オープニング

 ドクタークランチが、三日月灰人とヌマブチに命じた作戦。それはブルーインブルーでジャンクヘヴンと世界図書館のあいだに不和を生じさせることだった。
 だが幾つもの異なる思惑が交錯するなか、予期せぬ波紋が広がってゆくことになった。

 世界図書館とのパイプ役を務めていたジャンクヘヴンの宰相、フォンスがファージ化したこともそのひとつである。

 異形化し、理性をなくしたフォンスは、海竜のごとき姿に雷鳴をまとわせ、空へと消えた。
 次第を知ったドクタークランチはフォンスを捕らえろという連絡を寄越したが、ファージ化したフォンスが空を翔ける速度は尋常でなく、また、雷雲を呼ぶその能力のせいもあって、ナレンシフさえ、かれを見失ってしまったのである。
 その後。
 ナラゴニアからの増援が到着し、灰人とヌマブチの前で椅子にかけ、いつものように不機嫌そうな顔をしていた。
 すなわち、キャンディポットである。

 キャンディポットの能力は、ディラックの落とし子を飴玉に変えて封印することだ。
 落とし子を制御下に置くには、ドクタークランチによる処置が別に必要であるらしい。つまり、ファージ化したフォンスを旅団がわがものにするには、ひとまず、あれを捕獲しなくてはならず、キャンディポットはそれに適任というわけで、任務に加わることになったのだった。

「まもなくですよ」
 ウォスティ・ベル(今はもとの姿に戻っている)が言った。
 行く先は、ジャンクヘヴンから少し離れた海上。
 その一画が、不自然な雷雨に閉ざされている。ファージ・フォンスがその中にいるようだ。海上には、かつて海軍の砦や、補給拠点に使われていた小規模な海上建築物が点在しているという。あるいはそのどこかにいるのかもしれない。
「では、成功をお祈りしています」
 ウォスティは言った。
 そして「僕には向かない仕事ですので、ここでお待ちしています」と続けた。

ご案内

ファージ化したフォンスを捕獲せよという任務です。
世界樹旅団のツーリストでファージを封印する能力を持つキャンディポットが任務に加わり、加勢してくれます。

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
※このパーソナルイベントの発生条件
パーソナルイベント『【ロストレイル襲撃!】緑の牢獄』で「ドクタークランチの提案を受け入れた」方がいた場合

このパーソナルイベントは、「第2次ブルーインブルー特命派遣隊」にて行われているフリーシナリオと連動しています。お2人は、いわばこのシナリオに「世界樹旅団側として参加する」ことになります。

お2人のプレイング内容は同シナリオに反映されますので、このパーソナルイベントの結果は、同シナリオのノベル公開をもってお知らせします。(状況によっては別のパーソナルイベントが発生しますので、合わせてご承知置き下さい。)

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「ウォスティとともにナレンシフで留守番をしていた」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法

プレイングの受付は終了しました。

参加者
三日月 灰人(cata9804) コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401) ツーリスト 男 32歳 軍人

ノベル

「俺がもしファージ化したら、すぐに倒して欲しいと思う」
 出発に際して、ぽつり、と山本 檸於は言った。
「自分の大事なものを壊してしまう前に。……宰相がジャンクヘヴンに留まって町を破壊しなかったのは、まだ理性があるからかもしれない」
「……」
「わかってる。けどもう、倒すしかないって」
「……悲しいし、よくない。――だけど、誰かが割り切らなきゃねっ!」
 ファーヴニールは、そっと笑みを浮かべた。

 海は荒れ、風が哭く。
 冷たい雨がふたりを打った。
 檸於は雷雨の中心を目指そう、と言った。この雷雨が竜の能力によるものなら、その領域の中心に本体がいるのが道理。ふたりが目標をさだめたそのとき、ふいに、トラベラーズノートにエアメールが着いた気配があった。
 リーリスか一……ジャンクヘヴンに残ったふたりからの連絡かと頁を繰って――ふたりは顔を見合わせる。
『フォンス宰相の件で話したい。彼を助ける方法がある。旅団にバレるのはまずいから内々に落ち合いたい』
 そのメッセージの差出人は「三日月灰人」だった。

 雨ざらしの海上拠点につくと、たしかにその人物が待っていた。
 濡れぼそった牧師服。青ざめたおもてに、うっすらと笑みを浮かべたが、それは決して、懐かしい図書館の仲間に会えた喜びではなかった。
「本当に……灰人さん……?」
「ええ。私です」
「宰相を助ける方法があるって?」
 檸於が言った。その声には、期待がこもっていた。
 灰人の瞳がひややかに彼を映す。
「……彼に針を刺したのは私です」
「え」
「フォンス宰相に、レイナルドを襲わせる予定でした。多少、見込み違いはあれ、おおむね、そのとおりにはなりました」
「ちょっと待って。いったい何を」
「本当なのか」
 ファーヴニールが厳しい声で問う。
「ええ」
「なんで彼に針を刺した? 愛した世界を滅ぼす存在に変える……どうしてそんなやり方を選ぶんだ!」
 思わず、檸於が感情を迸らせた。
 くくく、と灰人の喉が笑う。
「愛した世界。そうでしたね。彼はこの世界に帰属したのでした。でもそれが……なんだと言うんです?」
「っ!」
 鋭く息を吸った檸於の肩を、ファーヴニールが掴んだ。
「灰人さん。なんでわざわざここでそんな話を?」
 すっ、と灰人がわずかに瞳の色を変えたのを、ファーヴニールは見逃さなかった。
「俺たちの足止め――陽動か!」
 ファーヴニールたちが動くより速く、灰人のロザリオが閃光を放った。
 ふたりは視界を奪われる。
 しかし――次の攻撃はなかった。
「な……」
 痛む目ににじむ涙をこらえながら、ふたりが見たのは、ぐったりと正体を失った灰人を抱えた軍服の男――ヌマブチである。
「妄言だ」
「ヌマブチ、さん……?」
「おのれを失ったものの妄言に惑わされるな」
 ごう、と炎があがり、熱波が頬を焼く。
 火炎の壁にまぎれ、軍人は牧師を抱えたまま去る。
 そのときだ。
 かれらの頭上を、猛スピードで過ぎてゆくもの。
 轟く雷鳴と――空を切り裂く咆哮。……竜だ!

「今のはいったいどういうことなんだ! 灰人さんが宰相を……? でもヌマブチさんは……」
「考えるのは後!」
 檸於を連れ、竜の翼でファーヴニールは翔ける。
 前方を、紫電をまとった竜が飛ぶ。
「一気にいくよ」
「わかった」
「相方が檸於くんで助かったよ。レオカイザーなら無理も利く。……俺も無茶が出来るッ!」
 追いついた。
 竜は身体をくねらせ、そして、雷撃を放つ。
「レオシィィィルドッ!」
 檸於のトラベルギアであるロボットのシールドが攻撃を受け止める。
 一方、ファーヴニールは片腕を竜変化させ、鋭い爪を相手に突き立てた。
 長い身体を反転させ、竜が逃れる。
「逃すか!」
「レオレーザーァァァ!」
 レオカイザーの光線が牽制するように暴風雨を貫いた。
 逃げる竜。追いすがるふたり。
 空には黒雲が渦を巻き、海はしぶきをあげてうねる。そして天と地のあいだにいくつもの稲妻が走り、それはさながら生命誕生以前の惑星の様子を思わせた。
「下!」
 ちょうど真下に、海上拠点の石づくりの床があるのを確認して、檸於が叫んだ。
 いいタイミングだ。ファーヴニールが、翼を広げ、間合いをとった。
 トラベルギアに、青白い光が宿る。
 竜が、かっと牙の並んだあぎとを開けて威嚇したが、構わず、ファーヴニールは《竜の心》により高まった電撃を叩きつけた。
 天地が真っ白に染まる。
 容赦のない渾身の電撃は、竜を濡れた石の地面に縫いとめる。みしり、と石の床にひびが走り、竜の身体はそこになかば埋めこまれたようになっている。直撃を受けた部位の鱗は黒焦げだ。
 そのまま急降下。次の一撃で屠る――!

「だめよ」

 さっと空をなにかが横切っていった。
 銀の円盤――ナレンシフだ。
 そこから舞い降りる灰色の影を檸於は見た。
 世界樹旅団がらみの報告書にたびたび登場しているツーリスト、キャンディポットと呼ばれている少女だった。
「この子は、渡さない」
 自由落下の速度で降り立ったキャンディポットは、叩きつける風雨も厭わず、倒れ伏した竜を抱くようにした。
「させるか!」
「レオブレェェェドッ!」
 檸於がレオカイザーに剣を抜かせ、飛ばすが、それを銃剣に受け止めたのはヌマブチだった。
 その肩越しに、竜の身体がみるみるうちに収縮し、キャンディポットの腕の中に収まってゆくのが見える。
 ふふ、とキャンディポットの唇に笑みが宿る。
 だがそこへ、ファーヴニールの電撃が降り注ぐ。キャンディポットが悲鳴をあげた。
 ヌマブチは一瞥すると、レオカイザーを弾き返し、インバネスを翻してキャンディポットに駆け寄った。
「終わったか」
「ええ。はやく戻りましょう。ナレンシフを――」
 ヌマブチは空を仰いだ。
 さっきキャンディポット(と、おそらくヌマブチを)を届けたナレンシフは一見して姿がない。それを確認すると、ヌマブチは拳をキャンディポットに叩きこむ。
「!?」
 驚くファーヴニールたちを、ヌマブチは見つめる。
「……キャンディポットはウッドパッドを持っている。それで連絡がとれる」
「ヌマブチさん。あんた……」
「ツケを精算したい」
「なら一緒に――」
 ファーヴニールが言うのへ、ヌマブチは無言で首を振った。
 そして、駆け出す。
 ふたりが最後に聞いたのは、ウッドパッドに話しかける声……。
「ウォスティ、撤収だ。キャンディポットが捕まった」
 そして近づいてくるナレンシフの機影が見える。
 ファーヴニールたちのまえには、意識を失ったキャンディポットと、彼女の「飴玉」が入ったボトル、そして一本の「針」とが残されていた。


  * * *

「戦闘経験の薄い牧師、肉体面ではか弱い少女、軍人と言う名の、『部品』以外は大した特殊能力も持たん人間。この面子で本当に世界図書館とファージを同時に相手取れたと?」
 立体映像のドクタークランチへ、ヌマブチはそう釈明した。
『失敗を開き直るか。……キャンディポットを失うのは手痛い』
 ドクタークランチは苦々しい表情だったが、それ以上責めてこないのはヌマブチが言外に告げた「作戦にあたっての人選ミス」を認めているのかもしれなかった。
『追って連絡する。そのまま待機しろ』
 連絡は一方的に途切れた。
 ヌマブチは、ウォスティ・ベルに向けて、おおげさにため息をついてみせた。
「……彼は」
「まだ眠っていますよ。風雨がこたえたのかもしれない」
「……」
 目覚めたら、灰人はなんというだろう。
 しかし――ヌマブチは思う。
 灰人に『針』を使わせてしまったのは失敗だった。結果、思惑はすべて裏目に出てしまった。これ以上、彼を旅団の空気になじませてはいけない。
 文字通り……「ツケは精算」しなくてはならないのだ。

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螺旋特急ロストレイル

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