オープニング


 世界の摂理からこぼれおちるロストナンバー。
 かれらを世界図書館は救い出し、ターミナルへと受け入れる。
 今日も、新しくロストナンバーとなったものたちが、世界図書館の旅人としての暮らしを始めようとしていた。
 図書館は、まずかれらにパスホルダーを与え、そして知っておくべき事柄の一通りを教え込む。すぐにはすべてを受け入れられないものもいるが……、だいたいのものはほどなく新しい生活に慣れていく。
 ターミナルはそんな旅人たちの拠点となる場所。
 さまざまな異世界のものたちが暮らす奇妙な街だ。

「…どうした」
 パスホルダーを受け取り、新たな冒険の始まりを予感して瞳を輝かせるもの達の間で、不安げに、あるいはまた顔を微かに曇らせている一群に向けて、世界司書のシド・ビスタークが声をかけた。
「何かわからないことがあるのか」
 びくりとして顔を上げたロストナンバーの中には、シドの体の各所に刻まれた紋様や派手な色合いの髪飾りやネックレスに、なお不安そうな顔になる者もいる。その表情を素早く読み取って、シドは口調を和らげた。
「旅は始まったばかりだ。不安なのは当たり前だ……だが、見えない未来にたじろぐ気持ちもわからないわけではない」
 そういう気持ちを抱くのは、何もおまえ達ばかりではない。
 シドはロストナンバー達の視線を誘うように、自分の腰の袋に突っ込まれた小さなぬいぐるみに触れた。それを見たロストナンバー達が、シドとぬいぐるみの違和感に笑みを浮かべ、緊張をほぐすのに微かに笑み返す。
「『ターミナル』には未来への不安を楽しみに変える店もあるぞ」
 0世界に慣れるきっかけに三つの店を紹介しよう、とシドは続けた。

「まずは『フォーチュン・カフェ』。店主はハオと呼ばれる優男だ。眼鏡をかけた青年で、コーヒーや紅茶、ケーキやクッキーなどの軽食を供している。店のメニューには幸運のおみくじがついているぞ。お人好しだから、今日初めて『ターミナル』へ来たと言えば、何かごちそうしてくれるだろう」
 しかし、俺がそう言ったとは秘密にしておいてほしい。
 苦笑しながらシドは続ける。

「続いては『フォーチュン・ブックス』」
 店主はフェイと呼ばれる緑色と金色の目の男だ。 白いシャツに白いスラックスがいつもの出で立ちで、店内には様々な本が並んでいる。
「気になった本、読みたくなった本を店主に見せると、その本がどこから来たとか、その本を選ぶのはどういう人間が多いとか、勝手なおしゃべりをする。本が売れても売れなくても気にしていないし、珍しい本を集めるのが趣味だから、どこかで面白い本を見つけたら売りに行くのもいいかもしれないな」
 俺が手に入れた本を売らないかとしつこく話しかけられて閉口したことがある。
「悪い男ではないが……疲れる相手かもしれない」

 最後は『フォーチュン・グッズ』。
「小さな店にぎっしりと様々な者が詰め込まれた店だ。店主はロン。真っ黒な髪で真っ黒なシャツ、真っ黒なスラックスの少年だ。店の品物にはそれぞれに意味があって、客が選んだ品物にはそれぞれに守護の祈りがついていると言うが、本当かどうか。アクセサリー、ペンや小箱、壷や壁飾り、品物を一つ一つあげていけば、数日はかかるかもしれない。特徴はどれも掌に乗るほど小さなものばかりだということかな」
 
 旅から旅、冒険から冒険の日々は、楽しいこともあるが時に自分の居場所を見失いそうにもなるだろう。
「三人の店主は実は兄弟だという噂もある。共通しているのは話し好きで、客が店に居る限りは閉店しないということだ。自分の気持ちを吐き出せる場所があるというのは息抜きになるかもしれないぞ」

 もちろん、『ターミナル』には他にもまだまだ楽しい場所、面白い場所がある。
 シドはゆっくりと出口へ顔を向け始めるロストナンバー達にうなずいた。
「気に入った場所が一つでも見つかるといいな」

管理番号 b49
担当ライター 葛城 温子
ライターコメント はじめまして。
葛城温子(かつらぎあつこ)と申します。
戦闘系よりは心理的なものを読み込み書き込むタイプです。ゆっくりめ、少人数となってしまいますが、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回は旅の始まりをご一緒させていただきたく、『ターミナル』からのお話です。冒険に心躍らせておられる方ばかりではなく、戸惑いと不安の中からの旅立たれる方もあろうかと、三つのお店をご紹介いたします。旅の吉凶を気軽に占いつつ、『ロストレイル』世界へお出かけ頂ければと思います。
皆様のご参加をお待ちいたしております。

参加者一覧
東儀 有栖(cdff4235)
リオン・L・C・ポンダンス(carw1169)
マコ・タイラー(cwdw7932)
ヘータ(chxm4071)

ノベル


 チリン、チリン。どこかで微かな音が響いたような気がして、腰まで届く三つ編みを揺らし、マコ・タイラーは振り向いた。ふと視界に入った看板に目を留める。
「『フォーチュン・グッズ』? こんなお店があったんですねぇ。少し寄ってみましょう」 
 建物に挟まれた短い通路の奥を示す看板は黒に銀、吸い込まれるように進むと、真っ黒な硬質の金属の扉が迎える。扉を開くと作りつけの壁の棚には人形、陶器のミニチュアハウス、不思議な形のガラス玉など。その中でマコは赤い組紐がついた小さな鈴を見つけた。
「これに似たものを見たことがあるような気がしますぅ」
 そっと取り上げてみると、チリンと鳴る金色の鈴の音色に聞き覚えがあるようだ。それでもこれは、私が知っているものとは違う物だと思うんですけどねぇ、とごちていると、
「店主のロンと申します。何かお気に召しましたか?」
 振り向くと、店の奥から品物の間を擦り抜けるように少年が出てきて、首を傾げた。
「それを仕入れた覚えはないな…でも、きっとあなたのために呼び出されたんでしょう」「この品物にはどんな意味がありますかぁ?」
 鈴を鳴らしながら尋ねると、ロンは薄く微笑んで『繋がりを得る』、ですよ、と答えた。
「『繋がりを得る』、ですかぁ?」
 マコはじっと鈴を見つめた。やがて、これ、頂いていいですかぁ、と尋ねた。もう一度鳴らしてみる。やっぱり懐かしい音色。ひょっとして、と思いながら服につける。
「とてもお似合いだ。僕が仕入れたものではないのでお代金はご自由に……ああ、失礼」
 突然鳴り出した電話のベル。ロンは軽く頭を下げ、奥へと消えた。
「ああ僕だ。おいしいケーキ? 人に運んでもらう? 人じゃないかも? あいかわらず、お前の言っていることはわけがわからないな、ハオ。ところでそれは掌に載るか?」
 打ってかわって傍若無人な声が聞こえる。しばらく戻る気配はなさそうだ。
 違うお店にも行ってみますかねえ、と、マコはチリン、と鈴を鳴らしながら店を出た。

 チリン、チリン。澄んだ音がして、ヘータは進むのを中止した。すぐ近くを足下まで覆う服を着た少女が遠ざかっていく。音は少女が身につけている『鈴』からだとわかった。
「存在の主張、音響への嗜好」
 鈴に関する検索項目を構築し直していると、ふいに目の前にあった『フォーチュン・カフェ』の戸を開けて、眼鏡をかけた生真面目そうな青年が顔を突き出した。
「今、綺麗な音がしたんだけど…あ、こんにちは。何かお探しですか?」
 目の前に浮かんでいるヘータに少し固まってから、相手はにっこり笑いかける。ヘータの中身を覗き込む視線は好奇心のみ。自分の古びたマントの内側にうねる闇と光に困惑しないタイプは珍しい。ヘータは情報項目を増やし、情報収集にかかった。
「こんにちは。ハジメマシテ。ワタシはヘータ。キミは」
「ハオです、はじめまして。ここの店主です。少し一休みされませんか?」
 ヒトヤスミ? 機能の一時停止? 出会っていきなり機能停止を求めるとは。
「キミはなぜワタシにそれが必要だと思うのだね」
「え? ああ、えーとその、つまり……あなたと話してみたいってことですよ」
 話してみたいと一時停止を要求する。興味深いな、とヘータは情報を加える。
「でも探しものなら、ここよりロンの店の方がいいな。『フォーチュン・グッズ』っていう店で細々としたものがぎっしり詰まっている店です。あ、そうだ」
 ハオはいそいそと店の中に戻り、すぐに小さな水色の箱を持ち出してきた。
「よかったら味見してみませんか? 今日作った新作ケーキです。どうぞ」
 箱を開いて中身を一つ取り出し、にこにことヘータに差し出す。
「ジャム・タルトです。それはアンズ、こっちはブルーベリー。中にカスタードクリームとホイップクリーム、味はチーズと抹茶とチョコ」
「ありがとう」
 こういうときはお礼を告げるのだったなと思いつつ、ヘータはそっと触手を伸ばす。うねうねと鈍く金属質の光を宿すそれにハオは怯むことなく「アンズジャム・タルト」を渡し、ヘータがマントの内側に引き入れるのを見守った。
「いかがですか?」
「昨日食べたいちごとクリームのショートケーキより酸味が強く甘味が少ないが、両者のバランスは良い」
「それは、おいしいってこと?」
「オイシイ?」
「えーと、昨日のケーキとこのケーキ、一つだけ食べるとするなら、どちらを選びます?」
「このケーキだね」
 ハオは嬉しそうに笑って、もう一つタルトを取り出し、水色の箱をヘータに差し出した。
「これを『フォーチュン・グッズ』に届けてもらえませんか。お礼はタルトもう一つで」
「『フォーチュン・グッズ』にはまだ行ったことがないな」
 ヘータは水色の箱を受け取り、ケーキをもう一本の触手で受け取った。今度はブルーベリー・タルト。中身はチーズクリームとホイップクリームです、とハオが笑う。
「あの…『フォーチュン・カフェ』ってここでしょうか?」
 立ち去ろうとしているヘータと入れ違いに、一人の少女がやってきて、ハオにそろそろと声をかける。今度は鈴の音がしない。この少女もハオと話したいのだろうか。
「キミもヒトヤスミなのかね」
 少女が戸惑った顔を向けたが、ヘータのことばにそっと微笑んだ。
「え、ええ。わたし、東儀有栖、っていいます。ターミナルに初めて来たんですけど……」
「ああじゃあ是非、一休みしていって。おいしいものをごちそうするよ」
 ハオが笑って有栖を案内していくのを見ながら、なるほど、ヒトヤスミというのは存在同士を関係させる働きがあるのだな、と納得しながら、ヘータは歩き出した。

「『フォーチュン・ブックス』、うん、ここだ……? でも、ほんとにここ、本屋さん?」」
 リオン・L・C・ポンダンスはにこやかに店の名前を確認してから固まった。
 目の前にあるのはどう見てもジャングル、もしくは建物が見えないほど蔦の葉に絡まれた得体のしれない洋館。おそるおそる表の蔦のアーケードを潜ったとたん、
「おう、何だ小僧、何しに来たんだ、水ぶっかけっぞ」
 右側から派手な声が響いて、次の瞬間、リオンにだばだばと大量の水が降り注いできた。
「わっぷ、何! 何なの!」
「わははははっっ、びしょぬれだなあっ」
 嬉しそうに笑いながら近寄ってきた男は金色と緑の目の白づくめ、これが店主のフェイらしい。手にはまだ水を溢れさせているホースを握り、今にももう一度かけてきそうだ。
「水! 本に水って!」
「お、おおおお! お前本持ってるのか、おおう確かに珍しい本だなあ!」
 まじまじとリオンを覗き込んできたから、慌てて厚さ7・の百科事典を隠すと、違う違う、とフェイは手を振った。それからどすん、とリオンの背中を叩き、
「これだこれ! あんたの体の中に入ってる本だ! それ、売らないか?」
 にやにやしながら顔を近づけてきたから、急いでもう帰ります、店を間違えましたすみません、と逃げようとしたら、襟首を掴まれずるずるひきずられた。
「そんな格好でうろうろしたら風邪引くだろが、え?」
 子どもはほんと考えなしだよな、と笑うフェイに連れ込まれた店の奥で、とりあえずこれを着てろ、とガウンを渡されて着替えた。部屋の壁という壁は天井近くまで棚、ぎっしり本が詰め込まれている。紙であったりなかったり、大きかったり小さかったり、どう見てもドーナツにしか見えないものもある。
 シドさんの嘘つき、とんでもない店を紹介されちゃったよ、とぐったりしているリオンの側で、フェイは機嫌よくリオンの服をアイロンで乾かしながら、まあまあと笑う。
「子どもは懲りないもんだが、あんたも特別に懲りない奴だよな? 知識と情報はロケット、得た者を別世界に吹っ飛ばす。ここにもそんな本がいっぱいあるぜ、例えばこれだ!」
 アイロンがけの途中で、フェイは周囲の棚からよいしょと一冊の本を抜き出してきた。
「ほらこれなんぞ、危険極まりない極悪非道の一冊だ」
 それは眩いほどに真っ白、しかも中身まで白紙の紙が本の装丁で綴られているだけの本。
「白い……何も書いてない。見えない文字? 呪文詠唱とか薬物で浮かび上がるとか?」
「おいおいお前、ファンタジーの読み過ぎだ、そんな複雑怪奇なものがあるわけねえだろ」
 びっくりしているリオンに、フェイは鼻歌まじりでアイロンがけに戻りながら、
「ようく見てみろ、そこに文字があるってちゃんと思ってみるんだぞ」
「だって本当に文字なんか……あ」
 リオンが適当に開いたページの中段ぐらいに『学びは永遠に辿りつく唯一つの道』の文章が浮かび上がって息を呑む。昔からひどくよく知っているような懐かしい感覚。
「僕、この文章をどこかで読んだことがある…」
「な、極悪非道、油断大敵な本だぜ、そいつは、何せお前の中身を読み取る本なんだから」
 急いで他のページを捲ると、そこここに青く輝く文字が浮かび上がりつつあった。
「りゅうの……めざめ? 闇の…ひだにやどる…力……? 大海にひ…とり……??」
 フェイはにやにやしながら、ほらできたぞ、とリオンの服を手渡した。
「なるほど、お前はこの先うんとあちこちへ旅をするらしいな、ロケット小僧」
 じゃあいつかその本が一杯になったら、是非俺に売ってくれや、高値で買い取るからよ。
「シドにも散々てめえの本を売れって言ってんだが、そんなものは知らないの一点張りで困る。別に困るこたねえと思うぜ、そういう本を売った奴らはごまんといるからよ!」
 フェイが背後の棚を指し示し、リオンは思わず服を着る手を止めて棚を見上げた。
「え……それじゃあここにある本は全部…?」
「全部『奴ら』の体の中にあった本だ。だから今まで誰も読んだことのない本ばかり、ここは、そういう本屋なのさ。お前にはぴったりの本屋だろ、最高機密の大好きなリオン?」
 その本はやるよ、と追い出されるように戸口へ向かうリオンの肩にフェイが手を載せる。
「いいか、ロケット小僧。世界はでっかくて広いから、迷子になったらまたここに来い?」
 その手が意外に温かいのに気を取られ、リオンは入ろうとしていた少女にぶつかりかけた。チリン、チリン。高く鳴り響く鈴の音、まるで何かの始まりのベルのように。
「あのぉ、私みたいな格好の女の子が載っている本はありますかぁ?」
「あるよあるよございますともええ、お嬢さんみたいな女の子ね!」 
 フェイがいそいそと、きょろきょろする少女を迎え入れ引き入れていく。
「写真? 絵画? ブルー・イン・ブルーからもいろいろ届きますよ、壱番世界からもね、見ます? さっきも不思議な奴が来ましたよ、マント被った不思議な奴、でも本好きに悪い奴はいないから。みんなそれぞれの物語を抱えてる、楽しい奴らばっかりですよ!」
 みんなそれぞれの物語を抱えてる。
 リオンは手にした白い本を抱え直した。この中に今自分の物語が次々書かれていっている、そう思うとちょっとわくわくしてきた。

 狭い通路へヘータが進むと、硬質な黒い金属製の扉が音もなく開いて、黒づくめの少年が現れた。いらっしゃいませと応じる声は落ち着いて、年齢より高い精神の成熟を感じる。
「『フォーチュン・カフェ』の店主から頼まれてきたのだけどね」
「ああ、それは。ハオがご迷惑おかけしましたね。僕はここの店主のロンです」
 水色の箱を受け取り、そのまま奥へ消えていこうとするので、つい声をかけてしまう。
「中身は確かめないのかね………オイシイものだったよ」
 ハオの笑顔を思い出して、ヒトヤスミしたいのだが、と続けてみた。
「ハオの作るものは人の心を温めますよ。よろしければ店の中をご覧になってください」
 華やいだ笑みを浮かべたロンが示したものは小さな石像、古びて端が焦げていて、赤黒い文字のような紋様のものが書かれた木の札、ふわふわとした羽根を寄せ集めて固めたようなガラス玉、互いに絡み合うように巻き付いた二種類の貝、それに小さな黒いノート。
「ここにはいろいろな物が集まります。どれも不思議な力と謎を秘めたもの、小さいからと言って侮れないものですよ」
「なるほど、ここにはいろいろな世界の欠片が集まっているということなんだね」
 ヘータは店の中をゆっくり見回す。ロンは目を細めて首を傾げた。
「さあ? 世界が欠片になって集まっているんでしょうか。それとも、ここの事物にそれぞれの世界が遠く透けて見えているのかもしれませんよ」
 なるほど、ここの事物に世界が透けているなら、この店の構築は世界そのものでもあるのか、とヘータは思考を巡らせる。その間に、ロンは奥へ消え、再び音もなく戻ってきた。
「ハオの荷物を届けて頂いたので、お礼にこれを差し上げましょう」
 ロンが差し出したのは黒い小さな円盤だ。ロンの掌に載る大きさ、厚みはコイン程度、その表面に細かなきらきら光る点がちりばめられている。
「どこの世界から届けられた物か、僕にもわかりません。けれど、あなたなら、この物がどこの世界に由来し何を意味しているのか、見つけ出すことができるかもしれません」
 ロンはその艶やかで滑らかな表面を指先で撫でた。
「実は名前だけはわかっているんですよ。『世界の構築式』。そう呼ばれています」
 ロンの差し出した黒い円盤をヘータは受け取った。
「いつかあなたが、世界の構造に辿りついたなら」
 僕にそれを証するものを持って来て頂けると嬉しいですね、と少年は静かに頭を下げた。
「高額で買い取らせて頂きます」

「え? 僕のおすすめ?」
 『フォーチュン・カフェ』で、ハオは席についた東儀有栖の前で首を傾げた。やがて、こういうのはどうかな、と奥へ消え、しばらくして温かな湯気を立ち上らせながら、白い大きなプレートを運んできた。プレートには少しずつ、いろいろな料理が載せられている。
 つやつやと光る薄紅のスパゲティ、黄色のクラッカーにチーズとオリーブ、サーモン、レタスにレモン、ラディッシュにサワークリーム、飾り切りされたきゅうりと人参と透ける玉ねぎに真珠色のドレッシング、しっとりと焼き上げられたムニエルにパセリを散らしたタルタルソース、鮮やかな焦げ目がついたミニステーキ、鳥の唐揚げ、甘い色に炊かれたじゃがいもと麩、深い緑のほうれん草の白あえ、千切り人参と大根と揚げの煮物など。
「とても、おいしそう、です」
 有栖のことばが途切れたのは、胸を引き千切る記憶と重なるものがあったからだ。大好きだった人のこと、作ってくれた人のこと、一緒に楽しんで囲んだ食卓の思い出が溢れる。
「デザートも持ってくるね」
「あの…今度はちゃんと注文してお願いしたいんです」
 立ち上がりかけたハオは戸惑ったが、すぐに嬉しそうに笑ってメニューを取り出した。
「なら、この中からどうぞ。どれも僕のおすすめだけど」
「……じゃあ、この『愛しい世界』っていうケーキを」
「わかった。じゃあ紅茶はジャスミンティにしておくね。後でお腹が軽くなるように」
 ハオがまず戸口の表札を『開店中』から『閉店』にかけ替えて、有栖はびっくりした。
「あの、いいんですか? まだお客さまも来られるんじゃ」
「うん、けど、今日はもうおしまい。実は『愛しい世界』には君が眠くなるまでの時間と場所を保証する、というおまけがついてる。だから好きなだけここに居ていいよ?」
 やがて運ばれてきたケーキは淡いピンクと白のムースが重ねられて薔薇のように見える一品、鮮やかな紅のラズベリーソースがかけられ、金粉が散らされている。
 その手前に、『おみくじ』と書かれたカードが一枚ついていた。
「開けてみて? ああ、けれどその前に君の願いをどうぞ。世界が答えてくれるよ」
「変えたい……あ」
 思わずつぶやいてしまってはっとする。が、ハオは微笑んだまま、何を、と尋ねてきた。
「わたしは……弱いわたしを、変えたいの」
 そうだ。もっと強くなって。大切なものを失わないために、守れるように強くなりたい。
 願いを込めてカードを開くと、そこに飾り文字で『君は見つける』と書かれていた。
「え…? でも、見つけるって…わたしは、もっと強くなりたいのに?」
「たぶん…それは…見逃して眠ったままの力が、きっと君の中にあるんだよ、きっと」
 ハオが温かく笑って、ジャスミンティを入れ直してくれた。本当にそうだろうか。まさか。でも、もしそうならば。有栖は紅茶を啜り、一つ息を吸い込んで口を開く。
「あのね、わたし、ほんとうは…」
 見えない扉がゆっくり大きく押し開かれていく。

 世界の中ですれ違い、また巡り逢い、見えない絆が物語を紡いでいく。
「もしもし、ケーキ食べた? いい感じのヒトが届けてくれただろう? ロン」
「赤い組紐の鈴をつけた娘が出向いただろう、フェイ。随分楽しそうだった」
「珍しい本を抱えた小僧が腹を減らしていくかもしれないぜ、ハオ」
 店主達は互いに連絡を取り合い、新しい出会いを待ちわび喜ぶ。
「僕、いろんな料理を覚えててよかったよ、フェイ」
「世界の構築と店の構造は表裏一体、繋がっているという発想を得た、ハオ」
「今度本だけじゃなくて映像関係も仕入れるかな、ロン。あのお嬢さん、好きだろうし」
 あなたの声に店主達の世界も、今変わり始めていく、ご来店、ありがとうございました。
 

クリエイターコメント 豊かなプレイングをありがとうございました。ご来店頂いた皆様がそれぞれの思いを、うまく活かせているとよいのですが。皆様のご来店で店主の過去も未来も、より色鮮やかに楽しいものとなりました。改めてお礼申し上げ、皆様の素晴しい旅をお祈りいたします。『ロストレイル』は皆様のご参加で次々変貌し、より魅力的になることでしょう。
できましたら、またのご縁がありますように。心より祈っております。

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螺旋特急ロストレイル

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