ノベル


「おねえさんたちは犬と猫のどっちが好き?」
「犬ではなく狼だが」
 仁(狼)の上にハルシュタット(猫)の布陣で、二人は手近な魔法少女に話しかける。
 やや間があいて、それまで二匹がいた地面が深く陥没した。
 一瞬早く魔法少女の攻撃に反応した仁のおかげで、二人、もとい二匹は既にすたこらさっさと逃げ出している。
「うーん、なんでこんなに愛らしい猫に攻撃するんだろう」
「戦争中に喋る猫が話しかけてくれば無理もないと思う」
「魔法少女のくせに夢がないなぁ。仕方ない、逃げ遅れた人を誘導しよう」
「女性以外もな」
「それはその時次第かな」
 ハルシュタットと仁の会話の通り、ロストナンバー達の中には魔法少女大隊を中心に説得を試みる者が続出した。
 今、街路から吹き飛んで来たのは榊原薊。
「まず自己紹介しましょうか、僕は榊ば」まで発言した所で、差し出した手を無条件に敵とみなされてマジカル☆トンファーキックで吹き飛ばされた。
 かと思えば道端にラグレスの生首が転がっている。
 出くわした魔法少女に「本物を主張なさる場合はパスホルダーの提示をお願い申し上げます」と話しかけた瞬間にカウンター気味のマジカル☆チェンソーで首を切断されたのだ。
「うわわ、今すぐ回復魔法を。……て、手遅れかな?」
 己の首の横にしゃがみ、手に光を宿らせたタイムを視線の端で捕らえたラグレスは「ご心配なく」と一言断ってからぐにょぐにょと生物にありえないゼリーっぽさで元の姿に戻る。
 こほんと咳払いした後、ぽかんと見つめるタイムに「お心遣い感謝いたします」と慇懃に一礼した。


 上空を眺めれば、あるいは路地の先を眺めれば、すでに"記録"から呼び出された世界樹旅団と世界図書館の戦いは小競り合いから集団戦へと変化しているのがわかる。
「ほぁっちゃあー!!」
 李飛龍が殴り飛ばしたトウモロコシを危なく避け、伊原はいつもの通りぼんやりと町を歩いていた。
 戦いの余波で瓦礫や硝子の破片が足元にも目立ち始めている。
 その中に落ちていた一冊の本を拾い上げ、伊原はあたりを見渡した。
「これ、大事なものじゃないのかなあ。これ、誰のですかー?」
 と、暢気に呼びかけてみても、さすがに戦いの最中に返事は帰ってこない。
 本は点々と落ちている。伊原にしてみれば、中身のわからない本ではあるけれど持ち主が大切にしているものなのは分かる。
 和服の青少年、その正体は箪笥なのだから。
 大切にされていたものを守るのは箪笥の役目だと一冊一冊拾っていき、五冊目を拾った所で足に虎バサミが食いついた。
 と、同時に伊原の上から高笑いとコショウが降ってきた。
「ふははは! 引っ掛かったなっ! これが壱番世界の漫画の威力だっ!! って、うわぁ、魔法少女じゃないー! 一般人ですか!? なんで「イケメンのお兄さん同士がイチャイチャする薄い本」拾い集めてたんですか? それより、大丈夫ですか!?」
 ぺこぺこするNo.8を見つつ、エキゾチックにスパイシーな香りになった伊原は「この人はどうして箪笥を味付けしたんだろう」と首をかしげた。



「いた、百足べー! ……あれ? どうしたの?」
 アルドが指をさした次の瞬間、鴉刃の姿が掻き消えた。
 あれ? と見上げると彼女は既に放たれた矢の様に一直線に標的へと走り出している。
「あー、やっぱり鴉刃突っ込んでってるよね。決着付いたんじゃなかったの……?」
 追いかけながら、ぶつくさ愚痴り続ける。が、速度が比較にならない。鴉刃の背中は百足兵衛へと走り去っていく。
 ふつっとアルドの中で何かがキレた。
「鴉刃は僕のだ、お前なんか、お前なんかにー!」
 叫んでアルドはスピードを上げる。
「こりゃ突出しすぎだな。フォローしてやるか」
「猪突猛進なヤツらのお守りは大変そうだなァ。しっかり面倒見てやっから、当たるなよ!?」
 私怨と支援。オルグとベルゼが切り込む二人の援護へと走る。
「おぉぉぉぉぉ!!!!!」
 弾丸の如くに敵陣の中を疾駆する気配を察する間もなく、鴉刃の闇霧が百足兵衛の首に差し込まれた。
 喉の奥から絞りだすような怨嗟の声と共に流れ込む魔力が断末魔さえ許さずにその体を蟲ごと爆散させる。
 血と体液が駆けつけたアルドの頬へと飛んだ。
 一呼吸。ねえ鴉刃、色々言いたい事はあるけどさ、とアルドが周りを見渡す。
「完全に敵の真ん中で孤立しちゃった。どうしようか」



「んー、旅団と魔法カー」
 ワイテが状況を頭に浮かべつつカードをめくる。
「とりあえずあっしは避難誘導に回ろうかナ。はーい、皆さんこっちは安全ですヨー」
「ダメよ。そんな暢気な事言っても乙女は動かないわ! ……大丈夫よ、助かるわ。動ける人は頑張って、走って!」
「んー、あんまり変わらナイようナ」
「いい? 死んだらイベントや新刊ともこれっきりよ! 死んでも二次元の国へは行けないわよ!」
「なるほどネ」
 脇坂一人とワイテのやりとりを黙ってみていた業塵がやおら走り出す。
 片手に掲げた扇子から大量の蟲が沸き、魔法少女の一人をとらえた。
 魔力の流れを読み、魔法を紡ぐ前に急襲する。
「グロいネー」
 ワイテの言う通り、食い殺されていく少女の図はあまり褒められたものではない。
「……偽の影故か。不味い」
 当の業塵は赤の王の産み出した作品の味がお気に召さなかったようだ。
「だが数はおるな」
 世界樹旅団戦の敵、敵、敵。
 業塵が扇子を掲げ、一堂を見渡す。
 もっとも目立つのは、魔法少女大隊と似たような格好の者。

「乙女ロードは儂の庭じゃ! 儂の庭を荒らすものはただではおかんぞ! 今の儂は無敵無双ぷりちー☆ねもじゃ!」
「キキキ! 魔法少女せくしー☆くもま参上! 悪~い魔法少女もどきはこの私がバリバリと食べてやるわ!」
「何やってるの! コスプレしてる場合じゃないわ、早く逃げなさい!」
「何を言う、儂はコスプレなどではなく由緒正しき存在じゃ。乙女ロードに散乱する同人誌の中から特濃マニアックなのを選んで免疫なさげな旅団メンバーの顔面に投げて泣かせるのじゃ!」
 ネモ伯爵が脇坂の勧告に抗議する間に、せくしー☆くもまと名乗った謎の女が糸を張り巡らせていく。
「蜘蛛の妖怪か」
「妖怪ちがーう! 魔女だもん! そもそも魔法に使われてるだけの存在が"魔法少女"とか片腹痛いのよぉ! 一匹残らずメメタァしてやる!」
 するすると自分の出した糸に逆さづりにされつつ、謎の蜘蛛の魔法少女は上空にいる魔法少女大隊めがけ空へと上っていく。
 蜘蛛型のなにかが空へ浮かぶ中、地面へと目を落とすとネモ伯爵の持ち出した雑誌が路上に散らばっている。
「む、これは……」
 業塵が屈み、そのうちの一冊を拾い上げた。
「何その本、オヤジ受って何?」
 何気なく開いたページは、このロードの住人に相応しい内容で。
「ワーオ」「何!?」
 脇坂と業塵はそれぞれにショックを受けたようだった。



「全員抜杖!」
「「「「まじかる☆オープン!!!」」」
 ヌマブチの掛け声一閃、池袋の空に魔法少女大隊が転移し杖を構える。
「目標、乙女ロード。貴殿らに支援を依頼する」
「何で一兵卒にいつまでも司令官面されてるんだろ」
「つらいとこよねー」
「ほら、お仕事お仕事」
「提督もトシだしねぇ」
「……同一人物ならば手の内は完全に理解出来る筈。協力を頼むであります」
「ところでどうしてここは乙女ロードと呼ばれているんでしょうね? 不思議です」
 ヌマブチの訓戒が終わる前に、テオ・カルカーデはそう言って首をかしげた。
 池袋乙女ロードに並ぶのは狭いスペースを努力で改造した店舗の数々。
 執事喫茶やきらきらしたアニメ絵の看板が所狭しとひしめいていた。
 乙女ロードと呼ばれる所以はあるといえばある。だが公言はされていない。
「ひらめいた」と言ったのはエイブラム・レイセン。
「通報しました」とテオ。
「まだ何もやってねぇ! 行くぜ!」
 エイブラムが腕を動かすと町中のディスプレイやテレビといった映像機器。
 それだけではなく通常はただのガラス扉にまで、男同士女同士果ては獣に至るまでが種の増殖過程に必要な作業風景を写すという非常に教育によろしくない映像が次々と映し出された。
「俺ちゃんの秘蔵データの公開だぜ!」とエイブラム・レイセンが高らかに宣言すると同時、魔法少女大隊副官のマーガレットに頭を鈍器のようなものでどつかれてエイブラムの体がコンクリートに沈む。
 一方、テオはふぅんと感嘆の声を漏らすと「こういうの、皆さんもお好きですか?」と隣の魔法少女に声をかける。
 手近にいたため、テオの質問を受ける不幸に見舞われたリシー・ハットは聞かなかったフリをして目を逸らした。


 ほぼ全民間人の避難を確認。
 上空から見下ろすアマリリスのメールが池袋にいるロストナンバーへ行き渡る。
 と、同時に池袋において、総力戦が開始された。
「コンダクターの皆の世界なんでしょ? じゃ、やらなきゃね」
 事態に比べ、沖常花の口調はとても軽かった。
 笑顔さえ浮かべて戦場を眺め、すぅっと真剣な表情に反転する。
「……花、忍んで参る」
 次の瞬間、花の姿は掻き消えた。

 おおよそ数分で一撃目の結果が出る。ヌマブチの率いた魔法少女大隊が一斉攻撃を仕掛けるも、世界樹旅団の数に押されて第一波の効果が薄く、ヌマブチが激痛を訴え途中で戦線を離脱したことで、世界図書館側の攻撃の手が緩んだ。
 防衛線として蜘蛛の魔女の展開した糸が戦線の拡大を防ぎ、戦場を乙女ロードに限定する。
 パティ・ポップの呼び出したネズミがロードを徘徊、逃げ遅れた民間人もネズミを見れば驚いて出てくるだろう。
「たたかいはかずだよ!」
「数でやんす! 少しでも、皆のお役に立つでやんす! 最後の一人になるまで、わっちらは戦い続けるでやんす!」
 タリスの呼び出した「にゃぼてん」と呼ばれる存在、それにターミナルでも頭数の代名詞となっているススム君戦隊が糸にかかった世界樹旅団を確実にしとめていく。手数だけは足りている。
 平均的な兵としての質は世界樹旅団が勝っていたが、突出した個の質においては世界図書館が凌駕している。
 己の影が己の胸を刺し貫いて、志野・V ノスフェラトゥの視線の中、長手道メイベルは地に倒れた。
 ルーヴァインに切り伏せられたのはシルバーパール大尉、ジャルスの雷のブレスで倒れた"提督"はニコラウスの真理の炎に焼かれた。
 魔法少女大隊最強の魔力を歌われたミカンも魔力障壁を掻い潜った蛇に噛まれた所を白蛇の娘の視線に石化されて砕かれた。
 小さく首を振ったセリカの頬を涙が伝う。「……きぃちゃん」あの時と同じように目の前の相手は崩れる。
「憧れてた乙女ロードがあんなに壊れて……ガッデム! 乙女の逆恨みぃ!」
 撫子の放水にマカイバリ准尉が吹き飛び、その背が砕いたビル影から、鴉刃とアルドを両肩に担いだオルグが顔を出した。
「世界樹旅団って、こんな脆かったか? 所詮、偽者ってことか? ……ぶわっ」
 自慢の黄金の毛並みが一瞬で水浸しとなる。


「あ、あわわわ。黄燐さまと行動ですっ! あわわわわ」
「緊張してんじゃないわよ! 早く行かないと相手が……あー、ほら」
「あ、あの。黄燐さまが木履なんてはいてるから。い、いえ、そのっ!」
 黄燐が乙女ロードについた時、既に大勢は決していた。彼女はそれに憤っている。
 戦の後で服のあちこりが擦り切れているゼノが手を振って呼び止める。
「やぁ、散々だったっすよー。せっかく恨みを晴らそうとしたっすのにー」
「恨み?」
「ナレンシフ、パチったのに動かなくなったってヒドくねっすかー?」
「そうよねー」と、相槌を打っているのはシャニア。
「チェガルったらカップ見かけてね「ごめん、偽物かと思った♪」って言いながらごんぶとビーム! って……」
「え? なんか話が妖しいような」
「そしたら偽者だったのよね。今「偽者には用はなし!」って言いながら残党狩りしてるわ」
「わわわ、あの、黄燐さま。それ、報告したほうが……」
 陽南が振り向くも、黄燐はそれどころではない。
「あー。あたし達の出番、ホントになくなってるじゃないー!!!」
「黄燐さま! 落ち着いてくださーいっ!!!」
 黄燐たちの元に「不本意にも偽者を間違えずに倒してしまった」チェガルが帰還して間もなく、池袋乙女ロードでの戦闘に幕が降りた。

(執筆/近江)

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螺旋特急ロストレイル

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