「このたびは大変なご心配とご尽力をいただきまして。皆様には何と御礼を申してよいやら」「まあ、その、なんだ。……ごめんな?」「……無事で良かったぁ」「うわーーん! シオンくんのバカぁぁーー!! ラファエルさんのマヌケぇぇぇーー!!!」『彼ら』の救出に成功したという報を聞き、紫上緋穂と無名の司書、そして幾人かのロストナンバーたちは、その帰還を待ち切れずにホームに待機していた。ロストレイルから降り立つなり、ラファエルは深々と頭を下げる。シオンは面映そうに頭を掻くばかりだ。「ぐしっ、ぐしっ、びぃぃぃーん」「ちょーー!? 無名の姉さん、うつくしー純白に戻ったばかりのおれの翼で鼻水拭くのやめてー!」「……あれ? そういえばこの羽根、なんか前より綺麗になってない?」「あー、そりゃー、ある意味、ファルファレロのおかげだなー」 次々にホームに降りてくる一行を、シオンは振り返る。「――はん」 しかしファルファレロは、多くを語らない。「おーいヘル。おまえだけじゃなくて、おまえの父ちゃんもけっこーなツンデレじゃね?」「かもね」 ヘルウェンディもまた、久方ぶりのターミナルに、ふうと息を吐く。《比翼の迷宮》には、18人のロストナンバーが出向き、対応にあたった。 吉備サクラ、ヴィヴァーシュ・ソレイユ、黒嶋憂、ヴァージニア・劉、マスカダイン・F・ 羽空、ローナ、司馬ユキノ、飛天鴉刃、シーアールシーゼロ、相沢優、マルチェロ・キルシュ、メルヒオール、理星、ファルファレロ・ロッソ、虚空、舞原絵奈、ヘルウェンディ・ブルックリン、カーサー・アストゥリカという面々である。 ひとりずつ手を握りしめ、ぐしぐし泣きながら礼を述べていた無名の司書は、あることに気づいた。「ねえ……。シオンくん。サクラたんはどうしたの?」 ――そう。 ホームに降り立った顔ぶれの中に、吉備サクラのすがたはなかったのだ。「ああ……、それは」 シオンは――彼らしくもなく、静謐な笑みを見せた。「ななななにがあったの? サクラたん大丈夫なんでしょうね!?」「……うん。それは保証する。ただ、あのさ……」 司書の耳元で、シオンは事の次第を低く囁いた。「ななななんですってぇぇーー!?」 驚愕する司書に、シオンはにやりと笑う。「詳しいことは、あとでおれたちがじっくりと話すよ。だから緋穂と無名の姉さんは、きっちり報告書にまとめてくれよ?」「え?」「え?」「やー、あんたらが報告書ため込んでるのは知ってるけどさー。忙しがってないで、ちゃんと提出しろよ? 読みたがってる連中も多いだろうしさ」「う……」「うう……」 * *「いらっしゃいませ。『クリスタル・パレス』にようこそ」「ご指名の店員がおられましたら、承ります」 ラファエルとシオンの先導により、シルフィーラと皇帝ユリウスが席につく。 折しもユリウスは、シルフィーラとの正式な婚姻をヴァイエン候に願い出て、了承されたばかりであった。「……まぁ。……まあぁ……! ラファエルさまが跪いて接遇くださるなんて、まぁ!」「ほほう、これはなかなか。見たところ、すなわち『乙女』の心を癒す趣向であるのだな?」 ヴォラース伯爵領、《雪蛍館》での一幕である。「侯爵やシオンの、旅先でのお話をお聞きしても半信半疑でしたが……、成る程、さまになっておられます」 ヴォラース伯アンリは、感嘆して頷いた。 このたびの結果報告を受け、アンリ・シュナイダーが是非にと要請し、ラファエルやシオン、そしてクリスタル・パレスの店員たちの協力のもと―― 冬のヴォラース領における、【出張クリスタル・パレス】の営業が実現したのだった。 全面を硬質の硝子で覆った広大なドローイング・ルーム(応接室)は、たしかに、ターミナルのあのカフェの佇まいに共通するものがある。聞けばラファエルは、クリスタル・パレスの外観と内装を構築するにあたり、壱番世界の同名の建物のデザインに《雪蛍館》のイメージを加味した、ということであるらしい。「そういえば、オディールはどうなった?」 旅人のひとりが、シオンに問う。「助かったんだよな?」「ん。……ここにいるよ。卵から孵ったばかりだ」「卵……?」「ぴぃ……。ぱぁぱ」 足元から、可愛らしい声がした。 銀の孔雀の雛鳥が、大きな瞳でシオンを見上げている。 シオンは相好を崩し、雛を抱き上げた。「んんー。よしよし、オディールは可愛いなぁ。大人になったらぱぱのお嫁さんになるかい? んんん〜〜?」「あきらめなさい。父親はたいてい、娘に振られるものだ」 ため息をつくラファエルに、シルフィーラがくすりと笑う。「……娘の気持ちを考慮なさらないと、そうなります」 * * 昼から夜半に至るまで、暫定カフェの営業は続いた。 霊峰ブロッケンに発生した迷宮で、旅人たちの尽力により、《卵》から《雛鳥》になったかつての迷鳥たちも、保護者とともに睦まじく過ごしている。 雪が、降り始めた。 満天の星空であるにも関わらず。 ……いや? その一粒一粒は、いたずらな妖精のように、きらきらと輝きながら乱舞していて――「あれが《雪蛍》です」 アンリが、すう、と、硝子窓の向こうを指し示す。=========【注意もろもろ】このシナリオはロストレイル13号出発前の出来事として扱います(搭乗者の方も参加できます)。【出張クリスタル・パレス】【クリスタル・パレスにて】「【出張版とろとろ?】一卓の『おかえり』を」は、ほぼ同時期の出来事ですが、短期間に移動なさった、ということで、PCさんの参加制限はありません。整合性につきましては、PLさんのほうでゆるーくご調整ください。●特別ルールこの世界に対しての「帰属の兆候」の有無に関わらず、このパーティシナリオをもって帰属することが可能です。希望する場合はプレイングに【帰属する】と記入して下さい(【 】も必要です)。帰属するとどうなるかなどは、企画シナリオのプラン「帰属への道」を参考にして下さい。なお、状況により帰属できない場合もあります。http://tsukumogami.net/rasen/plan/plan10.htmlパーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=========
「シオンさん、無事でよかったー!」 ホタル・カムイに、シオンはむぎゅ〜っと抱きしめられた。 いつもホットな太陽神だが、特に今日はもこもこのふっかふか。冬仕様のファッション全開である。 「うぉう役得! ホタル姉さんにこんな熱烈に!」 「心配してないはずないだろ。シオンさんは私の大切な友達だからな」 それに、と、ホタルは呟く。 ――私は、知人や友人がいなくなるのが嫌なんだ。 「ありがとう! ホタル姉さんはおれの太陽だよ女神だよ」 ホタルは、ははは、と、爽快な笑顔を見せた。 「しかし出張版クリスタル・パレスとはね。考えるな店長も」 「ご足労、いたみいります」 ラファエルは頭を下げる。 「本家クリスタル・パレスも営業中だね」 「はい、そちらはジークフリートにまかせてあります」 「知ってる。私もこのあと0世界に戻ってみるよ。もう少しむめっちさんとも話したいし」 * * 「ねえ、料理長のペンギンさんに会いたいのだけれど」 シューラに言われ、シオンは厨房にすっ飛んでいった。 「りょりょりょうりちょー! ごごごしめいキター!」 「 ゚ ゚∑( Д ノ)ノ彡(訳:まさかそんな。何かの間違いじゃ)」 「いいからこっちこっち!」 おっかなびっくりやってきたペンギンを見て、シューラはにっこりする。 「以前、司書室でヴァンさんに会ったとき、いただいたお菓子がクリスタル・パレス製だって聞いてね」 「ヾ(*゚▽゚)ノ(訳:光栄です)」 「あんなに美味しいお菓子を作る料理長に、一度会ってみたいじゃないか」 「.:+:(,, ・∀・)ノ゛(訳:ではぜひオーダーを)」 「そうだね。いい機会だしいろいろ味わってみよう。雪蛍も綺麗だしね」 * * チャルネジェロネ・ヴェルデネーロは、ゆったりととぐろを巻き直す。 カラスヘビのスィヤフとミドリナメラのイェスィルーも一緒である。 「よっ、チャルさま。いらっしゃーい! この圧倒的非日常感、たまんねぇ」 「クリスタル・パレスは一度来てみたかったでござるからな。昼寝場所として。昼寝場所として」 「二回言った?」 「でも今回は、昼寝するのがもったいないでござるな?」 「起きてるの、珍しー」 「チャルさま、何かあったのー?」 不思議そうな使い魔たちに、チャルは鷹揚に言う。 「こうして、知ることも大切でござるよ」 鎌首を上げ、眺める窓には雪蛍が飛び交っている。 「貴重な一時でござる」 * * 「おふたりとも、あれからお体に変わりはありませんか?」 黒嶋憂は、ラファエルとシオンを交互に見た。 「はい。このたびは憂さまにも大変なお力添えをいただきまして」 「ホントごめんな。こらオディール、おまえも謝れ!」 「ぴ? おぼえてないもん」 「なんだとぉ」 孔雀の雛は、翼をぱたぱたさせている。 「オディールさまも可愛らしくなられて……。あの、撫でてもいいでしょうか?」 「ぴぃぃ?」 「私も先日、ある雛鳥の養親となりました」 憂はラファエルに向き直る。 「実は、報告しておきたいことがあるのです。憂は……、この世界に帰属いたします」 「そうですか。そんなご決心を」 「大切な気持ちと、大切な娘が出来たので。ただ、働き先などはこれから探して、娘のために環境を整える必要がありますが」 「出来る限りお力になれればと思います。お困りのことなどありましたら、いつでもご相談ください」 「ありがとうございます。どうぞ宜しくお願いします」 それと、と、憂はことばを添える。 「この世界に慣れて、生活環境が落ち着きましたら……、ラファエルさま、憂の大事なお話を聞いてくださいますか?」 * * 「エルちゃんの店長さん姿、見納めになっちゃうね」 ラファエルに案内されて席についたエレナは、何かを予感したふうに、青い瞳に雪蛍の輝きを映す。 羽衣のような絹を重ね、ふんわりとした雪色のファーをあしらったドレス。相棒のびゃっくんと一緒に優雅に給仕を受けるすがたは、いつものクリスタル・パレスで過ごすときと変わりはしない。 だが今、その表情には大人びた陰影が宿っていた。 「エレナさまには、開店当初より過分なご愛顧をいただきまして」 「だって、あたし、ターミナルでのエルちゃんの友だち第1号だもの。ふわもこお茶会も、クリスマスディナーのときのプレゼントも嬉しかった」 楽しげな笑みを浮かべ、エレナはひとしきり旅の回想をする。 「わがままなこと、言っちゃおうかな? できれば、もっと一緒に冒険したかった」 「……エレナさま」 「でも、いいの。それは別のかたちで叶うはずだから」 そしてエレナはつと立ち上がり、ラファエルと視線を合わせる。 「ねえ、エルちゃん。あたしね、王子様の心の鍵を解く冒険に挑戦しようと思うの」 * * ヘルウェンディ・ブルックリンは、ファルファレロ・ロッソとカーサー・アストゥリカを伴い、シルフィーラに歩み寄る。 「あらヘル。素敵な殿方たちとご一緒ね?」 「あなたに紹介したくて。ねえ、あの子は元気にしてる? ヒクイドリの雛」 「ええ。そこに」 燃え立つような夕焼けいろの翼を持った少年が、面映そうに頭を下げた。 ヒクイドリに微笑んでから、ヘルはファルファレロの背を押しやる。 「これが前に話してた父親よ。ほら挨拶」 「挨拶って言われてもなぁ」 「いいから早く」 「わかったよ」 憮然としながらも、ファルファレロはシルフィーラの手を取り、ぐいと引いた。 「初めまして? あの……?」 名乗る前に、その手の甲にキスを落とす。 「名前なんざどうだっていい。うるさい連中を巻いて、後でふたりっきりで逢おう」 「ま」 「いいオンナを口説かねえのは失礼だろ?」 「……あきれ返りました」 たしなめるラファエルの口調には、しかし、しずかな感謝がにじむ。 「この度は本当にお手数を……」 「良かったな」 「ファレロさん――」 「落ち着いたら、俺との約束、守ってもらうからな?」 「はい。必ず」 「ヘル、このかたが……?」 「ええ、父親のファルファレロ」 「お若いのね。お兄様かと思ったわ」 「……と、彼氏のカーサー」 「おふたりとも初めまして。養父と弟が、大変お世話になりました」 シルフィーラはあらためて、ファルファレロとカーサーに礼を取る。 カーサーは、照れくさそうに笑った。 「………紹介されるってムズ痒いけど、嬉しいなぁ」 「いいかたね、ヘル。大切にしなくちゃ駄目よ?」 「……うん。色々あったけど、ふたりがいてくれて、今は幸せなの」 「くー! うらやましいなぁカーサー」 シオンがカーサーの背を軽く叩く。 「よォ、シオン。元気そうじゃねぇか!」 「そりゃもう。おかげさまで」 「HAHA! 今度もっと元気が出るように可愛い子が居る店を紹介してや……」 「ホント!?」 「…………カーサーぁ……?」 「お、おっと、また後でな!」 ヘルウェンディに睨まれてカーサーは肩をすくめた。シオンは頭を掻く。 「あーあ。もう尻に敷かれてやんの」 * * (シルフィーラ様、すっごく綺麗だな) 輝くような横顔を、司馬ユキノはまぶしく見る。 (私は遠く及ばないかもしれないけど、密かに目標にするのはいいよね……?) 「ユリウス様。シルフィーラ様。ご結婚おめでとうございます」 大きな薔薇の花束を、シルフィーラに渡す。 「まぁ……! ありがとう、ユキノさん」 「どうか末永くお幸せに」 「こんなにたくさん、持ってくるのが大変だったでしょう?」 「これはその、アンリ伯爵と一緒に用意したので」 ユキノはアンリを振り返る。アンリは笑いながら頷いた。 「昨日、ちょうど当館の温室の薔薇が咲きましたのでね」 「……あら? じゃあ、ユキノさんは今日ここにいらしたわけではなくて……?」 「はっ、はい、ご招待いただいて昨日からお邪魔しております」 「そうなの……? いっそもう、ずっと滞在なさればいいのに。ねぇアンリさま」 「なっなっなにを。まっまっまだそんな」 アンリは動揺して真っ赤になっている。 (私も、この世界にずっといられたら……と思うけど……) 今は我慢しなくちゃ。 ――まだ、早い。 「ここに帰属なさるんですね? おめでとうございます」 ユキノは憂に、祝いのことばを贈る。 * * 「久しぶり。無事な顔を確かめにきたよ」 「ご心配をおかけしました」 ラファエルを指名したニコ・ライニオは、自然な仕草で引かれた椅子に腰掛ける。 「忙しそうだね」 「ニコさまほど多忙ではありせんよ。ところで今日は、ユリアナさんとご一緒では?」 「様子を見に来ただけだから、彼女とふたりで、っていうのも。……っと、別に他の女の子にちょっかい出しに来たわけじゃないよ?」 肩をすくめるニコに、ラファエルは珍しく声をあげて笑う。 「ニコさまとは肩肘を張らずにお話できて良いですね」 「そういってもらったこと、彼女へのお土産話にするよ」 「恐れ入ります」 「この前、壱番世界の水族館に行ったんだ。『家族』三人で」 「家族?」 「一日だけの家族だけどね。ユリアナちゃんとメアリと……。ああ、メアリはあそこにいるね?」 さあ、可愛い雛鳥に、マザーグースを教えてあげる。 抱っこして、唄って、あやして。 メアリ子守りは得意なの。 ずっと前も、こうして赤ちゃんをだっこしてた気がするわ。 孔雀の雛を抱え、メアリベルは「Merry are the Bells」を口ずさんでいる。 さあみんな、大きくおなり。 マザーグースを忘れないでね。 「ぴぃ。ぴぴぃ、ぱぁぱあ〜〜」 「うーん、抱っこしてるというよりは、格闘してるような気がするがどうか」 ツッコミどころを探しているシオンと、ニコとラファエルの視線に気づき、メアリベルは大きく手を振った。 「お久しぶり。ミスタ・ユング&ミスタ・フロイト。アルバトロス館の大掃除以来かしら? ミスタ・ライニオもいらしてたのね?」 メアリベルは走り寄る。 パパ、と、おどけて言うメアリに笑みを返してから、ニコは静かにラファエルを見た。 「あの時の月下美人の咲いたクリスタル・パレスでの話、すごく響いた。僕は、神様じゃなくて良かったと思ったよ」 * * チャンはナナメ上方向に張り切っていた。 (今日はフライジングに出張営業ね。シルフィーラにご奉仕あるよ) つかつかとシルフィーラに近づいて、その足元に膝を折る。 「千人の人妻をおとしたチャンの特技、極楽足ツボマッサージでいざ昇天するある!」 「……お客様」 「……お客様」 息の合ったタイミングで、ラファエルとシオンが両脇に立つ。 「接客は私どもが行いますので、どうぞお席に」 「セクハラならおれにしやがれ!」 「セクハラ違うある。ホストの極意をリサーチに来たある」 「極意?」 「接客のコツはプロに聞く。常識よ。……肩凝ってるあるね。苦労したある?」 「うぉお。言うだけあってマッサージうめぇ」 「翼のブラッシングも上手あるよ。なんならチャンをクリパレで雇うよろし。接客も調理も皿洗いもこなす即戦力あるよ!」 「……当店は『バード・カフェ』でございまして」 さらっと流されてしまったが、しかしチャンは決意を新たにする。 (めげないある。「色男たちのロメオ」をターミナル一の店にしていつかクリパレを買い取る。これチャンの野望ね!) * * 「や、ロウ。いらっしゃーい」 「本店よりも先に此方へ来ることになったな」 シオンに出迎えられたロウ ユエは、じい、と、シオンの顔を見つめ、納得した表情で頷く。 「成る程」 「どした?」 「ああ、失礼。やはり君は姉上と似ているなと」 「女装してメイクすりゃおれのほうが美人だけどな!」 「……シオン!」 すかさずシルフィーラから抗議の声が飛ぶ。 「姉上は正式な婚姻が決まったそうだな。おめでとう」 にこりとするロウに、シオンは片目をつむってみせる。 「サンキュ。皇帝陛下に愛想尽かされないことを祈るばかりだよ」 「ここ、良いかな」 シオンに案内され、ロウはヒクイドリのいるテーブルに腰掛ける。 「……あ、うん」 「元気そうで良かった。君の名前は? 何と呼べばいい?」 「……あの……」 やや人見知り気味なヒクイドリの雛は助けを求めるように、アルフォンスを見る。 「ちゃんと名乗って、ご挨拶をしなさい」 雛鳥はおずおずと頷いた。 「……トリスタン、です」 「卵から孵る前のことは、覚えているか?」 「……あまり。でも、あなたたちのことは、少しだけ」 「家族がほしいと、言っていたな。……今は、しあわせか?」 「はい」 今度ははっきりと、トリスタンは答える。 * * 「シオンさーん」 相沢優の呼びかけに、シオンは満面の笑みを向けた。 「おう優! 指名か?」 「ラファエルさんとヒクイドリくんダブル指名でお願いしまーす」 「がーん。店長はともかくヒヨッコに負けた!?」 ラファエルとトリスタンに紅茶とスコーンをオーダーし、優はシルフィーラにVサインを送った。シルフィーラは笑いながら手を振り返してくる。 帰属の祝いを述べてから、優は微笑む。 「そういえば俺、ロックさんに剣をおそわっているんです」 「ロックに……? それはそれは」 「ロックさんって不器用だけど優しいですよね」 「堅物過ぎるのが玉に瑕ですが」 「またここに……、この世界にきてもいいですか?」 「それはもう。いつでも大歓迎です」 「……こんにちは」 ヒクイドリの表情は、先日の迷宮で相まみえたときは一変している。 「元気そうだね」 「……皆に、そう言われる」 「あはは。そういえば名前聞いてなかったね。トリスタンだっけ?」 「……アルフォンスがつけてくれた」 「トリスタンか。俺は優。今度、皆でどこかへ遊びに出かけないか?」 * * 「シオンさん」 舞原絵奈が、シオンに向かって片手を挙げる。 「おー絵奈。店長指名か? ちょっと待ってな」 「違いますよ? シオンさんを指名しにきたんですよ?」 「……え? おれ?」 目を見張るシオンに、絵奈は微笑む。 「ふふ、やっと指名できました」 「指名指名うるさく言っときながらナンだけど、こー、改まると照れくさいな」 「シオンさんは、フライジングに帰属されるんですよね?」 「ん。今すぐってわけじゃないけど」 「私も……、遠い未来の話になると思いますけど、いずれインヤンガイに帰属しようと思ってるんです」 「そうか。グース三兄弟が寂しがるだろうな」 「そうですね。もう、こうして会うことができなくなると思うと。……でも」 ターミナルでの楽しい日々のこと、私ずっと忘れないです。 そう言って、顔を上げる。 「シオンさん、ひとつ聞いてもいいですか?」 「なに?」 「シオンさんは、ロストナンバーになって良かったと思いますか?」 「もちろん」 即答だった。 難しいことは抜きにして。 いろんな世界を見ることができて、いろんなひとに会えて、良かったと思うよ。 * * 「シオーン。次こっちね」 ティリクティアからお声が掛かった。 「ティアからも指名してもらえるなんてうれしいなぁ。ありがとうありがとう」 大喜びのシオンに、ティリクティアはくすくす笑う。 「シオンは再帰属をすることに決めたのね? おめでとう! それに、可愛い娘もできちゃって」 「……ティアにもずいぶん世話になったな」 「ねぇ、シオン」 巫女姫は、真摯な瞳を、ひた、と向ける。 頑張ってね。 負けないでね。 娘の為に。お姉さんの為に。お父さんの為に。友達の為に。自分自身の為に。 ――私も、私に負けないって約束するわ。 「ね、指きりげんまんしましょう」 「何それ」 「壱番世界の風習で、嘘をついたり約束を破ったりしたら、針千本飲まないといけないんですって」 「マジっすか? 壱番世界の風習怖えぇー!」 「大丈夫よ。約束を守ればいいだけだから」 お互い、もう二度と会う事はなくても。 それでも、この約束を。 「なるほど。こうか、こうだな?」 ティリクティアの両手をがっしと握ったシオンに、違うわよ、と笑って、小指だけを絡める。 「ゆびきりげんまん、嘘ついた人、はりせんぼんのーます、ゆびきった!」 * * ひとりテーブルに着いた川原撫子は、しばらく無言で両手の指を組んでいた。 山岳事故に遭遇して、山を嫌いになったけれど。 結局、私は山の人間だった。 地縁でも血縁でもない。 今居る人たちだけで、手を取り合って乗り越えていくしかない。 ――そう思う。 それでも撫子は、やがて笑顔でシオンを呼ぶ。 「シオンく~ん☆」 「よ、いらっしゃーい。撫子姉さん忙しそうだから難しいかなって思ってた」 「ここまで来たら、カンダータに帰る前にここもって思いましてぇ☆」 「ゴメーン、どういう意味かな? とか聞くのも白々しい気がするけど☆」 「大丈夫、意外とばれないですぅ☆」 「だよな☆」 「……サクラちゃんは」 「うん……?」 「今どうしているのかなぁ?」 「撫子姉さんには言っとくべきなんだろうな。あと、グラウゼにも」 シオンは声を低く落とす。 「元気にしてるのはたしかだよ。声は掛けないで遠くから見届けて来た。……孵化したばかりの、雛を」 「……雛? じゃあサクラちゃんは」 「もう以前のサクラじゃないし、サクラだったころの記憶もない」 「誰かに会ったとしても、わからないのかなぁ」 「うん。でも、幸せそうに笑ってたよ。優しそうな養親と、たくさんのきょうだいに囲まれて」 「……そっか」 撫子は頷いて、大きく息を吸い込む。 「よし、今日はたくさん食べますぅ。メニュー上から下まで! シオンくんもご相伴して下さいぃ☆」 「いいの? じゃあ遠慮なく」 「……ごめんね、シオンくん」 「何で撫子姉さんが謝るんだよ」 「何となくですぅ☆」 * * ムジカ・アンジェロがこの地を訪れたのは、秋深い迷宮で保護したカッコウの雛に逢うためだった。 「あのときはごめんなさい。そして……、ありがとう」 アメリと名付けられた雛は、ムジカの来訪を歓迎し、ひたむきに謝意を伝える。 「覚えているのか」 こっくりと、アメリは頷く。 「わたし、ミュラーの家のことを覚えていられてよかった。わたしはあの人達をうんと好きだった、だから怒って、哀しくなって、それであの迷宮が出来てしまったんだって……あなたが教えてくれたのよ」 「この子を助けていただいて……」 アメリの保護者となったのは、四十代とおぼしき、子どものいない夫婦だった。聞けばヴァイエン候直轄のワイン醸造所の責任者だという。 「死んでしまったアメリのこと……ドリス……さんを許すことはまだ出来ないけど、もう哀しくない。悪いことをしたって覚えててくれたら、それでいいわ」 「きみが幸福そうでよかった」 ムジカは、保護者に云う。 「心優しい子だから、どうか本物の娘として接してやってくれ」 「それはもう」 アメリの肩を母親はそっと抱き、父親は微笑んだ。 「今年はこの子と一緒にワインの醸造をしようと思います」 「……収穫祭のときには、逢いに来てやってください」 * * 「これは劉さま。いらっしゃいませ」 「店長におごってもらった酒の礼を言いたくてさ。それに……、女嫌い克服の最終試験っていうか」 ハツネ、と、ヴァージニア・劉は、あさぎ色のウグイスを指名する。 「わ、びっくり。どしたの?」 咳払いをひとつ。 「合コンもやった、ダンスも踊った。前より大分マシになった」 ……少し外を歩かないか、と、劉はハツネを誘う。 と。 「あんたっすか、劉をたぶらかした悪女ってのは!」 コンスタンツァ・キルシェが、ふたりの間に割って入る。 「えっと?」 「アタシは劉の相棒っす。劉とは同棲してる仲っす!」 「女嫌いとかいって、んもー」 「あんたみたいなぽっと出の毒婦に奥手な劉は渡さないっす」 「……毒婦!」 ハツネは嬉しそうに自分の両頬をおさえる。 「やだ感動! いつも『おかん』とか『色気不足』とか言われてるのに!」 ハツネはしっかと劉の腕を取る。 「三角関係なんて燃えるわぁ。さあデートするわよ劉!」 「待つっす! 劉は童貞だから女とふたりきりなんて刺激が強すぎるっす」 アタシとハツネどっちを彼女にしたいかはっきり決めるっす二股は断固反対っすチェーンソーでお仕置きっす! コンスタンツァはふたりの後を追いかける。 * * 「生き物は生きるように出来てるんだ。だから俺は生きることが好きだよ」 雛たちのテーブルで、ユーウォンは言う。 「ひととしてとか、誰かのためにとか、いろんな意味を重ねようとするけど、一番根っこに意味は要らないと思うんだ。卵に戻ったのは、こじれた意味を捨てて根っこに戻ったってことじゃないかな?」 んー? ボク難しいことわかんない、と、ツバメは小首を傾げる。 「遊んで美味しいもの食べて笑おうよ! ってことだよ」 「あ、それならわかる」 小さな身体ではむはむと食事を続けながら、ツバメはこくこくと頷いた。 「ねえツバメくん、天井まで飛んでみようよ! ……鬼ごっこは怒られるかな?」 ユーウォンの誘いに、ツバメは天井を見上げる。 「フロアの中は狭いから外へでたほうがいいかも?」 まだ自分の翼では高く飛べないツバメは、ユーウォンの肩に留る。 そして彼らは、屋外での飛翔を楽しむことになった。 「声掛けてくれてありがとう。大人やエライヒトが沢山いて、ちょっと怖かったんだ」 ここはひとが多くて居心地がわるい。先ほども、そう言ってツバメを連れ出してくれた旅人がいたらしい。 「こうして遊べて、緊張してたのが嘘みたいだ。本当にありがとう」 * * 「私は、私たちは────、だ」 掠れ声で、ルサンチマンはロナルド・バロウズに自分の正体を明かす。 龍燈祭の日、彼女は抗うと決めた。 それは偽りなき意思には違いない。しかしこの迷いは誰のものだろう? 自分は誰……? 怖くて、悲しくて、堪らない。 こんなに揺れたままで、この先戦えるのか? テラスへ出ようと言われ、ルサンチマンは首を横に振る。 「嫌だ。見たくない」 儚いひかりを投げ、雪をなないろに染める蛍。 自分は雪蛍のごとくに儚く、頼りない。 そんなものは見たくない。 「それは違う。雪蛍は、儚くはない」 親愛に裏打ちされた憤りを、ロナルドは浮かべる。 「喩えるなら、懸命に生きる人間だ」 雪蛍は螺旋状に、鮮やかな光彩を描いている。 それこそが、旅人たちの軌跡ではなかったか。 ルサンチマンはロナルドを見つめる。 彼は自分を「個」として扱い、様々なことばを与えてくれた。 「悩み、怯えるのは――何かを成したくてそうしたのは、全部『君』だよ」 ロナルドは強くことばを重ねる。 彼女は生まれ変わったのだ。そう思いながら。 「『彼ら』は無害だ。君の一部だ」 ――怖がらず受け入れろ。今日が君の誕生日だ! 「誕生日?」 「そうとも、ルサ。贈り物は何が良い?」 おくりもの。いったいなんのことだろう? 私に何か与えてくれるというのか? 「何でもいいのか」 「何でもいい」 「だったら」 ――助けて。 生まれたばかりの雛鳥のようにルサは助けを求め―― ロナルドは母鳥のように、救いを求めて啼く雛を抱きとった。 * * 「そおい!」 仁科あかりは、ドアマンの長いコートをスカートめくりの要領でばっさーと巻き上げた。 「何をなさるのですか、お義母様」 「ふっ、見せてもらおうかドア子、おまえの掃除の腕前とやらを! 脇坂一人の嫁としてふさわしいかどうか確かめてくれる」 「かしこまりました。これで如何でしょう?」 「まだ埃が残っ……。指が綺麗になっただと!?」 「お夕飯はこちらに」 「はん、高血圧で殺す気かい鬼嫁! 味付けが濃……、美味ああ!?」 「まあまあ母さん、ドア子も。って何やらせるの」 華麗なるエア家事をこなすドアマンと、嫁いびりにいそしむ姑、あかりが、フロアの片隅で繰り広げるコントに、一人は一応、ツッコんでみた。 「そもそも、さっきから何やってんのあんたたち」 「一人は黙っていなさい」 「お義母様にどんなにいびられても貴方が居れば平気です。よよよ」 しかしボケふたりにツッコミひとりでは分が悪い。 「ちょっと来て。助けてペンギン料理長!」 「∑(OωO )?!(訳:えっえっ? あのその? ここはどこで私はだれですかー!?)」 「雪蛍、綺麗だねー。アメ食べる?」 ひとしきり盛り上がって(?)から、あかりはけろっとドアマンに言う。 「わたししばらくいないけど、かっちーをお願いね。親友取られたみたいな気もするけどドアちゃんならいいや。無神経じゃないし、わたしも好きだし」 「仁科様」 あかりの心情に胸を打たれながら、ドアマンは行き交う蛍を目で追う。 同じように雪蛍を見る一人に、何か聞きたいような気もする。 聞かなくてもいいような、気もする。 「離れても近づく雪蛍が、私たちのようね」 一人は、それだけを言った。 相手が幸せかどうかはわからない。 だが、相手が幸せなら、自分もうれしい。 ――別れが訪れても一緒よ。仁科、サフォルス。 ――すべてをかけて伴侶を守ると誓う。別れが来ても、その後も。 * * なないろの蛍の中から、青い一匹を両手で包み込み、劉はそっとハツネに渡す。 「この先、おまえはどうする?」 「え?」 「ずっとあの店に勤めるのか」 「……ええ。あたし、あそこが好きだから」 「そうか。俺も、相棒と一緒にターミナルで生きていくつもりだ」 「じゃあ、当分は楽しい三角関係が続きそうね」 「……そのうちまた、店に寄らせてもらう」 * * ヘルウェンディは、ファルファレロとカーサーと腕を組んで歩く。 「雪蛍……、綺麗ね」 「ウェンディの美しさにゃ負けるけどな?」 「……もう帰っていいか?」 「ねえ、いつか私とカーサーが帰属して子供ができたら、真っ先に抱かせてあげる。だから長生きしてね」 「そうとも、俺らの子なら間違いなく可愛い」 「そんな老いぼれるまで生きる気はねえが……。夢を見るのは自由か」 * * 「綺麗……、凄く綺麗……!」 想像以上の光景に、ユキノは大きく目を見張る。 「来て良かった。アンリ伯爵、ありがとうございます……!」 「また、いらしてください」 ……どうか、近いうちに。 * * 「これは美しい。はしゃぐ子供や、我等旅人にも見えるね」 創作欲を刺激され、イェンス・カルヴィネンは、物語の一節を呟く。 「よろしければ、ホットワインでも」 「ああ、ありがとう」 ラファエルから飲み物を受け取り、ふっと微笑む。 「きみたちは、良い友人を持ったね」 「……本当に」 「今回は特別に無名の司書さんも来られるかと思ったのだが、そういうわけにもいかないようだ」 「司書さんがたの旅行は制限が多いようで。……何か、御用が?」 「いや、彼女を見込んで、友人の土産選びに付き合ってもらえればと」 蔦木景辰とリーベ・フィーアに、と、イェンスは言う。 「この世界に触れる切っ掛けになればと思ってね」 「では、及ばすながら私が」 リーベには、特産品の、琥珀と翡翠を使用した髪飾りを。 景辰には、刀剣の錆び止め防止に効果的なヴォラースの椿油を。 それぞれ、ラファエルは選定した。 * * 「……その世界の太陽は24時間周期で明滅するのです。アニモフたちは雲に乗ってほかの島へ旅に出るのです」 「ぴぃ? すごいー」 「楽しそうだね。ボクもアニモフと遊んでみたいな」 シーアールシーゼロが語る異世界の風物に、孔雀とツバメは目をきらきらさせて聞き入っている。 「子守りお疲れさん、ゼロ」 シオンが、ホットココアをことんと、ゼロの前に置く。 「……」 ゼロは無言でシオンを見上げる。 「おい、ゼロ?」 ゼロはそっと手を伸ばし、シオンの翼をもふもふする。 さらにはラファエルをもふもふしミシェルをもふもふしハツネをもふもふし料理長をもふもふする。 ひたすらに。 「どうなさいました、ゼロさま?」 「どうしたの、ゼロちゃん?」 「ゼロさん?」 「( ,,´・ω・)ノ(訳:どうしました?)」 「……そうだな。もうすぐ13号が出発するもんな」 言葉少なにしがみつくゼロを、シオンは強く抱きしめた。 ――ありがとう。ありがとうな、ゼロ。 風花のように。 名残を惜しむ白い少女の涙のように。 冬のヴォラースを、なないろの雪蛍が舞う。 ――Fin.
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