オープニング


 世界司書リベル・セヴァンが冷静な声で告げたのは悲惨な事件だ。
「本日はインヤンガイでの連続で起きている殺人事件の解決を解決していただきます。……女性ばかり、すでに四人も殺されているそうです。詳しいことは現地の探偵に聞いてください」
 リベルは冷静な顔に眉を顰めた。
「……くれぐれも気をつけてください」

 

★ ★ ★

 インヤンガイ。密集した都市が何度も繰り返し無秩序な増改築を繰り返してできた世界。上を見れば金を持つ者たちによる娯楽を貪る天国、下を見れば明日死ぬかもしれないという貧しい人々が生きる奈落。
 その奈落に近い地下都市のカリファ区――別名をロンリネス。
 鮮やかな赤のドレスを纏った少女と、その少女を庇いながらよれよれのスーツを身に纏った男装した女が走っていた。
 その二人を追うのは黒一色の衣服を纏った男。
 男は片手に大きな、赤黒い人を殺したことが伺える刃を持ち、冷たいアスファルトを力強く蹴り逃げる二人に迫っていく。
不意にドレスの少女が地面に転げ、その瞬間を刃物を持った男は見逃さなかった。
「きゃあああ」
「死ね、死ね、死ね死ねぇ!」
「あ、あああ、ごめんなさい。ごめんなさい。悪気があったわけじゃないの! ゆるして!」
 血走った殺人鬼に少女は恐怖に震えながら謝罪つづけたのに、殺人鬼は一瞬、赤黒い刃を宙で躊躇うように止めたあと勢い良く振り下ろす。
「謝ってなんになる? あの子は死んでしまったのに! お前たちのせいで! 死ねぇ!」
「させるか!」
 少女の前にスーツの女が前へと飛び出し、男の刃の一撃をその身に受けた。幸いには腕に受けたのに女は腰に備えた鞭を振るって男を攻撃した。男は慌てて後ろへと下がり撓る鞭を避けると地面を踏みしめ女の前へと滑り込むと容赦なく蹴って地面に転がす。
 地面に転がる女の上に、ぽたり、と冷たい雫が落ちる。殺人鬼は泣いていた。
「お前たちを許さない。ゆるさない、ユルサナイ! そうだ、俺は許したりしない。俺の妹を殺したお前たちを……お前たちを殺し終わらない限り終わらない。ユルサナイ。そうだ、妹だって願っているんだ。お前たちを殺すことを、復讐を! 俺があの子のためにしてやれる唯一のことなんだ! あははは、そうだ、ぞうだ、殺してしまえ、殺しまえばいいんだ! 俺は必ず殺す。この復讐を成し成し遂げて見せる……あの子の、ために、そう、あの子のために」
 瞳から溢れさせる涙。しかし、狂った笑みを湛えた表情で殺人鬼は宣言すると、今の騒ぎを聞きつけた人々が集まってくる気配に逃げ出した。

★ ★ ★

 小さな探偵の事務所は、書類などか溢れかえっていた。そこに右腕を吊るした、この部屋の主である女探偵が煙草を口に銜えて旅人たちを出迎えた。部屋のソファには赤いドレスを身につけた少女が疲れ果てた顔をして腰掛けていた。
「お前たちが旅人たちだね。私は探偵のキサ。よろしくね。ああ、この怪我? 今回のやつらやられちまったのさ……今回力を貸して欲しいのは、ある殺人鬼を捕まえることだ」
 キサはそこでちらりとソファの娘を見た。
「殺人鬼の次の狙いは、この子、ナンナだ。……犯人は、この娘たちに虐め殺されたファンナという娘の兄のトウタだ」
 びくりと殺人鬼の次のターゲットにされているナンナの肩を震わし、わっと泣き出した。
「ごめんなさい。けど、いじめてはないのよ。本当よ! ただ……いろいろと押し付けてしまったの。ファンナはいつもにこにこと笑っている子だった。兄と自分だけの二人きりの家族だったけども、いつも幸せそうで、何を頼んでも、いいよって、だからその日もみんなのジュースを買いに行かせたの。ジュースの一つが落ちて、慌てて拾おうとして、車に轢かれて……私たちのいる目の前で」
 ぶるりとナンナが震えて、両手で自分の体を抱きしめた。ファンナが死んだときの光景を思い出してしまっているようだ。
「あの子は優しい子だった。いつもにこにこと笑って、人を恨むことを知らない子だった。どんなことをされても不満なんていわずに、嫌がらずに笑ってた。私たち、それをいいように利用してしまったから……私、それをファンナのお兄さんに葬式のときに言ってしまったの。私たちがジュースを買わせたこと」
「純粋な事故死だ。しかし、トウタはそうは思わなかったわけだ。葬式のときに、妹の事故の原因を聞いて、理不尽な怒りをこの子たちに向ける道を選んだのさ」
 キサは吸っていた煙草を灰皿に押し潰し、泣き続けるナンナの横に腰を降ろし、そっと背を撫でた。
「兄のトウタは妹はいじめられて死んだと思っているんだ。この子の友達グループは五人いて、そのうち四人も殺された。この子が唯一の生き残りさ。昨日、殺されかけたよ。なんとしても依頼者を守り通し、その上でこいつを捕まえて欲しい」
 そこでキサの顔が渋く歪んだ。
「昨日、見たとき、トウタは泣いていた。殺すことにも一瞬とはいえ躊躇いを見せていたが、結局は殺そうとした……あいつは、復讐をすることが妹のためだと思ってる。そう思って自分を復讐に向わせてる。四人も人を殺して理性とかそういうものが飛んじまったんだろうよ……同情はするにしても、トウタの今の精神じゃまず他人の言葉に耳を傾けたりはしないだろうね。妹のことを言われれば少しは耳を貸してくれるかもしれないが……」

管理番号 b43
担当ライター 槙皇旋律
ライターコメント  こんにちは。はじめまして。槙皇旋律です。
 基本はカオスなギャグか、シリアスかという大変極端なシナリオ書きです。
 今回はしょっぱなからシビアな復讐シナリオです。

 依頼の成功条件は ターゲットである少女・ナンナを殺人鬼トウタから守り抜くことです。
 倒すべき殺人鬼はトウタ。
 トウタはターゲットを殺すためにも、必ず向ってきます。

 トウタの攻撃方法は巨大な刃物での斬りかかる、肉体戦といった接近戦のみです。
 復讐が死んだ妹のためだとトウタは思い込んでいます。人を殺してしまい、正常な判断力がほぼ麻痺してしまっています。泣いていながらも、人を殺すことにあまり躊躇いがないようです。

参加者一覧
グレイズ・トッド(ched8919)
キィ(cwvr5411)
ココ・ロロ(cswr1185)
キング コルカサス(cmfd4373)

ノベル


「面白い面子が集まったもんだね」
 探偵事務所の主であるキサが、集まったそれぞれの顔を見て笑って告げた。
 目つきが悪い小柄な少年のグレイズ・トッド、褐色の肌にドレスを着た背中には螺子をつけたキィ、小柄なかわいらしい笑顔に黒い鼻先とピンと頭に人とは違う獣耳のココ・ロロ、昆虫のような甲殻で覆われたキングコルカサス。頭から伸びた三本の角が狭い天井にあたっている。
 決して狭くないはずだが、持ち主のキサが掃除をせず、書類やゴミが散らばった探偵事務所は彼らが入っただけで定員オーバーだ。
 来客用の二つあるソファの一つには今回の警護をするナンナが遠慮がちな視線を彼らに向けていた。
「まぁ、お座り。飲み物でも出してあげるよ」
「飲み物あるの? キサちゃん」
 ココが笑顔で尋ねるとキサは肩を竦めた。
「水しかないよ。まぁ、片腕しか使えないから時間かかるかもね。その間に、この子に聞きたいことがあるなら聞いときな」
 それだけ言うとキサはナンナを残して事務所の奥へと消えてしまった。
 ソファは小さいため、キィ、ココは座れたのだが、さすがにコルカサスは立つこととなってしまった。グレイズは立っているほうがいいとぼそりと呟いて、距離を置くように部屋の隅っこに立っている。
 四人の視線を受け止めてナンナは俯いた。
「よろしく、お願いします」
 おどおどとした態度でナンナはちらりと、今回、自分のために集まってくれた者たちをうかがうように見た。
 その目にある怯えや恐怖は殺人鬼に狙われている疲労、何も知らない相手に自分の命を任せなくてはいけないという不安に満ちていた。それも仕方ないといえば仕方がない。見る限り、コルカサス以外は十代も半ばという見た目なのだから。
 ちっとグレイズは舌打ちを一つ零すとナンナは震え上がった。
 グレイズはナンナの態度にさもめんどくさそうに口を開いた。
「……俺は頼まれたことをするだけだ。ちゃんと守ってはやる」
「あ、はい」
 ぶっきらぼうだが、命の保障はされているのにナンナはこくんと頷いた。
「ソウデスヨ。ミンでナンナのコトは、マモるのデスヨー」
 唯一の女性であるキィがにこにこと微笑んで告げる。表情が非常に柔らかつ、華やかで、とろんと人の心にある不安や苛立ちを溶かしてしまいそうな声と笑みだ。
「オトモダチのタメのオテツダイ、キィもダイスキなのデスヨー」
「お友達?」
「ハイ。おハナシをキクとファンナは、ヤサシイ子のヨウデスネ。まぁ……イッポウテキなオネガイとイうのはカンシンしませんのデス。オトモダチはタイトウがキホンなのデスヨ」
 キィの柔らかいがはっきりとした言葉にナンナの顔が強張った。
「そうだよ。ナンナちゃん。今回のことは少しだけ気遣いがあれば発展しなかったんじゃないかな。そのことを考えて欲しいな」
 ココの言葉にナンナは自分の膝に拳をぎゅっと握り締めたまま俯いた。
「私、いっぱい考えたわ。だから、どうすれば」
「ナンナちゃん、これを教訓にしてくれたらいいんじゃないかな」
 俯いたままのナンナにココは青い瞳でじっと見つめた。
「それがぼくがナンナちゃんを守る対価にしたいな」
「対価?」
「そう。守るから、これからいっぱい考えて、積極的にこういう悲しいことがなくなるように動いて欲しい」
「……今後のため?」
「うん」
 恐る恐るナンナはココの瞳と声に引き寄せられるように顔をあげて、こくんと頷いた。
「私、ファンナのためにも少し、考えるし、出来ることなら、動きたいわ」
「よかった」
「ふふふー、ウツクシイユウジョウステキなのデスー」
 ナンナの決意にキィはそっと、ナンナの両手を握り締めると目がきらきらと輝かせて微笑んだ。意識がやや乙女的な思考にいってしまったようだ。
 話が逸れ始めたのにこぼんっと、コルカサスが小さな咳払いをした。
「しかし、トウタはナンナを狙うのであれば、このまま隠れているというわけにもいくまい」
「ソウデスネ」
「……通りを歩けばいいだろう」
 ぼそっと壁際にいるグレイズが呟いた。
「トウタをおびき寄せて叩けばいいだろう」
 みんなの視線が発言したことで集まったのに居心地悪そうにグレイズがそっぽ向いた。
「うん。ぼくもそれは思うよ。ただ隠れていても拉致はあかないしね」
 だが、それはナンナ自身も命の危険に晒されるということだ。
 ナンナは俯いたまま下唇を噛み締めた。
 一度トウタに襲われ、命からがら逃げ切ったのだ。あのときの恐怖を思い出しているのだろう。
「キィタチがゼッタイニマモリマス」
「……キィさん」
「どんな理由であろうと、復讐は何も生まない……彼にまだ妹を思う気持ちがあるならば、止められないわけでもない。彼の最後の良心に賭けてみよう。それにどんな敵であろうとも、守り抜いてみせる」
 コルカサスの言葉にナンナはきつく目を閉じた。
「絶対に守るよ。ナンナちゃん」
 ココの声にナンナは顔をあげて、真っ直ぐに自分を守る者たちの顔を見て頷いた。
「お願いします。私に、出来ることって、囮くらいだから。それにみなさんが絶対に守ってくれるなら、平気です」
 弱弱しくも笑うナンナに、ほっとその場の雰囲気が和らいだ。
「おい、あんたたち、水もってきたよ」
 奥の消えていたキサが戻ってきた。
 本当に水をいれたコップを四つ。盆に載せてもってくると、テーブルの前に置いた。勝手に飲めということだ。
「ねぇキサちゃん、ぼく気になってることがあるんだけど」
 ココが一番はじめにコップに手を伸ばして尋ねた。
「なんだい」
「トウタちゃんってさ、心が完全に潰れてるようにぼくには見えるんだよね」
 殺人鬼もココの前ではトウタちゃんですまされてしまう。
「けど、ナンナちゃんの言葉だけで、そうなるかなって。ちょっと気になって……何か裏の組織がトウタちゃんのこと利用してないかなって」
 ココの目にやや険が帯びる。
 もしトウタを利用している者がいれば、それをココは決して許しはしない。そして、さりげなくであるが、ココはコルカサスとは違い、トウタの心に良心が残っていない可能性も考えていることをにおわせていた。
 トウタの心が完全に狂っていた場合も、事件にかかわる以上は考えなくてはいけないことなのだ。
「それはないよ。殺された娘たちは、そこまで裕福な家ではないし、どこかの組織の関係者ってわけでもないしね。そんなことがあれば私がちゃんと突き止めて、あんたたちに言ってるよ。今回殺されたのは、みんな、ファンナと仲良くしていたというの繋がりしかないね」
 キサはきっぱりとした口調でココの意見に答えた。
「じゃあ、ナンナちゃんだけを守ればいいんだね。ぼくたちは」
「ああ。トウタは出来れば捕まえてほしいけどね。始末はあんたたちに任せるよ。なんせ、私はこの腕だしね」
 キサは苦笑いして首から吊るした片腕を自由な腕で指差した。ココがにおわせた、もしトウタが完全な殺人鬼であった場合の答えも、キサはこれを答えにした。
「じゃあ、そろそろ夕暮れだね。殺人鬼がうろつくにはいい時間帯だ。もし、トウタをおびき寄せるなら、いい時間じゃないのかね?」
「そうだな。そろそろトウタも動くだろう」
「ハイ。では、ガンバリマシュウ! ア、キィのネジ、ジャマニナッタラコマルノデ、アヅカッテクダサイ」
 キィの背中の大きな螺子はきゅぽんと音をたてて拭き取ると、キサに渡しておいた。
「了解。じゃあ、あんたたちが無事に戻ってくることを祈ってるわ。よろしくね」

 キサの探偵事務所から出る頃には、すでに街は夜の色を出し始めていた。昼間は寂れ、捨てられたかのようだというのに、夜になると自然と光があふれだし、どこからか男や女たちが顔を出して微笑みあい、生ぬるくも甘い匂いが広がる顔を出す。
 護衛するといってもいきなり距離をとって歩き出すのは土地勘がない四人には危険すぎる。まずは街に慣れるまでは四人でナンナに付き添って移動することとなった。トウタが襲ってきてもいいように、ナンナの両サイドにはキィとココ。後ろにはグレイズとコルカサス。
 騒がしい街の中を歩きながらナンナはふっと顔をあげた。
「ねぇ、キィさん」
「ハイ。ナンデスカ」
「お友達ってなにかしら」
 ナンナの言葉にキィはきょんとと首を傾げたあと、ほわんとまるで甘いクリームをとらしたような微笑みを浮かべた。
「オトモダチデスカ。ソレ、ヤッパリ、ココロカラシンライシアッタステキモノデスヨ」
「……私たちって、そうだったのかな」
「どうしたの。ナンナちゃん」
 ココがナンナの顔を覗く。
「ココさん。……私たちね、仲良しグループだったけども、基本的にはファンナがいろいろとお願いされて。ううん。使いパシリにされていたのよ。けど、ファンナはいつも笑っていてくれた。……私たち、それを利用していたんだと思う。仲がいいっていうよりは、傍にいたら何かと都合がいいのがあったのよ。ファンナにしても、彼女がいてくれていろいろとみんなの用事をしてくれたから……私、なにもしなくて済んだの。ファンナがいなければきっと私が使いパシリをしていて、事故にあっていたかもしりれない。それだと、友達ってなんだろうって」
「ナンナ……」
 キィがナンナを見つめた。
「私たちは、ただ、寂しかっただけ。孤独だっただけ。それで集まっていたの。それで、利用しあっていただけなんだわ。私は、ファンナを犠牲にしてまで生きている価値ってあるのかしら。こんなにも孤独なのに、こんなにも汚いのに」
「イマは、ナンナはファンナのコトをドウオモイマスカ? ソレニ、ファンナのコトをトウタにツタエタジャナイデスカ」
「それは」
「ユウジョウデスヨ」
 キィの微笑みにナンナは下唇を噛み締めて涙をたえるようにきつく目を閉じた。
「ダカラ、ナンナ、イキテクダサイ。ミナでマモリマス。トウタがアラワレタラ、キィのウシロにカクれるンデス」
「うん。ありがとう。キィさん」
「ねぇナンナちゃん。ファンナちゃんには大切なものとかなかったのかな?」
「大切なもの?」
 ココの言葉にナンナはぱっと目を開けて、ココを見た。
「うん。もし、トウタちゃんと対峙するなら、それを切り札にしたいんだけども」
 ココの言葉にナンナは眉を潜めて、あっと顔をあげた。
「あるわ。トウタさんとお揃いのブレスレット。黒い石をはめこんだもので、きれいだったわ。けど、ファンナのは、もうお墓のなかよ。取り出すのは難しいと思うわ」
「ふぅーん。お揃いか」
 しばらく歩いていくとだいぶ人の多さも減ってきたのに、自然にグレイズは距離をとりはじめた。あまりぴったりとくっついていてもトウタは警戒して出てこない可能性があるからだ。それはコルカサスも感じたのか、徐々に距離をあけた。ただしナンナの横にはココとキィがしっかりと寄り添っている。この二人であればナンナの友人といっても不自然ではないだろう。
 ナンナは好きに歩いていいというのに積極的に自分から囮として使われるつもりなのか、出来る限り暗がりの、人のいないだろう道を選ぶようにして歩いていく。
 それは自分のことを守ろうとしている者たちを信じての行動でもある。
 三十分も歩いただろうか。
 さすがに歩きつかれたナンナが小さなため息をついたとき、ココが鼻をくんっと空気の変化を感じて匂った。
「きた」
 小さな声の警告。
 静寂の中では良く通った。
 明かりのない、ほの暗い闇の中でゆらり、ゆらりと人影が動いている。ナンナは身を竦めた。人影に寄り添うようにして、ちらり、ちらりと銀色の輝きが闇に煌き、近づいてくる。
 ココとキィが怯えているナンナを庇うのにコルカサスがさっとナンナのとトウタの間へと飛び出した。
「……待て、トウタ。本当に君はこんなことで妹が浮かばれると思っているのか?」
 トウタはやや驚いた面持ちでコルカサスを見つめたあと、ふっと口元に笑みを浮かべ、大地を蹴って巨大なコルカサスの脇を通り過ぎ、ナンナへと向う。
 キィが素早く、ナンナの前に立ち、勢いよく飛び出す鞭のような衝撃はを広範囲に与える。トウタはぐらりとよろけたのに、ココが地面を蹴り素早く懐に入り込むと回し蹴りを炸裂した。トウタは間一髪でボディへの一撃は避けたものの、横腹に掠めて地面に転がり小さく呻きながらも、なんとか立ち上がった。
「……アナタは、ファンナのココロもスベテフミにじるツモリなのデカ……!」
 キィが今までにはない鋭い声をあげて訴えるとトウタは笑った。はっきりと、口を限界まで吊り上げて。
「あはははは、なら、ああ、そうならば、その女を殺させてくれ。だめならば、俺を裁けばいい。君たちの力で、さ」
 ひ、ひひっと狂ったような笑い声が響くとナンナは怯えたように両手で耳を押さえつけて、その場にしゃがみこんだ。
 トウタは後ろへ、後ろへと下がり、態勢を整えようとするのにコルカサスは怯えているナンナに駆け寄た。ここで一番に考えるべきなのはナンナを守ることだ。
「トウタの刃も俺の甲殻ならはじけるだろう。ナンナ、俺の傍にいるんだ」
「う、ううっ」
 恐怖に泣き出すナンナにコルカサスが手を伸ばした、そのとき、トウタは地面を蹴り前へと再び飛ぶ。
 ココとキィの牽制をトウタは自分が傷つくことも構わず、前へと飛び出した。ただ真っ直ぐにナンナへと向う。体中を傷だらけにして、血走った目がナンナをとらえた。
「はぁ!」
 大きく振り上げた刃をコルカサスはナンナを抱きしめ我が身を盾にした。ぱんっと刃が弾かれるのにトウタの体がよろけたのをグレイズは見逃さなかった。後方にいたグレイズが前へと出てきたのにトウタが慌てて態勢を立て直そうとしたが、グレイズの氷の刃が飛びトウタの足元に突き刺さり、態勢を崩させた。
「今だ!」
 ココが高く飛び、トウタへと矢のような蹴りを喰らわせようとする。トウタが慌てて逃げようとしたとき、グレイズがすっと何か差し出した。
「いいのか、これがなくてよ」 
「それは」
 トウタはぎょっとした目でグレイズの手の中にある自分の腰につけていたはずの小さな石をつけた飾りに注目する。
 ナンナの話で出ていたファンナが兄とお揃いの品。
「それをかえ」
 そのときトウタは自分がグレイズの手の中にあるものに気をとられすぎていることに気がついた。
 ココが真っ直ぐに上から降ってくるのだ。避けようにも時間がなかった。
 どんっと上から、まるで重い石が降ってきたかのような音をたて、砂埃が舞う。周囲は灰色の煙で一時覆われたが、それがよわよわしい風に吹かれて消えると、立っているのはココ。地面にはトウタが崩れている。
 ココの一撃を避けきれず、まともに蹴りを喰らったのだ。
 ココはにっとグレイズに笑って見せたのにグレイズはぷいっと視線を逸らしたあと、トウタへと歩み寄った。手に持っていたそのブレスレットをトウタの力なく開かれた手へと落とした。
「てめぇのやってることはただの自己満足なんだよ。ただの殺人鬼だ」
 ココの一撃を受けて立ち上がることも出来ないトウタはぼんやりとした視線をグレイズに向けた。
「……だれかが、そう、言ってくれるのを待っていた、のかもな。俺は」
 掠れた声でトウタは呟き、グレイズを見上げて目を閉じて、咳き込んだ。
「本当は、ファンナのためじゃないんだ。俺のためなんだ。あの子がいなくて、寂しくて、寂しくて、どうしていいのかわからなくて、孤独にたえきれなくて、ナンナが事故のことを教えてくれて、そうしたら、何か憎めて、その憎しみで、この寂しさや孤独を忘れることができたから」
 ぼんやりとトウタはグレイズを見つめた。冷たい視線が宙でぶつかりあい、グレイズは目をそらした。憐れみも、同情もない。
「だから、そうやって指摘されて、はじめて、ああ、寂しかったんだって……君の言葉で、気がついたよ。妹のためだといわれて、俺は自分が自分のために人を殺していないのだと思えた。けど、違う、ただ、寂しくて、耐えきれなくて……君のいうとおり、俺はたた、自分勝手な殺人鬼なんだ」
 トウタは手の中のブレスレットをぎゅっと握り締めた。
「それでも、君が妹のことを大切に思っていたのは違いない。それを貶めることはない……生きている以上、苦しくとも道は続くのだ。せめて妹さんや犠牲にした子たちの分まで生きて欲しいと俺は思うぞ。たとえ孤独でも、だ」
「……こんな俺でもですか?」
「そうだ。君が生きることになにか意味があるはずだ。妹のことを忘れないということも」
 コルカサスの言葉と強い眼差しにトウタはぼんやりと視線を彷徨わせた。
 震えていたナンナを落ち着けたキィがふんわりと甘い微笑みを浮かべて、トウタに歩み寄った。
「オニーサンのメ、トッテモカナシそうなのデス……ヒトメでそうオモイマシタ。ファンナは、いつもエガオだったのデス。オニーサンもエガオのほうがステキナノデスヨ」
 トウタはぼやりと彷徨わせていた目を伏せた。
「君たちは、お人よしの御節介だな。けど……」
 トウタはそれだけ言葉を呟き、目を伏せて、ぎゅっと自分の手の中にあるプレスネットを握り締めた。
 言葉ではなく、トウタは自分を止めてくれた彼らにそうして答えた。この世界は孤独だ。けれど誰かのためにこうして自分の身を危険に晒しても動く者もいるのだ。自分のような殺人鬼にも、やさしい言葉を向けてくれる者もいるのだ。それがトウタの心を救った。

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螺旋特急ロストレイル

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