オープニング

『日和坂綾さん。日和坂綾さん。おられましたら、図書館ホール、1番カウンターまでお越し下さい』
 そんなアナウンスが世界図書館内に響き渡った。
 呼び出し? なにやらかした?
 仲間たちの軽口にからかわれながら名乗り出た日和坂綾を、リベル・セヴァンは館長の執務室へと連れてゆく。
「ごめんね、急に呼び出して」
 アリッサはにっこり笑って、綾にソファーをすすめた。
 そして。

「襲撃容疑!?」
 寝耳に水だった。
「そんなこと、やってない!」
「もちろん。ロストレイルの乗車記録を調べて、その日時に、綾さんがブルーインブルーにいないことは確認しています。つまり、アリバイがあるってわけ」
 アリッサの話を要約すると、こうだ。
 ブルーインブルー最大の海上都市・ジャンクヘヴンと、世界図書館は秘密の同盟を結んでいるが、それを通じて、不可解な情報がもたらされた。
 ジャンクヘヴンの宰相である、レイナルド・ディアスなる人物が、先日、夜道でなにものかに襲撃され、負傷するという事件が起きた。レイナルドは要人であるから、それもありうることだが、問題は、彼が月明かりに見た襲撃者こそ、日和坂綾だったというのだ。
 レイナルド宰相は、ブルーインブルーの人間だが世界図書館の存在についても知っており、依頼を受けて同地に赴いたロストナンバーたちの顔も見知っている。たしかに、その中にいた顔だと彼が言うので、人相描きをつくらせてみたところ、果たして綾に相違ない相貌であったという。
 しかし、綾本人でないことはアリッサも言ったとおりだ。
「でも、先方としてはいちど会って確かめたいと言うの。だから悪いんだけど、群青宮へ行ってもらえないかしら。会って話せばわかってもらえると思うし。……レイナルドさんは、ロストナンバーがブルーインブルーにかかわりすぎることには慎重派の人物だと聞くわ。綾さん、以前に、ジャンクヘヴン海軍の詰所におしかけたり、群青宮の周辺を意味なくうろうろしてたりしたでしょう?」
「あー……」
 それはたしかに覚えがあった。
「そういうこともあって、先方は、綾さんへの疑いを深めている、というわけなの。……フォンスがとりもってくれてはいるのだけど、このまま群青宮の人たちにロストナンバーへの疑念を持たれるのはやっぱりまずいわ。なので、綾さんが直接行って『申開き』を……相手の疑いを解いてきてほしいの。チケットは手配しておいたわ」
 かくして――、綾は、ジャンクヘヴンへ“申開き”の場に出席しなければならなくなった。
 とはいえ、あきらかになにかの間違いだ。
 誤解はじきに解けると、アリッサも、綾も、誰もが思っていたのである。

  ◆ ◆ ◆

 彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア――。
 灰人とヌマブチは、ドクタークランチに呼び出しを受けた。
 さらにもうひとり、ウォスティ・ベルも呼ばれていたようだ。クランチは、3人に任務を与えるという。

「面白い情報が手に入った。世界図書館はブルーインブルーとの関係を深めているが、かの世界の要人が襲撃されるという事件があり、その容疑が世界図書館のロストナンバーにかかっているらしい。あの都市国家と世界図書館のあいだのパイプを断てば、世界図書館はブルーインブルーの足がかりを失い、あの世界での活動を大きく制限されることになる。……方法は任せるが、ジャンクヘヴンが世界図書館に疑念を抱き、その疑心が育つよう種をまくのだ」
 それが、ドクタークランチの今回の作戦だった。
「マスカローゼはいないのですか」
 ウォスティが質問する。
「別の世界で任務についている。……この作戦はおまえが適任だろう、ウォスティ」
 それからクランチは、各自に、その品物を配った。
 必要があれば使え、と渡されたそれは……「アーカイヴの針」。突き刺せば、その生物をファージ化させることができる旅団の武器の一種だった。

ご案内

世界樹旅団・ドクタークランチからもたらされた新たな任務。それはブルーインブルーでの工作活動でした。三日月灰人さん、ヌマブチさんはウォスティ・ベルとともにジャンクヘヴンに向かうことになります。

世界樹旅団は以下のような情報を掴んでいます。今回の作戦は、以下の状況を利用して、「できるだけ世界図書館とジャンクヘヴンの間に不和をもたらす」ことです。

  • ジャンクヘヴンの宰相フォンスは元ロストナンバーで、彼が図書館とのパイプ役になっている。
  • もうひとりの宰相レイナルドは、ロストナンバーの介入を好ましく思っていないらしい。
  • レイナルドは先日、なにものかの襲撃を受けて負傷した。
  • レイナルドは襲撃犯をロストナンバーの「日和坂綾」だと主張している。
  • 上記の件に、これまで世界樹旅団は関与していない。

■参考情報


!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
※このパーソナルイベントの発生条件
パーソナルイベント『【ロストレイル襲撃!】緑の牢獄』で「ドクタークランチの提案を受け入れた」方がいた場合

このパーソナルイベントは、冒険旅行にてリリースされたシナリオ『【赤の手配書】渦中遁走曲』『【赤の手配書】鐘楼追複曲』と連動しています。お2人は、いわばこれらのシナリオに「世界樹旅団側として参加する」ことになります。

お2人のプレイング内容は同シナリオに反映されますので、このパーソナルイベントの結果は、同シナリオのノベル公開をもってお知らせします。(状況によっては別のパーソナルイベントが発生しますので、合わせてご承知置き下さい。)

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「ドクタークランチの依頼を受けることを断った」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法

プレイングの受付は終了しました。

参加者
三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人

ノベル

「賞金首の亡霊船長ジャコビニ……彼の逃亡を手引きし匿ってるのは世界図書館です」
 レイナルドは、あっけにとられているようだ。
 群青宮の、彼の私室である。
 ジャンクヘヴンでもっとも警備が厳しいこの場所に、入り込めるものなどいないはずだ。
「……なん、だと」
「貴方を襲ったのはフォンス宰相の差金です。かれらはいずれ太守さえ葬り、ジャンクヘヴンの全権を掌握するでしょう」
「きみは誰だ」
「世界図書館とは敵対するもの、とだけ申し上げておきます」
「フォスンの企みだと? それに……ジャコビニ」
 ふと気づくと、その人物は忽然と消え失せていた。
 レイナルドは呆然とし、やがて、椅子に座り込む。
「……幻を見たのか? いよいよ私も狂いはじめたか……。フォンスがジャコビニとだと……くっ」
 喉をふるわせ、やがて、レイナルドの口からは乾いた笑いが迸った。
「それはいい。そうであったら……そうであってくれたなら……!」
 ひとしきり、笑い終えると、宙を見つめた。
 ジャコビニとフォンス宰相が内通している。
 それが三日月灰人が、レイナルドに吹き込んだ不和の種だ。
 あとになって露見した真相からしてみれば、それはなんと皮肉な嘘であっただろうか。


「世界図書館とは敵対するもの、でありますか」
 ヌマブチは薄く笑う。
「今回の件で完全に敵に回るとしても……既に帰る場所はありません」
 ひややかに答えた灰人の視線を、ヌマブチは軍帽のつばで避けた。
「ウォスティさん」
「はい」
「世界図書館のロストナンバーがやってきたら……私の姿でかれらのまえにあらわれてくれませんか」
「いいでしょう。陽動ということですね」
「ええ。そのあいだに、私たちは群青宮でやることがありますので」
「何をするつもりだ」
「……フォンス宰相に、これを」
「……」
 鈍く光る、『針』。
「レイナルド氏が図書館の行動を黙認してたのは信頼おける宰相の存在あってこそ。その宰相こそが群青宮を蝕む癌だったと思わせるのです」
「……なるほど。フォンス宰相が消えれば、いずれにせよ図書館は混乱するでありましょうな」
 軍帽の陰のした、ヌマブチの目が暗い炎を宿す。


 そして。
 ふたりはフォンスの私室にそっと忍び込んだ。
 日和坂 綾の審議の時刻が迫っていた。
 フォンスは慌ただしげに部屋に入ってくると、書類を支度している。それを小脇に、再び部屋を出ていこうとした、そのときだ。
「っ!」
 物陰から、あらわれいでたヌマブチのしなやかな動きは、彼の嫌う猫に似ていた。
 手袋がフォンスの口を覆い、腕が動きを封じる。
 そこに寄り添うもうひとつの影は灰人だ。ためらいのない動作で、彼はフォンスの首筋に『針』を突き立てている。
 宰相の身体から力が抜けた。
「……死んでは――いないな」
 意識を失っただけのようだ。
 ずいぶんあっけないが、これで彼はファージ化したはずである。


 当初の計画よりも、このもくろみは大きな波紋を生み出すことになった。
 フォンスは綾の審議のその場でマンファージとして異形化し、群青宮を破壊して遁走したのである。
 しかもその騒動のなかでレイナルドが死んだようだ。
「ドクタークランチから連絡が」
 灰人がウッドパッドを確かめる。
「あのファージを捕獲しろ、と」
「なにのために?」
「さあ。彼なりの考えがあるのでしょう。行きますよ」
 灰人はナレンシフへ向かう。
 ヌマブチは、口元を引き結んで、その背中を見つめる。
「どうかしましたか?」
「!」
 まだ灰人の顔をしたままのウォスティがヌマブチをのぞきこんできた。
「紛らわしいでありますな!」
「すみません。すぐには変えられないのです」
 怒ったように、荒っぽい足取りで、ヌマブチは灰人に続いた。


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螺旋特急ロストレイル

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