オープニング

 「彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア」。
 その名のとおり、森と庭園からなるこの都市にきてから、どれくらいの時が過ぎたろう――。

 都市はざわついていた。
 先日、ついに「候補地」が絞り込まれ、壱番世界に対して植樹作戦が敢行された。しかし世界図書館の妨害により、作戦はすべて失敗というのである。
 次いで、魔法少女大隊が進めていた『朱い月に見守られて』における作戦も失敗した。
 そのうえ、ナラゴニアに図書館のロストナンバーの侵入を許したばかりか、銀猫伯爵が殺害されたというのである。

 世界図書館に対しては、邪魔をすれば排除を行うが、当面は無視して世界侵攻を進めるという方針であった。だが、相手方がナラゴニアに対して攻撃を仕掛けてきたのであれば、積極的な対決姿勢をとるべきという気運が高まりつつあった。

 そんなおり、世界園丁の集会が開かれるという報せがあった。

 普段、人前に姿を見せるのもまれな、「原初の園丁」シルウァヌス・ラーラージュが、「世界樹の意志」を伝えるのだという。おそらく世界図書館との決戦が発表されるのではという予測に、血気盛んなものたちは浮足立っていた。世界樹への信仰心が篤いものたちに、シルウァヌスは絶大な支持を受けており、その声が聞けるというだけでも貴重な機会であるようだった。

 同時に、ドクター・クランチの名も、人々の噂によく上っていた。

 度重なる作戦の失敗。その過程で、百足兵衛などの有力なロストナンバーを失ったことで、クランチの権威は大きく損なわれている。しかし内心はどうあれ、クランチはいまだ自信を持っているようだった。図書館のロストナンバーを手駒として持っていることに加え、なにかまだ秘策がある様子である。

  *

 木漏れ日――

 やわらかな光の中、清浄な泉の水に、青年は裸身を浸している。
 その水は、巨大な幹を流れ落ちてきたものが、時間をかけて溜まったものだ。
 まだ二十歳ほどに見えるが、この青年は千年の時を世界樹とともにありつづけたと伝えられている。
 ゆっくりと泉からあがる……世界中の甘露で清めた身体に、侍女たちが衣をかけた。

「ご託宣は」
 傍らで見守っていた、同じような長衣の人物が問うのへ、青年――シルウァヌスはそっと頷くのだった。


ご案内

世界樹旅団の本拠地、ナラゴニアに残留している世界図書館のロストナンバーは、現在、8名います。

みなさんは以下のような状態にあります。
=====
・パスホルダー、トラベルギアなど、世界図書館の支給品は所持しており、効力を発揮しています。
・コンダクターにはセクタンが変わらず付き従っています。
・みなさんはナラゴニア内に居所を与えられ、都市内では自由に行動できるようです。他の世界へ許可なく出向くことは許されていません。
・8名は互いに連絡をとることが可能です。
・トラベラーズノートを用いればターミナルに一方的な連絡を送ることは可能です(ターミナルからの連絡は受け取れません)。
・世界樹旅団から支給された携帯端末「ウッドパッド」を使えば、ターミナルにいる旅団捕虜の端末と双方向の連絡は可能です。ただしこの通信は履歴が残り、傍受されるおそれもあります。
=====

ナラゴニアでは、世界図書館との決戦の気運が高まりつつあるようです。そんななか、みなさんのとった行動は……?

!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
三日月 灰人(cata9804)
ヌマブチ(cwem1401)
グレイズ・トッド(ched8919)
東野 楽園(cwbw1545)
ヘータ(chxm4071)
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)
ヒイラギ(caeb2678)
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)
※このパーソナルイベントの発生条件
現時点でナラゴニアに残留している方がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。このOPは上記参加者の方にのみ、おしらせしています。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「ナラゴニアでおとなしく過ごした」ものとします。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイング受付は終了しました。

■選択肢
【1】園丁の集会に参加する
「原初の園丁」が開く集会に参加します。集会と言っても、園丁の演説を聞くだけのようです。信仰心の篤い民衆が大勢集まっており、自由な行動はとれなさそうですが、世界樹旅団の指導者・園丁シルウァヌスとまみえる機会はそうないでしょう。

【2】ドクター・クランチに会う
ドクタークランチはみなさんからの申し入れがあれば会うことは拒みません。彼になにか進言することで、今後の対図書館戦線に影響を与えることができるかもしれません。
※「竜星の航海」に干渉する作戦はできないものとします。

【3】ナラゴニアで過ごす
そのほか、この都市内で行動します。市民として過ごしている限りは問題ありませんが、明確に破壊的な行動をすると拘束などされる場合があります。

参加者
三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
グレイズ・トッド(ched8919) ツーリスト 男 13歳 ストリートチルドレン
東野 楽園(cwbw1545) コンダクター 女 14歳 患者
ヘータ(chxm4071) ツーリスト その他 55歳 サーチャー
ツーリスト 女 26歳 将軍
ヒイラギ(caeb2678)  ツーリスト 男 25歳 傭兵(兼殺し屋)
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)  ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼

ノベル

 どさり、と荷物をすべて放り出した。
 荷物、と言っても、最小限のものだ。つまりパスホルダーと、トラベラーズノートと、トラベルギア。
 今はゴーストと呼ばれる存在は、その意味を目だけで問う。ディーナ・ティモネンは、
「シエラの私にディーナの道具は要らない」
 と応えた。
「そうか」
「シャドウの名前で罠がかけられたって聞いたの。なら今度は貴方がやり返せばいい」
 ディーナはトラベラーズノートを指した。
「それで図書館に情報を流せば1度は嘘を承知で乗ると思う……甘い人間が多いから――」
「そういう面倒なことはクランチにでも言え」
 ゴーストは煩そうにディーナの言葉をさえぎった。
「どうして。情報操作はゴーストの十八番よね?」
「もう情報操作とかいう段階じゃなくなるかもしれないんだよ。……世界園丁の話を聞きにいくが、来るか?」
 ディーナはかぶりを振った。

 グレイズ・トッドは独り、街を歩いている。
 ナラゴニアの地理はだいぶ頭に入った。
 わかったことは、ナラゴニアは非常に護りにくい都市だということだ。もっとも、それはターミナルも同じだ。どちらも、攻撃されることを想定していない。
 だが――
 とうとう戦争になるのかねえ。そんなつぶやきを、すれちがった住人がこぼしてゆく。
 考えられる可能性として、世界図書館側が先制のトレインウォーを仕掛けてくるかもしれない。そうなればただでは済まないだろう。
 しばらく街をうろつく。
 残留組の誰かに出会うかと思ったが、誰にも会うことはなかった。

  * * *

 同じ頃、ドクタークランチのもとには三日月灰人の姿があった。
「図書館に囚われているのはキャンディポットさん初め旅団の即戦力、看過するには損失が大きすぎます」
 灰人は進言する。
「捕虜を返すと言えば断れない。そこに付けこむのです。私自身が囮になってもいいのです」
「こだわるな」
 クランチの感想に、灰人は、
「彼女は私の娘も同然ですので」
 と、答えた。
「ふむ」
 クランチは思案顔だ。
「……考えておこう」
「作戦の指揮はぜひ私に」
「……」

 灰人が辞したのと入れ違いのようにあらわれたのは、ヌマブチであった。
「彼が来ていたので」
 ヌマブチの鉄面皮からは感情はうかがい知れないが、声には力をこめて、彼は言った。
「マスカローゼ殿の後任の秘書に自分を雇ってはもらえませんかな」
「ほう」
「牧師よりは役に立ちましょう。……というより、彼には愛想が尽きたので。また組まされて足をひっぱられるよりは、自分が副官としてドクターの傍にいたほうがよかろうと思い至ったのでありますよ」
「一理はあるな。……あの男はキャンディポットに思い入れ過ぎているようだ」
「キャンディポット殿に?」
「奪還を提案されたがね」
 クランチは頬をゆるめた。
「……それはまあいい。それよりも、だ。私に自身を売り込むならなにか手土産があるのかね?」
 それに答えて、ヌマブチは言った。
「『カンダータ』」

 その十分後、クランチとヌマブチのまえにはヘータがいた。
「世界樹旅団のヒトはカンダータに行ってないみたいだけど知ってるのかな?」
「今しがたヌマブチから知らされたばかりだ。きみは詳しいようだな」
「あの世界には前の館長があげた、ワタシも知らない世界図書館の情報があるかもしれないから良いと思う」
 フードの下から、饒舌に流れ出すのは、かの世界と世界図書館との出会いの経緯にはじまる、さまざまな情報だった。
「カンダータの軍部は、異世界に侵攻をくわだて、図書館によってそれを頓挫させられた。……旅団による懐柔は容易でありましょう」
 ヌマブチの言葉は、つめたい悪魔のささやきのようでもあった。

  * * *

 広場には大勢のひとが集まっている。
 そのなかに、東野 楽園の姿もあった。
「原初の園丁……一体どんな人物なのかしら」
 そっと口に出してつぶやいてみた。
 興味があるのは嘘ではないが、それより気がかりなことはある。
 ヌマブチに会いたいと連絡をとってみたが、返事がないのだ。
「……」
 やむなく、気持ちを、目の前のことに切り替えようと、彼女は思う。
 周囲の人々は、みな興奮し、期待を抱いているようだった。これからあらわれる人物は、かれらに支持されているのだろう。
 というより、園丁なるものを支持しているものだけがここにいるのだ。広場の群衆は大勢だが、ナラゴニアの全住民とは言えない。この集まりに興味のない住人も少なくはなさそうだった。

「こういう集まり、よくあるのですか?」
 ヒイラギは、近くにいる人にそっと尋ねてみた。
「園丁さまのお言葉があるのは月にいちどくらいではないですか? でもシルウァヌス様のお言葉が聴けるのは珍しいですね」
 そんな返事があった。

 ふいに、群集のうえを波のようなざわめきが渡ってゆく。
 前方の、壇上に、ひとりの人物があらわれたのだ。
 ゆったりとした、白い服――その儀礼的な装飾が、一見して、司祭的な役割を持つものだという印象を与える。
 まだ若い、青年に見えた。
 端正な容貌である。
 長い髪の中から、植物の葉がのぞいている。
 彼こそが、《原初の園丁》シルウァヌス・ラーラージュ。
 傍には、同じような服装のものたちが数名、従っていた。かれらも「園丁」と呼ばれるものたちなのだろう。老若男女さまざまで、中には人ではない姿のものもいたが、みな、体のどこかに枝や葉を持っており、その肉体の一部が植物化しているようだった。

『世界樹のもとに集うものたちよ』

 シルウァヌスの声が響くと、広場はさあっと静かになった。

『われらに仇なすものどもとの決戦の刻は近い』

 わっと歓声があがった。

『かれらが世界樹を拒まぬのであれば、われらが世界樹もまたかれらを拒まぬであろう。しかし、贄なる世界を渡さぬのであれば、世界樹の怒りに容赦はない』

 ヒイラギは油断なく様子を観察する。
 園丁たちの周囲には警備の任を得ているとおぼしきものたちの姿があった。しかし外見だけでは能力の測れぬツーリストであるから、正確に警備体制などを知るのは難しい。
 楽園は、人々の熱狂が嘘ではないのを感じている。だが園丁の言葉は具体性を欠き、身のあるものではない。ここにあるのは狂信と盲従に過ぎない。
 ……そうした様子を、アマリリス・リーゼンブルグもまた、すこし離れて見守っていた。

『かれらがいただくのもまた、虚無の空より生まれしものである』

『虚無より生まれ、いかなる世界にも属さず、ただ《在るもの》――すなわちイグシスト。されど世界樹は、永劫の時を経て膨大なる力を持つ。かれらのイグシストよりも大きな力を蓄えている』

『ゆえに、世界樹が敗れることはない。世界樹は、かのものどもを滅ぼすであろう』

 わああああ、と、熱狂が場を支配する。
 だがアマリリスは、ひややかだった。
 園丁は、世界図書館と決戦を行う気であること、世界樹旅団のほうが強者であることを強調している。だが具体的なことは何も語っていない。
(語れないのだ、まだ)
 そっと、アマリリスは場を離れた。
 誰にも知られないところで、ひそかに、トラベラーズノートに書き付ける。
 世界園丁は千里眼のような力を持つらしい。だがそれは万能ではないとも聞く。
 世界司書の予言も、同じだ。

 予言が先か、千里眼が先か。

 決戦への秒読みは、その微妙なバランスのうえで踊っているのだ――。

  * * *

 その日のうちに、アマリリスからのメッセージはターミナルへと届くのだった。

  銀猫伯爵死亡。図書館が殺害した事になっている。
  原初の園丁は世界図書館と決戦を行うつもり。
  しかしその糸口を掴んでいない。
  クランチにはまだ策を秘めている可能性あり。気をつけろ。


  * * *

「ウィスティ。『カンダータ』とやらには、おまえに行ってもらおう」
「ヌマブチさんは?」
「……もはやそういう時期ではないのだ。必要なのは水面下の動きではない。園丁様はターミナルへの総攻撃をお望みだ」
「承知しました」
「キャンディポットが捕獲されたのは想定外ではあったが、結果としてはそれが幸いしそうだ。そう思ったからブルーインブルーからは退いた。この切り札を使うときがきたな。頼んだぞ、ウォスティ・ベル」

(了)


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螺旋特急ロストレイル

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