オープニング

「大勝ちした方にはなにか贈り物でも差し上げたいな。なにか欲しいものがあれば、仰って下さい」
 それは、先のドバイツアーでのこと。
 ホテルの一室でロバート卿が催したゲームの席上で、彼はそう言ったのだった。

「贈り物とはまた太っ腹だな……ただ、金目のモンにゃあんまり興味がねェんだよな。強いて言うなら……そうだ、花がいい」

 そのとき、ルーレットで大勝していたのはマフ・タークスだった。彼はロバート卿の問いにそう応え、そしてゲームの主催者からは、最終的にこんな提案があったのである。

「マフさんは、花をご所望ですか? あいにく、僕は壱番世界に暮らしていて、大してチェンバーを所有しませんし、0世界の固有種というものもないと思いますが……ですが、館長公邸の、ふだんは公開されていない庭園をご案内することならできるでしょう。そうですね、ターミナルに戻ったら、公邸の庭園へのご招待を差し上げますので、お待ちになっていて下さい」

 そして、ロストナンバーがターミナルに戻ってほどなく――
 約束通り、招待状が届いた。
 《ロード・ペンタクル》が、館長公邸の庭園にてお待ちします、というものだった。

  *

「久しぶりに0世界に来た気がしますね。ここはいつも変わらない。変わったことと言えば、先日、ホワイトタワーが破壊されたことくらいです」
 彼なりの冗談なのか、ロバート・エルトダウンはそんなことを言って笑った。
「変わらないことがこの世界の良いところでもあり、悪いところでもある。……さて、お約束どおり、館長公邸の庭園をご案内します。この公邸には7つの庭園がありますが……」
 そして、館長公邸の庭園について解説を始める。

 正面のフォーマルガーデンと、生垣のラビリンスについては、公開されていることもあるので、立ち寄る機会もあるでしょう。

 中庭のプライベートガーデンは、館長の居住区――今はアリッサ館長だけが暮らしておられる区画の庭です。彼女の許可はいただいていますから、四阿でお茶でも飲みましょう。ちいさいですが、よく整えられた良い庭ですよ。

 厨房がある棟の裏手、キッチンガーデンは、簡単な菜園とハーブガーデンです。

 ローズガーデンは、レディ・カリスの意見でつくられた薔薇園。ここは賓客をおもてなしする庭でもあります。

 ワイルドガーデンはイングランドの自然の風景を再現した庭で、なかなか趣があります。

 最後――、『妖精の庭』は、チェンバー『虹の妖精郷』との接点で、あいにくこちらは許可が得られませんでしたので、本日は立ち入りできません。

 ひとつをのぞく、都合6箇所の庭園で、各人ひとつずつ、花ないし植物を持ち帰ってもよいのだそうだ。
「……むろん、それ以外にも、みなさんが僕にお聞きになりたいことがおありでしょう。僕も伊達に200年も過ごしていませんし、みなさんが今、われわれ『ファミリー』にどのような目を向けておられるか、勘づかないはずもありません。
 今日はめったいにない機会ですし、なにかあれば仰ってみて下さい。
 ただし……『ここは0世界』ですので、口にはできないこともあります。エディがそうだったようにね。そして……僕にも僕の考えというものがありますし、明かさないほうが僕にとって好ましい情報を開示することはありません。また、ここは法廷ではないので、嘘をつかないことはお約束しません」
 そう言って、《ロード・ペンタクル》は微笑む。
 まるでこれも、ゲームの続きであるかのように。

ご案内

世界図書館の権力者であるロバート・エルトダウン氏からの、壱番世界ドバイへの招待旅行。そこで余興として行われたゲームの席上で、彼はゲームに勝った人になにか贈り物を与えると宣言しました。

その結果、勝者はターミナル・館長公邸の庭園に呼ばれたのですが……

■参考情報
→ロバート卿の招待~超豪華ドバイツアー~

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加資格者
マフ・タークス(ccmh5939)
伊原(cvfz5703)
ダルタニア(cnua5716)
イテュセイ(cbhd9793)
相沢 優(ctcn6216)
※このパーソナルイベントの発生条件
ロバート卿のゲームで「最終的に20枚以上のチップを保有していた」方がいた場合

上記のみなさんは、ロバート卿の案内で、館長公邸の庭園に立ち入り、花などを貰い受けることができます。また、道すがら、ロバート卿と会話をする機会もあるでしょう。プレイングでは、この場における行動や、ロバート卿への言葉などをお書き下さい。字数が限られていますので、絞り込んだ内容がおすすめです。

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。結果のノベルは全体に公開されます。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイングの受付は終了しました。

参加者
マフ・タークス(ccmh5939) ツーリスト 男 28歳 園芸師
イテュセイ(cbhd9793)ツーリスト 女 18歳 ひ・み・つ
ダルタニア(cnua5716) ツーリスト 男 22歳 魔導神官戦士
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
伊原(cvfz5703)ツーリスト 男 24歳 箪笥

ノベル

 館長公邸の庭園はいずれも素晴らしいものであった。
 庭師たちが丹誠込めて整えた庭は、それぞれに趣があり、おのおのの役割を果たしている。
 ひととおり庭をめぐり、各自が希望する植物を与えられて、面々の姿はプライベートガーデンの四阿の下にあった。
 テーブルにはアフタヌーンティーの用意が並んだ。中には、相沢 優が持参してくれたカモミール入りのクッキーもある。

「いかがです。良い庭でしょう」
「ええ、本当に」
 ロバート卿に問いかけられて、ダルタニアはいくぶん恐縮したように応えた。幸運に恵まれてチップを増やしたのは本当だが、このような場に自分が呼ばれるとは思ってもみず、貰えるという花も何にするか、いまだ決めかねているのだ。
 対照的にイテュセイは、「あたしの実力を思い知った?」と得意顔で、そう言うと、彼女の周囲でわさわさうごめているユリの花が「思い知った?」「思い知った?」と彼女の言葉をオウム返しに繰り返す。
 それは貰ったユリを、イテュセイが変化させたもので、驚くべきことに彼女はその花をむしってお茶請けがわりに食べてさえいるのだった。

「3年後が楽しみだ……この苗は壱番世界のものかい」
 マフ・タークスは貰ったコーヒーの苗木を手に、言った。
「ええ、そうです」
「0世界には固有の植物はねぇのか。たとえば、そう――『世界樹』とか」
「?」
 ロバート・エルトダウンの怪訝な表情。
「わたくしも聞きました。『世界樹旅団』、そのように名乗ったロストナンバーがいたと」
 ダルタニアンも言葉を継ぐ。
「謎の連中とやり合った帰りのロストレイルで、車窓から森と庭園が見えた。今までなかった出来事だ、心当たりはあるか?」
「ちょっと待って下さい。森と庭園? ディラックの空に? そんなことがあるはずがないですが……しかし、見たと仰るならあったのかもしれません。けど、それなら、僕に聞くようなことではないでしょう。世界群の謎に挑戦するのはみなさんの役割では?」
 と、ロバート。
「しかし連中、ほかの世界でも不穏な動きをしているんだぜ。それは『世界の危機』じゃねぇのか。ロバート卿、お前さんにとっての『世界の危機』って何だ?」
「むろん、壱番世界の世界が滅びようとしていることですよ。それは困りますのでね」
「その為に何かしてるの?」
 イテュセイが、口を開いた。
「こうして世界図書館の運営に携わっているじゃありませんか! 特に壱番世界での図書館の活動には、僕はさまざまな形で便宜をはかってもいるし、バックアップだってしていますよ」
「ヘンリーって人はどうなの?」
 イテュセイはさらに斬り込む。
「ヘンリーは図書館の何に反対したの? 図書館に同意しなきゃロスナンになれないし家も建てられないじゃん!」
「彼は博愛主義で、完璧主義だったのでしょう。人々を一人残らず滅びから救いたかった。しかしその方法が見いだせていない以上、少なくともロストナンバーだけが生き残る、ということで妥協せざるを得ない。ヘンリーはそうではなく、100%の解決にこだわったのです」
 クッキーをつまみながら、彼は続けた。
「ヘンリーについては、エヴァに訊ねるのがいいのじゃないかな。彼女はヘンリーがベイフルック邸にいることだって知っていた。記録からは消されたヘンリーなのに、旅客資格までは取り消されなかった。賭けてもいいけど、彼のパスホルダーは『赤の城』で見つかると思いますよ」
「私は隠される事情のあるものを無理に明かそうとは思わないのだけど」
 もらったモダンローズを愛でながら、ずっと黙って話を聞いているだけだった伊原が、穏やかに言う。
「……そうだねぇ、あなたは信じるに値するひと?」
「僕を信じて下さるかどうかは、みなさんがお決めになることですよ」
 ロバートは微笑む。
「そうかあ」
 伊原も、笑みでもって応えた。

「ヘンリーさんの仮死状態はチャイ=ブレの力の可能性は?」
 単刀直入に言ったのは、相沢優だった。
 傍らには、彼がハーブガーデンに貰ったタイムの鉢がある。
「考えられるね」
「チャイ=ブレとは、いったいどうやって契約をするんです。たとえば例の『人狼』のときだって、ファミリーの人たちがチャイ=ブレに交渉をしたはずですけど」
「それはまあ、いろいろと、儀式の手順だのしきたりだのがあって。ベイフルック家はそのための知恵と知識を蓄えてきた家系だからね。0世界に至るまえから、超越的な《存在》へ接触する方法を探求し続けてきた魔術師の血族なのです」
「チャイ=ブレとの契約は一つなんですか」
「集約すればね。でもその中には、細かなルールをいくつも含んでいるから。たとえば、セクタンとのことや、トラベルギアのこと……。しかしチャイ=ブレとの契約をもとに顕現したルールは、みな、知っていることのはずですよ」
「契約をしたのは前館長?」
「きみは質問が多いね」
 ロバートは笑った。
「エディを含め、僕たち全員だよ。他にはなにかな、知りたがり屋さん」
「あ、ええと……」
「そうだ、良い箪笥はご入用でないかな!」
 ふいに、伊原が言った。
「タンス? タンスって何かな」
「日本の、家具ですよ。衣服なんかを閉まっておく」
 優が説明を加える。
「ああ、クローゼット? 今度、日本風の家を買うことがあったら考えておこう。……きみは家具職人なのですか?」
 そうではなくて、箪笥そのものなのだったが――。

「その、手品」
 ロバート卿の指のあいだを、金貨があらわれたり消えたりするのをさして、優は訊ねる。
「どうして手品をやるようになったんです」
「さあ。忘れてしまった」
「ロバート卿のお母さんも、ロストナンバーだったんですか」
「きみ」
 ことり、と金貨をテーブルのうえに置き、いくぶん真剣な目で、彼は言った。
「ただただ、明らかになっていないことを知れば良いというものではないんだよ。そのことを知って、きみはどうする? それに答えて、僕にはどんなメリットがある?」
「すみません、立ち入ったことを。……あの、それでは――。先日は、ヴァネッサさんからも俺たちに依頼が」
「そのようだね」
「ロバート卿からは、なにか、そういう……」
「いずれは」
 にやりと、頬をゆるめて、彼は言った。
「お願いをすることもあるだろう。いずれは、ね――」
 言いながら、テーブルクロスに置いた金貨をすっとなぜる。てのひらが通り過ぎたとき、そこはもう、何も残っていなかった。

(了)

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螺旋特急ロストレイル

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