蛇は腹が減っていた。 一目で栄養状態が良くないとわかる緩慢な動きで地面を移動し、舌だけは忙しなく出し入れしている。 しかし時が経てば腹が減るのは蛇でなくとも生き物なら当然のこと。空から一羽の鷲が飛んできたかと思うと、鋭い爪の光る両脚で蛇を掴もうと急降下してきた。 間一髪のところでそれを避けるも、蛇は斜面を転がり落ちる。 鱗も何もかもぼろぼろになりながら、それでも転がり落ちた先で茂みに隠れた蛇はまさに虫の息だった。 そんな彼の目の前に、鶏の卵ほどの塊が落ちていた。 不思議な雰囲気がする。 何かの卵かもしれない。いや、既にそんなことはどうでも良い。 蛇はがぱりと口の両端を裂かせると、それをゆっくりと飲み込み始めた。● 世界司書、ツギメ・シュタインは集まった6人のロストナンバーを見回し、口を開く。「竜刻は生物の体内に入ると、その飲み込んだ生物に変化を与えることがあるのは知っているな?」 書き出した資料を手渡し、ツギメは言う。「今回は元はただの蛇であったモンスターの退治が仕事だ。体内の竜刻の回収が目的だが、近くには人の住む村も確認されている。故に迅速に行動してほしい」 その元・蛇はウングリュックと呼ばれ、全長10mに胴回り40cm以上という巨体を持つ。 全身の筋肉が発達しており素早く動く上、堅牢な鱗に守られなかなかダメージが通らない。毒類にも耐性があるが、ウングリュック自体の毒に致死性はないのが救いだろうか。だが食らえば数十分は痺れるだけでなく、皮膚からの吸収でも効果があるため対策は必要だ。 目は退化したかのように無くなっている。その代わり嗅覚や熱感知能力が飛躍的に伸びているらしい。「鼻が効くなら嫌な臭いや煙でどうにかなるだろうと考えてはならない。ウングリュックの嗅覚と熱感知はそのまま機能を強めたものではなく、強い繊細さ……というと矛盾しているように思えるが、そんな細やかさが備わっている。気をつけてほしい」 安易に煙を焚いても、ウングリュックはその煙の中から獲物の匂いを判別し、襲い掛かってくるだろう。「見た目の大きさにも騙されないように。どうやら移動時に音がほとんどしないようだ、視認したら見失わないようにするのが得策だが……」 ここで素早さが問題になってくる。 戦闘の場は茂みや木々の多い森。ウングリュックは巨体ながらそこを上下左右自由に移動し、敵の目を欺き見失わせ攻撃のチャンスを窺うこともあるだろう。「幸い、移動パターンは多いが攻撃方法はいくつかに絞られているようだ。資料に纏めてある。後で目を通してほしい」 資料を捲ると、そこには1枚のチケットが挟み込まれていた。
旅人の訪れを知らせる足音が聞こえる。 自身の鱗へ人の気配が絡み付くような感覚に、ウングリュックはそれだけで何キロあるのかというほど大きな頭をもたげた。まだそんなに近くには居ない。だがウングリュックにより野生動物が異常なほど減った森の中で、その複数の気配は際立っている。 この訪問者は、食べられるだろうか。 将来芽生える可能性はあるが、今の彼に縄張り意識はない。ならばこの気配の持ち主は侵入者ではなく、訪問者だ。 縄張りを守るためではなく、対象を食らうために襲う。 ウングリュックはしばらく肉厚な舌を出し入れした後、静かに移動を始めた。 訪問者が真っ直ぐ自分のところへ来るとは限らない。確実に食らうなら自ら出迎えねば。 そうしてそこには、重い体に倒され押し潰された草だけが残った。 ● 緑豊かな森だと感心しながら足を進めるルーヴァイン・ハンゼットは、しかしこの森のアンバランスさに眉をひそめる。 豊かで潤っているのだが、動物が居ない。 ウングリュックに捕食されたのか、はたまた彼の巨体を見て森から逃げ出すしかなかったのか。 今やウングリュックのためだけにあるようなこの森は、ルーヴァインには豪華だが王が一人だけの寂しい城に見えた。 (きっとそいつには悪気はなかったというのに……何だか、悲しい話だ) ここはいわばウングリュックの故郷。 それを、こんな状態にしたかっただろうか。 しかし――とルーヴァインは表情を引き締める。この仕事を達成しなくては村に被害が出る可能性がある限り、躊躇うことは許されない。 「……話に聞く通り静かだが、こりゃァ……居るな」 片手で封印のタグを弄っていたジャック・ハートが呟く。 精神感応で生体位置を探っていた彼は、その場に居た誰よりも早く敵の存在に気付いていた。 そんなジャックの周りには念動によるサイコバリアが張られ、奇襲に対して備えている。棺桶のような印象を受けるそれに見えるのか見えないのか瞳を向けつつ、No.8が訊いた。 「敵が近くに居るの? ねえねえ、私囮役やりたい!」 八本足による撹乱にそんなに自信があるのか、とジャックは片眉を上げてみせたが、答えは簡単。 凶暴な敵に対してNo.8がこんなにも積極的なのは要するに……作戦会議をよく聞いていなかったのである。 ついでにツギメから渡された資料も流し読みだ。急流下りも真っ青な流しっぷりだった。 「勇ましいじゃねェか、俺も似たことを考えてたところだ。一緒に行くか?」 「もちろんっ!」 元気良く返事をし、No.8は頷いた。 「ああそうだ、ルーヴァイン」 小依 来歌に呼ばれ、辺りの様子を窺っていたルーヴァインが振り返る。 「なんだ?」 「きみの身体能力をトレースさせてほしい。いいかな?」 来歌は他者の力を写し取ることが出来る。ただし体力だけは来歌本人のものから変わることがなく、トレースする能力によっては即疲れたり後から酷い目に遭うこともしばしばあった。 ルーヴァインの許可をもらい、彼の力を借り受けた来歌はウングリュックの奇襲に備える。 黒い頭を左右に動かし、進みながら森の様子を窺う豹藤 空牙は警戒と同時に鼻の心配をしていた。 彼の鼻はとてもよく利く。 しかしウングリュックのそれとは似て非なるものだ。 仲間の誰かがダメ元で何か臭いのきつい――例えばニンニクやクサヤ、果てはドリアン等を使わないかと内心ヒヤヒヤしていた。 何かあれば恐らく先にダメージを受けるのは空牙だろう。もちろん鼻に、だ。 だが鼻の心配ばかりはしていられない。吸う空気が清浄なのを確認した後、空牙は隣を歩くユーウォンを見上げた。 「元は蛇ということで、予め爬虫類について少し調べてきたでござるが……どこまで特徴を残しているか気になるでござるな」 「……推測だが、蛇と同じく嗅覚は舌、熱感知はピットで行っているだろう。戦い方は別物のようだが」 「では狙うは……」 「頭、かな」 重要な器官は頭部に集中している。 鱗は堅牢と聞くが、部位狙いがまったく効果がない訳ではないはずだ。 「ジャック、蟒はどの辺りに居る? 元が蛇なら地面を歩く振動でこちらの存在を察知しうるはず。このまま歩き続けたら待ち伏せされそうだ」 「待ち伏せかァ……しかしアイツにその気はねェみたいだゼ?」 ジャックはある方向を顎で指す。 「あっちから出迎えてくれる気満々らしい……チッ、これが蛇の移動速度かヨ」 途中からウングリュックの気配は凄まじい機敏さを見せた。まだ心の準備をする時間はあるが、逆に言えば心の準備をする時間しかないのだ。 ユーウォンはその青い目に同じ色の空を映しつつ、決意するように息を吸い込んだ。 「……じゃあ、こっちから待ち伏せしてあげよう」 ● 空牙は似たものを見たことがある。 まだ故郷の世界に居た頃、魔王の影響から魔物と化し、鋭い凶暴性を有するようになった野生動物。 多彩な動物がベースになっており、その中には蛇が素体となったものも居た。 名を「アナコンダ」といい、それはいとも簡単に人を飲み込んだ。……それにそっくりなのだ。 「うおう!」 跳ねるように跳んだ瞬間、元居た地面が硬い鱗で削られた。 長い丸太と勘違いしそうなモンスター……ウングリュックは鱗に付いた土を気にすることもなく、頭をもたげると6人の方へ向き直った。 待ち構え、ついに遭遇したのが20秒ほど前。 そこから一拍も置かずに戦闘へともつれ込んだ。ウングリュックに6人は敵、もしくは餌としか見えていないらしい。 一気に間合いを詰められたが、攻撃を自分へ集中させるためにジャックは前へ出ようとして――隣からの声に一瞬だけ固まった。 「わあああああっ!? なにこれ、お、おっきい! やっぱ、無理無理無理っ!!?」 「……今更なセリフに聞こえンのは気のせいか?」 「ででででもだって!!」 こんな巨大生物だと知っていたら囮役に挙手なんてしなかったし!! っと言葉が出てこなくても目が語っている。その目に涙が広がり始めているのもジャックの気のせいだろうか。 「なんならここで待ってても良いんだゼ、物騒なレディファーストは主義じゃねェしナ?」 言葉に詰まるNo.8。 そこへ轟くような銃声が響いた。 「うわ、大きい……あと硬い、って本当みたいね。でも両方とも話に聞くより凄く見える……」 太陽の光を煌かせるように攻撃が弾かれたのを見、狙撃した来歌がひとりごちる。 鱗には擦れたような跡はあれど、拭けば消えてしまいそうなものだ。これではダメージは通っていないだろう。 ウングリュックの防御力を目で確かめ、その後の仲間の危機を想像したNo.8は涙の乾かぬ瞳をジャックに向けた。 「や……やる。ちゃんとやる!」 「オウ、ならちゃんとついて来いヨ!」 飛び出し、木に登ってゆくウングリュックを目で追いながら、ジャックは擦れ違いざまに来歌の頭を労うように軽く叩いた。 「OKOK、先行しての囮は任せろ」 「……その間にあいつの弱点を探させてもらおうかな」 「そうしとけ、その重そうな銃の威力が発揮出来るよう手伝ってやるからヨ、ヒャハハハハ!」 わざと攻撃範囲に潜り込み、ジャックはこれ見よがしに隙を作る。興奮したウングリュックは疑うことなく木の上から飛び掛り、鋭い牙を突き立てようと大きな口を開いた。 「でぇい!」 アンカーワイヤーを枝に引っ掛け、No.8が風を切りながらウングリュックに空中で蹴りを入れる。 それで吹っ飛ぶような巨体ではないが、噛み付きは横へずれ、ウングリュックは地面に着地した。狙うは巻き付きだ。それを誘発させなくてはならない。 「ほ、ほーら! こっちこ……こないでええええぇ!?」 砂埃を舞わせ接近してきたのを見てまたしても半狂乱になるNo.8。そんな彼女の足の内、1本がウングリュックの口に挟まった。 牙は避けている。が、顎の力は強力だ。 「ぎゃーすっ!? わ、私の足はエサじゃなーい!!」 No.8は青い顔をして叫ぶが、何も対策を練っていない訳ではない。 とはいえ単純且つ捨て身なものだったが―― 『…………!?』 耳に響く音をさせ、ウングリュックの口の中で何かが爆発した。No.8が事前に足に仕込んでおいた煙幕手榴弾だ。 黄色の煙をもうもうと立ち上らせ、がぱりと口を開いてNo.8を開放する。 煙で感覚を麻痺させられないなら直接吸わせてむせ込ませ、隙を作るのが作戦だった。だがウングリュックは戦意を失わず、口を開いたまま煙を逃がすようにシュッと息を吐く。どうやら見たところ鼻は無事らしい。蛇の呼吸のメインは鼻であるため、あまり動揺した様子は見て取れない。 破片による口内へのダメージはあるが、血は見えなかった。 動揺したのはNo.8の方だ。考えていた攻撃方法は煙幕手榴弾に頼ったものが大半だった。 「今度は俺サマが相手してやるぜェ!」 両手を広げるジャックに突進するウングリュック。軋むサイコバリアに阻まれるが、それを物ともせず巨体を使って巻き付き締め上げようとする。 「かかったナ……ウインドカッター!」 自分の周囲2メートル以内に限定し、鎌鼬を連発するジャック。 甲高い音が何度も何度も鳴り、まるで鱗から鎌鼬が放たれているかのように見間違える程だった。 弾かれている。しかしそれは問題ではない。それを踏み台にした次の行動へ移ろうとした……ところで、ジャックは突然上空へと瞬間転移した。 「……チッ、やってくれるぜ」 予想以上に傷ついたサイコバリアを張り直す。 その間に動いたのは来歌とルーヴァインだった。 「隠れられては困る」 ルーヴァインは神速跳を使って距離のあったウングリュックへ接近する。それに続く来歌は手頃な距離で片足を立てて座り、狙いをウングリュックに定めた。 ルーヴァインが狙うは腹部。 来歌が狙うは頭部。 斬撃が巨体を押すが重さのあるウングリュックはなかなか腹を見せない。ルーヴァインはギアで刀にオーラを纏わせ、刀自体を通常では考えられない重さにした。 「刃が通り難いのなら、重量を付けて叩くまでだ」 それまで抜刀術を使っていたルーヴァインはここで初めて鞘を抜き、両手でしっかりと刀を持つと鈍器を振り下ろすかのようにウングリュックの体へ刀身をぶつける。鉄の塊をコンクリートの上へ落とすとこんな音がするのだろうか、仰々しい音と共に刀がわんわんと響き、鱗の一部を欠けさせる。そこはくしくもジャックの鎌鼬が当たった部分と同じだった。 「……間接的に約束を守ったのね」 呟きと同時に銃弾が放たれる。 来歌のギアは単発式対戦車ライフル。能力による干渉を受けない銃弾を撃つことが出来る。ただしその分威力は削がれ、その結果が先ほどの狙撃だった。ウングリュックの鱗は竜刻により変化した結果だが、今は魔力の供給を受けずに硬さを維持している。 その銃弾が吸い込まれるように頭部へと当たったが、ウングリュックは仰け反るばかり。しかし臆すことなく来歌は二発目を続けて放つ。放射線を描いて飛んだそれは丁度口の間に当たった。 僅かながら強制的に開かれた口に空牙の手裏剣が突っ込み、閉じるのを阻害する。 「まともに攻撃させるでござる!」 ダッダッと地面を蹴り、空牙は一層高く跳んだその瞬間に冷気を纏った。 「吹雪の術!!」 空牙はきちんと爬虫類のことを調べた。その時知ったことのひとつが「蛇は寒さに弱い」ということだ。 吹雪の術はその名の通り敵を氷結させる術。それは直接のダメージは少なくとも、確実にウングリュックの動きを鈍くした。 その纏わり付く鈍さを振り払うように巨体をうねらせ、ウングリュックは一番近くに居たルーヴァインに襲い掛かる。 ギアから展開されたシールドで凌ぐも、体はそのまま弾き飛ばされた。背中を幹に強打し、一瞬息をすることを忘れる。背中のあちこちから湧き上がる痛みで意識を引き寄せ、ルーヴァインは揺れる視界を治めるために数秒間目を閉じて眉を寄せた。 次に目を開いた時には、元居た場所にウングリュックは居なかった。 「一瞬でござった……」 「劣勢と見て逃げた、か?」 空牙とユーウォンが辺りを見回す。気になるような音はしない。 ユーウォンはこの間に毛皮と小札を使って作った垂れを両翼に付けた。本来の肉体でない場所を狙わせることが出来れば攻撃を加える隙も出来るかもしれない。 体には雨合羽。毒液対策には少々心もとないが、無いよりは良い。 「……それは何が入っているのでござる?」 ちら、と空牙がユーウォンの鞄を見る。トラベルギアでもあるそれは丸く膨らんでいるように見えたが、何故か重そうには見えない。 内緒、とユーウォンは短く答えた。 「居た。右の方!」 来歌の鋭い声が飛ぶ。 すぐさまそちらを見るも、目が捉えたのは素早く木々の間に消える尾のみだった。 「攻撃せずに移動に集中すると、こんなにも見付けにくくなるのね……」 「あ――ちょっと待って」 ユーウォンがはっとして言う。 「No.8は?」 初めにウングリュックと接触したNo.8の姿がない。 視線を再度巡らせると、少し離れた草陰に倒れた彼女を見つけた。 呼吸はしている。それどころか意識もある。しかし体はぴくりとも動かない。草陰に続く跡を見る限り、どうやら這ってあそこまで移動した後に力尽きたらしい。 「No.8殿! 大丈夫でござるか!?」 返答らしきものは瞬きしかなかった。来歌は苦々しい顔をする。 「直接は噛まれていなかった。けれどウングリュックの口内に毒が滲み出ていた……?」 「ウングリュック自身は毒の耐性があるんだよね。なら考えられない話でもない」 ユーウォンは心配げにNo.8を見る。彼女とはしばらくぶりになるが、久しぶりに再会した仕事でこんなことになるとは。 「あっちは視界が悪い。下手には近づけないがどうする?」 「放ってはおけないよ」 「うむ」 「……決定は早くした方が良さそうだ」 口内を満たす鉄の味に辟易しながら、ルーヴァインは倒れたNo.8の向こう側を刀で指した。 大きな葉の間からするりとウングリュックが顔を出す。 彼はまだ獲物を食べることを諦めてはいなかった。この姿になる前からぎりぎりまで諦めず、悪あがきから悪食まで行ったのだ。生来簡単に諦めるような者ではない。 素早い動きで身動きの取れないNo.8へ接近する。 戦闘でも狩りでも、弱った者から狙うのは世の常だ。 「まずっ――」 「……!!」 ユーウォンが走り出し、両翼の毛皮を大きく揺らす。動きと獣の臭いにウングリュックの興味がそちらへと僅かに反れた。 ダメ押しとばかりにNo.8よりも近づき、バサッ、と毛皮を揺らす。 一瞬だった。毛皮にウングリュックの牙が突き刺さり、反対側へ突き抜ける。噛んだ衝撃で自動的に牙から透明な毒が滴り落ちるが、それが地面につく前にウングリュックは垂れごとユーウォンを引き倒した。 「くっ!?」 やはり闘牛とは訳が違う。速さは牛のそれとは比べ物にならず、威力も倣っていた。 喉元に食らい付こうとするウングリュックに、ユーウォンは咄嗟に尻尾を前へと押し出す。牙が鱗を突き破る感触とワンテンポ遅れてやって来た痛みに声が漏れた。 「ユーウォン!!」 上空から雷のように――否、雷と共に降ってきたジャックがウングリュックの胴へ重い一撃を食らわせる。 眩しい光と炸裂するような音が響き、ウングリュックは一瞬体を強ばらせた。が、すぐさま毒をジャックに向かって飛ばし反撃する。 「無駄に頑丈なヤツはキライだゼ!」 更に力を解放すればどうにかなるかもしれないが、ここを更地にする訳にはいかないのだ。今使える最大限の力の、最善の使い方を考えねば。 ユーウォンを沈黙させたウングリュックは毒を避けるジャックを尻目にNo.8の頭へ口を近づける。 痺れさせれば、もう噛む必要はない。 あとは丸呑みだけだ。 No.8が顔を引き攣らせる中、ジャックが鎌鼬を繰り飛ばし、来歌が傷ついた鱗へと弾丸を撃ち出し、空牙が豪火炎の術を操り、ルーヴァインが重々しい刀を振り下ろす。 そして、 「おれ、だって、悪あがきくらい、……するッ!!」 力を振り絞り立ったユーウォンは、よろけ倒れながら鞄を放り投げた。それはウングリュックの頭に被さり、それと同時に爆ぜるほど加熱された熱湯を溢れさせる。 鞄に詰まっていたのは水。それを鞄の力で最高温度に引き上げたのだ。 ばきん、という鱗の砕ける音。 それが、ウングリュックが最後に淡く静かに頼りなく感じ取った、最後の音だった。 ● 「二人とも平気か?」 応急手当をしながらルーヴァインがユーウォンとNo.8に訊ねるが、きみも怪我をしていると来歌に強制的に座らされてしまった。 「……最後、よく動けたナ」 「No.8もあれだけ這えたんだ、せめてあれを投げるまでは……って思ったら出来た」 「火事場の馬鹿力ってヤツか」 「過信は出来ない力だな」 二人の会話を聞いていた来歌が言う。しかし表情はどことなく安堵していた。 倒れたウングリュックは竜刻を取り出すと元の蛇と同じサイズ、同じ強度に戻ってしまった。死体はない。死を無駄にしないためにもジャックが綺麗に捌いて食べてしまった。これで彼もやっと、少し遅れてしまったが自然の輪に還ったのだ。 「うっうっ……何も出来なかった……」 「いや、見事でござった!」 「!?」 毒から回復し、やっと愚痴れるようになったNo.8は空牙の言葉を聞いて目を丸くする。 空牙は尻尾を揺らして言った。 「No.8殿は最後まで囮役を全うした、拙者にはそう見えたでござる。No.8殿が居なければウングリュックはあそこから顔を出さず、我々に本気で奇襲を仕掛けていたかもしれ……うおお!?」 「うわああーん! 空牙ちゃん良い人……あっ、良い豹ー!!」 「ちょ、No.8殿、足がっ! 足が首に!!」 蛇にではなく蛸に意識を落とされそうな豹だった。 「それは持って帰るのか?」 「あァ、蛇ッてナ万病に効くンだぜ。ツギメに持って帰ってやろうと思ってナ」 「……最後に少し良いだろうか」 ルーヴァインは蛇ではなく食べることの出来る肉片になったウングリュックに軽く、軽く頭を下げた。 「こんな形で、苦しみから解放する事になってすまない。どうか、安らかに」 願わくば次はこんな不幸に見舞われないよう。 そんな祈りと共に、ウングリュックというモンスターはヴォロスから消え去った。
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