オープニング


「霊力都市インヤンガイのある街区において、殺人事件が多発しています。現地に赴いて探偵に助力し、事件を解決して頂きたいのです」
 世界司書リベル・セヴァンの形の良い口元から放たれた言葉は、あまりにも簡潔で、あまりも陰惨なものだった。
「事件の概要は――焼死による連続殺人です。被害者に年齢、性別などの共通点はありません。未だ犯人は捕らえられておらず、近隣住民の安全が脅かされています」
 異世界博物誌はご覧になりましたか、と付け加えてから、リベルは改めて説明に入る。
「インヤンガイは治安の良くない世界です。国家権力が機能していない為、現地で起こる事件などを解決・処理している『探偵』らが存在します。世界図書館は彼らに力を貸す事で、現地での活動を容易なものとし、主に情報収集などの足場にしようと考えています」
 手にした『導きの書』のページをぱらりとめくり、リベルは変わらぬ表情で淡々と告げた。
「この事件を調査しているのは、ライと言う探偵です。皆さんは彼の元に赴き、協力に当たって下さい」

  *

 異世界博物誌にも記載されているインヤンガイとは――「霊力都市」というその通称通り、「霊力」なる万物のエネルギー体によって都市中のあらゆる機械が稼動し、文明の発達が促されてきた世界である。
 霊力とは、生物をインヤンガイの世に存在させる根源たる力でもあるのだが、時に機器類の制御の枷を外れ、恐るべき災厄を引き起こす危険性もあると言う。
 この世界において危ぶまれるのはそれだけではない。
 都市を管理する政府は実質まともな機能を失い、犯罪組織による悪行や暴力がごく日常に横行している。いわゆる「幸福」だの「贅沢」だの、金の名のもとに楽園のような生活を送っているのは、腐敗した政府の管理職や都市の高層階で暮らす上流階級の者達ぐらいである。
 もはや必然とでも言うべきか、インヤンガイに住む多くの人間の心には――黒く深い「悪意」が住み着いていた。人を殺す事を喜びとする殺人鬼達の存在も、まさにそのひとつである。

「よく来たねぇ。協力ありがとう。ヒーホホホ」
 気味の悪い笑い声を立てながら、その「線まみれ」の男は彼ら旅人を歓迎した。
「ワタシがライだよ。しがない探偵でねぇ」
 カラフルな大量のコード線が、まるで全身至る所から生えた体毛のように――何とも無秩序に、車椅子に腰掛けた男の全身を覆っていた。男は焦点の合わない目玉をくりりと動かして、隣に佇む女性を見遣る。
「そしてカノジョが助手のリン。ワタシは身体が不自由でねぇ、聞き込み調査はカノジョに頼んでいるのだよ」
 タンクトップに迷彩柄のズボンを履いた女性は、よろしく、と小さく頭を下げた。
「それじゃあねぇ、早速本題へいこうか。手伝ってくれるキミ達へ、このワタシ探偵ライが自ら調べ上げた、事件のキチョーな情報を教えてあげよう」
 ライは得意げににんまりと笑みを浮かべると、カタカタと震える人差し指を立て、勿体振るように話し始める。
「被害者は男も女も老人も少女もいる……と思われる。何故曖昧なのかって? それはね、被害者が誰もカレも『丸焼き』にされているからなのだよ。これじゃあ顔が分からない。焼け残った所持品や背格好で、性別やおおよその年齢が分かるくらいだ。全く滑稽な話だね。ヒーホホ」
 ライの楽しそうな口ぶりに、助手の女は何も言わず静かに頷くだけだ。
「しかしだね、火が上がっているのを目撃した者は誰一人として居ないのだ。ただ、『かつては人だったもの』だけが――」

 冷たく薄暗い路地裏に、ぽつりと虚しく転がっているのだと言う。
 
そうだねぇ、と呟いて、探偵は何かを思い出すようにううむと唸り声を上げた。
「他に変わった事と言えば……最近、事件が起きている現場近くで、よく痩せた犬が目撃されている事くらいかねぇ。まあ、事件が起きている街区は廃棄物処理地区でもあるからねぇ、餌漁りに来た野良だろうけど」


 あぁ、ぁぁがあぁ。
 だんだん、だん。
 目眩くまばゆい炎の中心で、大口を開けた人間が一心不乱に踊り狂っている。顎が外れんばかりに開け放たれた口内から、この世のものとは思えない程に高らかで悍ましい叫び声を垂れ流し、救いを求めんと何度も何度も扉を叩いていたようだが――分厚い金属の扉はぴくりともせず、向こう側には微かな残響しか届かなかった。
「………」
 扉に付いた小さな覗き窓から内部をじっと見つめ、一人の男が呆然と立ち尽くしている。

 だん、だん。

 室内は深い暗闇に閉ざされていた。生ゴミと肉の焦げる匂いが織り混ざった酷い悪臭が充満し、ぱちぱちと物が燃える微かな音色と、壁を叩き付ける鈍い打音が響くばかりである。
「………」
 男の瞳に火の色が映り込む。飽きもせず、瞬きすら忘れ、ひたすらに炎の檻を見つめ続けていた。
 ふと、男の足元に一匹の痩せこけたみすぼらしい犬が擦り寄ってきた。男は口元に微笑を浮かべ、犬の頭を撫でる。
「寒いんだ。とても」
 手にしたワインを煽り、がぶがぶと飲み干した。甘やかなアルコールは彼の身体をほんのりと火照らせたが――心の芯までは、暖めてはくれなかった。

管理番号 b40
担当ライター 亜古崎迅也
ライターコメント 初めまして、こんにちは。
まだまだ見習いライター、亜古崎迅也(あこざき しんや)と申します。
仄暗ファンタジーをよく書いています。と言うか、それしか書けない気がします。
情景描写を好んで書く傾向があり、「動」か「静」で例えるなら、私の文章は静寄りかなと思います。
頑張って活動していこうと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。

さて、当シナリオのお話を。
陰気でこわーいインヤンガイのある街区を騒がせている殺人鬼を、探偵ライ・リンと共に捕まえてください。
なにやら事件現場付近で犬がよく目撃されているようですが……。

参加者一覧
鵺(cawh9537)
フェイ リアン(cnbx7560)
アインス(cdzt7854)
ツヴァイ(cytv1041)

ノベル


 寂れたビルの階段を数階程上がると、格子入りの窓ガラスの付いたドアが一つ、ひっそりと訪れる者を待つように佇んでいた。
 そこにぶら下がった小さな看板には、インヤンガイの文字で、
『ライ探偵事務所』と。刻まれていた。

「よく来たねぇ。お茶で良いかね?」
 集まった彼らを前に、車椅子の男、探偵ライはのんびりとした様子で尋ねた。
「あ、はい。お茶で大丈夫です」
 室内の隅っこの椅子に腰掛けていた黒髪の少年、フェイ リアンは、ずり落ちた眼鏡を直しながらこくりと頷く。
「ああ、結構だ――それで、例の事件についてだが」
 お盆を持って近付いてくるライの助手に簡素な一言を寄越し、海のような青い髪をした青年アインスは、理知的な眼差しで探偵を見遣った。
「情報を整理してみると……焼死による連続殺人、しかし火の手が上がっている所を目撃した者は居ない、と。以上の事から考えられる答えは一つ――」

「――ライ探偵が犯人だっ!」

 アインスの推理を遮って、彼の双子の弟である紅い髪の青年ツヴァイが、びしりと探偵を指差した。
「えっ!」
 リアンが思わず目を丸くする。
「………」
 先程から部屋の壁にもたれ掛かり、沈黙を護っていた般若面の男――鵺は、相変わらず無口なままで、部屋の様子を眺めていた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ちたまえ。ワタシは犯人ではないよ!」
 脂汗を掻きながら、ライは両手を左右にぶるぶると振った。彼の焦っている様子に一層眉を寄せ、ツヴァイがずいと詰め寄る。
「あーやーしーい。だって、どう考えても胡散臭いだろ? ……ハッ!? まさかお前、自分が犯人だと隠す為に、わざわざ犯人逮捕の協力を申し出たんじゃあ――」
 暴走を始めかけたツヴァイを鋭い拳固で制し、アインスが溜息を吐いた。
「何を言っている、ツヴァイ。彼が犯人の筈が無いだろう」
 二人のやり取りは大分庶民的であったが――こう見えても彼らは、とある世界の第一、第二王位継承者、つまり皇子様である。
 あぐぐぅと唸り声を上げる弟をよそに、アインスは椅子に座り直し、先程の続きを話し始める。
「――犯人は被害者を焼死させた後、何らかの手段で路地裏に運んだのではないだろうか」
 ほう、と探偵が感心の声を上げた。
「目撃情報に漏れがある可能性も無ではないとは言え……成程、そう推理されたか」
 ライはデスクへと手を伸ばし、数枚の紙切れを掴むと、目の前に居るツヴァイへと手渡した。赤髪の皇子は訝しげな目つきのまま書類を受け取り、色々な角度から凝視する。
「なら……次を特定するのは、難しいだろうな……」
 ぼそりと呟かれた言葉に、一同が壁際へと目を向けた。般若面はそっと面を動かし――恐らくは彼らを見返しながら――静かに言葉を紡いだ。
「……通り魔、ならばな」
「僕……じゃなくて、私もそう思います」
 リアンが茶を啜りながら同意した。小さな彼の掌には、白いマグカップは何だか大きく感じる。
「無差別であるなら。この事件を動機の線から探るのは、難しいように思います。やはり現場に赴き、もう少し手掛かりを探ってみるのが賢明かと」
 鵺がこくりと頷き、アインスがふむ、と小さく唸り声を上げた。
「現地調査だね? ヒーホホ、是非行ってきてくれたまえ。何か情報が入ったら、キミ達に連絡しよう。……ああ、現場までは、リンに案内させよう」
 迷彩柄のズボンを履いた女がよろしく、と頭を下げた。リアンは椅子から立ち上がり、ぺこりとお辞儀しようとした拍子に――ライの引きずるコードに足を引っ掛け、一人したたかに転倒した。

 *

 気分の悪くなるような生ゴミの悪臭が、僅かに風に乗って流れてくる。
 薄暗く湿った路地裏の、更に奥へと歩みを進めれば、大通りらしき新たな街道が現れる。酷く複雑に入り組んだ街区を、探偵助手の案内と共に歩みながら、四人は周囲を見渡した。
「この辺り一帯が、事件の遭った区域です。廃棄物処理地区ですが、居住区でもあります。ほとんどが浮浪者ですが」
 みすぼらしい格好の若者や、古びた荷車を引いて歩く老人が居る。時々擦れ違う住民達は、皆一様に、何処となく虚ろな眼差しをしていた。
「何だか俺達、浮いてるな」
「そうですね……」
 リアンとツヴァイの呟きに、アインスがふんと鼻を鳴らす。
「我々には『旅人の外套』の恩恵があるのだ。堂々と歩け役立たず」
「役立たずは関係なくね!?」
 無論、ごく普通の行動を取っている限りは、『パスホルダー』と『チケット』を所持するロストナンバーである彼らが悪目立ちするような事は無いが……そうでもない限り、小綺麗な格好をした二人の皇子と王宮仕えのリアンの身なりは、今にもひったくりやスリでも遭いそうな雰囲気だった。
「まあ確かに……必ずしも一般市民が無害とは限らんな。ろくでもない輩が居るかもしれないから、十分気を付けるといい――っておい。聞いてるのかツヴァイ」
 気を引き締めようと注意を促したアインスだったが、鵺とリアンの後ろで何故か地べたを這いつくばっている愚弟を発見し、呆れたように溜息を吐いてつかつかと歩み寄った。
「……ん? いやな、俺の能力で、地面に何か記憶が刻まれてないか、調べとこうかと」
 ツヴァイの能力――『メモリスト』は、無機物・魂を持たない物質が宿す記憶を読み解く事が出来る、類い稀な特殊能力である。
「……何だ。早くしろ」
 呆れと言うより「何だてっきり」と言わんばかりの溜息を吐き、アインスは蹴りを繰り出し掛けていた片足を元の位置に戻した。
「酷ぇな!? 言っとくけど、俺は真面目にやってるからな!?」
 弟の遠吠えを無視し、兄はさっさと先へと進んだ。

(陰欝な街だな……)

 黒いコートを靡かせながら、鵺は般若面の奥からインヤンガイの曇り空を捉えた。
(まぁ、俺にはお似合いか……)
 この空が晴れ渡る事は、ほとんど無いのだろう。
 酷く空虚な、しかし懐かしさのようなものを胸の奥で感じ、彼はそっと目を細める。
 ……似通ってはいたかもしれない。だが、決して寄り添う事は出来ないのだ。
 何故なら彼の魂は――生半可な灰白色の曇り空よりも、もっともっと深い場所に在ったのだから。

「此処が、一番新しい事件現場です」
 ひんやりとした路地裏に辿り着き、リンが立ち止まる。鵺は地面にしゃがみ込むと、散らばった砂利を指先でそっと摘んだ。
「……灰が僅かに残っているが……焦げた跡は無い」
 そうだろう、とアインスが何故か得意げに頷く。
「やはり、犯行現場は此処では無いのだ」
「じゃあさ、どうやって運んだんだ?」
 ツヴァイの何気ない疑問に、アインスの眉がぴくりと動いた。
「それは――まぁ、瞬間移動とか」
 えっ、とリアンが驚いたように目を丸くする。アインスは途端に瞳を「閃き」
の色に輝かせ、高らかに天を仰いだ。
「――そう! 瞬間移動! 恐らく犯人は超能力者だ。発火能力でメラッと一発やって、遺体を路地裏までテレポートさせたのだ。何と完璧な推理……!」
「えーと……インヤンガイの人々は、基本的に壱番世界の人々に近いので、特殊な能力は持ってなかったと思うのですが……」
 おずおずと呟かれたリアンの言葉に、アインスは一瞬固まってから、こほんと一つ咳払いを零した。
「……と、まあ、そういう可能性は低いだろうな」
「………」
 性格や態度は違っていても、精悍な顔立ちと『中身』は大差無いのかもしれない。多分。
 般若面の下で、鵺は人知れず、訝しげに眉を潜めていた。


 路地裏を、手掛かりを探して歩き回っている彼らの元へ、静かに近付いてくる影が在った。
「………?」
 視線を感じ、リアンが振り返る。
 路地裏の先の街道から、彼らをじっと見つめていたのは――一匹の、みすぼらしい犬だった。
「あ、犬が……」
 立ち上がり掛けたリアンを制し、アインスが犬を見据える。犬は暫し彼らを眺めた後――何か諦めたように、踵を返してその場から去って行った。
「………」
「確か、現場周辺では野良犬が目撃されていたな」
 アインスの問いに、リンとリアンが同時に頷いた。青髪の皇子は二人を見遣り、頷きを返す。
「私はあの犬を追ってみようと思う」
「……なら、二手に別れた方が無難だろう。他の現場も、調べた方が良い」
 しゃがみ込んで地面を調べていた鵺が、ぼそりと呟いた。

 *

 鵺とアインスは野良犬を追って先へ行ってしまったので、残ったツヴァイとリアンと探偵助手の三人は、これまでの事件現場をくまなく調べて回る事にした。
「犬は……好きです」
「そっかー」
 とっつきにくそうな雰囲気の鋭い目を少し垂れさせ、リアンがぽそりと語る。ツヴァイは何の気無しに相槌を打った。
「僕もたまに、犬みたいだと言われます」
「じゃあ、アインスの奴と正反対だな」
 つまり猫みたいな人なんだな、とリアンは解釈したが、ツヴァイの考えていた意味合いと同じだったかどうかは、不明である。
「何か分かりましたか?」
 ゴミ箱の中を調べていた探偵助手が、顔を上げて二人に声を掛けた。ツヴァイは地面に散らばっている空き缶を拾って眺めたりしながら、難しそうな顔で唸り声を上げる。
「まだ調べ中。畜生、ぜってーライが死体を引きずってるトコなんかが見える筈なんだって……!」
 えっ、とリアンが本日何度目かの驚いた顔をした。探偵助手は何も言わず、静かに眉をへの字にしている。
「ガラガラ引っ張ってる姿はかなり映ってるんだけどなー。肝心のライじゃねーし……」
「ガラガラ、ですか?」
 ふとツヴァイの呟きに疑問を抱き、リアンが首を傾げる。皇子はおう、と頷いて、おもむろに彼方を指差した。
 彼の人差し指が指し示していたのは――薄暗い路地裏の先にある街道を、古びた荷車を引いて行き来する人々の姿だ。荷台に乗せている荷物は様々で、生活道具らしきものを運んでいる者も居れば、回収したゴミらしきものを運んでいる者も居た。
「荷車……」
 リアンはぽつりと呟くと、小さな頭を伏せて押し黙った。彼が思案している事を知ってか知らずか、ツヴァイは背伸びをしながら「あとさー」と続ける。
「思った事があんだけど。此処って……廃棄物処理地区なんだよな?」
 ええ、と探偵助手は再び小さく頷いた。
「だったらさ、ゴミを燃やす所とかで焼いたんじゃねーのかなって。死体をさ」
 リアンははっとした表情で顔を上げ、ツヴァイを凝視した。言った本人は何が何だか訳が分からず、思わずうろたえながらもリアンを見返す。
「ツヴァイさん……! 成程!」
「……はい?」
 呆然とする彼をよそに、リアンはくるりと振り返り、探偵助手に問い掛けた。
「リンさん。現場周辺に、焼却炉の設置された処理場は有りますか?」
 リンは少し目を見開き――直ぐさま、はっきりと頷いた。


 がらん、がらがら。

 細かいゴミ屑の混じった汚れた砂利道を、一台の荷車が通っていく。
 擦れ違う人々は幾人も居たが、振り返る者は誰も居なかった。その光景がごく当たり前過ぎて、気に留める必要が無かったからだ。

 がらがら、がらん。

 荷車は人々の間を摺り抜けるように通り過ぎ、大きな建物の中へと入っていった。


 薄暗い室内に明かりの一つも点さず、男はつかつかと部屋の中央へと歩み寄る。
「………」
 一方の手には葡萄酒の瓶を、もう一方の手には、先程荷車に積んでいた――大きな大きなゴミ袋をずるずると引き摺りながら、彼は部屋の奥に設置された、巨大な装置の前で立ち止まった。
「…………」
 鼻歌混じりに葡萄酒の瓶を煽る。
 清掃員の格好をした男は、誰も居ない部屋の中で一人不気味な笑みを浮かべると、片手に担ったゴミ袋に視線を落とした。
「……ぅぅ……」
 袋の中から微かな呻き声が聞こえる。男は笑みを一層濃くした。
 装置の重厚な扉をがたんと開く。そしてゴミ袋を、闇の中へ投げ入れようとした――その時だった。

「――そこまでだ」

 いつの間にか――薄暗い部屋の端に、青い髪色をした一人の若い男が立っていた。
「貴様か。一連の、連続殺人事件の犯人は」
 アインスは海と同じ色の瞳を細め、清掃員を見据えた。暗闇にぽっかりと浮かび上がるように、彼の白い衣装は酷く輝いて見える。
「焼死とは、惨い事をする……」
 彼とは反対に、闇に溶け入るような黒いコートを羽織った男が――アインスの更に陰手の方から、ぬるりと顔を出すように現れた。
「さて……何の話かな? 殺人なんて幾らでも起きてる。一体、どの事件の事やら」
「黙れ」
 はぐらかすように微笑を零す男を、アインスは鋭い眼差しで見遣った。男はなおも笑みを崩さない。
「野良犬を追って来たら、此処へ辿り着いたのでな。貴様は犬を使い、一人になった人間を探して狙っていたのか。成程、こんな場所で人を殺めていたとは……」
「………」
 ふぅ、と溜息を吐き、男は観念したとばかりに両手を上げた――次の瞬間。

「―――ッ!!」

 手に持っていた酒瓶を、アインスの顔目掛けて投擲した。
 派手な破砕音が鳴り響く。


「焼却炉の電源も落とした事ですし――じゃなくて、霊源? ……とにかく、犯人が分かったので、僕にこれ以上出来る事は無いでしょう。後は皆さんにお任せします」
 処理場の門をがらがらと封鎖しながら、リアンが淡々と告げる。助手は僅かに眉を潜め、この歳の割に賢い少年を見下ろした。
「……君はどうして、我々に協力しようと思った?」
 リアンは暫し、不思議そうに助手の顔を見つめた後、いつもの表情でぽつりと呟いた。
「……誰の為でもありません。僕が心から尽くしたい方は、この世にたった一人ですから。僕はただ――真相が知りたかっただけです」

「在るべきものが在るべき所へ戻り、きちんと片が付くように」


 耳をつんざくような音色と共に、酒瓶が木っ端微塵に砕け散る。
 撃ち抜いたのはアインスの獲物だ。炎を纏った小型銃器の弾丸が的確に瓶の重心を撃ち抜き、破片を最小限に抑えて床面に落下させた。
 男は瓶の行方を見届ける間もなく、ポケットから小型ナイフを取り出し、傍らに横たわる――生きた人間が詰められているだろうゴミ袋目掛けて、力の限り振り下ろした。
 鵺が音も無く、恐ろしい速さで男の間合いへ踏み込む。

「――させるか」
「――させるかよ!」

 同時に、真っ赤な炎が放たれた。
 アインスの弾丸ではない。燃え上がるような赤い髪が、ドアを破って滑るように飛び込んできたのだ。
 キン、と刃物の触れ合う微かな音が鳴る。
 それはまさしく、同時だった。

「畜生、させるかっての……!」
 ツヴァイのナイフが男の刃を受け止め、鵺の操る黒い闇が男の動きを封じた。
 ツヴァイはナイフを奪い取り、男を床に突き飛ばす。
「……大人しくしていろ」
 鵺は白刃の切っ先を男の喉元に突き付け、問い掛けた。
「何故、こんな事をした」
 どんな理由であれ、許される事では無いだろう。それでも彼は、問わずにはいられなかった。
 だが、返ってきた答えはやはり、

「寒かったんだ。だから、焼いた」

 意味の解せないものだった。
「…………」
「知っているかい? 人は脂が詰まってるから、よく燃えるんだよ……」
 薄ら寒い微笑を浮かべながら、男は嬉しそうに語る。鵺は僅かに溜息を吐き、刃の持ち方を変えると、

「許される事ではない。……精々、後悔すればいい」

「―――!!」
 どすん、とそのまま刃を突き刺した。


「うわー……」
 ゴミ袋を破り、中に詰められた被害者を助け出しながら、ツヴァイは小さく眉を潜めた。
 鵺の白刃が貫いていたのは、男の首筋から僅か数センチ隣の床である。
「………」
 泡を吹いて気絶している男を見遣りながら、鵺がゆっくりと腰を上げた。
 その般若面の奥はどんな表情だったのか、伺い知る事は出来なかった。

 *

「この度は、事件を解決してくれて本当に有難うねぇ」
 ヒーホホホ、と何度聞いても慣れない笑い方を漏らしながら、ライが一同に頭を垂れて見せる。
「犯人はこの後、どうなるのでしょうか」
 リアンの問いに探偵は静かに目を細め、答えとは到底呼べない言葉を紡ぎ始めた。
「人は所詮、吊された瓜子に過ぎないのだろう――汚れた土壌の養分を吸い上げれば、果実も自ずと汚れてしまうものだよ」
「………」
 鵺は壁に凭れ掛かり、静かに耳を傾けていた。
「孤独に宙を彷徨っているように思える。しかしその臍の緒は、生きる限り大地に繋がったままだ。生まれる地など、選ぶ事は出来ないのだからねぇ」
 アインスもツヴァイも、思わず黙り込んだ。ライは笑みを見せ、とにかく、と続ける。
「今日は本当に有難うねぇ。また次もお願いしたい所だよ」

 ヒーホホと不気味な笑い声に見送られながら、一同はその地を後にした。

クリエイターコメント  初めまして、こんにちは。この度はβシナリオへご参加頂き、有難う御座いました。
もっと書きたかったシーンがあったりしたのですが、字数制限の壁と、執筆者の腕の足りなさで今ひとつ。(一礼)
何はともあれ、事件は無事解決致しました。
また何処かでお会いできます事を祈って。

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン