オープニング



 世界の摂理からこぼれおちるロストナンバー。
 かれらを世界図書館は救い出し、ターミナルへと受け入れる。
 今日も、新しくロストナンバーとなったものたちが、世界図書館の旅人としての暮らしを始めようとしていた。
 図書館は、まずかれらにパスホルダーを与え、そして知っておくべき事柄の一通りを教え込む。すぐにはすべてを受け入れられないものもいるが……、だいたいのものはほどなく新しい生活に慣れていく。
 ターミナルはそんな旅人たちの拠点となる場所。
 さまざまな異世界のものたちが暮らす奇妙な街だ。

* * *

 世界図書館のエントランス。
 レクチャーを終え、それぞれに歩き出すロストナンバーたちに、図書館の職員らしき青年が歩み寄り、声をかけた。
「新入りさん、ですよね? はじめまして」
長身に似合わずほわんとした、どこかあどけない顔立ち。おっとり口調で話す彼は、自らを世界司書のひとりであると名乗った。「はじめは、確かに戸惑うことも多いと思いますが、だいじょうぶです、すぐに慣れますから…」などと気遣う言葉を並べるも、彼の言動はどうにもテンポ遅れ気味で、目まぐるしい環境の変化に無意識にも緊張を強いられていた旅人たちは、(ちがう意味で)肩の力が抜けるのを感じた。
「ロストレイルに乗れば、その度に未知の冒険が始まります。見たことも無い世界。危険な旅もあるでしょう。ターミナルにはそんなみなさんがひとときの休息をとって、のんびりと憩えるような場所もたくさんあるんですよ。そうだ、この近くに僕のお気に入りの公園があるんですけど、よかったらこれから行ってみませんか?」言いながら、ごそごそとカバンを探り、折りたたまれた紙を取り出した。
「うーんと、ここと、ここ、あとは……。はい、どうぞ!」


~手渡された紙の内容~

『おはな公園MAP』
さまざまな花が咲き誇る公園で、やすらぎのひとときを過ごしませんか?
※園内のスポット紹介のうち3つのスポットに赤ペンで丸印が描いてある

・見どころ1『おはなの広場』
「公園に入ってすぐの広場です。のんびりお昼寝をするもよし、キャッチボールをするもよし……。僕はよくここのベンチで本を読んでいますね。広場の周囲には花壇があって、そこで花植え体験をすることもできます。鉢植えにして持って帰ることも可能です。半日ほどで咲き始め、その日のうちに散ってしまう、壱番世界でいう薔薇の花に似たかたちの、小さくてはかない花ですが、とても綺麗ですよ」

・見どころ2『洋菓子店アリア』
「味はもちろん、見た目にも可愛らしい洋菓子のそろったお店で、甘いモノ好きには是非とも訪れて欲しいところです。店の前のテラスで、ティータイムを楽しむこともできます。色とりどりのマカロンには、食べると気分が変わるっていう、不思議な効果があるんですよ。ひまわり色のマカロンは楽しい気持ち、すみれ色のマカロンは切ない気持ち。若草色のマカロンは……っと、続きはご自分で確かめてみて下さいね」

・見どころ3『祈りの泉』
「どこかで聞いたことのあるような、よくあるアレです。その噴水に祈ると、いつか願いがかなうと言われています。面白いのは、『本当の願いと逆さまの願いごとをする』、ということなんです。たとえば僕だったら、『ここから送り出したみなさんが、敵にやっつけられて、二度と帰ってきませんように!』って具合です。泉の神様はあまのじゃくな神様なんですね、きっと。泉っていうか、そもそも、噴水ですしね。泉ですらありませんしね。そんなわけで効果のほどは不明ですが、気が向いたら試してみて下さい」

~(園内MAPの裏面には公園までの地図が記してある)~


「――どうです? 楽しそうでしょ。旅の初めに、はじまりの時に。のんびり楽しいひとときを過ごしてください。いつかその思い出が、あなたの力になるように……」

管理番号 b51
担当ライター 立夏
ライターコメント 初めまして、立夏と申します。
しみじみ、ほのぼの、時々どよーんとした物語が好きな、ひよっこライターです。よろしくお願い致します

さて今回は、ぶらりターミナル観光案内をお届けいたします!
どうぞみなさま、のんびりまったりとした一日をお過ごしください。

参加者一覧
リーミン(cawm6497)
美野里(cpcn4024)
サティアス・アール(cvxb2525)
春秋 冬夏(csry1755)
ゆきほ(cwaz1616)
ベルファルド・ロックテイラー(csvd2115)

ノベル


 ある晴れた日のこと。

 ターミナルの空はいつもどおり雲ひとつなく、碧空を内包した0世界は絶え間なく流れてゆく時間のなか、その流れと切り離されてゆったりと漂っている。

「気持ちのいい日だね~」
「ほんとに、お散歩にはもってこいの日だよね!」
 世界図書館前の通りを歩きながら、のんびりとした様子で空を見上げる細身の青年はベルファルド・ロックテイラー、そしてその隣には楽しげにポニーテールを揺らして歩く、美野里の姿があった。
 彼らふたりは可愛らしい色合いの地図を手にしており、目指すはおなじ、ターミナル住人の憩いの場、『おはな公園』である。
「ね、ターミナルって、色々あるんだね。ちょっと歩くだけでも色んな種族の人がいて楽しいよ! 色んな人たちと仲良くなれるといいなー」夢見るように語る美野里。
「ボクは知らないうちにターミナルに来ちゃったんだけど……確かに、ちょっと面白そうなところだね? 見たことも聞いたこともない物だってたくさんあるし。いや、正直驚いたよ。……あんなひと、見たことなかったしね?」
 小声になったベルファルドの視線の先には、まるでウーパールーパーをヒト型にしたような、綺麗なピンク色の侍がいた。
「ほんとだ! えーと、……お侍さん?」
 思わず美野里の視線が釘付けになる。
 と、侍がそんな二人の様子に目を止め、近付いてきた。
「やや! そなた等の持っている地図は、もしや『おはな公園』のものではござらぬか?」
 うん、やっぱりまさしくお侍さんだ! と、驚きと、期待通りの口調への満足感の両方を感じつつ、美野里は笑顔で「はい、私たち、これからそこに行くんです」と答える。
「お侍さんも公園に?」
「如何にも。拙者、見知らぬ世界で見聞を広めるべく早速公園に向かってみたはよいが、地図の読み方が分からず、道に迷っていたところを、其処なる娘御がたに助けて頂いたのでござる」
「むすめご?」きょとんと首を傾げるベルファルドにピンク侍が示した方角から、二人の人物がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
 ひとりはロングヘアで、のんびりとした空気を漂わせた女性、もうひとりは、こちらも背中の中程まである黒髪をなびかせた碧眼の少女。そしてその後ろから、大きな帽子をかぶった少年がトコトコと付いてくる。
「ねぇサティアスさん、この子も『おはな公園』行くんだって~」
「だから、一緒に行くことにしたんです。ね?」
「はい!」と少年が元気に頷く。
「左様でござるか。実はこちらのお二方も『おはな公園』に向かう途中だそうなのでござる」
「あれっ、じゃあ、キミ達もあの地図もらったんだ。えーと、なんて言ったっけ? あのほやほやした司書の……」
「ええ、優しそうなお兄さんに声を掛けてもらって」
「旅は道連れ世は情け、だね!」
 美野里が歓声を上げた。


 こうして、いまや6人になった旅人たちは、青空の下、賑やかに語り合いながら公園を目指す。
「さてじゃあ改めて自己紹介と行こうか。ボクはベルファルド! 以後よろしく! この名前、覚えておいて損はないよ?たぶんね」と、茶目っけたっぷりの笑顔で付け加える。
「私は美野里だよ。一緒にお散歩できるの、すっごく楽しみ! みんなよろしくね!」と元気印の美野里。
「拙者、サティアス・アールと申す。好きなものは、お……」言いかけて、何故だか周りを見回し咳ばらいしたサティアスを不思議そうに見ながら、ゆきほが続く。
「私はコンダクターのゆきほ、こっちはともにゃん。今日はねぇ、お菓子を食べるのが一番の楽しみなの♪」と、セクタン共々、期待を隠しきれない様子。
「えっと、春秋 冬夏です。憧れのファンタジーな世界を見ることができて、とても嬉しいです。『おはな公園』もどんなとこか、楽しみ!」冬夏が隣を歩く少年に笑いかける。
「はい、僕も楽しみです! あ、僕はリーミンっていいます。よろしくお願いしますね」大きな帽子を取り、キラキラの笑顔で言い放った少年の(頭の)輝きの見事さに思わず、おお…とみながどよめく。
「そう言えば、あの司書の子はなんて名か、聞き損ねちゃったなあ」
「また会うこともあるよ、きっと」
「それより、サティアスくんは何言おうとしたのぉ?」
「ん? 何のこと? でござる?」
「なんか言いかけてましたよね」
「いやいや拙者」
「なになに~、なんか面白そう」
「はっ! 花でござる!!」
「ほんと! お花がたくさん! あれが『おはな公園』だね」


* * *

 入り口には花々に飾られた『おはな公園』の看板。
 その先、木々の密生した区域を抜けると、ふ、と空から光が差し、周囲を花壇に囲まれた、青々した芝生の広場が現れる。
「へ~、ここが『おはなの広場』かぁ。確かに、のんびりお昼寝するにはよさそうな場所だね」とベルファルドはあたりを見回し、くつろげる場所を求めて歩き出す。
「私、ケーキ屋さんに行きたーい!」パティシエ見習いであるゆきほは、花より団子!とばかりに地図の中の洋菓子店さがしに夢中のようだ。

 色も形も様々な花が咲き乱れる花壇を、サティアスは珍しそうに眺め、花の手入れをしている初老の男に話しかけた。「拙者のいたところでは、これほどまでの花園は見たことが無いでござる!」実に鮮やかな…と感じ入る様子に、男は嬉しげに眼を細める。
「花たちは手を掛ければ掛けただけ、それに応えてくれるのですよ」
「ふうむ。そういうものかも知れぬな」
「どうです? ひとつ、花を植えてみませんか」
「やってみましょうよ!」ノリ気のリーミンが引っ張ると、「む、おぬしがそう言うなら……」とサティアスは覚悟を決め、着物が邪魔にならないよう襷掛けにしていく。
「うん、私もやってみよう」そんなサティアスに習って、冬夏はブラウスの袖を捲り上げた。
「僕は、そうだ! お花に名前を付けて遊びます! 赤い花が咲いたらエマニュエルかチャタレイ、黒だったらブラックウィドウ、紫色のはカリギュラ、モーリス……」つらつらと淀みなくそれらの名前を挙げていくリーミンに、「なんでそんな名前ばっかり?!」と小中通して読書量校内一を誇る冬夏が思わずツッコミを入れる。
「内容は知らないけど、昔の綺麗な人の名前だと聞いたので…… もしかして、あまりよくない本なんですか?!」
「うん、いや、よくないっていうかね? なんでリーミン君が知ってるのかな?っていうか、もう少し、大人になってから読む本って感じかも…」冬夏がしどろもどろに答える。
「私もお花植えてみる!」ぴょこぴょこと跳ねるように花壇を見て回っていた美野里も花植え部隊に加わった。「でも散っちゃうのは悲しいから、持って帰るのはやめておくよ」
「そっか。このお花って、一日で散っちゃうんだよね……」
 小さなスコップを使って丁寧に土を掘り、そこへ置いた苗にやさしく土を掛けながら、冬夏が表情を曇らせる。ざくり、ざくり、と大胆かつ繊細なしぐさで苗を植え終えたサティアスが、「花というのは散るものだ」と、独り言のように呟いた言葉にはしかし、ほんの少し優しい響きがあった。
「そうだ、私、写真を撮るよ。すぐに散ってしまうなら、綺麗に咲いたところを残しておきたいなって思って。ほら、自慢のデジカメ持ってきたの」
「いいね! 写真撮ったら私にも見せてね!」
「美野里さんのぶんも焼き増しするよ」
「やった、ありがと!」

「ではお帰りの前にでもまたお寄りください。その頃には綺麗に咲いているでしょう」
 園丁の言葉を背に、さて次の目的地へ、と歩き出した一行だったが。

「あれは何でござる?」興味津々なサティアスの声に、広場の一角に目をやると、そこには小さな白い球の投げ合いに興じる人々の姿があった。
「キャッチボールですよ」
「きゃっちぼーる?」
「サティアスさんとこには無いかな? ボールを投げあっこして遊ぶの」
「やってみたいでござる」
「え、でもこれからお菓子屋さん行くんだよ?」
「やってみたいでござる」
「うん、意外と人の話きかないっていうか、自由なとこあるね、サティアスさん」
「僕もやってみたいです!」またしてもノリ気なリーミンに、「じゃあふたりでやっておいで……」と、置いていく気満々の女性陣。
「やりましょうよ! 楽しいですよきっと!」
「えーやだよ! 私もうお腹すいたもん」
「私もちょっと…… 絶対こけるし……」と、今日すでに2、3回転倒の危機に見舞われた冬夏も逃げ腰である。
 と、リーミンはどこからかボールを借りてきて、一行から遠ざかり、すでに投球モーションに入っている。「いっきますよー!!」
「さあこいでござるよー!!」
「わあ?!」

 びゅん!!
 思いのほか早い球を、サティアスはさすがの動体視力でバシリと受け止める。
「いたっ」

「グローブとかは無いですもんね……」
「硬球なのかな?」
「怪我しなきゃいいけど」
 自分用に常備している救急セットを取り出して見守る態勢の冬夏。

「じゃあ今度はこっちから行くでござる!」

 しゅっ!!

「おおお……」
「ずいぶん遠くへ行ったねえ……」

 球は大きくリーミンを逸れて芝生を転がっていくが、リーミンは素早い身のこなしでラクラクと追いつき、球を拾ったその体勢のまま、サティアスのいる場所まで投げてよこした。
「すごーい!!」
「リーミン君上手だね」
「えへへ。こういうのは得意です」
「むう。真っすぐ投げるのはなかなかに難しいでござる」
 ぶつぶつと呟きながらも見様見真似で数回繰り返すうちに、サティアスのボールはすっぽりとリーミンの手元に届くようになっている。
「お」
「サティアスさん上達早い」
「師匠のおかげでござるな」

 ある程度のコントロールを身に付けたサティアスが、今度はスピードだとばかりに放った球が、その速さのためにするりとリーミンの手を抜け、木の幹に当たり、思っても無い方角へと飛んでいく。
 と、そこに木の根元へもたれ掛かり、寝入っているらしき人影が。

「あ、あ、危ない!」

 上ずった冬夏の声に、その人物――木陰で昼寝していたベルファルドは、ぱちりと目を開け、軽く体をひねって、ふああ、と欠伸をひとつした、その一瞬ののち、ずさっ!!と激しく音を響かせて、白い球が、ベルファルドの耳の横をすり抜け、後ろの植木に突っ込んだ。
「よかったあ」ほっと息をつく美野里。
「かたじけないでござる……」しゅん、としおれるサティアスに、ベルファルドは顔色一つ変えず、「ああ、ぜんぜん大丈夫だから、気にしないでー」と微笑んで返す。
「ボクってすごくラッキーなんだよね。だからこういうの当らないの。平気平気」
 そんなことってあるんだろうか!?と驚く一同だったが、奇跡的なまでの強運を目の当たりにしたばかりなだけに、あるんだろうな……と、思わざるを得ず、ベルファルドの何も考えていないかのような底抜けに明るい笑顔を眺め、それぞれに納得した。

「ねーみんな、お菓子屋さん、見つけたよぉ!!」という、ゆきほののんきな声が響いたのはその数分後のことである。


「みてみて、ここが『洋菓子店アリア』だよ♪ いいなぁ可愛いなぁ! 私もはやくこんなお店作りたい!」目を輝かせながらゆきほが指し示した建物。木々に囲まれた小さな店は白い壁にブルーの屋根、窓際には花柄レースのカーテンという、如何にもカントリー風でロマンチックな外観の洋菓子店だった。
「いらっしゃいませ」と、笑顔で迎えるのは、金色の髪をふわりと編み込んだ、エプロン姿の女主人アリアである。
「てぃーたいむ? なんじゃそれは?」サティアスは手にした園内マップとテラスでくつろぐ先客たちの様子を見比べ、「ふむふむ、要するに茶を戴くことか。この世界では野点風にやるのだな」と興味深げに呟く。
「可愛いのがいっぱいあって迷っちゃうよー」
「まるでお菓子の宝石箱みたいなお店ですね!」目を輝かせる美野里とリーミンの姿に、「ありがとう」と、嬉しそうに笑うアリア。「それぞれの効果は、そちらのプレートに書いてあるから、お好きなマカロンを選んでね」
「うーん、私は楽しい気持ちになりたいから、ひまわり色にしようかな?」
「ひまわりですね、少々お待ち下さいませ」アリアが鮮やかな黄色のマカロンを飾り付ける様を、期待に胸をふくらませてじっと見つめる美野里。
「いまだって楽しいから、これ以上楽しい気分になると思うと楽しみだなぁ……あれ? まだ食べてないのに、どんどん楽しくなってきたよ!? 凄いね、このマカロン!」

「ん~! おいしぃ~! やっぱりチョコレートケーキに限るよね!」
「ほんと、おいしい! しあわせ……」チョコケーキ大好き!のゆきほと、お腹いっぱい食べる気満々な冬夏は、店の前のテラスで、すでにゆったりくつろぎモードである。
「私ねぇ、いつかこんな風なお店を持つのが夢なんだ♪」
「わあ。いいですね! 私も、お菓子作るの大好きなんです」
「冬夏ちゃんもお菓子作るんだ?! どんなのが好き?」
「ええと、よく作るのはクッキーとか、チーズケーキとか」
 お菓子好き女子の話題は尽きることが無いようだ。
 ケーキを食べ終え、「私、マカロンも食べたい!」と立ち上がり店内に戻ろうとした冬夏が、床の継ぎ目に躓き、びたん!と転んだ。
「ちょっ、冬夏ちゃん、大丈夫?!」
「だ、だいじょうぶです……」大事なカメラは守り切ったものの、その代わりに顔を床にぶつけた冬夏が、額を赤く腫らしつつ振り返り、ゆきほに無事を告げる。

「ほう、この砂糖菓子は絶品でござる!」
「勝手に涙が…… ぶ、ぶふっ。あはっ! あはははは!! 今度は笑いが止まりませんよ?! だっ誰かー!!」
「リーミン君?! とりあえず、お茶飲んでみ?」
 窓際のテーブルでは美野里とサティアス、リーミンが様々な洋菓子を楽しみながらわいわいと賑やかに感想を言い合っていた。
「そうだ、今度はあの司書さんがオススメしてくれた若草色のを食べてみようよ! って、あれ? ここには無いみたい……売り切れちゃったのかな?」
「若草色のマカロンだったら、奥にあるわ。待っててね」美野里の言葉に、いったん下がったアリアが、爽やかに輝く若草色のマカロンをいくつかトレイにのせ、店の奥から戻ってきた。
「ありがとう! じゃあ早速、レッツトライだ!」
 もぐ。

「…………っ」

 何故だか急に黙り込んだ美野里の目から、じわ、と涙が滲む。
「はて、なにか悲しい気分になるまかろんなのでござるかな?」と、サティアスも豪快に口へと放り込んだ。
「む!! これは!! この、鼻の奥にツーーーンとクるこの刺激は、まさしく涙を誘う香り! じゃなくて、ふつーにワサビ味やないかーい!!!」思わずノリツッコミをかます侍サティアスに、美野里も負けじと叫ぶ。
「っていうか!! ふつーじゃない!! ワサビ味のマカロンは普通じゃない!!」
 (あの司書め!!!)
と犠牲者たちは、のほほんとした外見の青年司書に呪いを送りつつ、店主に訴えた。
「酷い仕打ちでござる……」
「な゛ん゛でワサビ味?」と、まだ涙目の美野里。
「これは、まあジョークの一種よ…うけるかどうかは別として……」
 アリアは悪戯が見つかって怒られる前の子供のような顔をした。
「普段はショーケースに並べてないんだけど、お客さまに尋ねられた時だけお出しすることにしてるの」
 つまり悪いのは私じゃなくて……とぼそぼそ俯き気味に言い訳するアリア。
「なんだかほやんとした司書殿が、このマップをくれたのでござる!」
「あら、それ弟だわ」と、アリアが顔を上げた。
「え、ご姉弟なんですか!?」
「ううん、違うの。あの子ここの常連さんで、わたしのこと『おねーちゃん』って呼ぶからわたしは『弟』って呼んでるのよ。背なんか大きいのに、幼いというか、ぼーっとしてるというか、人懐っこくてね。人類の弟!みたいな顔してるでしょ」
「まあ」
「なんとなく」
「そう言われてみたら」
 罪の無さげな顔をした世界司書の顔を思い浮かべ、いつか仕返ししてやろうと誓う二人であった。

 持って帰って食べよう♪と、マカロンのショーケースを見に来たゆきほと冬夏は、色とりどりのちいさなマカロンが綺麗に並べられた様に、うっとりと溜息をついた。
「私は桃色のにする! 『ほろ酔い気分になります』、だって。ともにゃんにも分けてあげよーっと♪」
「あれは……?」と冬夏が指差す先に、うすいブルーの張り紙。
 『アリアのおすすめ★』の文字の下に、『特別な今日のマカロン』と書いてある。
「これはどんなマカロンなんですか?」
「若草色みたいな『特別』だったらもうコリゴリでござる……」
 げんなりとしたサティアスにうふふ!と笑い、アリアは自信満々に言った。
「これはね、みんなにとって特別製の、今日だけのマカロンなの。今日の、空の色を映した空色のマカロンよ。よかったら記念に持って帰って頂戴な」


 旅人たちのおさんぽツアー、最後の目的地『祈りの泉』は、彼らが想像したよりも小さめの噴水(そう、明らかに「噴水」であった)で、それでも、木々に囲まれてぽつんと在るその姿には、森に流れるエネルギーが集まり、湧き出しているかのような神秘的な雰囲気があった。
「本当に願いが叶えば素敵ですよね。……じゃ、早速行きますね。僕の世界が平和になりますように、いつか帰れますように…はっ、つい普通にお祈りしてしまった。ああ僕の世界が! ナンテコトダ!!」リーミンの慌てぶりにみんなが笑う。
「ダメでござる。ここは逆さまの願いをする泉でござるよ。拙者は、もう病気にかかり、生をまっとうできなくなるといいと願うでござる」
「そうそう、その調子! 私は、一日に何度も転びますように……」と冬夏が怪我の絶えない膝を摩りながら祈る。
「うーん……私の周りの人が不幸になりますようにと、皆と仲が悪くなりますようにとどっちにしようかな……」一瞬悩んだ美野里は、しかしすぐさま顔を上げて、「よし、両方お願いしちゃおう!」と目を閉じお辞儀をして、二回手を叩く。
「おお、神前の礼でござるな」
「うん、泉の神様へのお願いだから。そうだ、ふたつもみっつも一緒だよね、神様? じゃあね、欲張りだけどもうひとつだけ! またみんなと楽しくでかけられませんように!」 


「あれ? ゆきほさんは?」
「またいなくなっているでござるな」
「泉は公園の一番奥だから……たぶん、広場の方に戻ってるんじゃないかな?」

 果たしてゆきほは、広場でベルファルドの姿を探していた。
「だって、さっきのアリアさんのマカロン、ベルファルドさんの分ももらったから。早く渡そうと思って」
「あ、あそこじゃないですか?」
 リーミンの指差す先、花壇の横のベンチにベルファルドは座っており、花壇の傍らでは昼間の園丁が黙々と花の手入れを続けている。
「ただいまー!」
「おかえりー! あんまり気持ちイイからすっかりお昼寝しちゃった。そのあとは、お花のおじさんとずっとお喋りしてたんだ。ね、おじさん」園丁が笑いながら頷く。
「洋菓子店でベルファルドさんの分もおみやげもらってきたよ」
「ありがと。……わあ、すごい、おいしそう」
「これは今日の空の色なんだよぉ!」と得意げなゆきほに、「空、青いですね……」と感慨深げにリーミンが呟く。
「これを食べれば、きっと今日のこの楽しさをもう一度味わえるのでござろう」
「そうだ、お花!」心の中で今日一日の出来事を振り返り、この花壇でのことを思い出した冬夏の声に、みなが一斉に花壇を見る。
「そうそう、綺麗にね、咲いたよ。見て」

 花は、綺麗なブルーであった。
 幾重にもかさなった可憐な花びら。
 柔らかな土の感触を思いだし、冬夏は、ふつふつと胸の内が温かくなるのを感じた。
「ね、写真、撮るんでしょ?」という美野里の声に、冬夏は我に返り、胸元のデジカメのスイッチを入れる。
「うん、みんなで集合写真を撮りましょう、今日の記念に」
「じゃ、おじさんに撮ってもらおうよ」
「え? いえ、私は」
「でも記念でござるから」などと軽くモメつつ、それじゃあ…と全員で花壇の後ろへ並ぶ。何度かフラッシュが焚かれ、みんなの笑顔がデジカメに納められたところで、旅人たちは公園の入口へ向かった。


「今日は充実した一日が過ごせました。公園を紹介してくれたお兄さんにも感謝しなくちゃ。皆さん、またどこかで出会えたら宜しくお願いしますね」そう言って帽子を取ったリーミンの頭の輝きに皆の眼が眩んだ隙に、少年は姿を消していた。
「司書殿には感謝の気持ち……と、恨みがあるでござる」笑いながらサティアスも、「ではまたいつか、みな達者でな」と背を向け去っていく。
「ケーキおいしかったぁ! 最初は不安でいっぱいだったけど…みんないいひとたちばかりだし。なんとかやっていけそう♪ また会ったらよろしくね!」
「私もほんとに美味しくて、楽しくて、素敵な一日を過ごせて、嬉しかったです。さようなら、またいつか!」
「さようなら!」
 ゆきほが去り、冬夏が去り、最初の二人に戻った旅人たちは、花弁を散らし始めた青い花を見つめた。
「次に来たときにはもう散ってるんだね」美野里が少しだけ寂しげに呟く。
「でもそのときはきっとまた別の花が咲いてるよ」
 立ち上がり、服の裾にくっついた葉を払いながら、陽気な、それでいて美野里の名残惜しさをふわりと包み込むような声音でベルファルドがぽつんと言った。
「さあて! ボク達もそろそろ帰ろうかあ」


 ある晴れた日のこと。

 6人の旅人たちは今日を想起するときにまず青い空を思い浮かべるのだ。
 特別な、今日だけの空を。
 ――例えターミナルがいつでも晴れており、この日の空を、記憶のなかで今日のこの出来事を辿るためのよすがにすることは不可能だとしても。



END

クリエイターコメント おかえりなさい!
おさんぽツアーは如何でしたでしょうか。

初めてのシナリオということで緊張気味だったのですが、みなさまの素敵プレイングのおかげで、最初から最後まで、楽しく書きすすめることができました。本当にどうもありがとうございました!
空色マカロンのお味を、どうか、少しでも、お楽しみいただけますように。

それではまたいつか、お会いできます日まで。

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螺旋特急ロストレイル

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