オープニング

 ディラックの空。
 小竹は今、世界の狭間の広大な空間を単独で飛翔していた。
 微かに残る旅団の要塞の痕跡。
 すなわち、本来この竜の身体であったはずの竜刻の残した痕跡を辿る旅の途上だった。

――我が核たる者よ

 問いかけるのは、竜刻に宿る慧龍の魂魄。

――我が弟子メンタピが我が肉体を利用して創りだした存在は、そのままでは最早ヴォロスの地に戻る事罷りならぬ

 本来の役目である異世界からの侵入者を討ち果たす役目は、既に不可能となっている、と竜は言った。

――然れども我が肉体を構成していたものがその役目とは逆のモノに堕した事は許容しがたきもの

 それは即ち、旅団の要塞を止めることについて協力する、との申し出でもあった。

――故に汝に望む。我が肉体を、取り戻せ

 それは、今後の小竹の生を如何に定めるか、との問いでもあった。
 現在のコアであるマスカローゼと、世界における異分子であるファージを取り除き、己の肉体とせよ、と。  同時に竜は言う。

――汝ならば彼の地の守護者として相応しかろう。然れども、汝が望むならば、かつての生を与えよう。答えや如何

 竜として、ヴォロスの地で再び「来たるべき時」がくるまでその身を休めるか。
 或いは、人としての生に戻るのか。
 今この時において意志を決せよと、竜は問うた。


ご案内

小竹 卓也(cnbs6660)さんは土塊と竜刻で構成された竜のような身体で、ディラックの空を叢雲に向かって飛翔しています。
そのあなたに、体内に根付いた「竜刻に宿る慧龍の魂魄」が語りかけ、決断を迫ってきました。
以下の選択肢のうちどちらかを選択したうえで、プレイングでは、心情などをお聞かせ下さい。

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
小竹 卓也(cnbs6660)
※このパーソナルイベントの発生条件
シナリオ『【竜星の堕ちる刻】女帝哄笑』で「アルケミシュの竜刻を利用する」とした方がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。

このパーソナルイベントは選択肢があります。以下の選択肢のうちどちらかを選択したうえで、プレイングでは、心情などをお聞かせ下さい。

【1】叢雲の核となることを了承する
叢雲に使用されている慧竜の身体を取り戻し、最終的に、叢雲の核となることを了承します。
本来の叢雲の新たな核となることで、人を超越し、ドラゴンに等しい存在となります。
叢雲を掌握することができますが、人としての肉体は失われます。
もとの人格を保つことができるかは不明です。
!注意!この選択肢を選んだ場合、ヴォロスに帰属したのと同等の状態になり、キャラクターは永久にNPC化します。以降、シナリオ参加や掲示板の利用ができなくなります。

【2】申し出を受け入れない
叢雲の核となることは了承しません。 この場合例え現在の竜の姿で慧竜の望み通り身体を取り戻すのに協力し、一時的に叢雲のコアとなったとしても、異分子とみなされますので、次に叢雲がたどりついた世界で排出されます。
その時点で慧龍の魂魄や叢雲との繋がりは失われますが、人として生き残ることができます。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、【2】を選択したものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイング受け付けは終了しました。

参加者
小竹 卓也(cnbs6660) コンダクター 男 20歳 人間のドラケモナー…

ノベル

『慧竜様、あんた優しいな』
 ディラックの空。
 大地を発した時には未だ山脈の名残を色濃く残していた竜の身体は、時を経る毎に竜刻の力によって次第次第に本来の慧竜の姿に近いものとなっていく。
 艶やかな鱗がその身を多い、地の色をしていた肌は、鮮やかな緋色のそれとなる。
 腹鱗部分は真雪の如く白き輝きを宿し、光を取り戻したその慧眼に宿る色は、ヴォロスの霧深き森の木々の色。
 わずかな残滓を追って征く竜の内部で繰り返される問。
 小竹卓也という意識が、神竜の重なる問いにわずかばかりの躊躇を見せ――やがて、応えた。
『慧竜様、あんた優しいな。再度考える機会をくれるなんて、な』
 虚無にも思える深淵の空を緩やかに動く羽根が切り裂いていく。
『ま、答えは決まってる訳だが。怖くないわけも、悔いがないわけもない。まだまだしたいことはたくさんあるよ』
 常になく穏やかな心地で、小竹は音にならない言葉を紡いでいった。
『慧竜様。僕が核をやめて。それでもあんたは無事でいられるのか?』
 もしそうでないのなら。この身一つでヴォロスを救えるというのなら。
 それは、凄く安い買い物だ、と小竹が思いを紡ぐ。
『確実性が落ちるなら、僕は核になるのを止めない――それに竜になるのは、僕が目指したものだからさ』


――核なる者は、要時に於いて選ばれる。


 竜が小竹の疑問に応じた。


――故にその時に於いて適性なる者が選ばれる。掛る刻至るまで我が想念は数多の竜刻に姿を変え系譜を紡ぐ。
――身は天空、心は大地、魂魄は小さき者と共に在り、依って彼の地を守護せしむる物と成る。


 核はその本来において必要となる時に、竜の系譜を継ぐ者の中から選ばれる。
 必要となる時とは即ち異界よりの侵入者が感知された刻。
 侵入者、即ちファージ、ワームと呼び表せるモノ――そして、旅人。
 侵入者が世界に影響を及ぼさぬものならば、人の身中にある防衛機構が常在菌を滅ぼさぬのと同様、なんら行動をとることはない。
 しかし、世界を揺るがす存在が侵入したその時は、人の白血球が攻撃を開始するように、世界に散った欠片を集積し、防衛機構としての動きを見せる、存在。
 それが、慧竜クレンホトウが己の存在を基として構築した、己の創成した地域を守護するための防衛機構である。
 それは、例え小竹が核たることをやめようとも、新たな核を選ぶだけであること。
 そしてまた、例え小竹が核となろうとも、その身は再び天空に、地に、そして人に散らばる存在となり、竜としての存在はヴォロスという世界に溶け込むものであることを告げるもの。
 即ち、今後どうするかは全て小竹の意志のみに依る事を許すという表明。
『あんた、優しいな』
 再び小竹が言葉を紡いだ。
『でも――自分の気持ちは変わらないよ。ただ、お願いがある』


――意如何


『可能ならば、でいいんだ――叢雲が世界を喰らう存在だってことはわかった。もし自分達が奴と会うまでに喰らった存在があるなら、そして彼らが中に生きているというなら、彼らの救出に全力を注ぎたいんだ。後、今現在の核になっている、マスカローゼ――彼女も、ね……ジャックには負けたよ。だから、俺も彼女達を助けたい』
 それと、これももし、の世界なんだけど。
『叢雲をファージの軛から解放した時――もし、クランチの奴との繋がりがのこってるようなら、こう、廃人にしてやるレベルで忠告やらなんやらを叩きつけて、その繋がりを切りたいな! あ、世界樹旅団の本拠地まで飛んでさ、ブレスで威嚇攻撃とかしちゃったりして、恐怖を植えつけるとかしたいよね。こう、「人の身のまま、神を操る事それ自体が不可能と分からぬ屑にも劣る塵芥が。ヴォロスに二度と来ることなかれ」みたいな感じでさ! 僕はクランチの様な人を見下すタイプが一番嫌いなんだ。だからさ――え、お前が言うなって? ほら、目には目をっていうだろ?』


――人程度の意志のみに軛を受ける事考慮に能わず。


『……あ、そうなんだ。へー……あ、あとあと、マスカローゼとかさ、自分の意識を遷した分体作成できてたように見えたんだけど、そんな感じでできないかな? できればロストナンバーとして生きられるような奴! もし今回と同じようなことが起きたときに、機敏に動けるようにさ』
 その問いに、竜は応えない。
 しばしの沈黙の中で、『それと、さ――』と小竹が呟いた。
『アルドルフのおっさん、どうなったのかな。結局ほら、儀式の場ってこの身体だし。身体の中にいる気配もないし、どうしたんかなーって。正直こうして俺が今いられるのも、ヴォロスをマスカローゼから守れたのも、あのおっさんが頑張ってくれたおかげでもあるし』


――其は礎となり竜の意を召喚した。人の身で位相を超え、魂を降ろし、魄を取り込み、憑代に依らず竜の力を顕現せしめた。命に依らざれば購えぬもの。既にその身はヴォロスの地に還り、魂は天に帰した。かくなればその身生み出そうともただ意を持たぬ人形に過ぎぬ存在とならん。


 竜の言葉に、小竹の説得に応じた際の教皇アルドルフの表情を思い出す。
 決意に満ちたそれは――確実な死を覚悟した者のそれ。
 教皇に代々伝わる竜刻――そこに宿る慧竜の意志を鍵として巨大な竜の意識を呼び起こし、竜刻へ宿し、さらにはそれを制御して小竹の身へと埋め込む事で数多の竜刻を統括する事の可能な力を宿させる。
 鍵として選ばれた人間の身体に、正に天の意志ともいうべき竜の力で織りなされる一連の事象を人の身で起こす事。
 アルヴァク地方において、竜を祀る者達に連綿と存在のみが伝えられた秘術。その応用による術。
 竜の力を借りるのではなく操るということ――その為に支払う代償は、人の身には余りにも大きく、更には支配し暴走を起こさせずに目的を完遂させるためには、術者の精魂が字義道理要求される。
 その術の果てに今があるのだと、竜は小竹に伝えてきた。
『そっか――できれば、人として生き残ってほしかったんだけどな』
 叶わぬ願いだと、伝えられ、小さく呟く小竹に対し、他にないのか、と神竜の意志が問いかけてくる。
『いやもう……あ、ただ、うん。ごめん、後一個だけ』
 そう言う小竹。しばしの躊躇が、沈黙を呼び込む。
『最後に1つ。僕の人格は、どうなる? 答えだけで良い。覚悟ができれば十分なんだ』
 投げかけられたのは、希望ではなく、問。
 しばしの、沈黙。
 それでも、応えは返される。


――我が身と一体となるならば、汝の意識は消えるだろう。其の身、其の魂、其の心。我と融合し、我に喰らわれ、我の一部とならん。その先に於いては核たる存在としてヴォロスの大地に散らばる事となろう。いずれまた、世界に仇なす者の気配が我らを呼び起こすまで……。


『そう、か――』
 小竹は、ただそう返す。
 そこから先、闇穹を征く竜の身中で問答が行われる事はない。
 ただ、小竹の独白が響くのみ。


『結局、あの牧師さん殴れなかったな』


 それは残っていた想いを整理するために吐き出されていくもの。


『竜涯郷のあの仔達ともっと遊びたかったな、瑚ノ果さんとも仲良くしたかった。神香峰様も、古龍様も』


 故に竜は応えない。


『ザクウさん、オウガンさん、エメルタさん。同じ世界、また会えるかな。約束、果たせるかな。ダメかな』


 故に、それについて竜が如何なる思いを抱いたのかは、定かではない。


『朱い月……さつき、ごめん……な……』


 己の向かう先に在る世界を、小竹はまだ知らない。


『それと、皆。自分勝手で、ごめん』


 呟かれた言葉が向けられる相手は、もう、傍にはいない。


 闇の中、永劫とも思える旅路がただ続くだけ。
















































 それでも、旅の終わりは訪れる。


――我、追いつきたり。


 竜の言葉が、不意に響き、小竹の意識が外へと向かう。
 もう幾日か、或いは幾月かも経ったかのように思える程に、小竹の想いは漠然としたものとなっている。
 竜の意志と溶け合い、竜の身体に馴染みゆくほどに、人であったころの自我は散りて消えゆく淡雪のごときものとなる。
 そんな彼等がディラックの空の果てにその存在を感知した時に、視覚野の中に展開されていた光景、それは世界繭を引き裂き今まさに朱い月の世界を蹂躙しつくしていく竜の咢。
 そして、それを取り巻く数台のロストレイル――守りたい世界、守りたい人、守りたい約束、守りたい仲間が、そこにはあった。
 世界に取りつく竜の身体は、元来の叢雲の特性故に、たかだかアルヴァクの北嶺を素体とする自身の身を遥かに凌駕する巨大さを持つもの。
 並び立てば、大人と子供どころか、恐竜とトカゲ程の差を感じさせる差がある。




 それでも、引くわけにはいかない理由が小竹にはあり、その心を内に抱く慧竜もまた、同様であった。




 竜の咆哮が、ディラックの空に響きわたる。
 その咆哮が、開戦の合図となった。


<事務局より>
小竹さんは竜としてイベントに参加することとなります。選択肢は【3】か【4】を選んで下さい。締切までにプレイングのなかった場合、「叢雲を攻撃した」ものとします。



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螺旋特急ロストレイル

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