ドラグレットの試練
オープニング
空の旅は快適とは言い難かった。
だからさほど長い時間ではなかったのはさいわいだ。
ドラグレットの虜囚となった面々を乗せた飛竜は、森の開けた場所に舞い降りる。
竜の背から降ろされ、面々はさらに促されるままに歩いた。
「ここがドラグレット族の集落なのね」
トリニティ・ジェイドがそっと囁いた。
「あ、樹の上に家が」
藤枝竜が見つけたものは、まさにツリーハウスだった。その窓から、どうやら子どもだと思われる小さなドラグレットが顔を見せている。
「かわいい。子どもたちともお話できるといいな」
「コレット殿、落ち着いているでござるな……」
微笑むコレットに、時光が呆れたように応える。かれらの周囲で目を光らせているドラグレットは、しかし、こわもてである。
ツリーハウスがいくつも並ぶ道をたどり、やがて、広場のような場所に着いた。
大勢のドラグレットが、かれらが珍しいのか、広場に待ち受けていた。その群れが割れ、一人のドラグレットが進み出る。一行を連れてきたドラグレットのリーダーがさっと礼を尽くすような仕草を見せた。
「森の外から来たものたちよ」
あらわれたのは、体型や服装からして女性のようだった。
翡翠色の鱗がつやつやと輝いているだけでなく、例の守り石と似たような、磨き上げた石を連ねた飾りを身につけ、身分の高い人物ではないかと想像させた。
「私はエメルタ。おまえたちは客人エドマンドを追ってきたそうね。エドマンドはとうにここを発った。おまえたちが持っていた石は私が彼に贈ったもの」
「エドマンド館長は俺たちのもとからも姿を消したんだ」
坂上健が申し出た。
「エドマンド館長は俺たちに暮らす手段を与えてくれた。その彼が世界の危機を唱えて失踪したんだ、普通探すだろう? 俺たちは彼の志を継ぐつもりだ」
「……」
「エドマンドを客人と言ったな。ここでもてなされたんだな」
と、アインス。
「俺たちも彼の身内だ。敵じゃない」
オルグ・ラルヴァローグが付け加える。
エメルタと名乗った女性ドラグレットは、ロストナンバーたちの言い分をじっと聞いていた。
「姫」
青い鱗のリーダードラグレットが彼女に話しかける。
「このものたちは精霊の試しを受けることを自ら希望しております」
「……かれらは森に抗ってはいないのは確かなの、蒼き雷鳴・ザクウ」
「わが目の見た限りでは」
「いいでしょう」
エメルタは頷いた。
「エドマンドは確かに『世界を救うための旅の途中』だと話していました。おまえたちの話と一致します。また、おまえたちは大勢で森に分け入ったけれど、必要以上に森を傷つけてはいない様子。ならばあとは、われらドラグレットと交わるに足るだけの、心と力を持つかどうか、精霊がおまえたちを試すでしょう」
それだけ言うと、エメルタは踵を返した。
動物の骨の飾りを身につけ、奇妙な化粧をしたドラグレットたちが、一行を導く。
「樹海に生きるには正しい心と強き力の双方を備える必要がある。おまえたちがそれらを持つか、精霊の試練が試す。おまえたちは大勢だから、全体で両方を持つことが明らかになればよい。それぞれどちらの証を立てるか選ぶことだ」
まず案内された先では、地面に敷物が敷かれ、それを取り囲むように置いた土器の中に火が焚かれていた。ドラグレットたちが火の中になにかを放りこむと、炎が高くあがり、あたりに独特の奇妙な香りが漂い始める。
「これは火の試練である。われわれの歌い手が、歌を唄い終わるまで、そこに坐していればよい。この精霊の火は、おまえたちの心に罪や恐れがあればそれを示すであろう。正しい心を持たぬものはそれに耐え切れず、逃げ出すか、心が死ぬ」
次に案内された先は、集落から少し離れた、澄み切った水をたたえた泉である。深さは大人の背丈ほどあり、その底には、奇怪なことに骨がたくさん沈んでいた。
「これは水の試練である。今から底にこの磨いた石粒を撒く。水に潜り、それを拾ってくればよい。この精霊の泉には、精霊の使いが棲んでいる。強い力を持たぬものは精霊の使いに貪り喰われ、生きては戻れないだろう」
「力弱きものはドラグレットにまみえるに足らず、心悪しきものは聖域を汚すものなり。そうではないことを、おまえたち自身によって示すがいい――」
ノベル
遠雷のような、太鼓の音だ。
それに絡みつくような、詠唱めいた歌声。ドラグレットのまじない師たちに見守られながら、ロストナンバーたちは数人ずつ、火の輪の中に入る。
土器の中で燃える火の熱が肌を焦がし、すぐに汗ばんでくる。
謎めいた香料の匂いがたちこめるなか、視界と意識はとおざかり、いつしか、どろどろとした混沌に呑まれているのを知る。そしてその中から、《それ》が姿をあらわしてくるのである――
(これが、火の試練)
高城 遊理は不思議とさえている自分に気付く。
思いのほか落ち着いている――と思ったのもつかの間、記憶の中から立ち現れるのは、彼に覚醒を促した謎の存在の姿だった。
不定形の、虹色の影。
ロストナンバーを、世界の摂理からこぼれ落ちたものと形容するならば、あの苦痛は、壱番世界から無理矢理に剥がされた苦しみだったのかもしれない。いわば生きながら生皮を剥がれるような残忍な苦痛だ。
(正直、憎悪しているよ)
あれに会いさえしなければ――。しかし。
(憎しみには使命で当たる。これはどこの言葉だったか……)
機会があれば虹色の影を追っている。追っているが、そのために目の前の使命は放り出さない。その矜持を噛み締めたとき、遊理の意識は密林に戻ってきていた。
ひどい汗だ。
ほんの一瞬に思えたが、どれほどの時間だったのだろう。ひどく疲労している感覚があった。
焼けるような情動が、小竹卓也を内から燃やし尽くそうとしているようだった。
精霊の火に呼応するように甦ってきたのはあのときの逸る気持ち――焦りとともに高鳴る動悸、流れ落ちる嫌な汗。世界司書に話を聞いたとき、血の気が引く思いだった。かつて赴き、ふれあった……犬と猫ばかりが暮らす不思議な世界。犬と猫は仲が悪かったが、それは往年のアニメのように、「仲良くケンカして」いるだけだと思っていたのに。
二度目に降り立ったその世界は、核の火に焼かれていた。
(みんな大丈夫だ! 助けは来るぞ! 歩ける奴はがんばれ!)
必死だったのだ。
だからあのとき、宇宙空間に投げ出された瞬間、とっさの判断で呼吸のためのマスクを怪我人に譲った。死ぬかもしれない恐怖を、しかし救いたいという気持ちが上回った。
(あそこでも、僕は死ななかった。だから)
「死ねない。こんなところじゃ」
ゆらめく精霊の火。宇宙から生還したかのように、卓也は空気をもとめて喘いだ。
(死――)
トリニティ・ジェイドは、自分で自分を見下ろしていた。
(幽体離脱? それとも……、脳の一部に電気信号が流れるとこういう幻視が起こると聞いたことがあるけれど)
思考するのは見下ろす彼女。足元の彼女は、死に瀕していた。重傷だ。
それは過去の記憶である。
トリニティがカウンセラーの道を歩んだはこの経験がきっかけなのだ。その意味ではターニングポイントだが、それはあとから振り返るから言えること。そのときはただ……
(そう、怖かった。死ぬことは怖いわ。いつだって、誰にでもね)
死ぬはずだった。生還したのは奇跡に過ぎない。
だがあのとき。
(助けられた。死ぬことの恐怖を和らげてもらったから。そうでなかったら心が先に死んでいた。命が助かったのは奇跡だけど、心が助かったのは必然。彼がいたから)
だが今ここに彼はいない。
それに気づいたとき、ひどく冷たい手に心臓をつかまれたような気がした。
同じ恐怖を感じている。冷や汗が、流れていく。
(なによ……違うわ……こんなの……)
ふるえが止まらない。助けて。
(……カ、カウンセラーが自分のトラウマを克服しないでどうするのよー!)
力任せに、アーマーリングを振るった。
恐怖の記憶を、引き裂くように。
精霊の火が呼び起こす記憶は、時系列を混乱させる。
だからファーヴニールは今がいつでここがどこか判別できない。
ヴォロスにいて、試練を受けているのだと頭の隅では理解しているのに、もといた世界の、夜道を駆けている。いや、逃げている。走る理由は、すでに過ぎた過去のことだとわかっているが、走るファーヴニールには区別できない。
息があがる。足がもつれて、転んだ。
起き上がろうとして、自分の手が、人間のものではないことに気付く。異形の――竜のそれにかわった手。
「こんなもの……」
厭うように、アスファルトに打ちつけるが、竜の爪は容易に地面の方を削りとってしまう。制御できない竜の力で、人を殺した。
「うう……」
この力がない頃には、護りきれずに、人を死なせた。
(どっちにしても俺は――)
「グ……ヴァウ……ふゥワウ……」
尋常でないうめき声をあげてファーヴニールが崩れたので、仲間たちが助けに入った。
「おい、大丈夫か!」
心配そうなオルグ・ラルヴァローグ。ドラグレットたちのほうを見る。これは試練をくぐったとみなされるのか。
「精霊の火に心を焼き尽くされたのでなくば目覚めるであろう」
それが答だった。
* * *
一方――。
「館長さんもきっとやったんですよね……?」
水の試練に挑むと決めた藤枝竜。
「かのものは独りで参ったゆえ、ふたつの試練を受けた」
「……お、押忍!頑張ります!」
おのれの心に向き合うことになる火の試練とは異なり、力を試される水の試練は挑むものたちが協力することも許される。
「その精霊の使いとやらは殺めてしまって良いのでござろうか」
雪峰 時光が着物を脱ぎながら言った。
「構わない。樹海では力あるものが生き残る」
ドラグレットの返答に、褌一丁になった時光が頷く。むろん、刀は手放していない。
「力なら存分に示そう」
とシンイェ。
「とくと見るが良い、竜にまみえるべき者の力を」
阮 緋はこの状況さえ楽しんで見える。
「それじゃ、いこう」
相沢 優が仲間たちを促す。以上が水の試練に挑む顔ぶれだ。
精霊の使いと戦うというが、澄み切った水の中に生き物の姿は見えない。ただ白骨だけが多量に沈んでいるのだ。あるいは――と、シンイェと阮 緋が目を見交わす。
水はとても冷たかった。おそらく地下からの湧き水だろう。
竜と優が、息を大きく吸い、深みへと身を沈めた。時光があとを追う。シンイェと阮 緋がかれらを守るような位置へ。
優が白骨のあいだに光る石粒へと手を伸ばした。
竜は骨たちが気味悪い。なんだか今にも動き出しそうで――いや、今、動かなかったか?
ガボッと空気の泡を吐き出す。思わず声を出しかけたらしい。優は石をいくつか拾った。焦ることはないと自分に言い聞かせる。そのときだった。
「っ!?」
激痛だ。突然、肩に痛みが走った。真っ赤な血が水の中に散る。
「相沢殿!」
時光は抜き身を手に頭まで潜った。優が襲われたのは間違いない。しかし……何も見えなかったではないか。
竜が四肢をじたばたさせている。必死に自分の足を指さしているようだ。そこからも血が流れだしていた。
まさか姿が見えないのか。
時光は水を斬るように刀を振るった。姿が見えないとしても、なにかがいることは間違いない!
「!」
切っ先にたしかに手応えがあった。そしてかすかに、陽光を反射した輪郭。
「なにかいる! 見えないなにかに噛まれた」
水面から顔を出し、優が叫んだ。
「触れたでござる、それに目を凝らせば……透きとおっているが姿はあるでござるよ!」
水底をゆらりと影がゆく。シンイェに呼吸は必要がない。
『わかるぞ……いるな』
水中に零れる光のかけらが、弾丸のように四方八方へ散った。ばしゃばしゃと、水面でなにかが暴れた。
「あいたたた、何なんですか、もう!」
竜が悲鳴をあげた。
「仕留めた!」
阮 緋の青龍刀だ。それが突き通したものを竜の眼前に差し出す。
「うえええ!? これ!?」
魚――なのだろう、30センチほどの体長の、しかし白魚のように身体のほとんどが透きとおった魚だ。鋭い牙を持つ口がパクパクとあえいでいた。
「枯れ尾花だな。正体がわかればどうということはない」
阮 緋が笑った。
「魚ごときにこの『珂沙の白虎』が遅れをとると思うな!」
「同じくでござる。そうとわかれば――相沢殿、藤枝殿、石粒を!」
「わ、わかった」
「もう~、早く済ませちゃいましょー、私なんか食べようとしても返り討ちで焼き魚ですからねっ!」
竜と優が必死で石を拾う。
阮 緋のトラベルギアが風の馬を呼ぶ。それは水中では激しい渦となり、石を拾うものたちをその内側に守ったまま、水底の白骨――おそらくこの怪魚たちの犠牲者のなれのはて――を巻き上げた。骨の破片にぶつかって、透きとった魚の群れが崩れるところへシンイェが踏み込めば、敵は次々に影の蹄が水底に踏みつけられていく。
そこから逃れて優たちへ近づくものは、時光の刀に斬りふせられる。
心を研ぎ澄ませば、その魚影をとらえ、斬ることは時光には難しいものではなかったのだ。
「どうだ、これでいいんだろ!」
両手に石をためて、優が叫んだ。
岸から見守っていたドラグレットたちが、頷くのが見えた。
* * *
火の試練はまだ続いている。
(……あいつがさ……だから言った……けどやっぱり……マジで?……あーあ……もう嫌だよ……面倒くせえなあ……死ねばいいのに……うぜぇな……きらいだ……やだぁ、気持ち悪い……イライラする……死ねばいいのに……死ねば――……)
ノイズ。
世界のすべてはノイズに満たされている。
「おい、オルグ。今週末みんなで――」
言いかけた友人は、言葉の続きを飲み込む。鋭い眼光に怯まないものはいない。だからいつのまにか、オルグに誰も声を掛けなくなった。
それなのに、世界はノイズに満ちている。
(嘘だ。嘘、嘘、嘘。どいつもこいつも……全部、嘘じゃねぇか)
オルグ・ラルヴァローグの瞳に宿る力は、あらゆる嘘を暴いてしまう。
嘘をつくものとどうして仲間でいられる?
だから独りになるしかなかった。嘘をつかないものなどいないからだ。
「ガキだな」
「なんだと?」
オルグはきっぱりと言い捨てる。牙を剥く過去の自分に、言ってやるのだ。
「嘘がなんだ! 俺は俺の信じる仲間を信じているんだ!」
遠いファンファーレ。
目を閉じればいつだって、王国の風景を浮かべることができる。
なぜならそれはまぎれもなく彼の国だったから。第一王位継承者アインス。国のすべてを相続し、彼こそが王としてきたるべき時代を導くことが約束されていた。
幼い頃から叩き込まれた帝王学も、数々の教養や武道もすべて、彼がアインスだからだ。
それなのに――
(戻れない。どういう……ことだ)
(いえ、今ご説明したとおり、貴方の世界がこの無数の世界群のどこに位置しているかわかりませんので。それが判明するまでは、このパスホルダーをお持ちになっていただいてですね)
悪い冗談だった。
世界にとって、王国にとって唯一の皇子であるアインスは、だからその存在意義が国とともにある。ロストナンバーであるということは、決して空けてはいけないそのイスを空席にするということだ。
その罪の深さがアインスを責める。
(守るべき国があった。それを投げ出してきた。しかし……)
深い闇をアインスは見据えた。
その向こうに、ふたたび、精霊の火のゆらめきが戻ってくる。
「今はここに、守るべき者がいる」
(心が死ぬって、どんな感じなんだろう)
コレット・ネロは思う。
精霊の火が呼び起こす恐怖に負ければ、心が死ぬのだとドラグレットは言う。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
誰かが泣いてる。……ううん、あれは私。
耳を覆いたくなるような、幼い悲鳴。皮膚におしつけられた煙草の火の熱さを思い出して、身をすくませたが、それでもコレットの瞳はそれを見つめつづけた。
(お父さんもお母さんも、昔は優しかった。でもいつのまにか――)
「どうしてなの! どうしてこの子は!」
「ごめんなさい! いい子にするから!」
母親の金切声。少女の様子を、コレットは不思議と落ち着いた目で見つめていた。
(どうしてなのかな。どうして……。わからないのは、心が死んでしまったから?)
(今は優しいみんなも、いつか私を殴ったりする? そんなはずない。でも)
仲間たちが口々に否定するのが聞こえるようだ。コレットは仲間じゃないか。きみのことを大事に思っている。どうして殴ったりなんかするもんか。
それはわかっている。
だから、コレットはじっと祈るのだ。かつて、そうしてその暴虐の時間が過ぎるのをただじっと待ったように、ひたすらに、祈り続ける。
「お天道様に顔向けできないことはするな!」
天地が震えるような恫喝とともに、目の前で星が散る。殴られたのだ。
罪状は些細といえば些細なことだ。
妹のオヤツを盗ったとか、母の財布から金を抜いたとか、学校のテストでカンニングをしたとか……。それでもたびごとに、のんだくれのオヤジに殴られたっけ。
(お天道様ね……。悪って何なんだろうね)
精霊の火がもたらす不思議な感覚の錯綜により、殴られる子どもの坂上健も、それを見つめる今の坂上健も、同時に互いの感覚と視界を共有していた。
(善も悪も個人の嗜好だ)
だったら俺は――
いつ、その結論にたどりついたのだったか。
お天道様とは、人の笑顔。
(俺は、人の笑顔が増える方法を探したい)
だから俺は眼を逸らさない。
どうすればよかったのだろうと、春秋 冬夏はあれ以来、考え続けている。
世界司書の依頼を果たしたことはあきらかで、それは図書館に収められている旅の記録を見れば、誰しも同意してくれるはず。
(でも、本当には救えなかった)
あの少年のことを、思い出す。
冬夏のあげたジャムを喜んでくれた、しかしその言葉さえ、彼なりの気遣いだったということが、冬夏の心を苦しくさせる。
(もっと私に出来る事はなかったのかな。あの子の気持ちを、あの時もっと分かってあげられていたら)
後悔の苦さを忘れてはならないのだと思う。
この苦さがなければ、気付くことはなかったのだ。結局、あの少年の境遇へは想像しか馳せることができない。そのことは逆説的に、冬夏自身がまわりの人に愛されているということ。
(もし愛されてなかったら、なんて思うのは私を愛してくれる人達への裏切りだと思う。だから私にできることは、注いで貰った沢山の思いを伝えていくこと。そのために……)
立ち止まってはいられないのだ。
「もっともっと世界を知りたいから!」
「大丈夫か」
アインスがコレットに声をかける。
彼女は頷いた。
「ファーヴニールさんが」
地面に寝かされ、ぐったりしていたファーヴニール。やがてうっすらと目を開ける。
「よかった……」
彼に限らず、しかし、誰もが疲労を感じている。恐ろしいもの、忌避すべきものと向き合った負担は存外に大きい。
水の試練に向かった面々が戻ってくるのが見えた。
「試練を遂げたようね」
かれらを迎えた女性ドラグレットだった。
「エドマンドの友人なら、試練になど負けぬだろうと思っていたけれど、お見事です」
その口調はどこか楽しんでいるようにも見え、そしていくぶん親しげな雰囲気が感じられる。
「着いていらっしゃい。話を聞きましょう、客人たち」
認められた、ということか――。
そのときだった。
ふいに、慌ただしい雰囲気で、ドラグレットたちが駆けこんできて、彼女に耳打ちをした。
「……おまえたちの仲間が来たそうですよ」