オープニング

 奇譚卿との会見の結果、得られた情報は、次のようなものだった。

 館長エドマンド・エルトダウンはブルーインブルーの古代文明「沈没大陸」に関する情報をもつ人物の紹介を奇譚卿に頼んだ。奇譚卿はこれに応え、海上都市メイリウムに住む考古学者オリバー・スタンドストンを紹介した。エドマンドはスタンドストン博士に会うために、メイリウムへと向かった。

「だったらそこへ行って、その博士に会ってみるほかないよな」
 アリオの言葉通り、『希望の女神号』の次の行き先はメイリウムということになった。
 そうと決まればさっそく出航だ。
 メイリウムは、「紺碧の学都」とも呼ばれる、学者が多く集う都市だという。ジャンクヘヴンを盟主とする海上都市連盟には加わっておらず、中立の立場をとる自由都市だ。
 ルミナベルからメイリウムへの旅は、ジャンクヘヴンからルミナベルまでよりは日数がかかる。
 しばしの海の旅――本格的な航海の日々となった。
 この間、つけられていた航海日誌をのぞいてみると……

 某月某日
 海魔に遭遇。大王イカのような海魔の触腕が船体にからみつく。
 倒したあと、ちぎれた触腕が食べられるかどうか議論になる。

 某月某日
 水平線に漂流船を発見。どうやら人が乗っているようだが……
 救助すべきという意見と、海賊の偽装という意見が分かれる。

 某月某日
 メイリウムを目前にして嵐。
 はげしい風雨と雷に見まわれ、揺れに揺れる。

……などなど、波乱万丈な旅だったようである。


ノベル

●仲津トオルによる記録
今日までのところ航海は順調。でも覚悟はしてたけど食事は単調。……白いご飯が食べたい。
みんなは釣りをしたり泳いだり元気すぎで驚く。インドア派のボクは手すきの船乗りさん誘って船内でゲーム。サイコロみたいな道具使ったヤツを教えてもらった。がっぽり儲けたけど、あとで腕っ節が強そうな人が「喧嘩のやり方も教えてやろうか」だって。勝ち過ぎたみたい……。

「これから行くメイリウムってどんなところなの」
 ゲームの合間に、トオルは船乗りに訊ねる。
「さあな。あそこは同盟にも入ってないし、俺たちはあんまりいかないんだ」
「どうして同盟しないの」
「んー、中立でいたいってことみたいだな。そういう町は他にもある。でも同盟に入ったほうが海賊の被害は減らせるだろうにな。ああ、でもメイリウムなんか海賊が襲わないわな。学者の町なんか襲っても仕方がない」
「ふうん……」

●ミルフィ・マーガレットによる記録
本日は快晴。気持ちがいいので有栖お嬢様と船上でのバカンス気分と、甲板で日光浴を楽しもうとしておりましたら、無粋にもイカの海魔が襲ってきたのですわ。お嬢様は専用機体ヴィクトリカで応戦され、わたくしも空戦オプションを付けた専用バイクに跨り飛行しつつバルカンとミサイルで援護致しました。トラベルギアで足のニ、三本を切り落としましたわ。

 日奈香美 有栖はハンドビームをあてようとするが、まだこの機体の練習中のせいかなかなかあたらないようだ。アルド・ヴェルクアベルがトラベルギアから撃ち出す宝石の弾丸があたると、敵は船にまきつけていた触腕を離し始める。そこへミルフィが飛来して触腕を切り落とす。海魔の胴体が船から離れたところへ有栖のビームがあたり、ダメージを与えた。
 そこへ、甲板に駆けつけてきたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノがもたらす雷が海魔に炸裂。さらに他の面々の攻撃が次々と加えられ、ほどなくして、ダイオウイカの死骸が波間に浮かぶこととなった。
「……あら、なんだかいい匂いが」
 甲板の上に長々とよこたわる触腕。ビームが命中して焦げたところから立ち上る匂いを嗅いで、有栖が言った。
「そりゃ喰えるだろー、こいつイカじゃん。イカは喰いもんだろー?」
 神喰 日向が嬉しそうに言った。
「え、これ食うの? マジで?」
 山本檸於が驚いた表情に。船員たちもおおむね食べるなんてとんでもない派のようだが、派遣隊の面々は、案外いけるのではないか派が多かった。
「いけません、お嬢様。こんな得体の知れないものを食してみたいだなどと。近頃お嬢様はどうも『悪食』になられたのではありませんか? 御令嬢たるものそのような奇妙な物を召し上がるなど――」
 ミルフィの進言(お小言?)もむなしく、
「よろしければ調理のお手伝いならいたします」
 とにっこり微笑む有栖。
「ふむ……しかしナマはやめたほうがいいかもしれぬのう。読んだ本で、特定のイカは塩化アンモニアなる臭気を含むゆえ食用には適さぬとか」
 ジュリエッタが知識を披瀝するとシュマイト・ハーケズヤが懐を探った。
「ならば、わたしの発明した万能中和剤を使ってみよう。毒とは成分上の『偏り』『歪み』であるという理論を元に、それらを『正して』中和し無効化する作用があるのだ」
 これなら問題なさそうだったので、シュマイトの発明薬を使いつつ、巨大イカはすり身にしてイカ団子となり、その日の食卓に並んだ。
 ……が、彼女の万能中和剤はあらゆる成分を中和するため、味も中和されてしまい、食べられるけど今いちな仕上がりになったという……。
 さらには、忠告を無視して生食に挑んだアリオが刺身にしてもまだ威力のおとろえない吸盤に吸い付かれてひと騒動が起こったのだった。

●山本 檸於による記述
ちなみに、この騒ぎの中でも船長は全く動じて無かった。さすが海の男だと思った

●エルエム・メールによる記述
海魔との遭遇以降、また平凡――いや、順調な航海。
というのも、ディレドゾーアさんのおかげ。
そのかわり何もなくってタイクツだったから、みんなで沈没大陸と海賊の事を話してみた!
沈没大陸ってロストテクノロジーの中心だっていうけどさ、海賊にも使ってるヤツらがいるんだよね。エルが戦ったのはジャコビニってヤツの幽霊船もどきだけど、他のみんなが会ったヤツラの話もまとめて書庫に保存しといたよ。こいつら、ロステク繋がりで沈没大陸にも絡んでくると思うんだ。もしかしたら館長もどこかで接触してたりして?

「ジェローム、っていうんだね」
 エルエムがメモに書き留めるのへ、ベヘル・ボッラが頷く。
 今日も快晴だ。船の傍らには、併走するように泳ぐ宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーアの姿が波間に垣間見える。このおかげで、海魔が船に寄ってくることはほとんどなかった。というか、見た感じはディレドゾーアが海魔そのものだがそう言うと凄まれるので誰も口にしていない。
「機械でできた海魔を操る海賊団だ。ぼくが受けた依頼では、連中、学者を――」
 ベヘルは、ふと、口をつぐんだ。
「?」
「……そういえば、これから行くメイリウムって、学者の町だそうだね……」
 考え込む。
 そのときだった。「船だぞーー」と、見張りが声をあげたのは。
「グルル……」
 ディレドゾーアは船が止まったので自身も泳ぎを止め、甲板に集まった人々同じ方角を見る。
 そこに、波間を漂う船がある。
 どうやらマストが折れている。嵐か、海魔ないし海賊の襲撃を受け、漂流している船のようだ。
「……幽霊船、だったりして」
 ベヘルがうっすらと微笑った。
 幽霊船といえば、先程も話に出た海賊ジャコビニが思い出される。漂流船を装う海賊の可能性もあるかもしれなかった。
「海賊なら捕まえてシバキ倒しちゃえばいいじゃん? 海賊が減るの、ココを航路に使うヒトだって喜ぶだろうしさ? 漂流してるヒトなら絶対助けなきゃだよ? 助けてから考えようよ。ほら、悩む前に救助~!」
 日和坂 綾がそのように主張した。
 柊木 新生も同意見だ。
「万が一、彼らが海賊の偽装だった時は、相応の対処をすればいいだけの話だろう? 助けられる可能性のある人間を見捨てるのは僕の本意じゃない」
 と言いつつも、銃の用意をする。
「俺がまず偵察してきてやるよ!」
 と太助が買って出て、イルカに姿を変えると、漂流船へ向かって行った。
 イルカは船のまわりをぐるぐる回る。望遠鏡で見張っていると、甲板に人の姿があらわれた。太助が声をかけているようだ。そして戻ってくる。おそらく要救ということでいいだろう。イルカに話しかけられて驚きはしたかもしれないが……。
 救助にはファニー・フェアリリィが小型化して携帯していた戦闘車「ハートキャッスル」が使えそうだった。相手の船に接舷し、向こうの乗員を乗り移らせる。
「皆さん、ご無事ですか? 慌てず騒がず、この小船に避難してください」
 ベルゼ・フェアグリッドが人々に声をかける。
 ハートキャッスルでいちどに10人程度は運べる。漂流船にいたのは20名弱だったので2往復で『希望の女神』号へ救助することができた。
「大丈夫ですか?」
 乗り込んできた年寄りの船員がよろめくのを枝幸シゲルが助ける。
「……」
 そのときだ。ふと、彼の目が気づいたのは、船員の腕に残る痕だった。
「どうかしたかい」
 柊木新生が傍へ。同じものを目にした瞬間、ふたりの視線がからみあい、そして――
「!」
「おとなしくしろぉおっ!」
 こわもての大男がうしろからシゲルをとらえて首筋に刃物をつきつけるのと、新生が銃を構えるのが同時だった。
「この船は俺たちがいただくぞ!」
「やめておきなさい」
 男は凄んだが、新生は淡々と応えた。
「なんだとぉ」
「ほーぅ」
 ベルゼ・フェアグリッドの目が、すっと細められた。
 それまでの穏やかな様子とは一転。
「この俺を騙すとはいい度胸だ……」
「な、なにを――」
 そのとき、船が大きく揺れた。
 新生がその隙を見逃すはずもなく、電撃弾によってシゲルにナイフをつきつけた男がまず行動不能に陥る。ほかに幾人か、色めきたった連中は、ざばん、と波から顔を出したディレドゾーアの姿にパニックになった。
 そこへベルゼが躍りかかる。
「久々にキレたぜこのヤロウどもが! 安心しな、殺しゃしねェよ……全員纏めて海軍に押し付けてやらァ!」

●枝幸シゲルによる記録
それからベルゼさんがあっという合間に連中をのしちゃって、縛られた海賊は船倉行き。ああ、もう、ひどい目にあったよ。
……でもちょっとヘンな話なんだ。あの漂流船はもとは商船だったんだけど、海賊に襲われて拿捕されたところで嵐に遭遇。海賊船は沈み、商船を海賊が乗っ取った状態で漂流してたみたい。つまり漂流船でもあったし、海賊船でもあった。商船の人たちは僕たちが見つけるまで縛られて捕虜にされてたんだけど、その縄痕があったから気づけたんだよね。
商人の人は今、手当を受けてる。途中で一度小島を見つけたけど、潮の流れのせいか、なぜか上陸できなかったんだって。その島には屋敷がぽつんと建っていて、救助信号を出したそうだけど。廃墟の島だったのかな?

●ツヴァイによる記述
ヒマだったんで海に釣り糸を垂らしてみた。二、三匹小魚が釣れた後、見た事もない気持ちの悪い魚が釣れた。海に戻すか食べるかで少し悩んだが、昼飯もまだだった事だし焼いて食べてみた。少し苦かったけど美味かった。
(この後、記憶なし――)

「……で、これが俺の仕業だっていうのか」
 呆然と、ツヴァイは惨状を見回す。
 船室の家具がめちゃくちゃで、あちこちで船員たちが伸びていた。
「たぶんだけど、その魚になんらかの……思考を錯乱させるような物質が含まれてたんじゃないかな。ん、熱はないし、脈拍も正常、と」
 と、ルゼ・ハーベルソン。
「なんてことだ……」
「HAHAHA、なかなかいい運動だったぞ!」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードが上腕二頭筋を誇示した。
 謎の魚を食べて暴れだしたツヴァイを抑えることができたのはガルバリュートの怪力あってこそだ。
「す、すまない」
 ひたすら謝り続けるツヴァイをよそに、エレナとフィン・クリューズは、問題の魚の残りに興味津々である。
「古代魚ちゃうかな」
「船員さんたちは知らない魚ですって。特徴からして深海魚だと思うわ」
 そしてふたりで顔を見合わせ、頷き合った。
「天気が変わるかもしれへんよ」
「あるいは海中の環境がなにかの理由で変化した結果ね」
 フィンの予言が、その後、的中することになる。

●三雲文乃による記録
メイリウムまであと少しだそうなのに、嵐。船がかなり揺れたため酔う。
嵐の中で釣りや泳いだりしている人たちがいるようだが恐れ入る。それにしても辛いので酔いから意識をそらすべく今回の事について色々と考察してみようと思う。古代技術に関連ありそうなのは亡霊船か鉄の皇帝か……。そもそも何故館長はこの世界へ来たのだろうか? ……カンダータの技術もそう。館長は何かを探しているのだろうか……。
厨房で水をもらって飲んでいると、ありがたいことに深山馨さんに介抱してもらった。

「三雲女史、あまり無理はされない方がいい。船酔いは気力だけではどうにもならないものです。どうぞ安静に」
「ありがとう。私だけ休むのも気が引けるけれど」
「それぞれ得意分野というものがありますからね」
 馨が窓の外を見ると、華城 水炎が豪雨の甲板に出てなにやらはしゃいでいるようだった。エレナの姿も見える。
 フィン・クリューズがずぶ濡れで船室に駆けこんできた。
「雷はあかんわー。嵐の海で深海魚が釣れへんかなーと思ってたけど」
 その様子に苦笑を漏らしつつ、馨の視線は嵐の彼方へ向く。
「あと一歩のところで嵐とは。まるで誰かの妨害でもうけているかのようだ。我々をメイリウムへ辿り着かせたくない誰かの」
「……まさか。これが人為的なものだと?」
「そうとは限りませんが。ただ思うのは……我々は館長を追っているようでいて、あったく違うものに迫ろうとしているのかも知れないということです」

「うわわわわっ!」
 黒燐がよろめく。
「だいじょぶかー? っと、なんだこれー?」
 甲板の上を、荷崩れでもしたのか、樽がゴロゴロ転がってくるのを、華城 水炎はまるでゲームのように避けていく。
「すげー面白れーーー!」
「中に入ったほうがいいんじゃない? ねえ、あなたも!」
 黒燐がエレナに声をかけた。
 黒燐はこのとき、一本歯の下駄だったのでたいそう歩きそうである。
「海を見てたいの」
 暴風にドレスの裾をまくられながらも、エレナは甲板に仁王立ちしている。トラベルギアを使って、海に漂っている流木を拾っているようだ。
 雷鳴が閃く。
 雷の轟音のなかを、ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの哄笑が貫いた。
 マストの綱をまとめて持ち、半裸のガルバリュートは船の守護神像のようにしてそこに居た。暴風にも船の揺れにもびくともしない。雷の閃光が炸裂するたびに、雨に濡れた魁偉な肉体がくっきりとした陰影とともに浮かび上がる。
「HAHAHA! 船を沈められるものならば吹けよ嵐! 我が肉体は貴様の風など屁でもないわ!」
「ああっ、積んでいた酒樽が崩れて! 危ない!!」
 船員の警告にも、動じない。樽はガルバリュートにぶつかったが砕けたのは樽のほうだ。
「ああっ、鉄のおもりが甲板を滑って! 危ない!!」
 第二の警告にも、動じない。鉄のおもしはガルバリュートにぶつかったがへこんたのは鉄のほうだ。
「ああっ、保存しておいたイカ海魔の触手が雨の水分でもとに戻って! 危ない!!」
 やたら説明的な第三の警告にも動じないガルバリュートだったが、触手にまきつかれると、力が抜けたようになり、「おふぅ」と声を残して荒れ狂う海原へと落下していくのであった。

●フカ・マーシュランドによる記録
今日は充実した一日だったわ。だって、私の能力を存分に振るえる絶好の機会にめぐり合えたんだからさ。私の水泳テクを自慢出来たし、海に落ちたガルバリュートと、ガルバリュートを助けようとしてともだおれになった船員も全員、救助できたわ。
……まぁ、ぶっちゃけると前者は建前なんだけど。助けたなんて恥ずくて言えない。感謝?んなもん要らないわ。無事に生きててくれりゃ、それでいいのよ。

●ルゼ・ハーベルソンによる記録
……などなど、嵐の中ではいろいろ騒ぎがあった様子だ。
嵐が過ぎ去った後、風雨に見舞われて怪我をした隊員や船員たちの手当てを行った。包帯を九裂、消毒液を二瓶、ガーゼを二〇、脱脂綿と綿棒をそれぞれ二パックずつ消費する。この冒険があと何日続くかは分からないけど、メイリウムに到着したら補給をしておこうと思う。
船酔いをしたものもいて、華城くんが介抱してくれているようだが、俺からも薬を出しておく。
船のほうの損傷は専門外だが、こちらはさいわい深刻ではないようだ。
そうそう、ちなみに患者の一人の傷口にフジツボを植えつけてみた。本当に人間の体内でも成長するのかな? 気になって夜も眠れなくってね。この航海日誌を読んでいる人で、足に違和感を覚える人は俺の所に来てくれ。以上。

●カノ・リトルフェザーによる記録
大嵐が過ぎ去った日の夜。
壊れた箇所の修理や散在物の片付けを終え、甲板でふと夜空を見上げた時、大きな虹を見ました。
白く静かに、でも微かな七色に光る虹に、しばらく声を出すのも忘れて見とれました。「夜の虹を見た者は幸運を掴める」という話を聞いたことがあります。きっとよい旅になりますね


ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン