オープニング

「なにか近づいてくるって……一体何が?」
「わかりません。けど、距離を考えると、結構、大きなものですよ」
 本郷 幸吉郎の報告に、キース・サバインたちは顔を見合わせる。
「なんだろう?」
「私たちじゃなかったはずでしょ。この密林を目指してたのは……ねぇ?」
 ミスト・エンディーアがうっすらと笑みを浮かべて言った。
「ザムド公……だっけ。厄介だな」
 ナウラが考え込むように言った。
 派遣隊の半数がドラグレットの集落にいる状態だ。隊がひとまとまりになっていれば、大抵のことに対処するに不足はないのだが。
「なんか来ますヨー」
 アルジャーノの声がした。本人の姿は見えないが、大方、そのへんの動植物に擬態しているのだろう。
 面々はすばやく茂みや木陰に退避して息を潜める。
 風を切る音――
 梢をふるわせて、なにかが猛スピードで空を横切っていくのがわかった。
「ドラグレットだな。あれは森の入口の方向へ飛んでいくんじゃないか」

  * * *

 それは何だったのだろう――
 近いものを挙げるなら、船だろう。しかし、いかなる技によってか、それは空中に浮かんでいるのだ。ゆっくりとではあるが、移動している。空飛ぶ船だ。
 鷹の目を持つものがいたならば、その船体に開いた窓から、人が顔を出しているのがわかっただろう。
「なにか近づいてきます!」
 窓から外を見ていた見張りが声を張り上げた。
「ドラグレットか?」
「おそらく」
「数は」
「10、11……12ほどかと」
 答えを聞くと、男は鼻で笑った。
「偵察か。よし、射手は準備を。それと……おい、おまえたち、竜刻使いども!」
 船の中にいるのは、黒い甲冑を着込んだ男たちだった。
「おまえたちも準備をしろ。地上部隊の到着を待つまでもない。やつらの偵察をたたき落としたうえ、まずは手始めにこのあたりから焼け野にしてくれるわ」

「なんだあれは。あんな大きなものが空を飛んでいる」
 飛竜の背に跨りながら、赤褐色の鱗のドラグレッドは、前方のものをじっと見据える。
「ヒトやエルフは竜刻の力を用いた道具を作ると聞いたことがあります」
 傍らを飛ぶ別のドラグレットが言った。
「さっきザクウが捕まえた連中の仲間なのか?」
「おそらく」
「あれは邪悪なものだ。違いない。ならば我らが敗れるはずもない。そうだな?」
「報せに戻らなくても……?」
 ドラグレッドは、背に負っていた武器を手にとる。長竿の先に斧と槍の刃がついたような武器だ。
「加勢などいらぬ。俺は首狩り大将・オウガン様だぞ。……いくぞ!」
 樹海の空に、鬨の声があがった。

ノベル

 それは野営地にいたものたちが、空飛ぶ船を見つけるよりすこし前――集落でドラグレットの試練が始まる頃のこと。
 ドラグレットに気づかれることなく集落内部に入り込んだただ一人である陸 抗は、その身体の大きさゆえ、誰にも見とがめられることなく、集落内を見て回ることができていた。
 ドラグレットは基本、ツリーハウスのような家に、おそらく家族と思われるまとまりごとに暮らしているようだった。
 集落といってもほとんど森であって、すこし開けた広場同士を獣道でつないだようなもので、どこまでが集落と言えるのか、その広さなどを把握するのもにわかには難しい。
「なに、空飛ぶなにか……だと?」
 赤褐色の鱗の、大柄なドラグレットの姿を、陸は見た。
「鳥ではないのだな」
「そのような大きさではないです」
「ふむ。よしわかった。俺が行ってみよう。何人か、来い」
 そのドラグレットは命令できる立場にあるのか、そんなことを言った。
「オウガン!」
 そこへ駆けてきた影がある。
 おや?と陸は目をしばたいた。
「なんだ、アドン。俺は忙しい」
「おれも行かせてくれ!」
「バカを言うな。先陣を切るのは俺の名誉だ」
「邪魔はしないから」
「うるさい!」
 オウガンと呼ばれたドラグレットは怒鳴って、彼を突き飛ばした。
「身の程をわきまえろ、このサルめ」
 吐き捨てて、言ってしまった。
 一人残されたその人物を、陸はじっと見つめる。見間違えるはずもなく、彼は――彼だけは、「人間の少年」だったのだ。

 * * *

 オウガンという名のそのドラグレットが、部下とともに集落を飛び立ち、空飛ぶ船に接近したのはそれから一時間も経たないうちだ。
 ドラグレットたちは騎乗する飛竜を操り、巨大な船に向かって旋空する。
「おおい、待ってくれぇ!」
「!?」
 その前に、あらわれたもの――
「な、なんだ!?」
 ドラグレットたちの口から驚きが漏れる。
「ドラグレット、質問だ。主食と好物は?」
 炎をまとうコウモリの翼を広げ、椙 安治が悪魔じみた(というか実際に悪魔なわけだが――)笑みを浮かべつつ、そう訊ねた。
「なん……だと?」
「それはあとでいいよぉ」
 安治に吊り下げられているのはキース・サバインである。
「俺たちは……あやしいもんじゃないといっても、難しいと思うけど、とにかく敵じゃないんだぁ。あれと戦いにいくのは危ないけど、どうしてもいくんなら――」
「加勢する」
 モビール・オケアノスだ。
 オウガンが目を見開く。
「おまえは……どこの部族だ? どうやって飛んでいる!」
 モビールは一見してドラグレットに見える。ただ違いは、モビールはおのれの翼で飛ぶことができるが、ドラグレットの翼は飛ぶ力はないということ。
「詳しいことはあとで説明する」
 キースが言った。
「ええい、わけのわからんやつらめ。おまえらもあれの仲間なのか? そうだな!?」
 オウガンが武器を振るった。
「ま、待って……!」
「ケケケケ、血の気が多いなァ!」
 安治が後退して避ける。
 モビールは、冷静に、空飛ぶ船を気にかけている。そうこうしているうちにも、それはかれらに近づいてきているのだ。
「くるぞ」
 炎だ。
 なにか燃え盛る弾丸のようなものが撃ち出されるのを、かれらは見た。
 瞬間、眼下の樹海から伸びる蔦の柱のようなものが弾丸を受け止める。

「ふう、なんとか……」
 その様子を、地上から見上げているのは青燐だ。
「強すぎる木行は、火行をも食い尽くす。ここは植物の力に満ちていますからね。みなさんの力で、手伝ってくださいませんかー?」
 青燐の言葉は樹々への呼びかけだ。
 それへの応えは青燐だけが受け取る。――と、そのとき、樹上から転げ落ちてくるものがあった。
「リーミンさん? どうしたんですが、姿が見えないから心配してたんですよ!?」
「うわああん、ごめんなさい、カブトムシ採りに夢中になってたら……ってか、あれは何なんですか!?」
「ザムド公とかいうやつの軍らしいです。どうしてですかね。人は敵地の森を焼こうとするのか」
 静かな憤りを声ににじませ、青燐は再び空を睨んだ。
「わああ、なんか始まってます? 僕らも行ったほうがいいんじゃ!」
「うーん、あいにく私はその方面の術は」
「行くかい?」
 第3の声。振り向けばモック・Q・エレイヴだ。
「行こうじゃないか、あの空へ。あの大空へ翼を広げ、飛んでいきたいと言うのなら、それならボクは翼になろう!」
「ホントですか、頼みます!」
「うん。……でもやっぱヘリにしとくわ」
 そう言って、モックは自分を構成するブロックを組み換え、ヘリコプターの姿になる。目と耳と口はついたままだ。
「さあ乗って!」
「私も頼むわ!」
 ミスト・エンディーアが駆けつけてきた。

 モックの変形したヘリが飛び立つ先では、すでに空飛ぶ船とドラグレットたちの交戦が始まっていた。
 外壁に開いた銃眼から、矢が射掛けられる。それをかいくぐって飛竜に乗ったドラグレットが船に近づく。しかし炎が撃ち出されるため、容易には接敵できないのだ。火の玉が青燐の術によって森へと落下していないのが幸いである。
「安心しろ、下に魔法陣を描いてある。万一、落ちても……そのときはあの火の玉が発射地点に帰っていくぜ!」
 安治が叫んだが、高空の風にさらわれ、聞こえたかどうか。
「船に近づける?」
 とキース。
「行けるが、どうする」
「味方だってわかってもらわないとだぁ」
 かれらの視界を、鳥の群れが横切る。
 それは火と矢が飛び交う空中の戦場を抜けて、空飛ぶ船にたどりつくと、液状化してその外壁に貼りついていく。
「アルジャーノさんだわ。きっと外壁に穴を開けてくれるはず。あそこに近づいて!」
「えー? なんだってー? ヘリの音で聞こえないヨー」
「ヘリはあなたでしょ! あそこに近づいて!」
「えー? なに? もっと大きな声で!」
「あそこに近づいてって!!」
 リーミンがヘリから身を乗り出し、モックの耳元で叫んだ。
「わっ!? そんな耳の傍で怒鳴らなくっても~~~」
 ヘリが大きく揺れた。

 アルジャーノは、船の外壁を侵食し――ありていに言えば「喰らって」いった。
 やがて人ひとりが通れる程度に穴が開く。
 その向こうで、中では、乗員らしき人間たちが右往左往しているのが見える。
 安治が運んだキースが、モックが運んだミストがその穴に飛び込む。
「操縦してる人がいるはずよ」
「俺はよくわからないから……任せる!」
 武器を持った男たちが押し寄せてくる。ミストをかばって、キースが立ちはだかった。

 * * *

「モウスグダヨ。コノ先、100メートル」
 幽太郎・AHI-MD/01Pが言った。そのセンサーはドラグレットたちの反応をすでに捉えている。
「俺たちにもう気づいているかな?」
 と響 慎二。
 しかしそのほうが話が早い。かれらはドラグレットの集落へ、ことの次第を伝えにきたのだから。
「おおーい、誰かいるかー、ドラグレットーー!」
 慎二は声を出しながら進んだ。
 続くのは、ナウラに、黒藤虚月。
 すこし行くと、さきほどと同様に、楽器の音が聞こえてきた。音で威嚇するのがドラグレットの流儀なのだろうか。
 ドラゴンの特徴を備えた亜人たちが茂みからあらわれる。
「伝えたいことがある。俺たちは敵じゃない、信じてくれ!」
「私たちは旅をしてきたものです」
 ナウラが進み出る。
「すでに私たちの仲間が貴方たちの集落にいるはずです」
「連中の仲間か」
 ドラグレットの一人が言った。
「今、こちらへ、空から近づいてくる船があります」
「……」
「貴方たちの偵察も向かったようですが、危険です。貴方達の勇敢な戦士を侮る心算は無い。だけどあの船にどんな攻撃手段があるか分からない。もしまともに剣や槍を震えず彼等が倒れるような事があれば、それは戦士にとって屈辱だ」
「何が言いたい、樹海の外より来るものよ」
「妾たちは敵ではなく、しかしあの船のものたちはそうではない。その物騒な矛は収めて、妾たちの話を聞いてはくれぬか。あるいは、加勢ができるやもしれぬ」
「……」
 ドラグレットは値踏みするようにかれらを見た。
 そして、
「今、おまえたちの仲間は、ドラグレットの試練を受けている。かれらがそれをくぐれば、話を聞こう。そうでないならまとめて帰ってもらう。とにかく着いて来い」
 と言うと、かれらを集落に招き入れてくれるのだった。

「今日は客人の多い日ですね」
 そしてかれらもまた、試練に挑んだ仲間を迎えたあの女ドラグレット、エメルタに会うことになる。
「先程、おまえたちの仲間はわれらの課した試練をくぐったので、おまえたちもまたドラグレットと語らうに足るものであることは認めましょう」
「悪いんだが、そんなに悠長な状況でもないんだ」
 慎二が言った。

 * * *

「ダメね、きりがない! 離れたほうがいいわ」
 船に飛び込んだミストとキースだったが、狭い船内に入り込んでしまうと、相手の数が多いぶん立ち回りが難しい。
 キースの善戦でその場にとどまることはできるが、ミストが考えたように動力部や操縦者のいる場所を目指すには、もっと決定的な戦力か工夫が必要だった。
「アルジャーノさん!」
「ハイ?」
 天井に見えたところに彼の顔が生えた。すでにそこは侵食して一体化しているようだった。
「私たちを連れて戻れる? できればあなたも」
「えー? このまま船を全部食べちゃってモいいような。そしたらココで片付きますヨ」
「こら貴様らーーー!」
 外から胴間声が飛び込んできた。
 ドラグレットのオウガンだ。
「何をしている! これは俺の獲物だ、貴様らが敵じゃないとしても、勝手なことは許さんぞ!」
「……ですって。譲ってあげるかどうかはともかく、いったん退きましょう。それにこの船……戻ってるわ」
 外壁に開いた穴から見える風景が動いている。それが船がもときた方向へ向かっていることを示しているのに、ミストは気づいていた。
「それじゃ、この次、機会があったら、絶対、いただきますヨ!」
 アルジャーノが姿を変え、鳥となってミストとキースを掴み、飛び立った。
 アルジャーノが同化していた部分が失われたので、外壁の多くに無残な傷跡を残し、空飛ぶ船は樹海を遠ざかっていくのだった。


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螺旋特急ロストレイル

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