オープニング

 ナラゴニアが、どこか騒然としていた。
 近く、大規模な作戦が行われるらしい……そんな噂が囁かれている中、ヌマブチと三日月灰人はドクタークランチに呼び出しを受けた。
 ヌマブチが顔を見せると、すでに灰人は来ていた。
 ふたりはテーブルのうえに広げられていた地図から顔をあげる。
「……新しい任務とは」
「聞いているかもしれんが、壱番世界に『苗木』の植樹を行うことになった」
 ドクタークランチは言った。
 要領を得ないヌマブチに向かって、続ける。
「世界樹旅団は、候補地をふたつに絞りこんだのだ。図書館が言う『壱番世界』か、『朱い月に見守られて』と呼ばれる世界か。今のところ、並行して作業を進めているが、私は『壱番世界』がもっとも適していると考える。懸念事項もあるが……。ともかく、次なる段階に進むために、『苗木』を植樹することで、かの世界の摂理を深く侵すのが先決だ。そのために適した場所をシェイムレス・ビィに調べさせた」
「『世界遺産』。壱番世界の歴史や自然環境の特異さを象徴するポイントに、『苗木』を植えるという作戦です」
 先にあらましを聞いていたらしい灰人が引き継いだ。
「……」
 ヌマブチはうろんな目を灰人に向けるが、牧師は構わず続ける。
「私たちの行き先は壱番世界は日本の……京都。千年以上もの歴史を持つ町です」
 折しも、現地は祭りの最中。
 群衆に紛れ込めば、容易いことだと思われた。
 『苗木』はある成長とともに、植えられた土地の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに『果実』を生み出す。それが自律的に周辺の生命を虐殺し、勝手に環境を整えていく。だから灰人とヌマブチは、苗木を世界図書館の攻撃から護ればそれでいいのだと、クランチは言った。
「ふたりでは心許なかろう。そこで魔法少女大隊のいきのこり、シルバーパール小隊の生き残り四人を預ける」
「ま、魔法少女大隊、でありますか」
 仏頂面だったヌマブチの表情が変わった。というか、変わってしまった。今度は灰人が冷ややかな視線を送る番だった。
 作戦室に、少女たちが姿を見せる。
「リシー・ハット軍曹です。以下三名。合計四名、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いするであります。では、チーム名が必要でありますな。では、まじっく☆ぐん……」
「いえ、シルバーパール小隊のままで構いません」
「そ、そうでありますか」

  ◆ ◆ ◆

 京都市内の一角、加茂川と高野川が合流し、鴨川と呼ばれる河川に変わる合流地点に沿って大きめの道路がある。
 加茂川の橋を渡ると低い石垣に囲まれた神域へと通じる入り口があった。
 活気のある町並みのド真ん中にぽかりと口を広げた石垣の切れ目に足を踏み入れると、糺の森と呼ばれる原生林へと抜ける。
 観光用の通路の左右に並んだ木々からは人工的な森を感じさせるが、一歩踏み入れればエノキやケヤキなどの落葉樹が密生しており、
 ほんの数百メートル先には夜中にも車が途絶えぬ大通りがあるとは思えぬ程の独自の異空間を作り出していた。
 長い参道を超えて大きな鳥居を超えたところに賀茂御祖神社、通称下鴨神社が存在する。
 年に一度、ここを出発する行列があった。
 平安時代の衣装に身を包み、馬、輿を従える古の祭事であり、今もなお根付いている葵祭である。

 斎王代と呼ばれる女性の蔵人所陪従、命婦、女嬬、童女、騎女、内侍、別当、采女。
 主役が女性の華やかな貴族の祭り、という趣ではあるが、
 斎王代に選ばれた女性は婚姻の証である鉄漿をつけ、ほとんど婚姻の儀式を彷彿とさせる。
 その行列は下鴨神社を出てから加茂川に沿って約8kmほど北上し、上賀茂神社へと至って例祭がクライマックスを迎えるのだ。
 行列の主役級、斎王代の輿に世界樹の苗が植えつけられていた。

 その苗は生長する。
 行列が下鴨神社を出て、進むほどに輿の木は伸びていく。
 最初は赴きのある風流な輿の隅っこから木の枝が出ている程度だった。
 一歩、一歩と進むたびに輿の木は生長していく。
 やがて、上賀茂神社へと辿りついた頃、輿は大きな木をくりぬいた西洋の馬車を彷彿とさせるほどに、樹木に覆いつくされていた。

「今年の輿は木に包まれているな」
「あら、あれじゃまるで西洋の馬車ね」
「担当は何をしてるんだ。趣向を考えて……」
 輿は伝統的に使用されているものであり、観光客の発した「西洋の馬車」などに見えるはずがない。
 しかし、輿そのものが木に覆われているのは誰が見ても明らかである。

 その斎王代の乗る輿が上賀茂神社の境内へ差し掛かり、鳥居の真下をくぐった時、ばん、と言う大きな音が立った。

 鳥居の下、輿から伸びる実の陰から朽ち果てた様相の兵士が歩み出た。
 よろよろとした動きで錆だらけの矛を両手に構える。
 彼の後から一人、もう一人、また一人。
 観光客でごったがえした観衆は余興だと思ったに違いない。
 だが赤錆の浮いた矛が一人の男性の心臓を貫いたのを合図にパニックへと流れ込んだ。

「彼らは?」
「まつろわぬ民ですよ。この上賀茂神社は京の街を囲った土囲の北限にあります。つまり、ここから中は都、ここから先は北夷の済む未開の地。呪術的に守護されたこの古い都の端には当然、無念を晴らそうとここまで来て呪術に阻まれ彷徨う妄念が拭き黙ることになります。そうでなくとも、この祭りは血生臭い」
「ほう? 貴族の風雅な祭りだと聞いていたが」
 ヌマブチの問いかけに三日月灰人は薄く眉間に皺を寄せた。
「風雅? 中央から女性を敵の住む辺境へ差し出すとしか見えない儀式が何故? 起源についても妖しいものですよ。疫病に大凶作で苦しむ最中に『4月吉日を選び馬に鈴を懸け、人は猪頭(いのがしら)をかむり駆馳(くち)して盛大に祭りを行わせた』ら、たちまちの内に納まったといいます」
「どうして凶作で馬を走らせて祭りを行うのでありますかな」
「あなたは軍隊の出身ですから、想像がつくのではないですか? 都市国家が凶作に悩んだらどうするのか」
「近隣地域への略奪、か」
「はい。大凶作は今とは違います。一度おきれば復興する人員もなく、次の年の実りを得るための種籾はなく、数年にわたりダメージが残るでしょう。ではどうしたか? 馬につけたのは鈴ではなく錫、猪頭は戦で使う派手な兜でしょう。女性を差し出した祭列が赴いたはずなのに、武装した者が『駆け巡って』その結果『たちまちの内に五穀が実り』……要するにこのあたりに住んでいた原住民、あるいはこのあたりまで迫っていた敵に対し、婚礼を申し込んで油断させておき、騎馬兵が略奪を行った。……と、いうところでしょうか。大きくは外れていないと思いますよ。祭りにしているのは礼を慰めるためか、あるいは毎年の儀式で怨霊を封じ込めるためか。全く、為政者は末端を無視しますね」
「嘆いても始まらん。それより何故、下鴨神社に植えた世界樹の実をここまで運ばせて、ここで芽吹かせたのでありますか? 園丁の指示では世界遺産に植え付けろ、という事だったはず」
「先ほどの賀茂御祖神社は世界文化遺産のひとつ。ただし、この賀茂別雷神社も世界遺産です。ついでにこの祭りの出発地点は登録されていないものの、京都御所は世界遺産ではないものの、園丁のいう条件を十分に満たしています。それらを回ってくれる輿があるのなら利用しない手はありません。そして、ここ、都のはずれには制圧され、あるいは騙し討たれ、無念の死を遂げた怨念がつもりつもっているのでしょう」
「そういうものでありますか、さて、そろそろ始まるな」

 葵祭の見物客が阿鼻叫喚のパニックに襲われていた。
 何しろゾンビのような腐乱した体に錆びた鎧、錆びた矛、それらが一心不乱に襲い掛かってくるのだ。
 行列に加わっていた武人も中身は学生のアルバイトである。本来、命をとして斎王を守護する指名を帯びた守りの要もすでになく、
 木に覆われていた輿そのものが一本の大木と化し、神域を汚す者達を生産し続けている。
「それにしても」
 ヌマブチが己の背後にいる四人の少女を一瞥する。
「ダージリン中隊のシルバーパール小隊、いや、元小隊か。彼女達まで付き合わせる必要はなかったでありますな」
「世界図書館が気付く、と思いましたからね。そうすると4、5人の戦闘型ツーリストと争う必要がありました。無駄な準備だったとは思いませんよ。世界樹旅団のご好意でもありましたから」
「魔法少女大隊の一小隊が隊長不在で戦力が浮いているから使え、というあれか」
「はい。それにしても申し出があった時、やけにあなたの表情が輝いていたのはいいとして」
「輝いていないであります」
「何故、シルバーパール小隊のチーム名を変えようとしたのですか? しかも、ええとたしかチーム名がまじっく☆ぐ……」
「忘れた」
 真顔で言い切るヌマブチ。
 その後ろで壊滅したシルバーパール小隊の生き残り四名が表情を崩さないまま、額に汗を流す。
 リシー・ハット曹長と長手道メイベル伍長は目と目でお互いを見つめあい、小さくため息をついた。

========
 予言された未来は、世界樹旅団によってもたらされる。
 世界司書が知った出来事はまだ不確定な未来だ。しかし、このままでは確実に訪れる出来事でもあるのだ。
 壱番世界各地の「世界遺産」をターゲットに、何組かの旅団のパーティーが襲来することが判明した。かれらは「世界樹の苗」と呼ばれる植物のようなものを植え付けることが任務のようだ。その苗木は急速に成長し、やがて、司書が予言したような惨劇を引き起こす。
 言うまでもなく……「世界樹の苗」とは、世界樹旅団を統べるという謎の存在「世界樹」の分体だ。
 だが、この作戦を事前に察知したことにより、世界図書館のロストナンバーたちは、苗木が植え付けられてすぐの頃に到着することができるだろう。周辺の壱番世界の人々を逃がす時間は十分に確保できるはずだ。
 むろんそのあとで、苗木は滅ぼさねばならない。苗木は吸い上げた壱番世界の『歴史』や『自然環境』の情報をもとに反撃してくるであろうし、旅団のツーリストも黙ってはいない。
 司書は、引き続き、戦うことになるはずの、敵について告げる。
========

「そういうわけで!」
 エミリエが声を荒げる。
「世界樹の苗は葵祭りの輿に植えつけられているんだよ。御所を出発して、下鴨神社に立ち寄って、お祭りを通して養分を吸い上げた苗は、このまま上賀茂神社に到達したら、そこで成長する養分を得たら世界樹は爆発的に成長しちゃって観光客を思い切り巻き込んだ大混乱がおきるんだよ! それから一週間くらいでそのあたりはファージの闊歩するなんかこうあまり口にしたくないよーなヒドい有様になるんだよ。ヒャッハーとか言ってバギーを走らせてるお兄さんでさえファージに食い殺されて世界樹の養分にされてしまいそうなくらい無法地帯になっちゃうんだよ。……あ、でもたぶん、みんながついた頃には輿が世界樹に乗っ取られたくらいで、お祭りもまだやってて、爆発的成長も遂げられていないから、上賀茂神社の鳥居をくぐる前に決着がつけられるよ」
 エミリエがこほんと咳払いする。
 それまで声をはっていたのに、いきなりトーンが弱くなった。
「それからね、今回の相手なんだけどぉ。三日月灰人さん、ヌマブチさん、それと魔法少女大隊、、、と言っても一小隊四人だけ。
 この六人が相手で、葵祭の行列にコスプレして紛れ込んでいるか、観光客のフリして行列にあわせて歩いているか、それとも屋台でも出してたりして?
 ええと、よくわからないんだけど、とにかく壱番世界の住人に分からないようにしてると思うから、
 こっちも『一般人の目に付かないように』そして『なるべく、お祭りの邪魔をしないように』して、葵祭の輿から世界樹の苗だけを焼却する事が目的です。
 もし、手荒な真似をするときは、穏便に収集つけられるように言い訳とか用意しておいてね。
 なお! 輿だって参列してる人の衣装だって文化財だから、生半可な言い訳は通じないから本当に、本当に気をつけてね!


ご案内

ドクタークランチからの新たな任務です。

『世界樹の苗木』植樹作戦のひとつに参加していただきます。
作戦地は京都。作戦の概要はOPのとおりですが、「祭りに紛れ込んだ」状態からのスタートとなります。世界司書の予言はまだ不確定の未来ですので、必ずこうなるとは限りません。

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
※このパーソナルイベントの発生条件
パーソナルイベント『彷徨える森と庭園の都市』で「ドクタークランチの依頼を受ける」とした方がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。

このパーソナルイベントは、冒険旅行にてリリースされたシナリオ『【侵略の植樹】まつろわぬもの』と連動しています。お2人は、いわばこのシナリオに「世界樹旅団側として参加する」ことになります。

お2人のプレイング内容は同シナリオに反映されますので、このパーソナルイベントの結果は、同シナリオのノベル公開をもってお知らせします。(状況によっては別のパーソナルイベントが発生しますので、合わせてご承知置き下さい。)

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「自分の生命を守ることを優先的に、状況に応じてできる限りの行動をした」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイング受付は終了しました。

参加者
三日月 灰人(cata9804) コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401) ツーリスト 男 32歳 軍人

結果

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン