三日夜熱、と呼ばれる風土病が流行った砂漠の街があった。 その病はヴォロスのある地方において、10歳を少しすぎるかどうか、という子供の罹る病とされている。 正確な症状は不明である。その街以外で病が発した事がなかったからだ。 伝承によれば、病に罹った子供は最初の夜に狂気を発する。 二日目の夜、高熱を発し、断続的に戦慄き、己を見失う。 そして三日目の夜、高熱が引いた子供は死へと至る――ただし、直接的な死因が病気によることは殆ど無かったと、伝う。 病が流行り始めて一年とたたずにその街は放棄されてしまった。 やがて時は流れる。 無常な砂漠の風は城壁を風化させ、家々を朽ちさせ、井戸を埋めた。 乾燥した地域ゆえか、ある時期までに地下水脈も枯れ、空洞となった地下へ、自重に耐えきれなくなった地盤が沈みこんで、街は完全な廃墟となる。 伝承の病を畏れ人が訪れることもなくなったその地域はいつしか地図からも消え、幻の都市と言われるまでになった。 ――物語は、そこに一筋の光が堕ちた時より動き始める。「かつて伽藍の城として報告された地。そこにて壊れ、各地へと散った竜刻の一部が発見されました」 司書アインは玖郎達を前にそう語り掛ける。「既に周辺の街に住む人々の記憶からも消え、伝承にのみ残る廃墟の街になります。このまま放っておいても恐らくは問題ないが、研究の一環にはなるだろうと、として回収することが提案され、実行されたのです」 ひた、と一行の眼を見据えたアインの口より語られる経緯。 単純な竜刻回収と考えて赴いたロストナンバー達が、敵対的行動を取る、幼き頃の自身の姿かたちをしたものに相次いで襲われ、撃退されたのだという。「正直なところ、情報不足による準備不足もあったといえましょう。ですが、その際の事例により彼の地では次のような事がおこるということ、そして敵対的な存在の特徴がある程度把握されています」 曰く、そこを訪れた者は、自分の幼少期を写した敵対的な存在と、相まみえる。そしてその幼い自分は、外見相応の性状と能力を持つ。 また、彼等は世界図書館より与えられた備品――ギアを持っていないがゆえに、力の補正をもたない。 それが故に、幼い頃の能力が現在の能力に劣るものほど、夥しい数の幼い自分に襲われることになるらしいこと。「何故そのよな事態が起きているのか――竜刻の影響であることは間違いなく、かつて報告がなされた伽藍の城の事例に類似していることから、飛散した竜刻が主因であることは概ね間違いないと思われます」 そう言うと、アインは預言書を閉じ、再び全員に対し、一度ずつ目線をあわせ、ひた、と見つめていった。「このままでは何がしかの悪しき影響が出る事もあり得るでしょう。全員、とはいきませんがあなた方のうち何人かは今回の竜刻に縁があるようですから――いかがでしょう? 赴いていただけますでしょうか」 そういって差し出された四枚のチケットを見て、その場に集められた四人は一度互いの顔を見合わせ、そして頷き合ってアインの手からそれを受け取っていった。 そして、旅の目的地、砂塵舞う滅びた街の中の路地で、その光景は展開されていた。「うわっ、こわっ!? アタシがこんなに! こわっ!」 砂塵によってふさがれた視界が回復した瞬間、目の前に広がった光景に桂花は思わず叫んでいた。 小学校六年生だったころの自分がずらっと周囲を取り囲んでいる。 その数、実に数十人。 先程までともにいたはずの仲間達の姿はない。 恐らく空間がゆがんだのだろうと想像はつけるが、何よりも周囲の光景が気持ち悪すぎた。「ねぇオバサン」「誰がオバサンよ誰が!」 うちの一人がかけてきた声に、コンマ一秒もおかずに反射で叫び返したのは、どこかで自覚があるせいだろうか。「だって酒臭いし肌ぼろぼろじゃないですか」 腐ったリンゴを見る目でかつての自分に眺められる気分というのはこういうものか、と桂花は少しばかりでなく落ち込んだ。「び、美容には気をつかっているんだから! 人聞きの悪い事いわないでよね!」 それでもなお懸命に言い返す。しかし悲しいかな、目前に大量に湧いて出た12歳の自分の肌は、みごとなまでにさらさらのつるつるできっと触ったら素晴らしい手触り、化粧をする必要もないが化粧ノリは凄くよく、化粧を落とした後に入念にスキンケアを行う必要もない健康な肌であると、よくわかっていた。 これが若さか。 かつての自分の肌だからこそ、逆に時間の経過を突きつけられる。「どうでもいいですよそんなこと」 そしてその自分に、今の自分の努力をあっさり否定されてしまった。「でも私思うんです、こんな大人に私がなるわけないって」 むしろ努力どころか存在を否定されていた。「だから、そんな間違った未来の私には消えてもらいたいんです」 これほど、かつての自分は今の自分を否定するような性格をしていただろうか。 もう遥か昔すぎて思い出せなかった。あぁそうともこれ偽物だもの! アタシの偽物が出るって言われてるじゃない! こんなこと素直で可愛くて愛らしかったアタシが言うはずないし! ――「の」の字を書きたくなりながら必死で脳内弁護をしている桂花。そんな彼女の周りを、そっと物騒な殺気が取り囲む。 周囲にいた小学生達が持つのは、拳大の石。何人かは刃物らしきものも持っているようだが、主武器は石らしい。 だが小学生の力とはいえ、その大きさの石が投げつけられることは、想像するだけ嫌だった。 無論、当たり所が悪ければ死ぬわけで。「ねぇ、ちょっと、ここは、ほら、話し合いましょ?」 そう言った桂花に対し、数十人の少女達は、にっこりと無邪気な笑みを浮かべて応えた。「おとうさんじゃないの?」 蒔也の目の前にたった少年の背は、かなり小さい。 幼児と児童の境目の年頃の"それ"は、悲しそうな顔をして蒔也を見上げていた。「おにいちゃん、おとうさんしらない?」 そう言って、無造作に近寄ってきた少年が、不安そうな顔をして蒔也の服を握ろうとその手を伸ばす。「おとうさん、すぐかえってくるって言ってたのに、まだこないんだ」「しってる? おとうさんはすごいんだよ。いっぱいいろんなものをバクハツさせるんだ」「いまどこにいるのかなぁ……ずっとまってるのに、まだもどってきてくれないの」 爆発というものが、どういうことだったかを知らない頃の自分だった。「ねぇ、おにいちゃん、おとうさんいまどこにいるのか、しってる?」「知ってるぜ」 蒔也は言う。「お前の父親はな、もうむかーしむかしに綺麗に『爆発』したのさ」「バクハツって、きれいなの?」 幼子は言う。見たことのない『バクハツ』についての興味が、父親の居所よりも興味の対象として優先されたようだった。「あぁ、そりゃあ綺麗さ――つい今の今まで、形を成していた物が吹き飛ぶんだぜ。何にでも終わりはくるが、その一瞬の華々しさは、ちょっと言葉にできないってやつよ……ま、ガキには難しいかもしれねぇなぁ?」 かつての己の姿を模す竜刻の不可思議――それはここに来る前に得ていた情報から容易に判断ができた――に対し、楽しそうにそう告げて頭を撫でようとする蒔也。 そんな蒔也の服の裾を掴み、幼子はうっそりと嗤った。「ううん、わかるよ」 頭に伸ばされた手を避けながら裾を掴む力を強めたその幼児に浮かぶ笑みは、かつて父親が吹き飛んだ光景を見た蒔也の顔に浮かんだそれ。 焦点のぼやけた瞳が、蒔也を見上げてきた。「だから、おにいちゃんが爆発してよ」「……あの日みた太陽」 目の前の少年がそう語り掛けてきた。「それ自体は、記号に過ぎない」 砂塵の壁が、二人だけの世界を構築する。 長身の青年は軍服の上にマフラーを纏い、頭数個分も小さな"それ"を見つめている。 発する言葉はなく、ただ、無言。 対する少年はといえば、訥々としながらも、雄弁に語り掛けてくる。 だがそれは会話ではない。応答を求めてはいない。 ただ想いを連ねたもの。「思い出すのは、あの蒼」 ただ己を苛むもの。「あの蒼を曇らせたいと思った事はない」 ただ、否やを告げるもの。「あの蒼を曇らせた俺を、"俺"は、否定する」 轟、と空気が震え、砂塵の結界が消失した。 代わりに、青年を襲う殺気の圧力が増していく。「……死は肉体の鼓動によらず、他者の記憶による」 年端もいかぬ己が淡々と呟いて小刀を抜いて迫ってくる。 その時に至って漸く、コタロは気づいた。 砂塵の解けた視界の中に立つ無数の人影。 魔法を満足に使えず、体術も未熟だったあの頃の自分の姿を模した幾百の存在。 今、視界を埋め尽くす「自分」達がただ淡々と輪を狭め迫りくる光景が、そこにはあった。「俺は、お前が捨てきれなかった情の形。幾度も記憶の中で殺されたお前自身の情」 忘れろ――自己暗示のようにそう呟き続けてきた回数だけ、襲い来る幼少の自分が存在するのだと悟ったコタロの背中に冷たい汗が一筋流れ落ちた。「知っているぞ、お前がまだ逃げようとしているのを。忘れようとしているのを」 じり、と包囲が狭まった。「また、"自分"を殺していくか?」 分厚い砂塵が晴れたとき、玖郎は周囲から同行者が消えている事に気づく。――幻、か? かつての故郷における天敵の術と同種の類を警戒する玖郎の前に、す、と降り立つものがある。「おまえは、なんだ」 赤褐色の髪を玖郎と同じく後ろに流した少年が問いかけてくる。「おれのなわばりに、なにゆえきた」 問いに宿るのは獣の本能。 狩場を荒らす余所者への嫌悪感と、警戒感。「この地に降り立ちし竜刻を得んがため」 鉢金に開けられた狭間より眺めるその存在の力の強さは、まさしくかつての己と同じ程度のもの。 この程度ならば、手向かうならばいかようにでもなろう、そう目付を行った玖郎だったが、すぐさまそれが過ちであったと理解する。「おれたちのなわばりに、なにゆえきた」「さてはえものを横どるか」「さにはいかじ」「しからばいかに」「ひかざればほふるのみ」 まだ知識も幼い頃合いの己が無数に現れる。 幻術と紛うばかりの光景だが、しかし現の光景である。「――話が通じぬというのならば、是非もなし」 チリ、と玖郎のギアに宿る雷が、小さく音をたてて空間を燃やした。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>玖郎(cfmr9797)臼木 桂花(catn1774)古城 蒔也(crhn3859)コタロ・ムラタナ(cxvf2951)=========
「雛の身で縄張りを宣するか」 玖郎が、ゆっくりと籠手を撫ぜ、目前の子らを見やる。 幼きその姿は自分自身の過去の姿であるが、同時に故郷の子をほんの少し思わせる姿でもある。 だが、今目前にいるものらはその何れでもない。 「かような不毛の地、糧を要さぬ魄でもなくば、とどまる意味もあるまいに――或いはそれ故にかつえるか」 それらはただ、己を敵として襲い来る者たち。 じり、と間合いを詰めてくる過去の自身の姿を取った者たちに、応えぬと知りつつ天狗は問うた。 応えがあるとは、微塵も思わぬ独白であった。 轟音。一条の閃光の後、大地に響く。 乾いた空気を突き通すそれは、各地に散っているであろう仲間への合図でもある。 雷鳴に敵らの目が眩む間に、上空へ飛翔した玖郎。 やや遅れながら、目をやられなかった十数羽が玖郎を追って空へと飛び立ってきた。 ――甘きこと。 無感動のままにそう内心でこぼすのは、相手が己の昔の姿をとっているからか。 一気に急降下をはじめる玖郎は、上昇しようと力を振り絞る雛達の勢いを利用し、それらの体を穿ち、打ちすえ、自らの足の爪で命を刳りとる。 無数の敵を相手にするときに、一々とどめを刺す暇は存在しえない。 すれ違うその刹那に野生を最大限に働かせ、ある贄は頚椎への一撃で、ある贄は両の目を一文字に掻ききり戦意を削り取る。 同族間の争いは、五行の相克ではなく経験と研鑽、その体躯より生み出される膂力と飛翔技術が生死を分かつもの。 嘗てよく知る過去の己が相手である。複数の敵を相手どるだけの余裕をもつが故、あえて複数を相手どり肉弾戦を挑んだ。 野生が強いほどに、本能はより強く作用するものである。 かつての己と真実同一かどうかの確認と、絶対的な力量差の誇示。 二つの目的を以って幼鳥らへと襲いかかり、その本能に刻み付ける。 己が上位者であると。 貴様らは被食のものであり、相対する我こそが捕食者であると。 無数の者を相手取る戦では、全体にその怖気を行き渡らせる事こそ最優先。 個々へのとどめは数的優位を蹴散らしてからでよいと、玖郎は本能と経験から理解していた。 「われらのなわばりを犯すもの」 「ゆるすまじ、ほふるべし」 それでも雛らは怯まない。 或いは、その起源が竜刻であり、この地に至るものを屠る性質を本能の根幹に置いているのやもしれぬと、玖郎は思い至る。 これなるは我自身であるが、同時に歪められた我である。 そう思いたち、ややもすれば繰り広げられるであろうこれからの光景を思い描く。 「やれ、きりのない――」 珍しく。 そう、珍しく多少の感情をにじませて。風の浮力を受けつつ嘆息をもらした玖郎は言葉を紡いでいた。 ‡ 『だから、おにいちゃんが爆発してよ』 焦点のぼやけた幼児の瞳に見つめられ、胸に湧いてきたその感情をなんと名付けるべきだろうかと、蒔也は思う。 期待? 感謝? 歓び? きっと、その全部。そして多分、悦びが加わってくるのだろうと口の端を薄く横に伸ばしつつ、思う。 人も獣も、安らぎをえ、真に愛すべき対象とするのは同族、或いはそれに親しいと認めたもの。 そういう意味で、蒔也が愛しさを覚えることはほとんどなかった。 破壊を愛する獣は真に分かり合う同類を持たないがゆえ。 殺人狂も、壊し屋も、それぞれがそれぞれの愛する有り様に従うものであり、その愛は蒔也の愛とは異なるから。 ――だが、今目の前にいる幼児はそれをきっと「わかって」くれる。 だから。 「なぁおい」 思考にもならぬ思惟を一瞬で行う最中。掴まれた衣服の拘束から逃れつつ、蒔也は言う。 「お兄ちゃんと遊ぼうぜ」 嬉しさを隠そうとする様子もなくそう語りかける蒔也は、数多の重火器を服とともに投げ捨て、ただのハンドガンを2丁両の手に備えた。 それと同時に、少年が掴んだままの服を投げつけてきたので、後方へと飛び退る。 瞬間、服は爆散し、灰すらも残さぬ温度で燃えていく。 「にげちゃだめだよぅ」 ぶすっとしてそう非難する幼児にまた愛しさを感じつつ、蒔也は拳銃の片方を投げて渡した。 少年は足元に落ちたそれを手にとって玩具でも扱うかのように、撃鉄を引き起こす。 蒔也もまた、同様。 元よりその銃で命を狙うつもりは蒔也にはない。 それでは無数の銃火器を忍ばせた服を投げ捨てた意味がない。 二度、三度と打ち込んでくる少年の弾をぎりぎりの身のこなしで躱す蒔也。 「お父さんが爆発するとこ、お前にも見せてやりたかったよ」 少年の足元に。 避けようとする先に。 いくつもの弾丸を打ち込みながらも実際にそれをあてることはなく。 ただ楽しげに蒔也は語る。 少年の弾を避け、その手に触れられぬよう距離を置きながら。 追い詰められた最中での、その毅然とした表情。 その手の暖かさ。 それが髪をかき回した時の感触。 ――ボートの上から見たその最期。 「小さな火花が散ったと思ったら、腹に響く音がしてよ」 す、と一歩踏み込み伸ばした手は、素早く下がって逃げた少年の動きの為に空を切る。 「最初は何がなんだかわからなかったんだぜ?」 逆に今度は少年が蒔也の足に向かって飛び込んでくる。 蹴り飛ばすのも、抱きとめるのも簡単だが、それでは少年に「触れられて」しまう。 「光った後に、欠片がぽちゃぽちゃって音を立てて池に落ちてくるんだよな」 一瞬にして、愛する父が肉片に変わったその時。淀んだ湖にその血が溶け込み、細かく千切れた肉片が魚の胃袋に納められていく。 それまで彼の世界は父であり、父が世界だった。愛すべき世界こそ爆発するべきものなのだと、その光景は教えてくれた。 対象の華麗な最期こそ、己の愛を完成させてくれるものなのだと。 自覚した己の中の獣が目覚めの歓びに打ち震え、微睡みの中に押し込められていた飢餓に呻きをあげる。 その手に宿る力に愛するものの運命を委ね、散らせること。 それは、どんなにこの身を。心を。裡の獣を。 そしてその感情を、この子供は、きっと理解してくれる。 だから、なぁ。 「お兄ちゃんと遊ぼうぜ」 ‡ 『また、"自分"を殺していくか?』 ――気にする必要等、無し。 宣と同時に戦闘行動に入った無数の子らを視認し、即座に判断を下す。 先だっての伽藍の城での戦い。さらには親しき魔術師とともに挑んだ、やはり城での戦い。 いずれも真と偽の境を見誤ったが故に、自分は無様を晒した。 数多の反省の中で、必要としたのは幻影に惑わされる事を良しとせぬ覚悟。 眼前の姿は、あくまでも幻影――自分そのものでは、ありえない。 完全に自己から切り離すことで、目前にいる無数の存在を排除すべき敵として――力量の知れた、あくまで自分よりも力なき、ただ只管に殲滅すべき敵として認識することができたが故に。 コタロの動きは素早く、鋭い。 対複数戦術はそもそも蒼国兵として常に鍛錬してきたところであり、数で破れているならばそれを超えるだけの力により淡々と叩き潰していく事こそがその真髄。 訓練兵特有の動きを利用し、誘い込み、目を晦まし、処理をかけていく。 ある者は下顎を蹴って頚椎を降り、ある者は大腿部を切り裂いて行動不能とし、わざと見せた隙を疑わずに襲いかかってきた少年兵の頭部を掴み、地面から突き出た岩に叩きつける。 砕けた脳漿が衣服に返り血として浴びせられる中。 仲間の死骸すらも乗り越えて進むべしと言うのだろうか。 弱点である接近戦を繰り返し挑むのは単純に数の差に頼るだけの無策な力攻めでしかなく、やがては少年兵らもそれを悟ったらしかった。 複数の人数を足止めに、魔法陣を描き始めるもの、呪文詠唱をはじめるもの。数多の敵が接近戦から遠距離戦へと戦術を移行する。 それでもコタロが焦る事はない。 目前の相手が使うのは、かつて自分が使うことができた数少ない術式。 その頃の己と、今の自分ではその範囲は比ぶべくもない。 自動的に装填される矢を放ちながら、彼もまた呪文を紡ぎ、魔法陣を描き出す。 放たれた魔法には、それを上回る魔法で返す。 広範囲へ放たれるそれが着実に敵の数を減らす中、当初は集中的に繰り出されていた重火力は、やがて散発的なそれへと変わっていく。 それに対する感慨等、何もない。 幻影は幻影であり、それ以上に、己自身を否定したいのは、誰よりも自分自身であったから。 己の姿をした者を殲滅していこうとも、それについて何ら思う事等――有りはしない。 ‡ 『でも私思うんです、こんな大人に私がなるわけないって』 心の中で、何かの切れる音がした。 「そう、残念だったわね! アンタはアタシになるのよ! 幽霊で酒浸りなアタシにね!」 投げられる数々の礫(時々レンガ)を避けて地を駆ける。 身を低くし、転がりざまにダムダム弾を発射していく臼木にとって、かつての己の姿をした少女達は、ただの的でしかなかった。 どうしても避けられない石を撃ち落としながら、的確に一人、また一人と体内で爆ぜる弾によって撃ちぬいていくその動きは一般人の動きとは異なるそれ。 ギアによる補正と幼い頃に植え付けられた基礎体力。 俊敏さでは幼い自身が優っているようだが、所詮は子供。狙いどころが素直で全員で統率をとって罠にはめてこようとかそういう様子が見られない。 「アンタは夢と希望に溢れててお肌もピチピチで素直で真っ直ぐ前しか見てないのよ! 対人スキル上げて成功するためなら泥水啜る覚悟もあって搦め手覚えたアタシに勝てるわけない!」 フェイント。遮蔽物。更には同士討ちせざるを得ない位置取り。 様々な多対一の戦術をつなぎあわせ、臼木は着実に相手の数を減らし続けていく。 それでもなお、途切れなく投げつけられる石、石、石。やっぱり時々レンガ。 一人、また一人と少女達は爆ぜていく。 的確に頭や心臓といった急所を狙い、一撃死させていくその様子は、ギアと同じように現状がさながらゲームの中であるかのようで。 「あーもう、持久力は落ちちゃってるのよねっ!」 数秒のリロード。 その間も目配りを忘れず、相手の投げてくる石を片方のギアで弾き飛ばす。 弾込め終了――そのまま、銃口をこめかみへ向けた。 乾いた音とともに打ち込まれるのは回復弾。 即効性をもった体力回復薬としての性質をもたされた弾丸は、わずかながら、限界に近づいていた彼女の持久力を呼び戻した。 「さぁ――まだまだ行くわよ」 衝撃でずれたメガネを中指で補正し、臼木は再び笑みを浮かべて無数の少女へ相対していくのだった。 ‡ 触れ合えば終わり。 相手が爆発するか、或いは自分が爆炎に包まれるか。 ――想像するだけで、身震いをする。なんて素敵な結末だ。 だからこそ銃で牽制しつつも、接近戦を挑んでいく。 「おにいちゃん、もう、さっさとつかまってよ!」 ぷぅ、と頬をふくらませ、続けざまに手を出してくる少年から身を引き、或いは触れられたシャツを脱ぎ捨てて。 背後で爆炎に包まれるシャツを無視して上半身を露わにした蒔也が、薄く笑みを浮かべる。 目前の幼児は年の割にはすばしっこい。 図体が小さい分、衣服をつかもうとしても中々それをさせてくれず、むしろこちらの衣服に指をかすめてくる程に。 それでも、時に銃でいなし、時に軽やかなステップや跳躍でその手に触れられることを拒む。 それでも蒔也が、直接子供に銃口を向けることはない。銃弾なんかに摘み取らせる事は許さない。 『これ』を愛していいのは俺だけで、それは俺が放った銃弾にさえ侵害させはしない。 ――できれば抱きしめたい程だ。 素直にそう思う青年は、はたと気づいた。 「なぁ、ちびっこ。お前、俺が好きか?」 急に足を止めて問いかける蒔也に、幼子は軽く首をかしげた。 「わかんない。だから、ばくはつして?」 きっと、そうしたらこの気持がなんなのかわかる気がする――その無邪気な言葉に、蒔也は莞爾として笑う。 「俺はお前が大好きだ」 止めていた足を再び動かし、幼子へと歩み寄る。 きょとん、としてそれまでの攻防と全く異なる動きを見せる蒔也を見上げてくる。 無防備がゆえに、殺気もなく。 呆気に取られた様子の幼子と同じ高さへとしゃがみこんだ蒔也。抵抗することもなく、その腕の中に抱かれる幼児は、その状況に、唐突にはっとする。 ――だが、時は既に遅く。 裸の部分にしか触れることができない幼児は相身互いの保証を失った。 抱きしめた蒔也だけが対象の身を包む衣服に触れることができる――彼らは、生体を爆破することは、できない。 「だから、お前が綺麗に爆発するとこを見せてくれよ」 完全なる勝利とともに、ひとつの愛を完成させるため。 ぎゅ、っと力いっぱい抱きしめた後。蒔也は、高い高いをするように幼子の両脇を抱え上げると、その勢いに任せて空へと放り投げた。 「愛してるぜ、ちびっこ」 刹那――砂漠の街に、紅蓮の花火が華開いた。 しばし浮かべられる恍惚の笑み。そして、寂寞の笑み。 「さってと、他の奴らはどうなってんだろ――鼠クンとか、からかいにいってみんのもいいかなー」 ほんの少しの沈黙も、一瞬で掻き消える。 あ、そういや竜刻も探さなきゃだっけな――ま、いっか。誰かみつけんだろ。 そんな風にヤル気のない台詞を連発しつつ、ゆっくりと蒔也は中央へ向かって歩み始める。 きっとさっき稲妻が落ちたところに鳥の人がいて、つい先ほどから大規模な爆発が起こっている辺りに鼠クンがいるんだろう、とあたりを付けて。 「ま、ついた頃に終わってても、それはそれだよな」 ‡ 無数の幻影も、ひとつひとつが摘み取られていき、やがてその時は訪れる。 何度も補給を繰り返した体力回復の弾丸でもそろそろ回復できない程度に疲労も重なってきた頃合いで、苦戦とは言わないまでも多少の苦労はした、というのが彼女が抱いた率直な感想であった。 そして迎えたのは、1対1まで詰め寄った、この状況。 す、とナイフを構えた少女が一気に間合いを詰め寄せる。 ただでさえ身長差がある中で、より低く落とされた姿勢から繰り出されるその一撃。 向けられた銃口の方向を見極め避けるその身体能力は、一般的な小学生を軽く超えている。 けれども桂花にとってそれは予想の範囲内。 直感とそれに任せた身のこなしで致命傷を避ける姿を見て、先ほどまでより身のこなしにキレが出ている気がするな、と感慨を抱く程度だった。 それでももともとの素材はただの小学生。 逃げきれず、両の足の腿が撃ちぬかれ、地面に倒れ伏した。 「なんでアンタなんかに――!」 悔しそうに言うかつての自分を見下ろして、桂花は片膝をつき、右手を伸ばしていく。 「アンタもアタシの一面ではあったのよね。どうする? アタシはアンタだしアンタはアタシなの…竜刻の影響でお互い歪んでるけど」 おとなしくしてるなら苦しませないわよ、とでもいうべきその動作の意図を読み取れなかったのだろう。 或いは敢えてわかってて無視したか。 差し出された右手の内側に向けて――すなわち動脈を目指してナイフが振るわれた。 けれども、それもまた桂花の想定内。 元より後ろに置いていた重心を利用し、身を引くとそのままに左手に持った銃の引き金を引いている。 打ち込まれた麻痺弾は少女の体を強制的な稼働停止へと追い込んで。 念の為にとばかりに桂花は隠し持っていた封印のタグを貼り付けた。 そこまでしたところで、一仕事終えたとばかりに息をつき、立上がる彼女が見やったのは未だに攻防の続いていることを示す音が鳴り響くあたり。 「大人と子供じゃこんなもんよね。さて、他の人は手伝い要るかしら」 やだわー、持久力落ちてるなんてもんじゃないんだもの――そんな事をぼやきつつ、彼女は中央のバザールへと足を向けていった。 おそらく、竜刻がそこにあるのだろうと見当をつけた上でのこと。 「多分、こんなふうに四角に飛ばすってことはバザールあたりでしょ」 そう独白を漏らす彼女に応える声はない。 ただ、少女の姿をした屍が累々と転がっているばかりであり、立つものが誰も居ない街道を、ただ一人歩みゆく。 ‡ 蒔也と桂花。その二人が中央部で邂逅した時そこで繰り広げられていたのは、無数の鳥達による屠り合いだった。 轟音と共に燃え落ちる数羽の雛。 「――すでにおえたか。かまわねば助力をこいたくおもう」 二人の前に舞い降りた玖郎の姿は返り血にまみれ、数多の敵を葬ったことが見て取れる。 「殺っちゃっていいんだ?」 問うたのは、蒔也。頷く玖郎を見て、じゃあやってやろうかと、足元の石を幾つか拾いあげる。 「まぁ、別に構わないですけど」 桂花の方もまた頷き、両の手に銃を備えた。 「かんしゃする。おれたちは木行。弾丸も、ほむらも。何れもよく効くほどに、らちもあけよう」 残り数十羽となった若鳥達は、数が増えたのをみて一旦手をとめていたもののようやくに戦闘を再開し始める。 三手にわかれ襲い来る者達だったが、三人はそれぞれ的確にそれらを撃ち落としていった。 玖郎の言った通り、蒔也が投げつけた石によって作られた爆炎は雛鳥達をよく包み込んだし、桂花が急所だろうと目した眉間や心臓、更には飛べないようにと狙った羽根の骨格部などへの弾丸は、はじかれることなくやすやすと雛の身の裡へと沈み込んでいく。 同時にまた、玖郎も雛鳥群の中へとその身を躍らせて、一羽の雛の身を縛る。 「風も、雷槌もままはきくまい。が――こは如何」 引き千切られた雛の羽毛が、下方より襲いかかろうとしてきた雛鳥達の身を包む。 操られた風により巻きつけられた羽毛達へと落とされたのは、予め呼び寄せられていた雷雲より来る雷の火。 引火した火は容易に消えず、むしろそれを煽るように躍動する風によって、強められた。 何とかして難を逃れた雛を見つけては、急降下し啄む。 幾度も、雛らの羽根をまき散らせ、更なる火を生み出していく――三者の力による攻勢で、膠着しようとしていた戦線は一気に収束へと向かった。 「かりものの姿と心など、かつて在ったとの証にもならぬ」 振るう腕で風を操りつつ、玖郎は言う。 「ひとのつくりし墓碑のほうが、まだ雄弁。屠るばかりで生みだせぬものに生くるゆえんのあろうか。疾く、散じて連環の内へ立ち帰るがよい」 炎と弾丸の飛び交う最中、最期の雛の腹を、玖郎の腕が突き破る。 臓物に塗れた腕をふるい、天狗は物言わぬ同族を地面へと叩きつけた。そのままに、己もまた地上に舞い降りる。 「異種のちからは、やはり有益なものとみる」 降り立った玖郎がそう言って礼を示すと、すでに仕事を終えていた二人が鷹揚にそれに応じてくる。 そんな彼らの視界の隅――バザールの中央部深くに穿たれた穴の中から漏れでる光が、あった。 先ほどまで、なかった光。 弱々しいそれが垣間見えるのは、既に原型をほとんどのこさぬ幼子達の骸の山の中。 「――これは」 竜刻の放つ光であろうか。玖郎がそう言おうとしたその時、最大級の爆発が、残った一方――コタロのいるとおもわれる方向で、起こった。 ‡ 「自分達は、貴様ではないと――どこまで己を誤魔化そうというのだ」 怒りとともに放たれる言葉を聞きながら。 チリ、とその罵声に抱く感情をコタロは無視し、交戦し続ける。 それはやがて終焉の時を迎えようとしていた。 幾重にも描いた魔法陣。 コタロが放つことの可能な最大級の魔法と、少年兵十数人の集約された魔法がぶつかり合い、派手な爆発を巻き起こす。 だがそれは力の総量で勝ったコタロの側に軍配が上がったのだろう。 一人の、無数に傷ついた少年兵を残し、無数にいた敵は全て地へと倒れ伏す光景だけが残された。 膝をつき、もはや素早い行動など取り得べくもない少年兵に向かって一歩、また一歩と歩み寄りはじめる。 そんな彼に、少年はあざ笑うかのように言葉を投げつけてきた。 「敵であれば己でも殺すか」 歩みはとまらない。 「誰であろうとそれが敵であればただ殺すだけか」 踏みしめる地面の感触が、靴底を通して伝わってくる。 「――それで戦っているつもりか!」 眦を歪め、こちらを睨みつけてくる少年兵の視線を真正面から受け止める。 「何も考えず、己を枠に嵌め。その枠を判断の言い訳にし」 後、十数歩。 「それが逃げだと判らぬままか。ならば――精々その愚行を繰り返せ」 すでに少年兵の表情に浮かぶのは怒りではない。憎悪でもない。 「友を、仲間を、大事な人を。己の生き様を。また自分の手で殺せばいい」 ただ、嘲弄。 「そして、それすらも忘れていくんだろう?」 後、数歩。何故か。歩みを重く、感じる。 「笑わせる――お前は大切な者を殺し、殺された罪から逃れるべく、忘れようとする。だが、忘れることで、その度にそれらを無限にお前の中で殺し続けるのだ」 足が止まった。 「貴様の中にあの笑みはないか。仲間と交わした会話はどこへ行った。捨て去るべきは記憶か! 恩ある者や輩達へ抱く想いをどこへ捨てるというのか」 ゆっくりと、重い腕を持ち上げる。 息が荒くなっている――ただ引き金を引くだけの動作だというのに。 「……それでもお前は逃げるのだろうな」 一転、少年兵の口調は穏やかに。だが、穏やかなだけで暖かさなど、微塵もない。 ゆっくりと、その胸へ向けてコタロは照準を合わせた。 「ふざけるな」 くつり、と笑う少年の胸を、音もなくボウガンの矢が貫いて。 ゆっくりと倒れ伏す青年の蒼い瞳は、最期までコタロのそれへと向けられ続ける。 「ざまあ、みろ」 とす、と小さくなったのは、少年が倒れ伏す音か。それとも――コタロの膝をつく音か。 発される言葉は、何も、ない。 ‡ コタロの勝利と同時に、強い光を取り戻した竜刻。 タグを貼り付けられたそれはその場にいた三人の手によって回収がなされた。 子らの亡骸と共に見つけられた追悼の碑に刻まれたのは、子らの親による、惜別の言葉。 発狂し、襲いかかろうとする子らを殺さざるを得なかった親達の、懺悔の言葉。 大切な者を殺した罪を背負ってこの地を後にしたかつての住民達の思い宿る石碑は竜刻の欠片によって砕かれて。 ――子らの情念ではなく、その石碑に篭った情念こそが、この地の幻影の正体。 けれども、一行がそれを知ることは――おそらく、ない。
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