ノベル

■墜ちた天秤と駆ける双子

 戦火は、いまだ消えてはいない。
 突如、0世界に襲来したナラゴニア。そこから放たれた襲撃者たちによる攻撃を、ターミナルのロストナンバーたちはほぼ防ぎ切ったと言ってよい。「マキシマム・トレインウォー」の発令により、12台のロストレイルが飛び立ち、反撃の狼煙は上がったが、ターミナルへと襲来してくるナレンシフや、そこから降下する敵ツーリスト、ワーム群もまだいるのだった。

 天秤座号は、ターミナルの街を駆けている。
 この車両の任務は、市街地における救助だからだ。

「じゃんじゃん行くよー。はい、次!」
 マドカが、車両が拾った負傷者に手当てをほどこしていく。
 処置を終えたけが人は、客車に休ませる。
「欲しい物があったら言って下さいです。マッハで貰ってくるですよ!」
 仁科あかりが、けが人たちの様子を見て回った。
「寒気がする……毛布かなにかがあれば」
「毛布ですね! ええと……」
「それなら持ってきたにゃ!」
 ヤン・ウルが、自分の店の商品を、物資として大量に提供してくれていた。

 そのときだ。車両が激しい振動に見舞われる。
「敵か……!」
 タイムが、毛布――これは救護用ではなくて彼のトラベルギアだが――を手に、けが人を仲間に任せて窓に駆け寄る。
 フラーダが、世話人に車両の護衛を言いつかっていたので、窓から飛びだして屋根のうえに駆け上がると、炎や雷の魔法を撃ち出す。
 数台のナレンシフが車両の周囲を旋回している。
「さあ、行っておいで、羊たち! 食べて食べて食べまくっちゃえ!」
「墜ちろ……墜ちやがれ!」
 ナレンシフに乗った敵ツーリストたちからの攻撃。
 少年が生み出す赤と黒の羊の群れが天秤座号に取り付き、むさぼり始める。
 野球帽の青年は、空中を駆けると、屋根の上へ。一瞬の隙をついて、フラーダに渾身の蹴りを食らわせた。
 天秤座号には救護のためのロストナンバーが大勢乗り込んでいたが、車両そのものを護る手段を講じていたものが少なかったので、容赦なく攻撃にさらされることになった。
 高度なバランス調整機能を持つ天秤座号さえ、猛攻に傾いでゆく。

「負傷者を……中へ……!」
 ニルヴァーナは、客車のドアの向こうを彼女の所持する空間と接続した。
「いらっしゃい。ここにいれば何も怖いことなんてないわ、私の子どもたち」
「皆サン、掴まって下さ――」
 司書のロイシュが言い終わるより早く、ロストレイルは片方の車輪をターミナルの街路に着く。敷石を削りながら、道を曲がりきれず、大きくふれた後部車両が建物にめりこんだ。

「リー・マー、俺に力をくれ!」
「存分に暴れなさいな……私のタリスマンの力で」
 野球帽の青年へ、女が、不気味な形状のアクセサリーを渡した。それを身に着けるや、まがまがしいオーラに身を包んで、青年は蹴りから衝撃波を放つようになる。
「俺は許さんぞ! 千代子を殺したおまえたちを!」
 衝撃波が天秤座号の車体をへこませてゆく。
 そこへ――!
「っ!!」
 声もなく、青年は、横なぎに吹き飛ばされた。
 横合いから突進してきた別のロストレイルの直撃を受けたのだ。これではひとたまりもない。
「……双子座号」
 ロイシュは、割れた窓から、ターミナルの空を駆ける車両の姿を見た。

 双子座号からティーグ・ウェルバーナが飛び降りてきて、羊を駆る少年へ襲い掛かった。
 舞うような動きで、羊たちを退けてゆく。

「間に合った」
 その様子を見て、鳴海 晶は安堵の息をつく。
「マルチェロさん」
「了解」
 司書の言葉に、マルチェロ・キルシュは頷く。腰をあげ――それから、ふと思いついたように訊ねた。
「……リーリスを見なかったか?」
「さっき、鳩に姿を変えて飛んで行かれたのを見ました」
「……そうか」

 空を震わす咆哮――いや、なにかが泡立つような不快な粘液質の音。
 絶え間なく色を変える液体とも気体ともつかぬワームだ。奇怪ななだれとなって、双子座号に襲い掛かる。直撃を受けた車体がまっぷっつに折れた……のではなく、ふたつに分離したのだ。ふたつの動力機関を持つのがこの車両の特徴。
 ひとつは、
「天秤座号を護って!」
 鳴海司書の指揮のもと、この場にとどまり、もうひとつは、
「全速前進!」
 マルチェロの号令で、市街を駆け、本来の任務である、ターミナルに散開した敵勢力の駆逐に向かうのだった。

  *

 泡立つ虹色のワームを先頭に、ナレンシフ編隊が迫る。
(ここは僕の第二の故郷。あの悲劇を繰り返させはしない。……絶対に)
 閃くのはイルファーンの雷撃。
 じゅっとワームの一部が蒸発し、ナレンシフのひとつを撃墜した。
 オズ/TMX-SLM57-Pが風を切って飛行する。すれ違いざま、その二刀流がナレンシフを寸断する!
 別の機体から放たれる弾幕をすいすいと避けながら、オズは次なる標的を定めた。
 下方より巻き起こる風は玖郎によるもの。
 倒壊した建物のがれきが巻き上げられ、弾丸となって、ナレンシフの底部にめりこんだ。バランスを崩した円盤そのものも、風は持ち上げる。
「ここより去ることだな」
 玖郎は言った。
「いつまで人んちで暴れるつもりでい、いい加減にしやがれ!」
 祇十の書いた『縛』の文字が、光り輝く紐になってワームを拘束する。
「これ以上、被害を拡大させる訳にはいきません!」
 ジャルス・ミュンティがそこへブレスを吐く。
 黄燐が射掛ける矢の雨をはじめ、さらに他からの攻撃も集中し、不浄の泡は弾け飛ぶのだった。

 一方、離れて走り出したもうひとつの双子座号は。
「あそこです!」
 ユイネ・アーキュエスが窓から敵を見つけ、声をあげながら、自身も魔法の力をふるう。
「OK、任せて!」
 華城 水炎がマシンガンを撃ちまくる。
 双子座号が割り振られた役割はスイーパー。「掃除屋」だ。ターミナルから、敵を一掃する。
 建物の屋根すれすれの高度を走行しながら、敵を見つけると攻撃を浴びせ、地上で交戦中と見れば、加勢のロストナンバーが降下してゆく。

 あちらでは古部 利政の柔術に、敵のひとりが押さえ込まれている。
 こちらで上がった悲鳴は、新月 航のギアの、ぬいぐるみの鮫に脛を噛みつかれた敵のものだ。
 不利と見て逃げ出そうとした敵も、カール・ボナーレの銃撃のまえに手をあげるしかない。
 ターミナルは、図書館のロストナンバーなら構造が頭に入っているので、有利に立ち回ることができた。
 チャンが路地裏から投げつける爆弾や、姿を消して襲い掛かるグランディアの牙に、敵は倒されてゆく。
 この街を護る――多くがその気概に燃えていた。
 煌 白燕の符術が呼び出して兵が、通りを行進し、貝沢 篠は後方から衝撃波や真空波で援護を行う。
 那智・B・インゲルハイムはひっそりと路地の陰にひそみ、はぐれた敵のひとりを獲物に定めると、すばやく路地裏へひきずりこんだ。

「ああ……私の可愛いあの子は、クローディアはどこ?」
「オリーヴィアさん、いちど撤退しよう!」
「何を言ってるの。ナラゴニアも攻撃を受けている。ショウもやられたのよ。一人でも多くの図書館のやつらを殺すわ」
 言い合いをしているのは旅団のツーリストたちのようだ。
 突如、その頭上に、大きながれきが出現し、落下してくる。
 物好き屋が転移させたものだ。
「……そう、貴方達。貴方達が私の可愛いあの子を奪ったのね……」
 黒いドレスの婦人は、土煙の中、スカートもものともせずに、がれきの上を飛び移り、物好き屋へ迫る。手にした扇から刃が飛び出した。
「おっと! せっかくのドレスで暴れるなんてエレガントじゃないな!」
 カーサー・アストゥリカが飛び込んできて、彼女を取り押さえる。
「放しなさい、無礼者!」
 その様子を見て、ツインテールの少女が駆け出す。――と、その足元の地面が隆起し、石壁になった。ナウラの能力だ。
「できれば降伏してほしいけど」
「まさか!」
「だろうね。でも負けられない。貴方達と同じく私達も仲間や未来を守りたいんだ! …すまない」
 ナウラは両腕を刃に変えて挑む。少女が小刀でそれを受け止めた。
「ルゥナ! 畜生……なんでこんなことに……仕方ねぇ」
 和装の男が動くが、物好き屋がそれを許さない。
 3人をまとめて、同じ場所へ転移。そこへ――
「フィニッシュ!」
 エク・シュヴァイスが拳で地面を打つ。走る電撃が敵を灼き、ノックアウトだ。
「……報酬は期待しとくからな?」
 エクが物好き屋を振り返る。

「来たよ!」
 アーティラ・ウィンクルーネが警告する。
 新たなナレンシフだ。
 銃撃が、双子座号に浴びせられる。メルヒオールがあらかじめ施しておいた魔法の防護がなければ、窓がすべて破られていただろう。
 アーティラが魔法の足場を踏み台に、敵の1機に飛び移る。そして砲手にトラベルギアの一撃を叩き込んだ。
「弱い者イジメとかマジでナンセンスだしっ!そんなヤツはボクらが成敗しちゃうぞー!」
 車両は有利な位置取りのために旋回した。
 追いすがるような銃撃。
「!」
 七篠 権兵衛が撃たれた。巨躯がもんどりうって倒れる。
 すると、その傍らに、有馬 春臣が瞬間移動してくる。
「大丈夫だ、浅い」
 手当てをする有馬へ、権兵衛は何故、と問うような一瞥を向けたが、それは愚問だったろう。
「……人間をやめても私は医者だ。さあ、これでいい、頼んだぞ。この街を護ってくれ」
 権兵衛は頷き、立ち上がる。指示や命令があれば、彼は戦うことができる。

「先生、そんなにチンタラしていては来週になってしまいますわ。ここは私に任せておくのですわ」
 一心不乱に呪文を紙に書いているメルヒオールに、死の魔女がからんだ。
「チンタラで悪かったな」
 メルヒオールなりに、彼にできることをやっている。
「任せるって、どうするつもりだ」
「志半ばで力尽きた皆さんの力を借りるのですわ。……べ、別に、先生の為ではありませんわよ?」
「! 戦場の死体を使う気か!」
 魔女のツンデレ風の物言いは無視して、メルヒオールは悪趣味なやり方に難色を示したが、魔女は止めるまもなく『死の魔法』を振りまく。
「さぁさぁ今は生への渇望は忘れて、生者への礎となるよう助力に勤めて差し上げるのですわ!」
 それに応えて、倒れていた旅団員たちはひとりまたひとりと起き上がり、かつての同胞を探して動き出す……。

  *

「困りましたネ。すぐには動けないようデス」
 その後の天秤座号だ。
 危機は脱したが、今はターミナルの一画にて停車中。機関がダメージを受けて動くことができないようだ。
「列車が動けないなら……私たちが動いたらどうかしら」
 流鏑馬明日が提案した。
「そう、けが人を運んでくればいいんだわ!」
 南雲マリアが賛成する。
「適切だと思います。車両はこのまま救護拠点、加療施設として利用可能です」
 と、ジューン。
「ただ、位置が離れすぎている場合は――」
「そういうときはクリパレがいいでやんすよ!」
 旧校舎のアイドル・ススムくんが言った。ふたつの拠点、どちらか近いほうへ運べばいい、と。
「Pandoraの本を貸してもらったらどうでしょう」
 それがシィ・コードランのアイデア。
 とにかく、できるだけのことをしよう、とロストナンバーたちは動き出す。
 ススムくんたちがわっと四方へ散ってゆき、あとの面々も、少人数のチームに分かれて、市内に救出へ向かう。

「そうと決まれば!」
 サシャ・エルガシャは張り切る。
「なにからやりますか」
「そうだな。診察用の寝台をつくろう。それからお湯を沸かしておいてくれ」
「はい!」
 医師である綾賀城 流の言葉に従って、てきぱきと動き始める。
「そうだ、救助に行く皆に頼みたい」
 流は言った。
「けが人は、図書館、旅団の区別なく運んでほしい。同じ生命だ。俺は目の前にある生命を救うことに全力を尽くす」

「あーあ、代償受け取れたら大儲けだったんだけどなぁ……」
 そうこぼすのはテリガン・ウルグナズ。
 彼は『契約』した相手に力を与える。本来なら代償を受け取るが、今日は大盤振る舞い。タダで契約書をバラまいた。
 窓の外を見れば、彼との契約で風の魔力を授かり、自身の飛行能力を強化した医龍・KSC/AW-05Sが、その背にノラ・グースを乗せて飛んでゆくのが見えた。
(クゥ様は本当に御立派でした。ワタクシは後輩として、とても誇りに思います)
 決意を胸に、医龍は飛ぶ。
 後方に気配。ここはまだ戦場だ。ロストナンバーたちは列車を降りて自分たちの足でレスキューすることを決意したが、それはすなわち、身一つで戦闘地域に踏み入ることを意味する。
 だが医龍は恐れなかった。どこかに彼の手を待っている、助けを求めているひとがいるから。そして……
「苛めるひとにおしおきなのですー」
 ノラの魔法が生んだ火柱が、後方から襲い掛かってきた翼のある敵ツーリストを焼き、撃墜した。
 ノラがいれば安全だ。医龍は負傷者を探して、飛行を続ける。

「こちらです!」
 樹菓が手を振る。
 ミルカ・アハティアラが駆け寄ってきた。
 そこには建物が崩れてがれきが積み上がっている。樹菓はその中に、ゆらぐ命の気配を感じた。彼女の『死の予感』が、生命の危機を感じ取っているのだ。
「一人見つけた! まだ生きてるわ」
 がれきの隙間からあらわれたのは、ナース服に身を包んだちいさな妖精ルッカ・マリンカ。
「でもすぐ運ばなきゃ」
「任せて。プレゼントを運ぶだけがサンタのお仕事じゃないんです。みんなの笑顔を守りたいから、わたし、がんばります!」
 と、ミルカ。
 しかしまずはがれきをどかせるのが先だ。
 樹菓が「導きの杖」でがれきを浮き上がらせる。
 ミルカがけが人を助け出しているあいだに、ルッカがノートで天秤座号へ連絡した。ミルカは名前のわかっている相手のもとへは瞬間移動ができるから、彼女が運ぶことができるだろう。

「大丈夫? どこか痛いの?」
 どうにか逃げ出しては来たものの、足をくじいて走れなくなった女性は、いつのまにか、傍に立つオフィリア・アーレの姿を見た。
「今日はおかしいのね。どこも濁った風が吹くわ。霧のような」
 ぼんやりと、周囲の空気を探るオフィリア。状況をあまり理解していない彼女だが、目の前の女性に助けが必要なのはわかる。手をあげて、それに応えた人々が近づいてくるのを確かめると、オフィリアはふい、と姿を消した。
 駆けつけたのは明日とマリアだった。
「さあ、もう安心よ。……明日さん?」
「さっきここに女性がいて姿を消したようだけど、彼女は瞬間移動できるロストナンバーなのに違いないのであって――」
「なんだか幽霊みたいな雰囲気の人だったわ」
「そういう非科学的なことは言ってはだめ!」
「とにかく助けましょう。立てる?」
「助けがいるか?」
 タイミングよく、レーシュ・H・イェソドが、練術で活性化した翼で舞い降りてきた。歩けない女性もレーシュなら軽々運べるだろう。

「大丈夫、元気なる。アルウィン騎士だから嘘つかない! 勇気の印やるから泣くな」
 アルウィン・ランズウィックはリヤカーに助けた子どもらを乗せて街路を走る。走りながら振り返り、にかっと笑ってビー玉を差し出した。それが「勇気の印」らしかった。
「もうすぐだからね」
 竜形態のカルム・ライズンが付き添っている。
 ――と、その途上に、武器をもった男たちの姿が見えた。
 思わず息を呑む。敵だ。
 向こうがアルウィンに気付いてなにか声を荒げた。そこへ、銃声が響き渡る。
「はやく安全なところへ!」
 黒嶋 憂が銃を撃ちながら走りこんできた。敵をひきつけるつもりのようだが、どうも危なっかしい。
「アルウィンも戦う!」
 小さくても騎士だ。彼は『咆哮』を放った。
 カルムも、魔法で真空の刃を飛ばした。
 憂がひきがねを引くと、敵のひとりが声をあげて倒れた。
「あ、あたった」
 憂は射撃に自信がなかったが、アルウィンの『咆哮』に宿る他者の能力を底上げする力が発揮された様子。
 カルムの魔法に斬られた敵を、アルウィンが槍でぽこぽこ殴る。
 かれらの頭上を、5メートルほどの大きさの、青く澄んだ水のような色の美しいドラゴンが飛ぶ。サイネリアだ。
「旅団のものよ」
 彼女が呼びかける。
「まだ戦う意志があるなら、我がそなたらを屠ることになる。退くならば、今すぐ退け。助けが必要ならその用意はある」
 悠然と、戦火の空を舞いながら、青き竜は告げるのだった。

「頼んだ!」
 コージー・ヘルツォークが、天秤座号に駆け込んできた。両腕に抱えたけが人を引き渡すと、また飛び出していく。彼は怪力だけを頼りに何往復もして負傷者を救助していた。
 車内は、野戦病院と化している。
「痛いところはどこですか? 我慢してはいけませんよ。心が痛いときも言ってください、こう見えて神父ですので、懺悔もどんと来いです!」
 ヴィエリ・サルヴァティーニが負傷者に声をかける。
 ダルタニアは回復呪文をあやつり、怪我を治療してゆく。
 車内には、うにょにょ もんぶの手回しオルガンのメロディと、エレニア・アンデルセンの歌がそっと流れている。それらが人々の心を落ち着かせていた。
「大丈夫ですか、すぐにお医者様に診ていただけますから。……お願いします。二度の熱傷です」
 ジューンが、負傷者の状況を分析して、医師――流に引き渡す。
 流が処置をし、サシャは、メイドというより看護師のようにその片腕になった。

 天秤座号は、市中を駆け回ることはできなかったが、十分に救護ベースの役割は果たしたと言える。
 危険をかえりみず、奔走した乗員のロストナンバーの賜物だった。
 ススムくんたちはかなりの数をクリスタルパレスに運び込んだし、シィ・コードランもバイクで走り回っては、Pandraの絵本の中に人々を匿った。

 戦いはまだ続いているが、生命を護るための戦いも、懸命に繰り広げられていたのだ。

■ナラゴニアの、戦いと救済

 『彷徨える森と庭園の都市・ナラゴニア』。
 『世界樹』を中心に、その周囲を取り囲むように築かれた都市が、何層もの階層をなす。それがナラゴニアの構造だ。
 ターミナルを発った車両のうち、2台が、この都市の構造をなぞるように走行を開始する。山羊座号と魚座号である。思えば、壱番世界の星座における、山羊座と魚座は同じ神話に由来する。河畔で神々が宴を開いていたとき、怪物が襲ってきた。神々は動物に姿を変えて逃げ出した。ある女神とその息子は魚になって川へ逃げた。牧神もまた、魚に変身しようとしたが慌てていたため、上半身は山羊、下半身は魚といった姿になってしまったという……。

 さて、今、ナラゴニアを行く2台は、逃げ出すのではなく、目的を持って走っている。
 魚座は、ナラゴニア上の重要拠点などを制圧するため。そして山羊座がそれを援護し、ナラゴニアにおいて敵味方を問わず、救護を行うためである。

 夕凪、そしてほのかは、それぞれ肉体を車両に残し、幽体でナラゴニアへ降りる。
 旅団員たちに憑依して情報を探るためだ。
 結果、重要な施設は、都市の中枢、世界樹の近くに集中しているが、その場所には世界中を攻撃するためのロストレイルが向かうため、さらに2台が集まると身動きがとりづらいし、混戦を生んでしまう。
 そこで、重要度はいくぶん下がるが、都市の辺縁部に点在するナレンシフの発着場を中心に攻撃していくことになった。
 夕凪とほのかが念話で伝えてきた情報をNo.8が受け取り、皆に伝える。シューラから付与されたテレパシーが役に立った。
「前方右15度の建物ね」
 ハイユ・ティップラルが砲撃目標を確かめる。
「任せてください、おもいっきりぶちこんでやりますよー!」
「容赦はしないわ」
 PNGが張り切り、レナ・フォルトゥスが表情を引き締める。。
 PNGの放つロケットミサイルと、レナのファイアボールが同時に放たれる。
 それだけではない。アクラブ・サリクの操る炎やシャニア・ライズンの射掛ける魔法の弾丸もある。搭乗するロストナンバーたちの攻撃が発着場を攻撃し、大きな火柱があがった。
 ハイユが窓から見下ろすと、消火のために奔走する人々の姿が見える。
 彼女は魔法の風に言葉を載せて届けた。
 世界図書館でもロストナンバーに存在の保証を与えられること、だから世界中に従い続ける必要はないことなど。ナラゴニアの住人への降伏勧告だ。

 むろん、相手も黙っているはずはない。
 次の標的へと向かう魚座号の前方に、ナレンシフの編隊が見える。
 すっくと、席を立ったのは皇 無音。
 彼だけではない。
「しだりの力の及ぶ場で、生命を失わせたりしない」
 そう言ったしだりをはじめ、幾人ものロストナンバーが車両を護るために動き出した。撃墜されては元も子もないからだ。
 ナレンシフから掃射される弾幕は、吉備 サクラが幻影で異なる的を撃たせることでかわした。その間に、しだりの生み出す薄い水の膜が車両を覆い、結界をかたちづくった。
「気合入れていくッスよ!」
 氏家 ミチルの「応援歌」が響くなか、窓から飛び出してゆくロストナンバーたち。飛行できるものはそのまま空へ。そうでないものの足元にも、ロストレイルは線路やプラットフォームをつくりだして足場を与える。
 無音が降らせる光弾の雨が、最初に敵機を撃墜した。
 敵味方、そして光線や弾丸が飛び交うその合間を縫うように、森山 天童が高速で飛行する。そのあとには彼の羽が無数にただよっており――
「ほな、派手にいこか!」
 雷鳴が轟く!
 羽から羽へ、雷が乱反射して、空域内の敵は一網打尽だ。

「次の目標。……敵が多いわ」
 Y・テイルが静かに告げた。
 彼女の霊界視界が、次なる発着場には、敵対的な意志が数多く集まっているのを察知したのである。おそらく、先に発着場が爆撃を受けた情報が伝わって、防衛のために人が集まっているのだろう。順に目標を攻略していくのであるから、当然、そうなる。
「構うもんですか。魚雷でもお見舞いしてやりましょ。あるんでしょ!」
 と蜘蛛の魔女。
「魚雷……だと?」
 グラウゼ・シオンが困惑気味に資料を繰るが、蜘蛛の魔女はさっさとどこかへ行ってしまった。どこへ行ったかというと、あると信じた魚雷を撃ちに行ったのである。
 結論から言うと、魚雷はあった。魚座号は水中活動のための車両なので装備されているのだ。
「こっちだってやられっぱなしじゃ癪だからね。やられた分は思いっきりやり返させて貰うよ!」
 蜘蛛の脚で直接持って(「こうした方がよく飛ぶでしょ!」)ぶん投げる!
 それが発着場に命中するのを見て笑いながら、蜘蛛の魔女は、今度は自身の糸を縒って槍をつくりはじめた。
「見てないで手伝ったら?」
 いつのまにか傍にいる黄金の魔女を振り向く。
「子蜘蛛風情に私の偉大なる力を貸すのも気が引けるけども……」
「ゴチャゴチャ言わずにやりなさいよ。ここで殺されたいの?」
 黄金の魔女が糸の槍を黄金に変える。近づいてくるナレンシフ群に向け、魔女は金色の投槍を放ちはじめるのだった。

 魔女たちからの攻撃に旅団が気をとられているうちに、地上には幾人かのロストナンバーが降下していた。
 祭堂 蘭花、沖常 花、鮫島 剛太郎である。
 さて、この発着場の防衛に来ていたのは、ベルナという名のツーリストだ。
「弾頭補充、急いで。被害状況はっ?」
 対空自走砲が人型をとったらこうであろうと思わせる容姿の機械系ツーリストだが、彼女と彼女が指揮する部隊の得手は対空戦。そして彼女の不幸は3人の、発着場への侵入を許してしまったことである。
 侵入気付いて、部隊を差し向けたはいいが、全員、剛太郎と花に返り討ちにあってしまった。
 だが、3人はそそくさと脱出していくではないか。
「……」
 ベルナは、はっと気付くと、発着場内全域で、ありったけのセンサーを向ける。
 紙だ。あちこちに、見慣れぬ紙が貼り付けられている。奇妙な文字のようなものが書かれたものだ。
「しまった。なにか仕掛けられた。全員退避ーーー!」
 その命令よりも早く。
 蘭花が施した、術文字が一斉に爆発したのだった。

 ここは敵地だ。
 ロストレイルのもとには、大勢の敵が空からも地上からも集まってくる。
 攻撃するのは軍事拠点だけと決めていても、振り払う火の粉は払わねばならないのだ。
 激しい攻撃にさらされて車両が傷つくことを避けるためには、やむをえず市街地であっても戦闘を行わなくてはならなかった。
 街路に沿って、低空飛行を行い、走行しながら周囲にプラットフォームをつくる。そのうえに、ロストナンバーたちが次々と降り立ち、そして、敵のひしめくナラゴニアへと。

「ここまで乗り込んでくるとは。いや、それも当然か」
 ひとりの壮年の紳士が、すらりと長剣を抜き、戦いの構えをとる。彼の冷たい瞳は、向かってくる一人の武人を見据えている。影の馬――シンイェに騎乗する阮緋だ。阮緋も、紳士を見とめた。先にターミナルで一戦まじえたもの同士であることは、互いにもうわかっている。
「ヴィヴィアン・ウェリントン、と言ったか」
「いかにも」
 すれちがいざま、ヴィヴィアンの剣と阮緋の青龍偃月刀がぶつかりあい、火花を散らす。
「面白い馬に乗っている。闇の性のものか? 私の馬車に似合いそうだ」
 阮緋は馬上からの攻撃だから圧倒的に有利なはずだが、ヴィヴィアンは引けをとっていない。阮緋はそれを知って、手加減せずに攻める、攻める。
「この指の礼、させてもらうぞ」
 阮緋が斬り落としたヴィヴィアンの指は、黄金のサックのようなものが嵌っている。しかし剣をさばく動きに遅れはなかった。なかったが、勝負には流れというものがあるものだ。
 ターミナルで負け、退いた時点で、すでに彼の運命は決していたのかもしれない。
 それは一瞬だった。シンイェが踏み込み、阮緋がふるった刃が、ヴィヴィアンの首を飛ばす。
 吸血鬼の紳士の首は、胴体から離れてなお、うすら笑いを浮かべたのを、阮緋は見た。

 これまで、何度となくほかの異世界で刃をまじえてきた世界図書館と世界樹旅団。
 だから、そこには因縁のようなものも生まれる。それは一方的な感情であったかもしれないが、そうであってもひとつの絆には違いない。
 ナラゴニアに降り立ったロストナンバーの中には、そこに、捜し求めるもの名と影を追うものたちもいた。
 オルグ・ラルヴァローグは、セルゲイ・フィードリッツとともに、市街地を転戦しながら、かつてまみえた敵――沙羅の姿を探した。
 相沢 優は、アクアーリオを探すつもりで魚座号に乗った。思えば、三日月灰人が最初に旅団にわたったのは、かの少年を気にかけたことがはじまりだったのだ。あのときから、運命は思いもよらぬところへ至ってしまった。そんな感慨にふける暇もなく、優は、セクタンの眼や、仲間たちの力を借りて、少年を探していた。
 しかし、戦場と化したこの広大なナラゴニアで、たった一人の人物を探し出すのは、並大抵のことではない。
 魚座号から離れすぎるのは得策ではない。
 次の目標へ移動しながら、探索を続けなくてはならないのだ。
 そんななか、幸運にも探す人物を見つけ出したものもいた。
「待って! 待ってぇや!」
「なんで着いてくんのよー!!」
 ジル・アルカデルトが、シェイムレス・ビィを追う。
「心配なんや、悪いようにはせん……こっち来んか?」
「窓ガラスさん、窓ガラスさん、あいつに突き刺さって! お願い!」
「っ……!」
 妖精の『お願い』によって、割れたガラスがジルを襲った。
 流血。それでも、ジルは、
「……い、いてて……。図書館は……悪いところちゃうで、きっとビィちゃんの好きなもんもいっぱいあるやろうし、何なら俺が用意する。……最初ん時みたいに、ドーナツもようさんな!」
 隙をついて、ビィを掴んだ。
「ぎゃーー、なにすんのよ、むぐぐ」
 口をふさいでしまえば、とりあえず彼女の魔法は封じられる。
 だが、出血がひどい。ジルは、ぐったりと壁によりかかった。

「我、真理の扉を開かん」
 九條 稜輝が、破壊の錬成陣を描いた紙を壁に押し付け発動させると、轟音とともに石壁は崩れた。
「暴力反対ー!」
 壊しておいてそれもないが、なぜかそんな叫びを残し、突破口を開くという役目を終えた九條はワイヤーを伸ばして魚座号へ帰還する。
 入れ替わりに、開いた穴からロストナンバーの斬り込み部隊が突入していった。
 そこは、武器をつくっている工場だということだ。
 トラベルギアを持たない旅団のツーリストたちは、工場で生産された兵器を支給されている。
 踏み込んだロストナンバーのひとり、レイド・グローリーベル・エルスノールは、向かってくる敵の一団へと獅子のレギオンをけしかける。別の方向から近づいてくる一団はマフ・タークスが浮遊の力で浮かして無力化。
 そのあいだに、天渡宇日 菊子が工場内のものを片っ端から投げて壊していく。向かってくる敵さえもだ。
 あらかた敵が片付いたところで、リエ・フーは火を放つ。戦いを仕掛けてきたのは世界樹旅団。だから仕返すのは当然だと、リエは思う。
 炎が回り、敵が逃げ出すのを見届け、図書館勢も退く。
 退こうとして……はっと、立ち止まる。リエは、炎の向こうに、彼の姿を見た。

 魚座号は、順調に目標を攻略していった。
「撤収!」
 鷹遠 律志の声が響く。
 軍人であった律志の行動は場慣れしたものだ。彼はこの空気にむしろ懐かしささえ感じていた。しかし、眼前で展開されているのは、彼が知る戦争よりは、はるかにスケールの大きい、超常の力の奥州である。
 シキは、空中で自身を巨大な石塊に変えてそのまま落下、建物をおしつぶした。
 アジ・フェネグリーブの駆る砂鉄の蛇が、向かってくる敵を退け、上空には火を噴く赤竜と化したΣ・F・Φ・フレームグライドが飛び回っているのだ。

 ――と、そんな戦場の一画で奇妙な光景が演じられていた。
 ナラゴニアの住民同士が、殴り合いをしているのである。
 そのなかに、たたずむカンタレラの姿があった。
 同士討ちを引き起こしているのは彼女の歌う呪いの唄。うつろな瞳で、低く歌声を響かせながら、彼女は亡霊のようにそこにいた。
「カンタレラ!」
 気付くと、クージョン・アルパークに肩を揺すられている。
 カンタレラはそこでようやく正気に戻ったようだった。
「心配したんだ、カンタレラ――」
 クージョンは、カンタレラが言い置きもせずに妖精郷へ、そしてアーカイヴへ向かったあと、今度はナラゴニアへ赴いたらしいと知り、必死に彼女を探してここまで来たのだった。
「カンタレラ! 君が思い立ったらいてもいられないのは知ってる。危なっかしいがそれが可愛いし君を守ってあげたいんだ。僕は君を幸せにしてあげたいし、君のためにもっと歌を作ってあげたいんだ。だからこんなことはやめよう。やめて……戻ってきてくれないか?」
「クージョン……」
 放心したようなカンタレラ。
 そのとき、周囲では、呪いの唄から解放された旅団員たちが自分を取り戻しはじめていた。
 そこへ!
 神が降臨した。
 比喩的な表現ではなくて、具体的に、神があらわれたのである。つまり神(ctsp6598)だ。
 人々の脳内に、スピリチュアルな音楽が流れ、目に見えぬ光が周囲を照らし出した。
「今まで君たちは自ら道を切り開くこともできずに運命に縛られてきた。しかし今、君たちは道を選ぶことができる。さあ、戦う必要はない。私と共に理想郷を築こう!」
 神の威光のまえに、人々はひれ伏すしかない。
 ひれ伏す人々と後光さす神をバックに、クージョンはカンタレラを抱きしめていた。
 神のサービスによりかれらの頭上からピンスポットが降り注ぎ、花びらが舞い散り、クライマックスっぽいエモーショナルな音楽が流れ、画面はフェードアウトしてゆくのだった。

  *

「まだいけそうか?」
「問題ない」
 司書の問いに、シュマイト・ハーケズヤは短く答えた。
 連戦に酷使される魚座号だったが、不備があれば即座にシュマイトが対応してくれていた。大きな破損もないから、まだ耐えられそうだ。
「よし、行こう。次は――」
 次の目標を指示しながら、グラウゼは、後方に、山羊座号が追ってきているのを見る。
 魚座号が攻撃した街を、山羊座号が助けている。
 アンビバレンツとも言える行いだが、あるいはこれこそが、世界図書館の本質ではないかと、彼は思った――。

「ナラゴニアの場所の情報は車掌のヒトにあげればいいのかな? 視覚情報をあげればいいかな」
 山羊座号にはヘータが搭乗している。
 つい昨日まで――いや、本日まで世界樹旅団にいたヘータだ。
 しかし、かれにある価値観は情報の質量の優劣だけだ。
 図書館に戻ることになった今、ヘータが思うのは、いまだすべてを掌握していないナラゴニアという情報をなくしたくないだけ。だから、ナラゴニアの人々であっても救いたいという意志で人々が集まるこの車両を選んだ。
「お手伝いできることはありますか?」
「よし、ヘータくんからの情報を皆に伝えてくれ」
 花菱 紀虎の申し出に、モリーオ・ノルドは応えた。
 山羊座号は魚座号がナラゴニアの軍事拠点を破壊していくあとに続く。ナラゴニアの空域に侵入したロストレイルは他にもある。それらは世界樹中枢へと向かったが、その過程でどうしても交戦は発生するし、そうすると市街地に流れ弾が行くこともあるものだ。
 魚座号の放った火が延焼したり、撃墜されたナレンシフが墜落したり、混乱に乗じて住民同士のいさかいや略奪が起きてもいるようだ。
 そんな混沌の中へ、山羊座号は駆け込んでゆくのだ。
「さあみんな、がんばっていきましょーっ♪」
 ベルファルド・ロックテイラーが明るい声をあげた。
 彼のダイスが、みなに幸運をもたらしてくれるはずだ。

「泰山府君に伏して拝み奉る!」
 臣 雀が雷の呪符から発した電撃が、機械兵のツーリストを退ける。
 撤退していく敵兵。あとに残ったのは、まだ燃える建物と、がれき、そして傷ついた人々。
「連中、見境ないね。……それが戦争かもしれないけど」
 とロナルド・バロウズ。
 ナラゴニアのツーリストたちは、旅団側の非戦闘員が巻き込まれるのにまったく頓着していない様子だった。
「大丈夫ですか!」
 一一 一が、倒れている人々に駆け寄る。
 ロナルドは、がれきにもたれかかり、こちらをじっとにらんでいる男に気付く。怪我で動けないようだ。殺すなら殺せ、といった風情の眼光に対して、彼はただ穏やかに言う。 
「こんな事になったけどさ、皆殺しにしたい訳じゃないのよ。……生きていれば復讐の機会もあるって、考えもアリでしょ」
「そのとおりでございます」
 ふいに、空間に扉が開く。あらわれたのはドアマンだ。
「赦せとは申しません。ただお願いがございます。生きて下さい」
 うやうやしく、ドアを指す。
「目の前のひと……見捨てられませんから。図書館の私たちと、旅団のみなさん――なにも違わないでしょ。たまたま拾われたのがどちらかだっただけ」
 一がそのドアから怪我人たちを運び込んでいった。
「おおーい!」
 ――と、声のほうを見れば、蘇芳 鏡音とソア・ヒタネが見える。ソアがリヤカーを引いていて、ふたりはそれで要救助者を回収しに行ったはずだったが……
「いけない」
 ニコル・メイブが動いた。蘇芳たちが追われているのに気付いたからだ。ワームだろうか、植物の蔓のようなものが、がれきを吹き飛ばしながらふたりに迫りつつある。
「ちっくしょぉおう!」
 蔓が、ソアとリヤカーへ届きそうになる寸前、鏡音はギアの金属バットで果敢に応戦した。
 ソアは難をのがれたが、鏡音は蔓に巻きつかれてしまう。
「鏡音さん!」
「私が助ける。先行ってて」
 ニコルが駆け込んできた。
 ソアを逃がし、一たちが彼女を助けるのを尻目に、ニコルは二丁拳銃でワームに挑む。
 猛然と撃ち続ければ、ついに、ワームの蔓がちぎれて、鏡音が解放された。
「平気?」
「た、助かった……」
「はやく乗ってー!」
 上から声がかかる。かれらのうえを山羊座号が通過するところだ。
 窓から声をかけたのはエレナ。周囲のがれきを素材に、山羊座号までのスロープをつくり、さらにそのうえにトロッコを走らせた。

 そうして、山羊座号はけが人を収容しながら、ナラゴニアを進んで行った。
 魚座号に搭乗していたジル・アルカデルトも、負傷していたところ、無事、山羊座号に回収されていた。福増 在利が薬を与えている。……集中できることがあるのは幸いだ、と在利は思う。車両の一歩外は戦場だから、それを思うと、恐怖に魂が掴まれそうになる。ジルとともに回収されたシェイムレス・ビィが、口をふさがれ自由を奪われて、傍でジタバタしているのも、その状態でなら無害とはいえ、落ち着かないくらいだ。
 そう――、回収されるのは、図書館のロストナンバーだけではない。
「そおっとですよ、そおっと。大丈夫です。きっと、大丈夫ですから」
 秋保 陽南が、声をかけているのは、新たに運ばれてきた負傷者のようだ。彼女の蔦で、地上から担架を引き上げてきた。
 ジャンガ・カリンバと、鰍が応対する。
「!」
 鰍は、あ、と小さな声をあげた。運ばれてきた人物に見覚えがあったからだ。
 以前、ロストレイルが襲撃を受けたさいにまみえたツーリストの少年、たしかソルと言った。
「縁がありますね」
 向こうも気付いたらしいソルは、弱弱しい声で鰍に向かっていった。
 鰍とジャンガは、傷の様子をあらため、手当てを開始する。
「ひどくはない。薬草で間に合うか」
 ジャンガが、傷口を清拭し、持参の薬草をすり込んでいった。
 それが沁みたのか、顔をしかめながらソルは言った。
「助けておいて懐柔する作戦ですか。僕はこのありさまですが、ナラゴニアはまだ――」
「ムダ口なら黙ってろ」
 鰍がさえぎる。
「そんなことはどうでもいい。聞きたいのは、生きたいかどうかだ。生きたいなら言わなきゃわかんねえぞ?」
「僕は旅団の人間で、今は図書館に捕まっているんですよ?」
「旅団とか図書館とか、関係ないだろ! どうなんだ。生きる意志があるなら……ぎゃああ!?」
「うぉわあああああっすみませんお客様! あ、あの……急に揺れたもんだから」
 音成 梓が運んでいた熱いお茶を鰍にかけてしまったようだ。
「せっかくの良いシーンになぜ! なぜこの状況でお茶を!」
「いや……モリーオさんが淹れてくれたハーブティー……」
「というより、今の揺れはなんだ」
 冷静に、ジャンガが立ち上がった。

「アヤ、大丈夫か!」
「……平気。すごく揺れたね。敵?」
「そのようだ」
 蓮見沢 理比古は虚空に助けられて体勢を立て直しながら聞いた。
 びりびりと振動が伝わってくる。窓の外を飛び交う光。爆音。山羊座号そのものが交戦状態にあるようだ。
「敢えて狙ってくる人たちのことは強い仲間に任せるよ」
 それよりも、理比古は医師としてやるべきことがある。
「外に行った一さんたちが心配だな。虚空、ちょっと見てきてくれない?」
「!? 戦場に行って仲間の安否を確認して危なそうなら助けろという意味のことをちょっとそこの玄関まで新聞取ってきてくらいの感覚で言ったな!?」
「よっしゃ、わかった。そいつぁ、この五右衛門が引き受けるぜ。虚空、アヤは任せたっ☆」
 話を聞いて、石川五右衛門が立ち上がった。
 そのまま駆け出し、爽やかな笑顔のまま外へ飛び出していく。
「……。俺も外の様子を」
 不承不承、虚空も続いた。

 山羊座号の屋根のうえには、橘神 繭人の姿があった。
「戦いは今でも怖いけど、投げ出して逃げるのはもっと怖いから」
 繭人の手の中で、梅の枝が弓にかわる。前方のナレンシフの一台へ射掛けた矢はまっすぐに、銀色の船体に突き立つと、その表面に生い茂ることで敵機のバランスを崩した。
 シヴァ=ライラ・ゾンネンディーヴァは、そんな繭人の姿に思わず目じりを下げる。彼の健気さがかわいいようだ。
 ときおり、流れ弾があたりそうになると、繭人を護るために触手をふるう。実際、あたりそうもない弾もはじいては、「いかんいかん、つい過保護になってしまう」と一人ごちる。
 そんなかれらの頭上に、もくもくと黒雲があらわれる。すっ――、と、シヴァの眼が光を宿した。

「なんだ、妙な気配だぞ、相棒――」
 神結 千隼も、空を振り仰いだ。
 彼が話しかけた、今日の相棒とはニコ・ライニオ。ただし今は竜の姿だ。
 千隼を乗せた竜のニコは、ナレンシフ群のあいだを飛び、炎で応戦。千隼が創り出す砲弾と連携した戦いぶりを見せていた。
「あの雲は一体。……雪?」
 山羊座号のうえに広がった雲から、白い雪のようなものが降り注いでいた。
「違う。雪じゃない!」
 ニコと千隼が車両へ引き返す。かれらのうえにも降り注ぐ雪は……降れた箇所から容赦なくふたりを貪り、蝕んでゆくのだ。
「これはワームだ!」
 千隼の力が放たれ、山羊座号の屋根のうえに砲台がずらりと出現、一斉に上空の雲へと火を噴いた。
「ったく」
 屋根のうえには虚空の姿もある。
「とにかくコレが終わらねぇと家の仕事が片付かねぇんだよ邪魔すんな!」
 虚空の銃が轟いた。
 どうやら黒雲自体ワームであり、分身のような微細なワームを降らして攻撃しているようだ。そこへ、周囲からナレンシフ編隊が迫る。
「邪魔はさせないよ!」
 黒葛 小夜のギアが生み出すシャボン玉――触れると爆発する――が空域に散布される。
 同時に、雪・ウーヴェイル・サツキガハラが車両全体を防御結界で包み込み、ワームの雪による腐食を防いだ。
 エアレイ・シヌクルが風を切って飛び、ナレンシフを斬りつけては撃墜していく一方、鹿毛 ヒナタが生み出す影が、巨大な八ツ首の蛇となって、黒雲のワームへとその鎌首を突入させていった。その名も「八俣大蛇・改」。影の蛇は雲状のワームを包み込み、消滅させてゆくのだった。

 ワームが降らせた腐食の雪は、地上にも害を及ぼしていた。
 負傷した旅団員も、かれらを救助しようとしていた図書館のロストナンバー双方に、等しく襲いかかる。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「自分のことを心配なさい」
 地上で救助活動していた中に、天倉 彗と南河 昴の姉妹がいた。
 雪のワームの襲来に、彗はとっさに昴をかばったのだ。降り注ぐ雪はすべて姉の背へ。ふれた箇所が焼けるように痛んだ。
「『ケンタウル、露を降らせ』――!」
 昴は、ギアのカンテラを掲げ、火の雨を降らせた。周囲の雪ワームを焼き払う。
 そこへ、ずしん、と大地をふるわせて、巨躯の男が降ってきた。
「石川五右衛門、参上!」
 見得を切れば、拍子木の音が鳴ったかのよう。
「いくぜ、ヌエ吉」
 彼の影から出現した双頭の銀狼が、ねばねばと人にまとわりつく雪のワームを吸い込んでゆくのだった。

「なんとか危機は脱したようですね」
 窓から状況を確かめて、オーリャが言った。
「そのようだね。車体の被害を調べて、魚座号や他の車両に調べてくれるかい。心配をかけるといけない」
 モリーオの言葉に頷く。
 ピンチを過ぎた証のように、車内にはテューレンス・フェルヴァルトの吹く横笛の音が流れていた。

  *

 くすぶる炎。黒煙。焦げた匂い。
 攻撃を受けたナラゴニアの一部は、すでにがれきの廃墟と化している。
「退けよ、小虎」
 グレイズ・トッドは、低く言った。
 手には、青い炎の宿る剣。
「でないと……殺す」
「へへ……」
 リエ・フーは笑った。すでに傷だらけだ。しかし目は強く相手をにらみつけている。
「逃げる気か? 逃げんじゃねーよ、負け犬」
「逃げるさ。俺は生き延びる」
 グレイズは、リエがもう追ってくるだけの力がないと悟り、駆け出して行った。
 リエは追いかける――が、膝をついてしまう。展開する光の太極図も、徐々に輝きをなくしていった。
「そりゃそうか……今更引き返せやしねえよな」
 がくり、と崩れる。
(けどグレイズ……。どこへ逃げるって言うんだ……どこへ――)

■決戦の空

 0世界の空――貼りつけたような青空に、いくつもの爆炎の花が咲いていた。
 ナラゴニアとターミナルの間の空域には、無数のナレンシフ群とワームたちが飛び交い、その間をロストレイルが駆けてゆく。
 これこそまさしくトレインウォー。
 『世界樹』そのものを攻撃することを役割として割り振られた4つの車両は、ナラゴニア中枢への突撃の機会をうかがっている。敵はむろん、それを簡単に許すはずもなく、絶え間なく弾幕が張られ、ワームがけしかけられてくるのだった。

 水瓶座号は、高度な電算処理能力を活かして、突撃を支援することを任務としていた。
 同じく支援を担当する蠍座号が援護射撃を行う中、4台をもっとも効果的な配置・タイミングで突入させるのが肝要だ。
 司令室となっている客車には、そこらじゅうにメモが貼り付けられている。解析の結果を、フィン・クリューズが整理してくれたのだ。整理したとはいえ、それは膨大な量である。村崎 神無が車両と接続したコンピュータのキーを叩く音が絶えることはなかった。
 周囲を飛び回っているのは設楽 一意が放った式たち。トラベラーズノートのやりとりをするより早いだろう、と、情報を持って飛び回っていた。
「世界樹には、なにか弱点はないのかな」
 ぽつり、と仲津 トオルが言った。
 モニターに送られてくる戦場の画像は、イスタ・フォーが小鳥型メカPちゃん量産型を大量に放ち、撮影したものだ。
「火が効くんじゃねぇかって話だな」
 と、アド。フィンが入れてくれたジュースをストローですすった。
「ダメージはどんどん再生するらしいけど……再生を上回る速度でダメージを与え続けられないだろうか」
「どうやって?」
「うーん」
「はっ……!」
「むぎゅ!?」
 ティリクティアが、なにかに気付いたように目を見開き、思わず、アドをぎゅっと抱きしめる。
「牡牛座号のドリルは!?」
「なるほど。突入経路を……計算できる?」
「了解。計算中、処理完了まであと三秒なのである」
 イスタ・フォーが経路を割り出す。
 だが問題は、敵がそれを許してくれるかどうかだ。

「回避!」
 バルタザール・クラウディオの声が響いた。
 車両が激しく揺れた。
「当然、くるわよね」
 ハーミットが立ち上がり、仲間とともに動き出す。
 水瓶座号は武装に乏しく、直接的な戦闘には向かない車両だ。そのことは旅団には知られていまいが、交戦が続けば悟られるかもしれない。
 そのため、水瓶座号には車両護衛のためのロストナンバーが大勢待機していたのだ。
「損傷は軽微だ。なに、心配ない」
 バルタザールの手の中に、カードがあらわれた。
「これが『星』。水瓶座をタロットでたとえるならこのカードだ。あらわすのは希望と吉兆。この戦争、ここより希望を見出してみようではないか」
 言葉だけではない。バルタザールの魔術は、幸運を引き寄せるのだから。

 球状の身体から無数の昆虫の脚をはやした大型のワームが、水瓶座車両に体当たりしてきた。
 瞬間――、浮かび上がった文字が衝撃を吸収する。紫雲 霞月の施した書画魔術による防護であった。そのとき、屋根のうえには黒藤 虚月と青燐の姿。虚月の鋼糸が敵の脚の一本をからめとり、引き寄せたところへ、青燐が爪で攻撃する。
「いでよ我が軍団!」
「鳥さん、蝶さん、みんなをまもって!」
 ネモ伯爵の下僕たる蝙蝠の群れが、ワームへと襲い掛かった。
 タリスの空中に描く色から具現化した青い鳥と黄色い蝶も一緒だ。鳥はくちばしでつつき、蝶が群れ飛んで牽制する。
 そのあいだに、タリスは新しい絵を描きはじめる。
「竜さん、ターミナルをナレンシフからまもって!」
 それはいつかみた白い竜。タリスなりに真似て描いた絵だ。水晶のドラゴンは咆哮とともに、空を征く。ターミナルをまもりたい、というタリスの思いを乗せて。

 長い身体をくねらせて、悠然と飛ぶ竜はファン・オンシミン・セロン。
 その背のうえを借りているのは業塵だ。
「来るぞ」
「承知」
 向かってくるナレンシフ編隊をまえに、舞うように扇をふるう。
 あらわれた毒と蟲の奔流が、敵機を襲い、その材質を腐食させてゆく。1機が動きを狂わされれば、編隊は崩れる。ファンはそれらを一息に、高重力の空間に閉じ込めた。圧縮され、爆散するナレンシフ。

 気合一閃――、ハーミットがふるう刃から放たれた衝撃が、ロストレイルとすれ違ったナレンシフを寸断する。
 飛行能力を持つ乗員がすんでのところで逃げ出したようだが、狼頭の、漆黒の獣の爪が敵をとらえて、逃がさない。あれはクアール・ディクローズが『災禍の王』としての姿をあらわしたものだ。
 別の旅団員が、応戦しようとするが、クアールに追いつくことさえできない。
 ――と、そんな戦場を、すい、と、ちいさな球体が飛び交い、声を響かせていた。
「モノは相談だ。きみたち寝返らないか。世界図書館に来れば少なくとも快適な列車の旅と定宿は提供できる」
 ベヘル・ボッラによる、地道な勧告であった。

  *

 4台のアタッカー車両が、スピードをあげた。
 水瓶座号の計算した軌道へ、線路が結晶化して出現する。
「よぉっし、援護射撃いくぞ! E・J、音楽カモン!」
「オゥケェエエエエイ! とびっきりのナンバーでいくから、おまえらノリノリでいけよ!」
「任せろ! 友軍援護のためにバンバン撃てるから蠍座選んだんだぜ!! さぁ撃たせろ~!!!」
 坂上 健とDJ E・Jの軽快な掛け合いが、蠍座号の客車に響いた。
「私にも手伝わせて下さい! う、撃ち方、教えてもらえたらですけど……っ」
 と、司馬ユキノ。
 列車砲を備え、遠距離射撃を得意とする蠍座号だ。砲手を務めるロストナンバーたちが砲手席につき、スカイ・ランナーの調合した弾が装填されてゆく。対樹木用のナパーム弾を中心に、強装榴弾、クラスター弾などだ。
「10時の方向、牡羊座号周辺に敵編隊ッス!」
 冬路 友護が声をあげた。トラベルギアに表示される敵の分布を伝える。
「右のほうにデカいワームもいるのだー」
 と、ガン・ミー。
「軒並み撃ち落してやれぇえええ! シャバドゥビファイヤー!!」
 E・Jのスピーカーから響き渡る放射の合図とともに、列車砲が火を噴く。
 砲弾は、燃える彗星のごとくに0世界の空を裂いた。
「撃て撃て撃て撃て撃て!!」
 ひきがねを引く健の指にも熱がこもる。
「まさかこんなことになっちまうなんてな……けど、弱音吐いてる場合なんかじゃねーな! ……後ろからなんかくるぞ!」
 レク・ラヴィーンが警告する。
 村山 静夫が窓から箱乗りに身を乗り出せば、カマキリに似た奇怪なワームが蠍座号の最後尾にとりつく寸前だった。
 風を巻き起こし、銃を連射。
「こんな戦い、俺はさっさと終わらせてぇんだよ」
 屋根のうえを、一二 千志が駆けてゆく。影から放たれる刃が、ワームに襲いかかった。
 唸りをあげて別の方向から迫るナレンシフには、ナフィヤが応戦する。その装甲さえ切り裂く鋭い爪が彼女の武器だ。
 そうやって自身に迫る火の粉を振り払いながら、蠍座号は援護射撃を続ける。
 そしてアタッカー車両はナレンシフによる防空圏をすり抜け、ナラゴニア中枢へと滑り込んでゆく。突き刺さるように伸びる線路
 大型のワームがそれに追いすがり、車両に喰らいついた――かに見えたが、それは囮。和紙介の描いたものの具現化だ。臣 燕が火の呪符から生み出した不死鳥がワームを焼き尽くすのを尻目に、ロストレイルは先へ走り抜けてゆく。
「やった、突破成功! やりましたねー!」
 同田 鋼太郎は嬉しそうだ。車両がうまく役割を果たせただけでなく、彼は、ここへ至るまで、車両や砲塔の機械部に潤滑油を注入したり、ウエスで磨いたりと整備を引き受けていたのだが、それがすべて、幸せであったらしい。それだけで、ロストナンバーになれてよかったと思うほどにだ。
 嬉しいついでに、DJ E・Jを磨きはじめる鋼太郎。
「おまえらよくやった! ご褒美にとびきりのご機嫌なナンバーいくぜ! これはレアな音源だぞ、その名も――」
 陽気なMCがふいに途切れ、スピーカーからは三味線に乗せた壱番世界の民謡が流れはじめた。
「わ、しまった!?」
 鋼太郎がラジカセのスイッチを切り替えてしまったのが原因のようだ。しかし何故民謡?
「あ、それ、私のカセットです」
 ユキノが挙手した。

■混沌の新生(ノエル)

 蟹座号は、慎重に、ノエル叢雲へと近づいていった。
 今のノエル叢雲は、この戦いにおけるいちばんのジョーカーと言ってよい。
 三日月灰人がどうなってしまったのか、誰にもその正確なところがわからないからだ。だからこそ、各種センサーを備えた蟹座号が別働隊として、ナラゴニアへの攻撃には加わらず、叢雲の対応にあたることになった。
 より精度の高い情報を収集するためには、できるだけ接近すべきだが、今の叢雲が、というより灰人がどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。

「甲板には誰の姿も見えない。灰人も――コケもだ。船室に入ったか。……皆、気は変わらないかね」
 メルヴィン・グローヴナーが振り返る。
 叢雲に直接乗り込むつもりの志願者たちは、決意をあらわに頷いた。
「潜入から脱出まで、通常なら10分というところだが。長引くほど不確定のリスクは増す。心してかかってくれ」
「うへえ、なんだこりゃ」
 エイブラム・レイセンが声をあげた。
 彼は蟹座号の各種センサーと自身を接続し、さらに得た情報を水瓶座号に送っていた。
「どうかしたかね」
「叢雲の内部の様子がおかしい。とんでもない情報量だぞ。……ツィーダ、今送る」
『受け取ったよ~』
 水瓶座号に搭乗しているツィーダが、情報処理速度ではロストレイル最高の水瓶座号のリソースを使って、その膨大な情報を解析してゆく。
「窒素78.1%、酸素20.9%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.04%、微量ノ一酸化炭素、ネオン、ヘリウム……」
 ツィーダが返す情報を、幽太郎・AHI/MD-01Pが人の言葉に戻して出力する。
「コレッテ……」
「ああ」
 エイブラムが頷く。
「世界だ」
「どういうことでしょうか」
 蟹座号の司書、予祝之命が訊いた。
「平たく言やぁ、あの船の内部に、壱番世界がまるごと入ってるのと同じだけの情報量がある」
「『世界計』の破片と、むろん関係があるのだろうな」
「おそらくは。ですが委細は、足を踏み入れてみなければ。皆様。そろそろ接触圏内です」
「くるわ! 右に20度避けて!」
 アーネスト・クロックラックが叫んだ。
 ノエル叢雲から、木の葉の嵐がロストレイルに向けて放射されたのだ。
 大部分は車両を傾けて避ける。避けきれなかったものが車体をこすり、不快な音を立てたが、やがて、すぐに爆ぜて消えてゆく。ダンジャ・グイニの結界が車両を護っていたからだ。
 窓の外を、さっと黒い影が横切る。龍変化をした鬼龍だ。木の葉の嵐が彼を追っている隙に、蟹座号の線路が叢雲の甲板へ向けて延びる。
「今だ、急げ!」
「頼んだよ」
 メルヴィンのゴーサインで、ロストナンバーたちが飛び出していく。
 ダンジャは、祈るように、かれらを見送った。
「あの牧師に、わからせてやっておくれ。ただ見守っているだけでも十分だって事を聖職者が忘れたら、神は応えっこないってさ。そうなっちまったら、化け物だ。あたしのようにさ……」

 ロストナンバーたちが、ノエル叢雲の甲板へ降り立つ。
 それに応えるように、甲板の材木から、木でできた人型がたちあがり、動き始める。木の葉の嵐と同じような、叢雲の防衛機構だと思われた。
 空を泳ぐアコル・エツケート・サルマの背から、ホタル・カムイが飛び降りる。
「さて、アズマ、カザネ姉。力貸してくれ」
 彼女にだけ聴こえる声がそれに応えたのに、かすかに微笑を浮かべ、ホタルは踏み込む。
 樹木の傀儡たちの動きが、今のホタルには手に取るようにわかる。風に乗るかのような動きで、雷を宿した棍を叩きこんでいけば、傀儡たちはあえなく崩壊してゆくのだ。
 ひゅん、と空気を裂く、灰眼のワイヤーが、甲板に穴を開けた。
「行くぜ!」
 マストにワイヤーを巻きつけ、穴へと飛び込む。
 仲間たちがそれに続いた。
「!? なんだ……ここは!?」
 灰眼は、穴の先――ノエル叢雲の船体内部に広がる光景に驚きの声をあげた。
「世界……ね。こういうことか」
 ティーロ・ベラドンナが面白そうに頬をゆるめる。
 かれらが降り立ったのは、緑なす草地のうえ。しっとりした土に、みずみずしい匂いの風。なだらかな丘陵が続く、うららかな田園地帯の風景だった。空は穏やかな青空であり、耳をすませば鳥のさえずりも聞こえるようだ。遠くには青い山麓や、森も見える。
 ティーロは、周囲に満ちる精霊の活動が、現実の自然環境となんら変わりのないことを察する。
 創られた別世界――チェンバーに類するものか。
「ふたりは」
「こっちだ。みんな来い」
 精霊力がはたらくのなら、ティーロに怖いものはない。灰人とコケの居場所を察知すると、みなを導く。
 ただ気になるのは……風に乗って移動しながら、ティーロはわれ知らず渋面をつくった……そこにある気配がふたりだけではないということだ。

 たどりついた先は、小さな教会だった。
 ロストナンバーたちは、漏れ聞こえるオルガンの音と、澄んだ讃美歌の声を聞く。そして、和やかな、笑い声。
 思わず、皆、足を止めた。
 ひとり、止まらなかったのはヌマブチだけだ。
 彼だけは、躊躇なく教会の玄関へ歩み寄り、だん、とその扉を開けた。

 ステンドグラスから差し込む明かりの下に、三日月灰人はいた。

 その傍らに、ひとりの女性がそっと寄り添っている……さらには、幼い少女がいる。少し離れて、年老いた夫妻らしき男女がかれらを優しく見守っている。物陰に、すこしさみしげな面持ちでたたずむ青年がいる。そして、椅子にかけて、退屈そうにしている少女は……キャンディポットだ。
「そういうこと」
 マスカダイン・F・羽空が、低く、言葉をもらした。
「なんだよ……絶望したとか言って……アンタ、まだ世界に信じられるものがあるくせに! これが……アンタが信じたもの……欲しかったものなんだろ!?」
 妻と娘。世を去った両親。亡くした友人。キャンディポット。
 灰人の手から、神の手が奪い去っていったもの、すべて。
 灰人の瞳が、ぼんやり、と、ロストナンバーたちを見た。
「……ようこそ。私の世界へ」
「これが『世界計』から手に入れた力――なのか」
 硬質な声で、ヌマブチは言った。
「すべてはかなえられます。私からすべてを奪った神ではなく、ましてや世界樹でもチャイ=ブレでもなく、私自身の手によって」
「へーえ、そう」
 吐き捨てるように言ったのは、イテュセイだった。
「飼い慣らされた羊は力を手に入れても所詮他力本願の羊てわけね。自分自身の力? 貴方の中にある『世界計』の破片の力でしょ? だいたい、力手に入れてすることがマイワールドづくりって、これだからポッと出の超パワー授かりキャラは痛いわ」
「……」
「あのね。わからない? こんなの、偽者だって言ってんの。すくなくとも、その子はね。だってあんたの娘は――」
「黙りなさい!」
 灰人に、まばゆい後光が差したのを、人々は見る。
 それはまさに神の、奇跡の顕現のようだった。光は一瞬にして、居合わせたロストナンバーたちの精神を支配するはずだった。
 だが瀬尾光子が召喚していた悪魔ブエルが、すぐさま精神支配を癒してゆく。
 イテュセイのビームが、後光に対抗するように放たれた。
 ガラスが砕けるような音とともに、灰人の妻が、娘が、キャンディポットが、砕け散り、消えていった。それはあまりに脆弱な幻だったのだ。
「貴様!」
 ジグソーパズルのピースが外れるように、教会の風景がぼろぼろと崩れていった。世界は灰人の意志でいかようにもかわる。それはヴォロスの秘境や、ブルーインブルーの荒海、インヤンガイの廃墟へと絶え間なく姿を変え、虚空からあらわれたワームや、野獣や、海魔や、暴霊のようなものが、ロストナンバーたちに襲いかかる。

「もう……もうやめてくれ!」
 アマムシは叫んだ。
「もうたくさんやで、縁ある人が亡くなるのは。せやから戻ってきてほしいんや……兄ぃの珍しい頼みごと――あんさんと、コケを連れ帰る……! コケはどこや!」
「アソコデス」
 応えたのはCrawler-δ 『ex-cel』。
 金属の脚が示したのは、教会にあった聖像だ。それは、アマムシが目を凝らすと、真の姿をあらわにする。
 コケだ。彼女に刺さった園丁の花から伸びた蔦に全身をからめとられた、あやしい磔刑の姿。
「おれが……!」
 麻生木 刹那が動く。
 本来なら、時間を停止させられるはずだった。
「停まらない、なぜだ」
 問うても答は得られない。その間も、刹那は動く。自身の脚で、コケのもとへとたどりつく。蔦が、抗うようにうねって、刹那に襲いかかるのへ、アマムシの操る柳刃飛刀が飛来して、蔦を斬り落としてゆくのだ。
「渡しませんよ」
 コケに手が届く寸前、刹那のまえに灰人が出現した。
 刹那が殴りかかるが、瞬間移動で回避し、背後から蹴りをくらわす。一対一なら、このように、今の灰人のほうが賢しく立ち回る。しかし、この場には大勢のロストナンバーがいた。
「おぬしに伝言があるのじゃ」
「!」
 アコル・エツケート・サルマだ。
「小竹からの伝言じゃ。『灰人は全力で殴る』と。代行させてもらうぞ!」
 したたかな、尾の一撃!
 戦いがはじまってから、周囲には春鶯の奏でる呪曲が流れている。それが皆の力を底上げし、精神支配への防護にもなっていた。
「アンタは、クランチと同じにはしない」
 マスカダインが、灰人の腕を掴んだ。
「誰かの為に狂える人に、悪い人はいないもの」
「は、離せ……!」
「もうやめてください!」
 七夏の悲鳴のような声。
 彼女の糸が灰人の牧師服を地面に縫いとめようとする。
「なぜ……なぜ邪魔をするのです! 私はただ――、ただ人並みの幸せを欲した、どこにでもある普通の家庭に憧れた、それを取り上げたのは世界だ。だから私自身が、私のための世界を創る。私のなかの世界計が刻む、新しい時間の世界を!」
「目を覚ませ」
 ヌマブチだった。
 彼の拳が、灰人を殴りつけた。
 倒れた床は、もとの教会の床だった。
 ただし、建物は無残に崩れ、くすぶっている。戦火に焼かれた、廃墟の教会だった。
「ヌマブチの言うとおりだ」
 ハクア・クロスフォードが言った。
「目を覚ませ。そして……見ろ。おまえの娘を」
「……え」
 ハクアの服の裾を、ぎゅっと握っている、小さな手。
 彼を見つめる青い瞳には、涙がいっぱいに盛り上がっていた。
「……ぁ」
 なにか言いかけて、言葉にならず、ついに、涙がぽろぽろとこぼれだす。
 ととと、っと、灰人に近づくものがあった。思わず、身構えるが、近寄ってきたのは、キリル・ディクローズの小さな姿だった。
「貴方宛の手紙、お届けします」
 キリルは『手紙屋』。どんな手紙も、必ず届ける。
 灰人は、呆然と、その文字を追った。

  パパへ
  会いにいくつもりだけど、泣いちゃいそうだから、お手紙を書きます。
  ヴォロスで会ったときは、うまく言えなかったけど、
  ゼシカは、パパといっしょにくらしたいです。
  ママが言いました。『なげかないで、未来をつむいで』
  それから、パパに伝えてって。『パパのお嫁さんになれて幸せでした』って。
  ゼシカも、パパとママの子どもで幸せです。
  ゼシ、大きくなったでしょう?
  だから、ヴォロスでは、パパもゼシのこと、わからなかったのかなと思います。
  でも、ゼシカはゼシカだよ。

 そこから先は、読めなかった。
 手がふるえる。頬が熱いのはなぜだ。泣いて……いるのか。この私が――?
 顔をあげた。少女と目があう。
「……みて」
 ちいさな声で、少女――ゼシカ・ホーエンハイムは言った。
 彼女はひとつの指輪を掲げる。
「わかる? パパも同じの嵌めてるでしょ」
「……」
 灰人は、もう一度、手紙を見た。
「ゼシカ」
「……うん」
「ゼシカ――と、云うんですね」
 くしゃ、とゼシカの顔がゆがんだ。
「パパーーーーー!!」
 堰を切ったようにほとばしる声。彼女は走り出した。廃墟の教会を、彼女の父のもとへ。
 道半ばで、床のひびわれに足をとられて、転びそうになる。瞬間、そこに灰人は転移していた。小さなゼシカを、抱きとめる。
「パパ! パパ! パパ!」
「ゼシカ……ゼシカ! 私の――娘……!」
 ゼシカの号泣する声が響き渡る。
「灰人」
 そっと話しかけたのは、キリルに同行していたワード・フェアグリッド。
「僕は君かラ神のことを教わったんダ。君に幸福を教わったんダ、だかラ、今度は僕が君に返ス番。……ゼシカといてあげて」
「……。ゼシカ」
「うん」
「パパはね。ずっと……ずっとうちに帰りたかった」
「うん」
「ゼシカのいるおうちにね」
「うん」
「……。ゼシカ。すこしだけ、待っていてくれますか」
「……え?」
「おうちに帰るまえに、パパはやらなければいけないことがあるから」
「!」
 灰人のゼシカの再会を見て、人々は、一件落着だと思っていたのだ。
 だから、Crawler-δと刹那が、コケを、うねる蔦をおさえながら保護しようとしているその場に、灰人が転移した瞬間、動くのがわずかに遅れた。
「もう少し、彼女の力は借りなくてはならない」
 小脇にコケを抱く。
 鋭く伸びた蔦が、Crawler-δと刹那をはじき飛ばした。
「走れ、ノエル叢雲!」

「いかん!」
 メルヴィンが叫んだ。
 あ、と予祝之命が小さく声をあげた。
 叢雲の周囲の空間に次々に、あらわれる光は、そのなかに船内に乗り込んだはずのロストナンバーたちを内包していた。なんらかの力により、船内から放逐されたのだ。

「パパ! パパ!」
 ゼシカの叫びが空へ消える。
「なぜだ……なぜだ、灰人!」
 クアールの声が届いているのか。
 空間に放り出されたロストナンバーたちを、アコルら、飛行能力をそなえた仲間が救助するのを尻目に、ノエル叢雲は、急旋回して、動き始めていた。その進路の先には……
「動き出したわ。ちょっとどうするの。あれ、撃ってもいいの!?」
 蠍座号のなかで、叢雲に狙いを定めていたフカ・マーシュランドが言ったが、誰の判断も、なにが最適なのか決めることができなかった。
 ただ言えるのは、ノエル叢雲は、世界樹の根へ……かつてのドクタークランチであるニーズヘッグのもとへ向かっているということだ。

■世界樹のもとへ

 マキシマム・トレインウォーの発令により、12台のロストレイルが飛び立つ寸前――ひそやかに、ナラゴニアに着陸したナレンシフがあった。
 いかなる運命の導きか、ナラゴニア襲来の前に、壱番世界に訪れていた旅団と戦ったチェガル フランチェスカ、ファルファレロ・ロッソ、ゼノ・ソブレロ、幸せの魔女の4人が、ナレンシフを強奪して0世界に帰還していたのである。
 事情を知ったチェガルたちの決断は早かった。
 ナラゴニアにすみやかに進入すると、ただひとつの目的のために動き出したのである。
 すなわち、ナラゴニアの指導者、《原初の園丁》シルウァヌス・ラーラージュの暗殺だ。
 しかし、ひとつの都市であるナラゴニアの中で、たったひとりの園丁のもとへどうやってたどりつくのか。たとえナラゴニアの地図があったところで、今現在の園丁の位置を見つけ出す手段などない。手段などないが、
「私は幸せの魔女。どんな手段を用いてでも必ず幸せを奪ってみせるわ」
 幸せの魔女のその言葉がすべてである。
 知恵でなく幸運によって、4人は、シルウァヌスと対峙したのだった。
「ボスってこたあ強いんだろ? 愉しませてくれよ」
 ファルファレロの銃が火を噴く。
「私を殺したところで、『世界樹』が滅びることなどない」
 そこは世界樹の巨大な幹を背にした、広大な空間だ。幹を流れ落ちてくる水が、石づくりの床に浅くたまり、波紋をなす。
 シルウァヌスが杖をふるえば、そこから伸びた蔦が鞭のように4人を攻撃したが、この青年は、ファルファレロの言うようにボスではあっても、とくに戦闘力に長けているわけではないようだった。
「じゃあ、どうすればいいんスか。なにか秘密があるなら、教えてもらいたいッス!」
 ゼノはパワードアーマーのパーツを交換して身軽になっている。軽快にたちまわり、鋼の腕に園丁を押さえ込む。
「世界樹は滅びぬ。永遠の存在なのだ。私は……私たち園丁は、選ばれて仕えるにすぎない。私の命が消えても、なんの功績にもならぬぞ」
「ああ、そうかよ」
 苛々した面持ちで、ファルファレロは引き金を引く。
 シルウァヌスの身体が崩れた。水面に、広がっていく血は、緑色。あまりにあっけない、原初の園丁の最期だった。

  *

 シルウァヌスの言葉どおり、『世界樹』は園丁の長の死とはかかわりなく、厳然としてそこにあった。
 4台のロストレイルが接近してきたのを察知したのが、世界樹の巨大な枝がたわみ、それぞれのロストレイルへむけて伸びる。
 そのうえには旅団のツーリストやワームの群れが集結していた。
 決戦の舞台は、世界樹そのもののうえで行われる!

 射手座号は、アタッカー車両のひとつではあったが、他の3台に比べるとやや、世界樹から距離を置いた軌道を走っていた。それは射手座号の特性である遠距離の射撃能力を生かすがためだ。
「ちとてん、魔法弾撃つのに力貸してね?」
 セクタンに声をかけ、月見里 咲夜は射手座号の列車砲のひきがねを引く。
「咲夜ちゃん、がんばって!」
 エミリエの応援を受けて、撃つ、撃つ、撃つ――。
 兄の月見里 眞仁は、鬼気迫る咲夜の様子にやや面食らいながらも、同じく砲手の席につく。
 榊原 薊は、装填作業などを手伝っている。そこへやってきたラグレスが、
「私を装填していただけますか?」
 と言う。
「はい?」
「私自身を、です」
 どろり、と手がとけて、こぼれたと思えば、ごとり、と砲弾になって床に落ちる。自身の一部を弾に変えて撃ちだせというのだ。そのまま着弾した世界樹を喰いあらす心算。

「全砲門解放。これより全方位一斉掃射シマス」
 アヴァロン・Oは射手座号のシステムと自身を接続し、精密な射撃を行っている。
 そして、屋根の上に立つロストナンバーたちからは、独自の能力による遠距離攻撃が加えられているのだ。
 ローナは重装戦車兵装を展開。ガトリングが唸りをあげる。
 天摯は大量の刃物を錬成し、四方へ撃ちだす攻撃だ。
 古城 蒔也がグレネードランチャーを撃てば、弾丸は着弾点で大きな火柱をあげた。
「上出来だツンツン頭!」
 そう言って笑うネイパルムが、ギアで生成した「花火弾」なのだ。
「無理して腰痛めんなよ、赤いおっさん」
 蒔也がネイパルムに軽口を叩く。
 ふたりの横目に、木賊 連治は、自身のギアで蒔也のそれを模倣する。ネイパルムの弾薬ケースから弾を拝借すると撃ちまくった。
「イタズラはバクハツだー!!」
 楽しそうな声を響かせて、走行するもう1台のロストレイル……ではない、ブロックでつくったようなそれはモック・Q・エレイヴだ。セリフを合図に、蒔也がモックを爆発させる。ゲラゲラ笑いながら、ばらばらになったブロックが爆裂四散していった。
 そんな激しい砲撃を行いながら走行する射手座号であったから、敵もこの車両に近づくことは容易ではなかった。
 幸運にも弾幕をかいくぐることに成功したナレンシフは、不運にもその前方にボルツォーニ・アウグストが待ち構えていた。
 列車の最後尾の屋根に立つボルツォーニは、長身の彼の背丈よりも大きな、大砲を、軽々と肩に担ぎ上げる。まずい、と思ったときにはもう遅く、正確な砲撃に撃墜されていた。
 射手座号の走った軌跡には、無残な焼け跡と銃撃痕だけが残った。
 車内では、伊原が、
「火気厳禁だよ! 火の用心だよ!」
 と、うっかり、車内に引火したり、誘爆したりしないよう、消化剤を配布しつつ、防火に力を尽くしていた。
「花火は家の外であげてほしいなあ」
 とつぶやきながら。

 差し伸べられた世界樹の枝。
 敵のツーリストやワームがひしめくなかへ、あえて突っ込んでゆく車両がある。乙女座号だ。
「用意はいーい?」
 無名の司書が、先頭車両の窓から屋根の上へ向かって声を張った。
 屋根にいるのは桐島 怜生と、冷泉 律。
「ホントにやるの……か? これ一生言われ続ける黒歴史じゃ――」
 律が慄くのもムリもなかった。
 一応、ふたりは、機関車両を護るという役でここに乗っているのだが、もうひとつの、重要な役目が今から果たされようとしていた。
 無名の司書がぴしゃり、と窓を閉めた。
 旅団のツーリストたちの攻撃は、永光 瑞貴の施した法術にはじかれる。
 ならば物理的に破壊せん、と敵の集団が車両に迫った、その機を狙って、乙女座号に仕掛けられた必殺の攻撃が発動したのだ。
「チャイ=ブレに代わって――」
「お仕置きよ!!」
 先頭車両のうえで、船主像のように、怜生と律が、ちょっとどうかと思うポージングを決めた瞬間、車両側面から一斉に刃物が射出される。接近していた旅団員たちが、「正義の棘」と名づけられた攻撃の犠牲になる。
 もっとも、敵もツーリストなので、これだけで全滅するようなことはないが、牽制には十分すぎ、続けて車両から飛び出したロストナンバーたちの攻撃こそが本命であって、車両周辺の敵を一掃してゆく。
 ドミナ・アウローラが戦歌「ファランクス」を奏でて展開する結界に護られながら、ニッティ・アーレハインが魔法の砲撃を放っている。ブレイク・エルスノールも大規模な魔法を次々に駆使し、その様子に、ヴィクトルは頼もしさを感じる。
 フェリックス・ノイアルベールの魔法の火炎と、ヴィンセント・コールのギアが引きこす吹雪が渦を巻くなか、理星の太刀が鮮やかに敵を斬り伏せ、返す刀とともに放つ魔法が相手を吹き飛ばす。竜の姿で、乙女座号のうえを寄り添うように飛ぶ清闇が、周辺に精霊を大量にあつめてくれているため、理星の魔力は尽きることがなかった。

 乙女座号に続いて、敵の多い方向へ突っ込んでゆく車両は牡羊座号。
 牡羊座号は、装甲の硬さが特徴の車両だ。多少、攻撃を受けてもびくともしない。(余談だが、このとき、ロストレイルを目撃した旅団員の証言は後に図書館勢を困惑させた。どうも「あれっ、1台多いぞ」ということになったようだが、原因は不明だ。)
 油断なく周囲に目を配り、敵方の重要人物を見つけようとしている墨染 ぬれ羽を屋根の上に乗せ、牡羊座号は差し伸べられた世界樹の枝のうえを走る。
 舞原 絵奈は、列車の窓から、魔力の放出による攻撃を加えていた。
「……っ」
 一心不乱になっていると、気付いたときには小型のワームが襲い掛かってくるところだった。
 寸前、星川 征秀がトラベルギアの星杖で攻撃を受け止める。
「気をつけろ」
「あっ――、ありがとうございます」
 征秀は、はっと目を見開いた。
「……、あの……?」
「いや。怪我がなければいい」

 防御に優れる車両であるのをいいことに、リジョルは、自身は客車にいながらにして、列車の外に破壊魔術「細き理力の鋼線」を放って、敵の相手をさせていた。
 そして自分は、のんびり紅茶を楽しんでいるのだ。
 いつのまにか、対面の席にはSがいて、お相伴に預かりながら、タバコを吹かしていたが、Sはただ単に、戦いを見物しているだけである。
「援護が必要な方はいらっしゃいませんかー?」
 テル子が、加護を振りまきながら、客車の通路を過ぎてゆく。

「アタッカーの全車両、『世界樹』に近接したようね」
 華月が、ノートから顔をあげて言った。
 牡羊座号に問い合わせ、紫上 緋穂からの返信を受け取ったところだ。
 牡牛座号の司書、リベル・セヴァンは頷く。
「突撃は」
「まだです。最適のタイミングを見極めなくては。紫上さん、エミリエ、無名の司書に伝えてください」
 そう言ったリベルの頬を照らす光。窓の外で、激しい光の明滅があるのは、セリカ・カミシロが旅団と応酬するレーザー光線か、それともルオン・フィーリムの雷の魔法か。
 牡牛座号は車内にも光るものがある。七代ヨソギが鍛冶道具一式を持ち込んで仲間の武器の修復をその場で行っているのだ。職人仲間のしらきが起こす炎の中で、ヨソギのハンマーが、鉄を叩く音が小気味良い。

  *

 見よ――、ナレンシフが1台、墜落してゆく。
 飛天 鴉刃が低空飛行のその底を槍で貫いたのだ。ベルゼ・フェアグリッドが借りた「ドラムの槍」の威力を見せ付けた。
「どんどんキメてくぜー!」
 ベルゼ自身は銃を撃ちまくっている。
「ぼーっとしてないで、動けよ!」
「わかってるって! もー、何でついて来てるのさー!」
 トラベルギアから宝石弾を撃ちだしながら、アルド・ヴェルクアベルが言った。
「……お前も、つくづく世話を焼きたがるな。ありがたいが」
 鴉刃がベルゼに言う。
「キシシッ、やっぱお前ら見てて飽きねーや」
 ベルゼは笑った。

 近接戦闘や個人戦を得意とするものは、ロストレイルから降りて、旅団のツーリストたちと斬り結んでいた。
 倒すべきは『世界樹』そのものではあるのだが、旅団のツーリストは、当然、それを阻止しようとするので、必然的にかれらと戦わなくてはならなかった。

 爆発!
 色とりどりのボールが転がってきたと思えば、次々に爆発する。
「ヒットでござーますよ、ジャンジャンジャンジャンでござーますです! ってあれれ? なんでござーますか、あんたさま」
「ごめん、あんたたちに恨みや憎しみがあるわけじゃないんだ。でも、俺は0世界を守りたいんだ……自分勝手でごめん」
 それはハルカ・ロータスの能力。爆発するまえに、投げるボールが『分解』されて消えていくのに、赤と紫の全身タイツに身を包んだツーリスト、ジェメッリ・ジェメッリは焦った様子だ。
「何するでござーます! ママが見てる、見てるでござーますよ! 失敗はできないでござーますですよ!」
 ムキになって大量の爆弾ボールを投げる。
「ハルカ!」
 アキ・ニエメラの力がボールを『静止』させる。
 しかし、彼がハルカの援護をするなら、敵にも敵の仲間がいる。
「あらあら、少しは楽しませてくれそうね」
 鋭く飛んできた攻撃をアキはかわしたが、それはするするとまとまって金髪の美女の姿をとる。だがそのグラマラスな身体はすぐまたほどけてリボンになり、ハルカたちを斬り裂こうとする。

 鉱石の肉体をもつ巨漢が、自らの身体から石つぶてを放って攻撃してくる。
 さすがのワーブ・シートンも、その直撃を受けては怯まずにはいられない。それでも、ワーブは果敢に敵に向かってゆく。
「うぉおおおおおおおおぉんっ!!!!」
 ワーブが組み付いたとき、反対方向から、空気をふるわす咆哮があがった。
 ギアの力を解放したロボ・シートンが、加速化した体当たりをくらわせたのだ。鉱石男・ゲベルの身体にひびが入った。

 “流星の”ライフォースが、熱風を生み出す。
 一方、相対するのは軍服めいた服装の、女とみまがう美貌の偉丈夫。
「こんなものか! あの方を倒した力、見せてみろ」
 サーベルをふるい、ライフォースに迫る。
「っと!」
 その刃を受け止めたのはシオン・ジーヴルだ。
 キン、と音を立ててはじき返した剣の軌跡に氷の結晶が舞う。その隙を突いて、ライフォースが槍を突き出す。
「くっ! おのれ……」
 肩を貫かれ、美丈夫は退く。

 ジュリアン・H・コラルヴェントの細剣が、次々に敵をしとめてゆく。
「キャハハッ、お兄さん、つよ~い!」
 ツインテールの少女が笑うが、ジュリアンは表情を変えない。
「単なる敵同士だ。それ以外の何でもない。どちらが生き残るか、決めようか」
「うん、いーよっ!」
 少女が放つビームを避けて、踏み込んだジュリアンの突きが決まった。

 高笑いとともに駆けてゆく理不尽な妖精――ノリン提督。
 群れをなし(なぜか一人ではなかった)ナレンシフの外壁を突き抜けて入り込む。視界とスペースを奪われて、円盤は墜落するしかない。

 そこかしこで、爆発が起こり、雷鳴が轟き、吹雪や竜巻さえ巻き起こる。
 幾多の世界群からやってきたツーリストたちが集結しての戦争は、恐るべき超常の力の激突だった。
 だが、そんなかれらでさえ、この『世界樹』そのものからすれば、まさにその幹に止まる小鳥に過ぎない大きさだった。
 今――
 おのが樹皮のうえで争う小さなものたちに憤るかのように、世界樹が振動をはじめた。
 その枝が……ということはすなわち、ロストナンバーたちの戦っているその足元が揺れ、大きく傾く。
 急に傾いだ地面を、セクタンが転がり落ちて行った。
「なんだ……?」
「見ろ、芽だ!」
 ふいに、樹皮から新しい芽が吹いたかと思うと、それは急激に成長し、ひとつの樹と言っていいくらいの大きさになる。そして次々に枝分かれするや、それをしならせて、近くのロストナンバーに襲い掛かってきたではないか。
 『世界樹』そのものが、かれらに牙を剥き始めたのである。

■ラグナロク

「うーン。何度シャッフルして捲っても『塔』。正逆はばらばらだけど良くならないネー」
 ワイテ・マーセイレがタロットをめくっている。
 獅子座号は、ニーズヘッグの様子を監視していた。ドクタークランチは敵だが、人の姿を棄て、ニーズヘッグとなった今は、世界樹にとりついてそのパワーを吸収している。それはすなわち、世界樹への攻撃でもあるから、勝手に同士討ちをしている間は静観してよいのではないか、という判断からだ。
 ときおり、空域を行きかうナレンシフやワームがちょっかいをかけてはきたが、奇兵衛の張った結界などのおかげで損傷は少なく、また、少しの破損は葛木やまとの小蜘蛛が修理してくれていた。
「ったく、ふざけたもんになりやがってよ」
 ナイン・シックスショット・ハスラーは、獅子座号が観測したデータの解析に専念していた。
 情報は、水瓶座号にも送られ、速度の速い電算処理を並行して行う。水瓶座号のほうではジャック・ハートが担当しているようだ。いちいちふざけたコメントつきで解析結果が返ってくる。
「どんどん成長してる」
 ナインは、灯緒へ結果を告げた。
 かつてドクタークランチだったものは、刻々とその力を増しているようだ。
 ならば。
「……傍観を続けるのは、拙いかもしれないね」
 猫は、ゆらりと尾をゆらした。
 まさしく。
 ニーズヘッグが取り付いていた世界樹の根が大きく揺れた。まるで、蛇を振るい落とそうとするかのようだ。実際、それが目的だったのだろう。それでも喰らいついているとわかると、別の根だか蔓だかが伸びて、ニーズヘッグに突き刺さってゆく。
 しかしニーズヘッグは、どんどん膨れ上がってゆくばかりだ。不気味な巨体のそこかしこが泡立ち、新たな器官を生み出しはじめている。それは新たな蛇の頭であったり、鉤爪であったり、眼球であったり、牙の並ぶあぎとであったり、得体の知れない触手であったりした。
「ぶくぶくと肥え太る。醜悪じゃの」
 逸儀=ノ・ハイネの感想が正鵠。
 そして、それはついに、自身を保つ輪郭が決壊したように、際限のない急速な膨張をはじめた。
 獅子座号は巻き込まれかねない位置にいたので、急速に旋回する。
 だが、おぞましい膨れ上がる肉塊から伸びた蛇の鎌首が、ロストレイルに挑みかかってきた!
「世界樹に飽きたらず、列車も食うか。コレはまた大喰らいだねェ」
 椙 安治が魔方陣を描きだし、それを「食わせた」。体内で腐食や崩壊を促す魔法が込められている。少しでも効果があればいいが、どうだろうか。
 水鏡 晶介は眼力魔法で凍りつかせることを試みる。
 だがいずれも、目に見えての効果はあらわれなかった。
「ならば直接、叩き斬るまで」
 雀が、跳んだ。
 真一文字の太刀筋で斬りつける。
 仲間たちも次々に続いた。
 逸儀=ノ・ハイネは、本性である狐の姿で列車から飛び出し、妖力の楔を撃ち込み、風雅 慎はバイクで特攻をかける。
「まるで水子じゃの」
 灰燕は哀れむような目で。
「そがぁな姿になってまで手に入るモンなぞあるのか。大人しく灰に還るがええ」
 燃える花吹雪が美しくも鮮やかに肉塊を焼き切ってゆく。
 しかし、それの勢いが減じることはなかった。
「きゃああっ」
 川原撫子が触手の一撃に吹き飛ばされた。だが、セクタンの護りによりこれは無効化。彼女はティーロからもらった護符をもっている。それでもう一度は防げるはずだ。諦めることなく、再び挑む。
「フランちゃんに、みんなに……謝りなさいぃ!」
 ドクタークランチは、旅団内で高い地位につき、さまざまな『部品』を与えることで大勢の人間を操ってきた。だがそれにより、運命を狂わされたもののなんと多かったことか。
「くそぉ!」
 ムシアメは、ニーズヘッグの勢いに、近づけないでいる。なんとか直接とりつくことができれば至近距離で呪いをお見舞いできるのだが、しかし、見るからに、今のニーズヘッグには直に触れるのは危険そうだ。
 禍月 梓やロウ ユエが、その能力を無効化しようとするのだが、効果をあらわさない。
「『成長』だ! 『成長』してンだヨ!」
 水瓶座号からの、ジャック・ハートの通信。
「能力を打ち消しても、それより速いスピードで成長して、新しい能力を発揮してやがンだ」
 ならば、どうやって倒せというのか。
 そのときだった。
 横合いから突っ込んできたものが、獅子座号を追うニーズヘッグにめりこむ。
「あ、あれは……!」
 旋回するロストレイル。人々が窓から見たのは、ノエル叢雲が、ニーズヘッグに呑まれてゆく光景であった。

「バカな、なんてことを」
 アマリリス・リーゼンブルグは飛び出していった。
 翼を広げ、叢雲へ向かって飛ぶ。せめてコケだけでも助けなくては。
「むう」
 魔王は、唇を引き結んだ。
 彼は灰人の心を知った。予想したような失望や狂気はすでにない。驚くほど澄んだ決意だけがあった。
「……選んだというのだな」
 ぎり、と奥歯を噛む。
 そのとき、背後で悲鳴があがった。
 客車内を行きかう人々のあいだで、バーバラ・さち子が転んだのだった。
「ああ、どうしましょう」
 さち子はカバンの中身をぶちまけてしまったようだ。
「手伝おう」
 魔王は拾うのに手伝おうとして、ふと、手を止める。
「なんだこれは」
「さあ……?」
 さち子のカバンから出てくるものは、本人にもはかりしれない。
 それは色あせた写真だった。
 魔王はすっくと立ち上がる。ターゲットを変更。灰人ではなくニーズヘッグ……いや、ドクタークランチの精神に、それを送り込んだ。

(『圧縮』です)
 写真の中の若いクランチは、どこか黒板の前で講義をしているようだ。
(原子の世界、分子の構造、細胞組織、人体、生態系、そして宇宙。すべては入れ子のアナロジーです。より大きなものを『圧縮』し、その機能だけを組み合わせて『部品』をつくる。これにより、人は強大な力を、御することができるものと考えます。私のこの『圧縮』理論は――)
 すべてのロストナンバーがそうであるように。
 そのときのクランチは、彼の世界において、彼自身の人生を生きていたはずだ。
 どんな希望を持ち、どんな挫折があったのかは誰も知るよしはないが、今に至る運命を、彼自身もまた、知ってはいなかった。

 ニーズヘッグの動きが止まった。
 叢雲が、その肉塊に沈むまえに、アマリリスはたどりつくことができた。
 灰人は、彼女を待っていたようだ。
 甲板にたたずみ、コケを抱いていた。
「頼みます」
 ふわりと、コケの身体が浮く。アマリリスが受け止めた。園丁の花は、すでに取り除かれていた。
「なにをするつもりだ」
「決着を。ドクタークランチは、キャンディポットを捨て駒にした。許すことはできません」
 淡々と、灰人は言った。
「アマリリスさん。貴方にはもう破片は必要ないでしょう。私がいただきます」
 そして、アマリリスの身体から、小さな光がすっと抜けて、灰人へと移っていった。
「『世界計』は世界の本質とつながっている。私は『理解』しました。クランチのことがなければ……私の手がこんなに汚れていなければ、『螺旋の旅の終着点』を目指すのもよかったでしょう」
「待て。何のことを言っている」
「『因果律の外の路線』の果てです。すべての運命がつながるところ、世界計のオリジナルが存在する、世界群の根源たる場所。そこからなら、すべての世界への道を見つけられます。貴方の出身世界もですよ」
「灰人、君は」
「私は破片を持ちすぎている。貴方とは違い、もとは脆弱な人の身です。すでに破片によってのみ、ながらえていると言っていい。その意味で、もはや私は人ではないのです。人としての生は歩めません」
「そんなことはない。君にはまだ」
「いいのです。私は『理解』しました。最後に、知ることができた。だから良いのだと。……クランチは世界樹になりかわろうとした。でもそれは誤りです。世界樹も、チャイ=ブレも必要ない。旅団も図書館も、かれらイグシストからは解放されるべきです。さあ、もうニーズヘッグが動き出します。早く離れて!」
「灰人!」
 ぞわり、と肉塊が動き出す。
 アマリリスは見た。透き通った歯車や針から構成された、摩訶不思議な機構が、灰人の背から天使の翼のように広がるのを。
 叢雲と、灰人を、ニーズヘッグが飲み込む。だが、その組織が、沸騰し、弾け飛び、溶解し、崩壊してゆく……!
「灰……人」
 アマリリスの腕のなかで、コケがちいさく声をあげた。
 彼女は、動くことはできなかったが、意識はあった。
 ずっと、必死に、抗い、できることを探していたのだ。
 ぽろり、とコケの目から涙がこぼれる。

 光が、0世界の空に散った。
 ニーズヘッグの組織を爆裂四散させ、きらめく光の破片は、今再び、空より降り注ぐのだった。

■ゾウとアリ

 世界樹のうえでの戦いは熾烈をきわめていた。
 深槌 流飛は流れる血にも頓着せず、二刀流の刀を振るい続けている。
 幹から生える世界樹の「子株」は、それぞれに強敵だった。
 インドラ・ドゥルックは雷撃をくらわせ、燃やすことを試みるが、効果があったとしても、すぐまた新たな子株があらわれるのである。
「もう、どこに行ったのよ、アイツ!」
 ヘルウェンディ・ブルックリンは銃を撃ちながら、ファルファレロの姿を探す。ナラゴニアにいるらしいのだが、帰還したという連絡をよこしたきりだ。

「小夜を守るためにもターミナルを守るためにも! お兄ちゃん命をかけるよ!
 黒葛 一夜はトラベルギアのガムテープで樹皮を剥がすという地味な攻撃を仕掛けていたが、それに夢中になっているうちに「子株」に取り囲まれていた。絶体絶命!――と、そこへ迦楼羅王があらわれた。カマイタチが子株の枝を切り落としてゆく。
 さらに、かけつけたアラム・カーンが召喚した剣が、子株の幹を差し貫いていった。

「おれもやる。やってやるよ! ここまで来たらやるしかないだろ! ええい!!」
 ユーウォンは手当たりしだいに熱風で攻撃していた。
 ケイカ・レオニールは斬りつけた箇所に炎を吹き付けて再生を防ごうとしている。

 ロストナンバーたちは、「子株」の出現はキリがないため、足元の世界樹そのものを攻撃しはじめていた。
 シャランドゥは強酸性のブレスで。藤枝竜は炎の剣で。ジョヴァンニ・コルレオーネは杖を突きたて、養分を吸い上げようとする。
 ルーヴァイン・ハンゼットの疾風刃が樹皮を傷つけたところへ、スイート・ピーは彼女自身の猛毒の血液を固めたカプセルを落とし、虎部隆はダイナマイトを投下する。
 それは遠目に見れば、蟻がゾウに挑むがごときスケールの戦いだった。
 だがそれでも、諦めるものはいなかったのだ。

「害のある物は雑草。雑草は刈り取られ、枯れるのよ」
 脇坂 一人がナタをふるう。
「彩野の大好きな世界を蝕む雑草め…生かしちゃおけねぇ!おまえらー、徹底的にやっちまえー!突撃ー!!」
 松本 彩野の描いた白アリ部隊をケロちゃんが指揮し、ガリガリと樹をかじらせる。
 ディル・ラヴィーンが怪力で振り下ろす斧が樹皮を穿ち、巨大化したチャルネジェロネ・ヴェルデネーロは惜しみなく魔力波動砲を撃つのだった。

「侵略者め、諸君らのしている事は我々と何も変わりない」
 呪詛の言葉を吐きながら、世界樹旅団のツーリスト、ヴァレンティノが次々と下級悪魔を召喚し、戦わせている。
 戦争がエゴのぶつかりあいに過ぎないことをイェンス・カルヴィネンは理解している。だからヴァレンティノの言葉に反論はしない。ただ戦うのみだ。
 椎橋 楓の意見は異なる。
「そうかな? 土足で上がり込んで来た挙句に滅茶苦茶に好き放題やるような奴らには容赦なんてしないからね!」
 セクタンの狐火を、トラベルギアの起こす風で延焼させる。

 ロイ・ベイロードたちは、4人のチームで一丸となって進む。
 豹藤 空牙が忍術で炎を巻き起こし、パティ・ポップは破壊音波を放つ。
 襲い掛かってくる敵ツーリストはギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドのハルバードがお相手だ。

 巨大な、あまりにも巨大な『世界樹』という存在。
 それそのものへの関心から、戦いに参加するものたちもある。
 荷見 鷸がそうだ。
 世界樹とは神のようなものだと聞く。いったいいかなる意志が、ここにはあるのか。火矢を射掛けながら、思いを馳せた。
「この樹って、どういう存在なんだろうね!」
 伸ばした爪で攻撃しながら、黒燐は言った。
 研究者として興味がわくが……この樹は敵の首魁であるのだ。
「さあね。少しは燃えるようだからよかったわ」
 赤燐が炎をあやつり、戦う。
「なんにせよ、返礼はきっちりせねばなるまい。五行の理にかなうものかはわからねど、勝たねば俺たちに未来はないのだからな」
 言いながら、白燐は大鎌を振るった。

(私なりのけじめのつけ方と言いますか。ただ、帰る訳には行きませんから)
 ヒイラギはその身にドクタークランチの『部品』を宿したまま、戦いに参加していた。
 ニーズヘッグが消滅した今、その『部品』も効力を失った。
 彼はただ、黙々と攻撃にいそしむ。
 ヒイラギと立場を同じくしていた東野楽園も、小さな枝を切り落としてまわっていた。隙を見て、強い農薬を注入してやろうとも思っている。
(変ね)
 彼女は自分が怒っていることに気付いた。
(図書館に義理はない、そう思っていたわ。でも、私腹を立ててる。身勝手なあの人にも、私にも、ターミナルを凌辱した世界樹にも。
あそこには私のお友達もいたって思い出したの――)

■世界樹を穿つもの

「誰が殺した駒鳥を。それは私とメアリが言った♪」
 メアリベルは今日もご機嫌。
 倒した旅団員から、『世界樹の実』を手に入れたからだ。過去に、この実を摂取することで、一時的にトラベルギアの制限が外れたことが報告されている。
「みんなにもお裾分けするわ。感謝してね」

 バラまかれた世界樹の実。
 ディラドゥア・クレイモアは、強大な魔術を、リミッターなく行使し、眼前の敵を根こそぎ排除した。
 10mもの巨大な影の竜はヴェンニフ 隆樹だ。ふたりだけで、ロストナンバー数十人分に匹敵する戦力となった。
 そしてここにもう一人、世界樹の実でリミットを解除したものがいた。
「最後の魔女さん、最後の魔女さん」
 シーアールシー ゼロは呼びかける。
「今こそ時はきたのです」
「終焉の訪れね」
 最後の魔女は暗い笑みを浮かべた。
「いいわ。見せて頂戴。美しい終焉を」
 高らかに、魔女は歌った。
 最後の刻は近付けど……終焉の地は遥か遠く……我が魂は永遠と揺蕩う……。
 『最後の魔法』が、彼女の認めないあらゆる魔法効果を消去する。その効果対象からゼロだけを外す。ただひとつ、彼女が本来もつ「他者を傷つけないという特性」を除いて。
 世界樹の実によるギアの制限の解除。最後の魔女による、特性の解除。もはや誰もゼロの巨大化を止めることができない。みしり、ときしむ音がした。堤防も、アリの開けた穴から決壊することがあるという。度重なるロストナンバーの攻撃にさらされた幹は、巨大化を続けるゼロの質量にたわみはじめたのだ。

「今なら……!」
 リベルは思わず身を乗り出した。
 続きはいわずもがな。
 クロウ・ハーベストは瞬時に、もっとも負荷のかかっているポイントを察知する。口頭で示している暇はなく、テレパシーでポイントを指した。
 その一点めがけて、牡牛座号が走り出す。
 先端に輝くドリル。ニヒツ・エヒト・ゼーレトラオムに、フブキ・マイヤーがすでに強化を施している。

「ここだ!」
 コタロ・ムラタナが、先のその場所にいた。
 居合わせたロストナンバーが、目標地点へ一斉に攻撃を叩き込む。臼木 桂花は火炎弾や酸性弾を。コタロ自身は魔力を込めた矢を。
 そうして穿たれた場所を目印のようにして、牡牛座号が闘牛のように突進してくる!
「吶喊ーーーー!」
 ルイス・ヴォルフが叫んだ。
 高速回転するドリルが世界中の幹に突き刺さる。そのまま掘削しながら、さらに進む。
 ラス・アイシュメルは穿たれる世界樹に触れた。内部がどうなっているのか……「イグシストの体内」に興味がある。

「グオオオオオオオオオオオン!オレマケナイ!カツ!」
 "氷凶の飛竜" ゾルスフェバートが咆える。
 牡牛座号に並ぶように、彼自身も幹に喰いつきはじめた。
 それを皮切りに、他のロストナンバーたちも攻撃を集中させる。

「私にしかできないことを私はします……デュン、どうか私に絆の力を」
「ならば私は私の出来る事で手伝おう、アティ。我が力、存分に使え」
 デュネイオリスが竜の姿に戻り、世界樹に攻撃を仕掛ける
 アルティラスカは、彼女の『無限に育む母性』を解放した。いちどそれに身をゆだねると、戻ることは容易ではない。傍らにデュネイオリスがいなければできないことだった。
 アルティラスカは、牡牛座号のドリルが突き進んでゆく先へ、植物の細胞が自滅へ向かう感染を注ぎ込む。女神であるアルティラスカの、無限の母性によってはぐくまれたそれは、たとえ神性であろうと免れないだろう。

「もう一声! 皆の衆もう一押しでござる!」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの野太い声が響いた。
「もっとこれを……奥の奥まで……」
 ガルバリュートは、牡牛座号の最後尾を押して、車両全体をさらに押し込もうとしているのだ。
「よーし、手伝えーーー!」
 誰かが言った。
 わっと集まってきたロストナンバーが、渾身の力で車両を押し込む。
 そして。
 集中攻撃や、内部で始まっている細胞の自死により、臨界を越えた瞬間、牡牛座号は凄まじい勢いで、世界中の幹に突っ込んで行った。
「!」
 気がつけば、そこには巨大な穴がぽっかりと開いている。
「あ、あれを!」
 誰かが空を指した。旋回しているのは、牡牛座号ではないか。
 ドリルは、世界樹を突き抜けてしまったのだ。


 そのとき――

 まだうごめいていた「子株」のすべてが動きを止めた。
 ナラゴニアの各所で、恐ろしい悲鳴があがったのは、世界園丁たちが苦しみもがきながら、全身から木の芽を吹いて、またたく間に樹木に変わってしまったからだった。
 すべてのナレンシフが、機能を停止し、墜落していった。
 ワームたちがコントロールを離れてゆく。
 ウッドパッドの画面は消えて、一切、反応しなくなった。
 世界樹の実を摂取していたものたちに、トラベルギアの制限が戻ってきた。


「やった……のか……?」
 世界樹は、変わらず、そこに巨大な姿をとどめている。
 しかし、大地に突き立ち、うごめいていた根は、その動きを止めていた。
 ただの……、ただ巨大なだけの樹木であるかのようだ。

 人々は、次に、驚くべき光景を見た。
 0世界の無機質なチェス盤の大地が、ざわざわと沸き立つようにして姿を変えていったのだ。
 200年を、この世界で暮らすロストメモリーたちも、誰ひとりとして見たことがなく、想像だにしたことのない光景だった。
 樹木である。
 土ですらないはずのチェス盤から、一斉に、無数の樹木が生え草が茂り、枝を張り……あっという間に、そこは深い緑の森に閉ざされていった。それも見渡す限りのすべてが、だ。
 0世界の地平は、今や無限の樹海であった。


  *


 遠い場所で。

 もうひとつの変化が起こっていた。
「……流転機関が停止した」
 音もなく、虚空を滑るひとつの列車。
「ならば、この列車は、あとは路線のままにしか動けない。このまま『因果律の外の路線』を走り続け……それが収束する場所へ向かうということか。螺旋の旅の果て――《ワールズエンド・ステーション》へと……」
 





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螺旋特急ロストレイル

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