▼壱番世界にて あなた達ロストナンバーは今回、壱番世界にてとある依頼をこなしました。 依頼は順調に進行し、大きな被害もなく作戦は終了。帰りのロストレイルがやって来るまで、かなりの空き時間ができてしまいました。 そんなとき、とあるコンダクターがあなた達に提案したのです。「じゃあせっかくだし〝壱番世界での休日〟を体験してみない?」 ――というわけで、仕事をいつもより手早く終えて、予想以上に時間を余らせてしまったあなた達ロストナンバーは、少しの間この壱番世界に滞在することとなりました。 凶悪な特殊能力者が跋扈(ばっこ)するような危険な世界でもなく、常識さえ守れば比較的平和で、穏やかなこの壱番世界。お正月シーズンも過ぎ、今はこれといった大きなイベントは無いようですが、その分ゆったりと過ごすことが出来そうです。 あるコンダクターが都心からやや離れた場所にちょっとした別荘を持っており、そこを借りることになりました。まるで旅館のように大きく、和の情緒に溢れたこの別荘を拠点にし、色々と遊ぶことができます。 都心とは違って周囲に建物は少なく、雑多とした生活音もありません。 周辺は山と田んぼと畑が広がっていて、豊かな自然が視界に飛び込んできます。日によっては寒波の影響で雪が降ったりもするそうなので、ちょっと寒いかもしれませんが、外に繰り出しても面白そうですよ。稀に季節外れの暖かな空気がやってきて、時期外れのお花見日和になることもあるそうな。 もちろん電車に乗って都心部に出て、ショッピングや観光をするのもいいでしょう。遊園地もデパートも賑わっていますし、壱番世界の服で自分を着飾ってみるのはどうでしょうか。 修学旅行気分で、夜には普段とは違うとくべつな時間を過ごしてみるのも一興かもしれません。 壱番世界とはほど遠い異世界出身のツーリストはこれを機に、壱番世界の魅力に触れてみませんか? 逆にコンダクターの皆さんは、仲間たちに壱番世界の文化を教えてあげては如何でしょうか? ――これは、とあるロストナンバー達の、ちょっとしたお休みの日々。====※このシナリオはロストレイル13号出発前の出来事として扱います(搭乗者の方も参加できます)。====
▼壱番世界、別荘、出発前 ミルカ・アハティアラは、持ってきたおよそ行きの服を手に取り、姿見の前で服を選んでいた。 「何着かは持ってきてみましたけど……うん、やっぱりこっちですね。んふふー♪」 るんるん気分で選んだのは以前、世界司書とともに壱番世界へと繰り出し、そこで買った一着だ。 白のワンピースに下は黒のパンツルックを合わせ、上着には赤のブレザーを羽織る。ブレザーは裏地が黒と灰のチェック柄になっているのがポイントで、そこがお洒落なアクセントとして機能しているのだ。またアクセサリーとして黒のリボン付きカチューシャもつける。 普段の愛らしいサンタクロースなルックとは打って変わり、すっかり壱番世界の女の子に様変わりできるセットなのである。皆で出かけた思い出もつまった、お気に入りのそれ。 「ミルカさん。そのお洋服、とても可愛いですねー」 ミルカと同じように今日のの服を見繕っていたローナが、興味深そうに声を掛けた。 「あわっ、そ、そうですか? えっへへへ、ありがとうございます!」 嬉しそうにはにかむミルカ。 「でもローナさんの服も素敵だと思いますよ。えっと、何て名前のじゃんるでしたっけ……ろりいた? がありい? そんな名前のお洋服ですよね」 「はい、そうですよー。私は、こういった〝女の子らしい服〟に憧れているんですー。元の世界では兵員徴用されていたこともあり、そうした規制・管理の強かった環境の反動なのかもしれませんがー」 言いながらローナが手に取ったブラウスやスカートには、そこかしこにフリルがあしらわれている。 「お洋服には、女の子の夢が詰まっていますからね」 サンタクロース見習いとしてプレゼントを届けていたミルカには、衣裳にこめられる想い・憧れが手に取るように分かる。素敵なお洋服をプレゼントに願う女の子たちは、多かったのだ。 一方でローナは自分の服を掲げながら、少し残念そうな溜息をひとつ。 「新しいお洋服も欲しくなったりもしますが……今ひとつ、上手に選別・選択できないことが悩みですねー。戦況や地形に合わせた武装・兵装を組み合わせることは難なくできるのですがー」 「私もサンタの制服に慣れてしまうと、どうしても他の服には意識が向かなくなってしまうかもですね……」 ふたりでそんなやり取りをしつつ支度を済ませ、リビングへと向かう。 そこでは今回の休日の同行者である、ゲーヴィッツとオゾ・ウトウが既に待機していた。暇を潰すためか、テーブルの上に将棋を広げている。オゾのほうはともかく、2mを越す巨躯のゲーヴィッツを支えているソファは、彼の重さに耐え切れなかったようで、脚がひしゃげて壊れてしまっていた。しかしそれを気にする様子もなく、壊れた椅子に座ったまま、彼らは将棋にのめりこんでいる様子だ。オゾは真剣な面持ちで、そしてゲーヴィッツは興味深そうに、それぞれ盤上の戦況を見下ろしている。 「……おや? あぁ、女性達の支度が済んだようですよ」 「おー、そうみたいだな」 女性陣ふたりの姿に気づいた彼らは将棋をさっと切り上げ、ソファから腰を上げる。 「で、あの赤くて小さい娘っこはどうしたんだ」 突然ゲーヴィッツがそんなことを言うものだから、ミルカとローナはきょとんとするしかない。 「赤くて小さい娘っこ……ひょっとしてミルカさんのことですかー?」 「え、私ここにいますよ!」 「ん? お? おおー、おまえがミルカか。服が変わってたから気づかなかったぞ」 「えー、サンタ服で認識されているんですか、私!」 ぬははと上半身を揺らしながら豪快に笑う大男に、ちっちゃいサンタ娘は唇を尖らせた。 ふたりの微笑ましいやり取りに、オゾは口許と目許を緩めつつもフォローを一言。 「僕は女性の衣服には疎いのですが、随分と素敵な服だと思いますよ。まるで壱番世界の女性そのものだ」 「え、あ、そ、そうですか? わわー、ありがとうございますっ」 思わぬ賞賛にミルカはほっぺに両手をあてがい、嬉しくも恥ずかしそうににんまりと笑う。同じ女の子であるローナと違って、大人の異性でもあるオゾに言われると、何だかこすぐったい様子だ。 「ミルカさんのように、そうして衣服で着飾ってみるのも一興かもしれませんね」 「そうだなあ。飯や酒を喰らうのも好きだが、たまにはそんなのもいいかもしれん」 鉱石のような固い光沢を放つ顎をぽりぽりと掻きながら、ゲーヴィッツは頷く。 「細かい予定は決まっていなかったよな、皆で服でも買いに行かないか。知り合いが以前、こんな格好をしていてな……よく似合っていたものだから、俺も気になっていたんだ」 ゲーヴィッツは傍のマガジンラックから雑誌を取り、太い指で器用にページをめくっていく。そこに掲載されていた男性モデルの写真を、皆で見下ろす。 「ほう、確かスーツと言いましたか」 「そうですねっ。男のひとが催し物の際に身に着ける、正装のようなものだったと思います」 オゾの言葉にミルカがつないだ。 ゲーヴィッツは、とんとんとその服装を指し示しながら言う。 「俺はこれを着たい。まずはどうすればいいんだ? 衣類の材料となる素材を集める必要があるのか?」 「そうなると、繊維を分泌する虫などを狩る必要性がありそうですね」 腕を組むゲーヴィッツの横で、オゾが顎に指をあてがいながら生真面目な顔つきで語る。 「うんうん、そうですね。まずは討伐のため森へ……って、あれ?」 ついつい流れで相槌を打ってしまったミルカは、会話内容の違和感にはっとする。 そんな彼女を差し置いて、ローナも男性ふたりの発言内容に肯定の頷きを返しつつ、シリアスモードのきびきびとした口調で答えた。 「生体素材を確保することが当面の目的となるのですね。昆虫・動物型の戦闘機械と接触したことはあまり多くありませんが、不足している戦闘情報を集めるには良い機会かもしれません。少ないながらも、有事に備えて追加兵装は持ち込んでいます」 「何だか物騒な話になってるー!」 ミルカは両手で頭を抱えながら、ぶんぶんと首を左右に振った。 (異世界人の集うロストナンバーだから、仕方はないのかもしれませんけれど……まさかここまでとは……!) 三人が戦闘に関して濃厚な相談を交わす中、ミルカはひとりで悩む。 メンバーは大人ばかりであり、自分が最も年下で、ひょっとしたら華麗にエスコートされるのではと思っていたけれど、そうもいかなそうだ。 (ここは私が、皆さんへ素敵な休日をプレゼントするために、率先して動かなくっちゃいけないようですね……!) これも立派なサンタとしての、修行の一環に違いないとミルカは信じた。 「皆さん!」 ミルカが突然声を張り上げたので、三人は驚いて小さな彼女を見下ろす。 「ご安心を! 私が、きっと、皆さんに! 素敵な休日をお届けします!」 決意の炎を宿した双眸で皆を見上げるミルカ。三人は戸惑いがちに、こくっと頷くしかできなかった。 ということで、ミルカが時期外れのサンタクロースとなり、皆をエスコートしていくことになったのである。 † そしてショッピングのため、昼の大型百貨店へと繰り出した一行だ。まずは男性陣の服を揃えるため、紳士服売り場に向かう。 「女性用とは違って、何だか男性用の服は種類に乏しい感じがしますねー。色もかたちも似たようなものばかり……違いがよく分かりません」 ローナは並ぶ紳士服の前で腕を組み、難しそうに唸っている。服飾に疎い彼女には、目の前の衣服全てが同じように見えるらしい。 「紳士服は確かに一見は似通っていますけど、実際は細かい違いがあるんです。ほら、ここの装飾やボタンの位置だとか」 一応はプレゼント候補として、そうした子ども用の紳士服にも触れたことのあるミルカは、服を手に取って指差しながらローナに解説している。 一方、2m半はある背丈のゲーヴィッツは、天井や吊り下げ広告に頭をぶつけてしまわぬようやや猫背気味になりながら、ハンガーにかかっている服を指でつまんだ。 「そうそう、俺が着たいのはこんなやつだ」 黒のジャケットと同色のスラックス、白い無地のシャツ、その上に着る灰のウェストコート等、一般的なセットを手に取ったゲーヴィッツ。 しかし大人の男性用で且つ最も大きいサイズであるのに、彼が手に取ればまるで赤ん坊用の小ささに見える。 「僕はともかく、彼のサイズに合いそうな服は見当らないようですね……」 オゾは百貨店内にあるいくつかの店舗を覗いてきたのだが、やはり2m半ともなる巨体に合うサイズは見つからなかったようだ。 「ふーむ。まぁ無いなら仕方がないな」 細かいことでは気に病まない性分のようで、ゲーヴィッツはそう言ってあっさりと服を戻していく。 けれどミルカは、その大きな背中に何かを感じたようだ。ゲーヴィッツは子どもではないけれど、でも今の彼は、サンタからのプレゼントが届かなくて悲しい思いをした子どもと、少なからずは同じ気持ちであるのでは――そう考えて、ミルカは胸が苦しくなる。 でもサンタはあくまで届けるのが仕事であり、魔法で自由に物品を作り出せるわけではない。 しょんぼりしていると、それに気づいたゲーヴィッツがミルカの小さな頭に巨大な掌を置き、わしゃわしゃと無造作に撫でて。 「大丈夫だ、気にするな娘っこ」 「うぅ……でも、すみません……」 そんな中、ローナは戦闘分析を行うときのような険しい表情のまま、何かを思案している様子だった。 「戦場では、戦況に合わせて装備を変えることもあれば、個人のクセに合わせて武器を細かくカスタマイズすることもあります……」 誰に向けるわけでもなく、ローナはぶつぶつと探るように呟く。やがてローナは三人に向き直ってこう告げる。 「ローナは対応策を提案します。既製品で合うものが無ければ、要望に応じたカスタマイズを施してくれるお店を探すというのは如何でしょうか」 なるほど、と三人は頷いた。 しかし、とオゾは言葉をつなげる。 「僕達は壱番世界の店舗情報はおろか、地形についても把握が不十分です。何か手立てがなければ難しいとは思いますが」 「その点については問題ありません。地図が必要になったときに備えてあらかじめ、周辺の地域データや情報を記憶領域に入力しておきました。検索をかけてみれば見つかるかもしれません」 はきはきと迷い無く答えるローナ。 ゲーヴィッツは「ふむ」と唸ると、氷柱のような顎ひげを撫でながら返す。 「よく分からんが、店が探せるということか?」 「すごい、ローナさん!」 ミルカはきらきらと瞳を輝かせながら、ぴょこんと体を弾ませた。 † 「よしこれで揃ったな」 岩のように固そうなゲーヴィッツの顔は、その見た目どおりに変化に乏しく、表情から感情表現を読み取ることは難しい。 けれど今の彼は頬を緩め、満足そうに頷いていた。手には、オーダーメイド製の燕尾服の入った紙袋を提げている。 ローナの検索によって見つけた、大通りを外れた場所にある旧い店舗で、ゲーヴィッツに合わせた巨大なサイズを繕ってもらったのだ。 「オゾも良かったな、その羽に合う服を作ってもらえたんだろう」 「そうですね」 背中に生えている白骨化した翼を振り返りながら、オゾは首肯する。骨ばった顔に穏やかな表情が浮かぶ。 ローナはその翼を興味深そうに見つめる。 「羽自体は小さいし短いですけど、そのまま上に服を身に着ければ圧迫されて窮屈そうですー」 「えぇ。ですので、その部分の布地を開けるようにし、ボタンをつけていただいたのは幸いでした」 「対価と僅かな情報さえあれば、欲しい物が手に入るというのは実に良いことだ」 ゲーヴィッツは納得するように頷いて。 「俺が暮らしていた迷宮では、自給自足が基本だったからな。自分の手で確保できないものは諦めるしかなかったが、ここはそういう意味では良い場所だ」 「物と人の流れで溢れていますからねー」 そう言葉をつなぐローナの頭に、ゲーヴィッツはぽむと固い掌をそえる。 「ローナには感謝だな。おまえの助けがなくてはこの服も揃えられなかった。礼を言うぞ」 「僕からも、改めて貴女にお礼を申し上げます」 「いえいえ、そんなー」 控えめに手を振りながら謙遜をするローナだけれど、その口許はほころんでいた。 「さてと。じゃあ次はおまえ達娘っこの服か」 「いいえ、まだですゲーヴィッツさん!」 ミルカが鼻息荒く言い返す。 「できれば懐中時計も用意しますよ。あぁ、帽子もあるとさらに素敵に仕上げられますね……ローナさん、まとめて検索お願いします!」 どことも知れぬ場所を指差しながら宣言するミルカの双眸の奥では、サンタ魂が熱い輝きを迸らせていた。 「はーい、おまかせあれっ。検索を開始しますー」 ローナはそんな状況を愉しむように微笑みながら、脳内の記憶領域にて情報検索を開始する。 † この都市部には、近隣の観光名所のひとつとして高い展望台がある。乱立するビルを見下ろせるくらいに高く、遠くからでも存在を確認できるタワーだ。 その上層階に位置する小洒落たレストランで、一行はちょっと優雅な夕飯を堪能している。 「申し訳ありません……僕らのために、女性陣の衣服調達を間に合わせることができず……」 「何だかすまんかったなぁ」 紳士として着飾ったふたり。壱番世界の標準的な成人男性に近いオゾはもちろん似合っているし、2m半に達する大柄なゲーヴィッツのスーツ姿も、外見の逞しさの中に冷たい一筋の知性を秘めているようで、とてもスーツ映えしていた。先ほどまで被っていた山高帽にもよく合う。 上品なテーブルクロスのかかった席につくふたりは、向かい合って座っている女性陣に小さく頭を下げている。 「いいんです、いいんです。衣服に興味を示してくれたおふたりを着飾ることが、今回の使命だと思っていますので!」 ミルカは慌ててそうフォローする。ローナもそれに続き、落ち着いた様子で言葉を付け加える。 「私も、自分の機能を平和的に活用できる良い機会になりましたし、そのデータを蓄積できただけでも充分ですー」 周囲の客も店員も、仕草のひとつひとつが流れるように上品だ。そうした人々が集うに相応しく、窓際は高級感ある生地のカーテンで飾られ、洋燈を思わせる灯りが秘めやかに店内を光で満たしている。 お洒落で優雅なBGMが流れる中、四人は少しずつ運ばれてくる料理の数々を前にし「ど、どうやって食べるんでしょう、これ」「検索をしてみましょうか?」「これはまた珍妙な……」「ひと口どころか、ひと舐めで終わってしまうぞ。もっとないのか?」といったやりとりをしながら、食事を愉しんでいく。 やがて最後のデザートも食べ終えて、四人はふうと安堵の溜息をついた。 「普段の食事とは違って、背筋がシャンと伸びるような場所ですから……何だか緊張してしまいましたが、良い体験になりましたー」 笑顔の端に疲労をにじませながら、けれど満喫もできたといった様子でローナは呟いた。 「確かに、こうした丁重な雰囲気の中で淑やかに食事をしていくことは、その緊張感がまた愉しくもありましたね」 オゾの静かな声音にも、どこか明るさが溶け込んでいる。 ふと、ミルカは硝子の壁越しに広がる、壱番世界の夜景に視線を注いだ。無数の光が灯り、溢れ、流れている。夜空の星は、その眩しさにかすんで見えない。 「お仕事で、夜の上空を飛んだことは何度もありましたけど……今思えば、こうして落ち着いて見下ろしたことはなかったかもしれません」 「落ち着くってのは大事なことなんだよなあ。考え込み、悩むことで見えてくるものもある。俺が居た迷宮はそれなりに盛況だったからな、そんな暇はなかったよ」 ゲーヴィッツは懐かしそうにそう呟く。ローナが食後のお冷を傾けながら問いかけた。 「ゲーヴィッツさんは、迷宮なる場所の守護を担っていたのですよねー?」 「守護者といっても、実際は庭の管理人のようなものだな。迷い込んだ危険な魔物を追い払うのも仕事だし、未熟な冒険者に同行して面倒を見たり、途中で倒れた者を送り届けたりもした。迷宮の修理も掃除もするし、危険な場所を開拓もするぞ」 それを聞いたミルカは、ほえーと意外そうな声をもらし、瞳ぱちくり。 「迷宮の守護者って聞くと、何だか玉座に座ってどっしりと構えているイメージがありましたけど……色々と大変なんですね」 「管理という仕事には果てがなく、どこまでも先があるものですからね」 オゾが頷きながら言葉をつなげる。 「私も故郷世界では、村の設備を拡張させたり、その修理を担っていました。壊れたのなら直しますし、壊れそうなら補修をします。壊れる心配がないのなら、余裕のあるうちに手を加え、簡単には壊れないよう補強したりもします。やることがない、ということはない……そんな環境だったのですよ」 「管理という仕事っていうのは、ようは雑用だからなあ」 オゾの言葉を聞いて、ゲーヴィッツは賛同するようにがはははと笑い声を上げる。 ローナはそうしたやりとりに耳を傾けていたが、ゲーヴィッツとオゾの生き方を首肯するに深く頷いた後、こう話し出した。 「おふたりはやることがたくさんある中で、大変ながらもそこに生きがいを感じていたと見受けます。しかし私はその逆で、やることがないということに、生きがいと幸せを感じていたのですー」 「やることがない幸せ、というと?」 オゾはローナの言葉を促すように返す。 「はい。……私の役目は、いわば戦争の道具です。私は戦うために作られましたが……私などが必要にならない世の中であることを、私は望んでいるのですー」 「戦うために生まれはしたが、戦うためには生きていない……ってヤツか? ん? なんか違うか」 のほほんとしたゲーヴィッツの言葉に、ローナは「いえ、そうかもしれません」と肯定を返して。 「兵器であるのにこうした平和主義を抱いているのは、ひょっとするとおかしいことかもしれませんが……本来の目的のためには一度も使用されず、未使用のまま朽ちていくことが、私の真の喜びなのですー」 「しかし武器の手入れなど、戦う準備に余念はないようですが」 オゾの言葉を耳に挟んだミルカは「そういえば別荘に持ってきたローナさんの荷物の中には、男の子が喜びそうな銃やら何やらでいっぱいだったなぁ」なんて思い返している。 「平和主義と平和ボケは違いますからー。戦いは避けるべきですが、有事の際に戦うべきでない人達が戦わずに済むよう、私のような存在がいるのです。ですから戦うべきときにはすぐに戦えるよう、日ごろから準備と訓練を怠らないというわけですー」 こうした会話が交わされる中、ミルカはその中で少しばかりの孤独感を覚えていた。 (何だか皆さん自分の使命があって、それをきちんとこなせていて、すごいなあ) こうして異世界に放逐されてしまったとはいえ、皆はそれぞれ担うべき役割を果たし、実行していたことを知った。それを考えると、今の自分はなんて未熟なのだろうと思ってしまうのである。不甲斐ない自分が情けなくなる。 (私も、自分の使命をきちんと果たせるようにしなくてはいけませんね……!) こうした三人のような、立派な大人になってみたいと。ミルカはそう決意する。 † しかしそんな決意も、心身の疲労には敵わなかった。 「……あれ、ミルカさん寝ちゃっていますかー?」 別荘の方面へと帰る電車に乗るため、駅構内のベンチにて待機をしていた一行。 こてん、とローナの肩にミルカが寄りかかってきたので、何だろうと思い顔を向けてみれば、どうやらミルカはいつの間にかくうくうと眠ってしまっていたようだ。ローナが彼女の肩を揺すっても、起きる気配は全くない。 「僕達のために率先して、店舗を案内したり服を合わせてくれたり、色々と動き回ってくれましたからね。疲れ果ててしまったのでしょう」 寝息を立てるミルカを見下ろし、オゾが微笑ましそうに言う。 「じゃあ俺が運んでいくか。娘っこの荷物も俺が持とう」 誰かへの土産か何か、ミルカのトラベルギアでもあるプレゼントボックスを脇に抱えたゲーヴィッツ。でも肝心のミルカは、その脚をひょいと掴んでぶら下げながら運ぼうとした。 それではデリカシーに欠けるとローナに指摘され、ゲーヴィッツは「ん? そうかそうか」と悪びれた様子もなく、持ち方を変える。 けれど、今度もやはり首根っこを持ってぶら下げるような感じだったので、オゾが代わりにミルカの運び役を願い出ることとなった。 ミルカがオゾの両腕にお姫様だっこされつつ、一向は別荘へと帰宅していく。 † 別荘に送り届けられ、リビングのソファーで横になっていたミルカは、眠りから覚めるなり慌てたように飛び起きると、トラベルギアのプレゼントボックスを抱えてきて、ローナへと差し出した。 「ローナさん、プレゼントです! 実は似合いそうな服をこっそり買っておいたんです」 「え、いいのですか……?」 ローナは申し訳無さそうにそれを受け取って。 「私の体躯は細胞式有機可変素材製で構成されていて、ある程度は自由に変化させることが可能です。服の組み合わせさえ教えてくだされば、わざわざ対価を支払うご迷惑をかけることなど必要なかったですのに……すみませんー」 「んー、確かに、対価を支払わずにモノを手に入れられれば、出費を抑えることはできますけど――」 ミルカは小さく唸って思考した後、しゅぴっと指を立てながらローナに言葉を返す。 「でも、ローナさん。対価って、プレゼントの価値そのものだと思うんです」 「対価が価値、ですかー」 「はい。……あ、でも、それは高いものをプレゼントすればいいってことではなくて! 値段は関係なくて、やっぱり気持ちが一番大事なんだって、私の師匠や先輩たちも言っていたんです」 きょとんとした様子で話を聞いているローナを誤解をさせぬように、ミルカは身振り手振りも加えながら一生懸命に言葉を紡ぐ。 「支払う対価を削ろうとしてしまうと、それと一緒にプレゼントにこめた気持ちまで小さくなってしまうような気がするんです。だから対価を支払って買ったということそれ自体が、私がプレゼントに込めた想いと言いますか、覚悟と言いますか――」 と、ミルカが不意に言葉を切った。色々と自分を語ってしまったことで、せっかくのプレゼントに重圧を与えてしまったのではと不安になる。 でも、今まで不思議そうな面持ちでミルカの言葉に耳を傾けていたローナの顔に、にこりと花のような笑みが浮かんで。 「ありがとうございます、ミルカさん。あなたからのプレゼント、謹んで受け取らせて頂きます。……早速開けてもいいですかー?」 「もちろんですっ」 リボンを解き、包装紙を慎重に剥がして、プレゼントボックスを開ける。丁寧に収められていた服のセットを手に取り、掲げてみる。 パーティー用の洒落たドレスだった。品のある桃色を基調とした一着で、肩を大胆に露出させるつくりになっているのが特徴だ。腰の部分はコルセットを思わせる編み上げになっていて、身体にフィットさせれば細いシルエットを演出することができそうだ。腰の大きなリボンも、妖精の翅のようで愛らしい。スカートはふんわりとボリュームのある膨みを描いている。 「わあああ……すごく素敵です、ありがとうミルカさん……!」 顔をほころばせながら、あまりの嬉しさにそのドレスを抱いて、きゅーっと頬擦りをするローナ。その表情を見て、素敵な贈り物ができたと感慨深くなるミルカであった。 † 眠りこけたミルカを送り届けた後、ゲーヴィッツとオゾのふたりは二次会ということで、別荘から少し離れた集落にある、小さな居酒屋に繰り出していた。 そこは、良くも悪くも大衆向けの居酒屋といったところ。元は綺麗な白であったのだろう壁紙や天井も、客が吸う煙草の煙や、調理場の換気扇を逃れてきた煙や蒸気などを吸い込み、黄ばんでしまっている。 壁に備え付けられたむき出しの棚には、狸の置物や木彫りの熊などの調度品が置かれている。どれも埃が積もっていて薄汚く、久しく掃除はしていないと見える。 客の入りは極めて少なく、ゲーヴィッツとオゾ以外にはふたりだけ。そのうちのひとりも、つい先ほど勘定を済ませて退出していったところだ。 「こんな店に来たとき、何と言えばいいか知っているぞ」 別に汚れてはいないはずなのに、どこかベトついている感が拭えない木製のカウンター席に、ふたりは陣取る。席に着いたゲーヴィッツは、ふふんと鼻を鳴らしながらさっと手を挙げて。 「オッチャン! トリアエズ、ナマビール、フタツ!」 「よく知っていますね……」 オゾが感心した様子でいると、ナマビールなる酒がふたりの前にどんと置かれた。大きな硝子のコップに、白く泡立つ黄金色の酒がなみなみと注がれている。 ゲーヴィッツが勢い良くそれを飲み下す横で、オゾは少しずつ慎重に流し込む。 甘くもしょっぱくもない、奇妙な酒だった。けれど発酵か何かの変化から生じているであろう無数の泡がその黄金色の液体全体に浸透していて、爽快感ある刺激を喉に走らせる。気持ち良い。飲み干せば「くはっ」と、気持ちのいい声を洩らさずにいられなくなる。 「オッチャン、ナマ、オカワリ!」 「では僕も……えっと、ナマ、オカワリ」 そうしてナマビールを堪能していると、やがて新鮮な色合いとはほど遠い、色の濁った小さな野菜の盛り付けが置かれた。 「なんですかこれは……?」 「お、ここの店のは旨そうだな……まぁ食ってみろ」 いぶかしげな表情をするオゾを、ゲーヴィッツが促す。 くたびれたように縮んでいる野菜の欠片を咀嚼してみると、まるで新鮮な野菜をそのまままるかじりしたときのような、清潔感のある軽快な食感を愉しむことができた。濃厚な塩っけの奥にあるピリッとした僅かな辛味が、また泡の黄金酒とよく合う。 「うまいなあ」 「……そうですね」 「何と言うか、な」 「……そうですね」 「こうした場で会話をすることを、壱番世界の連中は〝飲みニケーション〟というらしいんだがな」 「……そうですね」 「ただこうして食っているだけでも、いいもんだな」 「……そうですね」 「いやーほんとうまいなぁ」 「……そうですね」 オゾはわりと一心不乱に食べているらしく、返事も曖昧だ。でもゲーヴィッツはそれを気に留めることなく、また次の料理に手を付けていく。 「オッチャン、ナマ、モウヒトツ!」 「ナマ、モウヒトツ」 ノイズが入って明瞭に聞き取れない、バラエティ番組の黄色い音声が響く中、ふたりは店主から淡々と出される料理を淡々と味わっていく。 漢のたちの飲み会の夜は、こうしてふけていった。 † そうして滞在期間は過ぎていき、最後にはお世話になった別荘を軽くお掃除してから、四人は別荘を後にしました。 後に提出された報告書では、このお屋敷で過ごした「ちょっとした休日の日々」のことが内容の大半を占めていたそうです。 そんな報告書の表題は、『壱番世界における凶悪ワームの殲滅作戦』から『ロストナンバー休日紀行』へと差し替えがされたとか、されなかったとか。 <おしまい>
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