オープニング

「あれなんだ!?」
 ふいに小竹卓也が声をあげた。
「い、今、メーゼのミネルヴァの眼で見てたらさ、ちょっと離れた場所だけど、空から――」
「生物反応ガ降下シテキタネ!」
 幽太郎・AHI-MD/01Pが言った。彼のセンサーは、降下してきたものが、近づいてくるのを感知している。
「コッチニ来ルヨ……!」
「空からって、ドラグレットはたしか翼はあるけど空は飛ばないとか――」
 トリニティ・ジェイドの言葉をかき消すような、それは雄叫びだった。
 そしてなにかの打楽器のような音。
 その音と声が、かれらを取り囲むように広がり、その範囲を狭めてきていた。
「幽太郎さん!」
 藤枝竜が、幽太郎に預けていた剣を受け取った。
 茂みを掻き分ける足音がすぐそこまできている――!

 雄叫びと打楽器の音は、密林に響き渡ったから、気づいたものもいただろう。
 そして音のするほうへ――4人のいる場所へ駆けつけたかもしれない。
 あるいは近づいてくる何者かからは、うまく身を隠すことができただろうか。

 そのとき、茂みから飛び出してきて、手に手に弓矢や槍を構えたのは、なるほど話に聞いていたとおりの姿をしたものたちだった。
 上背は大きく、2メートル近い。
 そして人形ではあるが爬虫類の――トカゲを思わせる容姿の種族だった。
 体色は灰色がかった青だが、緑や黒のものもいる。
 おそらく全員、男で、露出した腕には筋肉が盛り上がっていた。簡素な衣服と、その上に革製の防具を身につけ、そして鳥の羽でつくったとおぼしき飾りをあちこちにつけている。
 かれらこそドラグレット。
 密林に住まい、ドラゴンの血を引くという古代の種族だ。

ノベル

 幽太郎・AHI-MD/01Pが光学迷彩を稼働させ、姿を消したのは、ドラグレットが飛び出してくるほんの寸前だった。幽太郎は慎重に、後退していく。
「……っ!」
 ドラグレットたちが武器を手にあらわれたのを見たとき、藤枝竜の脳内に浮かんだのは、かれらに捕らえられ、ぐるぐる巻きにされた自分たちが、火にかけられ、その周囲でドラグレットたちが踊っている光景だった。こ、このままでは、私たちがかれらのごちそうに! などと思うと、いやがうえにも緊張が増し、ボッと火を吹いてしまう。
 彼女が火を吐くのを見て、ドラグレット側も警戒する素振りを見せた。
「わわ、しまった。ち、違うんです! これは戦うとかじゃなくて! え、えーと、あの、私たちはマーバより遠く、遙か彼方からあなたたちにお話をおうかがいに来ましたっ!」
「落ち着いて」
 小竹卓也が言った。
 そしてトラベルギアの棒を地面に置き、敵意のないことを示そうとした。
 それを見て、竜も剣を下げ、それから荷物に入っていたバーガーを取り出す。
「オープン?イート?」
「……普通に話せ。言葉はわかる」
 ドラグレットの一人が口を開いた。発音はやや異なる――ロストナンバーたちは交易都市マーバ近郊の、ヴォロスの地方語をチケットの効能により話している。ドラグレットは異なる言語を持つのかもしれないが、かれらのほうも人間の言葉を知っているようだ。
 トリニティ・ジェイドも静かになりゆきを見守る。
 卓也は両手をあげて見せると、
「戦うつもりはない。自分たちはザムド公の手先ではないよ」
 と告げた。
「誰だろうと知らん。だが大勢で来ているのは知っているぞ。森が知っていることは、ドラグレットも知る。近くにまだいるはずだ。探せ!」
 ブルーグレイの体色をもつそのドラグレットが、この一団のリーダーのようだった。
 号令に応えて茂みの向こうで雄叫びがあった。トリニティは、もしや幽太郎の存在が看破されたのではとぎくりとしたが、そうではないようだった。
 突然の風が、樹海の梢を揺らす。
 かれらは頭上の枝葉のあいだを、大きな影が縦横無尽に横切っていくのを見た。

 ドラグレットたちが鳴らしている打楽器の音は、密林によく響き、その音に気づいたものは少なくなかった。
 春秋冬夏は食料探しをしているところで音の気づき、異変を察していったん野営地に戻ろうとしたが、その前にドラグレットがたちはだかった。
 槍を突きつけながら、ドラグレットが何事がわめく。
 冬夏が抵抗する様子を見せないと、そのまま追い立てられるようにして連れて行かれる。
 坂上健もほぼ同様の状況に陥っていた。
「あんたたちドラグレットだろ? 俺たちは人を探すためにあんたたちの試練を受けに来たんだ。俺たちは館長の、エドマンド・エルトダウン氏の手がかりを探している。試練を受けるためにも、是非族長に会わせてくれ」
 健はそう話しかける。
 彼の前にあらわれたふたりのドラグレットが顔を見合わせ、何事か話しあっていたが、とにかく来いとばかりに彼をひったてていった。
 ふたりはともに、卓也たちのいるところまで連れてこられる。
 その様子を、見守っていたいくつかの目があった。
 そのひとつは、樹上で息を殺す青燐だ。
「おやおや、まあまあ……」
 ひとまず、状況を見守る。
 ナウラも、音を聞いてやってきた。トラベラーズノートで連絡をすると、砂に変化して草の間に隠れた。

「大変だ」
 ノートをめくって、キース・サバインが声をあげた。
 彼の聴覚は最初の襲来の音をとらえており、野営地にいながらにして警戒をしていたのである。
「なんじゃ、騒がしいのう。……もしやドラグレットか?」
 黒藤虚月の問いに頷く。このとき、野営地にいたのはほかにミスト・エンディーア、椙 安治、そして――
「ブラン」「ブラン殿」
 アインスと雪峰時光のふたりに同時に声をかけられて、ブラン・カスターシェンは腰を浮かした。
「な、なんだよ。ああ、非常時だもんな。こういうときこそ吾輩の出番だ。ここまでちょっと影が薄くているのかいないのかわからないと言われかねない状態だったが今こそ――」
「守り石を出せ」
「え?」
「館長の守り石があったはずでござるな。それを持ってドラグレット族の前に行き、提示すれば、少しはこちらの話を聞こうとしてくれるやもしれぬ」
「あ、ああ……あれね……」
 品物を受け取ると、アインスと時光が駆け出していく。
「ドラクレット族に会ッたら主食と好物聞いてきてくれ」
 椙 安治が落ち着き払て、その背中に声をかける。
「……さて、今日は何作るかな。何食いてェ?」
「捕まった人たちのぶんはいらないかもよ」
 ミストが応じる。安治は肩をすくめた。
「すぐ発てるように荷物をまとめといたほうがいいかもしれないんだぁ」
 キースが支度を始める。
「まあ、皆のことじゃから心配はいらんと思うがのう……妾は、皆を信じておるよ」
 虚月が、鬱蒼たる樹海の向こうへ視線を投げた。

「……見つかったか」
 ファーヴニールとコレット・ネロの前にも、ドラグレットはあらわれていた。
「わ、ドラグレットさんだ……! 会えてよかった。あの、私たち――」
「動くな」
 むしろ会えた喜びを表現しようとするコレットを、ドラグレットが一喝した。
 ファーヴニールが彼女をかばうように立ち、そして、その姿を変化させる。竜変化能力により、皮膚に鱗をあらわし、角、尾、翼を出現させたのだ。ドラグレットにも似た、竜と人の中間の形態になる。
 これはドラグレットを驚かせたようだった。
「まさか同族……なのか……」
「気をつけろ。悪霊かもしれない」
 油断のならない目でファーヴニールをじろじろと見る。
「見世物ではないぞ」
 ふいに声がかかった。
 茂みからシンイェが姿をあらわしたのだ。
「ドラグレットの一族とお見受けする」
「今度は何だ、馬なのか? しかし話すぞ」
「おれは一度も貴様らの姿を見世物を見るように見てはいないが、成程、それがドラクレット族の礼儀か」
「……」
「荒らすつもりはない。騒がせたことは謝罪する。尋ねたいことがあって来たのだ」
 シンイェは、堂々と言った。

 高城遊理もドラグレットに武器を突きつけられていたが、不思議と落ち着いている自分にかえって驚いていた。
「人を探しに来たんだ」
 毅然とした態度で臨む。
 ここへ、ちょうどアインスと時光が到着したのは僥倖だったかもしれない。
「ふっ、わざわざ出向いてくれるとはありがたいことだ」
 アインスは守り石を取り出す。
「この刻まれている文字はドラグレットのものだと聞いたが」
「私たちの探している人がこれを持っていたんです。彼は一度ここへ来たはずなのですが」
 遊理がそう言うと、ドラグレットたちは仲間うちでひそひそと話し合いを始めた。
 時光は油断なく警戒を解いていないが、それはお互いさまだ。爬虫類の外見をもつドラグレットは見るからに恐ろしいが、話が通じればよいのだが。
「……とにかく、来い」
 ドラグレットはそう言った。

 見つかったものたちは続々とひとつところに集められ、槍をかまえたドラグレットの輪の中へ。
 鳴り響く打楽器は、太鼓のような楽器で、それを首から下げ、派手な化粧をしたドラグレットが3人ほど、リーダーの背後で音を打ち鳴らし続けていた。軍楽隊のようなものだろうか。リーダーのいる位置を、散った仲間に伝える役割もあるようだ。
 やがて、オルグ・ラルヴァローグが連れられてきた。争うつもりはないと意思表示をしたら、やはり連れてこられたのだ。コレットたちの姿をみとめ、無事を確認して、瞳に安堵の色を浮かべる。
 次に阮 緋。
 彼も堂々と背筋を伸ばして連れてこられたが、仲間たちが槍の穂先を向けられているのを見ると、わずかに眉を動かす。
「樹海の護り手よ。己が郷を護りたいと思う心はわかる。だが、その槍を向ける相手を違えているのではないか?」
「われわれはおまえたちを知らない」
 リーダーのドラグレットが答えた。
「いかにもそうだな。ならばこれから知り合うまで」
 阮 緋は彼のトラベルギアである「封天(フェンティエン)」――鈴のついた腕輪と足輪を鳴らした。ドラグレットの打楽器のリズムに合わせるように、鈴の音を奏で、かれらに向かって舞を見せたのだ。
「やめろ」
 リーダーが言い、槍手が阮 緋を威嚇する。
 阮 緋は従うが、その瞳は屈していなかった。
「これで何人だ。13人……いや――」
 ドラグレットがロストナンバーの頭数を数えていたそのときだ。
 なにか恐ろしげな生き物の鳴き声とともに、はばたきの音がするのを、人々は聞いた。樹海の梢をゆらし、その大きな影が次々と舞い降りてきて、太い枝をみしみしと軋らせながら止まった。
「おお――」
「ド、ドラゴン……!?」
 胴体だけでも3メートルはありそうな、ドラゴンに似た生き物だ。ただ前足はなくて翼になっていることや、首が長いところを見れば、どちらかと言えばプテラノドンのような翼竜を思わせるものもある。
 それがざっと10匹……そのうちの2匹は、鉤爪に人間をとらえていて、樹につかまるまえにぽいっと放り出す。
「てっ」
「――んっ」
 放り出されて声をあげたのは相沢優とルツ・エルフィンストンのようだ。
 ふたりともそれぞれ別の場所で、事態に気づいて隠れながら様子を見ていたが、この生き物に見つかってしまったらしい。
「悪かったわ。隠れてて」
 ルツが詫びるように言ったが、ドラグレットは頓着せず、彼女たちも捕虜に加える。
「試練があるんだろう。それを受けさせてくれないか」
 優は言った。仲間の幾人かがそれに同意を示した。
「それはわれらが決めること。すこし待て。おまえたち、守り石を持っているそうだな」
 リーダーのドラグレットが問う。
 ロストナンバーたちが例の石を見せ、エドマンドの名と、派遣隊の目的を告げる。
「……たしかにわれらのものだ。われらが客人に贈ったものだろう」
 ドラグレットは爬虫類の瞳で、値踏みするように皆を見回す。
「だがおまえたちが客人から奪ったものでないという証もない。われらは交わる相手がそれに足るか精霊の試しを課すことは知っているようだな。とにかく来てもらおうか」
 ドラグレットはそう告げるのだった。

 植物の繊維をよりあわせた縄で、2、3人かずつの手をしばったうえで、翼竜めいた生き物の背に乗せられることになった。
「暴れると落ちる。そうなったら知らんぞ」
 とだけ言われた。
 翼あるものは、首のつけねあたりに騎乗したドラグレットに自在に操られるようだ。次々に、地上を飛び立つ。
 あっという間に梢が眼下――
 ロストナンバーたちは、空の虜囚となるのだった。

「と、飛んでった……!」
 仲間たちが連れ去られた空を見上げ、響 慎二は慌ててノートを取り出し、事の次第を報告する。
「危険はないと思いますけどネ~」
 ふいに声がして顔をあげると、ひらひらと一羽の蝶が。
「人間を食べる種族とは聞いてないのデ」
 同じ蝶がわっと集まってきたかと思うと、融合してアルジャーノの姿になった。
「いや、たまたま、コレに擬態して遊んでましテ」
 その一羽を、今連れていかれた面々にくっつけておいたのだとアルジャーノは言った。
「大丈夫ダヨ。僕モ、ミンナノ位置ハ捕捉シテルカラ」
 ずっと身を隠していた幽太郎があらわれた。
「ソレニ、陸サンモイルミタイ」
「陸さん――、陸抗さんのこと? いずれにせよ、ドラグレットの集落の位置はつきとめられそうかな」
 ナウラも合流した。
「ソウですネ。それよりちょっと他のコトが気になりマス」
 そういうとアルジャーノはまた蝶の群れに分裂し、散って行ってしまった。
 その後、モービル・オケアノスが潜んでいた樹上から降りてくると、ドラグレットそっくりのその姿で慎二たちをひどく驚かせたが、ともあれ、かれらは無事、野営地に戻ることができた。
 どうやらドラグレットに連れて行かれたのは15人+アルファ、ということのようだ。
 「+アルファ」というのは、つまり――
「ッ!?」
 飛竜の背で、あやうく声を出しそうになって思わず息を呑んだのは相沢優。
 騎手のドラグレットがちらりとうしろを振り返ったが、なにも気付かなかったようだ。
 驚かしてごめん、とばかりに、陸抗がその小さな姿で謝る仕草を見せた。
 ドラグレットの出現に気づいたときから、能力で飛翔し、なりゆきを見ていた陸抗だ。身長17センチ少々の彼なら、気づかれずにくっついてくるのは容易だった……。

 さて、その頃。
「んんん……よいしょ、っとぉ、あー、登頂成功!」
 一連の出来事にさっぱり気づかないまま、木登りをしている本郷 幸吉郎の姿があった。
「登り切った達成感は、こう、何者にも代えがたいですね。そう思うでしょう? 阿雀ヶ峰千寿朱珠宵景光」
 樹冠の海を眺められる枝に体重を預け、セクタンに同意をもとめたが、面倒そうに、ホゥ、というひと鳴きが返ってきただけだった。
「いやあ、いい眺め…………ん」
 幸吉郎は、じっと空を見つめた。
 抜けるような青空。流れていく白い雲。
 それは、かれらがもとやってきた、マーバをはじめ人間の居住地がある方角の空だ。
 彼はセクタンをむんずと掴むと、バタバタ抵抗するのもかまわずに、さらに高い空へと放り投げた。
 ミネルヴァの眼を通して、空の彼方へじっと目をこらす――
「なんだろう、あれは」
 その向こうから、空を渡って近づいてくるものの存在を、彼は確かに、見た……、と、思った次の瞬間、足を滑らせて真っ逆さまに落下している!
「うわあああああああああ!?」
「ぎゃっ!」
 もうひとつの悲鳴。
 幸吉郎が落下した場所にあったのは、無数のブロックのかたまりで。
「あいててて……って、ギャーーー!?」
 そしてそこにぽっかり浮かんだ生首を見て、幸吉郎は絶叫する。
 それは迷子になって森をさまよっていたモック・Q・エレイヴだったのが、ここへきて、ようやく誰かを驚かすという目的を果たしたわけだ。
 そんなかれらのうえを、アルジャーノの分身である蝶がひらひらと舞っていく。
 樹海の敏感な鳥や動物たちが、なにやらざわついているのを感じながら。


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螺旋特急ロストレイル

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