オープニング


「モフトピアに興味はおありですか?」
 いきなり背後からそう声をかけてきたのは、どこか陰気な空気を纏った男性だった。その手に導きの書を持っているところを見ると、世界司書なのだろう。
「モフトピア……、ご存じないですか」
 名乗りもせずぼそぼそと尋ねた男性は、導きの書に視線を落として溜め息をついた。
「まぁ、いいんですけど。とりあえず仕事なんで、説明するから聞いていってください」
 聞いていけと言いながら誰もいなくなっても気づかないのではないかといった様子で、男性は淡々と説明を始める。
「普段は一面草しか生えてない緑の浮島なんですけど、真ん中に大きな木が生えてまして。それが年に四度ほどだけ花をつけるんです。それを合図のように一斉に花が咲き乱れて、その間、花探しのお祭りが開催されます」
 そこまで言って一息つき、花探しとは、と呟きながら導きの書を捲っている。
「そこに咲く花は珍しい物が多いんですが、中でも一つ、見つけると幸運が授かるという花がありまして。それを探すのが本来の目的なんですが」
 探し物はねぇ、と男性は少し遠い目をして空を見上げた。
「どうして探し物をしてると、違うことが気にかかるんでしょうねぇ」
 見つかった例がないと嘆くように頭を振った男性は、視線を下ろしてきて続けますと再び導きの書を捲る。
「あの島に暮らすアニモフは兎もどきというか、羊もどきというか、羊みたいにもっふもふの毛をした兎、が一番近いですかね。好奇心旺盛で、花を探していてもすぐに別のことに気を取られてしまって探し出せたことがほとんどありません。まぁ、彼らにしてみればお花見して騒ぐだけで幸せそうですから、別に花が見つからずともいいようなんですが」
 見つけてあげると喜ばれるでしょうねと独り言めいて呟き、男性は相変わらず自分の話を誰が聞いているか興味もなさそうに下を向いたまま続ける。
「花の形状は……、分かってますけど内緒にしときます。モフトピアに行くのが初めてなら尚更、アニモフたちと協力してわいわいやってください。見つからなくても、一緒に探してくれたら彼らは嬉しいでしょうしね」
 言ってぱたんと導きの書を閉じた男性は、愛想笑いのつもりなのか口の端を持ち上げた。
「花を探すのが面倒なら、あなた方の知っている花の話をしてあげてください。絵や映像を持っていってもらっても構いません。花祭りですから、花に関する物であれば歓迎されるでしょう。ただ彼らは飽きやすいですから、薀蓄は程々に」
 作り話でも楽しめる物なら歓迎されますよと感情の乗らない声で続けた男性は、また頁を捲って一瞬凍りついた。
 ふらりと視線を外し、さりげなく導きの書を閉じた男性は誰のことも見ないまま、オレンジ塗れとぼそりと呟いた。
「お菓子や飲み物を持参で、花見に勤しまれるのも構いません。勿論彼らも用意していますが、アレが苦手な方は特に持参をお勧めします」
 兎だからか、羊じゃなくて兎決定かとぶつぶつ言った男性は、気を取り直すように小さく頭を揺らした。
「とりあえずモフトピアは危険なことなど一切起きない場所ですから、アニモフたちと楽しく交流してきてください」
 概要はこんなところですと説明を終えた男性は、それではこれでと頭を下げると誰が引き受けるのかも興味がなさそうに離れていく。
 どんよりした空気を纏ったまましばらく先まで行った男性は、何かを思い出したように振り返ってきた。
「そうそう、言い忘れてましたが……、たった一つ注意してもらわないといけない点が」
 いいですかといくらか深刻そうに声を低め、
「アニモフの撫ですぎには注意してください……、離れられなくなりますし、彼らも禿げちゃいますから」
 責任は取れませんよ、言いましたよと念押しして、男性はそのまま今度こそ歩いていった。


 どこか陰気な世界司書の雰囲気からは程遠いが、モフトピアへの依頼はほぼ観光らしい。
 花を愛で、探し、アニモフたちともっふもっふして過ごしてみては如何だろうかか。咲き誇る花ともふもふが待っている、浮島で。

管理番号 b30
担当ライター 梶原 おと
ライターコメント ロストレイルでははじめまして、梶原おと、と申します。世界司書の雰囲気はさておき、ほのぼの~っとしたシナリオを提供していきたいと思っています。
真面目に花探しに協力してくださるもよし、自分ちの花を自慢に来てくださるもよし。花見と称して飲み食いしにいらしてくださっても構いません。
ただ一つだけ、花を探してくださる方は、どんな形状でどこに生えてるか簡単に記してください。
お一人様だけならその方の花を、複数いらっしゃる場合はさいころで決めさせて頂きます。ない場合は見つからなかったとするだけで支障はありませんので、お気軽にどうぞ。
ご参加、お待ちしております。

参加者一覧
イスタ・フォー(ccbc8454)
煢(cuva1238)
二階堂 麗(cads6454)
秋吉 亮(ccrb2375)

ノベル


 花探しのお祭りが開催されている浮島は、遠目でも分かった。中央に大きな木が立っているとは聞いていたが、今はそこに白い小さな花が一斉に咲き誇っていた。
(何だろう、イメージとしては白い金木犀……って、銀木犀じゃないのそれ)
 思わず自分の感想にまで突っ込みを入れたのは、二階堂麗。カメラを構えると、少し離れた浮島からシャッターを切った。
 頭の上で退屈そうにしているのはフォックスフォームのセクタン、カブトだ。たまにシャッターチャンスを邪魔してくれるが、今回は急かすように尻尾で柔らかく頭を打たれただけだった。
 はいはいと苦笑した麗が写真を一枚で諦めて歩き出すと、
「おっ、ひょっとして君もお仲間さん?」
 唐突に声をかけられ、振り向く間もなく笑いかけてきた男性が肩に同じフォックスフォームのセクタンを乗せているのを見つけて笑顔を返す。
「あの浮島に花探し?」
「どっちかというと花探しの取材、かな。風景や動物専門のカメラマンなの」
 専門じゃないだろと上司の突っ込みが聞こえるようだが、無視して話を進める。
「貴方は花探しの手伝いに?」
「ああ、コン太もアニモフたちと遊べて楽しいだろうし、幸運の花探しって楽しそうだろ?」
 コン太と言いながらセクタンを示され、麗も頭の上で寛いでいるセクタンを撫でた。
「コン太くん、よろしく。家の相棒はカブトよ。ついでに私は、二階堂麗」
「悪い、自己紹介もまだだったな。俺は秋吉亮だ」
 よろしくと改めて笑顔になる秋吉に、こちらこそと返して何となく一緒に浮島に向かう。
「他にも人は来てるのかしら?」
「どうだろうな、モフトピアも浮島は多いから。でも、前を歩いてる人はそうなんじゃないかな?」
 秋吉の言葉に視線を向けると、背の高い男性が興味深そうに大木を眺めて歩いている背中を見つける。が、麗が気になったのはその男性より少し先にいる人物だった。
「……その前方に、やたらと豪華な人がいない?」
「ん? ああ、凄いな、中国映画とかに出てきそうだ」
 楽しそうな秋吉の言葉に時代がかってると心中で補足するのは、古代の皇帝が着ていそうな衣装に冕冠まで揃っているから。改めて色んな人がいるなと感心している間に、目当ての浮島に辿り着いた。
 一面に咲き誇る花の群れに目を瞠っていると、大木の影に動く影が見えた。こそこそと様子を窺い、やがて我慢できないとばかりに飛び出してきた姿を見て思わず悲鳴を上げた。
「何なの、この可愛い集団はーっ!」
 モフ天国と我ながら意味不明な言葉を発して、寄ってきた毛の塊を抱き締めた。っきゃー! と可愛い悲鳴を上げてどうやら喜んでくれているのは、この浮島に住むアニモフたち。
「これだけ毛溜まりだと圧巻だな」
 秋吉が思わず感心するほど、羊みたいな毛皮を持つアニモフたちは、来たー! と大騒ぎして纏わりついてくる。
 とりあえず麗は心行くまで撫でながら挨拶をすることに専念しているが、きゃあきゃあと騒ぐアニモフたちに同時に辿り着いた男性が律儀に挨拶をしているのが聞こえる。
「俺は煢という。花を探していると聞いたが……、一緒に探してもいいだろうか」
「探す?」
「探す!」
「探せー!」
 煢と名乗った男性の言葉で目的を思い出したアニモフたちは、兎みたいに長い耳を動かすと散らばって走り出した。中でも人懐っこいアニモフたちは、煢の手を取って引っ張っていく。
「元気で楽しそうだな! よしっ、俺たちも手伝わせてもらうか、コン太」
 楽しそうに笑ってコン太を撫でた秋吉は、それじゃあと気軽に手を上げた。
「俺も花を探してくる。見つけたら教えてくれよな」
 麗はまだしばらくアニモフから離れられないと踏んだのだろう、別の場所でこっちー! と叫んでいるアニモフに呼ばれて秋吉は足を向けている。
 最初に着いた皇帝装束の人はどうしているだろうと探すまでもなく、余はイスタ・フォーである! と名乗っているのを見つける。どこか尊大な言い回しだが、ひどく嬉しそうにアニモフたちを撫で回している姿は憎めない。
 可愛らしい人だと思わずふっと口許を緩めると、額を少し強めに尻尾で打たれた。慌てて意識を戻すと、どうやらアニモフを構いすぎているせいでカブトが拗ねているらしい。
「あーもー、この可愛い人たちめー!」
 みんな纏めて可愛がってやるー! と、どこの親父かと自主突っ込みが入りそうな台詞でカブトを抱き上げた麗は、アニモフごとぎゅーっと抱き締めてもふもふした感触を楽しんだ。



 イスタ・フォーはアニモフたちをしばらく撫で回し、ついでに彼らが兎なのか羊なのか見極めるべく観察してデータまで取っていたが、やがて唐突に我に返った。
「違う、そなたら、花を探しているのであろう?」
「花?」
「花!」
「探すー!」
 そうだったーと頷き合ったアニモフたちは、急いで花を探しに駆け出す。さほど離れていない場所でしゃがみ込み、熱心に花を掻き分けている隣に同じくしゃがんだ。
 普通ならばそんなに小さな花なのか、花の間を探してどうするのかといった突っ込みが入るところだろうが、気にも留めず探し始めたイスタ・フォーの鼻に、みょんと飛び出た虫が上手に乗った。
「これは何だ?」
「くもむしー」
 見た目から取ったのだとすれば、雲虫だろう。綿毛みたいな体に強い足があるらしく、飛蝗よろしくみょんと跳ねて飛ぶ。イスタ・フォーの鼻から飛んだ雲虫は、また花影に紛れる。
 目をきらきらさせたアニモフたちは、潰すかもしれないという懸念もないまま花ごと叩いて雲虫を探し始める。止めるべきはずのイスタ・フォーまで、任せよと腕を捲くった。
「余が捕まえて見せようぞ!」
 かくして花探しではなく雲虫探しが開始され、イスタ・フォーが再び我に返ったのはアニモフたちに雲虫が行き渡った頃だった。満足したらしい彼らも、探すー! と手を振り上げたが、別の何かに気を取られたように顔を巡らせた。
 イスタ・フォーも同じくそちらに視線をやり、白い花を咲かせている大木の傍らに立つ男性を見つけた。
「あの者は、先ほども見かけたな」
 問いかけに知らなーいと首を振ったアニモフたちは、それでも何の警戒もなく近寄っていく。イスタ・フォーも同じくそちらに向かい、またしても花探しはどこかに行ったようだが突っ込む者は誰もない。
「そなた、そこで何をしておる?」
 余にも教えよと近づきながら声をかけると、何かを書き留めていたらしい男性が視線を寄越した。
「幸運の花の特徴が分かればと思って、植物に聞いていたところだ」
「そなた、植物の言葉が分かるのか。それは凄い!」
 余にも教えるがいいぞと目を輝かせて詰め寄ると、男性は検分するように彼を眺めた後で苦笑するように笑った。
「あんた、変わってるな」
「余はイスタ・フォーである。別に変わってはおらんぞ」
 何もしておらぬはずだがと自分の身体を眺め、捲くったままだった袖はそっと戻した。もう変わっておらぬと満足そうに頷くと、男性は笑いを堪えるように肩を震わせた。
「悪い。俺は煢だ、あんたも花探しに来た口か?」
「そうである」
 実際に探しているかはともかく頷くと、参考になるかは分からないがと煢は手にした紙を揺らした。
「年に四度も咲くのは、どうやら季節を教えてこの木に花がつく回数らしい。この木に花が咲くと、同調して他の花々も咲き誇る」
 言いながら大木を見上げた煢につられて見上げると、彼の拳ほどの大きさの白い花が群生しているのが分かる。
「幸運の花というのは、最初に咲いた花を指すらしい。毎回、種類も違うようだ。しかも一晩で咲いてしまうから、アニモフたちにはどれが今回の幸運の花か分からない」
「分からぬのか」
 それは困ると我が事のように嘆いて眉を顰めるイスタ・フォーに、煢はふと口の端を持ち上げた。
「だが最初に咲いた花は、その一輪しか咲かないそうだ。この群生する花の中では骨の折れる作業だが、一輪しか咲いていない花を探せということらしいな」
 一輪だけなのだなと確かめて一面に咲いている花に向き直ると、話している間は退屈そうにぷらぷらしていたアニモフたちが途端に活気づく。
「探す?」
「探す!」
「探せー!」
 おー、と手を振り上げるアニモフたちは、てんでばらばらに走り出す。
 転ぶなよと煢が声をかけると、何故か目を輝かせたアニモフがとうっと掛け声をかけて飛び込み前転を披露した。耳が完全にくしゃっとなるが、痛くはないらしい。
 あれは実は毛の塊で耳ではないのか? と気になって側ではしゃいでいるアニモフの耳を観察していると、こらこらと煢が苦笑交じりに突っ込んでくる。
「アニモフの観察をしている場合か? 多分に俺のせいだが、全員前転開始でひどいことになってるぜ?」
「はっ、そうであったな! 余も混ぜるがいい!」
 前転であれば得意だと参加しようとすると、落ち着けかなり待てと後ろから襟首を掴んで止められた。
「参加するな、寧ろ止めろ」
 花が全滅すると目を据わらせて警告され、それはいかんと頭を振った。
「前転ではなくここは側転で、」
「花を探せ!」
 飛んだり跳ねたりせんでいいと煢に指を突きつけられ、またはっと我に返る。
「そうであった、花を探すのだ」
「探す?」
「探す!」
 とりあえず一頻り回って気が済んだらしいアニモフたちが再び走り出すので、イスタ・フォーもその後に続く。後ろで、俺は保護者かと呟く煢の声が聞こえたが、気にしないで花探しを再開した。



 亮は目の上に手を翳して空を仰ぎ、いい天気だよなぁと感嘆する。
「やっぱり、人間も植物も太陽から元気を貰ってるんだよな」
 太陽って凄いよと改めて感心していると、足元ではアニモフたちが彼を真似てうんうんと頷いている。思わず口の端が緩む光景に、亮はよし! と拳を作った。
「幸運って聞くと、やっぱり四葉のクローバーだよな。そんな感じの花が咲いてないか、探してみるか」
 肩に乗せたままのコン太に話を振ると、ふっさりした尻尾を揺らされる。そうだよなぁと頷き、コン太の尻尾に飛びつこうとしているアニモフたちを見つけて破顔した。
「遊んでていいぞ。俺はしばらく、この辺を探してるからさ」
 コン太を下ろしながら、君らも気が済んだら花探しにおいでと側のアニモフの頭を撫でると、うんうんと大きく頷かれた。そのままじゃれるように歓声を上げながら追いかけっこを始める小さい姿をほのぼのと眺めた亮は、充電完了! と大きく伸びをした。
「見つかったら喜んでくれるだろうし、頑張るとするか」
 可愛らしく揺れる黄色い花に目許を和ませながら観察すると、タンポポのような花から見たことのない花までが規則性なく咲き並んでいる。けれど四葉のクローバーに近い物は見当たらず、場所を変えるかなと伸びをして視界の端にモフタワーを見つけた。
 正確に言えば、誰かにアニモフたちが集っているところだった。中国映画で見るような衣装の男性が、もふ塗れているらしい。男性は平然と立っているが、身体をよじ登るようにしがみついているアニモフたちは今にも転がり落ちかねない。
「危な……!」
 落とす前に駆け寄ると、辿り着いた時に雪崩が起きた。転がるアニモフを辛うじて三人は抱き止めたが残った二人が間に合わないと焦ると、花を探していた男性が手を貸してくれて事無きを得た。
「よかった、間に合って。怪我はないか?」
「転げた?」
「転げた!」
「落ちたー!」
 楽しそうに騒ぐアニモフたちは怪我もなさそうで、ほっと胸を撫で下ろす。
「すまぬ、助かったぞ」
「いやいや、間に合ってよかったよ。でもどうしてアニモフをぶら下げる事態に陥っていたか、聞いてもいいか?」
「イスタ・フォーが一人を持ち上げて、遠く見せてやったんだが。それを見た全員が、自分もしてほしいとせがんだんだ」
「うむ、全員は無理があった」
 受け止めたアニモフを下ろしながら答えた男性のそれに、イスタ・フォーと呼ばれた男性も鷹揚に頷いた。亮は無茶をするなぁと呆れたが、きらきらした目で見上げられては無理もしたくなるのかもしれない。
「楽しい光景をたくさん撮れて、私は満足なんですけど」
 そこでもふ塗れておられるお兄さん方と、カメラを片手に呆れたように声をかけてきたのは二階堂だった。
「お茶会の準備が整ったわよ」
 お酒はあんまりないんだけどと遠い目をして嘆いた二階堂は、頭に乗せたカブトの尻尾で叩かれて後ろを示した。
「とりあえず手を止めて、お茶にしない?」
「飲むー!」
「食べるー!」
 きゃー! と万歳して駆け寄っていくアニモフたちに、亮はイスタ・フォーともう一人の男性を見た。
「俺たちもお茶にしないか?」
「そうだな、そろそろ腰も痛い」



 煢はアニモフたちが用意してくれたテーブルの上を眺めて、一瞬言葉に詰まった。ケーキを始めとしたお菓子の数々も、紅茶からジュースに至るまで鮮やかなオレンジ色。
 凄い光景でしょうと苦笑した二階堂は、オールキャロットですと彼の疑問を解いて重々しく告げた。ちらりと窺えば、アニモフたちは夢中になって食べている。
「幸運の花は無理としても、これをあの司書さんに届けてあげたらどうかな?」
「司書って、……この浮島の話を持ってきた?」
「そう。世界司書って、出かけられないんだろ? せめて美味しい物を持って帰ったらどうかなって」
 秋吉のそれは、どこまでも好意による提案なのだろう。あの司書は人参が苦手なのではないかと思ったが、先に二階堂が大きく頷いた。
「きっと泣いて喜んでくれると思う、そうしてあげて」
「では、余も持てるだけ持って帰ってやろう!」
 人が喜ぶのはいいことだと大きく頷いて被害を拡大させるイスタ・フォーにも、他意も害意もないらしい。秋吉と一緒にアニモフに交渉している姿を眺め、煢はまあいいかと受け流した。
 嫌がらせならば止めもするが、善意からなら贈られる側が寛大に受け止めるべきだ。と後の始末は司書に押し付けようと決定しているところに、何かが舞い降りてきた。
「見つけたか」
 大儀と指に止まった鳥に頷いたイスタ・フォーは、覗き込んだ秋吉に見やすいようにと片手に持った水晶からデータを空中に照射した。
 一面ピンクの花が咲き誇る中、一輪だけ風に揺れているのは水色の花。大きな花弁の中央、雄しべや雌しべがあるはずの箇所が兎の尻尾みたいな毛玉になっている。
 食べるほうに夢中になっていたアニモフたちも花を見た途端、それー! と一斉に指した。
「おっ、幸運の花発見か! 残念、クローバーっぽくなかったな」
「俺の探した花とも違っていた」
 映し出された花を描き留めるべく持ち込んだ筆記具を出しながら呟くと、人参リキュールを傾けながら二階堂が尋ねてくる。
「どんな花を探してたの?」
「白くて螺旋状の花を」
「それは珍しいわね」
 見たいかもと二階堂が微笑むと、アニモフたちも見たいーと騒ぎ出す。
「見せられるものなら見せてやりたいが」
「今持ってるのか?」
「いや、俺の髪に咲く」
 今はどうも無理なようだと髪先を持ち上げながら答えると、二階堂が目を輝かせた。
「咲いたら是非、撮らせてね」
 見たい見たいーとアニモフたちもはしゃぐが、この島に咲く花と違って規則的に咲くわけでもない。悪いなと申し訳なく謝罪していると、イスタ・フォーに何か始まるようだぞと声をかけられて振り返った。
 どうやら彼らが話している間に鳥に先導されたアニモフたちが、花に向かっていたらしい。映し出される映像も、再び飛び立った鳥の視点の物へと切り替わっている。
「皆で行かなくてよかったのか?」
 残っているほうが多いと秋吉が見回しても、アニモフたちは今からー! と弾んだ声で返すだけ。今から? と聞き返すと、全員が映像を指した。
 鳥に案内されて辿り着いたアニモフたちは、花の周りで一頻り跳ね回った後、すーっと大きく息を吸い込んでいる。そのまま見つけた花に息を吹きかけると、真ん中のふわふわした毛がタンポポの綿毛よろしく吹き飛ばされる。
「ぬ。飛んでいってしまったではないか」
 幸運の花ではなかったのかとイスタ・フォーが呟くと、さわりと柔らかい風が吹いた。きゃー! とアニモフたちの嬉しそうな悲鳴が届いた時には、その風に中央の木から飛ばされた花弁が乗り、花吹雪が巻き起こる。
 きゃあきゃあと跳ねるアニモフを他所に、言葉に詰まってその光景に見惚れる。さっきまで色々と撮っていた二階堂までが、カメラを構えるのも忘れて見惚れている。
 どうやら幸運の花というのは、この現象を起こさせる鍵なのだろう。中央の木に花が咲く年に四回、最初に咲いた花が役目を担う。
 探し出せずとも、何れ時期がくれば自然と散るに違いない。ただそれはこの風景には及ばず、最初の花を見つけた時だけ訪れる幸運。
 煢は知らず口許を緩め、横笛の形をしたトラベルギアを取り出した。邪魔にならないよう、この幸運に沿うように優しい音を奏で始めるとアニモフたちが跳ね始める。その中で一際もふもふしたアニモフたちが近寄ってきて、せーのと声を揃えた。
「「ありがとおございました!」」
 花吹雪いたのーと嬉しそうに礼を言われ、
「だめ、泣きそう、こっち見ないでねっ」
「俺も大分、感動してる。立ち合わせてくれて、ありがとう」
「Pちゃんが役に立てたなら余も嬉しいぞ」
 三者三様に反応する側で、煢も笛の音に込めて応える。


 この幸運が長くは続かないのだとしても、風がやむまで花もふる。

クリエイターコメント というわけで無事に花も見つかり、ちょっとした幸運も降りました。ご参加くださった皆様も、ちょっとばかしほっこりしてもらえたなら嬉しい限りです。

今回は短く纏めるのに大層苦労しましたが、何とか纏められたのではないかと自負しています。
今年の抱負は、やればできる、にしておきます。貫けるように精進せねばなりませんが、今回はひとまず息を抜いてご参加くださいました方々に御礼を。

幸運の花は宣言してましたとおり、さいころで決めさせて頂きました。
探してくださったのが三人様でちょうど六で割れたものですから、1・6、2・5、3・4で参加してくださった順に振り分け。外れなしの一投で決めることにして振りましたところ、6が出ました。
外れなしになったのも六で割り切れたおかげ、お茶も楽しんでもらえたならいいのですが。
拾い切れなかったネタ、できるのかそんなことと思う捏造等も見られると思いますが、少しでもお心に添えていますように。

ご協力、ご参加に心から感謝致します。ありがとうございました!

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン