手をつなぐ明日のために
オープニング
「というわけで、みな、お疲れだった! みなの言いたいことはわかっているぞ。今まで何をしていたんだ、と。わかる! わかるが、とにかく黙って吾輩の話を聞いてくれたまえ!」
ブラン・カスターシェンは言った。
「『ヴォロス特命派遣隊』の目的は、ドラグレット族に会い、館長がこの地でなにをしたのかを確かめることだ。そのためにはドラグレットと交流することが必須。その目的は、ドラグレットの試練を受けたことでほぼ達したも同然だろう。問題は、あのザムド公とかいう、間の悪い侵略軍だな。本来ならヴォロスの政治に関係するのは避けたいところだが、そうも言っていられないだろう。相手方の戦力は正確にはわからないにせよ、ドラグレットの原始的な武器を見れば……、かれらだけでは対抗できるとは思えない」
ブランは面々を見回し、そして続けた。
「といって、われわれも30名ほどだしな。ではどうするか。吾輩は灰色の脳細胞で考えた! これは緊急事態と言ってもいい。ならば、ターミナルにSOSを打てばよいのだ! ロストレイルで増援を呼び、ドラグレットとロストナンバーの連合軍を結成すれば、この状況を打破できる!!」
空飛ぶ船――おそらく竜刻の力で飛ぶと思われる船は、一度は撤退したが、近いうちに再侵攻してくるだろうことは想像に難くない。
ブランの案に問題があるとすれば、誇り高いドラグレットたちが連合軍などということを承知するかどうかだ。かれらの試練に合格したとはいえ、それは単に「対話に応じてくれる」ようになったというだけなのだから。
太鼓の音が樹海の夜に鳴り響く。
あちこちで、かがり火が焚かれていた。
「客人たち。来るがいい。広場で族長がお会いになる」
ドラグレットの一人が派遣隊を呼びに来た。
「ずいぶん賑やかだが……歓迎会でもしてくれるのか?」
ブランが訊くと、
「客人をもてなすのは礼儀だからな。だが今夜は別の意味もある。近く戦があることに備えているのだ」
そんな答が返ってきた。
広場には大勢のドラグレットがいた。
肉の焼ける良い匂いがしている。
木で組んだやぐらのような座があって、そこに、ひときわ豪勢な羽飾りで身を飾った、しかし一目でかなりの老齢とわかるドラグレットがいた。その傍に、あのエメルタと名乗った女性ドラグレットが控えている。
「ウロドレイク大王と、エメルタ姫だ」
案内役のドラグレットがそっと教えてくれた。
「ドラグレットの戦士たち、その妻たち、子どもたち、長老方、まじない師たち、聞きなさい」
エメルタのよくとおる声が発せられた。
「今宵は客人があります。樹海の外より来るものたちですが、試練に耐え、客人足ることの証を立てたものたちです。さだめのとおり、ドラグレットはかれらをもてなします。そしてもうひとつ、樹海に悪しき力を持ち込むものがいます。首狩り大将オウガンが追い返しましたが――」
赤褐色のドラグレットが武器を振り上げ、力を誇示した。
「――かれらはまたやってくるでしょう。戦士たちは怠りのないように」
おう、と野太い声があちこちであがった。
「では森の恵みを食べ、飲みなさい」
それが宴のはじまりの合図だった。
ノベル
「それはこの地の酒か?」
阮 緋が、もの怖じせず、火を囲む輪のひとつに近づいていく。
交易都市で買い求めた酒を差し出し、かわりにかれらの酒を注いでもらう。ドラグレットたちの表情を読み取るのは難しいが、客人をもてなすのが礼儀という言葉に嘘はないようだった。
木の器で出された酒は強く、カッと喉を焼く。
「俺はそなたたちの楽に興味があった」
打ち鳴らされる太鼓と、弦楽器の音色。
火の前で踊るドラグレットたちの影。
「音楽は大事なものだ」
ドラグレットのひとりが教えてくれた。
「戦のとき、祭りのとき……ときどきに応じて決まった歌がある」
「あれは?」
「戦に勝てるよう祈る歌だ。楽の音は必ず精霊に届く」
阮 緋は調べを把握すると、おもむろに立ち、トラベルギアを鳴らしつつ、かれらの楽に合わせて舞った。ドラグレットたちの踊りとはむろんかなり違うが、今度は止めようとするものは誰もいなかった。
ロストナンバーたちを、かれらはこころよく輪に入れてくれたが、やはり物珍しいようで、幽太郎・AHI-MD/01Pは向けられる視線に落ち着かない。持参したエネルギー触媒――シリンダーの中に入った緑色に発行する液体をすするのが彼の食事で、せっかくのドラグレットの料理を食べられないので気が引けているようだった。
「その鎧は脱がないのか」
「エ? ア……エエト……失礼ダッタラゴメンナサイ……」
「不思議な客人たちだ。そちらも、同族ではないのだろう。とても似ているが……」
モビール・オケアノスも、なまじ姿がドラグレットに似ているだけに、注目を浴びていた。
「植物の葉で覆って蒸し焼きにしたんだな。なるほど、密林の種族の典型的な調理法だ。このソースは何でできてんだ?」
椙 安治はかれらの食生活にふれられて嬉しそうである。
予想通りではあるが、かれらはきわめて素朴な営みをしているようだった。樹海で狩った動物の肉、採取した木の実や果物を食べる狩猟民族の暮らしだ。
アルジャーノが手土産に用意してきた塩や香辛料も受け取ってもらうことができた。
「暮らしに必要なものは樹海が与えてくれる。しかし贈り物は受け取るのが礼儀だ。……塩はここにもある。だがとても貴重だ。何年かに一度、旅をしてとってくるのだ」
「喜んでもらえたらよかったデス。ところで、子どもたちと遊んでも?」
ドラグレットに許可を得て、母親たちと遠巻きにこちらを見ている子どもたちのもとへ。他にもドラグレットの子どもらに関心のある面々が集まってくる。
「そういや精霊の試練? アレこの集落全員が受けてンのかい」
ふと、安治が訊ねた。
「ここで生まれたものはもとより同胞であるから、あの試練は受けない。ただ、なにごとかを成すときはそれに足るものかどうか、試されるだろう」
たとえば成人や、結婚といった、人生の節々で、通過儀礼のようなものを持っているらしい。
「試練で疲れちゃったわ。なにかにつけて、あんなのがあるんじゃ大変ね」
トリニティ・ジェイドはそう言ったが、
「ドラグレットは強い。同胞であれば、精霊の試しはくぐれるはずだ」
と誇らしげな答えが返ってくる。
「そうやって、われわれはこの地で暮らしてきたのだから」
「う~」
低い、呻き声。
「大丈夫ですかー?」
「よっぽど堪えたんですかね」
藤枝竜と、青燐が、心配そうにファーヴニールの様子を見ていた。
「……なんとか」
まだ調子は悪そうだったが。
付きそう青燐も、さきほどの飛空船の攻撃を食い止めるため、力を使いすぎてかなり消耗していた。
「……ドラグレットはいつからここに?」
ファーヴニールは話を聞いていたようだった。
「最初からだ。竜の時代が終わり、この天地ができてから、われらはここを護り、生きてゆくことを定められている」
「どういう歴史を歩んできたんだろう」
「今も昔も変わらない。森とともに生きてきただけだ」
「それはわかります」
青燐が言った。
「守るために森に呼びかけたんですけど、異論はありませんでしたからー。私は、植物と共存する種族、ですから。かれらの声を、意志を感じ取れるんですよー」
「それはわれわれも同じだ。森も土も水も、すべて精霊である。精霊の声を聞かねばここでは生きてゆけない」
にわかには理解しがたいが、アニミズム的な信仰がかれらの思想の基盤だということだろう。一切は口伝のようで、文字で残された歴史のようなものはないらしい。
「おい、ファーヴニール。もう平気なのか」
今度はオルグ・ラルヴァローグに声をかけられた。
「心配かけたね」
「あまり無理するなよ? ……しかし、あの試練――、あれほどじゃないとしても、ドラグレット族も試練を受けるのに、死人が出たりはしないのか?」
「力が足りなければ死ぬこともあるだろう。それは生まれ出ずるのが早すぎたか、地下の王に招かれたかだ。どちらも仕方のないことだ」
『地下の王に招かれる』というのは、死ぬことをそう呼ぶようである。
さて――
この集落を統べる王として紹介されたドラグレットのもとに、幾人かのロストナンバーが集っている。
「俺達を客人として迎えてくれた皆の力になりたい。手伝わせてくれないか?」
響 慎二が端的に、そう発言する。
「どういうことですか」
エメルタ姫が訊ねるのに、相沢優が説明する。
あの飛空船が再び襲撃を仕掛けてくるだろうこと、ロストナンバーの援軍を加えて戦ったほうが優勢だということ――。
「俺たちだけでは勝てないというのか!?」
赤褐色の鱗のドラグレット――首狩り大将・オウガンが咆えるように言った。
「では逆に聞こうかの。どうやってあの空飛ぶ船と戦うのじゃ、オウガン殿。これは侮って言うのではない。確かな手段があるのかどうか問うておるのじゃ」
黒藤 虚月の言葉だった。
「それは……さっきのようにワイバーンに乗ってだな……だいたい、今日も邪魔されなければ――」
「そのことは悪かったと思ってるんだぁ」
キース・サバインが素直に頭を下げた。
「でも街で森を荒らす人たちが来るって噂も聞いてたし、森守りたい一心で手を出しちゃったんだ。無礼は許してほしい。そして、おせっかいついでに次も一緒に戦わせて欲しいんだぁ。次はもっと大人数で来るかもしれないし」
「俺はこの旅でこの森の恵みをいっぱい受けた。貴方達を手伝う事で森に恩返しをしたい。それに俺はドラグレッドの誇り高い在り方が好きだ。だから協力したいって思うんだ」
優が言葉を重ねる。
「……」
エメルタ姫が大王を振り返る。
「……あの男は、いつか、ドラグレットに報いたいと、そう言ったのではなかったか、エメルタよ」
「そのとおりです、大王。……ザクウはどう思いますか」
「船は森の上に浮いていました。鳥は死ねば地に落ちます。鳥の骸は朽ちて土に還りましょうが、あの船はどうでしょうか。落ちるだけでも森は傷つくでしょう。オウガンはそのことを考えていません」
ザクウと呼ばれたドラグレット(一行をここまで連れてきたドラグレットだ)の指摘に、オウガンは牙を剥いて唸った。
「樹海の外の人間は、竜刻を操るあやしい技をなすと聞きます。あの船もそのひとつでしょう。われわれドラグレットには禁忌とされている技です。客人たちがその技にも長けているというのなら、船を森に落とさずして、敵を退けることに力を貸してもらえるやも」
ドラグレットたちがロストナンバーたちを見つめた。
竜刻の技術に特に長じているとは言えないが、ロストナンバーの中には、あの船を動かすことのできるものもいるだろう。
「戦いに加わるということは、おまえたちも傷つくおそれがあるということですよ」
「尋ねたいことがあると言ったろう」
それまで黙って聞いていたシンイェが口を開いた。
「われわれはそのためにここへ来た。そこへこの騒ぎだ。まだ目的を果たしていない以上、まだ居させてもらわねばならぬのだ。嫌でも戦には巻き込まれる。……それに、奴らは無粋に過ぎる。気に食わん。それだけだ」
しばしの沈黙。
やがて、大王が重々しく頷くと、エメルタ姫は言った。
「贈り物は受け取るのが礼儀です。おまえたちはドラグレットに力を貸してくれるというのですね」
「はい、そのとおりです!」
優が、思わず、エメルタの手を握った。
握ってから、あ、すいません、と手を話す――、ドラグレットの王女は、ふふふと笑った。
「大王!」
オウガンが唸ったが、彼に声をかけたのは、小竹卓也だった。
「あの……よかったら、俺たちの力を試してもらったらと思うんだけど」
「そうですよ!」
リーミンがぴょこん、と手をあげる。
「宴会の余興がてら、代表者が模擬戦してみるってのはどうですか? いい考えでしょ? ね、ほら、小竹さんもやる気満々!」
「って、俺!?」
「ほう」
オウガンがおもしろそうな顔つきになった。
「よし、いいだろう。俺が確かめてやる」
「はい、本郷幸吉郎です! 不覚にも気絶しているうちにいつの間ににやら、ドラグレットの皆様と宴会ムードです。……私、こうした亜人種とでも申しましょうか、彼らに囲まれるのは初めてで……若干、緊張気味であります! あちらのほうでは何か始まるようですが……その前に、彼らに世界図書館館長、エドマンド氏の行方を伺ってみましょう!!」
本郷幸吉郎がマイクを向けた先で、雪峰 時光、そして高城 遊理がエメルタに話を聞こうとしていた。
「姫……とお呼びしてもよいのでござろうか、エメルタ殿――」
姫、という言葉を口にすると、時光の中に特別な感覚がわきおこる。
「館長殿とは……親しげに思えるのでござるが」
「エドマンドはある日、この地を訪れ、われわれの力を借りたいと言ってきたのです。火の試練、水の試練だけでなく、彼に力を貸すべきかどうか、この地でしばらくともに暮らし認められるまでには月日を要しました。彼は狩りがうまい。狩りのうまい男は優れた人物です」
「そして認められ、貴方達の力を借りた。そして目的を果たしたのでここを去ったということですか」
遊理の言葉に、エメルタは頷く。
「エドマンドは、『いつかドラグレットに報いたい。私には仲間がいるから』とも言っていました。こたびのことは、その約束が果たされたのだと私は考えます」
「具体的には、館長は何を」
「聖地の力を」
エメルタは応えた。
「エドマンドはひとつの箱を持っていました。その箱を閉じておくために、ドラグレットの聖地の力を借りたいのだと。われわれのまじない師たちも特別な儀式のときは聖地にてそれを執り行ないますから」
「箱……?」
これはいささか意外な――というか、謎めいた話だった。
「その箱はいまでも?」
「ここにあります。望むならおまえたちが持ち帰ってもよいでしょう。エドマンドのものなら、おまえたちのものでもあります。あの守り石も、おまえたちが持っているのですからね」
「あの石はどんな意味があるのでござるか」
「エドマンドが旅立つときが来たので、友人として贈ったのです。幸運を呼ぶまじないの石ですから」
派遣隊の旅の終わりにあるもの……どうやらそれは、館長がこの地に残したひとつの『箱』という結論になりそうだった。
「ところで」
じっと話を聞いていた陸 抗が口を開く。
「この集落に、人間がいるだろう」
「アドンのことですね」
「彼は一体?」
「森で拾われ、ここで育ったのです。それだけのことで、どうということもありません」
異種族にはまじわらぬというドラグレット族だったが、試練にくぐりさえすれば歓待もしてくれ、異種族の捨て子を育てることもある。案外、情に厚いものたちなのかもしれなかった。
「今度は何処かなー? ……まだか? もう来るかな? ……そこだ!」
ナウラの掛け声に合わせて、地面がゴムのようにやわらかく隆起すると、ドラグレットの子どもたちがきゃあきゃあと歓声をあげて、盛り上がったところに飛びついていく。
子どもはどんな種族でも変わらないものだ、とナウラは思う。
コレット・ネロがそんな子どもたちの様子に目を細めた。そばで付き添っているアインスもつい表情がやわらぐ。
「大きくなったら何になりたい?」
「強くなりたい!」
「ワイバーンに乗りたい!」
コレットが問うと、子どもたちからそんな答えが返ってくる。
ナウラは、そばで見守っている母親らしきドラグレットたちに訊ねた。
「ここでも女性は育児をしたり、食事や服とかの生活用品を作ったりするのか? 私が前に居た所はそうなんだ。材料を集めたりとか。ここはどんな物があるの?」
「だいたいはそんなところよ。最近は狩りに行く女もいるわ。長老方はいい顔はしないけど、エメルタ姫様だって行かれるんだもの」
「ここには学校はあるんですか?」
コレットが聞いたが、特に施設としてそういうものはないらしい。すこし暮らしぶりを見ればわかるが、ドラグレットの世界は壱番世界風に言うならば前近代の部族社会。男はみな戦士にして狩人、女はその妻になる。一部の、特殊な才能を持つものは、楽師やまじない師になるとのことだった。
「さっきの見せてー」
「もう一回ー」
せがまれて、オルグ・ラルヴァローグは魔法の炎を灯してみせる。竜をかたどってみせれば子どもらから歓声があがった。
「竜は好きか」
「神さまだよ。今は森になったの」
かつてこの世界を支配した種族ドラゴン。ドラグレットはその末裔というが、かれらにすれば創世の神に等しい。樹海など、世界の自然はドラゴンが姿を変えたものと、かれらは子ども至るまで信じているようだった。
「って!?」
バラバラと、石つぶてのようなものがオルグに降りかかってきた。
「ホーラ、やっちゃえーーー!」
モック・Q・エレイヴに扇動された子どもらが、モックの身体を構成するブロックを投げて遊んでいるのだった。
「やっつけろー、とつげきーー!」
「こら、やめないか」
オルグは笑いながら避けるが、このブロック、あたると案外、痛いのだった。
アルジャーノが擬態した遊具――すべり台やブランコも好評な様子。ニコニコと子どもらを見るコレットと、そのかたわらのアインス。アインスはふと、向こうにその姿を見て、立上がった。
「あれは。人間じゃないのか」
近づいていく。たしかに、人間の少年だった。
「驚いたな、ドラグレットの集落で人間の子どもと会うとは」
「子どもじゃない!」
声をかけると、意外と激しい反応が返ってきた。
「彼はアドンというそうだ。子どもの頃に拾われたって」
すでに陸 抗が彼と話していたようだ。
「そうなのか。じゃあ本当の両親は」
「死んだ……らしい。攻めてきたの、ザムドって国のやつらだろ」
アドンという名の少年は言った。
「じゃあ俺の本当の親を殺したやつらだ。俺は自分はドラグレットだと思ってるけど……親は親だからザムドの国のやつらは敵だ」
「館長のことを聞いていたんだ」
と、陸 抗。
「知ってるのか?」
「俺はまだ小さかったけど、覚えてる。少しだけ話したよ」
アドンは語った。
「『きみも旅人のようなものだ』って言ってた。『生まれたのと違う場所で生きていかなくてはならない。旅人は自分の旅の目的を見失わないようにしなさい』って。よく……わからないけど」
アインスと入れ違いに、雪峰 時光がやってきた。
「お姫様と話してたのね」
コレットに、頷く。
それから、袂からそっと差し出したのは。
「いや、何となく……過去を思い出してしまったでござるよ。良ければそれを食べて、笑顔
を見せてくだされ」
「ありがとう」
ドラグレットたちが食べていた果物をひとつ、もらってきたのだ。コレットは両手でそれを受け取った。
アルジャーノが、何でもなれるならワイバーンになってくれとリクエストされ、あの飛竜の小型版になり、子どもらを乗せて走り回っている。
宴の夜は、喧騒とともに更けてゆき――
広場の隅にできている輪は、首狩り大将オウガンとロストナンバーが手合わせすることになったのを見物する群れだった。
小竹 卓也とオウガンはともに棒術を得意とする。
得物が似通っているせいかなかなか勝負がつかない様子だ。
「だらしがないわね、オウガン」
エメルタが、ぐっと砕けた口調になってオウガンに声をかける。
「私が代わってあげましょうか?」
「バカな!」
エメルタは、王女と言うが勇ましい気性のようだ。聞けば、戦にも加わるつもりでいるという。ドラグレットの戦は族長が戦列に加わるものだが父である大王が老齢なので、その名代を彼女が務めるのだ。
「そこまでだ。これでは勝負がつかない」
ザクウが割って入った。
しかしオウガンはまだ鼻息が荒い。
「じゃあ次は俺だ。俺が申し込む。アンタが俺を黙らせられるか、俺がアンタをぶん殴れるか」
坂上 健が進み出てきた。
「よし、受けて立つ!」
連戦になるのをものともせずに、頭から湯気が出そうな勢いで、オウガンが新たな対戦相手の前に立つ。
健は……サングラスに、よく見れば耳栓をしていた。
ロストナンバーが見れば、何をするつもりか予測がつく。戦いが始まるや否や――
「俺は俺の武器をつかわせてもらうぞ!」
取り出したのは……手榴弾だ!
火力ではなく、閃光を放つ爆弾だったようだ。真昼のように場が照らされ、つんざく音に、オウガンが視覚と聴覚を奪われる。
「ガアアア!? きさま、まじない師かァ!?」
ガツン!と、健のトンファーが正面からオウガンの頭を叩く。
「い、今のはナシだ! まじないなど使うな!!」
「ザムド公だってどんな手を使ってくるかわからないんだ」
オウガンが振り回す棒を避けながら、健が言った。
「まあまあ、ちょっとひと休みしましょう」
藤枝竜だった。
「これあげます」
そう言って、髪で折った折り紙の兜を、オウガンにかぶせた。
「な、なんだこれは」
「あなたを信じる証ですよ!」
そして観戦者を含めたみなに飲み物を配る。
「『乾杯』って言うんです。これはお互いを認め仲良くする言葉です!」
そして音頭をとった。
「かんぱーい!」
「……たしかにそうだわ」
エメルタが、ぼそり、と呟いたのを聞き取ったのは、そばにいたザクウだけだった。
「姫」
「敵は何をするかわからないと。他の集落にも使いを飛ばしなさい。かれらの力を借りるにしても、できるだけ手勢を集めて。森がおののいています。邪悪な力に」
かれらの頭上で、さえざえとした月が、宴を見下ろしている。
集落のあちこちで、浮かれ騒ぐ声、笑いあう声があがっていたが、その影で、緊張した面持ちで戦に備えるものたちもいる。
ブラン・カスターシェンは、ドラグレット族の同意が得られたのを受けて、急ぎ、ターミナルへの連絡をノートにしたためていた。
世界司書の協力が得られれば戦いは有利に進められるはずだ。
太古の昔から、樹海の奥で変わらぬ暮らしを続けてきたというドラグレット族。かれらの安寧を破る戦の時は、確実に近づいてきていた。