オープニング


 世界の摂理からこぼれおちるロストナンバー。
 かれらを世界図書館は救い出し、ターミナルへと受け入れる。
 今日も、新しくロストナンバーとなったものたちが、世界図書館の旅人としての暮らしを始めようとしていた。
 図書館は、まずかれらにパスホルダーを与え、そして知っておくべき事柄の一通りを教え込む。すぐにはすべてを受け入れられないものもいるが……、だいたいのものはほどなく新しい生活に慣れていく。
 ターミナルはそんな旅人たちの拠点となる場所。
 さまざまな異世界のものたちが暮らす奇妙な街だ。

「――以上で、説明を終わりますね。皆さんとお会いできて光栄です。あ、私、特に固有名詞はないので『無名の司書』とでもお呼びください。……ええっと、せっかくですから皆さんに、ターミナルの見どころ情報を……あれれ、ペンどこに置いたっけ?」
 黒いコートにサングラス。黒いストールを頭から肩にかけてぐるぐる巻き(壱番世界出身者によれば『マチコ巻き』というレトロファッションらしい)にした黒ずくめの女性司書は、すぐそばのテーブルに置いたペンに気づかずきょろきょろしている。かなりの粗忽者であるようだ。
 おれたち、こいつに説明されて大丈夫なのかこれからの生活、どうせならリベルかシドかエミリエたんにオリエンテーションしてほしかったなーと、ニューフェィスな旅人たちはほんのり思う。
 そんなかれらの困惑をぶったぎり、無名の司書は、やっと発見したペンを握りしめ、
「もうね、とっておきのどきどきマル秘スポットをお教えしちゃいますね。(ぴ~)な執事喫茶と(ぴぴー)なメイド喫茶と(ぴぴぴー)なコスプレ喫茶のうちどれがいいですか全部ですかそうですかおまかせください!」と、メモ用紙に店名と詳細をだだだーっと記し始める。
 ハードル高ッ!
 ピュアなフレッシャーズにいきなり何その濃厚マニア限定スポット! 
 さぁっと青ざめたロストナンバーたちを見かねて、リベル・セヴァンが静かに言う。
「初めてなのですから、ほどほどの場所が適切だと思います」

 無名の司書は「そうですかぁ~? リベルさんがそう仰るなら、マニア度を半分にロマンチック度を倍にしますぅ」とつぶやいて、行き先をチョイスしなおし――
 そして旅人たちはそれぞれ、メモを受け取った。

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ターミナルへようこそ! ~無名の司書、おすすめ観光スポット~

 ◆その1:リトル・コヴェント・ガーデン
「珍しい商店や娯楽施設がたくさん並んでいる一角です。人通りが多くて賑やかで、見て歩くだけでも楽しいですよー。日によっては人形劇やストリートパフォーマンスが行われます。そうそう、ここ、掘り出し物の日用品や雑貨がたくさんあるんです。交流がてら皆さんでショッピングもいいかも知れませんね」

 ◆その2:オリジナルジュエリーショップ『レディ・ビクトリア』
「異世界から仕入れた珍しい宝石に満ちて、店内はまばゆいばかりにキラキラしてます。ブルーインブルー産の虹色真珠、ヴォロス産のドラゴンアイズ・サファイア、モフトピア産のキャンディジュエリー(食べられます)など、稀少品がお手頃価格でゲットできますよ。店主のレディ・ビクトリアによるアクセサリー作成教室も開催されます。ご参加の際は、お好みのジュエリーと、作ってみたいアクセサリーをご指定ください」

 ◆その3:バードカフェ『クリスタル・パレス』
「ガラス張りの広い店内は、緑豊かで植物園のよう。このカフェの特徴は、異世界出身の鳥店員さんたちがたくさんいることです。基本は、翼のみを残した人間形での接客ですが、ご要望があれば、鳥のすがたで手や肩や頭に止まったりもしてくれるとか。こんな鳥がいい、などあれば、ご指名も可能みたい……です……が、その……ほとんどは丁重な店員さんばかりなのですけど、ひとりだけ、純白の翼が美しいシラサギのギャルソンが、いわゆる壱番世界でいうところの『オラオラ営業』なのだそうで……。ご指名のときはご注意を……」
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 どこらへんがロマンチック? と、首を捻りながら歩き出した旅人たちの背に、無名の司書は大きく手を振る。
「行ってらっしゃーい。楽しんできてくださいねー!」

管理番号 b47
担当ライター 神無月まりばな
ライターコメント はじめまして。ピュアで初々しいぴちぴち新人WR、神無月まりばなと申します(石投げちゃイヤ)。
あんた前作にもいたじゃん、と、お思いでしょうが、いえいえ新ゲームですもの、皆様同様に見知らぬ世界でどっきどきですよ。
「始まり」って、緊張感と新鮮さがあって、良いものですね。
皆様がこれからどんな旅を重ねていくのか、我がことのように息を詰めています。

さて今回は、ターミナル半日観光のご案内です(なんかヘンな司書はお気になさらず)。
心おきなく各スポットをお楽しみいただき、同行の方々とも交流を深めていただければと思います。
なお、『オラオラ営業』の意味がわからない良い子の皆さんは、身近にいる詳しそうなひとに聞いてみてください。わかんなくても参加に支障はないので大丈夫ですよー。

それでは、行ってらっしゃいませ。

参加者一覧
城月 稲穂(cytv9386)
風間 俊明(cmry3131)
南雲 マリア(cydb7578)
アンバー・ピジョンブラッド(ctzn9883)
エレナ(czrm2639)

ノベル


ACT.1■人形劇とショッピングと充電と

「かんにんな、先に行っとって。すぐ合流するさかい。……司書はん司書はん」
 何を思ったか、くるっとUターンしたのは城月稲穂だった。元気で働き者の看板娘といった風情の、ダークブルーのカラーコンタクトがよく似合う少女――21歳の彼女を少女呼ばわりは微妙に失礼かもしれないがそれはともかく――は、まだ手を振っている司書へと駆け寄る。
「説明不足のことなどありましたでしょうか? ええと、城月セクさん」
 司書が大まじめに呼んだのはセクタンの名だった。ちゃうちゃう、と、首を横に振った稲穂に、さらにだめおしをする。
「あっ、すみません! 愛称せっくんでしたね」
「……司書はんのボケっぷりがしょっぱなからええ感じなのはようわかった。ところで、ものは相談やけど」
 司書の耳元で、稲穂は声を落とす。
「さっきナシにした(ぴー)なお店のメモ、くれへん?」
「ま……!」
 司書はがっつりと、稲穂の両手を握りしめる。
「どうぞどうぞ。実はこっそり、ターミナルのディープスポット情報満載の同人誌……いえ非公式パンフレットをご希望者に無料配布中なんですよ。先ほどご案内しそこねたお店はもちろん、それ以外にもいろいろ載ってますので、よろしかったら皆さんにもお渡しください」
 稲穂の手に、A4サイズフルカラーのパンフレットが5冊、どさどさっと乗せられる。表紙には【いい旅0世界編 ~グルメと観光のモデルプラン100選~】というタイトルが、ホログラムで箔押しされていた。
「後日、どなたかと待ち合わせて行かれるのも楽しいかもしれませんね」

 ありがとなー、と、言い置いて踵を返し、稲穂は一同に追いついた。
 すでに彼らは、リトル・コヴェント・ガーデンの広い石畳を歩いていた。印象的な鉄とガラスのアーケードの下、赤煉瓦の建物が続いている。商店街を物色する前に、稲穂は皆にパンフレットを配った。
「おまたせー! これ司書はんから」
「これは……。ありがとうございます稲穂様。私ものちほど、司書殿に御礼を申し上げようと思います。大変、興味深い内容です」
 配られたパンフレットを広げ、アンバー・ピジョンブラッドは、琥珀色の瞳を穏やかに細めた。
 歩きがてらの自己紹介により、皆はこの、すらりとした身体に橙のベストとスラックスを身につけたロストナンバーが、アンドロイドであることを知った。本人は「未だ経験の蓄積が不十分で……。何かとご迷惑をかけるでしょうが」と謙遜するが、そのたたずまいには安心感と信頼感と、そこはかとない愛嬌がある。
 アンバーはずっと、台車にカウンターサイズの四角い箱を乗せて押しながら移動していた。聞けばそれは据え置き型の『本体』であり、アンバーのほうは人型の『端末』なのだそうだ。『本体』には蒼い日傘が差しかけられているので、箱がお散歩をしているようにも見えて微笑ましい。
「ふうん……。けっこう健全なお店ばかりだね。僕はそんなにオタ……いや、壱番世界のサブカルチャーに詳しいわけじゃないから、もっとすごい想像をしてたよ」
(ぴ~)なメイド喫茶の詳細情報を確認して、風間俊明は口元に笑みを浮かべた。品の良い仕草で髪を掻き上げる。上質の黒いスーツを普段着のように着こなしており、さりげない立ち居振る舞いからも育ちの良さが伺われる。
「ああ、ということはそうか、無名の司書さんは行かないんだね。今日のツアールートの中にジュエリーショップがあったから、みんなの分と一緒に、アクセサリー合わせのお手伝いがしたかったんだけど」
「んとね、世界司書さんたちって、こういうときいっしょにいけない決まりとか、あるんじゃないかな」
 残念そうな俊明を見上げ、エレナが言った。光の束のようなハニーブロンドが揺れ、繊細なレースで縁取られたドレスがふわりと広がる。いきいきと動く大きな青い瞳。長い睫毛。その愛くるしさは、伝説の職人の手による精緻なアンティーク・ドールが動き出しでもしたかのようだ。
 ピンク色の大きなうさぎのぬいぐるみを大事そうに抱いていて、まだほんの子どもに見えるのだが、彼女の職業は《探偵》である。
「すごいのね、エレナちゃん。そういうことわかっちゃうのって、やっぱりお仕事柄?」
 小さなエレナの目線まで腰を落とし、南雲マリアはその顔を覗き込む。
 清楚なセーラー服の肩にさらさらと、しなやかな赤い髪がこぼれる。彼女のトラベルギアは日本刀なのだと、皆は世界図書館で顔を合わせたときに聞いていた。それは、マリアがかつて父から譲り受けたものとよく似ているらしい。
 人見知りしないマリアは、エレナに親しく話しかけていたので、この女の子が、わずか5歳のときに《探偵》ライセンスをゲットした超絶エリートなご令嬢であることを既に知っていた。それゆえの鋭い考察なのかと思ったのだ。
 しかしエレナは、ううん~、と、つぶやいて、自分が受け取ったパンフレットを開いてみせる。
 そこには、ものすごく乱雑な字で殴り書きされたメモが挟まっており――つまりはそれが種明かしだった。

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 すみません、せっかくなのでご一緒できればよかったんですけど、リベル先輩の目が光っtcjやdbhzg(以下13行判読不能)
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「あらー。いつの間に。すばやいわぁ司書はん。……そや、うち、自己紹介がまだやった」
 稲穂はこほんと咳払いをし、肩の上に乗ったデフォルトフォームのセクタンを見やる。
「はじめまして。城月セクいうねん。せっくんて呼んでや」
 何かに感化されたか、城月稲穂21歳自称自由職業は、自身の名前やひととなりも先に、セクタンの紹介を優先した。とはいえ彼女はちゃっかりと、壱番世界で使用していたゆるキャライラストつき自作名刺を配ったので、皆が誤解することはなかったのだが。せっくんは挨拶のつもりなのかどうか、その身体をぷるんとゆらす。
「……せっくんていうんだぁ……」
 興味津々、おめめキラキラ状態で、エレナがじぃっっとせっくんを見つめる。そしておもむろに、ピンクのうさぎのぬいぐるみを持ち上げて前に出した。
「この子は、白(びゃく)。『びゃっくん』て呼んでね。だいじな相棒なの」
(ピンク色だけど『白』って名前なのか。……頭のいい子って面白いね)
 俊明の小さなつぶやきを聞き取ったアンバーが、
「エレナ様が白と仰るからには、白なのでございましょう」
 と、真面目に応えたあたりで、急に、行き交う人々の数が増えた。

 いつの間にか一同は商店街を抜け、ひときわ開けた広場に足を踏み入れていた。
 その賑やかさと、すれ違う異世界のひとびとの豊かなバラエティぶりに、稲穂は目を見張る。
「凄いなぁ……」
 何か、まだ夢の中にいるような……、それも心躍る冒険の、夢のつづきのような……、そんな錯覚に囚われたとき。
「さあさあさあ。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。よそでは見られぬ妖精たちによる人形劇だ。今日の演目は『アリオの冒険』だよ!」
 威勢のいい声が広場に響いた。
 あっという間に、大勢の人垣ができる。
 見れば、舞台の前で呼び込みをしているのは、法被のような服を着た、小さな妖精だった。
 そして――

『ここが<0世界>。そのひとつ上が、あなたや私がいた世界――<壱番世界>。他にも数え切れないくらいの世界があるわ。ロストレイルに乗れば、どこへだって行ける』

 舞台の上で、ものっそ流暢に台詞を喋っている女の子の人形は、もちろんアリッサたんであろう。頭の上にびっくりマークを出している男の子人形は、アリオくんだと思われる。が、どちらも本人が見たら怒りそうなくらい、ギャグ方面に突き抜けたキャラデザになっている。
 人形の中の人は妖精さんであるらしい。つまりこれは、人形劇ふう着ぐるみ芝居であるようだった。
「んー。見えないー」
 懸命につま先立ちをしていたエレナは、突然、ふわっと、びゃっくんごと持ち上げられた。
 俊明が抱き上げてくれたのだ。
「これでどう?」
「わぁ。ありがと」
 エレナはにっこりと、とびきりの微笑みを見せた。

「人形劇面白かったー。うち、なんかやる気でたわ」
 よーし、買い物するぞー! そう宣言し、稲穂は皆の背を押すようにして、商店街へと戻った。
 しかし、軒をつらねるショップはどれもこれも珍品奇品のオンパレードで、店を絞るのが悩ましい。
「いっぱいあって迷うわぁ。どれもこれも掘り出しものやん」
 服を見るのが大好きな稲穂はひとしきり、あれもええわー、これもいけてるわー、と、ショッピングに夢中になっていたが、やがて、いくつもの候補の中からようやく、これぞという1着を絞り込んだ。
 それは、ファンタジックな異世界ふうの旅装で――両側にロップイヤーの付いた可愛い帽子が個性的だった。特価とはいえ、なかなか強気な料金設定だったが、お代は北海道遠征の報酬で支払ったそうな。
 自分の買い物が済むと、他の皆さんの動向が気になる稲穂である。
「なあ、マリアはんはどのお店が……っと、聞くまでもないか」
 マリアはといえば、先ほどから目を輝かせて、とある雑貨屋の前にディスプレイされた銀色のコーヒーカップに見入っていた。
「……これ。可愛い♪」
 持ち手部分が蔓になっている、凝った細工である。目を凝らさぬとわからないほどの小さな小さな薔薇のつぼみがついているさまが、とても愛らしい。
「ほんまや。ええカップやなぁ」
「実家が珈琲店なの。だからつい、これお店にいいかもーって思っちゃって」
「おうちがお店やさんなん? うわ、うらやましい。働き放題だったやん」
「……ん? うん、そう、かな?」
 ジョブイズマイライフな稲穂は、うらやましがりどころが常人とは違っていた。
 ちょこんとふたりのそばにいたエレナは、少し考えてから、そっと片手を伸ばしてカップに触れる。《記憶》を読んでみたのだ。
「このカップね……、ヴォロスのわかい貴族が、ちっちゃな宿屋の看板娘に恋をしてプレゼントしようとしたものみたい。でもそのこはほかに好きなひとがいて……」
「いさぎよくあきらめたんやな。ええやん、カップに罪はないんやさかい」
 稲穂は買いなはれ買いなはれとマリアをあおり、ついでに料金を値切り倒す交渉もかってでたので、そのカップは超絶激安価格でマリアのものとなった。
 
 そんな女性陣から少し離れ、俊明は地道に堅実に日用品を購入していた。
「そうだなぁ……。新しい毛布とシーツと枕カバーと、キッチンマットとバスタオル。そうだ、鍋掴みとハンガーと……」
 瞬く間に、あまりにも生活感あふれるグッズで構成された大荷物ができあがる。
 梱包されたそれを持ち運ぶすがたは、ええとこの坊ちゃんがたった今家出してきました的な雰囲気を醸し出していた。

 ちなみにアンバーさんは、人間系の皆さんとはひと味違った行動をなさっていた。
 値切り倒されて意気消沈中の雑貨屋店主に、にこにこ笑いかけ、
「すみません、本体を起動したいので電源お借りしますね。ソーラー日傘だけではデーター保持がせいぜいなもので」
 と、容赦なく、お店の電源にすこーんとコンセントを突っ込んだのだ。
((((……ソーラー日傘だったんだ……!!!!))))
 本体に差しかけられた日傘にそんな機能があったとは。一同びっくりである。
 アンバーさんは上機嫌で、
「近いうち、家庭用電源の確保の為にお店を持とうかと思うのですけど、どんなお店が良いでしょう?」
 などと、のたまわれたのだった。
 本体とのデータ通信なので、いわば、ひとりごとではあったが。

ACT.2■あなたに幸運の宝石を

『レディ・ビクトリア』の店内は、色とりどりの宝石が放つ光と色の彩なる洪水に満ちていた。
 世界ごとに展示スペースが分けられており、壱番世界のブランド品コーナー、ヴォロスの宝石コーナー、ブルーインブルーの真珠コーナー、インヤンガイの玉石コーナー、モフトピアのキャンディジュエリーコーナーなどなど、ひとつひとつ見ていると1日が終わってしまいそうである。
「「わあ……」」
「へえ」
「……ん」
「良いお店ですね」
 上から順に、稲穂&マリア、俊明、エレナ、アンバーの台詞である。
 稲穂は、「わあ……。ほんとに宝石市場みたいやねえ」と、その煌びやかさに深いため息をもらし、マリアは、「わあ……。綺麗……。ほしいけど……。でも宝石だし、お手頃価格っていってもやっぱり高いし、わたしには早いかも……。で、でも、ほしくないわけじゃ」と、ちょっとツンデレ気味であった。
「稲穂ちゃんには、これ、似合うと思うな」
 俊明が大粒の、濃紺の石を指差す。ヴォロス産のドラゴンアイズ・サファイアだった。伝説のドラゴンの瞳はこうもあったかと思われる、神秘的な夜の色だ。
「きれいやけど、めっちゃ高いやん」
 滅相もないとかぶりを振る稲穂に、
「あら。いい見立てじゃないの。わたしも、あなたのような女の子に身につけてほしいと思うもの」
 店主のレディ・ビクトリアが、サファイアを二粒、すっと手に取り、稲穂に差し出す。
「そやけど、うち」
「イヤリングに加工するといいわ。あなたの手でね。きっと、あなたの旅の護りとなるでしょう」
「……どんだけ、まかりますか?」
「……しっかりしてるのね」
 声を潜める稲穂に、ビクトリアは電卓を取り出し、金額を叩いてみせる。
「これでどうかしら?」
「まだまだ。こんくらいで」
 稲穂も負けじと応酬する。
「それだと原価割れしちゃうのよ。……これでは?」
「いーや。絶対これで!」
 ビクトリアと稲穂が商談バトルを繰り広げているかたわらで、エレナたんは、「……ん。このフェアリーピンクダイヤのカラーグレード、いいかんじのファンシーインテンスパープリッシュピンクだ。クラリティもプロポーションもばっちり」などと、セレブなお育ちゆえの鑑識眼をいかんなく発揮している。
 やがてビクトリアは根負けし、ドラゴンアイズ・サファイアは、稲穂様ご希望価格で落札されたのだった。

 そしてなしくずしに、レディ・ビクトリアのアクセサリー作成教室が始まった。
 参加者は、稲穂とエレナ。マリアと俊明とアンバーは、見学&ところによりお手伝いである。なお、俊明は、「不器用だから見学に徹するよ」と3回言った。
 稲穂は、入手したドラゴンアイズ・サファイアでイヤリングを、おまけにつけてくれたキャンディジュエリーで、せっくんのペンダントを作るつもりだった。
 エレナは、ヴォロスのコーナーから、妖精の涙が固まったとも言われる色の強いピンクダイヤと、ブルーインブルーの真珠コーナーから天然月光貝のパールを選び取り、びゃっくんの首元につけるチョーカーに挑戦するという。
 精緻な金具やさまざまなリボン、クリスタルの造花などが提供され、ビクトリアのお手本と、器用なマリアの手助けもあって、思ったよりも早々と、作品は完成した。
 どちらも見事な出来映えである。
 ドラゴンアイズ・サファイアは稲穂の耳元で蒼く揺れ、フェアリーピンクダイヤと月光貝パールで花を象り、紅天鵞絨のリボンにあしらわれたチョーカーは、びゃっくんの首元を飾ることになった。
 ――が。
「……あれ? へんやなあ。ペンダントのキャンディジュエリーがなくなっとる」
 金鎖の先につけたはずの、大きなさくらんぼにそっくりで美味しそ、いや、それはそれは見事な赤いジュエリーが取れてしまい、どこにも見あたらなくなっているのだ。
「……あんまり追求しないほうがいいこともあるよ」
 エレナの視線の先には、もっきゅもっきゅと口を動かしているせっくんがいて――
 稲穂は、それ以上は考えないことにした。

「あなたのようなお嬢さんにも、護りの宝石を持っていてほしいのだけれど」
 ビクトリアに言われて、マリアは驚いた。
「そんな。……それはもちろん、きれいで素敵だから興味はありますけど、勿体ないし、まだ、宝石とかってよくわからないし」
「これもご縁だと思うから、プレゼントするわ。あまり高いものではないから安心して。手を」
「――え?」
 ビクトリアが、マリアの手首を掴んだとたん、銀鎖のブレスレットが巻かれた。小粒の虹色真珠がいくつもあしらわれている。
「ヴォロスの虹色真珠は、困難な道を往く者に光明を示すといわれているの。この細さなら、あなたが刀を振るうときも邪魔にならないでしょう?」
「ビクトリアさん……」
「わたしはビクトリア・ティタニア。ふたつ名を『幸運のビクトリア』。わたしの手を介した宝石を身につけたものは、幸運な旅をすると言われているのよ」
「ありがとう」
 マリアはそっとブレスレットを撫でる。しゃら、と、銀鎖が鳴った。
「ビクトリアはーん。うちにも幸運ちょうだい~。せっくんのペンダントー」
「あー、はいはい」
 ビクトリアは肩をすくめ、稲穂ではなくせっくんをちょいと手招きした。
 そして近づいたセクタンの頭には、小さな小さな――ビーズのようなキャンディジュエリーで編まれた、ティアラが乗せられた。

「エレナさんには、そうね。ヴォロスの琥珀蝶がいいかしらね。この蝶はまだ生きていて、時間が止められているだけという伝説があるのよ」
 蝶のかたちをした琥珀が、エレナの胸元に留まる。
「あとは……風間さん」
「僕はいいですよ、男なんで」
「宝石は老若男女関係なく、身につけることができるものよ」
「それじゃ、世話になっている友人がいるので、彼に。シルバーのリングがあれば」
「だったら、『レディ・ビクトリア』オリジナルの新作をどうぞ」
 俊明が受け取ったのは、銀色の龍が指に巻き付くようなデザインの指輪だった。
 瞳の部分には、インヤンガイの玉石を使用している。
「……うん。似合いそうだ。って、こういうの壱番世界基準だと変かな?」
 まあいいかな、と、ちょっと微妙な俊明である。
「ええと、、アンバーさんには……」
「どうぞ、おかまいなく」
 すっかりキャンディジュエリーが気に入ったアンバーさんは、体内工場で同じ組成のイミテーションを鋭意作成中だった。

ACT.3■あの列車に乗って

 すっかり買い物を満喫した5人は、植物園のようなバードカフェ『クリスタル・パレス』で休憩中である。
 金色のカナリア。銀色のナイチンゲール。
 声の美しい小鳥たちに肩でさえずられ、エレナはうっとりしている。
 俊明は、フクロウをご指名していた。
 その理由は、「セクタンのベルもフクロウフォームだけど、フクロウってこんなに静かなのかな」
 と、思ったからのようである。
 そしてフクロウ店員さんの回答は、

「それはお客様、フクロウによると思いますよ」

 ……で、あった。

「ところでエレナちゃん。オラオラ営業って何のことかわかる?」
 いつもは接客する立場のマリアが、何となく落ち着かなさそうにエレナに問う。
「んー。わかんないー」
 さすがのエレナも、首を捻った。
「店員が無礼なことをしたら、実力行使をいたします」
 アンバーさんはビジョンブラッドさんと化して臨戦態勢である。
「まあまあ。あのシラサギのお兄さんがそうやね」
 まったり紅茶をすすりながら稲穂が顔を向けた先に、純白の翼を持つギャルソンがいた。
 彼は先ほどから、しきりに話しかける来客を次々に冒険に誘っては、断られている。

「おれの羽根が綺麗? んなのどうでもいいからさぁ、一緒に冒険に行こうぜ。ブルーインブルーで海魔と戦ったりヴォロスで竜刻回収したりインヤンガイで殺人事件を解決したりモフトピアでアニモフをもふもふ……、いやだぁ? んならもう、店に来んじゃねえよ」

 どうやら彼もまた、冒険に魅入られた旅人であるらしい。

 壱番世界へ。
 竜刻の大地ヴォロスへ。
 無限の海洋ブルーインブルーへ。
 浮遊諸島モフトピアへ。
 霊力都市インヤンガイへ。

 そして、まだ見ぬ世界へと。
 
「あんたたち――新しいロストナンバーか」
 シラサギが、一同のテーブルを見るのと、マリアが、彼を指名するために手を挙げたのは、ほとんど同時だった。

 螺旋特急での冒険は、まだ始まったばかりである。

クリエイターコメント 城月稲穂さま。
風間俊明さま。
南雲マリアさま。
アンバー・ピジョンブラッドさま。
エレナさま。

はじめまして。ようこそ、ターミナルへ! 
皆様とお会いできて、とても光栄に思います。そして、皆様にとって最初の物語を書かせていただいたことを誇りに思います。
これからの旅路に、幸いあらんことを。

また世界図書館で、お会いできますように。

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螺旋特急ロストレイル

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