オープニング

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【壺中天・死華遊戯/監獄篇規定】

一 五人の参加者は全員、珠の嵌めこまれた手錠を装着する。珠は参加者の手錠に付いている五個の他、遊戯舞台内に一個隠されており、総数は六個。

二 手錠に嵌めこまれた珠は装着者の死亡により固定具が外れ、取り外しが可能となる。

三 自分以外の参加者の珠四個と、隠された一個、計五個の珠を入手し、遊戯舞台内にある台座へそれら全てを嵌めこんだ者が勝利者となる。

四 制限時間は四時間。制限時間までに勝利者が現れない場合、手錠に内蔵された小型爆弾が爆発し、その時点で残っている者全員が死亡する。

五 手錠や珠を無理に外そうとした場合、爆弾の解除を行おうとした場合も上と同様。その時点で残っている者全員が死亡する。

六 全ての参加者は「一般の人間」として同一の条件の元で遊戯に参加する。武器は遊戯舞台内で確保し、物品の持ち込みは不可である。

七 参加者が全員死亡した場合、遊戯の支配人を勝利者とする。勝利を掴めぬ者は、死あるのみ。

【監獄篇特別要項】

一 参加者にはそれぞれ【看守】または【囚人】の役職が割り振られる。

二 【看守】は監獄棟中央の【監視塔】への侵入が許可されている。その代わり【牢屋】への侵入は不可とする。また、【看守】には遊戯開始時に【無線機】が配布される。

三 【囚人】は監獄棟内の【牢屋】への侵入が許可されている。その代わり【監視塔】への侵入は不可とする。

四 役職ごとの侵入禁止区域に侵入した場合、手錠に内蔵された小型爆弾が爆発し、違反者は死亡する。

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 インヤンガイの探偵・ウェロンから渡されたメモに、リエ・フーは「汚ねぇ字だな」などと漏らしつつ目を通していた。
「で、この「特別要項」ってのは何だ? 前に別のやつらがこの殺し合いゲームに参加した時はこんなルールなかったと思うんだが」
「ああ、今回暴霊の野郎に乗っ取られた面には専用規定があるんだってよ。人によって入れるところと入れねぇところがあるってことだ。っと、あとな、今回も前みたいに本来ないはずの罠が設置されてたりするから気をつけろよ」
 ウェロンが応える間にニコル・メイブがリエからメモを受け取り、その「特別要項」以降の文字を辿る。ミミズののたくったような字のあまりの読みづらさに眉を顰めながら、どうにか内容を理解すると他の参加者に聞こえるように一通り読み上げた。

「――無線機が配られるのは看守だけなのね。じゃあ、看守になった人は少し有利かな?」
「……どうかしら。看守同士連絡がとれても、それが本人にとって良い方に働くかは分からないわ。相手に騙される可能性もあるもの」
 ニコルの言に、村崎 神無は自身の両手に嵌められた手錠に視線を落としたまま、そっと言葉を添える。
「でもとにかく全滅にさえならなければ、暴霊にとり憑かれた遊戯の支配人・シーワンを処刑できるのよね。それさえ達成できれば問題はないわ」
 ハーミットは回ってきたメモをちらりと二秒だけ見てすぐ顔を上げた。今回の依頼は遊戯終了時に現れる「遊戯の支配人・シーワン」に憑いた暴霊を倒すこと。参加者一名が生き残って彼の元に辿り着けば、それは自動的に達成される仕組みになっている。
「だから……えーっと、気をつけてね、コタロさん」
 壺中天と聞いてからそこはかとなく感じていた不安を胸に、ハーミットは機械の天敵であるコタロ・ムラタナに視線を送る。
「……え、あ、ああ。その、……努力する」
 ハーミットの足元にいたセクタンのロジャーがささっと素早く主の陰に隠れるのを、コタロは少し寂しい気持ちで眺めていた。

* * *

 ステージ選択画面で見たところによると、監獄ステージは事務棟と監獄棟の二つの建物で構成されているようだった。事務棟が二階建て、監獄棟が四階建てで、その二つの棟は一階の渡り廊下で繋がっている。監獄棟は中央に聳え立つ監視塔を、牢屋がぐるりと囲むパノプティコン型となっているようだ。

 壺中天が起動し、各々今回の舞台となる監獄へと降り立つ。すると間もなく目の前に文字が浮かび、「貴方は【***】です」と役職が伝えられ、【看守】となった者の手元には無線機が現れた。
やがてその左腕に珠の嵌めこまれた手錠が片側だけ掛けられているのに気づく。空いた方の枷が鎖で繋がりだらりと垂れるのをどうするかと考えていると、何かのノイズらしい音が耳に届いた。それは部屋の目につく場所に取り付けられたテレビ画面から発せられているらしい。
『――ようこそ皆様。お待ちしておりました。まずは皆様を歓迎して、歌でも歌いましょうか』
 画面をじっと見つめていると、王冠を被った髑髏の絵がノイズに歪みながら浮かび上がり、そのしわがれた声で一同を迎えた。

――罪からの抜け道 君は知っているだろうか 導きの星の下 挑戦できるのは1回 盗人は夢現で試したのさ そこで落としたのは きっと命そのもの――

 朗々と歌い上げると、髑髏はその口の両端を吊り上げる。そして、画面を見つめる参加者達を静かに見つめ返した。
『今宵が皆様にとって、快適な殺戮の夜となることをお祈りしております』

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
リエ・フー(cfrd1035)
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)
村崎 神無(cwfx8355)
ニコル・メイブ(cpwz8944)
ハーミット(cryv6888)
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品目企画シナリオ 管理番号1986
クリエイター大口 虚(wuxm4283)
クリエイターコメントこんにちは、大口虚です。
やろうやろうと思いつつ先延ばしになっていた死華遊戯が、皆様のおかげでこうして企画シナリオとして還ってまいりました!
前回のゲームは「【死華遊戯】STAGE:SCHOOL」をご参照ください。

グロスプラッタ死亡表現等々の注意は、すでにお集まりくださった皆様には不要でしょうか。死亡演出が入ってもあくまで壺中天内でのことであり、現実では普通に生きてますのでご安心くださいませ。
シナリオの特性上、描写量に差が出る場合がございますことをご留意ください。

※ご参加頂くうえで、以下のことに特にご注意ください

・『死華遊戯』はPCさんの能力設定に関わらず、全員【壱番世界の一般人レベル】の能力でご参加頂きます。特殊能力は一切使用できず、武器やセクタンの持ち込みも不可とします。身体能力はPCさんの単純な外見年齢、性別、体型に準拠します。

・武器はステージの建物内で探していただきますが、銃器に類するものは置いてないものとお考えください。その代わり、それ以外で監獄内にあると思われるものは大体置いてあります。

・判定用の番号、役職、ゲーム開始時の居所はエントリー順に以下のように割り振らせていただきます。

※参加者欄上から(ゲーム開始時、お互いの役職・居所は知らないものとします)
1、囚人、監獄棟4階南東側牢屋内
2、看守、監獄棟監視塔頂上監視室
3、囚人、監獄棟1階東側食堂
4、看守、事務棟1階仮眠室
5、囚人、監獄棟2階西側牢屋内

【ステージ用特別ルール】
・「囚人」は牢屋への出入りができますが、監視塔へは侵入できません。
・「看守」は監視塔への出入りができますが、牢屋内へは侵入できません。また、看守には無線機が配付されており、互いに連絡をとることができます。
・全ての部屋はゲーム開始時、施錠されていないものとします。

・ゲームの勝利者1名は前回同様サイコロを振って決定しますが、プレイングの内容によっては勝利者が変更になる可能性もあります。場合によっては、勝利者が出ないこともございます。

参加者
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)
リエ・フー(cfrd1035)コンダクター 男 13歳 弓張月の用心棒
ハーミット(cryv6888)コンダクター 男 17歳 歌手
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕

ノベル

 ゲームの支配人が写っていた画面がぷつりと暗転すると、牢屋の薄暗さが一気に増したようだった。
 村崎神無はまた自分の両手に視線を落とす。いつも嵌めているそれとは違う手錠が、左手首だけを捕らえていた。
「殺し合い、か」
 気がつくと、拘束されていない右手首を指でなぞっていた。何の制限も与えられていない肌の滑らかさが伝わるほどに、神無の内面がじくりとした痛みを思い出していく。
(ゲームとはいえ、また人を手に掛けるなんて……)
 赤い血と、横たわる身体と、手に残された惨い感触。神無は思わず眼を閉じ、その記憶を一時退けようと頭を振るう。
(これは依頼よ。仮想現実であって、現実ではない)
 この状況にあって、迷いに身を委ねているわけにはいかない。神無は手首に触れるのを止めて簡素なベッドの上から枕を拾い、ひとまず牢屋の奥へ身を潜めた。
 ぶらさがっている方の手錠をいっぱいまで開き、枕から外したカバーを裂いて閉じないように巻きつけていく。それを手に持ち、さらに無駄に揺れぬよう鎖を同様にカバー布を巻いて腕に固定した。
 布を巻く手を休めず、牢屋の外の景色をちらりと見やる。真っ先に目に入るのはやはり中央に聳える監視塔。
(あの塔に誰かいたら、牢屋の状況は見放題ね)
 神無は他に武器になるものがないかと牢屋内を見回すが、牢屋内にはベッド以外だと雑誌が何冊か落ちているくらいで、使えそうなものはない。
(しかたない、近くで物がありそうなところを探すしかないわね。今はとにかく、監視塔を警戒して牢屋から出るべきだわ)
 そこでふと、神無はつい先程まで殺し合いを躊躇っていたにも係わらず、もうゲームに勝つことを考えている自分に気づく。自分の変わり身の早さに飽きれるあまり、自嘲の笑みと共に言葉が漏れる。
「現金だな、私……」
 現実に人が死ぬわけではない。これはあくまでゲームの中のことであり、依頼のために必要なことであり、何らかの罪が生じるわけではない。しかし、これから自分がする行為は紛れもなく『人殺し』だ。
(違う。殺したいわけじゃない。そうじゃない。それだけは絶対に違う。私は暴霊を倒すためにここに来た。これはゲームよ。ここでの殺人に、勝敗以上の意味はない……!)
 神無はそれ以上の思考を拒むように、カバーのなくなった枕を再度拾って急ぎ牢屋から脱出する。目線で周囲の様子を伺うと、神無のいた牢屋のすぐ脇に階段があり、掃除道具のしまってありそうなロッカーを見つけた。
(……来た以上、やるしかない。そうよね……?)
 神無は、さらに周囲を警戒しつつ身長にロッカーの戸を開いた。

 黒い無線機を口元に寄せ、ハーミットは思い切ったようにそっと声を発した。
「聞こえる? ハーミットよ」
『――うん、聞こえてるよ。きみが看守仲間ってことになるんだね』
「その声はニコルね。あまり多くは話さないわ。ただ、わたしが死ぬときは頼むこともあるかもしれない」
『……そうだね。それじゃ、健闘を祈ってるよ』
「ええ。お互いに」
 ハーミットは無線機をしまうと、仮眠室を軽く見回した。簡素なベッドに、畳まれたパイプ椅子。あとは軽食ののっていたであろう白い皿とコップが小さな机に置かれている。他に変わった様子は特にない。
「……とりあえず、珠探しを優先させるかな」
 正直なところ、暴霊を退治するためとはいえ殺し合いゲームに積極的になる気にはなれなかった。とにかく、依頼の達成を確実にする。自分が死んでも、誰かがシーワンのもとへ辿り着ければそれで依頼は達成できるのだ。なら、ステージ内に隠されているという珠の入手は優先させてしかるべきだろう。
(髑髏の唄の内容が、珠の在処のヒントになっているはず。そこから考えないと……)
 ハーミットは机の上の皿とコップ、それと壁に立てかけられていたパイプ椅子の一脚を仮眠室から運び出す。そしてそれらを抱えたまま、事務棟の無人の廊下を静かに歩きだした。

 無線機からの通信が途絶えると、ニコルはふっと自嘲的な笑みを溢した。
「死華遊戯、ね。まったくいい趣味してるよ、反吐が出るぐらいにさ。どこ行っても変わんないね、人間なんて。……好き好んで来た私も、おんなじか」
 監視室から監獄棟内をぐるりと見回る。牢屋周辺にいる人物は二人。その辺に放置してあった双眼鏡を覗くと、それがコタロと神無であることが分かった。
「囚人はあとリエってことになるよね……彼はここからだと確認できないけど」
 最上階からだと四階や三階は比較的見やすいが、一階は死角になる部分がある。階を下りればそれも確認できるのかもしれないが。
「どっちにしろ、監視塔は一階に下りないと外には出られないみたいだしね」
 ひとまず監視塔を出る前に室内を物色する。雑誌や新聞を服に詰め、備え付けられていた警棒を手に取る。
「あとは殺虫剤と、マッチはあるかな?」
 備品の積まれた棚の中を漁り、それらを入手する。また、果物ナイフを見つけるとスカートの裾を裂き、その布で大腿部に鞘のついたままのそれを括りつけた。
「……珠は、ここにはないみたいね」
 自分がゲームマスターなら、珠は監視塔か牢屋に隠す。見落としたままゲームが進み、最後の一人になったとき珠が侵入禁止区域にあれば、その時点でプレイヤー側はゲームオーバーになるのだ。暴霊が自分の勝率を上げようとするなら、それを狙ってくる可能性は充分考えられるはず。
(牢屋を探すには、少し範囲が広すぎるけど)

 コタロ・ムラタナは開いている方の手錠を使い牢屋内にあったパイプベッドの一部を解体していた。一番外しやすそうな部位を些か強引に本体から取り外すと、片手に持ち軽く振ってみる。武器として使うには充分な長さがあることを確かめると、その鉄パイプを手に牢屋の壁に身を寄せて格子の外の様子を伺う。
 妙に頭が痛む。牢屋に来てから、筋力の落ちた身体への違和感のみならず、ずっと頭痛が続いていた。一瞬、視界がノイズの入ったような歪み方をしたような気がして、目頭を押さえる。
(壺中天に、また異常、か……?)
 これまで機械を破壊してきた数を思えば否定できない可能性だった。ならばまた壺中天を破壊する前に任務を達成しなければならないだろう。
 目頭から手を離し、改めて牢屋の外へ意識を向けた。聞こえるのは微かに反響している何者かの足音が一つのみ。距離は離れているようだ。だが、牢の外に障害物はほとんどなく、身を隠すのは困難のようだ。つまり、外に出れば監視塔からでなくとも何者かに位置を知られる危険性が高い。移動は迅速に行う必要があるだろう。
(監獄棟最上階。ここから階下に向かう、なら、奇襲への対策が必要……か)
 大きな移動にはリスクが伴う。だが自分より階下の者がわざわざ逃げ道の少ない最上階へ上ってくる可能性は低く、相手を仕留めるならばどうしても自分から動く必要があるのだ。
(魔法が使用可能であれば……打つ手もある、のだが)
 ないものを思ってもしかたないとはいえ、違和感は拭えない。常にあるものが無いというなら、他で補うしかないのだが。魔法を使えぬ紅国兵であればそれが通常ということになるのか、とふと思いつつ、ザザッというノイズ音にコタロは眉間に皺を寄せた。

 神無は監獄棟一階の食堂の中を覗き込んだ。食堂内の椅子は迷路のように不規則に並び変えられており、明らかに人の手が加えられているのが分かる。
(踏み込むのは、危険ね)
 ここに誰かが潜んでいるとすれば、今見えている以上の何かを食堂内に仕掛けていてもおかしくない。神無はロッカーで入手したモップをそっと食堂の入口から中へ侵入させてみる。軽く振るうが手応えは特にないようだ。
 横倒しになった机がいくつもあるのが見える。そのどこに人が潜んでいるかなど、ここからでは分かりようがない。どこから攻撃が来るか分からない危険地帯に、わざわざこちらから入っていくのはリスクが高すぎた。
(ルール上、篭城戦に持ち込むのは難しいはず。一旦他を回った方がいいわ)
 神無はそう判断して食堂の入口から身体を離そうとした。そのとき、背後に足音が響いた。振り返る神無の頬を包丁が掠める。そして、そのままリエ・フーの体当たりをもろに食らい、神無は食堂の方へと倒れ込んだ。
 続けざまに顔を狙って振り下ろされる包丁を、神無は身を捩ってどうにか凌ぐ。相手を遠ざけようとモップを振り回し、できた隙で身を起こし体勢を整えた。
「とんだ奇襲ね」
「いいや、まだまだだぜ」
 リエは間を置かず、持っていたナイフの数本を投げた。的確に神無を狙い定め空を切るナイフを、神無は持っていた枕を投げて防ぐ。金属が床とぶつかる高い音が食堂に響いた。すかさず神無は後ろに並んでいた椅子の数個をなぎ倒し、一旦奥の方向へ退避する。入口の前にリエがいる以上、食堂から脱出するのは容易ではない。
「どうしたその程度か、本気出してかかってこい! 監獄遊戯を愉しもうぜ!」
 リエはさらに続けざまにナイフを投げた。神無は後退しすれすれで避け、今度はモップの柄を槍のように操り反撃する。手近な椅子の背でそれを弾き、リエはそれをそのまま神無へ投げつけた。
「くっ……」
 神無は反射的に後退する。リエはそこへさらに追い打ちをかけるようにナイフを投げ込む。
「まだ、いける……!」
「それはどうだろうな!」
 神無がナイフを避けるタイミングで、リエは近くの椅子を蹴り倒す。神無の視界の端に、細い糸が映った。
「やっぱり、罠が……!」
 見上げたところできらりと光を反射したのは、糸で括られた幾本もの包丁。食堂の中央でそれらは一斉に下へ向かって降り注いだ。

 監視塔を出たニコルは、二階辺りを下りていくコタロの姿を遠目にずっと追っていた。監獄棟の一階も、中央に監視塔がある以外の障害物はほとんどない。おそらく、下手に動けば二階からでも発見は容易だろう。特にコタロは身体能力こそ壱番世界の一般人並になっているとはいえ軍人だ。開けた場所を移動する人間にまったく気づかないとは考えられない。故にニコルは監視塔の陰に身を隠し、彼が一階まで下りてくるのをじっと待っていた。
 監視塔から見たときは分かりにくかったが、一階には他の階と違って牢屋の他にも食堂などの部屋があるようだった。先程、食堂の入口辺りに二人分の動く影があったのを見たが、一人は監視塔を下りる間に見失った神無だろうか。
 ニコルは再度、階段を下りてくるコタロへ意識を向ける。まだ、こちらに気づいている様子はない。
(コタロがそこにいて、あとは食堂に二人。所在が分からないのはあと一人、か)
 見通しの良い監獄棟内にいれば、だいたいの位置はすぐに把握できるはず。ということは一人は事務棟の方にいるのかもしれない。渡り廊下から出てくる人物にも気を配った方がいいだろうか。そんなことを頭の中で巡らせつつ、視線はコタロからは離さない。彼はもうそろそろ一階に到着しようとしていた。ニコルはこの角度なら上から発見されることはないと踏むと、音をたてぬよう素早く監視塔の陰から離脱し、コタロの対角線上にある遊戯室らしい部屋の入口付近まで駆ける。トラップがないか注意深く観察し、入口部分であれば問題ないと判断すると内部へ侵入した。
 戸口から少しだけ顔を出し、コタロの姿を確認する。コタロは壁を背に、無駄のない動作で食堂のある側からこちらへ接近していた。
(食堂には二人いる。そちらに気を取られたときが、狙いどきね)
 ニコルは手にしていた警棒を握り込み、集中力を高めていく。相手は軍人だ。わずかな動作も見逃してはならない。襲撃のタイミングを逃さぬよう、じっと彼の姿に視線を定めていく――
(……? 何、今の)
 ほんの、刹那のことだった。しかし確かに一瞬、コタロの姿がノイズの走ったように歪んで見えたのだ。見間違いかと思い、もう一度食堂の手前まで迫った彼をよく観察する。すると、もう一度。今度は間違いなくハッキリと、古い映像に起こるそれのように、ザッと彼の姿にノイズが発生した。
(ゲーム前にハーミットが心配してたのは、こういうこと……?)
 それが何を意味しているのか判断に迷っていると、コタロは食堂の手前でぴたりと動きを止めた。しばらく制止していたかと思うと、鉄パイプを構え躊躇いなく内部へと身を滑り込ませていった。
(……、もう少し様子を見よう)
 ニコルは遊戯室を脱出し、食堂の脇へ移動する。中で何が起こっているのか、今度は身を乗り出さず、聴覚を研ぎ澄ました。

 ハーミットは事務棟と監獄棟を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。渡り廊下は窓が幾つかあるが、窓は鍵が開かず、無理に開けようにも鉄の扉のようにカタリとも動かない。もともと開く構造になっていない、とでもいうような状態である。
 派手な音がしないように注意しつつ窓ガラスをパイプ椅子で割ってみたが、割れた箇所に触れると何もないはずなのに壁があるような感触がした。
「あくまでも、ステージは事務棟と監獄棟だけってこと……?」
 窓の外には運動場が見えており、この刑務所をぐるりと囲う塀もちゃんと存在しているのが分かる。しかし、それはあくまで窓の外側にあるだけで、こちらから干渉することはできないようだ。
(『罪からの抜け道』……抜け道ってことは正式なルートじゃない、脱獄。導きの星の下とも言ってたから、屋外にある塀のどこかの可能性もあると思ったけど……)
 外はすでに陽が落ちたという設定なのか、真っ暗な空には確かに星が瞬いている。大小様々な星々が輝くのを眺めながら、ハーミットはゲーム開始時に聴いた髑髏の唄をもう一度反復していた。
(挑戦できるのは一回、盗人は夢現で試した……ここがよく分からないな。でも、「脱獄」というのは考え方としては間違ってないはず。囚人が脱獄できる場所が、塀以外のどこかにあるのかしら)
 あまりいつまでも同じ場所に留まっているわけにはいかないが、何も定まらないうちに進み珠の見当をつける前に死ぬのはできるだけ避けたいところだった。廊下の両方から人が入ってくる気配がないか聞き耳をたてつつハーミットは思考を継続する。
(囚人が脱獄するのに通る場所……塀じゃないなら牢屋から、とか? でも、牢屋って監獄棟の中に沢山あるわよね。せめて、何階のどの辺かが分かればいいんだけど)
 夜空には、星ばかりが散らばっている。昔の人々は星を頼りに道を進んだという話もある。唄の導きの星とは、何を指しているのだろうか。
(何階のどの方向にある牢屋で……そこのどの辺りに脱獄できる場所があるか……)
 髑髏の唄で珠の場所がほぼ分かるようになっているとすれば、『罪からの抜け道』以降の歌詞にそれを指している文が含まれているのかもしれない。
「自信はないけど……行ってみよう」
 ハーミットは意を決したように夜空から目を離すと、また息を顰め、音をたてぬよう監獄棟内へと入って行った。

「本当に容赦なしね。やってくれるわ」
 神無は降り注いだ包丁の雨を、近くの机の下に身を滑り込ませることでどうにか凌いでいた。しかし、逃がしきれなかった左脚の大腿部には包丁が深く刺さり、立ち上がろうとする彼女の意思を妨げている。
「仮想現実だろ? 女にだって手加減しねえ」
「それはそうよね」
 神無は苦痛を耐えるように刃を食いしばり、モップを杖代わりに無理矢理立ち上がった。しかし、リエはそんな彼女の鼻先に包丁を突き付け、不敵に笑う。
「……楽しそうね、あなた」
「ああ。愚連隊時代は死ぬの生きるの綱渡りの毎日だったからな。こっちのが張り合いあるぜ」
 リエの言葉に恐れの類は微塵もなく、ただひたすら、この瞬間のスリルを楽しんでいるようだった。
「で、どうする? この後も勝ち残る自信があるなら、続けてもいいけどよ」
「ギブアップするかって? ……さあ、どうしようかしら」
 彼女もまた、笑ってみせた。もう一度、モップの柄をリエの腹部を狙い突き込む。至近距離からの攻撃に、リエは身を捻らせ対応した。しかし固い柄先は彼の脇腹を突き、リエの動きをわずかに鈍らせる。神無はその隙に散らばっていた包丁の一本を拾い、彼の方へと向けた。

 その時、リエと神無の二人が同時に聞いたのは耳煩いノイズ音だった。

 二人は同時に食堂の入口の方向を見る。しかしその頃には、コタロはすでに二人との距離を詰めきった後だった。
 コタロが振るった鉄パイプはリエの身体を軽々弾きとばし、開いていた方の手は神無の首を鷲掴みにする。それぞれが手にしていた武器が床に落ちる音が食堂に響いた。リエは肋骨が折れた感覚に顔を歪めながら、突如乱入してきたコタロを睨む。
「……なんだあれ。異常発生……? なんのことだ」
 コタロの身体はところどころノイズがかったような歪みが発生していた。そしてその周囲に、ゲーム選択画面で見たものと同じ書体で『異常発生』の文字が浮かんでいる。
(……もしかして、エラー……?)
 神無は首を絞められ意識が朦朧としながらも、その文字が意味するところに気づく。こちらを見るコタロの顔に表情といった類のものは一切浮かんでいない。ただ、彼女の首を絞める腕に篭る殺意だけは、嫌というほど伝わってくる。
「……ハッ、面白くなってきたじゃねぇか」
 リエは発した言葉のとおり、愉快そうに口の両端を吊り上げた。弾かれた際に落とした包丁を拾い直し、コタロの首を狙い刃先を向ける。
 しかし、先に動いたのは神無の方だった。左手に括りつけていた手錠を鉤爪代わりに、自分の首を掴む腕に思いきり叩き込む。コタロの腕に開いた手錠の両端が突き刺さるが、しかしそれでもコタロは首を掴む力を緩めようとはしなかった。
(ぐ……まだ、)
 遠のく意識の中、神無は最後の力を振り絞り、大腿に刺さっていた包丁を引き抜く。そしてそれを、手錠の刺さっているコタロの腕に、さらに突き立てた。
「こっちも、無視してる場合じゃねぇぞ」
 そこへリエがさらに追い打ちとばかりに、コタロの顔面に向かって何かを投げつける。コタロはそれに直ちに反応し、空いている方の腕でそれを防ぐ。ぐちゃりと、彼の腕に遮られた卵が潰れた音を発した。それに乗じて、神無は先に突き立てた包丁を抜き、もう一度同じ腕にそれを突き込む。
 コタロは神無から手を離し、腕を貫通して刺さる包丁を抜き去ると接近するリエに視線を移動させた。
 リエはさらに卵をもう一個、コタロの顔を狙い投げつける。しかし、投げる動作の間にコタロは身をかがめ、その一個は虚空へと飛んでいった。そしてコタロは一旦緩めた膝をバネに、リエに襲いかかる。リエに怯む様子はなく、手にしていた包丁を放り、一本のフォークを手に自分から迫るコタロの方へ突っ込んでいく。
「ぐ、うああああああああっ!」
 そこで吼えたのは、すでに満身創痍になりつつあった神無の方だった。神無はコタロの脚部に追いすがり、彼の全身を阻む。しかしすぐに腹部に鉄パイプの容赦ない一撃が加えられ、彼女の身体は床上に転がる。
「どっち見てんだよっ!」
 だが今の行動で、コタロの意識は神無の方へ奪われてしまっていた。リエは素早く自分より圧倒的な体格差を持つコタロに掴みかかり、その左目にフォークを突きいれる。
「……、……!」
 コタロは崩れ落ちることこそしなかったものの、わずかにたじろいだ。
「おいおい、何がどうなってんだよコイツ」
 呟きながら、リエはその隙をついて食堂の出入り口に走る。一瞬だけ、まだ地面に伏したままの神無に視線を送ると、彼女のは疲労困憊した様子で、「さっさと行って」と言いたげに顎でしゃくった。
 リエがそのまま脱出していくと、コタロは左目に刺さったままのフォークにかまう風もなく、神無の傍らに立った。
(結局、ここで終わりか……でも私、誰も、殺してない……だからきっと、これでいい)
 先程自分がコタロの腕に突き刺した包丁が、彼の手に握られているのが見える。流血の止まらない左脚と、鉄パイプをもろに食らった胸部が熱い痛みを発していた。
(でも、死ぬのってやっぱり苦しいんだな……)
 振り下ろされた包丁は、彼女の首の頸動脈を的確に引き裂く。あっという間に真っ赤な色に染まった彼女の顔には、どこか穏やかな笑みが浮かんでいた。

「あ、……もしかして、あれが……!」
 ハーミットはある牢屋の前で「それ」を発見していた。牢屋の奥、ベッドの下にハーミットが想像していた通りのものがあったのだ。
(夢現で試したっていうのは、ただベッドのことを言ってたってことなのかしら)
 しかしここで問題となるのは、ハーミットが看守という役職である以上、牢屋内に入ることはできないということだ。よって、囚人にどうやってそれに気づいてもらうかということを考えなければならない。
(目印を何か用意できれば……)
 そのとき、何かが空を切るような音が聞こえた。反射的に、持ってきていたパイプ椅子を盾に使う。ガァンと、固い音が耳を貫いた。
「ニコル!」
「ずいぶん重いもの持ち歩いてるね」
 相手の防御力が高いと判断すると、ニコルは使う道具を変えようとする。それに対し、ハーミットは素早く制止の声をかけた。
「参加しといて言うのも難だけど。私、殺し合いはあまりしたくないの。それより……聞いといて欲しいことがある」
「……油断させる作戦、って感じもしないけど。一応、このままでなら聞くよ」
 ニコルは警棒を構え、使おうとした道具に手をかけてたままで返事をした。ハーミットはそんな彼女と睨みあいの状態のまま、言葉を続ける。
「今、隣に牢屋があるわよね。その牢屋のベッドの下に、脱獄穴があるの」
「脱獄穴……?」
 ニコルが単語の一つを切りとって疑問符をつけると、ハーミットは静かに頷く。
「珠はたぶん、その中。でも、私もあなたも看守だから取ることはできない」
「ふぅん。やっぱり、そういう仕掛けだったのね」
 このままハーミットかニコルが最後まで残っても、ゲームをクリアすることはできない。囚人、つまり、神無かリエかコタロがここで珠を入手してからでないと、看守に勝利は訪れないのだ。
「だから、伝えて。「私がいる牢屋に珠がある」って」
 ハーミットは、ニコルとの睨みあいは継続させつつ牢屋の扉に手をかけた。キィ、と細い音と共に、牢屋が口を開ける。
「……あなたはここで退場する気なの?」
「ええ。生憎、死体なんて見慣れてないの」
 ハーミットは場に似合わず、穏やかな様子で苦笑した。そこにはどこか、哀しげな色も含まれているようにも見える。
「姉さんの頃から……ずっとね」
 それだけ言うと、ニコルから視線を外し、牢屋の方へと向き直った。それをニコルは神妙な顔で見つめる。
「分かった。……でも、面倒なことになりそうね」
「え?」
 そのまま牢屋に入ろうとしたハーミットは、ニコルのその言葉に足を止めた。訝しげに、「面倒なこと」の意味の説明をニコルに求める。
「コタロの様子がおかしいみたいなの。異常がどうとかって聞こえたけど」
 正直なところ、ニコルが標的を変更したのも食堂でのコタロの様子を察知したが故だった。途中一瞬だけ中の様子を覗いた時、コタロは腕に包丁が貫通していても眉一つ動かさずに二人を殺そうとしていた。そんな相手に不意打ちしたところで、効果があるかどうか分からない。
「……まさかコタロさん、また壺中天壊したのかな」
「またって……えーっと、とにかく。不具合が出て、コタロが暴走してるってのは間違いないよ」
「ということは、囚人全滅させられる前にコタロさんをどうにかしないといけないってこと?」
 予想外のトラブルに、ハーミットはどうしたものかと頭を抱える。
「分かった。じゃあ、こうしましょ? 神無さんか、リエに会ったら伝えて」

 リエは、食堂からコタロが出てくるのを遊戯室の扉の隙間から伺っていた。奥からとってきたビリヤードのキューの先端を、一本だけ残していたナイフで削っていく。その作業を続けながら、コタロがどの方向へ向かうのか目を凝らしている。
 ピリピリとした緊張感の中、それでもリエはどこか楽しげに嗤う。
(租界にいた頃は、盛り場で何度も乱闘に巻きこまれてたんだ。それに比べたら、子供騙しもいいとこだぜ)
 何人死のうが、自分が殺されようが、所詮はゲームだ。殺されようと死なない状況で、いったい何に怯えろというのか。命の奪い合いを目的としながらも、実質誰も命を落とさない。これが子供騙しでなくて、何だというのか。
「さあ、待ってな。……コイツで心臓を一突きにしてやるよ」
 キューの先端は槍のように鋭く、人の身を抉る形に整えられた。コタロはゆっくりと、遊戯室の方に向かってきている。その途中にある部屋の中を順に確かめながら、着実にリエの元へと迫っていた。

 ノイズがかった思考で、コタロは先程取り逃した子供を探していた。
(任務、殺す。全員。殺せ。了解。任務。遂行する。任務、任務、任務)
 一人は仕留めた。残りは三人。それ以上の余計な思考は働いていなかった。与えられた任務をこなす。それ以外の思考など必要ないとでもいうように、彼はひたすら「殺し合い」という仕事を達成しようとしていた。
 姿勢を落とし、壁伝いに進みつつ目線は傍らの扉の隙間を這う。聴覚は扉の中の沈黙を捉える。闇の中の微かな揺らぎも、呼吸の音一つも、決して逃さぬように神経が研ぎ澄まされていた。
 倉庫を通り過ぎ、遊戯室の脇に辿り着く。僅かに開いている扉の隙間に目を凝らした。壁で隔てた向こう側に潜む生物がないか、息を吸う音、吐く音、身じろぐ音、衣擦れの音、一つも逃さぬように聞き耳をたてる。鉄パイプを扉の隙間に通し、ゆっくりと遊戯室の口を広げていく。
「……」
 コタロは開いた木製の扉に身体の片側を付け、中の様子を伺う。灯のない部屋の中に、人影は見られない。部屋の中に、子供の姿はない。
 コタロは、血塗れの包丁を左手に持ち――扉に突き刺した。
「チッ、バレバレかよ!」
 リエは扉から身体を離すと、それを力一杯開け放した。コタロは鉄パイプを全力で振るい、扉の端を砕きながらリエの行く手を遮る。そして、そのまま遊戯室へ乗り込む。否、乗り込もうとした。だがコタロは部屋に入ろうというところで急に扉に手を伸ばし、それを乱暴に閉める。扉から包丁を引き抜いて身体を捻り、背後から接近していたニコルに向かってそれを振り上げた。
「……いける!」
 ニコルは火のついたライターを翳している。そこに、殺虫剤スプレーを吹き込んだのだ。それで発生するのは、標的に真直ぐ伸びていく「炎」だった。
 炎はコタロの衣服に移り、彼の身体をみるみるうちに炎で覆っていく。だがコタロは、それでも止まらなかった。振りあげた包丁はニコルを狙い降ろされる。
「もう、しつこい男は嫌われるって聞いたことないの?」
 ニコルは大腿に備えていた果物ナイフを抜く。降ってくる包丁を避け、ナイフでコタロの喉笛を狙う。しかし持ち手を鉄パイプで殴られると、ナイフはコタロの喉に届く前に空中に放り出される。
「後ろにも、注意忘れんなよ!」
 遊戯室を脱出したリエが、コタロの胸部を狙って槍状になったキューを突き出した。コタロはそれに素早く反応するが、キューは彼の燃える右肩口を刺し貫く。
「リエ、付いてきて! ハーミットが珠の場所を知ってる!」
「あ? おい、ちょっと待て」
 コタロにキューを取られる前に、リエはそれを引っこ抜いた。肩に空いた穴から溢れる血は、炎に包まれてすぐに焼けていく。
 走っていくニコルを信用していいのか躊躇ったものの、コタロが燃える身体で再度襲いかかってきたのを切欠にリエも同方向へと駆け出した。
「アイツおかしいにも程があるだろ。痛み感じてねぇのか?」
「分からない。けど、どうにかしないと私達はゲームに負ける。でしょ?」
「ニコル! リエ! こっちよ!」
 前方で待っていたのは、ハーミットだった。牢屋の扉を全開にして、待っていた。
「珠はあそこ」
「……ああ、なるほど」
 二人は肩越しに振り返る。コタロの身体は先程より一層炎に包みこまれ、炎の塊となって、それでも二人を迷いなく追っていた。
「早く!」
 リエとニコルが牢屋の手前へ到着すると、ハーミットはリエに短く言葉を伝える。リエが了解したのを確認すると、迫ってきたコタロを充分に引き付け、燃える身体に躊躇わず抱きついた。
「……ッ! ぐ、う……」
「それじゃ、ハーミット。また、あとで」
 ニコルが別れの言葉を告げるのを聞きつつ、リエは動きの妨げられたコタロの背後に回り、持っていたキューを彼の心臓を狙って。ハーミットごと貫いた。
「ニコル! このまま押せ!」
「分かってるよ!」
 二人同時に、火傷を気にすることなくコタロの身体を牢屋の中へ強引に押し込む。
『禁止区域に入りました。ハーミット、失格』
 機械的なアナウンス。それは、死を告げる言葉だ。そしてそのアナウンスから一秒も経たないうちに、牢屋内に大きな爆発が発生した。

 爆発の衝撃は、牢屋の格子まで歪ませるものだった。静まり返った牢屋内をリエが覗くと、二人分のバラバラになった焼死体と、時間差で静かに床に転がった二つの珠が参加者二名の死亡を教えていた。
「ゆっくり牢屋の中観察して、余裕ね」
「あ? そりゃあそうだろ。だって、お前。もう積んでるじゃねぇか」
「……そう、だね。そういうことになるか……」
 珠は、爆発で焦げついた牢屋の中。ベッドは吹き飛んでいるが、そのおかげで「それ」の存在は注視しなくともすぐに見つけられる。リエは、一本まだ持っていたナイフをニコルに向けた。
「珠はお前を殺してから回収する。それでいいな」
「先にとってきてから勝負の方が、嬉しいんだけど」
「却下だ。ゲームに慈悲は必要ない、だろ?」
「紳士的な振る舞いはしないわけだ」
「残念ながらな」
「うん、残念」
 二人はその僅かな会話を楽しんでいるようだった。ニコルはふふっと小さく笑うと、「ナイフ貸して」と手を差し出す。ゲームクリアが依頼である以上、珠を回収できないニコルは牢屋に侵入できるリエを殺すことはできない。リエはそれをよく理解しているが故に、何も言わずナイフをニコルに手渡した。
「じゃあね。お先に」
 彼女が自分の首を切り裂き、血を華のように散らしながら倒れていくのをリエは最期まで眺めていた。

 ニコルの珠と、牢屋内にあったコタロとハーミットの珠、それと「脱獄穴」の奥に落ちていた珠を回収すると、リエは食堂に戻って神無の珠も回収した。
(あとは、シーワンのところに行くだけか)
 監獄棟内をぐるりと見回してもそれらしいものは見当たらないと分かると、リエは事務棟の方へと足を運んだ。
 事務棟の一階を順に見回り、二階へと上がる。その一番奥の一際大きな両開きの扉の前に、台座は設置されていた。
「所長室、か」
 台座の上には王冠を被った髑髏の絵が飾ってあった。リエは食堂で拾ったナフキンを軽く台座に被せてみる。じゅう、という音と同時に布が黒く焦げていくのを見て、苦笑した。
「今回はずいぶん「熱い」ゲームだな」
 台座に触れないよう慎重に珠を配置すると、鍵の開く音が耳に届いた。

「おめでとう。君の勝ちです、君を心から称賛しましょう」
 所長室に入ると、如何にもお偉いさん用のごつい机の向こうでシーワンは椅子に腰かけていた。囚人服を纏い、両腕と口元を拘束具で覆われた壮年の男がくぐもった声でリエを迎える。
「楽しかったか、おっさん」
 リエの問いに、シーワンは声もなく笑ったようだった。返事の代わりに述べたのは、別れの言葉。
「ごきげんよう、勇ましき勝利者殿」
 シーワンの腰掛けていた椅子の背もたれが爆発した。シーワンの肉体が炎上し、黒く、消える。

そして残されたのは、ただ一人。

【GAME CLEAR】



「何、コタロさん何も覚えてないの!?」

「ああ、うん。そんな気はしたけどね……帰ったらリベルさんに言いつけといてあげる」

「えっと、でも無事依頼は達成できたし、いいんじゃないかしら」

「それより、どうすんだよアレ。あの端末、煙出てるぞ」



「……、その……申し訳ない」

【完】

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。
今回はプレイングの内容を過大解釈したりいじりまくったり微妙に変更したりとあれこれやらかしてしまいましたが、いかがでしたでしょうか……!
今回のゲームはトラブルにより少し変わった展開になったようですね。少しでもお楽しみいただけたのなら、幸いです。

ちなみに今回のサイコロ判定は……、

一回目:1
→プレイング内容的に即振り直し決定
二回目:3
→プレイングによる加点減点なしのため、このまま確定

……ということで! 勝者はリエ様とさせていただきました。おめでとうございます。

珠は入手難易度を前回よりグッと上げてみましたが、ハーミット様のプレイングが「可」判定、ということで入手成功としました。
プレイング確定まで失敗になったらどうしようとハラハラしてたのはここだけの話。
具体的な場所はそのものずばりがなかったので若干はぐらかしてみました。

それでは、この度はありがとうございまいた!
また、別のノベルでお会いできれば嬉しく思います。
公開日時2012-07-22(日) 22:20

 

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