オープニング


 世界の摂理からこぼれおちるロストナンバー。
 かれらを世界図書館は救い出し、ターミナルへと受け入れる。
 今日も、新しくロストナンバーとなったものたちが、世界図書館の旅人としての暮らしを始めようとしていた。
 図書館は、まずかれらにパスホルダーを与え、そして知っておくべき事柄の一通りを教え込む。すぐにはすべてを受け入れられないものもいるが……、だいたいのものはほどなく新しい生活に慣れていく。
 ターミナルはそんな旅人たちの拠点となる場所。
 さまざまな異世界のものたちが暮らす奇妙な街だ。

◇  ◆  ◇

「レクチャーはこれで終わりなの。エミリエの説明でわかったかなぁ?」
 一通り説明を終えると、世界司書のエミリエ・ミイはピンクの三つ編みを揺らしてロストナンバー達を見渡した。今までいたのとは全く違う世界で、全く違うルールの下に生活が始まる。新しくロストナンバーになったばかりの者達の中には、そんな境遇に戸惑う者も少なくない。
「もしわかんないことが出てきたら、書誌で確認してみてね。今、説明されてわかんないことも、その場になって読んだら、ああこういうことか、ってわかると思うの」
 じゃあまたね~、とエミリエは手を振りかけたが、
「あっ、そうだ!」
 不意に大きな声を挙げた。
「せっかくだから、ターミナルの街を散策していかない? エミリエがオススメのお店を教えてあげるよ」
 街に慣れるにはあちこち動いてみるのが一番だから、とエミリエは店の説明をしながら簡単な地図を描いていった。


《その1》アイスクリームショップ『リリアン』
 目の前でアイスクリームに様々なものを混ぜ込んでオリジナルアイスクリームを作ってくれるお店。世界中から集めた新鮮な果物やナッツ……の他に、店主の気まぐれの食材が混ぜられる。
「リリアンさんは6本腕でね、2本で踊り、2本で楽器を打ち鳴らし、もう2本でアイスクリームを作るんだよ。あ、でも気を付けて。リリアンさんを呼ぶ時には必ず、『お姉さん』って言ってあげてね。お兄さんとか、おねにいさんとか呼んじゃうと、とんでもないアイスクリームが出て来ちゃうから」
 店主リリアンはつけまつげも6枚貼り。筋骨隆々の身体にぴったりとしたミニドレスを纏った陽気な……男性である。

《その2》骨董品のお店『ファトゥム』
 世界中の古い物品を集めたお店。薄暗い店内は物であふれかえっており、無闇に歩き回ると崩れてきた物の下敷きになりかねないほどだ。
「最初入ったときには、ゴミ屋敷なんじゃないかと思ったの。整理整頓が苦手だからって、なんでもかんでも詰め込んであるんだもん。でも、すごくたくさんのものがあるから、掘り出しものもあると思うよ。だって本当に掘り出さないといけないんだから」
 店主はだぶだぶの服を着た小さな男の子。その肩には店主よりもよく喋るオウムが留まっている。

《その3》猫カフェ『しっぽの森』
 ふれあいルームには、猫(に分類しても良さそうな生き物)がいっぱい。カフェコーナーではおいしいお茶とスイーツが楽しめる。猫たちの機嫌がよいときは、ぴんと立ったしっぽが森の木々のように立ち並ぶらしい。
「ここに行くと帰りたくなくなって、ついつい長居しちゃうんだよね。毛色も大きさも性格もいろんな猫さんがいるから、みんなのお気に入りの子も見つかるんじゃないかな」
 店主は灰色のふさふさした毛並みの猫。気位が高い為、無闇に撫でようとすると引っかかれるので注意が必要だ。


「他にもたくさんオススメの場所はあるんだけど、これだけ回ると半日ぐらいかかっちゃいそうだから、今回は3つにしておくね」
 はい、とエミリエは描き終わった地図を手渡した。
「ロストレイルであちこちに行くようになったら、危ないことも大変なこともあると思うの。だから今のうちくらいはターミナルの街をたくさん楽しんで、新しい故郷になるここのこと、好きになってもらいたいの。だから……」
 いってらっしゃい、とエミリエは笑顔で皆を送り出した。

管理番号 b50
担当ライター ねこの珠水
ライターコメント  はじめまして。ねこの珠水(ねこの・たまみ)です。
 どうぞよろしくお願いいたします。

 今回ご案内するシナリオは、ターミナル観光。
 アイスクリームに舌鼓、骨董品の品定めをして、猫とたわむれつつお茶をする。
 あるいは、アイスクリームに打ちのめされて、骨董品に押し潰されて、猫にひっかかれつつ皿洗いをする。
 そんな半日をお楽しみいただければと思います。

 では、ターミナルでのはじめの一歩。自分らしく踏み出して下さいね。
 どこかヘンな店主たちと共に、皆様のご来店を心よりお待ちしております。

参加者一覧
井上 ほたる(cucn1760)
茉莉花 理緒(cseb8408)
アイヴィー(cacn9360)
ショコラ・スイーツトルテ(cddn1176)
雨宮 アルテミス(ctdy5373)
烏丸 明良(cvpa9309)

ノベル


◇◆◇アイスクリームショップ『リリアン』

 街には明るい光が射している。
 けれどそれは、壱番世界とは違う光、違う空。
 見上げる空は天候を変えることもなく、ただ静かにそこにある。
 時の流れることのない世界――0世界の空。

 そんな空の下を、アイヴィーは軽い足取りで歩いていた。
 しなやかな女性らしい体型に、カジュアルなパンツルックが似合っている。トップスはハイネックで手袋も着用している為、見える肌は顔の部分だけだが、色白の肌にくっきりとした緑の目が印象的だ。
 アイヴィーは空を見上げ、周囲の町並みを見やり、時折エミリエからもらったメモに視線を落とす。
 0世界という新たな生活の場所を得て、アイヴィーの中にあるのは期待と好奇心。これから何が始まるのかと、楽しみで仕方がない。
「リリアン……ああ、ここですわねぇ」
 目当てのアイスクリームショップは、白を基調とした外壁に赤白青のストライプのテント。爽やかな外観に対して、やたらと洒落た装飾文字で記された『リリアン』の看板はこってり風味だ。
 そっと覗いてみれば、エミリエに言われた通りのおねにいさんが、ゆさゆさと6本腕を揺らして動いているのが見える。
「どうせなら見たことのない食材を味わってみたいですけれど……」
 その為に、お姉さんと呼ばれたがっているリリアンを『お兄さん』と呼ぶのは憚られる。
 誰か、ちょっとの駄賃と引き替えにとんでもアイスを請け負ってくれそうな人は来ないかと、アイヴィーはそっと物陰からショップを窺うのだった……。

 アイヴィーが見守る中、次にやってきたのは年齢も身長も同じくらいの、仲良く手を繋いだ少女の二人連れだった。
 手の中にこっそりとしのばせたエミリエのメモを確認し、茉莉花理緒はアイスクリームショップ『リリアン』を示した。
「えっと……そうそう、ここが0世界のアイスクリーム屋さん、リリアンですっ!」
 今日は0世界の先輩としてターミナルの街を案内してあげると言って、井上ほたるを誘ったのだけれど、その実、頼りにしているのはエミリエからのメモだったりする。
 自分のオススメの店はもう紹介済み。他に何か、と思っていたところにエミリエから新しいお店を紹介されて、チャンスとばかりにほたるを連れてきたのだ。
「アイスクリーム屋さん、うわぁっ……っ!?」
 ほたるの感嘆の声は途中で、本当の驚きの声に変わった。
「あぁら、仲良しお嬢さん方、いらっしゃあい」
 バッチン、とつけまつげ3枚貼りの片眼がウインク。残りの3枚貼り目はパッチリと2人を捉えている。筋骨隆々の身体にフリルたっぷりの白いエプロン、ちょうちん袖のワンピースは赤白の細いストライプ。
「ふふ、ほたるちゃん好みの……面白そうなお姉さんでしょう?」
 息をのむほたるに理緒はいたずらっぽく囁くと、ショーケースを覗き込んだ。
 ショーケースの中には、色とりどりのアイス、果物、ナッツ、そして隅の方には何だか解らないぐんにゃりした物体、毒々しく泡立つ液体等がぎっしりと詰まっている。
「私はリリアンお姉さんお薦めの気まぐれアイスを頂きますね。ほたるちゃんはどんなアイスにしますか?」
「えっとね、私はナッツとチョコとパインと……何段も重なったアイスがいいなっ」
「はぁい、お任せあれ~」
 すうっと息を吸い込むと、リリアンは大理石の調理台と真剣な顔で向き合った。そうすると、お姉さんらしさは引っ込み、兄貴とでも呼びたいような雰囲気が濃厚になる。そして……。
「ほっ!」
 2本の腕が高々と掲げられ、リリアンの野太い歌に合わせインド舞踊のようにうねる。
 2本の腕がシャラシャラと細い板の連なった楽器を振り、リンリンと巨大な鈴を鳴らす。
 1本の腕がアイスを台に載せ、もう1本がフレーバーをつかみ取り、協力してアイスクリームをもの凄い勢いで混ぜてゆく。
「これ持って」
 ほたるの手に押し込まれたコーンの上に、ひょい、ひょい、ひょい、ひょい……とアイスが積み重ねられた塔が出来てゆく。
「あなたはこっち」
 理緒の持たされたワッフルコーンには、セルリアンブルーと深緑のマーブル模様のアイスに、真っ黄色のジューシーなフルーツが差し込まれ。
「トッピングはどうしようかしらぁん。お薦めソースをかければカンペキなんだけど、お嬢ちゃんにはちょっと刺激が強いかも知れないわねぇ」
「トッピングもお願いします♪」
「じゃあこれでで・き・あ・が・り。さあ、召し上がれ」
 トロリとかけられたソースは漆のようにてらてらと黒光りしていた。
「……頂きます」
 内心ひやひやしながら、理緒はアイスに口をつけた。
「あら、意外と……いやでも……んんっ……」
 複雑な味に翻弄されつつも味わっていると、ほたるが覗き込んでくる。
「理緒ちゃんの……おいしいの?」
「ふふ、食べてみますか?」
「うんっ。じゃあ一口取り替えっこしよっ」
 アイスを互いの口元に差し出して、せーのっ。
「あ~ん」
「あ~んっ♪」
 ぱくり。
「……どうですか?」
「う、うぅ……、うーーーゃっっ!?」
 ほんのり塩の風味がするアイスに、芳醇な甘いフルーツ。そこまでは美味しいと言えないでもなかったけれど、ソースの苦みが口の中を越えて頭の中まで広がり、目の前が暗くなる。
 慌てて口直しに自分のアイスにかぶりつくほたるを、理緒はくすくすと笑いながら見守った。

 エミリエが店を紹介した効果か、ほどなくまた1人、リリアンに客が訪れた。
「あらぁ、おいしそうなドレスのお嬢さん、ようこそリリアンのお店へ」
 やってくるショコラ・スイーツトルテに気づき、リリアンは満面の笑みを浮かべた。
 リリアンに『おいしそう』と評されたショコラのドレスは、お菓子で出来ているかのような装飾がされており、薄桃色の小さな帽子には、苺風、ミカン風、棒チョコレート風の飾りまでついている。
「お姉さーん、アイスクリーム1つくださいなー!」
「はいはーい、どんなのがいいかしらぁ?」
 エミリエの言っていたとんでもアイスは気になるけれど……ショコラはとりあえず普通に頼んだ。折角だからおいしいアイスを食べておきたい。
「じゃあ、いくわよぉ」
 アップテンポの曲に、アイドル歌手のような振り付け。
 頭上から吊された楽器がチリチリと鳴らされ、タンバリンが破れそうな勢いで叩かれる。
 目にも止まらぬ早さで動く腕が作り出すアイスクリームを、ショコラは身を乗り出して眺めた。何を入れているのか、どう混ぜているのか、凝らすショコラの目は素人のものではなく、お菓子を作る者の目だ。
「すごいなぁ……私だったら腕が6本あっても、きっと4本はもてあましちゃうー」
「ほほほほ、あたしだって、作ってるのは2本だけよぉ~」
 残りは雰囲気を盛り上げてるだけ、とリリアンは赤い唇を大きく開けて笑った。
 スポンジで出来たカップの中に、ピンク色のアイス。そこに親指の爪ほどの大きさのベリーをぽんぽんと散らし、オレンジソースをかけ、そしてステッキのようなカーブしたチョコレートの飾りをさして。
「はいお待たせぇ。題するなら『ようこそスイートレディ』かしらぁ」
「いただきますー」
 美味しそうにアイスを食べるショコラに、リリアンは満足そうに目を細めた。

 ……そんな処にやってきたのは、坊主のような風体をした男――烏丸明良。
 剃髪し袈裟を纏っているのだけれど、どこか怪しさが否めない。それは、手首にかけた数珠がちゃちな安物の所為でもあり、濃いサングラスの所為でもあるのだろうけれど、一番の理由は……。
「アイスっクっリームー、と言えば女の子の定番アイテム。ここなら他のロストナンバーの女の子と仲良くなれること、間違いなしだぜ!」
 その身から溢れる陽気なテイスト。踊り出しそうな足取りでショップに入ってくる様子は、僧職のイメージとはかけ離れている。
「いちご味と抹茶味のアイスクリームを熱々ホットで!」
 ショーケースを見ることもなく注文した明良だったが、
「あら、おにいさん。そんな無茶を言ったら、リリアン悲しいわぁん」
 しなを作ったリリアンに、あんぐりと口を開けた。
「……女装した変な阿修羅様がおる!?」
「ぬぁんですってぇ?」
 リリアンの眉がつり上がった。と同時に、6本の腕が猛然と動き出す。
 2本は蛇のごとくうねりもつれ、1本が銅鑼を鳴らし、1本がガラガラと音のする小箱を揺する。もう2本は筋肉を盛り上がらせて縦横無尽に大理石の上を混ぜ巡る。
 そして……。
「はぁ、はぁ、はぁ……。これをお食べなさいな」
 息を切らしてリリアンが差し出したのは、苺色と抹茶色が螺旋状に組み合わさったアイスで、上にはハート形の砂糖細工が載せられている。何故かアイスからは、もうもうと白い煙が立ち上っており……。
「おっ、言ってみるもんだな」
 注文通りのアイスを受け取り、明良は大きな口を開けてばくりと……。
「◎?Ю◆♂←★Д#!!!」
 人の物とは思えない奇声を挙げる明良に、リリアンは高らかな笑い声を浴びせた。
「ほほほほほ、食べたわね! ああ、そのアイスは捨てない方がいいわよぉん。てっぺんに載せてあったブツの中和剤が、アイスのどこかに入ってるはずだから。ちゃんと中和剤を食べないと、とぉーーんでもないことに……なっちゃうかもぉ~。いやぁ~ん♪ リリアンこわぁ~い」
「!! ゲホッ、グォホッ……」
 文句を言おうにも、声が出ない。咳き込みながらも必死でアイスを保持する明良の処に、それまでテーブル席で見物していたショコラがやってきた。
「それってどんな味なの? 甘い? 辛い? 苦い? 美味しい?」
 興味津々の質問のどれにも、明良は首を振った。その顔は苦悶に歪んでいる。
「やっと、とんでもアイスを見られましたわ♪」
 リリアンの店を張っていたアイヴィーが、ようやくこの時がやってきたかと姿を現し、明良の支えるアイスを前後左右から観察した。
「見た目は苺抹茶アイスにしか見えませんわねぇ。こちら、一口いただいてもよろしいかしら?」
 返事の出来ない明良に微笑みかけると、アイヴィーは苺味に見えるアイスを一口食べて……、
「ぐ、っ……」
 口元を抑えて涙目になった。
「そんなに凄い味……? これで口直しするー?」
 ショコラのアイスを食べて、アイヴィーはほっと息をついた。
「なんと表現したらいいのか……一番感覚的に近いのは『痛い味』ですわぁ」
 甘いのでも辛いのでも苦いのでもない。口内を無数の棘で刺され、その上に辛子でもすりこんだような『味』。
「……こっちはどうかなー」
 ショコラは恐る恐る抹茶色の側に口をつけた。
「や……うぅぅ……」
 その味を表現するなら……『ぞわぞわ』。
 警戒してほんのわずか口に入れただけなのに、口の中を『食べてはイケナイ何か』の『味』が這い回って、不快極まりない。
「他では味わえない味でしょお?」
 リリアンは楽しそうに笑ってから、明良にウインクした。
「お嬢さん方が食べた中に、中和剤が入っちゃってないといいわねぇ」


◇◆◇ほたると理緒の場合

 そんな阿鼻叫喚が繰り広げられている頃、ほたると理緒は次の店に到着していた。
 骨董品の店『ファトゥム』。
 エミリエに紹介してもらったのでなければ、気づかず通り過ぎてしまったに違いない、小さな飾り気のない扉がその入り口だった。
 扉には小さなプレートがかかり、『ファトゥム』と店名が記されてはいるが、何を扱う店なのか、手がかりになるものが全くない。
 中に入ってみると、埃っぽい、だけどどこか懐かしいようなにおいがした。
「イラッシャイー!」
 元気に声を挙げたのは、色鮮やかなオウムだった。オウムを肩に留まらせた店主と思われる子供は、ただ軽く頭を動かしただけ。接客をする気もないらしく椅子から降りもせず、膝に置かれた本に目を落とした。
「骨董屋の匂いって、なんだかどきどきします」
 理緒はそっと周りを見回し、ほたるは目をきらきらさせて骨董品に見入る。
「骨董品って見てるだけでもワクワクするよねっ! うわぁ、これっていつの時代のだろう……このフォルムとか色のセンス、作家さんの拘りが感じられるっ」
「時代って、ほたるちゃん。ここは0世界だから、そもそも世界が違うかもです」
「それもそう……あ、見て見て、コレ可愛いかもっ!」
 肯きかけて、ほたるは白磁のティーカップを指さした。ぽつぽつと米粒ほどの点が、花のように散らされている。上品な可愛さのあるカップだ。
「素敵なカップ……こちらにも同じものがありますから、元々はセットだったのでしょうか」
「それはホタル陶器だ。セットだったが、今残っているのはその2客だけだ」
 理緒に答えたのは、それまで骨董品の一部のようにじっと佇んでいた店主だった。
「ほたるちゃんの陶器ですか。ほたるちゃん、良かったらお揃いで……」
「理緒ちゃんとお揃いで一式買いたいなっ♪」
 言いかけた理緒の言葉とほたるの言葉が重なった。仲良し2人の考えることは同じ。
 2人はティーカップとソーサーのセットを一式ずつ買うと、次の目的地へと向かった。

 最後の目的地は、エミリエお薦め猫カフェの『しっぽの森』。
 店内はカフェコーナーとふれあいルームに分かれ、猫とお茶、どちらもゆっくりと楽しめるようになっていた。
 理緒とほたるは、まずはふれあいルームに突撃する。
「猫さんっぽいののワールドですね」
「うわうわ猫さんっぽいのがいっぱいっ! 三毛猫さんもいるっ」
 手に載ってしまう小さな猫から、大型肉食獣サイズの猫(?)まで。店内をちょこちょこと、あるいはのしのしと歩いている。
「私ね、猫さんをいっぺん頭の上に重ねてみたかったのっ」
「それじゃあ、私が載せてあげますから、じっとしてて下さいねー」
 ほたるの頭の上に、理緒は猫を載せようとした……けれど。重なる前に落ちてしまう。
「無茶をしてはいけませんわよ」
 しなやかな足取りで寄ってきた灰色のふさふさした毛並みの猫が、金の目で2人を見つめた。そして、重ねたいのならあちらになさいませ、とつんと首をそちらに向けた。そこには、脱力系の猫たちがてろてろとまどろんでいる。
 1匹てろん、2匹てろぉん、3匹てろりん。
「はい、動かないでー♪」
 鏡餅のようにたれる猫を3匹頭に載せたほたるを、理緒がぱしゃりと記念撮影。
 その後2人はカフェコーナーで美味しいスイーツを何種類も味わうと、
「理緒ちゃん、今日は1日ありがとーっ♪」
「ほたるちゃん、また一緒に出かけましょうね」
 満ち足りた気分でエミリエお薦めターミナル観光を終えたのだった。


◇◆◇ショコラと明良とアイヴィーの場合

 ほたると理緒より随分遅れて、ショコラ、明良、アイヴィーも『ファトゥム』へとやってきた。と言っても、明良はまだ魂の抜けた様子で、ショコラとアイヴィーがそれを引っ張っての来店だ。
「イラッシャイー!」
 オウムが甲高い声で迎えてくれたが、店主は椅子の背に寄りかかって、うつらうつらと夢の世界。
 明良をそこらに転がすと、ショコラとアイヴィーは店内の骨董品を見て回った。いかにも高そうなものからゴミそのものまで。何もかもが雑多に積み重ねられ、埃を被っている。
「とても探しにくそうな配置ですわねぇ」
 アイヴィーは感心とも呆れともつかない様子で、商品にふっと息を吹きかけた。たちまち埃が舞い上がる。
「あ、これ……」
 無数の商品の中、ショコラはうさぎが描かれた小箱を見つけた。シンプルだけどすっきりと可愛いその箱が手に取りたいけれど……。
「絶対崩れるよねぇ……」
 結構深い位置にもぐりこんでいるから、引っこ抜けば周囲が崩れてしまいそうだ。
「……取ってみろ。手に入る運命にあれば、簡単に抜けるはずだ」
「え? あ、はい……」
 さっきまで寝ていたはずの店主がすぐ横に来ていたことに驚いたが、ショコラは言われるままに小箱に手を伸ばした。
 その頃。
「こ、これは伝説の特撮『菩薩刑事 カンノン』の初期フィギュア……しかも専用マシン『ハスバナーン』付きだと……? そんな、なんで骨董品屋にこんなものが」
 床に転がっていた明良が這いずるようにして、発見したお宝に身を寄せた。これは是非買っていかねばならない。震える手でそのフィギュアに手を伸ばし……。
 ガラガラガラドッシャーンゴキン。
 地響きとともに骨董品の山は崩れ、哀れ明良は生き埋めに。
 そして、
「あ、出て来た」
 雪崩によって表面に出て来た小箱を、ショコラは嬉しそうに取り上げたのだった。

 その後、小箱を手にショコラは次なる目的地の猫カフェに向かった。
 ピンクとグレー、白を基調とした内装のカフェはお茶をするにも良い店だ。
 ショコラはカフェコーナーでお茶とスイーツを楽しみつつ、硝子越しに見えるふれあいルームで猫とたわむれている人を眺めた。猫も、猫に夢中の人たちも、どちらも微笑ましい。
 かわいいー、と叫びたい思いをぐっと抑えつつ、ショコラは薫り高い紅茶とさっくりしたクッキー、プチケーキの盛り合わせを味わった。
 甘い物、それもリリアンの処でうっかり味見してしまったアイスと違って、正当派のおいしいスイーツを堪能してから、隣にあるふれあいルームへと移動する。
 大きいの小さいの太いの細いの飛んでるの寝転がっているのたれてるの跳ねてるのつるつるなのふわふわなの。
 目移りしてしまうくらいの猫、猫、猫(っぽいナニカ)。
 足下に近づいてきた真っ白でふわふわの子猫を、ショコラは撫でてみた。手から伝わってくる感触は、とろけてしまいそうな幸福感。
「やーん、ふかふか……柔らかい……」
 温かくて柔らかい手触りにたっぷりと癒されて、ショコラはターミナル観光を幸せ気分で終えたのだった。


 そして遅れること数時間……。
「いやー、いい掘り出されものになったぜ」
 埃の中から助け出された明良は、ふらふらと道路を蛇行していて看板にぶつかった。
「何だ? ……猫耳喫茶? そうか。当初の予定を忘れていたぜ!」
 女の子と仲良くなる為にアイスクリームショップを目指したことを思い出し、明良ははたと手を打った。喉もひりついていることだし、ここに入って猫耳の女の子と仲良くなれば一石二鳥。
 スキップでも踏みそうな足取りで明良は店内に入った。
 ……あれ?
「猫耳じゃなくて、本物の猫の喫茶かよ!」
 意気込んでいただけに拍子抜けしたが、これはこれでいい意味の裏切られ方かも知れない、と前向きに考えることにする。
 ふれあいルームの真ん中で、女王然としているグレーの毛足の長い猫に近づくと、その耳の付け根を指でくすぐった。
「気持ちええやろー。猫はここ、弱いんだよな」
 わしわしと無遠慮に撫でてくる指から猫が逃げ出すと、それを追いかけて捕まえて、もふもふもふもふ撫でくり回す。
「ハハハ、ここか、ここがええのんかー?」
「フゥーーッ! この無礼者っ!」
 グレーの猫はいきなり人の言葉でののしると、前足を振り上げて。
 ザクッッッッ!
「ギニャー?!」

 ……烏丸明良、辞世の言葉は、
「女の子と仲良くなりたかったDeath…………」
 大往生であった――。


◇◆◇0世界のアイスクリーム

 そしてまた1人……ロストナンバーがやってくる――。
 栗毛色のウェーブがかった髪に青い瞳。小学校の中学年ぐらいだろうか。ぴんと背筋を伸ばした姿勢やその仕草から、育ちの良さが窺える。

「わぁ、0世界にもアイスクリーム屋さんがあるのですね」
 エミリエからの紹介ではなく、偶然に『リリアン』を発見した雨宮アルテミスは、嬉しそうに店を眺めた。
 これまでアルテミスがいた壱番世界と似たものは、見知らぬ世界への恐れと緊張を緩めてくれる。住んでいる人が違い、時の流れが違っても、ここはそんなに壱番世界と変わりない……そう思いたい。
 こみあげる懐かしさに思わず店に飛び込んで、アルテミスはちょっと風変わりなアイスクリームショップの人に、にっこにこで注文する。
「アルテはね、アイスクリーム大好きなのです。注文いいですか? えっとね、苺とクリームチーズ、そして……お姉さんのお薦めなものを1つトッピングしてお願いしますなのです」
 普段は自分のことを『私』と言っているのに、はしゃいだ気分につい『アルテ』と愛称呼びしてしまった。そんな自分の子供らしさが気恥ずかしく、アルテミスは急いで表情を引き締めた。
 けれど、
「はい、可愛いお嬢ちゃんにはたっぷりラバベリの実をトッピング。この鮮烈な酸味は癖になっちゃうわよぉ」
 と、赤いつぶつぶした実に飾られたアイスクリームを手渡されると、また満面の笑みになってしまう。
「いただきます」
 早速口にしたアイスクリームは懐かしい苺とクリームチーズの味。そこに、きんっと背骨をかけあがり、こめかみに突き抜ける酸っぱい味がトッピング。10歳の子の口にはあまりにも強烈な酸味だったけれど、アルテミスの笑顔は崩れなかった。
「おいしいです」
「気に入ってくれて嬉しいわぁ。あたしもそれが大好物で、お客さんに出す前についつい食べちゃうものだから、なかなかお店には並ばないのよぉ」
 リリアンが嬉しそうに腕を4本ねじりあわせてしなを作る。そんな様子にアルテミスは微笑を向けていたけれど……。
 ほろ、と大粒の涙がアルテミスの頬を伝った。一粒、そしてまた一粒……。
「お嬢ちゃん、どうかしたの?」
 慌てるリリアンに、アルテミスは首を横に振り、またアイスクリームを味わった。
「……アルテ、このアイスクリームの味、絶対忘れないです……。この味を忘れないでいるうちは、私は私を忘れない……。私が私を忘れない限り、私は存在し続けるのですから……」
 やっぱりここは壱番世界とは違う世界。これまで味わったことのなかったラバベリの酸味が、それをアルテミスに痛感させた。だけど、それを違和と感じる自分を忘れずにいれば、この運命に立ち向かっていける。そんな気がする。
 アイスクリームを食べるアルテミスの頭が不意に重くなった。リリアンの逞しい腕が次々に4本、アルテミスの頭を撫でる。
「あたしはこのお店をやる時に、2本の腕はアイスクリームに捧げちゃったの。でも残りの4本全部で、お嬢ちゃんと0世界で暮らすすべてのロストナンバーを応援してるわ。ここでずっと。だからいつでも食べにいらっしゃい。あたし特製のアイスクリームを」
 容赦なく撫で回すリリアンの腕は重かったけれど、アルテミスはこくりと肯いて、また一口、アイスクリームを頬張った……。


 0世界――。
 階層の狭間、時の狭間。
 どうか……この世界にやってきた人々が新たな世界に踏み出す一歩が、軽やかなものでありますように。

クリエイターコメント  ターミナル観光にご参加いただいた、井上ほたる様、茉莉花理緒様、アイヴィー様、ショコラ・スイーツトルテ様、雨宮アルテミス様、烏丸明良様、ありがとうございました。
 ターミナルにはこんな処もあるんだな~と楽しんでいただけたのなら幸いに存じます。

 これから皆様には本格的なロストレイルでの冒険が待っているのですね~。
 はじめの一歩を踏み出した皆様の上に、これからも素敵な思い出がたくさん降り注ぎますように☆
 ご縁がありましたら、またどこかでお会い致しましょう。

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螺旋特急ロストレイル

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