「愛が欲しいわ〜。夢も欲しいわ〜」 司書室の机に肘をつき、無名の司書はぼやく。先ほど、深刻な依頼をしてきたばかりで、いささか放心している。「インヤンガイの探偵さんもさー、もっと、こー、殺伐としてない依頼を持ち込んでくれないかしらね。たとえば、行方不明の猫を探してくれとか、初恋の彼女が今どうしてるか調べてほしいとか、うちの屋台だけ餃子の売れ行きが悪いんだが原因を究明してくれないかとか」 でもま、しょっちゅう死ぬの殺すの滅ぼすのやってるわりにあの世界が存続してるのは、少子化とは無縁だからよね。なんだかんだで皆、ちゃんと家庭を持って生活を営んでるのよね。そういう大多数のカタギのひとがいないと、殺人鬼さんもマフィアさんも事業運営が成り立たないし、壺中天だってお客さんこないしね、うんうん。 何やら自己解決した司書は、何となく『導きの書』を広げてみた。 ……と。「ん……? 可憐庭園(カリェンヤード)街区の星兎(シントゥ)くんが困ってる? 映画監督の鳳映(フォンイン)さんが彼女に手ひどくフラれてめちゃくちゃ落ち込んでる? 次回作の撮影にも支障をきたしてる? おまけに撮影現場に暴霊が発生してさあ大変? よーしよしよし、これよこれ! 待ってましたぁー!」 ガタガタっと椅子から立ち上がる。その足で司書棟の休憩室に行く。「誰か、吉備サクラたんが、今どこにいるか知らない?」「トラベラーズ・カフェで見かけたよ」「ありがとー!」 居合わせたロストナンバーに聞くやいなや、猛ダッシュした。 「いたいた。サークーラーた〜〜ん!」「どうしたんですか!?」 ぜえぜえと息を切らす司書に、サクラは目を丸くする。「ね、サクラたんて、今、フリーだよね? 彼氏いないよね?」 ぴきーん! い き な り の デリカシーの欠片もない発言に、カフェにいたロストナンバーたちが凍り付く。「お、おい、レッドカードだぞ、むめっち」「傷心の女の子に何てことを」「なーにぬるいこと言ってるの。失恋はいわば戦闘でいうなら向こう傷。女の勲章よ。傷つけば傷つくほどに女の子は輝きを増すの。終わったことは仕方ないし、さっぱりと決別して次いきましょ、次」「はい、私もそう思います」 サクラはどこかすっきりした笑顔で頷く。「フフフ、実はいい出物があるんですよお嬢さん。黒髪長身美形の新進映画監督、鳳映(フォンイン)さん。27歳独身。頭脳明晰性格温厚。最近彼女と別れたばかり。どお?」 ……やー、でもその、今ちょっとスランプなんだけどねー。そんで、彼と接触しようと思ったら、まず、撮影現場の暴霊を何とかする必要があるんだけどねー。 などと言いつつ、司書は説明を始める。 + + + ――霸王旗翻翻(バーワンチーファンファン)。 覇王の旗は翻る、そんな勇ましいタイトルを持つ映画が、鳳映の監督第一作だった。 鳳映はもともと、壺中天でのバーチャルリアリティゲーム製作に携わっており、ヒット作を連発していた天才クリエイターである。新作ゲームを待ち望むユーザーは多かったが、しかしある日、彼はゲーム製作をやめた。 どうしても映画作りがやりたいのだと、今まで貯めた資金をつぎ込んで監督業へ転身したのだ。 だが、その映画は、興行成績があまりよろしくなかった。 王のしるしを持つ貧しい生まれの少年が、成長し、仲間を集め、皇帝の圧政に苦しむ民を解放する。 そんな勧善懲悪の痛快な英雄譚は、鳳映が今まで関わってきた仮想空間内の、絶望と退廃が織りなすあやしい幻想美とはかけ離れており、鳳映のファンからしてみれば「期待はずれ」だったのである。 資金は回収できず、住んでいた家も抵当として押さえられた。今はマフィアの事務所になっている。 それでもなお、第二作の製作を決定し、スタッフと俳優をかき集めてクランクインに踏み切ったのだが……。 映画の衣装デザインを担当し、私生活でも恋仲だった女性が、ある提案をした。 ――マフィア側は、彼らの財力源となる違法なゲーム制作に協力するならば、いくらでも資金援助をするし、家の抵当も解くと言っているわ。彼らの要請を受け入れて。 鳳映は、それを拒絶したのだ。 ――もう、あなたにはついていけないわ。 インヤンガイでは、お人好しは悪徳よ。もっと非情なひとになりなさい。 この世界は穢いの。自分だけ綺麗なままでいようなんて、甘過ぎる。 手を汚しなさい。 そうすれば、楽に生きられるのに。 いや。 それでは意味がない。映画をつくる、意味がない。 理想を捨てて創作など、できはしない。 きみは、ぼくの夢の理解者であり、愛情と情熱にあふれた女性だと思っていた。 馬鹿馬鹿しい。それこそ夢物語よ。 そんなおめでたい女、ゲームの中にしかいないわ。 そんな捨て台詞を残し、彼女は去った。 そして、 予算不足の中、郊外の廃屋をどうにか加工し、「旧い城」のセットを組み、撮影は開始された。 しかしそれも、暗礁に乗り上げてしまった。 撮影現場に臨んだ女優が、暴霊に遭遇したのだ。 すっかり怯えてしまった女優は降りると言い出した。 もとより、低予算の撮影である。自らを危険にさらしてまで続けたくない、というのが、彼女の言い分だった。 カリェンヤード街区の現地探偵、星兎は、鳳映の家に幼いころから入り浸っていて、家族も同然のつきあいである。家を抵当に取られた鳳映に、自宅の一室を提供しているのも、その流れによる。 まだ15歳の、あどけない少年探偵は、そそっかしくて推理力もさほどではない。ただ、非常に運がいいのが取り柄だ。 無人の廃屋を撮影現場として使用できることになったのも、たまたま星兎が、その所有者の老人と知り合いだったからである。 矢継ぎ早のアクシデントに、鳳映はすっかり意気消沈していた。 夕暮れ時、部屋の壁に背をもたれさせ、床に座ったままの彼に、星兎は痛ましげに声を掛ける。「しっかりしてよ、鳳映。あんたがそんなだと、皆、困っちゃうよ」「……うん」「せめて、ごはんくらい食べないと。これ、もらいものだけど」「……うん」「映画、撮ろうよ。夢なんだろ?」「……うん。でも」 ぼくは、映画作りの才能なんて、ないのかもしれない。 夢をつかむことなんて、できないのかもしれない。「……そんな。そんなこと言うなよ……」 + + + インヤンガイにおいて、映画は、比較的新しい産業だ。 壱番世界における映画は、古来からの芸術であるところの、絵画、彫刻、音楽、文学、舞踊、建築、演劇に比肩する新たな芸術としての「第八芸術」の地位を持っているが、この世界では、未だそこには至っていない。 + + +「わかりました! うまくいくかどうかはともかく、やらせてください。お願いします」「サクラたんならそう言ってくれると思ったわ。ひとりで大丈夫?」「暴霊っていっても1体だけなんですよね? だったら」「ん? んん? そうだっけ? ちょっと待ってね?」 司書は再度、導きの書を広げ――「……………ごめん、サクラたん」 深々と謝った。「……………なんか、いっぱい、いるみたい………。納涼お化け屋敷状態みたい」「そうですか……、困りましたね」 そのときである。 カフェにいたロストナンバーたちから、次々に手が挙がったのは。「ゼロには特技の『いつのまにかいる』があるので暴霊さんと張り合えるのです。なので大丈夫ですー」 我らが白き女神、シーアールシーゼロが、「映画の撮影現場って、いっぺん見てみたかったんだ! 暴霊と大立ち回りってのは、やったことないんだけどさ。まあ、とりあえず色々やってみりゃ、何とかなるって思うんだ」 我らがお届け屋にして、実は人生経験豊富なユーウォンが、「インヤンガイの映画ってどんなんスかね? 楽しみにしてるひともいるだろうし、早く何とかしたげたいッスね」 豊かな声量と声域、野獣のような運動神経を誇る我らが残念美少女、氏家ミチルが、「考えるのは苦手だけど、腕力とか身体動かす系はそれなりに自信あるんで!」 と、頼もしく断言する。「ありがとうございます!」 サクラはにっこりと頭を下げる。「え? え? 大丈夫、かな……? 言いだしといてナンだけど、だって、暴霊がいっぱいで納涼お化け屋敷状態……」 おろおろしながら、それでもチケット4枚を、司書は発行した。「大丈夫です! 原因を究明できれば発生阻止できるかもしれませんし! 細かいことは行ってから考えましょう!」 けっこー無根拠に、力強く頷くサクラたんだった。 そして4人は、希望に燃えて(?)インヤンガイに旅立ったのである。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>吉備サクラ(cnxm1610)シーアールシーゼロ(czzf6499)ユーウォン(cxtf9831)氏家ミチル(cdte4998)=========
I don’t dream at night, I dream all day; I dream for a living. (僕は、夜だけ夢を見るんじゃない。一日中、夢を見ているんだ。生きる糧として、夢を見ている) ――スティーヴン・スピルバーグ ACT.0■Slapstick 「ゼロた〜ん! ユーウォンさぁ〜ん! ミチルたぁ〜ん! サクラたーん! 無事に帰って来てねー。お土産は現地での集合写真的なナニかでよろしくぅー。……うひぃ!?」 4人をホームまで見送ってから、無名の司書がきびすを返したその瞬間。 般若がいた。 いや、そんな生易しいものではない。うっかり深淵を覗き込んだらあべこべに深淵から必殺スペシウムお仕置き波動砲を放たれたような、星さえも砕け散るであろうこのオーラ。 つまり、お怒り中のリベル先輩だった。 「どういうつもりですか! 依頼にかこつけての縁結びなんて、吉備さんにも皆さんにもご迷惑でしょう」 「はひぃ……。じつは、ちょっとやり過ぎかもって思ってました。ごめんなさい……」 「だいたいですね、青春真っ盛りの溌剌としたお嬢さんの恋愛に口出しするなど、大きなお世話もいいところというものです。チャイ=ブレに蹴られても文句は言えません」 「チャイさんは足がないので蹴られません先輩」 「余計なツッコミはしなくてよろしい。そもそも、放っておいても引く手あまたなのがあの年ごろですよ」 「ですよねー。あたしとかリベル先輩と違って。……はっ、すみませんごめんなさい。あたし間違ってました。サクラたんの前にリベル先輩のこと考えなきゃでした、気が利かなくてごめんなさいっ!」 司書はぺこぺこと頭を下げる。 「ほんとごめんなさい、ぴちぴちのサクラたんじゃなくて崖っぷち29歳彼氏ナシのリベル先輩の縁結びを優先しなきゃでした」 「……」 「全ターミナルのみなさ〜ん。リベル先輩リア充企画のアイデアがありましたら、無名の司書までご一報を」 「……」 「そうだ、ドンガッシュさんとかどうです? 超おすすめですよ。男は何たって手に職ですよ」 「……」 無名の司書は、そのまま、無言で引きずられていく。 どうやら、その内部のいっさいが謎に包まれているリベル・セヴァンの司書室、通称《深淵を覗いたものの修業部屋》へ連れて行かれたようなのだが。 その後、司書がどうなったかは、誰も知らない。 ACT.1■Screwball comedy 「ありがとう。本当にありがとう」 出迎えた星兎は、目をうるうるさせ、旅人たちの手をひとりずつ握りしめた。 「もう俺、どうしていいかわかんなくてさ。鳳映、ゲーム作りやめてからは、相談に乗ってくれる友だちも少なくなっちゃって」 言いながら、部屋のドアをノックする。 「鳳映ー! 手伝ってくれるひとたちが来てくれたよ。凹んでないで挨拶しろよ」 「……ああ。そうだな」 気の抜けた返事に、星兎は頬を膨らませた。 「なんだよ失礼だぞ。可愛い女の子が3人もいるのに」 「話は聞かせてもらったっス! 膝抱えてないできりきり動くっスよ」 ミチルは腕まくりをする。 「衣装製作ならまかせてください。いくらでも手伝いますよ」 サクラが声を掛けた。 「はじめましてなのです。ゼロはゼロなのですー」 ゼロはいつの間にか室内にいて、ぺこりとお辞儀をした。 「これはご丁寧に。どうもはじめまして」 圧倒的な通常運転に気圧され、何となく鳳映も挨拶を返す。 「お力になりたいのですー。鳳映さんは、まずこの部屋から出て皆さんとお話をしてほしいのです。特にサクラさんと知己を得ないなんて人生の損失なのです。あらゆるジャンルのコスチュームを作れてお料理も上手でコスプレイベントに参加者を募るときの恥じらいの表情が天下一品な素敵な女性なのですー」 いらんおせっかいをした無名の司書がリベルさんにお仕置きされたっぽいことを、なんとなーくゼロは察知していたが、そこはそれ。 (りあじゅうさんが増えるのはめでたいことなので、ゼロはさりげなくサクラさんの魅力をご説明するのです) とはいえ、ゼロのプッシュはさりげないというよりややマニアックであった。 「衣装製作技術者がいる!? 本当に?」 とりあえず鳳映はそこに反応した。 勢いよく扉が開かれる。 「良かった。やっと出て来たな、監督」 ユーウォンが進みでて、鳳映を見上げる。 「撮影現場に行こうぜ。おれたちで出来ることなら何でもするからさ」 「きみたちは、いったい……?」 鳳映は息を呑み、あらためて、まじまじと4人を見つめる。 驚きで見開かれた彼の瞳は、しかーし、3人の美少女そっちのけで、まっすぐにユーウォンに吸い寄せられているではないか。 「有翼のドラゴン……。すばらしい造型美だ」 がしっと両手を肩に置くやいなや、頭から鼻先、たてがみから背中、尻尾や翼にいたるまで撫でさすり始める。 「うわぁ」 出会い頭のセクハラに、ユーウォンは尻尾をぱたぱたさせ、逃れようとする。 「なんて精巧な造りだろう。フォルムのキュートさ、冷やりと滑らかな鱗の感触、この翼のラインの見事さといったら……」 挙げ句、思いっきり抱きしめた。 「いやちょっと待って落ち着いて。聞いてないよこんな展開」 「もうきみを離さない」 「離せぇー!」 「鳳映さんはドラゴンを愛でるのがお好きな、風流なご趣味のかたでいらっしゃるのです?」 ゼロがまったく動じずに星兎に問う。 「うーん、ドラゴンだけじゃなくて幻獣全般っていうかね。空想のなかにしかいない生き物に、こだわり深いのは知ってたけど。ここまで病気とは思わなかったよ」 星兎は処置なしとばかりにかぶりを振る。 「司書さんそんなこと言ってなかったスね」 「きっと『導きの書』は鳳映さんの趣味嗜好をうっかり表示しなかったのです」 「このドタバタ感、何だかまだトラベラーズ・カフェにいるような気がするっス」 「鳳映さんはユーウォンさんに夢中なのです。もしや失恋の痛手から浮上したのです?」 成り行きを見ていたサクラは、うつむいて―― くふっ、と笑った。 「青年とドラゴンの異種族恋愛もおいしくいただけます、大丈夫ですもちろんです!」 + + + 「芸術とかなんとか、ムツカシイことよくわかんないけど」 ようやく鳳映から解放されたユーウォンは、本題に入る。 「おれには映画ってもの自体が珍しいんだよね」 有翼の小型ドラゴンから活き活きと放たれる言葉。少しずつ、映画監督の双眸に、熱が戻ってくる。 「それにさ、撮影現場には、俳優のほかに、いろんな機械とか道具とか……、舞台装置っていうんだっけ? そういうのがあるんだろ?」 ――きっと見てるだけで、わくわくするよね。 「努力しても叶わないかもしれないけど、努力しなきゃ夢は絶対叶いません」 サクラは、ゆっくりと言う。 「鳳映さん。映画はひとに観てもらうものです。観るひとの好みや幸せまで考えないと『売れる』映画は作れません。もしかしたら貴方は、ゲームを作ったほうがひとを幸せにできるかもしれない」 でも、決めるのは貴方です。 貴方の夢なんですから。 「いろんな理由でゲームが苦手なひとって、いると思うんス。でも、映画なら老若男女問わず物語を楽しめるッス」 ひた、と、誠実な瞳を、ミチルは向ける。 「たしかに、純粋なひとがこの世界で暮らすのって大変ッス。でも、殺伐とした冷酷さだけで生きるのは空しいッス。理想や希望は抱いて良いと思うッスよ」 「……挫折しても?」 「そりゃ、開拓者のシンドサはとんでもなく辛いと思うッス。すぐに報われるものでもないス。理解だって中々得られないとも思うッス。でも」 挫折してあきらめたら、後悔するんじゃないスか? 今まで積み重ねてきた努力や、大事にしてきた夢や誇り、助けてくれた周りのひとたちが悲しむんじゃないスか? 自分に「頑張ったか」って尋ねた時に、胸張って答えたくないスか? 「きみは、まるで」 ミチルの目を見て、鳳映はふっと微笑む。 「第一作に登場する、主人公の少年のようなことを言う」 ありがとう。 最初に作った「映画」に、励ましてもらったような気がするよ。 ACT.2■Suspense&Holler そして一同は、暴霊に占拠された撮影現場におもむいた。 暮れなずむ空に、立ちこめる暗雲。 待ってましたとばかりに、雷鳴と閃光がほとばしった。スポットライトさながらに城を照らし、浮かび上がらせる。 異国ふうの尖塔をいくつも付加した、崩れかけの廃墟のうえを、人魂がいくつも浮遊している。 灰色にくすんだ煉瓦をみっしりと覆う苔と蜘蛛の巣。アーチ型の硝子窓はひび割れており、半開きになった窓からは、破れたカーテンが見え隠れする。 ゆうらりと浮遊する、半透明の人影。 ぴしゃりぺたりと、腐りかけの死体が、群れをなして行き交うのが、硝子越しに見える。 不吉な羽音が響いた。 見れば数百羽に及ぶコウモリが、折れた煙突からわき出しているのだ。 「へえ。すごいね」 ユーウォンは目を輝かせた。 なかなかどうして、低予算でまかなったにしては、旧い城のセットはよい出来映えではないか。 同様のことを、ゼロも感じたようだった。 「このまま撮影するわけにはいかないのです? 天然の特撮効果満載でお得なのですー」 「もし脚本が、サスペンスとかホラーだったらね」 ふぃ〜、と飛んできた人魂を避けながら、鳳映はため息をつく。 「だけど、予定していた第二作目は、友情と努力と勝利の物語なんだ。この城は、登場人物が最後に辿り着く、清浄なる精霊の住まう場所という設定で」 「だったら蜘蛛の巣はマズいッスね。掃除しないと精霊住めないッス。あと、死体はちゃんと埋葬してあげるッス」 たいそう地に足のついた感想とともに、ミチルは大きく頷いた。 「精霊の城ということなら」 サクラは考えを巡らせる。 「ゾンビ型の暴霊にだけ退場いただければ、あとは何とかなるんじゃないでしょうか」 「そうかもしれない。ただ、肝心の俳優の手配がね」 「どんなストーリーなんですか?」 「固い友情で結ばれた三人の少女が、小さな竜と出会い、ともに冒険の旅に出るという話で――おや?」 そして、何かに思い至った鳳映は、もう一度しみじみと、4人の顔を見比べた。 + + + 「それじゃあ、まずはゾンビをなんとかしないとね!」 ユーウォンは前向きであった。そうですね、と、サクラは持参した小ぶりのガラス瓶を6本、取り出す。 「聖水です。絶対必須だと思ったので、持ってきました」 全員に配りながら、サクラは声を落とす。 「ゾンビに襲われた探偵さんが、聖水がなくてゾンビになった報告書があったので」 「うわぁ。怖いよこわいよ暴霊怖いよゾンビ怖いよぉー」 世にも情けない声を上げたのは星兎だ。 暴霊やゾンビが怖くてインヤンガイの探偵など勤まらないだろう、という、ディラックの空の彼方からのツッコミをものともせず、ガクブルしている。 「まあまあ。張り切って行こうよ」 「うわーん、頼もしいなあユーウォンは」 ドラゴンの小さな背中に、星兎はしがみつく。 「だ、だいじょうぶだよ。心細いのなら、一緒に行動しような。く、来るなら来いってんだ!」 かくいうユーウォンも、ちょっぴり、怖い。 なんたって、話の通じない暴霊さん向けに、思いつく限りのブツをトラベルギアに詰め込んだほどだ。 鉄の棒にレンガ――ほら、上から落とすとダメージ大だし――、塩、お札、銀のナイフ、数珠に十字架、かんしゃく玉に狩猟用発破。ま、実体のない霊には現地調達の護符が一番効くかもね、とか思いながら。 なので、自分よりも怖がっている誰かのそばにいれば、緩和されそうな気がしたのだ。 「ユーウォン。実は何を隠そうぼくも怖くて怖くて今にも気を失いそうだ」 鳳映は星兎をひょいと押しのける。 「だからいてくれぼくのそばに。片時も離れないでくれ頼む」 「……う、うん? べつにいいけどさー」 「あー、ずるいぞ鳳映。ユーウォンは俺が先に」 「ユーウォンにくっつき過ぎだ星兎」 「星兎さんと鳳映さんがユーウォンさんを奪い合っているのです。サクラさん的にこれはどうなのです?」 「これはこれで妄想できますもちろんです!」 そんなあれこれをよそに。 ミチルは大きく息を吸い込み――歌う。 文字通りの、『応援歌』を。 一行の潜在能力と自身の竹刀が、強化されていく。 「さあ、夢に向かうッス!」 ACT.3■Spectacle 錆び付いた扉に手をかけながら、サクラはゼロを振り返る。 「ひとつ、思いついたことがあるんです」 「ゼロにできることなのです?」 「はい。ゼロさんに聖水入りの瓶ごと大きくなってもらって、煙突から聖水を注ぎ込んでもらうのはどうでしょう?」 「それはいいな。暴霊が逃げ出してくれるかも」 「攻撃的なゾンビはおとなしくなりそうッスね」 ユーウォンとミチルも賛同する。 「一時的でも暴霊が全退去してくれたなら、じっくり城の中を調べられると思うんです。そうしたら、こんなに暴霊が発生した原因がわかるかもしれません」 + + + かくして。 ゼロは巨大化し、城の内部を聖水で満たした。 いちお、暴霊向けに警告を行うのがゼロたんの優しさである。 「ええと。天国に召されたいかたは、このまま聖水に身をゆだねるとよいのです。そうでないかたがたは、一時退去を推奨なのですー」 (おお……。何という慈悲の心……) (白い女神……) (これは……、身体が光に包まれて……) ゾンビ系のかたがたはあっさり昇天なさり、それ以外のかたがたも、いったん城を開け渡してくださることと相成った。 + + + 城内をくまなく探索した一同であったが。 なかなか原因となるものを特定することはできなかった。 もともとここは、一般の廃屋である。 星兎曰く、特に謂れがあるというわけではないはず、とのことでもあり、いったん撤収して出直そうかとの意見が出た矢先―― 「あそこに……!」 地下に続く隠し階段を、サクラが見つけた。 おそるおそる降りた先にあったものは。 「祠……、ッスね」 祠とはいっても、祭祀のにおいのしない、いわば手製の祭壇のような造りのものだ。 中央にはうやうやしく、一冊の本が祀られている。 それは、鳳映がかつて作ったゲームの、攻略用ガイドブックだった。 + + + 城内の一室で、ふたたび、ゼロは巨大化する。 戻って来た暴霊たちを前にして、今度は説得を行うためだ。 入口も壁も、宇宙の果てほどに遠く、どこまでも広い、その部屋で。 「かつてここに住んでいたかたが鳳映さんのゲームのファンで、ここが映画撮影の舞台となったとき、皆さんがその残留思念に惹かれてらしたのは、何となく理解できたのです。そのうえでお願いなのです。 鳳映さんさんは、新しい形態の娯楽、『映画』を作ろうとしているのです。 今までのほの暗い世界にはなかった、夢や情熱を正面からぶつけてくる作品を見たくはないですか、なのです。 エキストラでご協力もウェルカムなのですー。 「そうだね、なんたってここはインヤンガイだもん。暴霊の出番があったっていいんじゃない?」 ユーウォンは陽気に言う。 「これからすごく楽しいことが始まるよ。一緒に楽しもう」 ――とても、面白いよ? ACT.4■The Dream 星兎の家に、一同は戻った。 無事、暴霊たちの協力も取りつけ、撮影の目処が立っての帰還である。 この近くで食料品が買えるところはどこか、と、星兎に問うたサクラは、全員分の食事をテーブルに並べのだった。 ご飯に味噌汁、インゲンの胡麻和え、だし巻き卵、回鍋肉といった、心づくしの、あたたかな料理だった。 「私の夢は、自分の作った服が誰かの希望や元気になることです。この服良いなとか、こういう服欲しいから頑張ろうとか、そう思ってもらえるようになりたいんです」 そして、世界中のひとへそういう服を届けたい。 「……だったら、どこかに定住するよりは行商が良いのかなって、思い始めたところなんです」 「おれの夢は単純だよ。もっともっと旅をしたい。見たことないもの見てみたい。知らないことを知りたい。知ってることをもっと知りたい」 生きている限り、ずっと! 「監督さんの映画を見て、自分も映画作りたい、とか夢を持つひとが出てくるとイイっスね」 映画って、希望だと思うッス。 「思ったようにはならないことも多いけど、自分も諦めないッス」 ――大切なひとたちが、ずっと、穏やかに過ごせる夢を。 なお。 ゼロたんの夢は壮大だった。 「全世界群がモフトピアみたいな楽園になることなのです!」 + + + 4人は、俳優としての出演以外にもスタッフ協力を行った。 ★Production Designer ……ユーウォン ★Costume Design …… 吉備サクラ ★Sound Department …… 氏家ミチル ★Visual Effects …… シーアールシーゼロ という役回りである。 鳳映監督の新作は、近日中に公開されるだろう。 + + + 私の最高傑作は、次回作だ。 ――チャールズ・チャップリン ――Fin.
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