オープニング

 町は、バザールの活気に賑わっていた。
 ヴォロス全土を行き交うキャラバンの路の南の終点と言われるのが、この交易都市マーバだ。
 マーバの住人は浅黒い肌の南方人種であるが、各地から商人の集まる市には、さまざまな種族の姿が見える。中には獣の特徴を宿す亜人種さえいるから、ここならロストナンバーも溶けこむのは容易かった。

「さて、と。エミリエの話じゃ、目的地かはここからさらに南……。けれどこの先はもう、人間の町や村はないらしいな」
 ブラン・カスターシェンが言った。
 広大なヴォロスの大地のそのすべてを人間の文明が支配しているわけではない。この先に広がるのも、文明の光が届かぬ人跡未踏の樹海であるという。
 だがその樹海の彼方に、館長は旅をし、謎めいた古代種族「ドラグレット」に邂逅した……それが、かれら「ヴォロス特命派遣隊」をこの地へ導いた仮説であった。

「そんなわけで、まずは探検の準備だな。それから……」
 段取りを思案しながら歩いていると、ブランの足は自然と遅くなった。――と、うしろからやってきた一団が、どしんと、乱暴にぶつかり、彼を突き飛ばす。
「お、おい――」
「気をつけろ!」
 抗議しかけたブランを反対に一喝し、通りすぎていったのは、黒い光沢の甲冑に身を包んだ騎士風の集団である。
「交易都市なんていうが、荒っぽい連中も多いんだな」
 ブランが肩をすくめる。なるほど、バザールのあちこちにも、武器を携えたこわもての男たちが少なくなかった。

「とにかくだ。まずは旅の支度をしよう。のんびりできるのは、ここが最後かもしれないからな」

ノベル

 交易都市マーバでの一日。派遣隊の人員は、これからの樹海の旅に備えて、物資や装備品の調達を始めた。
「地図を探してみたんだが……こいつぁ、役に立つのかね」
 オルグ・ラルヴァローグが見せてくれたのは、この地方の地図であったが、壱番世界のような測量技術のないヴォロスの地図にどこまで信頼がおけるかは謎だ。それにこの地図は、樹海の内側はほとんど描きこまれていない。
「目的地までの詳細な地図がいるだろう。道程を割り出さないと物資がどれくらい必要かもわからない」
 アインスの意見はもっともだったが、ブランは肩をすくめた。
「ドラグレット族のいるところまでの地図なんてない。人跡未踏の土地だっていうしな」
「地図はないのか……」
 また、行き先は密林であるため、荷馬車などを通すのも難しいようだ。

 響 慎二は壱番世界の品物を持ち込んでいる。
「基本は現地調達になると思うんだけど、備えあれば憂いなしだよな!」
 アウトドア用のコンロや固形燃料などは役に立つだろう。
 フロール・φ9511はマーバのバザールで、野営のためのテントを買った。
「値が張りました……」
 まけてほしかったがなかなか言い出せなかったらしい。
 対照的(?)にファーヴニールは女性の衣装にアクセサリーを身につけ、
「あのぉ、これ……ちょっと安くなりませんの?」
 と愛嬌をふりまくことで、商人たちから安く保存食やロープ類などを手に入れてきた。
 ナウラは傷薬などを、幽太郎・AHI-MD/01Pはこの地では自身の姿が目立つために、上からすっぽり着れる上衣のようなものをもとめた。
 春秋 冬夏は道中に読める本はないかと探したが、ヴォロスの町では字が読める人間もそう多くはない。簡単な絵巻物のようなものがとりあえず見つかった。
 椙 安治は持てる限りの食糧品を買い込んで大荷物だ。ドラグレット族が持ち込んだような品でもあればと探したが、人間の町にあらわれることなどないという。しかしヴォロス各地からキャラバンによって持ち込まれた加工肉など、食品はさまざまに手に入った。
 相沢 優はキース・サバインと連れ立って雨よけのマントや食品などを買っている。キースは悪路でも歩ける靴などを買った。樹海でも木の実などは取れるだろうから、どんなものがあるのか、優が市場で尋ねていると、アルジャーノが岩塩を買っているところに出くわす。
「樹海の奥地であるなラ、塩湖でもない限り塩は貴重品の筈デス。近隣植物からでは抽出出来ない香辛料も喜ばれるんじゃないでしょうカ」
 アルジャーノは塩や香辛料などをドラグレット族への手土産にしてはどうかと考えているのだ。
 ほかに、玩具などもどんなものがあるのか覚えておけば、現地で作ってあげることもできるだろう、と。
「調味料は俺たちが料理をするにも必要だよね。多少まずいものでも香辛料を使えば食べられるようにもなるし」
「なるほど、手土産とはいい考え……、って、おい何してるんだ!?」
「アハハ、見つかっちゃったーー」
 モック・Q・エレイヴが土産物屋の品物を盗もうとしているのを見咎める。
 店主の目がそれているうちに、盗むためにつくったブロックの手をひっこめて、逃げていく。
「覚えておきたまえ、ヒトとは強欲なものなのだ!」

「はい、皆様こんにちわ、本郷幸吉郎です。今回私、ヴォロス特命派遣隊の一員として、音に聞こえた剛の者達との旅に同行させていただいております!」
 本郷幸吉郎はマーバの大通りで道行く老若男女にかたっぱしからマイクをつきつけていた。
 これより向かう「パーリアの樹海」についての情報を集めるためだ。
「広さ? さあ。相当広いことは間違いないけどね」
「そりゃおめぇ、恐ろしい猛獣だってわんさかいるって話だ」
「大昔はドラゴンの国だったそうだけど……」
 青燐も、黒藤虚月と連れ立って歩きながら、樹海やドラグレット族について聞き込みをしてみる。
 青燐がは樹海の植物について知りたがったが、なにせあまり人の近づかない密林のことだ。漠然とした聞き込みでは詳細・正確な情報は手に入りにくかった。
「所変われば、風習などは簡単に変わるからのう。ドラグレッド族と交流する際、気をつけるべき事が知りたい」
 それが虚月の知りたいことだったが、商人たちは口を揃えて、ドラグレットになぞ会わないほうがいいと言うのだった。
 竜の末裔と呼ばれる古代種族ドラグレット。
 いったいどのような種族などかは気になるところだ。
「そもそもどんな姿の種族なんだ。人と竜、どっちに近いのか」
 モービル・オケアノスに問われた商人は、笑った。
「あんたにそっくりだよ。ドラグレットかと思って驚いたが、連中は町にはこないからね。あんたはリザードマンだろ?」
「なるほど。直立した爬虫類のような姿……、翼はあるんだな?」
 小竹卓也は得られた情報をノートに書き込んで共有する。
 ドラグレット族は翼を持つが、飛べないらしい。ドラゴンから退化した名残だろうか。
「ドラグレットに関する伝承のようなものはないのかしら」
 トリニティ・ジェイドが聞いたところでは、ドラグレットははるか太古の、ドラゴンが世界を支配していた時代に、ドラゴンが自らの血からつくりだし、召し使っていた種族だとされているらしい。
「それじゃあ、最近は、ドラグレット族に会った人はないの?」
 ミスト・エンディーアは商人から、ドラグレットに関するできるだけ新しい情報を得ようとしている。
「噂では、樹海に迷いこんでドラグレットに捕まったとかいう話もあるけど……。これも噂だけどザムド公が樹海を開拓しようとしていて、そんなことをしたらドラグレットが怒って攻めてくるんじゃないかっていう話もある」
「ザムド公って?」
「近くの領主さまだよ」
「……そうなのね。ありがとう……あら?」
 ミストは同行していたはずの阮緋の姿を探す。
 気づけば近くの露店で酒を買っているではないか。
 一方、高城遊理も買い物をしながら商人から情報を集めていく。
「これは伝聞だから正しいかどうかしらないけれど」
 そんな前置きを経て聞いた話は。
「ドラグレットは基本的には他の種族と交流はしない。ただ、連中の厳格な掟にのっとって、人を試すようなことはあると聞いた。その試験に通ればドラグレットの領地に入ることも許されるとか何とか……」

 旅の支度が済めば、あとは観光に費やしてもいいだろう。
「たっぷり遊び貯めしておかなきゃ!」
 とはしゃぐ藤枝竜。
 コレット・ネロと連れ立って市場に繰り出し、露店で売られていた果物を使った氷菓を味わった。
「美味しいわ。抗さんもいかが」
「ありがとう。……これはうまいな」
 陸抗はコレットの肩の上だ。
「む……あれはイフリート殿では」
 荷物持ちを買って出てついてきていた雪峰時光が指したところでは、イフリート・ムラサメがなぜか皿回しをしているのだった。
「おお、各々方。拙者、こうして芸を披露する代価になにか面白い話を所望して情報を集めているのだ。スーパー有益な情報が集まっているぞ」
「なにがわかったんですか?」
 コレットが訊く。
「うむ。樹海には犬ほどの大きさの蚊がいて、これに血を吸われると一晩でミイラになってしまうというのだ! しかし巨大蚊によく効くこの蚊取り線香を売ってもらったゆえ安心せい」
「……それってうまいこと言って売りつけられただけじゃ……」
 竜が呆れた様子で言ったそのとき、近くを大柄な甲冑の一団がどやどやと通りがかり、通行人を押しのけたり、水たまりを踏んで泥水をはね上げたりしている。
「きゃっ」
「コレット殿! 待たれい! ご婦人にぶつかっておいて礼もないとは非礼でござろう」
「なんだと?」
 男たちは鋭い眼光を時光たちに向けた。
「われわれはザムド公に仕える騎士団だ。何か文句があるのか」
「騎士というのに謝罪のひとつもできんとはますます嘆かわしいでござる」
「そうですよー!」
 竜が思わず、ごう、と火を噴くと、男たちは驚いたようだ。
「貴様、竜刻使いか? ……ぬお」
 ずい、と男たちと竜たちのあいだに割り込んできた黒い巨躯はシンイェだった。威圧感のある馬体に、気圧されて、騎士たちは口汚い捨て台詞を残して去って行く。
「……いやに殺気立っているな」
 シンイェがつぶやく。
「ヤ~な勘って言うのは結構当たるんだよな……ホント、ヤな話だけどな」
 坂上 健も一連の様子を見ていて思うところがあったようだ。
 近くの商人に訊ねる。
「俺さ、キャラバンの護衛しにきたんだけどさ……ここ何かバカに物々しくねぇ? 昔ココに来たことあるヤツも前はこんなじゃなかったって言ってたし? それに今の黒いの。バカに偉ぶって、俺の友達突き飛ばして怒鳴りつけてったし。何なの? 何か最近襲撃でも遠征でもあったわけ?」
「ザムド公だよ。樹海を開拓して領地を広げるつもりなんだ。それで自分の騎士団だけじゃなしに傭兵を集めてるらしいよ。そんなことしてドラグレットが怒らなきゃいいが……」
「それってどういう意味」
 ドラグレットの語を聞きつけて、陸抗が尋ねた。
「樹海の奥はドラグレット族の領地だからね。樹海を荒らすものはドラグレットの怒りを受ける」
「今まで、そういう目に遭った人がいるのか」
「噂だけどねえ……」

 交易都市マーバの一日はそのように過ぎて行った。
 いよいよ、禁断の地、パーリアの樹海へ旅立つ。その奥地に何が待ち受けているかは、まだわからない……。


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螺旋特急ロストレイル

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