ノベル

 東京湾に現れたジェロームポリスと数多の海賊船、それらの行く先を塞ぐ様に巨大な戦艦が現れる。黒一色でつくられたソレはヒナタがギアで作り出した戦艦、大和だ。
「黒船未満如きに屈しはせぬ、誇り高き大和民族として! でも護国の鬼は勘弁な!」
「海賊なんて、今の日本には不要なんだよ」
「てやんでぇ、おまえら…東京湾を勝手に荒らすんじゃねぇ。お天道様が許しても、俺ら漁師は許さねぇぞ!」
 鮫島が船を叩き切り、航が近寄る海賊を退ける。海中ではマーシュランド姉妹が機械海魔を次々と壊し続けていた。
 怒号や悲鳴、絶えず鳴る砲撃音にヒナタは身体を震わせながら、苦笑する。普段の彼なら絶対に戦場になど出てこなかった。今も、複製でも直接人殺しはしたくない。だが、ここは彼の世界だ。そして、友人が囚われてもいる。
「一ちゃん大丈夫かなあ。あの子愛されてるし、いやでも引き際知らないし……いや、大丈夫だよね。うん」
 恐怖を押し殺し、多くの旅人が戦う姿を見てヒナタはもう一度呟く。
「うん。大丈夫。……危なくなったら内部に篭る!」

 大きな爆発が起こりジェロームポリスが激しく揺れる。一度は侵入し落とした砦だ。多くの旅人がその弱点を知り、効率よく攻めて行く。
 華月が結界を張り巡らせた槍を大きく振り下ろすと、スズジが後方へと飛び退いた。ごん、と深く地面にめり込んだ槍を支えに華月は身体全体の反動を利用し、己に迫っていたレオニダスの攻撃を避ける。攻撃を避けられたレオニダスが尚も華月へと迫れば、綺麗な音と共に歪が2人の間へと入り込む。双剣で攻撃を弾き、敵が上空から迫る海水に気を取られた隙に距離をとった。歪と華月が並び構えを取れば、相手も同じく構えを取る。対峙する彼らの上空では村山とアジがグラシアノとワーキウを相手に戦っていた。
「借りを返す心算もねぇが…下衆のツラは見飽きたよ」
 嘗て戦った鋼鉄将軍と再度対峙する彼らが静かに睨み合う最中、きり、と弓を引く音が幾重にも重なって聞こえ、歪が顔をあげる。厳とした声が響いた。
「放て」
 降り注ぐ矢の殆どは村山の風によって何処かへと飛ばされていく。巻き上がる風の向こうにはアスラが居た。
 赤の王によりチャイ=ブレの記憶より作られた海賊達、それは死者だけでなく、生きている人もこの場へと出現させていた。
「何度でも現れると言うなら、何度でも相手をしよう」
 歪の言葉を合図に彼らは動き出した。

 一部分だけ濃霧に囲まれた場所から海賊船が飛び出していく。
「行くぞ! 他の者たちに遅れを取るな!」
 雄々しく叫ぶロミオの声に呼応する雄叫びは戦場へと広がっていく。
「もう、なんであの子に売っちゃうのよ。三倍で買うって言ったのに」
「引掻かれると解っていて気まぐれな猫に手を出す趣味はありません。彼はそれなりの仕事をしてくれますしね。呆れる様な駄犬ですが」
 不満そうな顔で文句を言うフランチェスカにガルタンロックは淡々と答えを返す。
「それより、貴方が引き上げないのは珍しいですね」
「そう? 貴方ほどじゃなくってよ? 貴方がいる戦場だもの。それはそれは面白い物が隠れてそうじゃない? それに……」
 赤毛を揺らし、フランチェスカは空を見上げる。
 晴天には輝く太陽から放たれたかの様に、炎の塊が船へと振りそそぐ。しらきの攻撃にニヒツの炎と雷の矢が混じり、船は次々と燃え崩れていた。海面にはオフィリアの作り出した白鯨が大きな口を開け、突如として出現した津波と共に、何もかもを飲み込む。彼女らの世界ではありえない、想像もしなかった攻撃は奇跡や神業に等しい。
「こんな面白い場所から帰るだなんて、できないわ」
 海中からの攻撃も含め、全方位攻撃をされている絶望的な現状を楽しそうに笑い、フランチェスカは戦場を眺めた。

「写メ撮ってる場合じゃないってば! 早く逃げて!」
 必死に叫ぶあかりの声を気にもせず、海へ携帯を向ける人々の元へ砲弾が飛んできた。直撃したビルから火煙が上がりだして初めて、その場にいた人達は本当に危険なんだと理解したらしい。我先にと逃げ出す人達に少し安堵したあかりはノートを見て星川から伝えられた行き先へと誘導する。
「……これ以降は一つも着弾させません」
 空間を歪め砲弾の着弾地点を被害の少ない場所に曲げていたヒイラギは一撃だけワザと建物に当てた。場所が場所なせいもあるだろうが、大混乱の戦場をくぐり抜け、陸地へと辿りついた海賊と戦う仲間の姿が近くに来ているのだ。
「ヒノモトの神々に謹んで祈願し奉る!」
 雪に続きダルタニアとクアールが海賊を押しのけ、ハーミットは巻き込まれた人の手を取り、駆け出す。比較的安全な場所まで移動し怪我人をカルムに任せ、ハーミットとあかりはまた、星川からの連絡を頼りに大きな声を上げながら避難誘導を続ける。
 駆け回るあかりの目に小さな花束が見え、足を止める。何人もの人に踏みつけられたのだろう、足跡を沢山付けた紙に包まれているのは丸い蕾を付けた桃の枝と、うさぎのお雛様だ。
 花見の時に見たのは桜だ。桃じゃない。それでも、淡いピンク色の蕾にダイアナの事を重ね、あかりはぼろぼろになった花束を持ち上げ遠くを見上げる。
 スカイツリーは、ここから見えない。足手纏いになると行く事を断念した。それを、今になって後悔している。
「ダイアナさん。……手遅れでも何か話したかった」

 霧を発生させる装置の傍に佇むジャコビニに落ち着いた声が届く。
「レイナルド宰相」
 ぴくりと肩を動かしたジャコビニはゆっくりと振り返る。影の中に光るモノクルが見え、
「……お前か」
と短く応えた。
「ずっと知りたかった事がある。何故海賊と言う道を選んだのか」
 馨が語る中、ジャコビニは仮面を取り素顔を向ける。その顔は平静としており、焦りも苛立ちも見受けられない。
「ジャンクへヴンと、バルトロメオを如何思っていたのか。そこに情はあったのだろうか」
 レイナルド宰相が海賊ジャコビニであると暴いたのは他でもない馨だ。記憶から作られたとはいえ彼が答えてくれる保証はない。それでも、死者からその想いを直接聞ける可能性に、その奇跡を馨は試してみたかった。
 ジャコビニは虹色の貝殻を弄びながら語る。
「正しき行いだけでは何も変えられなかった。選ぶ道は違えど同じ未来を見ていた友として、バルトロメオは少なからず慕っていた。……そういえば、満足か?」
 叩きつける様に霧発生装置へと貝殻を投げ入れ、ジャコビニは不敵な笑いを馨へと向ける。
「それとも、私利私欲の為だと言った方が良かったか? バカバカしい。消え失せろッ! ジャンクヘヴンの犬が!」
 ゴン、と重たい物が落ちる音が聞こえ、馨の足元に大量の貝殻が転がり出す。フッ、と背後から迫る気配を感じ、馨は死角へと身体をすべり込ませる。
 舌打ちが聞こえ、馨に襲いかかってきた金髪の傭兵は剣を構えたままジャコビニの前に立ち塞がる。
「荷物運びだけの楽な仕事だと思ったんだけどなぁ」
 小さく諦めの息を漏らした馨はギアを手に取る。
 彼らは本物ではない。魂が捉えられているわけでもなく、眠りを妨げられたわけでもない。記憶から作られた偽物だ。だとしても、馨はこう思わずにいられない。
「せめて再びの眠りは安らかに」
 馨と同じ想いの旅人は、少なくない。

 蒔也を背に乗せたネイパルムはガラスをブチ破りパレスへと飛び込んだ。空高く、足場もない場所に外から敵が飛び込んでくるとは思っていなかったのだろう、ジェロームや機械兵達は驚き、隙だらけだ。それは、彼らに反撃は愚か、攻撃を防ぐ思考すら与えないのに充分な時間だ。
 ネイパルムの背を蹴った蒔也は周囲に爆弾を撒き散らし、爆破させながらジェロームへ真っ直ぐに飛びかかる。爆弾に破壊された機械兵の残骸が弾丸の様に鋭く蒔也の身体を貫くが、蒔也の手は真っ直ぐに伸びたままだ。傷ついた事も気にせずジェロームへと素手を伸ばしている、その僅かな間にネイパルムはジェロームの義手と義眼を撃ち抜いた。火花を散らす機械の顔を掴めば、肉の焼ける臭がする。それでも、蒔也は顔色一つ変えずジェロームの顔を掴んでいる。その目は怒りに満ち溢れ、いつものような軽口は一言も発せられていない。
 驚きに見開かれた肉眼が蒔也を捉えジェロームの口が僅かに動く。
「喋んな」
 ボン、と爆発音が一度。蒔也の手から立ち上る煙が晴れ、首から上を失ったジェロームの身体が崩れ落ちた。

(執筆/桐原千尋)

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螺旋特急ロストレイル

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