『あんたたちも、あの人に出会えたら良かったのにね……鉄仮面の、囚人、に……』 ターミナルの樹海に果てはない。 無限の海に飛び込めば、そう、本人が望みさえすれば、もしかすると永遠に孤独で自由な時間を過ごすことすらできるかもしれない。 逃亡者にとっては、これ以上ないほど都合の良い場所でもあるだろう。 そして、もしかすると《死者》となるにも、恰好の場所であるのかもしれない。「……無様でありますな」 ヌマブチは、ただ一本狂い咲いた桜の木の下に佇み、なんの感慨も浮かべず、無表情にソレを眺めていた。 あるのは、奇妙な果実のごとくゆらゆらと揺れる首を括った有翼者だ。 口の端からは僅かに血が流れ、蒼白の肌に刻まれた無数の傷はまるで、獰猛な動物の爪に引き裂かれたかのよう。 更に、肌の一部は焼け焦げ、胸には矢が深々と正面から突き刺さっていた。 嘲り、哄笑を浴びせてきた、あの見目麗しい《天使》の面影はもうどこにもない。 その周囲には、これまで《天使》が断罪に用いてきたのだろう凶器がいくつも散らばっている。 報告書に記載されていない、記憶にない凶器たちは、あるいは『残りの殺人』のために用意されたものだったのかもしれない。「……ザフィエル……?」 声は、不意に背後から聞こえてきた。 肩越しにちらりと視線を向ければ、そこには、天使によって縁を得た少女――村上神無の姿があった。「貴殿でありましたか」「彼が逃亡したと聞いたから、もしかしたらと……」 神無はそのまま、揺れる有翼者を見つめる。「死からは何ひとつ得られないのに……生きて償わなければ意味などないのに……」 そうして、いっそ悔しげに小さく呟いた。 あの日、あの瞬間、崩壊したホワイトタワーの瓦礫の前で、ヌマブチの《天使殺害》を止めたのは神無だ。 あの日、あの瞬間、鉄仮面の殺人者を『殺すべき』だと主張したのヌマブチに、そして天使に、殺させはしない、死なせないと告げた彼女は、おそらく、ヌマブチとは正反対の場所に《贖罪》の意味を置いている。 ゆえに彼女は、己の責任において、逃亡した天使の行方を追ってきたのだろう。 だからここに辿り着いた。 辿り着き、ここでこの光景を見ることになった。「……そして誰もいなくなった、と言うことでありますな」 神無から視線を外し、再び天使を仰ぎ見て、ヌマブチはぽつりと告げる。「マザーグースの通りに、天使は自分を殺したという事かしら? でも、本当に?」 本当にソレで良いのか、ソレでおしまいにして良いのか、神無は惑っているようだった。 彼女の中には疑惑が存在している。「……ほんとうに?」 その目は雄弁に、『もしかして貴方が犯人ではないのか』と問いかけてくる。 ソレを受けても、ヌマブチの中には漣ほどの動揺も起きはしない。 ただ、そう思っているのだろうという事実を淡々と受け止めるだけだ。「某も今ここに来たばかりであります。現場の検証もいまだ行っていない状況。ともに調べてみるでありますか?」 そして。 この口からは、思いがけず続きの台詞が紡がれる。「罪と罰に対する貴殿の考えを、改めてお聞かせ願いたい」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ヌマブチ(cwem1401)村崎 神無(cwfx8355)=========
神無の眼前で、天使が揺れている。 ゆらゆらと。 神罰が下されたとでもいうつもりなのか、赤い血を滴らせながら、罪の終わりを告げている。 そして、ヌマブチは問うた。 罪と罰について、考えが聞きたいと。 しかし、――ソレは果たして本当に他者と共有できるモノなのだろうか? 「私に……その……」 ヌマブチの硬質な視線に晒され、神無の瞳も揺れる。 依頼ではない、任務ではない、そう意識した途端に口調はたどたどしくなり、相手をまともに捉えられなくなる。 「現場を、検証……するなら」 そのため、彷徨う視線は自然、周囲へと向けられていく。 そこら中に散らばった凶器達はどれもこれも血に塗れていた。 べっとりとしたソレは既に乾きはじめており、中には完全に凝固してしまっているものもある。 しかし、天使からはいまだぽたりぽたりと鮮赤が流れて落ちているのだ。 ここに犯行の時差を見ることもできるだろうが、正確なところは分からない。 「……彼が逃げないように、ずっと見張っていればよかった」 後悔が唇からこぼれ落ちる。 だが、幸いというべきか、神無のその台詞は彼には届かなかったようだ。 ヌマブチは手袋を嵌めた指先で、汚れることも厭わず、矢で胸を貫かれ吊られた天使の身体に触れ、傷の状態や血液の凝固状況、付着物の痕跡を探りはじめていた。 「矢は心臓を貫いている。それだけならこれほどの出血量にはならんだろうが、外傷は他にも多い。鋭利な刃物による切創、索条痕の有無、……鬱血状態も加味すると……」 検死結果の淡々とした報告を声に出していく。 「一見、自ら首を括ったようではありますな。しかし、ロープに血液の付着はない」 「……自分でロープに首をくぐらせたかもしれない、けれど、ここまでの姿には……別の誰かが介在しなければいけない、ということ……ですね」 「そも、見立てはなぜ行われるのか、でありますよ」 「見立ての理由、あなたはそこに、その……“引っ掛かり”を覚えているということ、でしょうか?」 「歌の順番に人は死んでいく、と印象づければ、実際の順序は誤認させやすい。“よくある手”、とまではいかんが、まあ、使い古された手ではありますな」 一晩に4人を殺害した天使だ。 逃亡の合間に残りの見立てを経て、最後の幕引きをこの場所に選んだという筋書きは非常に魅力的で典型的なストーリーに見えるだろう。 「とはいえ、最期に自殺して締めくくりという演出を狙ったのだとすれば、もう少し巧いやり方があっても良かったとは思うが」 「巧い、やり方……?」 「もし首を括って死んだのなら、胸の矢はどこからやってきたのでありますか? 致命傷を考えるなら、わざわざ自分の胸を矢で貫いてから首吊りをするのは無理がある」 逆もまたしかり。 首を括ってから自分の胸を矢で貫くなどという芸当も当然不可能ではないかもしれないが不自然に過ぎる。 よって導き出される答えは―― 「ザフィエルは間違いなく他殺でありますよ。致命傷から見ても歴然としている。弓矢で殺され、そして死後、他の傷をつけられ、首を括って吊されたのでありましょう」 「……でも、自殺の可能性も、ゼロではないはず……」 自殺であるわけがない――そう考えながらも、神無は可能性を提示する。 「なぜなら、その……自殺と見せかけた他殺、と見せかけた自殺の演出……この人は、そういう、……ひねくれたことをする様な気もする、から」 「演出でありますか? この期に及んで?」 「……可能性の、提示、なんです……」 見せつけるために、わざわざ能力を駆使して演出してみせることだって厭わないかもしれない。 どれほど自殺するようには見えなくても、そうする意味があると思えばやりかねないのが《ザフィエル》という存在であるとすら思える。 「ただ、そう、他殺だとしても、……その、……あなたじゃ、ないです……犯人は、あなたではありえない」 「そうでありますか?」 本当に? そう、ヌマブチは目で問うてくる。 神無はソレに頷きで返し、己の思考を展開していく。 「だって、これほどの傷……自殺じゃないとしたら、誰かがつけなければいけない、ですよ?」 「そうでありますな」 「それを行ったのが、たとえ被害者遺族だとしても、あるいは犯行を知って討伐しようとしたんだとしても……そこには強い感情、憎悪がまとわりついてなくちゃ……オカシイ、です、……よね?」 じっと自分を見つめてくるヌマブチに声が動揺しながら、それでも言葉を繋げる。 「中には、ただ快楽のために殺すヒトもいるかもしれない……そういう人は、私の理解の範疇外、だけど。わかることは、あるつもりです」 そうして、もう一度、繰り返す。 「だから、あなたは犯人ではない、です」 ヌマブチではあり得ない。 「なぜそう言い切るのでありますか?」 「あなたは……憎悪で動いていない、から」 淡々と、まるで作業をこなすように、あの時彼は天使と対峙していた。 命あるものを命なき者へと変えることへの不安も緊張も恐怖も躊躇も愉悦もなく、まるで機械のように自動的に銃剣を振り上げていた。 ヌマブチは至極冷静に、天使抹殺のために動いていた。 「あの時、あなたがザフィエルを殺そうとしたのは…やっぱり、死を罰だと思っているから、ですか?」 違うのではないかと思いながらも、神無は問いを投げかける。 「……多くの人は、きっとそう考えると思う。それは、きっと生に価値があるから……で、その価値を奪ったモノには、同じ重さの罰を、って……死刑ってきっとそういうこと……だから」 だが、ソレに、ヌマブチは溜息めいたものを混ぜて答える。 「自分には、善悪が解らないのであります」 「……」 「多くの人が、殺人は罪だと言うであります。司書しかり、ターミナルの住民しかり。故に自分はザフィエル確保の任を負ったのであります」 それはザフィエルを確保し、今後天使による被害者をひとりたりとも出さないという任であり、すなわち、望まれているのは彼の罪を糾弾するのではなく《事件》そのものの終了だ。 「二度と事件が起こらないようにする、これすなわち、根本原因の効率的にして絶対的な排除方法を選択したに過ぎないということであります」 ヒトらしい熱を感じさせない、紙に書かれた文字をただ読み上げているだけのような、用意された台詞を口にしている方がまだ情感があると思わせるような、そんな言葉たちだ。 「自分にとって殺しは作業と変わらない。必要だから殺すのであり、その殺しは排除と同じ、任務完了にいたるもっとも確実な方法を選択する以外の意味は為さないのでありますよ」 私情、倫理観、道徳観、正義感、そういったモノでは成り立っていない。 あの時、ザフィエルヘ向けた嘲りは、鏡のように反射して己への自嘲として返ってくるのだと、そう彼は続けた。 「だからあの時、銃剣を向けはしたが、ザフィエルを断罪する権利はきっと自分には無かったのでありますよ」 他のだれもが持つだろう資格や権利を、自分は持ち合わせていなかったのだと、ヌマブチは言う。 「重要なのは、そう、それが死にとって重要なのは、ザフィエルに殺される者が出なくなるという事実だけ。もし、奴の意思を引き継ぐものがいるならば、再び相まみえ、止めるのみであります」 そこまで請け負い、遂行してこそ、任務完了と見なすのだろう。 ああ、やはり、と思う。 やはり、ザフィエルを狙う彼と剣を交えたときの、あの感覚に間違いはなかったのだと知る。 ヌマブチの思考過程に《情》の入り込む隙はない。 「しかし、貴殿は贖罪を求めた」 相手の声の調子がわずかに変わった。 「そも罪とは何だ? 人の生死は事象。人が人を殺す行為もまた事象。ただそうなったという事実のみが存在するのみ。そこに罪悪を生じさせるものは何だというのか?」 彼の言葉たちの《中》に何かを感じ取る。 「それこそザフィエル同様、各人の意識ではないのか。自身が罪と定めるから罪となる。多くの同一意識によって罪状は連ねられ、賛同者の多少で罪か否かが決まるのではないのか」 わずかな揺らぎめいたモノを、感じ取る。 「違うのか?」 明確な言葉にはならないが、足掻きのような、不可思議な感触だけは伝わってくる。 「人が人を殺す罪とは、生の意味とは、何だというのか」 見せかけだけの、限りなく自問自答に近い他問他答だ。 人が人を殺す罪――ただの事象ではなく《裁かれるべき罪》だとするならば、その明確な指標とはなんであるのか。 生きる《価値》の有無や程度、言うなれば《生殺与奪の権利》を自己ではなく他者が握るのだとするならば、その明確な線引きはどこで行われるというのか。 「快楽のために人を殺すことも、罪人と断じられた者を死刑とすることも、他人が他人を殺す行為そのものに違いはないはず。戦争となれば、さらに曖昧となっていくのでありますよ?」 なのに何故、一方は《罪》と呼ばれて断罪の対象となり、一方は《贖い》などと呼ばれて処罰の対象から除外されるのか。 だとしたら、そもそも、人間の《生》や《罪》はなんであるのか。 答えを求められている、しかし、本当には求められていないのかもしれない、そう思いながらも、神無はゆっくりと綴りはじめる。 「罪を、犯したら、……ヒトは、生きることが苦しいだけのモノになるん、です。たとえ……どんなカタチであっても、ヒトを手に掛ければ、鉛の矢が食い込むんです」 視線を、地に落とされた血塗れの凶器たちに向けながら、手錠で繋がれた手を胸の前で祈るように組みながら、告げる。 『見えるよ、あんたの罪も。ボクの前で懺悔していくかい?』 ザフィエルの哄笑混じりの声が鼓膜の奥で響いている。 あの時自分は、すべてから解放させてやろうという《甘美な誘惑》を天使から受けていたのだと理解している。 かつて大切な父をこの手に掛けた自分を、法も、人々も、何ひとつ、誰ひとり、責めなかった。 罪を犯したこの両手に、命を奪ったこの身に、罰を下してくれる者はいなかった。 父殺しを断じられ、裁かれることを望んでいたのに、神無の魂は悲鳴じみたその願いを叫んでいたのに、叶えられることはなかった。 「罪の重さは、一生ついて回る……」 自分だけが自分を責める。 そうして己の罪の重さに見合う《贖い》がなんであるのか分からないまま、あらゆる《逃避》を己に禁じるしかできなくなった。 「だから、生きることそのものが償いで、死は罪からの解放、救い…そう思って……今もその考えは変わらない」 だから、死なせない。 殺させない。 この世界から逃避させない。 終わらせない。 「楽になんて……なっちゃいけない、んです……罪人は」 「生きる価値がないのなら、生かす理由もないと思うのが常ではないのか」 「……償いが終わるまで、楽になんて、なっちゃいけない」 「アレは、生きていたからといって罪を悔いることもないだろう?」 哄笑に乗せて死を振りまいたあの天使に、悔いるという心はおそらく存在し得ない。 「でも、本当に……」 「やるべきことがあり、そこに迷いのない生き方は、楽しいか辛いかといわれたら、楽しいという部類に入るのではないか?」 天使は他者に贖罪を求め、断罪していった。 たしかに、自らが信じる神に導かれるままに行動していたのだとしたら、そこに、苦悩も懊悩もなにひとつないだろう。 しかし―― 「死んで、しまったら、……永遠に罪を償う機会は失われ、ます……」 そして、 「私は、彼を逃がしてしまったの《罪》の分だけ、また生き続けなければならなくなった……そう思って、ます……」 「何故に背負うのでありますか?」 理解できない。 ヌマブチの顔には大きくそう書かれていた。 「……問題は、彼だけではない、から……」 本来問題にすべき点は、彼が何故どうやって誰によって死んだのかというのではなく、彼の手による《被害者》が新たにターミナルのどこかで増えているのではないかという可能性の方かもしれなかった。 天使は死んだ。 しかし、天使ひとりが死んだわけではなかったとしたら? 彼を逃亡させてしまった《罪》の枷は、さらなる重みを増すだろう。 しかし、ソレをヌマブチに納得させることはおそらくできない。この感覚を共通認識に押し上げることはたぶん難しい。 だから、神無はあえてそれ以上の説明をしない。 そして沈黙する自分に、ヌマブチは会話の終わりを感じ取ったらしい。 「貴殿の考えを聞かせてくれたこと、感謝するであります」 「いえ」 ふるり、と首を横に振る。 彼が望むような答えを返せたとは思えないが、ヌマブチは、礼を連ねた。 「件の元凶……鉄仮面の囚人ならば、なんと答えるのでしょうな」 「……鉄仮面の、囚人……事件の元凶となったホワイトタワーの囚人、ね。あの、あなたは彼に?」 「いや、噂話を聞く程度でありますよ。死んだとも聞いたが、所詮はただの噂にすぎなかったのでありますな」 「……囚人は、本当は何を、したいのかしら?」 「ロストメモリー殺害、その動機を探ろうというのなら、本人に直接問う以外は……ああ、いや、問うたところで返ってくる答えなぞないのかもしれんが」 「……自分でもその答えが分かっていない、ということも……あったりするのかしら」 じゃらりと、手錠の鎖がこすれ合って音を為す。 これは罪の音、贖罪の音、戒めの音、耳について離れない、自己満足にひとしい罪の具現化。 ――あんたたちも会えたら良かったのにね 天使は笑っていた。嗤っていた。 「その人に、もしも出会ったら……」 「問いかけるのみでありますよ。罪とは何か、罰とは何か、裁きを与えるその基準、善悪を如何様に捉えているのかを」 口元に刷いた笑みめいたモノに、神無の視線は引き寄せられる。 「ヌマブチ、さん」 初めて、神無は彼の名を呼んだ。 「あなたは、その……生きていて楽しい、ですか? それとも苦しい……? 苦しくないのなら、ソレは、たぶん……いいことだけれど」 「どうでありますかな。楽しいとも苦しいとも、もしかするとそういった温度のある感情が鈍化しているやもしれん」 天使がヌマブチに向けた台詞が蘇る。 『あんたも本当は終わらせてあげるべきかもしれない。あんたがロストメモリーであったなら、ボクは今すぐあんたを楽にしてあげられたのに』 あの台詞も、やはり自分には《罪人》に差し伸べられた《救済の手》に感じられた。 ただし、そこには《生に苦しんでいるモノにとって》という条件がつくのは承知している。 ヌマブチ自身が、生に苦しんでいるのかといえば、おそらくそうではないのだろう。 「……」 彼は天使を見つめている。 神無は、そんな彼から視線を外す。 したたっていた血液は、いつの間にか流れ落ちることをやめていたらしい。 間近に《死》を見つめ続けるヌマブチから視線を逸らし、そして神無は、草むらの中に反射する何かを発見する。 引きつけられるように、近づき、屈み、妙に生臭い錆びた鉄のようなニオイの中、そろりと地面に手を伸ばした。 「……鍵……?」 拾い上げたのは、柄の部分に凝った装飾の為された銀のアンティーク・キーだった。 ソレがどこの者なのか、誰の者なのか、どんな意味を為しているのか、分からない。 「これ……鍵……」 「話に付き合って頂き、感謝する。これ以上の収穫はないと思うが、どうする?」 「え、ええ、そうね……そう、図書館に、知らせないと……この持ち主を探すことで、犯人が分かるかも、しれないですし」 「ふむ。犯人捜しをするでありますか?」 「……そのつもり、ですが……いえ、自分ひとりでは無理なのは十分承知して、ます……あなたは?」 「任務として提示されるのであれば、関わる次第」 「……あ……」 ここでようやく、彼が事件の真相そのものには拘泥していないことを神無は知った。 死をただの事象として捉えている、その意味をただしく理解する。 彼は他者の死を悼むことも、憤ることも、悔いることもなく、淡々と受け止めていくのだろう。 ソレは、どれほど近しい存在であったとしても変わらない、のだろうか? だが、神無はもう問いかけない。 軽く首を振って、自身の頭の中に芽生える様々な思いや言葉を払い落とすと、拾ったアンティーク・キーを握り、真っ直ぐに顔を上げた。 「それじゃあ、行きましょう、か……」 「了解であります」 肩を並べ、ふたり共に歩き出す。 歩き出し。 神無は一度だけ、振り返った。 そこにはまだ、赤黒い色彩に染まった天使が静かに揺れている。 どれほどか分からない、膨大な罪と罰とを己の中に可能性として詰め込んだまま、彼はただ揺れている。 『《彼》の囁きはまるで、そう、神の啓示のようだった。心地よくて、優しくて……すべてから解放させてくれるみたいで』 どうすることが最良のカタチであったのか、分からないままに天使の引き起こした『事件』は強制的に幕を下ろし。 そして、神無はまた安寧な《死》から遠ざけられてしまったのだと、そう思えた―― 後日。 神無の手にした鍵が、とあるターミナルの廃屋敷の扉を開けることとなり、さらにその中で恐れていた『犠牲者』の姿を発見し、事件の全貌が浮かび上がることになったのだが。 ソレはまた別のお話。 END
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