もしかしたら、一緒にロストレイルに乗ったメンバーも「何でこんな怖い人がわざわざモフトピアに……」と思ったかもしれない。しかしそんなことは一切気にせず、流飛はのんびりと市を歩いて品物やアニモフを眺めている。
「いらっしゃいませ! くだもの、おいしいよ!」
「ぼくのエプロンと、きみのトンカチ。こうかんできる?」
「これはわたしがてづくりしたおまもりなのよ!」
 一生懸命お客を呼んだり、物々交換の交渉をするアニモフを見ているだけで、何となくだが流飛は癒された。実はかわいいものが嫌いではない……いや、好きといってもいい彼だったが、自分の見目が他人を遠ざけるのをよく知っているからか、自分からは声をかけることなく、小さな子供を見守るようにただアニモフたちを眺めている。すると。
「おじさん! これたべてってよー!」
「? ……俺……か?」
 市のひとつを構えているウサギのようなアニモフが、商品の向こうから流飛に呼びかけた。まさか自分が声をかけられるとは思わなかった流飛は少し目を丸くして、確かめるように自分を指差す。アニモフはうんうんと大きく頷き、籠に山盛りにしたイチゴをひとつ流飛に差し出した。
「たべないとわかんないもんね!」
「そうか……ありがとう」
 アニモフのふわふわの手と、流飛の無骨な指先が触れ合う。その感触もが自分には似つかわしくないと思うものの、アニモフの無垢な表情が嬉しい。さっき丸くした目を少しだけ細め、流飛は渡されたイチゴを頬張った。
「おいしい?」
「ああ」
 本当のことを言うと、イチゴは少し酸っぱかった。けれどそれは言うまい、そう思う流飛の目は優しい。
「おじさんはなにかもってきたの?」
 流飛のショルダーバッグを興味深そうに見つめ、アニモフが指を差す。中身は物々交換用に持ってきたものではあったが、イチゴのお礼に一つなら……としゃがみ込んで鞄を開ける。そこには木やどんぐりで出来た独楽、竹とんぼなど、手作りの郷土玩具がいくつか入っていた。
「かわいーい! おもちゃ? どうやってあそぶの?」
「ああ……いいか、おじさんの手元をよく見るんだ。……そらっ」
 アニモフは竹とんぼに興味を示し、流飛はそれを手に取って手のひらと手のひらを合わせる。間に竹とんぼの軸を挟み、手を端から端へ擦り合わせるようにする。すると勢いよく回った竹とんぼが流飛の手を離れ、高く高く飛んでいった。
「わああああー!」
「すごーーい!!」
 いつの間にか見物に来ていたアニモフたちは飛んでいった竹とんぼを夢中で追いかけ、誰が竹とんぼをキャッチするかで大盛り上がりだ。
「おじさん! もういっかいとばしてよー!」
「つぎはぼくがとるんだよー!」
 大はしゃぎするアニモフたちの楽しそうな様子を見て、これは物々交換を諦めてもいいかもしれないと思う流飛であった。


「さて、っと。これだけ仕入れたんだからちょっと頑張っちゃうわよ」
 友香が抱えているのは、壱番世界から持ってきたテーブルゲームの数々だった。まずは自分の趣味でやっているテーブルゲームの駒やカウンターになりそうな小物が欲しいけれど、モフトピアの特産品も食べてみたい。工芸品が並んでそうなエリアを歩き、手近な市の一つを覗き込んだ。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは。その木彫りの駒って、手作りかしら?」
「そうだよ、ぼくがつくったんだよ」
 白いツナギを着た、犬のようなアニモフが座った市には木彫りの人形や駒がたくさん並んでいる。よく見るとひとつひとつ不揃いで、お世辞にも美しい工芸品とはいえないものだったが、手にしっくりと馴染む優しい形をしている。チェスの駒と思われるものを選び、友香は早速交渉を始めた。
「ここにある駒、出来れば全部いただきたいんだけど。いいかしら?」
「えっ! そんなに?」
「ええ。勿論ただじゃないわ、たとえばこれと交換なんてどう?」
 そう言いながら友香が鞄から出したのは、テーブルゲームに駒やサイコロがセットされたパックだ。チェスの駒があるならこういうゲームも遊ぶだろう……と思ったのだが。
「……うーん。おねえさん、これはいらないけど、このしかくいのはほしいなあ」
「あら、サイコロだけでいいの?」
「うん! そのかわり、駒の数とおなじだけで交換してね」
「……いいわ、ちょっと待って」
 どうも、こういう複雑なゲームはアニモフにはウケがよくないようだ。それでも用意したパックからサイコロだけを抜き出して手渡すと、アニモフは喜んで木彫りの駒を20体包んだ。
「ありがとう! サイコロっていうんだね、だいじにするよ」
「こちらこそ。じゃあね」
 アニモフは腕をぶんぶん振って友香を見送った。友香もほくほく顔で市を後にする。
「大漁大漁♪」

 その近くでは犬型のアニモフが市を開いていた。広げられているのは木で出来た歯車や石のネジ、何に使うのか今ひとつ分からない作りかけの機械類などだ。
「こいつぁ、おまえさんが作ってるのかい」
「ううん、ひろってきたり、だれかがくれたり……。ぼく、こういうのあつめるのすきなんだ」
「そうかい」
 ヴィルヘルムはそれら一つ一つを興味深そうに手に取り、時計に似たつくりの機械らしきものに目を留めた。歯車やゼンマイがむきだしになったそれはところどころ部品が欠落していたが、足りないものを補えば動かすことが出来るかもしれない。職人魂がうずいたヴィルヘルムはクッキーの箱を鞄から取り出す。
「どうだい、こいつでそれを譲っちゃくれんかね」
「わあ、クッキーだ! ありがとう、おまけするね!」
 喜んだアニモフは手近にあったネジや歯車を山ほどおまけして包み、ヴィルヘルムの鞄は歩くたびにじゃらじゃらと音を立てる。
「……こいつは一仕事だ」
 そう呟いた彼の表情はどこか楽しそうだった。


 一方その頃、猫次郎は特産品が並ぶエリアをうろうろしながらお腹をぐうと鳴らしていた。おのぼりさんのようにきょろきょろする姿は、先ほど浮きまくっていた流飛と正反対に馴染みすぎている。おかげで、というのだろうか、似たような猫型のアニモフにはしょっちゅう声をかけられる。
「ねえねえ、どこからきたの?」
「ええっと……。列車に乗ってきたよ!」
 浮雲に乗って移動するアニモフは少しだけ驚くが、すぐにそうなんだと納得して猫次郎に品物を見せる。
「おなかすいてない? 少しだけなら味見、していっていいよ」
「本当? うれしいなあ! じゃあ、このチョコケーキもらっていい?」
 味見用に小さく切ったチョコケーキを一切れもらい、はぐはぐ。しっとりした生地の中からとろりとチョコがあふれ、さらに上に乗ったブルーベリーのジャムが香りと程よい酸味でバランスを取っていて、それはもう幸せな気分になってしまう。自分の持ち主だった女の子がここにいたら、食べさせてあげたい……そう思うほどに。けれどそれは叶わない、そのことを思って飲み込んだチョコケーキは少しほろ苦かった。
「ねえ、これからどこにいくの?」
「……えっ、えっとね。何か、うーん。キラキラしたものとか、女の子が好きそうなもの、探してるんだ」
「わたしもいっしょにいっていい?」
「いいの? お店は?」
 予想しなかったアニモフの言葉に市をよく見れば、そこは殆どの品物が売れてしまった後だったらしい。残った味見用のケーキは布巾をかけてバスケットにしまい、他のものもあっという間に小さな荷台に載せてしまった。
「わたしもお買い物したかったの! いっしょにいったほうがたのしいわよ」
「そうだね、行こうか!」
 思いがけず出来た友達に、猫次郎の頬が緩む。ロストナンバーになってからずっと胸にあった寂しさは消えないけれど、今はそれが少し薄らいでいる気がした。


 特産品や工芸品のエリアから少し離れたところではレストランのようなエリアが広がっている。ケーキやクッキー、チョコレートなどは市で扱っているようだが、生鮮食品を持ち込んで料理をしているアニモフが多く見かけられた。ディガーは美味しそうな匂いにつられてその辺りをうろうろしていたが、食欲はいつの間にか掘削欲に摩り替わっていたようだ。
「ここなら掘ってもいいかなー?」
 人気(アニモフ気?)の少ない場所を選び、トラベルギアである愛用のシャベルを構えると、ディガーの目が爛々と輝き始める。シャベルが地面に触れるや否や、光の速さでディガーの姿が土の中に隠れてゆく。
「たーーーのしーーーい!」
 掘って固めて固めて掘って。時々ひょこりと顔を出しては積みあがった土を思い通りに造形するのだが、兎に角そのスピードが半端無い。滑り台のついたお城や、くぐって遊べるトンネルや、色々なアトラクションが出来上がっていく。そんな楽しそうな様子をアニモフたちが見逃すわけはなく、ディガーお手製アトラクションの周りには様々なアニモフがわらわらと集まってきた。
「すごいねえ! これであそんでいいの?」
「ぼくもすべりだいやるー!」
「んん? ……あっ、いいよいいよー」
 ひとしきり掘り終わり、満足げな顔で地上に戻ったディガーは、集まっていたアニモフに少し驚いてツナギの土埃をぱんと払った。夢中で掘ったものが喜ばれている光景に少し笑って、自分はちょっと休憩ということで出掛けにもらったクッキーを一つつまんだ。
「あー……いっぱい掘った」
「ねえねえ! これきみがつくったの?」
「そうだよー。どうしたの?」
「すごいねえすごいねえ! あのね、たのしかったからこれあげる!」
 アニモフが楽しく遊ぶ様子を眺めるわけでもなく、ただただ自分が楽しいから掘っていたディガーに、1匹のアニモフが近づく。その手には焼きたてのトーストにポテトサラダとベーコンをたっぷり挟んだホットサンドがあった。
「ええー、いいの? ありがとうー!」
 元の世界では質素なものしか食べる機会がなかったディガーは大喜びでホットサンドを受け取り、ぺろりと平らげる。
「ごちそうさまあー。お礼にもっと面白いもの作ろっか?」
「わあーい!」
 かくして、食欲を満たしたディガーの掘削欲にまた火がつき、トンネルの続きを掘り始める。その後をアニモフがぞろぞろとついて行き、まるでハーメルンの笛吹きのようなシュールな光景が広がっていくのだった。


「芸も対価の一つとは、面白いところじゃないか。なあ、ニーニョ」
 強まってきた日差しに手で庇を作り、フアンは楽しげに市を眺めた。ちょうど近くでディガーが穴掘りをしてアニモフを楽しませていたのを見かけ、自分も芸を提供しようとトラベルギアを取り出す。
 さあお立会いお立会い、取り出したるは情熱と血の色、真紅のムレタ。闘牛に使うあの赤い布だ。とはいえ本物の牛は居ないし、モフトピアに血腥い本格的な闘牛は似つかわしくない。そこで出てくるのが……。
「ニーニョ、出番だ! いつもみたいに向かって来い」
 遊びの時間だ! とはしゃいだニーニョが、嬉しさからか首の炎をぽぽぽっと膨らませる。そのままフアンから10mほど離れ、フアンを中心にぐるっと足で円を描いた。円の中は一応立ち入り禁止ということらしい。
「グラシアス、ニーニョ。いい子だ」
 戻ってきたニーニョの頭をぐりぐりと撫で、何ごとかと集まってきたアニモフたちに向かってフアンが高らかに声を上げる。
「やあやあモフトピアの愛らしいアニモフ諸君、いかがお過ごしかな? これから始まるのはちょっとした闘牛ゲームさ! 今からこいつがオレ目がけて突進してくる、オレはそれを華麗に避ける。オレもこいつもいい動きをしたと思ったら、オーレ! って声を掛けてくれ。盛り上がったほうがオレも楽しいし、きっと皆も楽しいからな! それじゃ始まりだ、円の中は危ないから入っちゃ駄目だぜ?」
円の端っこにスタンバイしたニーニョが、いつでも行けるとばかりに首の炎を膨らませる。そわそわしながら始まりを待っているアニモフの視線を受けて、フアンは勢いよくムレタを振り上げた。
「さあ来い、ニーニョ!!」
 はためく真紅目がけてニーニョが突っ込む。腕に飛びつこうとジャンプしたところをフアンは華麗に身を翻して避ける。ニーニョも負けずにすぐさま方向を変えて今度は足元を狙い滑り込む。が、ギリギリのところでムレタを目隠しにフアンがバック転でこれをまた避ける。最初は何が起こってるのかよく分からなかったアニモフたちも、フアンのバック転あたりで次第に歓声が起こるようになった。
「おーれー!」
「すごーい!」
 観客が盛り上がればテンションも上がるというもの。ニーニョは更にスピードを上げて突っ込み、フアンも負けじといつもの3割増に大袈裟な動きでアニモフたちを喜ばせた。
「おーれー!」
「かふぇおれー!」
 ニーニョがそろそろ決着をつけようとフアンの膝に飛び込む。さっきまでのように華麗に避けよう……として、フアンは目測を誤ってムレタを翻すタイミングが一瞬だけ遅れた。その隙を逃さずニーニョが突っ込む! 結果、円の端っこで構えていたフアンとニーニョは派手にアニモフの中に倒れこむ結果となった。
「はっはっは! やるなニーニョ、腕を上げたじゃないか」
 えっへんと胸を張るニーニョは土埃にまみれてご機嫌だ。アニモフに囲まれる形になったフアンも豪快に笑って起き上がり、今度はアニモフに向かってムレタを広げた。
「さあ、ほかにムレタを潜り抜けたい奴はいるか? 誰の挑戦でも受けるぞ!」
「わー! ぼくがやる! ぼくー!」
「わたしもわたしも!」
「ぼくもやりたーいー!!」
 大喜びで手を上げるアニモフの中に、ちゃっかりニーニョも混じっている。まだ遊び足りないようだ。アニモフたちは最初こそ順番を守って1匹ずつフアンに挑んでいたが、結局楽しさが勝ってしまって最後にはアニモフたちが一丸となって飛びついてきてしまう。それもまたよし、楽しむことが何より大事なことだから。
 いつしか日は少しずつ傾き始めていた。


「そのネックレス、かわいいわね!」
「うん! きみがえらんでくれたからだよ」
 真っ白な猫型のアニモフと、黒地に手袋靴下柄の猫型アニモフ……いや、猫次郎が、仲良く市を歩いている。猫次郎はもらったクッキーをガラスのネックレスに交換してもらったようだ。光の加減で様々な色に変わるガラス玉を見つめて、それを大事そうに首にかけた。あの子ともう一度会えるその日まで、絶対絶対失くさないでいよう。
「おなかすいちゃった、なにかたべよう?」
「そうだねえ。……あれっ?」
「どうしたの?」
 猫次郎の視線の先には、肩や腕にアニモフが何匹もひっついた流飛の姿があった。ショルダーバッグの中にもアニモフが入ってきゃっきゃしているのを見るに、持ってきた玩具は全部アニモフにあげてしまったようだ。
「流飛さん、大人気だね!」
「うむ……」
 一緒に来た猫次郎に見つかったのが恥ずかしいのか、流飛は言葉少なに頷いた。
「流飛さん、いっしょにご飯食べない? アルルちゃんもいいよね?」
「いいわよ!」
「……アルル?」
 モフトピアへ出発する前、ターミナルで聞いた名前だ。流飛は猫次郎の隣に並んだアニモフに尋ねる。
「もしかして、今日はジャムやマーマレードを売っていなかったか?」
「わあ、しってるの? うれしい!」
 アニモフ……アルルは喜び、これあげる! と荷台から小さな瓶を二つ取り出して流飛に差し出す。それは手作りのミカンのマーマレードだった。
「タダはよくない。礼になるか分からんが、これを」
 出掛けにもらったクッキーを手渡すと、アルルはにっこり笑って受け取った。
「ありがとう、おじさん!」
「そっかあ、ルティさんが言ってたのってアルルちゃんだったんだね」
 ご機嫌な様子でクッキーをバスケットに仕舞ったアルルを見て、ターミナルでの話を覚えていた猫次郎も笑う。思いがけず探していた土産物を手に入れることの出来た流飛も、嬉しそうに、少しだけ目を細めた。

「ねえねえ、ところであれなにかしら?」
「人だかりが出来てるね。行ってみよう!」
 猫次郎と飛流、アルルが見つけて向かったのは、なんとフアンとニーニョがアニモフにまみれて大盛り上がりになっている即席の闘牛(闘アニモフ?)会場だった。
「わああ、楽しそう! フアンさーん! ボクもやるよー!」
「オーラー、猫次郎! いつでも来い!」
 猫次郎たちに気づいたフアンがムレタを広げると、手に入れたネックレスを流飛に預けた猫次郎はダッシュで飛び込んだ。フアンはそれを軽やかに避けるが、ここでもやっぱり他のアニモフたちが大勢突っ込んでくる。すっかり慣れた様子で、飛びついたアニモフを腕や首にぶらさげたまま大立ち回りをするフアンも、ちゃっかりアニモフに紛れて闘牛ごっこを続けるニーニョも、一緒になって飛びつく猫次郎も、とても楽しそうだ。
「オーレ! 他にはいないかい?」
「おじさんはやらないの?」
「……いや、俺は……」
 アルルに聞かれた流飛は難しい顔でお茶を濁した。元々人の世に紛れて危険な戦をしていた自分には、こんな平和な風景は似合わない。そう思っていたけれど、そこに受け入れられる自分を見つけることが出来た。こういうのも悪くは無い、そう思い始める流飛の目はやっぱり優しかった。

「さあ来い猫次郎!」
「負けないぞー!」
 フアンと猫次郎は相変わらず闘牛ごっこで大盛り上がりだ。他のアニモフたちも応援したり一緒に飛びついたりと忙しい。猫次郎が再びフアンのムレタに突っ込み、フアンがそれを避けようとした……その時。

__ずずずっ……!

「うわぁ!」
「なになに!? 地震!?」
 突然足元が下がり、蟻地獄のように地面に穴が空く。その中心に居たフアンと猫次郎、それから数匹のアニモフが慌てて逃げ出そうとしたさらに下に……。
「あれれ、皆いたの?」
「ディガーさん!?」
 なんと、さっきからずっと穴を掘り続けていたディガーがひょっこり顔を出したのだ。穴の後ろにはこれまた土まみれのアニモフたちがぞろぞろとついて来ている。まさか地上に出ようとしたその先にこんな大勢集まっていたとは知らず、ディガーも驚いている。
「おいおいアミーゴ、とんだサプライズだな!」
「えへへ、ごめーん」


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。闘牛ごっこ会場はあの後、ダンスを教えて欲しいというフアンのリクエストに応えて、アニモフたちがそれぞれの浮島の踊りを披露する場になっていた。百の言葉より手を取れば、共に身体を動かし汗をかけば、心は自然と通うもの。猫次郎も得意のダンスで軽やかにステップを踏み、アニモフたちに強引に引っ張られた流飛も輪に加わってぎこちないながら踊りを楽しんだ。ちなみにディガーはまだ穴掘りで遊んでいる。

「……もう、陽が暮れちゃったね」
「そろそろ行かねばな」
「もうかえっちゃうの?」
 夕焼けがだんだん夜空に吸い取られていくのを見て猫次郎が呟き、流飛がショルダーバッグに入り込んだアニモフをそっと外に出した。アニモフたちは名残惜しそうにロストナンバーたちを見上げる。
「また来る」
「ほんとう? たけとんぼもってきてくれる?」
「ああ、約束するとも」
 市の入り口まで見送りに着いてきたアニモフたちに声を掛け、ロストナンバーたちは浮島を後にした。いつまでも手を振っているアニモフたちに負けじと、皆で手を振り返す。
「みんなありがとう! また来るねー!」
「チャオ、アミーゴ! 元気でな!」

 それぞれ戦利品を抱えて、土産話に花が咲く。品物よりも、プライスレスな思い出を胸にして。

クリエイターコメント お待たせいたしました、「モフトピア一泊二日、ぶらりわらしべ長者の旅」ノベルお届けいたします。ご参加ありがとうございました!
もっと参加者さん同士で絡む描写をしたかったのですが、皆さんのプレイングをあれもこれもと拾っているうちに難しくなってしまいました……。
素敵なプレイングをどうもありがとうございました!楽しく執筆させていただきました。

なお、世界観に則り採用を見送ったプレイングもあります。悪しからずご了承ください。

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螺旋特急ロストレイル

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