オープニング

『友釣りというのを知っておるか?』
 ブルーインブルーへ向かうロストレイルのチケットを渡しながら件の世界司書が言った。

 ジューンは柔らかな桃色の髪を、船を追い越していく潮風になぶらせながらその時のことを脳裏に再生していた。
 彼女の記憶によれば友釣りとは鮎釣りの一つで、餌の代わりに囮の鮎に掛け金を付けて釣る手法のことである。よもやこの大海で釣りをしてこい、という意味ではあるまい。とするなら、海賊が友釣りのように商船を襲うという……のでなければいずれ海魔に関することなのだろう。友釣りをする海魔、興味深いというものだ。そもそも海魔という存在に興味がある。
 しかしこれまでなかなかその機会を得られなかった。
 もちろん、機会を得られなかったのはジューンに限ったことではない。
 感慨深げに大海を望む者――オゾ・ウトウもその一人だった。
 海にはあまり馴染みがなくブルーインブルー自体は初めてではないもののジャンクヘヴンを歩いたくらいで、船も地上から眺める程度だったのだ。そのせいか船に乗って岸の見えない全方位海に興味を惹かれこの依頼に同行したのである。
 右も左も前も後ろもただただ水平線という世界に不思議な視線を投げずにはおれず、これから対面するだろう海賊や海魔にもこの海のように興味が広がっていくのだ。
 同じく甲板の上。
「随分来てなかったからナァ」
 ヒャッハーと楽しげな奇声を発しているのはジャック・ハートだった。久しぶりのブルーイングル―に気持ちが昂ぶっているのだろう。
 彼の正体不明のテンションに「海に飛び込むなよ」と思わずハクア・クロスフォードは突っ込みたくなった。
「飛び込む時はゼロが手伝ってあげるのです!」
 どこから出てきたのか銀髪の少女がひょっこり顔をだす。美少女のくせに存在感の薄いシーアールシーゼロだ。彼女は両手の平をジャックの方に向けていつでも押せる体勢でいた。
「飛び込むわけねぇだろ。ヒャッヒャッヒャッ」
 と笑うジャックに残念そうな素振りのゼロだが、もしかしたら隙あらばと思っていそうでハクアは苦笑を滲ませる。
 楽しそうな二人になんだか遠足の引率教諭のような気分になってきた。
 それでも彼らが心強い仲間であることに変わりはない。

 今回の依頼はただ商船を助けて終わりという単純なものではなかった。
 商船を襲う海賊、その両者を襲う海魔。この三つ巴にあって我々は確かに商船を海賊や海魔から護っても、海魔に襲われる海賊まで助ける義理はない。
 しかしゼロは同行の際、海賊と和解出来る道を模索したいと言ってくれた。ハクア自身同じ気持ちがある。
 しかしわざわざ任せると言った司書の言葉が気にならないでもないのだ。和解出来る相手とわかっていれば最初から海賊も助けろと言うのではないか、と思ってしまう。穿ちすぎだろうか。導きの書にそこまで詳しくは示されてなかったと考えるべきなのだろう、しかし。
 そんな答えの定まらない思考を巡らせているとヌマブチがそっとハクアの肩を叩いた。隻腕の男は小さく首を横に振る。その目は命の重さに鈍感ではあったが無駄な死を望まぬ目でもあった。
 今考えても仕方がない。ハクアの述懐を慮ったのだろうヌマブチが口を開いた。
「力になれるかは判らんが、後ろから口を挟む程度の事はできるでありましょう」
「……」
 ぎりぎりの選択に迷ったとき、隣には彼らが、後ろには彼がいる。
 ハクアはジューンとオゾの見ている先を見やった。それを追いかけるようにヌマブチも視線を移す。
 誘われるようにジャックとゼロも振り返った。
 それは船の進む先であった。



 海賊は気配を消して商船との距離を縮めていた。
 その先の海底にただ静かに波もたてずに餌がやってくるのを待っている海魔がいることも知らず。







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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)
シーアールシーゼロ(czzf6499)
ジューン(cbhx5705)
ヌマブチ(cwem1401)
ジャック・ハート(cbzs7269)
オゾ・ウトウ(crce4304)
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品目企画シナリオ 管理番号2597
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
クリエイターコメントこんにちは。或いは、初めまして。あきよしこうです


◆海賊補足◆
・プライドが高く自ら助けを乞うような事はなく海魔に応戦。
・商船を盾に逃げる隙を窺いつつ略奪も忘れない狡猾さ。


◆海魔補足◆
・海蛇型の海魔。尾が7つに割れ一本づつ捕食対象(人間)に擬態出来る。
・流氷から尾を出して船に近づき、本体は流氷の下に隠れている。
・氷を操り、気づくと船は氷に囲まれ動けなくなっている。
・擬態した尾に触れると捕食対象の鮮度を保つため瞬間冷凍されるので注意が必要。
・尾はとかげの尻尾と同じなので本体を引きずりだした方がいい。
・時間をかけると船ごと冷凍される。
・それほど動きは速くなく最大船速より遅い。


それではプレイングお待ちしております

参加者
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
オゾ・ウトウ(crce4304)ツーリスト 男 27歳 元メンテナンス作業員
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人

ノベル

 
「接舷されるぞ!!」
 色めき立つクルーの声に船上には緊張が走った。接舷されるということは、海賊どもがこちらに移ってくるということだ。白兵戦になるといえば聞こえはいいが、おとずれるのは一方的な殺戮と略奪だろう。少なくとも奴らはそう思って乗り込んでくるはずだ。予定通りとわかっていてもクルーたちのアドレナリンは大量分泌され、手は汗を握り、乾く口内にしきりに唾を飲み込むしかない。
 船倉にある小窓から身を乗り出すようにしていたゼロが「こっちなのです」と駆け出した。促した相手はクルー達ではなかった。ジューンがゼロに続く。商船と並走する海賊船とは反対側へと。
 海賊船から何本も商船に向けてロープが渡された。
 近づく海賊船をジャックはお預けをくらったワンコのような顔で睨み付け、おもむろに手を伸ばすとロープを掴む。どうせ斬ったところでキリがない、というより下手な抵抗は後で仲間にどやされる。ヌマブチが言ったのだ。『抵抗して下手に砲撃を受け船を損傷させることは得策ではない』とかかんとか。
「まどろっこしいのは好きじゃねェーんだがなァー」
 さっさと敵のマストを叩き折って機動力をなくしてやろうと思っていたのに。なんとはなしにジャックはオゾを見やって溜息を吐いた。
「あー、俺サマって優しいなァー!!」
 半ば八つ当たり気味に吐き捨てロープを握る手に力をこめる。彼の瞳が緑から紫へと変わった。風になぶられる髪が黒から銀灰色に。それを見ていたハクアがジャックを止めようと足を一歩踏み出した。それを笑顔で制してハクアはロープから手を離す。
 ロープの反対側では結索していた海賊どもがピタリと動きを止めたかと思うと、ジャックが手を離した途端そのまま糸が切れたようにくずおれた。奴らにはわけもわからなかったに違いない。高圧の電流がロープを伝って瞬間的に流れたことを。
 ハクアがホッとしたように息を吐く。
 ロープで引き寄せられるように近づいた船の間を木の板で橋が繋がれた。
 派手な抵抗はしない――が、略奪も殺戮もさせない。
 商船の帆はヌマブチの指示で既にたたまれている。
「言っとくがァ、手加減とか出来ねェからなァ!!」
 ぼやく彼を囲むように風が逆巻く――ゲイル。ジャックが持つ突風系PSIだ。手加減ならハクアの方がよっぽど適任だったろう。しかしハクアには別の準備がある。
 ジャックの強風がこちらへ渡ってこようとしていた海賊どもを襲った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 海賊どもは面白いくらいぼとぼとと海の中へ落ちていく。木の板を掴み這うように進行を試みる者たちも強風の前にしがみついているのがやっとで進むことが出来ない。
 ジャックはかなり加減した竜巻で商船を覆うように風を操りながら内心で早く来いと希った。彼が待っているのは――。


 ▼▼▼


 ジューンとゼロは船の後背に回り込みその死角から海賊船に乗り込んでいた。海賊どもが商船にばかり気を取られてくれたおかげで、船の背後から近寄る巨大な影に気づかれずに済んだのだ。
 スピード重視のため出来るだけ海賊どもと出くわさないルートを選択。うっかり出会ったら仲間を呼ばれる前にジューンが電撃で気絶させる。加減を誤っても気にするジューンではなかったがうっかり殺害してここでゼロと口論になっても面倒なので一応、細心の注意は払っていた。
 2人が目指す先はこの海賊船の船尾に位置する船橋に隣接した船長室だ。


『より合理的で効果的な手段は、頭を叩くことである』とヌマブチが言った。


 ▼▼▼


 展望鏡で水平線上に海賊船のマストを確認した数時間前――。
「いっそ逃げてくれればいいんですけど」
 とオゾが呟いたのが始まりだった。
「それは逃がすということですか?」
 独りごとのつもりがうっかりジューンの耳にまで届いていたらしい。批難めいた物言いにオゾは半ば後退りつつ答えた。
「僕たちの任務は商船を守ることでしょう?」
 主目的はあくまで商船を守ること。逆に言えば守ることが出来ればそれでいい。海賊が海魔を前にさっさと逃げてくれればその処遇を考える必要もなくこちらとしても助かるのでは、と思ったのだ。しかし。
「ありえません」
 ジューンは強い語調でぴしゃりと言った。どうやら彼女には海賊を放置するという選択肢はないようだ。感情を殆ど表に出さないジューンの顔はいっそ迫力があって半ば気圧されるようにオゾはホールドアップしながら逃げるように引き下がった。
「彼らはこの世界の司法に預けることを提案いたします」
 ジューンがハクアを振り返る。
「ゼロは海賊さんを説得するのですー」
 と、ゼロが挙手する。
 ハクアは少し考える風に首を傾げて。
「私としては海賊が説得に応じなかった場合も踏まえ、ジューンと同じく近くの海軍に引き渡すのが妥当だと考えているのだが…」
 するとやれやれとでもいう風にジャックが大仰に肩を竦めて、デッキの手すりに腰を預けて言った。
「分かってねェナァ、ゼロもハクアもジューンも。海賊はそのまま陸に連れてきゃ縛り首だ。地べたにみっともなく這い蹲って命乞いして、上手く良きゃ許されるかもしれねェが普通は殺される。俺達が奴らに選ばせてやれるのは今死ぬか陸で死ぬか…それだけだぜ」
「なっ…」
 ジャックの言にハクアが言葉を詰まらせた。
「もちろん、彼らが捕縛を拒否した場合は殲滅も止むなしと考えます」
 ジューンが言った。
「だから、捕縛自体が無駄だッつーの」
 そんな2人をハクアは困惑気味に見返している。
 一方、階に腰を下ろしたオゾはそんなやりとりを見つめながら考えていた。これから初めて対峙することになる海賊というものを。それは出会ったら必ず捕縛、或いは殲滅しなければならないほどのものなのだろうか。
 正直、捕縛して縛り首というのも、説得に応じず逃げることもしてもらえなくて已む無くコテンパンにしたとして、ボロボロになった海賊を海の真っ只中に置き去りにする、というのもなんだか後味悪くて今ひとつ積極的にはなれない。しかしそれは、ジャックに言わせれば、自分の手を汚したくないものの理論、ということになってしまうのだろうか。
「海魔という共通の敵を前に共闘出来れば…なんて考えてた自分は論外なんでしょうか…」
 傍らに佇むヌマブチに言っているのか、それとも単なる独り言でしかないのか。
 そんなオゾの言葉を拾ったのは、同じくジャックにわかってないと言われて引き下がってきたゼロだった。
「そんなことはないと思うのですー」
 ゼロはオゾの隣に並んで座る。
「海賊さんも生きるために海賊になったのですー」
 オゾはハッとしたようにゼロを見返した。生きるために…海賊は生きるために略奪をし、生きるために時に人を殺す者。だとするなら。
 オゾは右手の拳を左手で握り考えこむように暗い視線を落とした。彼らが背負う罪の重さ。
 傍らで、オゾの内心に気づいているのかいないのか、ゼロは続ける。
「海賊さんが過去を捨て略奪以外の生活手段を選ぶというならゼロは彼らの助けになりたいですー」
 それはとどのつまり、過去の罪を赦す、と。ゼロは何の躊躇いもなく彼らを信じるのだろう。
 ゼロは思うのだ。
 海賊になりたくてなったわけではない…者もいるのでは、と。別の選択肢があれば別のものになっていた。生きるために海賊になるしかなかった。ならば彼らに別の生きるための手段を与えてやればいいのではないか、と。
 しかし、そんな風に考えるのはどうやら少数派らしいと落ち込んでもいた。そして残念な事にゼロには、海賊を助けることが海賊たちにとって大きなお世話にはならないと断言できるほどの“何か”もなかったのだ。対立を生むかもしれないとわかっていて自分の主張を押し通せるタイプでもない。
 だから、ジャックの言葉にあっさり引き下がったのである。
 どれが最善の方法なのか。
 説得出来ない可能性を考えていないゼロ。説得は無意味と考え殲滅を主張するジャック。捕縛を主張するジューンとハクア。説得も捕縛も考えず火の粉だけ払うというオゾ。
 多数決なら現時点で司法に引き渡すが2票になるのか。
 ゼロは傍らに佇むヌマブチを見上げた。
 ヌマブチはふむと考えるように首を傾げてから一歩ハクアらの方へ踏み出して全員にこう言った。
「ここは折衷案を試してみる、というのはいかがでありましょう?」


 ▼▼▼


 ――タイムリミットは海魔が現れるまでだった。

 コポリ…と大きな泡が1つ海中から水面に飛び出し弾けた。それを合図にコポコポと泡が溢れてくる。最初にそれに気づいたのは海魔の警戒に専念していたハクアだったが、最初にそれに反応したのは海賊どもだった。
「女だ!!」
 それまで商船に向けられていたそれとは明らかに質の違う声だ。いつの間に、どこから流れてきたのか巨大な流氷が商船と海賊船の間に浮かんでいた。その流氷の上に少女が1人倒れている。ハニーブロンドの長い髪の少女だ。うつ伏せているため顔は見えなかったが灰緑色のロングコートに隠れているとはいえ、遠目にもわかる砂時計型のシルエットで十分だったろう。
 小さな手漕ぎボートが下ろされた。2人の海賊が流氷へと近づく。
「大丈夫か!?」
 と心配そうにかけられる声とは裏腹に下種な視線が倒れている少女に注がれていた。
 流氷に飛び移った男が少女に近寄る。
 少女は両手をついて上体を起こした。豊満な胸、細くくびれた腰、肉厚な尻。そしてその顔は、美少女ときている。
「こりゃ上玉だ」
 そう言って近づく男に「いけない!!」と反射的にハクアが声をあげたが、商船の甲板にいたハクアとの、この距離では届きようもなく。
 男が手を伸ばした。少女がその手を取る。男は少女に手を差し出したその状態のまま動かなくなった。
 少女は立ち上がるとボートの方へ歩き出す。
 ボートの男は理解出来なかったろう、何が起こったのかを。少女がボートの男の肩に手触れた。逃げ出すことも出来ずボートの男もその場に文字通り凍りついた。少女が振り返る。何をも凍りつかせそうなアイスブルーの瞳をこちらに向けて少女は妖艶に嗤っていた。
 なるほど、これが世界司書の言っていた友釣りというやつか。いずれ。
「海魔の罠だ」
 ハクアの言に。
「つまりゼロたちは間に合わなかったってことか?」
 ジャックが振り返った。だが。
「そうでもないようですよ」
 オゾがそちらを親指で差しながら言った。


 ▼▼▼


 少し時を遡る。海賊船の船尾にある船長室。
「何者だ、貴様ら」
 思いのほか狭いその部屋には、偉そうな甲冑から覗く腕に派手な刺青をした巨漢が1人、外の喧騒とは裏腹に部下の吉報でも待っているのか、すわり心地の良さそうな椅子に腰掛け、のんびりと寛いでいた。テーブルには飲みかけらしいグラスが1つ。巨漢の纏うただならぬ迫力は、彼が船長であることを物語っているように思われた。
 ベース型の顔を歪めて巨漢が2人の闖入者を睨め付けている。
「船長さんなのですか?」
 ゼロの問いに返って来たのは、だったら、なんだと言わんばかりの無言の肯定。
「交渉に来たのです」
 ゼロは前に進みでた。相手が2人とも女と知れてか巨漢の海賊の船長は問答無用と行動を起こすようなことはせず、泰然と座ったまま話を聞くような構えを見せる。
「何の交渉だ?」
 巨漢の問いにゼロが答えた。
「海賊を辞めて転職してもらうのですー」
「はっ? 本気で言ってるのか?」
 思わず巨漢が身を乗り出した。拍子抜けしたのか予想もしていなかったのだろう。
「取り敢えず、手ごろなところで護衛艦なんてどうですかー?」
 シレッと言ってのけるゼロに巨漢が腹を抱えて笑い出した。
「はーっはっはっはっはっはっは」
「あははははは」
 一緒にゼロも笑う。
「交渉決裂だ」
 笑いを収めて巨漢が言った。
 ゼロの傍らでジューンが小さく呟く。
「本件を特記事項β21-5、ゲリラ、生体兵器を含む多面戦闘時の人員保護に該当すると認定。リミッターオフ、敵性存在に対する殺傷コード解除、事件解決優先コードA7、保安部提出記録収集開始」
 ジューンの臨戦態勢を察したのか巨漢は立ち上がった。
「女2人でこの俺様とやろうってのか?」
 にやりと嗤う。下品な笑いだ。今にも舌なめずりしそうな淫猥な目つきで得物を掴むと、2人を品定めでもするように見下ろしている。相手を女と侮っているのだろう。一触即発。
「残念ですが、貴女の相手は私1人です」
 ジューンが床を蹴った。
「ふんっ!」
 巨漢は鼻を鳴らして得物を振り上げる。振り下ろされるそれをジューンは滑らかな動きでかわして巨漢の急所に向けて正確に手刀を伸ばす。そのスピードに鼻白んだのか巨漢が殺気を纏った。ちょっと脅かしてやるつもりが、いつの間にか自分が追い込まれていたことに巨漢は気づいただろうか。
「待ってくださないなのですー」
 慌ててゼロが間に割って入った。
「……」
「話を聞いて欲しいのですー」
 ゼロとて単なる説得で略奪を止めさせられるとは思っていない。略奪より割りのいい具体的な生存手段を提示するか、略奪を割に合わなくする。
「悪い話ではないのです。そちらにも利益があるのと思うのです」
 ゼロは慎重に言葉を運んだ。こうして聞いてくれるということは、彼には聞く耳があるということではないのか。
「今後、このあたりの海は大きな変動に見舞われるのです。海賊は割に合わなくなるのです。その才覚があるなら転職することを推奨するのですー」
 才覚があると、プライドをくすぐるようにして海賊に現状を告げる。人間以外の知的生物、人魚族が現れたこと。その人魚が魚人の国を作り海魔を操って人間に大規模攻勢を仕掛けたこと。ジャンクヘヴンは特殊な技を持つ傭兵たちを擁しこれに対抗していること。これらのことから海は危険が増し、海賊の獲物となる商船は減り、護衛も厳重になり、海賊が好きにできた時代は終わりを迎えるだろうと推察できること。
 だからこそ、転職は早い方がいい。
「とりあえず護衛艦なんかがお勧めなのですー」
 ゼロはにこやかに提案してみせた。
 しかし巨漢の海賊船長は剣呑と首を横に振る。その威圧感に思わずゼロが口を噤んだ。
 海賊船長は小指で耳をほじって指の先についた耳垢を息を吹きかけて飛ばしてから、ふと気づいたようにゼロを見やる。
「話は終わったか? 人魚だか魚人だかと海軍が潰しあうなら、むしろ好都合。漁夫の利を狙うとするか」
「……」
 ゼロは悟らざるを得なかった。
 そもそも海魔も海軍も昔からいて、それに人魚だか魚人だかが増えたぐらいで海賊がケツ絡げて逃げられるわけがないのだ。少なくとも巨漢の目はそう告げていた。
「交渉は決裂しました」
 ジューンが静かに海賊船長の言葉を繰り返す。
 生命の危機に瀕していない彼に生存手段を提示しても無駄だったということだろうか。いや、先ほどの一瞬で彼は気づいているはずだ。ジューンと自身との実力差に。
 それでも彼は海賊であることを選ぶ。死を前に臆するようでは海賊の船長など勤まるまい。だからこそ彼はこれまでもこれからも海賊の船長たりえるのかもしれない。
 ゼロは引き下がった。
 巨漢が剣を凪ぐ。本気の一閃。ジューンの足が綺麗な孤を描いた。剣を振るう巨漢の腕を蹴ってその軌道を変えながらジューンは更に彼の懐に飛び込む。
 素手のジューンに巨漢は空いた手でジューンを捕らえようとした。
 ジューンはその腕をそっと掴んだだけだ。
 刹那。
 巨漢は何度か体を痙攣させ程なく力を失い絶命した。
「……」
 ジューンの電撃が巨漢を襲ったのだ。
 ゼロはそれを哀しそうに見つめていた。止められなかった。全部が全部、海賊になりたくてなったわけではない。海賊になりたくてなった者もある。ぼんやりとそんなことを思っていた。
 ジューンが海賊の船長の首を頂きながら歩き出す。
 2人はそのまま隣接する船橋に出た。そこには男が2人倒れている。船長室に入る時にジューンが気絶させた連中だ。
 ゼロは伝声管を掴んだ。
「みなさんの船長さんの首はとったのです。速やかに略奪を止めるのです。海賊としての矜持を示したい人は甲板へ来るのです。船長の仇をとる機会を与えるのです。そうでない者は恩赦を得る機会を与えるのです」
 半ば棒読みで、ゼロはメモを握り締めると伝声管の口を離した。
 ジューンを振り返り頷き合うと甲板へ出る。
 思った以上に海賊らが集まっていることにゼロは複雑な思いを噛み締めた。それでも説得は出来る、と。
 ゼロとジューン、いやジューンが掲げ持つ船長の変わり果てた姿に視線が集中し辺りは異様な雰囲気に包まれた。まさか、と思っていたのだろう。伝声管を通して届いたのはまだ幼い感じの女の声だったのだ。にわかには信じられなかったのだろう。
 しかし間をおかず、それらは女に油断したのだろうという結論にいきつき怒りと昂ぶりに変化する。
 なんとはなしに出来た輪の中心にジューンが歩み出ると彼女は軽々と船長の巨漢をそこへ放り投げた。まるで海賊どもを挑発するかのように。
 殺気が満ちる。
 今にも飛び掛りそうな海賊どもを制するように1人の男が歩み出た。
 強面、ひげ面、ゼロの顔くらいあるのではないかと思わせるほどの三角筋。皮鎧からのぞくのは歴戦をくぐってきたような傷だらけの体。その威圧感だけで空気はぴりぴりと張詰めた。
 囲む海賊どものざわつきから、この海賊船の副船長であると知れた。
「女1人に海賊が総出で襲い掛かっちゃぁ、海賊団の名折れだ」
 副船長の男にジューンはにこりともせず応えた。
「…女とは限りません」
「それはそれでありがたい。こちらも手加減せずに済む」
 副船長は笑う。どこまでが本気か。
「……」
「海賊ってのは捕まりゃ死んだも同じだ。裁判という見世物。処刑という見世物。そんな風になるぐらいなら、俺たちは戦って死ぬし、捕まった時点で自決を選ぶ」
 副船長の言葉に周囲の海賊どもが「そうだそうだ」と一様に声をはりあげた。彼らには死よりも怖いものがあるのだろうか。たとえば、海賊というプライドを汚すこと。彼らに残されたものは死以外にないのか。
「……」
 ジューンはただ男の言葉を聞いている。捕縛させる気がないのであれば殲滅しかない、と。
 だが。
「恩赦と言ったな?」
 男が確認するように訊ねた。
「そうなのですー。過去を捨て、略奪以外の生活手段を選ぶのならゼロはみんなの助けになるのですー」
「……」
 男はしばし考えるように沈黙したが、それもわずかの事。
「もし俺が死んだら俺の首と船長の首を持ってこいつらに恩赦をくれてやってくれ」
「なっ!?」
 驚いたのはゼロばかりではない。
「何言ってんでぇ」
「副船…いや、船長!」
「俺たちだって戦って…」
 言い募る海賊どもの言葉を男は遮った。
「黙れ! …そろそろ潮時だと思っていたんだ。広いとはいえ、噂はどこからとなく流れてくる。海賊の時代は終わろうとしてるんだろ?」
 男は確認するようにそちらを見た。
「あなたも死ぬ必要はないのです」
 ゼロが応える。
「バカ言っちゃいけねぇな。1人くらい船長と海賊に殉じる奴がいなきゃぁ、海賊団の沽券に関わる。けじめもつかねぇ。それに俺だって、ただで死ぬつもりはねぇさ」
 そうして男は静かに得物を構えた。殺気を隠さないジューンと自分との力量差が男には見えるのかもしれない。
 ジューンもゼロも傷らしい傷を負っていなかった。つまり船長は彼女らに一矢報いることも出来なかった、ということだ。それも商船への接舷からこの短い時間の間のことだろう。船長が油断していたとしても、それほど一方的な力によって倒されたのだ。そして何より自分たちは彼女らをこれほど易々と船長室への入室を許してしまったのである。ならばおそらくここにいる連中全員が束になっても勝てる見込みはあるまい。
 今まで生き抜いてきた野生の勘が男にそう告げていたようだ。それでも。
 男は言った。
「俺が死んだらこれが最後の命令になるな」
 なんておどけたように。それからふっと真顔になる。
「お前たちは――生きろ」
 覚悟を決めてしまった男の壮絶で晴れやかな笑顔に誰もがそれ以上の言葉を失った。
 ジューンが静かに片手をあげる。
 それを合図に。
「ヒャーハーッ!!」
 空からまるで降ってくるかのようにジューンの前にジャックが着地した。
「その心意気、買ってやるぜぇ!」


『これは篩いにかける作業であります。ゼロ殿の言う通り、生きるために仕方なく海賊になった者――海賊に従った者もいるでありましょう。恐怖に支配され抵抗も出来ず、その末端に籍を置きながらも略奪にすら加わったこともなく、かといって止めることも出来ず見ていただけの者や、海賊としての矜持を持たぬ者は、自分達を縛っていた恐怖の対象がなくなれば投降を考えるでありましょう故に、残りの…やり直す気のない者についてはジャック殿の言う通り海賊として引導を渡してやればいいと考えるのであります』


「もっと多くなると思ってたんだがなぁ」
 間合いをとるように副船長の男を見据えながらジャックが言った。
「残念だったな」
 破顔して男は得物を構える。
 周囲を囲む数人の海賊どもが得物に手をかけた。それを隊長格と思しき男が大声を張り上げて止める。
「黙って見届けろ!!」
 副船長の勇姿を。
「でもってケツまくってでも腹ぁ決めろよ」
 海賊どもが得物から手を離す。
 それを合図に、ジャックと副船長の男が動いた。



「ゼロさん」
 ジューンが声をかける。
「わかってるのです」
 ゼロはまるで自分に言い聞かせるように応えた。わからない。でもわかっている。非合理的で、決して賢い選択とはいえず、ただカッコつけただけの選択。どうやら男とはそういう見栄っ張りな生き物のようだ。そんなプライド捨ててしまえばいいのに。
 それでも理屈じゃないのだろう。
 船長を失った時点で彼は悟っていたのだ。その終わりを。
 誰も、彼を止めようとしないことがその答えのように。
 ゼロは軽く首を振った。
 それよりも、今はそれどころではない。
 海魔が現れたのだ。
「私を投げてください」
 気づけば船を囲むように氷が張られていた。


 ▼▼▼


 氷は瞬く間に海面に広がった。流氷などではない。
 海賊船から商船へ乗り込もうとしてジャックの風に吹き落とされた連中をその氷が襲う。
 慌てて氷上へと飛び降りるハクアにオゾが続いた。
 泳げないオゾとしては足場を作ってくれるのはありがたい限りだと思う。
 氷上の中央辺りに立ったハクアの足元に赤いものが落ちた。彼の血だ。それが生き物のように氷上を走りいくつにも枝分かれ、孤や直線を描いてハクアの足元に戻った。銀盤に描かれた魔方陣。
 オゾは海を泳いで逃げる海賊どものいる方へ銀盤が広がらないようにトラベルギアを振り上げると景気よく振り下ろした。両手持ちの槌によって銀盤に皹が入れる。そこに加減を加えもう一度振り落とすと銀盤は綺麗に割れた。
 氷上を駆ける少女が魔方陣を描くハクアに向けて駆け出した。触れればその瞬間、先ほどの海賊のように冷凍されるだろう。それに気づいたオゾはたった今割ったばかりの氷を取ると少女に向けて渾身の力をこめて投げつける。
 氷は少女の側頭部にヒットした。即頭部が抉れた少女がジロリとオゾを睨み付ける。
 少女の強度はそれほど高くないらしいなどと考えている暇もなく、冷たいアイスブルーの瞳がオゾを捉えた時には彼女はオゾに向けて走り出していた。
 咄嗟に後退するが、割ってしまったためすぐに氷はなくなって足が止まる。オゾはゆっくり息を吐いた。少女は見えないボールを握りこむような仕草で右手を伸ばしながらオゾに飛び掛る。オゾは彼女の右手に捕まる瞬間、銀盤を横に蹴った。
 少女の右手は空をかき、急には止まれなかったのか勢いにのって銀盤の向こうへ走る。
 海に落ちると思っていた。
 しかし彼女は海面を歩いた。
 歩いた場所に足跡のように氷が浮かびそれは徐々に広がって銀盤を広げる。
 少女はようやくスピードを殺して踵を返した。
 氷を割っても彼女を止められない。
 オゾは小さく息を吐く。
 少女が走り出す。
 再びオゾを襲う少女は。
 銃声と共に足を止めた。
「どうやら、間に合ったようだ」
 魔方陣を作ることに集中していたハクアの呟き。オゾはホッとしたように息を吐く。
 しかし。少女はその一撃で倒されてはいなかった。脳天に穴を空けたままハクアを振り返りふらふらとハクアに向かって歩き出す。ゾンビのように近づくそれにハクアは何発もトラベルギアの白銀の銃を撃ち続ける。
 ふと気づけば、同じ顔をした別の少女たちがオゾとハクアを取り囲むように現れていた。
 息を呑む。
 だが、間に合ったのは何もハクアの魔方陣だけではない。
 巨大化したゼロがバリバリと氷を割った。
 そしてジューンがオゾとハクアの前に降り立つ。
 揺れる氷にしばしバランスを取っていたジューンは自分の体重を支えるその氷の分厚さに感じ入りながら呟いた。
「本件を特記事項β5-11に変更、殲滅します」



 巨大化したゼロは凍りついた海賊を胸に抱いて解かす一方、海を泳ぎ命からがら船に逃げようとしている海賊どもを手で拾っては船に戻していった。
 ジャックの突風で海に落とされた者達は、海賊船上で起こった船長と副船長の出来事を知らない。呆然とゼロを見上げる海賊にゼロは笑みを返して言った。
「海魔に倒されたら助けられないのですー」
 それ以前に彼らはゼロの大きさに言葉を失っていたに違いないのだが。
 その違和感も時間と共に程なく消えていくのだろう。


 自分達を囲む少女にハクアはわずかに眉を顰めた。接近戦はあまり得意ではない上に、多勢に無勢の半ゾンビ。
 ジューンが動く。
 ハクアは少女たちと距離をとるように走って銃を構えた。
 刹那。銀盤が大きく傾いた。高波に大きく揺れる。ハクアはバランスを崩して膝をついた。斜めに傾き氷上を滑るオゾをジューンが助けに向かうのが視界の隅に入る。
 ハクアは膝をついたまま少女に照準を合わせた。ダブルタップ、少女の胸にぽっかり風穴が空く。それでも少女は倒れもしない。痛がりもしない。
 わかっている。少女たちは重要器官を持たないのだ。だからこれは――。

 氷上に穴を掘り足場を作って体勢を立て直したオゾが槌で氷を叩き割り、それを片端からジューンが少女たちに向けて投擲した。
 彼女の動きは人のそれを遥かに超えたものだ。しかし、数を減らさず痛みに臆することもない少女どもは気づけばジューンに肉薄していた。
 電撃には接触の必要がある。不用意な接触はリスクが高い。かといって放電はオゾやハクアを巻き込みかねない。それでなくとも、ここには導電率の高いものが溢れている。
 前方にいた少女に氷を投げつけながら、背後に迫る少女に踵で足元の氷の破片を蹴り上げる。氷を背後の少女の顎にヒットさせるとジューンは身を屈め銀盤に両手をつき、一転、少女どもの足を払って、倒れた少女どもから間合いをとった。
 意味のない持久戦。いや、意味はあるか。

 これはただの時間稼ぎである。


 ――ジャックのけりはまだ付かないのか。


 ▼▼▼


 海賊船の甲板では、今もまだジャックと副船長の男が睨み合っていた。互いの間隙を伺うように。
 それを囲む海賊どもも2人が醸し出す息も出来ぬほどの緊張に捕らわれ動くことも出来ずにただ生唾を飲み込むばかりでいた。
 副船長の男が半歩右へ動けば、ジャックも同様に半歩右に動く。
 ジャックは剣を握っていた。恐らくPSIを使えば一瞬で事は決するのだ。だがジャックの中に、副船長に対する敬意にも似た何かがあった。
 飛び道具の一つもあれば簡単にジャックの背を狙える。だが周囲を囲む海賊どもの誰も、その寝首をかこうとはしない。ここにいるのは全員ならず者の海賊なんかじゃない。
 ――俺ァ戦士だ。縛り首より戦って死ぬのを選ぶ。
 こいつらは自分と同じ戦士なのだ。
 だからこそ、ジャックには副船長の覚悟がわかる。
 だからこそ、ここにいる全員に後悔はさせない。それがジャックのプライドだった。
 先に動いたのはジャックだ。
 副船長の男に向けてジャックが跳躍する。
 副船長の男はその一閃をかわすとジャックの後ろへと動いた。
 着地したジャックが踵を返す。
 その時には副船長の剣が横に奔っていた。
 ジャックが反射的に床を蹴ってバク転。
 空を切った副船長の剣が横に流れる間隙にジャックが剣を突き出す。
 血飛沫があがった。
 ――浅い。
 戻される副船長の剣を剣で受け止める。鍔迫り合いに金属が擦れる音。鉄粉が火花を散らす。
 わずかジャックの方が速かった。
 次の瞬間けりは付いた。


 それまで商船のクルーらを安全な場所へと誘導していたヌマブチが大声を生かして全員にそれを告げた。
「海魔を倒すであります!!」


 ▼▼▼


『海賊に商船を海魔から守らせて恩赦を願い出るであります』

 と皆に言った。
 正直に言えば、現時点でさえも彼らが極刑を免れられるという保障はない。だが、ただ捕らえられて引き渡されるよりはずっと可能性が広がると思うのだ。
 旅団での紆余曲折を経たヌマブチは少殺多生の少が極力少なくなるよう努めるべきだと考えていた。
 だから海賊を助けることに躊躇いはない。海魔との戦闘においても時間をかけて共倒れになる位なら最低限であっても助けられる人間を助けるべきである、と。
 少しでも多くを助けたい、というのが彼のスタンスだ。
 当初彼は、海賊にこう呼びかけるつもりでいた。『死にたくなければ来い、我々が拒む事は無い』と。
 とはいえ、海軍に引き渡せばジャックの言う通りのような末路があるだけだろう。そのことは百も承知の上で彼は助けた海賊を司法に引き渡すつもりでいたのである。
 寿命が延びただけでも温情、とは、無責任にもほどがあるだろうか。自嘲が滲んだ。
 だが助けたい気持ちとは裏腹に、自分達は海軍やこの世界の司法に対してどうこう出来る立場にはないのだとも思うのだ。とすれば、海魔から助けた彼らを本当の意味で死なせない――“助ける”ためにはゼロが考えていたような、外見の異なる新しい船を用意してやり全力で逃がすほかないのかもしれぬ。そしてそれはジューンやジャックに全力で止められるのだろうが。
 そんな時、オゾが言ったのだ。
 共闘出来ないか、と。
 共闘する。考えてもみなかった。
 そしてヌマブチはそれに賭けてみようと思った。
 ならば説得してみて、というのはいささか消極的かもしれないと思った。我々は、もっと能動的に海賊に働きかけることが出来るはずだった。何故なら、海賊との戦闘中に海魔と出くわすことを予め知っているからだ。
 共闘するには海魔が出現してからそれを倒すまでに海賊を説得せねばならない。だが、それでは時間もかかる。間に合わないかもしれない。ならば最初に、彼らが説得に応じざるを得ない状況を作ってしまってはどうだろう。

『まずは海賊の頭を叩くであります』


 ▼▼▼


 海賊――いや元海賊というべきか。
 ヌマブチはその3分の2を海賊船に残し砲門の準備を促すと同時に操舵を指示する。
 残りの海賊を商船に移したのは同様に砲門を準備させるためであり、船を動かすためだった。
 このままでは船がダメージを受けてしまう。
 操舵クルーを呼び、元海賊どもに帆を張らせる。
 船を捕らえる氷がゼロによって割られていた。今なら距離をとれる。
 海賊船とは違うマストの張り方をクルーが指示すると、元海賊どもは不平を漏らすことなくそれに従い手伝った。
 その時だ。高波に船が大きく揺れたのは。
 クルーがバランスを崩して倒れ海に投げ出されそうになる。
 それを、マストのロープを引いていた元海賊が咄嗟に追いかけた。クルーの腕を掴んで引っ張り上げる。
「す、すまない…」
「気にすんねぇ」
 元海賊はそうして不器用に笑った。
「生きろって命令だからな。まずはこの状況から生き残らねぇと」
 また別の場所では別の元海賊らがクルーを助けて言った。
「別にこのまま死刑でも構わねぇんだ。最後に人としてまっとうな事が出来りゃ」
「……」
 ヌマブチはそこに生まれつつある絆のようなものの存在に大丈夫と確信した。


 ヌマブチの檄が飛ぶ。
 お膳立ては出来ている。
 船の前方に浮かぶ銀盤にハクアが佇んでいた。既に足元には巨大な魔方陣が描かれている。銀盤にあの少女らはいない。ハクアが炎で焼き尽くしたからだ。
 ゼロが佇むその肩の上で、ジャックとジューンが見守っていた。
 ハクアが銀盤に手をつく。魔方陣がまばゆいほどの光を放つと銀盤はゆっくりと浮かび上がった。彼の浮遊魔法に浮かんだのは分厚い氷の巨大な板だけではない。
 大蛇のようなそれに。
 ハクアが銀の弾丸のこめられた銃を構えた。
 ジャックが両手を広げる。準備はいつでもOKだ。
 商船にいたヌマブチと海賊船にいたオゾが声を揃えて言い放ち、それにジャックの声が重なった。
「「ファイアー!!」」
「アクセラレーション!!」
 ハクアが銃の引き金を引く。それと当時、船から一斉に発射された大砲にジャックのPSIが重なって超加速した砲弾が巨大な海魔の体を次々と突き破り、或いは爆破した。
 海魔の断末魔の咆哮がどこまでも広がる青の中に消えていった。


 ▼▼▼


 元海賊らは拘束せず、護衛艦として従えることにした。海賊から足を洗った後のシミュレーション的な何かということらしい。
 海賊の船長と副船長を海葬した際、何人かがその後を追った。それを見ていたジャックが「戦士だねぇ」と呟いた。
 オゾは何か思うところがあったのか海賊船に乗り込み、海賊どもと海賊になったきっかけやら武勇伝などについて聞いていた。
 ゼロも同様に海賊船に乗り込んでいたが、こちらがしていたのは過去ではなく主に未来、これからの話だったようである。
 ジューンはまだ海賊を完全に信用しきれないでいるのか、万一に備えるようにその監視を続けていた。
 ハクアはそれらをどこか安堵したような面持ちで見守っていた。
 やがて商船は無事ジャンクヘヴンへ帰還。
 元海賊らはそのまま海軍に引き渡され、司法によって裁かれることになる。
 ただ、商船のクルーらが元海賊の働きぶりを支持し、恩赦を乞う嘆願書を出したということだった。
 それをロストナンバーではなく、この世界の人間がやることに意味があるのではないか、とふとヌマブチは思った。
 裁判の結果が出るのは3日後だ。





【大団円】
 

クリエイターコメントお待たせしました。ブルーインブルーでの海賊と海魔との三つ巴の模様をお届けします。

とっても楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2013-05-07(火) 22:20

 

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