オープニング

 妖精郷に潜入したロストナンバーたちは、かのチェンバーを探索し、ヘンリー・ベイフルックの身柄をおさえることに成功した。  また、町で暮らす子どもたちや、石化された子どもらの保護にも成功した。

 そこへ、ナラゴニア襲来の急報が飛び込んでくる。

 ダイアナは、報せを聞くや、リチャードとともに「空間に開いた穴」へと姿を消した。
 どうやらこの穴はどこか別の場所へとつながっているようだが……穴は徐々に小さくなっているようだ。今、ここに飛び込めば、ダイアナたちのあとを追うことができるだろう。

 夫妻が消えたことで、妖精郷は大混乱に陥っている。
 もっとも、それは今のターミナル全土がそうであっただろう。


ご案内

妖精郷への潜入作戦は功を奏したものの、ナラゴニアの襲来という一大事が起こってしまいました。さて……みなさんは、穴に飛び込んで、ダイアナのあとを追うことができます。前回のノベルで描写された状況がどうであれ、「虹の妖精郷へ潜入せよ」(第1ターン)に参加した人は誰でも、穴に飛び込むことが可能とします。

ただし、穴に飛び込んでしまうと、ターミナルの戦いなどには参加できません(イベントシナリオ群「進撃のナラゴニア」には参加できません)。

飛び込む方は、「ダイアナたちを追いかけてどうするのか」「穴の向こうはどこなのかの予測」「もし、追っ手がやってきたら」などをプレイングに書かれることをおすすめします。

■参考情報



!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)
青燐(cbnt8921)
黒葛 小夜(cdub3071)
深山 馨(cfhh2316)
モック・Q・エレイヴ(cbet3036)
エレナ(czrm2639)
一一 一(cexe9619)
ジャック・ハート(cbzs7269)
相沢 優(ctcn6216)
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)
死の魔女(cfvb1404)
カンタレラ(cryt9397)
ナウラ(cfsd8718)
メルヴィン・グローヴナー(ceph2284)
虎部 隆(cuxx6990)
仲津 トオル(czbx8013)
宮ノ下 杏子(cfwm3880)
青海 棗(cezz7545)
レナ・フォルトゥス(cawr1092)
ダルタニア(cnua5716)
李 飛龍(cyar6654)
マフ・タークス(ccmh5939)
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)
冷泉 律(cczu5385)
ルイス・ヴォルフ(csxe4272)
※このパーソナルイベントの発生条件
イベント掲示板「秘密の集まり」において挙手をした人がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「穴には飛び込まなかった」ものとします(ノベルに登場しません)。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイング受付は終了しました。

ノベル

 妖精さん、妖精さん。教えて下さい。
 お月さまだけが、見ていた秘密を。

 妖精さん、妖精さん。教えて下さい。
 お庭の薔薇の木の下に、埋まっているのは何なのか。

  *

 0世界の空にナラゴニアが出現し、戦争が始まった。
 混乱のなか、妖精郷に潜入していたロストナンバーたちも、他に気がかりや為すべきことを見出したものたちは急ぎターミナル市街へと帰還する。子どもらと、かれらが姿を変えられたものと思しき石像群、そしてヘンリー・ベイフルックも、市街へと移送された。
 今の市街は妖精郷よりも安全ではないが、かれらを救出する機会は今をおいてないからだ。
 そして、空間に開けた『穴』をくぐって消えたダイアナとリチャードを追ったのは、23人のロストナンバーだった。

  *

(「『アーカイヴ』は、おまえたちの『知りたい』という欲望に応え続けるでしょう。おまえたちが『知りたい』と思う限り、決して、そこから出ることはかないません。永遠にね」)

(もし、この先が『フェアリーサークル』だとしたら――)

 一一 一は考える。
 かつて、無断で『ラビットホール』を使用したものたちが閉じ込められたという仮想空間『フェアリーサークル』。ダイアナの魔術が生み出したそれは、かれらに遠い過去の情景を見せたという。

(だとしたら、閉じ込められるのとひきかえに、知りたいことを教えてくれるはず)

 人は「知りたい」という欲望を持つ。
 いまだ得ていない情報を摂取することを求めるのは、知的生物の習性と言える。
 あるいは――、それこそが、動物と人間を分かつ境界、進化の分岐点であったのかもしれない。時に、「知ること」が自身を傷つけ、「知られること」が誰かを傷つけたとしても、人は「知りたい」という欲望を止めることができないのだ。

「あれっ!? エ、エレナちゃん……!?」
 宮ノ下杏子は、同じタイミングで穴に飛び込んだはずの、エレナの姿がないのに気付く。

「ここは……アーカイヴ遺跡、なのか」
 マフ・タークスは、自分たちが石造りの回廊のような場所にいることを知る。
「ルイスがいない。ルイスだけが、閉鎖空間にいるのか」
 冷泉 律は、マフとともに行動をともにしていたルイス・ヴォルフを案じた。

「ここがどこか……そんなことはどうだっていいことだ」
 李 飛龍は無心だ。
 だから現実の、石の床のうえに立つ。
 気配を嗅ぐようにして、暗い道の先へ歩き出す。

  *

 妖精さん、妖精さん。教えて下さい――

  *

 石像、石像、石像。
 石の少年少女たち。地下の暗がりに、たたずみ、物言わぬままの群れ……ダイアナたちの罪の証だ。
「何故」
 石像のあいだに、青燐は立つ。かれらにはそれぞれ、名があり、心があったはずだ。
 石になってしまえば、文字通りただの物になってしまうというのに。
「何故ですか」
 声がしたので、はっと、青燐は身を隠す。
 近づいてくる足音……ダイアナと、見知らぬロストナンバーだ。
「何故、始末してしまわれないのです?」
「特に深い意味はありません」
 ダイアナは答えた。石像には見向きもしない。
「いつか何かに使えるかもしれませんからねえ。たとえばそう、人質にできるかもしれない。殺すことはいつでもできます。……これの扱いに、『何故』などと疑問を持つような意味さえありませんよ」

「ここは」
 相沢優がいるのは、あの湖の遺跡だった。
 よどんだ空気の中に沈黙する棺の列――。
「このミイラはいったい……。これが、ロバート卿が知りたがっていた、0世界の闇なのか」
「まさか!」
 突然の声に、驚いて振り向けば、棺のひとつの、その縁に腰掛けている死の魔女だ。
「この程度のことが禁忌のすべてのはずがありませんわ。あの夫妻はきっとまだまだ何かを隠しているに違いないのですわ」
「あたしもそれに賛成」
 優のかたわらに、いつのまにか、エレナが寄り添う。
「この遺体は何だと思う」
 優はエレナに尋ねた。
 少女探偵が考え込み、かわりに死の魔女が口を開いた。
「歴代のベイフルック家の男性……というのはどうかしら?」
 棺のなかのミイラに手を這わす。
「まさかチャイ=ブレに生贄に捧げられたりなんやかんやしてこんな事になったとか? ヘンリーさんもその為に仮死状態で保存していて……」
「ヘンリーさんはベイフルック家の男性じゃないよ。お婿さんだもの」
 エレナが言った。
「――っ。そ、そんなことわかってますわ! ちょっとした思い付きを……」
「でもなにかを基準に、『選ばれた』のは間違いないと思う。馨おじさまが言ってた。家系図にしるしがついてたって。それに、ホワイトタワーにいた囚人さん……あのひとがずっと収監され続けていたのも、ヘンリーさんが死ななかったのも、同じ理由じゃないかな。つまり、ダイアナさんに選ばれて、なにかの理由で存在し続けてもらわなくちゃダメってことだよね?」
「やっぱり! やっぱり生贄じゃありませんの? そうとしか思えませんわ」
「しっ! 誰かくる」
 優が言った。エレナの手を引き、棺のひとつの陰に身を隠す。魔女も倣った。
 足音とともに、遺跡に姿を見せたのはダイアナだった。
 そして……玩具の兵隊たちがガラスの棺を運び込む。それはヘンリーがここへ来た日の光景だ。
「エヴァに奪われたときはどうなるかと思いましたけれど」
 ダイアナはつぶやく。
「これでひと安心。……ベイフルックでもエルトダウンでもないこの人が『最有力候補』とはおかしな話ですけれど、それもまた運命というものでしょう」
「あーら、それはどういうことかしら。詳しく聞かせていただきたいわ!」
 死の魔女だった。
 棺を運び終えた玩具の兵隊たちがダイアナを守るように動くが、死の魔女が優雅にスカートをつまみあげると、そこからあふれでたアンデッド蝙蝠の群れにたかられて右往左往する。
「さあ、お話しなさい。どんな手段を用いてでも必ずゲロさせますわよ」
 魔女はバールのようなものでダイアナに殴りかかった。
 ダイアナがストールをふるうと、瞬間、霧が生まれて玄室を満たした。彼女のトラベルギアだろう。
「この死の魔女にめくらましとは笑止千万」
「よくもこの神聖な『アヴァロンの墓所』でこのような狼藉に及ぶとは」
「ゆっちゃ!」
 エレナが叫んだ。
 優が応えて、ダイアナに向かう。霧にまぎれて逃れようとする老婦人の腕を掴んだ。
「乱暴するけどすみません。でも納得のいく説明が必要です」
 もみあううち、ダイアナが持っていたものが床に落ちた。
 それは本だ。すばやく、それを拾ったエレナが、ページをめくる。エレナはどんなものでも一度見れば記憶できる。本の類は、猛スピードで読むことが可能だ。だが、このときに限っては、それが災いした。
「あっ」
 どさり、と本を落とし、エレナの身体が崩れる。
「エレナ!?」
 その隙に、ダイアナが優の手を振りほどいて駆け去ってゆく。死の魔女が雄たけびをあげてそのあとを追った。
「エレナ! どうした!」
「……この、本を……」
 激しい頭痛に耐えるように、エレナがこめかみをおさえる。
「この本? 何が書いてあるんだ……?」
「読んじゃダメ!」
「!?」
「……その本――『虚無の詩篇』が……錬金術師、ディラックの……」
 がくり、と少女探偵は意識を失う。

 子どもたちの嬌声。笑い声。
 庭園をかけまわるかれらを見つめるリチャードの目は優しく、ジョヴァンニ・コルレオーニは、そこに曇りがないことを見てとった。
「……なんの話だったかな。おお、そう。フレデリックにアビゲイル……幼くして病で亡くなったのだ。子どもが死ぬのはつらい。それでも弟妹たちはまだ良いほうだったのだ。ベイフルックは、落ちぶれたとはいえ、貴族の家だったから」
 ふりそそぐやわらかな陽光。
 あずまやのテーブルにはティーセットが並んでいる。
 テーブルについているのはリチャードに、ジョヴァンニ、そして黒葛 小夜と、ルイス・ヴォルフだ。こうなった経緯については省いてもよいだろう。重要なのは、リチャードが、かれらの疑問に答えているということ。
「弱いものたちが不幸になる、そんな世の中をどうにかしたかった」
「それで孤児院を」
「左様」
 黙って聞いていた小夜が、ジョヴァンニを見る。彼は頷く。
 嘘ではない。リチャード・ベイフルックは純粋だと、小夜は思った。ただ……知らないのだ。
 ルイスは、話のあいだ、油断なく周囲に視線をめぐらせている。
 すっと目を細めた。生垣の影に、『猫』をみとめたのだ。ルイスの唇が、不機嫌そうに結ばれる。気に食わない。まんまとこの空間にとらわれたことも。先ほどからありとあらゆる手管で探っているのに、この魔法のしくみを把握しきれないことも。
「リチャード、貴方は細君の行いを……反抗的な子供を魔法で石にしていた事実をご存知か」
 そして、ジョヴァンニが、告げた。
「……なんだと?」
 リチャードはただぽかんと蒙昧な顔を見せるだけだった。
 ジョヴァンニと小夜は、かれらが知るに至った妖精郷の出来事を語って聞かせた。
「バカな。そのようなこと」
 難度も激昂しそうになるリチャードを小夜がなだめた。
 それでは、いなくなった子の消息を知っているのか、とジョヴァンニに詰められて、リチャードは答える事ができない。
「しかし……わしは……。ダイアナが……すべてよくしてくれていると……」
「時に、貴方がた夫妻は互いを理解し愛し合っていると言えるのかね?」
「無論だ。孤児院のチェンバーをつくりたいというわしの意向を、ダイアナは強く後押ししてくれたのだから」
「細君の行動は如何な理由があろうと正当化できん。貴方は無知で守られておる。貴方は細君のことを、理解しているとは言いがたいようじゃの」
「そ、そのような……」
「いいのですよ、それで」
 ダイアナだった。
 『猫』たちを足元にしたがえて、老婦人があずまやに姿をあらわす。
「貴方はそれでいいのです。なにも心配する必要はありません。虹の妖精郷で、幸せな夢を見ていればいいだけ」
「それで、貴女のほうは何をするつもりなのかね。その陰で」
「……」
 ダイアナはやわらかな笑みを崩すことはない。
「気にいらねぇな」
 ルイスが言った。
「隠れ蓑なんだろ、妖精郷は。あのチェンバーのなかで、魔力を蓄えて。それで何をするつもりだ。……魔法ってのは、つねに代償を必要とする。あんたは何を差し出すつもりなんだよ」
「代償が必要なのは、人だからです」
「なに」
「人の子の、弱い、不完全な魔法だから。絶対の真理に到達し、世界さえ超越すれば、その力は代償など必要としません」
「まさかそれって……チャイ=ブレのこと?」
 小夜が言った。ダイアナは頷く。
「チャイ=ブレに至ることで、すべてが手に入るのです。それは、『知ること』こそが力だから。すべてを知れば、すべてが可能になる。あらゆる『世界』の『知識』が集まる場所――『世界図書館』こそがその鍵」
「ラプラスの魔にでもなるつもりかね」
「そうとも言えるでしょう」
「では……あの系図のしるしの意味は」
「ひとつ思い違いをしているようですから教えて差し上げましょう。『世界図書館』の真なるあるじは、わたくしなどではありませんよ。わたくしは、その方をお迎えするための支度を整えているだけ」
 にゃあう。
 猫だ。半透明の猫たちが、いつのまにか、かれらを取り囲んでいる。
「違うな」
 ルイスはトラベルギアのリードをするりと引きながら、言った。
「代償がないものなんてない。必ず、あんたはその代償を支払うことになると思うぜ」
 小夜を守りつつ、ジョヴァンニもまた、仕込み杖の刃を抜く。
 ふふふ、とダイアナが口元をゆるめる。
 しゃああっ、と、猫たちが一斉に牙を剥いた。

「今のこの時も外では命懸けで戦っている人達が居るのに!」
 ナウラはぐっと奥歯を噛む。
 頭上には満天の星。周囲を取り囲むのは、巨石による環状列石だ。
「こんなことをしている暇はない。教えてくれ。全部、私の妄想だって――そう言って否定してくれ。妖精郷には邪悪なたくらみなんてないと……そうだろ……?」
 ナウラの問いに、ダイアナはただ微笑みだけで応える。
「『真なる契約』ですか」
 一一 一は、静かに問うた。
「あなたたちは、200年前、チャイ=ブレになにかを願った。……ヘンリーが死ぬ事を許されず眠り続ける理由と関係がありますか?」
 ダイアナはゆっくりとかぶりを振った。
「それはまた別の話です」
「え? そうなんですか?」
「ファミリーの契約は単純明快。『約束の時』がきても自分たちだけが生き残るというものです」
「でもあなたはチャイ=ブレと違う契約を結んだ。そうなのか」
 ナウラの言葉に、今度は、ダイアナも頷く。
「わたくしは『世界図書館』を真なるあるじに返還します」
「ヘンリーや、前館長、ベンジャミンさんは、その計画に邪魔だった……?」
「反対です。かれらは『候補者』だったから、保存する必要があったのです」
「候補――」
「長い長い時間をかけても、完璧な『素体』はなかなか生まれない。だから不完全でも数多くの『候補』を確保しておく必要があった。『候補』は必然的に、ファミリーの縁者になります。『詩篇』を継承しているのがわたくしたちだったから。『候補』は妖精郷の『アヴァロンの墓所』に保存され、その時の到来を待っていたのです。その時の訪れとともに、死もまた死するものなれば」
 滔々と、ダイアナは語った。
「……それをどうして、私たちに。この『フェアリーサークル』からは自力で脱出できないだろうから? でももし生還したら、その秘密を知られることになるんですよ?」
 一の言葉に、老婦人は高らかに笑う。
「もういいんですよ。『約束の時』は間もなく到来するのですから」

  *

 妖精郷に開いた『穴』は音もなく閉じた。
 閉じるまでに、『穴』をくぐったロストナンバーを追って、大勢の玩具の兵隊が入っていった。
 幾人かのロストナンバーたちはそのまま『フェアリーサークル』にとらわれ、それを逃れることのできたものたちは、石造りの暗い遺跡の内部へと降り立つ。
 すなわち、『アーカイヴ遺跡』内部へと。

「エレキバインド!」
 レナ・フォルトゥスの魔法が炸裂する。玩具の兵隊が数体、まとめて電撃の縄に縛りあげらる。
「ターミナルのほうは大丈夫でしょうか。このタイミングで旅団が侵略してきてんですよね。旅団とどこかで、つながっていたりしません?」
 同行するダルタニアが疑問を口にする。
「それはどうかしらね。可能性がないわけじゃないけど。……どのみち、追いかけて捕まえるまで」
 レナが応える。
 甲高い気合の発声と、笑い声が聞こえてきた。
 見れば、李 飛龍が玩具の兵士を拳法でうちのめしているところであり、モック・Q・エレイヴがけたけた笑いながら自身を車の形に組み替えて、玩具兵士を轢きつぶしているのだった。
「ここって、あれでしょ、アーケード遺跡!」
「アーカイヴ」
 飛龍がそっと訂正する。
「つまりここが超安全なシェルターってことだよね!」
「ダイアナは避難してきたと?」
 レナたちがふたりに近づく。
「そりゃーそうでしょ。こんな騒がしいときにおエライさんが行くところなんて」
「それだけでしょうか。いやな予感がしますよ。この空間は、魔力に満ちている。とにかく先へ」
 ダルタニアがいい、ロストナンバーたちは先へ向かう。

 しかし、アーカイヴ遺跡の内部は複雑を極め、あてどない探索は徒労にしか続かない。

「ダメだな、ルイスとはどうやっても連絡がとれない」
「ジョヴァンニともだ。やはり『フェアリーサークル』か。……皆を信じるしかないな。たぶんだが、あれはこの『アーカイヴ』と関係がある。だとしたら」
 マフ・タークスと冷泉 律だ。
 遺跡の中を行けども行けども、ただでたらめに道が入り組んでいるばかり。
「その時がくればなにか変化が起こるかもしれない」
「その時、とは?」
「チャイ=ブレ」
「ああ、そうか。たしかレディ・カリスも今、向かってるんだったよな」
 マフが言うのへ、律は思慮深げな表情を浮かべる。
「ルイスたちは心配だが、ここからは離れたほうがいいかもしれない。チャイ=ブレが覚醒したら、一体、何が起こるのか……」

「ねぇねぇレギオン、出口はまだ見つからないのー?」
 レイド・グローリーベル・エルスノールの問いに、影から呼び出された漆黒の猫はにゃあごと応える。
「複雑な構造のようだから」
 深山馨が言った。
 たまたま同道することになったレイドと馨――、そして宮ノ下杏子の一行だ。
「……どうかしたかな。考え込んで」
 馨が、杏子に声をかけた。
「ダイアナさん……たぶん『本気になった』んだと思います」
 杏子は言った。
「具体的に、何を考えているのかわからないけど、今まで隠していたこと、こっそりと進めていた計画のようなものを、実行するときがきたんじゃないでしょうか」
「それは同感だ。ん」
「レギオンがなにか見つけた。こっち!」
 レイドが促す。
 暗い遺跡の、入り組んだ道を足早に行く。
 その先に――
 ふたりだ。リチャードが、ダイアナにひっぱられるようにしている。
「いけ!」
 レイドが獅子のレギオンを放った。咆哮とともに漆黒の獣が躍りかかる。そのままリチャードを組み伏せるつもりだ。しかし、リチャードは手にした銀の杖をふるう。さっと、白い閃光が獅子を撃った。獣の巨体が跳ね飛ばされる。
「なんて力だ」
 レイドが下を巻く。
「待って――待ってください」
 杏子が叫んだ。
「この先に何がある。チャイ=ブレか!?」
 と、馨。
「チャイ=ブレに謁見するのか。それならレディ・カリスがもう――」
 言いかけて、馨は膝から崩れた。
 杏子と、レイドもだ。
 アーカイヴの空間に、澄んだ歌声が響いていた。
 闇のなから姿をあらわしたのはカンタレラである。彼女の唄によって3人は瞬時に深い眠りに陥ったのだった。
 カンタレラは夫妻に近づく。リチャードが杖を構えるも、ダイアナがそれを制した。
「カンタレラをおふたりの飼い鳥にしてほしいのだ」
 彼女はそっとひざまずき、そう告げる。
「アリッサやエヴァではなく、わたくしたちに仕えるというのですね。……あなたの望みは?」
「……。罪を償いたいのだ」
 それはカンタレラの深いところから発せられた言葉であって、意味するところは彼女にしかわからない。
 しかしダイアナは頷く。
 そして、別の方向へ顔を向けた。
「あなたはどうなのです?」
 声をかけられて、青海 棗が姿を見せる。
「あなたは……何か企む人? 大好きな人を奪う人? それとも奪われた人?」
 棗は問うた。問いはしたが、
「……なんでもいいわ」
 と言うがはやいか、ぱっと飛び掛ると、リチャードへトラベルギアを突きつけた。彼女のホースのノズルからは、望めば高水圧の水が噴射される。
「チャイ=ブレに魔法をもらうの」
「……いいでしょう」
 狼狽するリチャード、まさに役目を果たさんとトラベルギアを手にしたカンタレラへ微笑みかけ、ダイアナは棗に向かって言うのだった。
「ともにおいでなさい」
「……」
 棗は気を許していない。無表情のままだ。
 リチャードを盾にしたまま、歩き出す。カンタレラはその様子を気にしながら、ダイアナに従う。
 奇妙な一行は、アーカイブの闇の中へと消えて行った。

  *

 その後――
 4人がたどった不思議な道行については、本筋ではない。
 問題は、かれらがたどりついたのがアーカイヴ深層、チャイ=ブレのいるところであったということだ。

 そこは……目もくらむような巨大な空間だった。
 天井は見えない。星のようなきらめきが見えるが、地下なのだから星ではないはずだ。それとも投影された映像なのか……判別するすべはない。
 優に町ひとつぶんは入りそうな空間だ。
 その空間の下へと、戸口から、石の階段が、長大な螺旋を描きながら下っているのだ。そしてその下には。
 螺旋の道の先はかなり下方で、相当な距離がある。だから、ここから見えるあれは、想像以上の大きさだと言えるだろう。
 よこたわるその姿は小山のようで、灰色とも紫ともつかぬ色合いは、岩肌のようにも粘菌のようにも皮を剥かれた鳥のようにも見えた。
 螺旋の道を、下へ、下へ。
 降下するほどに、その存在が間近になってくる。
 遠目にはずんぐりとした芋虫のように見えたその巨躯が、到底それを支えられるとは思えない、ひどく細い(それでも人間以上の大きさはありそうな)脚のようなものをそなえているのが見てとれた。そしてその背が緑に覆われていることもわかった。遠くからは苔むしたように見えたが、大きさからすれば、実質、森だろう。
 踊り場のような場所から、空中を滑る石に乗り、かれらはチャイ=ブレの背へと降り立つ。

 そこは、広場のようだった。木々の取り囲まれた円形の草地だ。その中央に、古びた石の祭壇のようなものがしつらえられている。祭壇を挟むようにして、大きな樹木がふたつ、立っている。
 かさかさ、かさかさ――葉をゆらし、絶え間なく、その枝から、きらめくものが降り注ぐ。
 一方の樹からはセクタンが。 色とりどりのゼリーたちは、地面に落ちるや、小さな脚をかさこそと動かして、さあっと周囲の緒茂みの中へ消えてゆく。
 もう一方の樹からはナレッジキューブが。 セクタンが拾って、せっせとどこかへ運んでいるようだ。
 セクタンを生み出すものは生命の樹。ナレッジキューブを生み出すものは知恵の樹である。
 これこそ0世界の根源。

「ダイアナ卿!」
 突如、茂みから飛び出してきたのはレディ・カリスだった。続くのは三ツ屋緑郎、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ、由良久秀。
「エヴァ」
 ダイアナはレディ・カリスに、にっこりと微笑みかける。
「ご覧なさい。これがロストナンバーです」
 傍らのカンタレラと、リチャードにギアを突きつけたままの棗を指す。
 状況が飲み込めないでいるカリスたちに、ダイアナは語った。
「このカンタレラはわたくしに仕えたいと言うのです。そこの娘は、チャイ=ブレから魔法を授かりたい、と」
 そのとき、ふわりと、ダイアナの肩のうえに『猫』があらわれた。彼女はそのささやきに耳を傾ける。
「妖精郷が略奪されているようですね。ナレッジキューブをもとめて、わたくしたちの城にあさましく押し入ったものがいる様子。……どうです、エヴァ。これがロストナンバーです。所詮、自分の求めるもの意外に、何の関心も抱かない」
「……そのような議論をしている場合ではありません、ダイアナ卿。私はチャイ=ブレの力により、『世界樹』の侵攻を止めるために来ました」
「わたくしもそれは同じですよ」
「では、儀式をはじめましょう」
 ふふふ、とダイアナは笑った。
「どうします、棗さん? リチャードを放しては下さらない?」
「……」
「それとも、あなたもロストナンバーらしく、『ファミリー』のことにも、世界群のことにも興味はなくて? ターミナルが滅ぼされるかもしれないこのときでさえ、魔法が欲しい、そう言っていたあなたですものね。わたくしは、責めてはいませんよ。わたくしは……あなたの願いをかなえてあげることもできるのだから」
「聞いてはだめ!」
 カリスが叫んだ。
 棗は表情を変えない。
 そのときだった。
「やっべー。やっべーよ。道迷いまくり! なんか見たことあるとこ出たなーって思ったらチャイ=ブレじゃん! やっべーよ。あれっ、なつめちゃん、何してんの?」
 虎部 隆だ。
 突然、茂みからあらわれた男に、全員の意識がそれた。
 瞬間――、
「小娘が! わしを誰と心得る!」
 リチャードが、棗の腕をねじりあげた。あっ、と声をあげてギアをとりおとした棗へ、リチャードは杖を振り下ろした。
 だが棗はすばやくギアを拾うと、ホース部分で杖を受け止める。そして先端から水を噴射! リチャードの大きな身体が、吹き飛んだ。
「おじいちゃま!」
 緑郎が彼に駆け寄る。
「カンタレラ!」
 ダイアナが鋭く叫んだ。
 カンタレラは――状況に戸惑うばかりであったが、断固とした命令の声が、「命ぜられるもの」である彼女をほぼ自動的に動かした。瞬時にあるじの意を解して、彼女は緑郎を阻んだ。
 棗はそこに立ち尽くしていた。
 隆は、なんか俺、まずいことした?みたいな顔だった。
 ダイアナが滑るような動きで、リチャードに近づいた。
 棗に吹き飛ばされ、リチャードは石の祭壇のすぐそばに倒れていた。ダイアナは……200年以上、彼に添うていた妻は、夫の胸に馬乗りになった。
「ダ、ダイアナ」
「せめて鍵となれたことを誇りに思うがいいわ」
 いつもそのおもてにあった笑みはなく、冷え切った瞳が見下ろしている。
「ダ――」
「さようなら」
 ダイアナの手に、まがまがしい形状のナイフが握られていた。ためらいなく、彼女はその刃で、リチャードの喉を掻き切った。
 鮮血が噴出し、祭壇を赤く染めた。
「『契約者の血によりて目覚めよ』」
 高らかに、
「『聖餐を夢みてまどろむもの。今こそ時は来たれり――! イア! チャイ=ブレ!』」
 彼女は宣り……それに応えて、天地が、揺れた。



「ダイアナ卿ッ!」
 血を吐くような、カリスの声。
「話が違います! まだ……今はまだその時では……『聖餐の到来』ではありませんッ!」
「おほほほほほほほほ!」
 答は哄笑だった。
「なにを護ろうというの、エヴァ? この愚かで身勝手なロストナンバーたち? それともまだおのれを取り繕うつもりなの? わたしは全うします。わたしたちの罪を最後まで完成させるのです……!」
 轟音――そして、激しい振動。
「カリス殿!」
 レディ・カリスが倒れるのを、ジュリエッタが助ける。失神したようだ。
「ババア!」
 はばかることなく、緑郎は叫んだ。動き出す彼の足をすくう振動。地震……? いや、違う――、忘れたか、ここがどこかを。チャイ=ブレの背中の上だ……!
「ひ~、なんかやばくなってる感じ……!?」
 虎部隆は、とりあえず、棗に駆け寄り、手をとった。
「おい、なつめちゃん! 平気か!」
「……私……」
 かぶりを振る。
「とにかく逃げようぜ! って、どこへ逃げたら……、おっ、おおおお!?」
 ふたりは、自分の身体が宙に浮き上がるのを感じる。
 ふたりだけではなかった。重力が消失してゆく!
「ダ、ダイアナさま!」
 カンタレラは空中でばたばたともがいたが、なにがどう違うのか、ダイアナがすい、とまっすぐに上昇してゆくのに追いつけない。
「ダイアナさまーーー!」
 声を限りに呼ばわったが、ダイアナが彼女を省みることはなかった。
 冷たいものが、彼女の心臓をとらえる。この感じは知っている。私は必要ではない、ということだ――。

「うお!」
「由良殿!」
 由良の体が巻き上げられた。そのままはるか虚空の高みへと連れてゆかれる。
「終わりなのか……ここで……」
 さすがの由良も覚悟を決めかけた、そのとき。
「ちょっと遅かったです?」
 白い少女が中空に浮かんでいた。
 サイズは由良の十倍はあるか。シーアールシー ゼロだった。
「遅くない……! 遅くないぞ!」
「でもリチャードさんとダイアナさんは」
「……ああ。じいさんは殺されちまった。ばあさんは逃げたよ」
「残念なのです。如何なることであれ、話して判るかは兎も角、話さなければ何も判らないのですから、家族の語らいをお勧めしようとしたのですが」
「そんな段階はとっくにすぎていたようだがね」

「ゼロか! おおーい、俺だー、俺も助けてくれーーー」
 隆と棗も、木にしがみついているところだった。
「お二人さん。ここはデートにゃ向かない場所だぜ」
 そこに新たな助けの手。
 ジャック・ハートがあらわれたのだ。
「おお!」
「ったく。なんなんだよ。俺の力がいまいち効きづらいうえに、このデカブツはよォ」
 悪態をつきながら、ジャックはふたりを抱えてテレポート。
 本来ならそのままターミナルにでも帰れるのだろうが、出現した先は少し離れた空間に過ぎない。ここではすべてのロストナンバーが力の阻害を受けているようだ。

 轟音が、耳をつんざいた。
 音のほうを見たものたちは、そこに不気味なものを見た。
 アーカイヴの内壁を突き破って、奈落の空間に植物の根とも蔓ともつかぬものがうねうねと這い入ろうとしているのだ。
 ひとつではない。何本も、何本も、次々に内壁を突き抜けてくる。
 無数の「根」がチャイ=ブレに襲い掛かる。チャイ=ブレが威嚇するように、巨大なあぎとを開いた。

「これでみなさんですか?」
 ゼロはカンタレラと、ジャックに連れてこられた隆に棗をも助ける。
「では離脱するのです。……無限ヴォイニッチキャノン!」
 そのとき、「根」のひとつがかれらに向かってきたが、ゼロが撃ちだす謎の光弾に阻まれる。それは「根」を傷つけこそできなかったが、牽制程度には役に立ち、離脱の隙をつくるには十分だった。
「極限エニグマシールド!なのですー」
 謎のバリアーによって身を護られながら、ゼロは上昇してゆく。
 奈落の底では、チャイ=ブレと世界樹、ふたつの超越存在の戦いが続いていた。

  *

 同じ頃――
 仮想空間『フェアリーサークル』にいたものたちは全員、一斉に、通常空間に……アーカイヴ遺跡上層のどこかに排出されていた。


「だいじょうぶか……エレナ」
「あ……。ゆっちゃ」
 優は、エレナを介抱する。
「あたし……」
「あの本は、一体?」
「……わからない。忘れちゃった」
「えっ」
 エレナがなにかを忘れるなど、ありえないことだった。
「でも……『虚無の詩篇』には……なにかが……」
 エレナは痛むを頭をおさえた。

 そしてアーカイヴ遺跡を脱出した面々は、世界図書館の建物が無残にも破壊されているのを知る。
 それだけではない。
 ナラゴニアから伸びた「根」が、0世界の大地に突き刺さり、不気味な蠢動によりチェス盤を侵食している光景が、かれらの目の前に広がっていたのだった。

(了)

<事務局より>
ご参加ありがとうございました。ご参加のみなさまは全員、無事にターミナルに帰還することができたものとします。


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螺旋特急ロストレイル

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