オープニング

 それは、壱番世界でいうならば夏の終わり、学童生徒的年代のティーンにとってはとってもとってもブルーインブルー(世界名ではなくて、こー、気持ち的に)になる運命の日、「8月31日」のできことだった。
「壱番世界の無人島で、盆踊り大会を大々的に執り行いたいと思います。つきましてはチケットの発行と、参加者募集の周知にご協力ください」
 大真面目にそんな提案をしたのは、バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイトである。不意を突かれた無名の司書は思わず『導きの書』をばさーっと床に落とした。
「うわ、意外なひとが意外なこと言った」
 本を拾い上げ、埃を掃いながらも、司書は首をかしげる。
「盆踊り? て、もう遅くない?」
「いえ、観光客30万人と言われる某県某市の『風の盆』の開催は9月初旬ですので、時期としては許容範囲かと。また、『おわら風の盆』という名称は保存会により商標登録されておりますので、イベント名での使用は差し控えます。無人島での開催のため、壱番世界に実質的な影響は与えませんが、『風の盆』運営に携わっておられるかたがたや踊り手さんのお気持ちには配慮いたしたく」
「……あー、うん。商標権や著作権的なことってさ、法的な可否以上に、関係諸氏の感情を尊重するのが愛だよね。まぁその辺はいいとして、そもそも何で盆踊りなの?」
「クリスタル・パレスの従業員福利厚生施策の一環です。福利厚生の充実と強化が店員の働き甲斐を増進し、良質な接客サービスの提供に大きく貢献いたしますので」
「……あのさ、鳥店員さんたち、そんなストレスたまってんの? 秘密のビーチで十分発散してたじゃん。それにシオンくんとか見てると、とてもそうは思えないんだけど」
「察してやれよー。ストレス発散が必要なのは苦労性の店長なんだってば」
 ラファエルの隣にいるシオンは、すでに心はお祭り気分であるらしく、藍染の浴衣(仕立屋リリイが技術の限りをつくした有翼人用デザイン)を着込み、団扇をぱたぱたさせて風を送ってくる。
「前にさ、無人島に転移した翼竜族のわがまま王子を保護したことあったじゃん? 結局あいつ、店長が面倒みることになって、あれからずっと店の厨房で下働きさせながら再教育中なんだけど」
「うんうんうん! 金髪碧眼の13歳、ミシェル・ラ・ブリュイエールくん。ねえねえ、彼、まだお掃除と皿洗い専門なの? そろそろフロアデビューできるんじゃないの?」
 巨大怪獣化して大暴れし、あわやシラサギのコロニーを全滅させるところだったミシェルは、ロストナンバーたちの尽力により無事に保護された(シナリオ「ブラザー・コンプレックス ―飛べない翼竜―」より。※特にお読みにならなくても問題ないですー)。
 ターミナルで、無名の司書から最初の説明を受けたミシェルは、同席したシオンが、「鳥ってわけじゃないけと、翼つながりってことで!」と、クリスタル・パレスへ連れて行った。
 そして、まだ、環境の変化に適応しきれていないミシェルを危ぶんだラファエルは、自ら保護者役を申し出たのである。
 しかし……。
 七人の兄王子たちに寄ってたかって甘やかされてきた末っ子ミシェルは、店長の全力的教育を持ってしても、なかなかターミナルに馴染めず、カフェの従業員にもなりきれない、というのが現状のようだった。

「まだ皿の汚れが残っているじゃないか。そんな心構えでお客様にご満足いただけると思うのか。いつまで王子様根性にしがみついているつもりだ。やり直し」
「でも……。皿洗いや床掃除なんて、ぼく、したことがなくって……。立ちっぱなしで足が疲れたよ……。う……。ううっ……」
「あのぉー、店長。ミシェル泣いてるしさー、今日はもうそのへんで……」
「おまえまで甘やかしてどうするんだ、シオン。そうやってなし崩しにするから、この子は何も向上しないんじゃないか」

 ――という一幕が、クリスタル・パレスの厨房であったらしい。
 ラファエルはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ミシェルにはまだギャルソンは無理でしょう。ホスピタリティの何たるかがまったく理解できていませんのでね。息抜きには早かろうと、チェンバーのビーチには行かせず留守番をさせたのですが、気分転換も必要だろうとシオンに言われまして」
(……ああ。つまりこの企画、シオンくんの提案なんだ?)
(うん。店長、けっこうこれでスパルタなんだよ。店員教育が厳しいのなんの)
 
 * * *
 
 無人島の盆踊り会場は、なかなかに本格的な設営ぶりだった。
 大掛かりに組まれたやぐらには、本格的な太鼓が置かれている。その周りを紅白の幕がぐるりと取り囲み、粋なちょうちんが幾重にも張り巡らされている。
 どうやら、秘密のビーチですっかりリフレッシュした鳥店員たちが、さらなるお祭りの楽しさを求めて、がんばったようである。
 クリスタル・パレスの店員は、皆、なかなかにノリが良い。雀店員の小町(こまち)は、神楽・プリギエーラとともに、屋台コーナーに控えているし、シオンよりもずっと古株の鶏店員とペンギン店員は、海辺で行われる人間大砲コンテストのスタッフであるようだ。
 思い思いの浴衣に身を包んだロストナンバーたちが、そこここで初めての挨拶を交わし、あるいは知己を見つけては談笑しているのを見やり、シオンは腕まくりをした。
「よぉし、浴衣姿のきれいなお姉さんがたくさんいるな。張り切っていくぞー! 司会はおれが担当するけど、ミシェル、おまえも手伝えよ」
 水色地に矢絣の浴衣を着せられ、落ちつかなそうにミシェルは頷く。
 盆踊り会場の一角には、別にステージが設けられている。こちらでは、盆踊りかたがた参加者たちに浴衣を披露してもらおうという趣向だった。
「そんなわけで、店長は仕事しなくていいから、今日ぐらいはゆっくり……、ちょ? てんちょーーー?」
 そもそも、ラファエルに息抜きしてもらうための企画でもあったのだが。
 当のラファエルは、「皆さまの笑顔を見ることが私のリフレッシュだ!」と叫ぶなり、甚平にたすきがけで、焼きそば屋台『くりぱれ』を引き、神楽のいる屋台コーナーに行ってしまった。
 
 夏の風が、吹く。
 有志のロストナンバーによる、太鼓の音と、賑やかな音楽が響き渡る。
 巣立ちしたシラサギたちが興味深げに見守るなか、誰も住まぬ島での、旅人たちによる華やかで不思議な盆踊り大会が、今、始まりを告げた。

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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号863
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント○無人島パーティシナリオは三件運営されております。時間軸は同じですが、参加制限はございませんので、どうぞお気の召すままご自由にご参加くださいませ。

皆さま、秘密のビーチではリフレッシュなさいましたでしょうか~?
その勢いで、いっちょ盆踊りに参加してみませんか? どうっすか?
浴衣で浴衣で浴衣で浴衣で。大事なことなのでエンドレス。
私は皆さまの浴衣姿が見たいんです。それだけが動機でこのパーティシナリオをリリースしました!
(欲望への忠実ぶりをカミングアウト)
そして、黒洲WRと桐原WRも、猛暑のせいでしょうか、ノリ良くぶっちぎっていらして嬉しい限りです。

さて~。
こちらではおもに、浴衣ファッションショーと盆踊りをお楽しみいただければと思います。
※自由にお過ごしいただいてかまいませんが、選択肢をひとつに絞られたほうが、登場率が高くなる、かもです。

1)浴衣ファッションショーに参加
あなたの素敵な浴衣姿を、会場の皆さまにご披露くださいませんか?
司会はシオンが、アシスタントはミシェルがつとめる予定です。

2)盆踊りの輪に参加
踊りかたがよくわからなくても、見よう見まねで何とかなるもんです。不安なかたは、詳しいひとに聞いてみるのもいいかも知れません。誘い合わせて踊っても楽しそうですね。

その他、ネタに走るという手もありますが、採用度は低いかも~?

※なお、ラファエルは、エレガンスかなぐり捨てて、屋台コーナー(黒洲WR担当)にて焼きそば屋台『くりぱれ』を営業中です。
※無名の司書は同行しておりません。人間大砲コンテスト(桐原WR担当)に『人形』がお出かけしているようでございますが。

それでは、夏の終わりの無人島でお待ちしています。
人口2万の街に30万人の観光客がくるという、本家風の盆に負けないくらい、楽しみましょうね!

参加者
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
エレナ(czrm2639)ツーリスト 女 9歳 探偵
神埼 玲菜(cuuh1075)コンダクター 女 27歳 キャビンアテンダント
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
花菱 紀虎(cvzv5190)コンダクター 男 20歳 大学生
アインス(cdzt7854)ツーリスト 男 19歳 皇子
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
フェリシア(chcy6457)ツーリスト 女 14歳 家出娘(学生)
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
一ノ瀬 夏也(cssy5275)コンダクター 女 25歳 フリーカメラマン
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
虚空(cudz6872)コンダクター 男 35歳 忍べていないシノビ、蓮見沢家のオカン
ルゼ・ハーベルソン(cxcy7217)ツーリスト 男 28歳 船医
柊木 新生(cbea2051)ツーリスト 男 48歳 警察官
太助(carx3883)ツーリスト 男 1歳 狸
ファーヴニール(ctpu9437)ツーリスト 男 21歳 大学生/竜/戦士
藤枝 竜(czxw1528)ツーリスト 女 16歳 学生
イェンス・カルヴィネン(cxtp4628)コンダクター 男 50歳 作家
アルウィン・ランズウィック(ccnt8867)ツーリスト 女 5歳 騎士(自称)
花咲 杏(cssx2297)ツーリスト 女 15歳 猫又
華城 水炎(cntf4964)コンダクター 女 18歳 フリーター
櫻理花・エリス・グラーティア(cmbh8050)ツーリスト 男 27歳 花法師
王狼・ヴィスラ・アートレータ(cdbb7242)ツーリスト 男 32歳 花法師の従僕、闇騎士
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生

ノベル

ACT.0■水面下のITAZURA

 大いなる華を目撃せよ。
 幸せを、与えよう。

 参加者全員に届いたエアメールの意味を、まだ、誰も知らない。

ACT.1■なんてったっておにゃのこですよ

「シオンくん、ミシェルくん。こっち向いて」
 小気味よいシャッター音が響く。一ノ瀬夏也が構えた一眼レフカメラだ。
 夏也の浴衣は、綿紅梅の白地に、菊と桜の花束リボン柄である。艶やかな染めが、溌剌とした笑顔に映えている。  
「おー、夏也姉さんの浴衣すがた、いいなぁ」
「ありがとー、新調したばかりなの」
 浴衣に本格的なカメラという異色のファッションだが、カメラのストラップを和端切れで手作りし、コーディネートしてしるため、しっくり馴染んでいた。
「浴衣ファッションショー、でるんだろ? ミシェルが受付中だぜ」
「うーん、観客席でカメラマンに徹したい気もするし、どうしようかな。あとでみんなに写真配ったり、帰ったら司書さんたちに見せたりしたいの」
「やー、浴衣は色気があって良いよなー。目の保養目の保養」
 華城水炎が、にこにこと言う。そんな彼女自身、涼やかなレトロモダンの乱菊柄浴衣を着ており、大変良く似合っているのであるが。
「おい水炎ぉ。18の娘さんがひとごとみたいに言うなよ」
 呆れ顔をするシオンの背中にぐるりと回り込み、
「つーか、シオンも浴衣なのか? どやって着るんだ?」
 有翼人用浴衣の縫製と着付けが気になるようで、チェックに余念がない。
 そのそばを、神埼玲菜がひとりで歩いていく。黒地に桜柄の、大人びた京友禅風の浴衣である。誰かを探しているような横顔と、襟足に漂うほのかな憂いに、シオンはしばし見とれた。
「いやぁ、ナイスバディで癒し系でスッチーで、完璧だな玲菜姉さんは。……はっ、向こうにいる藍地に金木犀柄の浴衣は杏。紺地に朝顔柄はディーナ姉さん。純白の浴衣はゼロちゃん。フェリシアとジュリエッタは色とりどりの朝顔柄か。いろんな朝顔があるなぁ。ん? コレットはこれから着替えるのか。はぃぃ? 時光が着付けを手伝うの? 何だとちくしょー、許せん! あ、綾ねーさんだ。やっぱ浴衣だと雰囲気ちがうな。おーい、おれはここだよー、……ん? 店長はどこかって? ラファエルさんに会わせろ? イケメンウォッチング? 知るかー! 目ェきらきらさせやがって、あんなおっさん放っといておれを見ろー! やっほー、久しぶり、ディーナ姉さん。……おおっと、竜が着てる浴衣すげー! 背中の昇り竜が火を噴いてるぜ! んんっ、灰色の揃いの浴衣はアインスとツヴァイ……、あの双子王子、仲がいいんだか悪いんだか、まー、男はどうでもいいけど」
 シオンのテンションは、女性陣と男性陣ではあからさまに温度差があった。その袖をつんつんと、誰かが引っ張る。繊細なレースとフリルの、可愛らしい洋風浴衣を着たエレナだった。
 浴衣の丈はあえて短くはせず、あんよは出さないのがレディのたしなみ。ぬいぐるみのびゃっくんとは、色違いのお揃いコーディネートである。ふうわりと、リボンが風に揺れた。
「ねー、シオン。エルちゃんはどこ?」
「何だよエレナ。とびきりかんわいい浴衣着て、おまえも店長目当てかぁー」
「ショーの舞台に上がるとき、エルちゃんにエスコートしてもらおうと思ってたの」
「店長は屋台コーナーで、イイ笑顔で焼きそば焼いてるよ。あとで食いに行けばいい。エレナお嬢様のエスコートは、おれが承りますよ」
「なー、綺麗な子、いっぱいだよなー。うん、こういう祭りもいいもんだ!」
 虎部隆が、シオンとミシェルの後ろから、がしっと肩を組む。
「しっかしシオン、清々しいくらいに女の子しか見てないな。ミシェルはどうだ? 好みの子、いたか?」
「……あ、うん……。あの女のひと、とても素敵だなって」
 シオンの浴衣ウォッチングと声がけにちょっと引いていたミシェルだが、先ほどから、とあるミニスカ浴衣に視線が釘付けになっていた。少年の頬は、初々しい桜色に染まっている。
「何だ何だ、初恋かぁ? どれどれ、どんな美人だ?」
 隆は双眼鏡を取り出した。何でそんなもん持ってるのかとゆーと、イタズラ会議出席者として、アリッサのミッションのゆくえを見届けるためである。ちなみに、浜辺で甲羅干しをしてる人々の背中に貝殻やヒトデが乗っけられていたり、相合い傘が描かれたり、ずらっと掘られた小さな落とし穴にかたっぱしからセクタンが埋まって、ふにふにもぞもぞしている光景は、すでに確認済みだった。
 ミシェルの視線を追って、隆の双眼鏡が捉えた美女は……
「ファ、ファッちじゃん!」
 ……そう。
 ばっちメイクの見事な女装+ミニスカ浴衣のコンボで参戦した、ファーヴニールだったのである。
「……なんだかどんどん慣れていく自分が不安だなぁ……」
 とかなんとか言いながら、ファッち、ついにここまで極めましたの巻。
「あー、ミシェル、うん、なんつーか、その、どの辺が好みなのかなぁ?」
 恋知り染めし王子様に、とても真相は告げられない。隆の額に、いやんな汗が浮かぶ。
「……すごく華やかで、まぶしいくらいに明るくて、あんな女のひと、ぼくの国にはいなかったから……」
「まあ、そりゃ、いねぇだろーなぁ」
「あのひとと、仲いいの?」
「あ? ああ、友達っつーか」
「ふぅん……」
 ミシェルが誤解して黙り込む。
(シ、シオン。どうしよう〜)
(おれに聞くなぁぁーーー!)
 
 そうこうするうちに、浴衣ファッションショーの舞台は整い、出演者も集まってくる。

ACT.2■恋という名の夏の華

「さぁーて、会場にお集まりの皆さまッ、たいっへんお待たせいたしました。盆踊りといえば浴衣。さわやかな夏の華を、一輪ずつ鑑賞しようではありませんか。最初のモデルはエレナ嬢です!」
 司会のシオンと手を繋いで、エレナは登場した。
 天使の笑顔を振りまいて、優雅に一回転。
「かわいいー!」
 水炎が声援を送る。観客席に陣取った夏也が、シャッターを連射した。
 会場をまんべんなく悩殺し、エレナたん、隠し持ってた水なし水鉄砲を観客席と司会に向けた。あなたのハートを狙い撃ち☆である。撃たれた観客とシオンが、ばったり倒れた。
 シオンが身動きできなくなったので、お嬢様の退場エスコートはミシェル担当と相成った。
「シオンくん、しっかり!」
 夏也が舞台に上がって助け起こす。
「ふー、不意打ちだったぜ。でもおかげで、夏也姉さんゲット」
 立ち上がりざまに、シオンは夏也を舞台中央に押し出した。
「あら」
「ここで一ノ瀬夏也嬢の飛び入り参加です。パワフルでポジティブシンキンなカメラマンの、レアな浴衣姿。夏也ファンの君たち、シャッターチャンスは今だ!」
「なんだか、リリイさんのファッションショーを思い出すわ」
 観客席からいくつも写メが撮られる。夏也も舞台の上から、颯爽とした仕草で客席の浴衣を撮った。
「どんどんいきますよー。次なる華はジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ嬢です。色鮮やかな朝顔にも負けない美貌。はっと目を惹くうるわしいうなじ。とくとご鑑賞あれ」
 シオンが目ざとくチェックしたように、ジュリエッタは、髪を横にまとめ、美しいうなじを見せていた。白地に朝顔柄の浴衣に団扇を手にし、夏祭りの雰囲気ばっちりである。
 ミシェルをちらっと見、ジュリエッタはふっと笑った。
「……ミシェルとやら、元気がないのう。疲れておるのか?」
「あ、……少しだけ」
「無理もない。後ほど、息抜きにわたくしと一緒に踊ろうぞ。司会には話を通しておく」
 これをごらん、と、ジュリエッタは髪留めと下駄の鼻緒を指差す。
「イタリア国花のデイジーじゃ。可愛いであろう? では、あとでな」
「はい……」
「うっわー、なんだよミシェル、ガキのくせしてうらやま……、あー、こほん、さて、次なるは……お、杏、来てくれたのか。花咲杏嬢です。浴衣はもちろん、結い上げた髪にさした簪の、愛らしい演出もご堪能ください」
 杏は、実は屋台目当ての参加だった。しかーし、ファッションショーがあると聞き、急遽路線変更。

 ファッションショーで目立つ
  ↓
 もっててもてでナンパの嵐
  ↓
 屋台で奢ってもらえる! 全屋台食べ放題でラッキー!

 とまあ、こういう計画である。
 何しろ猫なので、愛想の良さはお手のもの。笑顔を振りまいて観客席を魅了し……、
(……ん?)
 杏の視線が時々熱っぽくなり、自分にひたと向けられるのを、シオンは感じていた。
 これは、もしや。
(いやぁまいったなぁ。夏の恋が芽生えちゃったかなぁ)
 ちょっとスカして髪を掻きあげたりなどしてみたが、しかーし、杏が見つめていたのは正確にはシオンの『羽根』だった。猫的本能が刺激され、飛びかかりたくてうずうずしていたのが、熱い視線に見えたのである。残念。
「しんぷるいずべすと、は、ほとんどの場合、安らぎをもたらす思想なのです」
 シーアールシーゼロが、無地の白い浴衣で登場した。純白は美少女の無垢さを引き立てており、会場はどよめく。「安らぎは誰にとっても安眠の源なのです」
 ゼロたんが何言ってるのかよくわかんないんだけど、こまけぇことはともかく癒されるから無問題。
「参加してくれてうれしいよ、ゼロちゃん。みなさーん、ゼロ嬢に喝采を!」
 拍手が沸き起こる中、ゼロは真顔でシオンに問う。
「ふぁっしょんしょーとは、浴衣を着た姿を他の方に視認してもらう儀式と認識します」
「うん、間違っちゃいない」
「そして皆の視線を浴びるのです。ゼロは聞いたことがあるのです。視線には呪術的な意味があると」
「そーそー。目が合ったら運命的な恋に落ちちゃうんだよー」
「それでは、この儀式で必要とされる作法と禁忌を教えていただけませんか?」
「禁忌はないなぁ。作法はね、『ゼロの美しさをひざまずいて褒め称えなさい』っていえばいいんだ」
「ゼロの美しさをひざまずいて褒め称えなさい」
 おおおーー、萌ぇぇーー! 観客席のM属性男子が熱狂した。
「さあ、盛り上がってきたところで、健康美あふれるお祭りガールの登場です! 893さんもびっくりな火を噴く昇り竜図浴衣をとくとご覧ください。藤枝竜嬢、どうぞぉー!」
「少し照れますね〜。この浴衣、振り返ったときに背中で魅せるんですよ」
 竜は袖をまくり、やる気十分だった。くるりっとターンしてみせたとき、長すぎない白地の裾がほどよくなびく。
「こんにちはー! アピールポイントはどこでもかがり火ができることです」
 言うなり竜は、舞台上で火芸をしてみせた。観客席がどっと沸く。
「エンタメ心を忘れない竜嬢、ありがとうございましたー! さて、次は……、っと、、、、」
「うふっ、さぁー楽しむわよぉー!」
 華やかな身のこなしで現れた、ミニスカ浴衣のファーヴニールにシオンは絶句した。ミシェルは真っ赤になっている。
「紹介に困るなぁ」
「謎の美女でよろしく」
「ていうか、メイク上手いね」
「うん、一応、建前は、『化粧の腕を現場で、しかも激しく動きまわる環境で試す』ことなんで」
「あ、ファーブニールさん、じゃなかった、謎のお嬢さん。ちょっと着付けを直しますね。襟元にもっと余裕をもたせたほうが動きやすいから」
 花菱紀虎が、てきぱきと、ミニスカ浴衣の着付けを整えていく。落語研究会ゆえ着物には慣れているため、実践的な着方の指導ができるのだ。なお、紀虎自身は、「俺はファッションショーに出るような柄じゃないからなぁ……」と、着付け応援担当に徹していた。。
「さんきゅー紀虎、さあ準備完了! 謎のファーヴ嬢があなたを魅惑の世界にお連れします! ミュージーック、スタートォー!!」
 シオンがぱちんと指をはじく。櫓の上の太鼓担当及び、楽曲担当鳥店員たちが、ノリノリのBGMを演奏する。
 しばし舞台は、ファーヴ嬢のダンスオンステージとなった。
 キラキラ踊っている謎の美女を、ミシェルはうっとりと見つめる。
「初心な少年がフォールインラブしてしまいそうな演出を、ありがとうございました! ファーヴ嬢に今一度、盛大な拍手を!」 
 おーー! 
 いいぞぉぉー、L(エル)O(オー)V(ブイ)E(イー)、ファッちぃーーー!!
「………」
 観客席に、双眼鏡を構えた隆を発見し、ファーヴニールは、色々やりきった自己嫌悪を噛み締める。
 しかし彼は、その卓越したメイクテクが、ひとりの少年の運命を狂わせたことにまだ気づいていない。
「……よくやった。おれは尊敬するよ」
 その肩をぽんと叩いたシオンの声は、やや疲労気味だ。
(シオンくん、もしかして、いっぱいいっぱいかな……?)
 先に屋台コーナーを見物してきたディーナ・ティモネンは、わた飴を食べながら受付へ向かおうとした。
 しかし、どうやらシオンがテンパっていると見て取るや、慌てて取って返し、わた飴とリンゴ飴とカキ氷を買い込んで戻ってくる。
「シオンくん」
「うぉっ? ディーナ姉さんは紺地に朝顔柄の浴衣か。決まってるね! ほらほら、舞台に上がって!」
「疲れた時にはね、甘いものがいいんだよ? 今を楽しまないと勿体ないよ?」
「……え?」
「お姉さん、キミの笑顔が見たいかな〜」
 にこにこ笑いながら、腕いっぱいの甘味を、シオンへと押しやる。
「あ、その……。ありがとう……」
 シオンの頭を撫で、軽く頬をつついてから、ディーナは舞台へと向かう。
「……みなはま、おまひかねのディーナ嬢れす。はくしゅでおでむかへ……」
 ディーナ姉さんに優しくされ、ぼうっとなったシオンは、しばし滑舌が悪くなってしまった。

「いよっしゃあああ!!! 美女&美少女部門の次は、水も滴るイイ男部門、いってみよっかあああ!!」
 甘味を食べて血糖値を上げたシオンは、テンションが右肩上がりだった。もう、男なんてどうでもいいとか、わがまま言いません。
「んん? 理比古じゃん。ひさしぶりー! あんときは馬鹿ミシェルが世話んなったなぁ。おいこらミシェル、おまえからも礼を言え! 怪獣化したおまえの被害を、ここまで元に戻してくれたんだぞ」
「……そうだね。ありがと、理比古」
「アヤでいいよ。元気そうで良かった。さっき、島の復興を確認してね。やっぱりウチの技術者さんたちはいい仕事するなって感心してたとこ」
「アヤんとこのシノビも、いい仕事してんじゃん。その浴衣仕立てたの、虚空だろ?」
「うん、よくわかるね」
 紺地の濃淡が美しい本ろうけつ染めの布地を使った、素晴らしい仕立てである。信頼する虚空のお手製浴衣を褒められて、蓮見沢理比古は嬉しそうに笑った。……大事な『家族』でもあるその虚空を、アヤたん(たん付けを許してくださるのではないかとWRは判断いたしましたッ)てば、さっき、問答無用でお空に飛ばしちゃったわけだが。
「ちなみに着付けも俺だ。アヤの仕上がりは入念かつ完璧だ」
 人間大砲としてぶっとばされたダメージさめやらず、ぐったりよろよろしながら、それでも虚空は誇らしげである。
 なお、虚空のほうは、黒に近いモスグリーンの甚平姿である。
「うわ。虚空ぼろぼろ。大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない。だが、だからってアヤにみっともねぇ格好をさせるわけにゃいかねぇだろ」
「聞きましたか皆さまッ! 観客席には主従萌え属性も多数おられると見た! 天然なご主人様と、彼に振り回される銀髪蒼眼のシノビ。ビジュアルと関係性の妙味をご堪能ください」
 司会の言葉がファッションショーの主旨から外れてきたが、そのへんはいつものことちゅうかね。
 理引古は、舞台上から観客席の面々の浴衣を楽しそうに見ている。虚空のほうは、残念なくらいにご主人様しか見ていない。
 ふたりがそろそろ舞台を降りようとしたとき、シオンが止めた。
「ちょい待ち。いい感じの主従をもう一組発見した。一緒にステージに上がってもらおう。おーい! 櫻理花ーーー! 王狼ーーー!」
 櫻理花・エリス・グラーティアは、紺の地に白い蝶柄の、そこはかとなく可愛らしい有松鳴海絞り浴衣を着ていた。先ほどから、観客席にいたり、盆踊りの様子を見に行ったりなど、気ままかつ嬉しそうにうろうろ彷徨い、お祭り気分を満喫していたところだった。
 櫻理花の騎士というか下僕というか両方というか、まあそんな存在の王狼・ヴィスラ・アートレータは、うっきうきなご主人様を見て、いささか不審気である。どうかしたのか、と、訊ねてみれば、そのたびに、うるせーよ、と、尻を蹴られ足を蹴られる。主人の心がわからない。
 舞台に呼ばれ、王狼に問うでもなく、櫻理花は目を輝かせて駆け上がった。
 そんな主人に、ようやく、少し合点がいく。
「浴衣とかいう民族衣装を一晩で仕立てろなどと言うから何かと思えば、これのためか……」
 強制だった。昨晩は徹夜だった。よって王狼は不機嫌だった。しかし主人の前で仏頂面などしようものなら、また蹴とばされる。
 とはいえ、舞台上の櫻理花を見て、
「……まあ、どう見てもうちの主人が一番だな」
 などと呟いてしまうわけだが。
「さてご注目。櫻理花氏の浴衣を仕立てたのは王狼氏です。こちらの騎士もリリイ姉さんが商売あがったりになるくらいの裁縫上手。闇属性の魔導士かつ一騎当千の騎士なのに、ツンなご主人様の前ではヘタレな王狼氏のため息と、実は照れ屋さんな櫻理花氏の天真爛漫ぶりを、浴衣すがたとともにご鑑賞ください」

 ――そんなこんなで、ショーはまだまだ続くよ、どこまでも。

ACT.3■輪になって踊ろう

 おわら踊りの 笠着てござれ 
 忍ぶ夜道は おわら 月明かり

 恋の病も なおしてくれる
 粋な富山の おわら 薬売り

 越中おわら節は、どこか哀愁を誘う楽曲だ。
 三味線を手に歌声を響かせているのは、鳥店員のサクラ・ミヤギ。芸達者な朱鷺の姉さんである。

 櫓の下には、大きな踊りの輪が出来ていた。
 いたるところで、小さなドラマが生まれている。

 コレット・ネロと雪峰時光は、連れ立って踊っていた。
 踊りが巧みな時光に教えてもらいながら、少しずつ動きを合わせ、息を合わせて。
 コレットの浴衣は、リリイが仕立てた。変わり織の赤地に、数種類の花の刺繍がほどこされた、とても凝ったつくりだった。
 ――リリイさんにせっかく作ってもらったのに、私、着付けができないの。
 そう言ったコレットに、では拙者が手伝うでござる、と、時光は申し出た。
 会場の一角に用意された着替え用のスペースに、きちんと浴衣用の下着をつけたコレットを前に――いや、目のやり場に困るので後ろを向いていて下され、と言いながら着付けは終了し――
 そして今、ここにいる。
 結い上げたコレットの髪には、簪がひとつ。
「この間、時光さんにもらった簪、つけてきたのよ。本当にありがとう」
「コレット殿。どうか『時光』と、呼び捨てにして下され」
「――時光……?」

(さて、どうしよう)
 声を掛けるにかけられず、ルゼ・ハーベルソンは、輪の外からふたりを見守る。
 妹のように思っているコレットを、ルゼは、ファッションショーの会場に連れていこうと思っていた。
 おそらく、コレットは恥ずかしがって参加しないか、参加しながらも遠慮したりするのではないだろうか。こんな機会は来年までないだろうし、俺も一緒にいくから参加してみないかと、手を引いていくつもりだったのだ。
 コレットの浴衣姿を見られたのは嬉しい。おとなしいコレットが、誰かに着付けを頼めるようになったのは良いことなのだろう。
 ――俺も行くから、一緒に舞台に上がろう。いい思い出になるよ。
 そう言うべきか、否か。
 絽生地に綾矢絣の浴衣と雪駄といういでたちで、船医は少し、考える。

「昔、ばーちゃんちに行って、浴衣や甚平着せてもらって踊りに行ったなぁ」
 着付け応援が一段落したのち、紀虎は踊りの輪を眺めながら、誰にともなく呟いた。
「『盆踊りの輪の中には、もうこの世にいない人もいるかもねぇ』って言われて、怖かったけど。 今は何だか愛おしい気持ちになるな」
 耳にした玲菜が、ふと立ち止まる。人の多い場所に来ると、わずかな期待を込めて、想い人を探してしまう癖がついたのはいつからだろう。何も手がかりを見つけられず、切ない気持になるのにも慣れてしまった。
「エキゾチックだね。フーリューと言うのかい?」
「アルウィン達もー! おどるー。おどるまくるー!」
 フィンランド人作家イェンス・カルヴィネンは、黒地に茶色のかすれ縦縞の浴衣での参加だ。5歳の騎士にして子狼な女の子、アルウィン・ランズウィックを伴っている。
 アルウィンは尻尾の穴をあけた浴衣を着ており、イェンスのセクタンは小さな法被を身につけている。どちらもとても可愛らしく、この場に無名の司書がいたら鼻血の海に溺れるだろう。
 アルウィンの口の周りには、青のりとソースがついている。先ほど屋台コーナーの『くりぱれ』で買ってもらった焼きそばを、大急ぎで食べた名残だ。
「踊り方がよくわからないな。盆踊りにも詳しくないし、得意そうな人に聞いてみようか。……すみません、お嬢さん」
 メモを取り出し、イェンスは玲菜に話しかける。
「はい、何でしょう?」
「盆踊りについて、教えていただけませんか?」
「いいですよ。良かったら一緒に踊りましょう」
 もともと世話好きで知識も豊富な玲菜は、にこやかに頷いた。
 アルウィンのほうは、
「洗うより鍋だ!」
 習うより慣れだ、と、言いたいらしい。
 イェンスそっちのけで突入したアルウィンは、ニッコニコな笑顔で踊りだした。
 盛大に振りを間違えたり、オリジナルな振りつけを全力で考案したりしながら。

 アインスとツヴァイ、双子の王子は、麻生地で風通しのよい灰色の浴衣を着用していた。
 なんたってふたりとも、黙ってれば黙ってれば(2回言った)素敵な美形であるので、相対効果で魅力倍増。周囲の女の子たちが思わず振り返る。
「ほう、これが壱番世界の舞踊とやらか……。私たちの知る舞踊とはまったく違うな」
「これが噂の盆踊りかー!! なんつーか、恥ずかしがりやな民族特有の踊りってカンジすんな! みんな顔合わせねーし!!」
 ツヴァイはなかなか的確に踊りの特徴を把握していた。アインスは、ツヴァイのくせに生意気だ、という顔をする。
「しかし折角の機会だ。一つ学んで踊っていくとしよう。ツヴァイはそこで、私がマスターするのを見ていろ」
「なんだと! 俺だって挑戦しないワケにはいかないぜ……!」
「ふむ。こうやって足を伸ばして踊るのか」
 などといいつつ、ツヴァイの足に蹴りを繰り出す。
「てめー! なにしやがる」
「ワザとではないぞ。足が長いと困るな。ハハハ」
「……おっとお、俺も手が滑った〜」
 ツヴァイも負けじと、踊るふりをしてぶん殴ろうとする。
 アインスはさっと避け、返す刀で足を踏もうとした。
 ツヴァイはさらにそれを避ける。
「おや、手元が狂った」
「うおっ、足が滑ったぁ!!」

 日和坂綾は、シオンに突っ込まれたあとも嘆いていた。
「えええー!? ラファエルさんいないのー? せっかく間近でイケメンウォッチングできると思ったのに〜」
 とはいえ、ひとしきり嘆いたら気持ちが切り替わるのが武闘派女子高生クオリティ。踊ってから『くりぱれ』を訪ねることにし、皆の輪に加わる。人間大砲コンテストでゲットした団扇を持って。
「あ、ここにいたんだ」
 綾を見つけて駆け寄った優は、やはり人間大砲と化してアイキャンフライ(?)後、団扇を持っての参加だ。
 優の浴衣は紺地の「かまわぬ柄」。ユニークな名前だが、これは歌舞伎で使われる柄である。鎌(かま)と輪(わ)とひらがなの(ぬ)で「かまわぬ」。優はなかなか粋に着こなしていた。
「盆踊りなんて、すっごい久々だっ!」
「私んとこ、町内会の盆踊りで毎年、炭坑節とか東京音頭とかソーラン節とかやるんだよね。なんでウチの県で東京なの? 周囲山なのにソーラン節なの? とか思うんだけど」
 そんなわけで、綾はオーソドックスな盆踊りに慣れている。
 うろ覚えで心もとなさそうな優に、ひととおり教えることにした。
「あたしも踊るー! ねー、こんなんだっけ? 昔踊ったきりだからさー」
 綾や優の姿を見つけ、水炎も加わる。
「うんうん。上手だよ。踊ってるうちに思い出すよ」
 綾が踊りながら答える。
「まあ、見よう見まねだよな! あたしも子供の頃過ぎて忘れっちまったよー」

 シンプルな黒のかすり縞の浴衣に、白の献上柄の角帯を片ばさみに結ぶ。
 手にした扇子は、ベージュ色の流水柄。
 柊木新生は本日も渋い。渋すぎる。
 そんな彼は仕事柄、季節の行事には縁がない。この機会にいろいろ楽しむべく、興味津々だ。
「盆踊りはよく知らないんだよねぇー。誰か一緒に踊ってくれないかなぁ?」
 そんな萌え台詞を言ったものだから、さあ大変。
 渋系おじさまが大好物な娘さんたちが大挙して押し寄せ、円陣を作ってしまった。
「……」
 困惑する彼の足下に、ひとりの、いや、一匹の救世主が現れた。
「つまりだな、踊ればいいんだろ?」
 ふっかふかの魔性のおなかの仔狸、太助である。
 本日の太助兄貴(兄貴?)は、毛皮を浴衣ふうの模様にしていた。
 なんでかっつーと、本物の浴衣着ると動けないじゃーん、特におなかー! てなわけだった。
 なので。
 白地に色とりどりの風車模様。トドメに腰には紺色の帯風模様。
 まあそういうお召し物、いや毛皮で、盆踊りに参加していたんである。

 へいやさ。へいやさ。
 へいやさーー!

 不思議な動きの踊りだが、じっと見ていると、横抱きにしてかっさらいたい衝動に駆られる。
 それでも新生は穏やかに微笑んで、太助の動きを真似るのだった。

ACT.4■シークレット•ミッション

(さぁて、アリッサはどこかな?)
 隆は双眼鏡で、周囲を見回す。

 ジュリエッタは、ミシェルとともに、「さあ、日頃のストレス解消じゃ!」と、踊りの輪に加わっている。
 竜は、知り合いを見つけては、飛び跳ねながら踊っている。
「お土産にフロイト焼きそば買おうっと! いつか司書さんも一緒に来れるといいね!」と言いながら。
 太助は、皆の足元で、時折踏まれそうになりながら、踊り続けている。
 喉が渇いたら、夏の名残のきゅうりを取り出してぽりぽりかじり、視線を感じたら「んー? 食う?」と、勧めたりしながら。
 優は、いつの間にやら櫓に登り、腕まくりをして太鼓を叩いていた。

 双眼鏡は、フェリシアを捉える。
 その浴衣は、ほんのりと赤を落としたような白地に、赤や薄紅、紫と取り取りの朝顔が咲いた柄。
 盆踊りは初めてで、見るもの聞くもの全てが珍しいフェリシアの、見よう見まねの踊りはどこかフォークダンスを彷彿とさせる。
 皆の綺麗な浴衣に興味をしめし、もっとしっかり見たいと思ったのか。
 フェリシアは、櫓の上に登る。
 満面の、笑顔で。
 ほとんどお立ち台状態で披露しはじめたのは、オクラホマミキサー風(?)盆踊り。

 すぐそばに――
 日傘をさした、黒衣の少女がいた。
 いや、先ほどまでは、黒地に花火柄の浴衣姿で、踊りの輪に紛れ込んでいたのだが、フェリシアの陰に隠れて櫓に登ったのだ。
 少女は日傘をくるりと回す。
 その衣装が、早変わりした。シルクハットに黒いマントの、謎の紳士に。
 皆が何事かと注視する中、会場に高笑いが響き渡る。

 ――そして。
 盆踊り会場を照らしていた照明が、すべて落ちた。
 無人島が闇に包まれた、その瞬間。

  どーーん。

    どーーーーん。

   どどどどーーーーーん!!!

 空を覆い尽くすような花火が、いくつも上がったのだった。

 変化青龍。春花闘艶。雷神花畑。金銀花塔。六色牡丹。
 それらはすべて、インヤンガイの烟火(イエンフーオ)。

 ――さらに。

「こちらシオン。先輩がた、お願いします」
「ラジャー」
 トランシーバーで、鳥店員たちがやりとりをする。

 打ち上げられるのは、この夏、最後の花火。


       どぉぉぉぉーーーーん!!!!!


 空を埋め尽くした炎の華は、ロストレイルを描き出した。

 謎の紳士はシルクハットとマントを脱ぎ捨て、リベルのお面をつけて、豪快に太鼓を鳴らす。
「ミッション完了! 祭りだ祭りだー!」

 隆が歓声を上げ、櫓に駆け上った。

クリエイターコメントおっまたせいたしましたぁぁぁーー!
おつきあいくださいました皆様、そして両WRにも、ハラハラさせて申し訳ありませんでした。
ミッション完了の報告書を、提出させていただきます。

ご参加くださいました皆様、そして、お読みくださいました皆様に、大いなる幸いが訪れんことを。
公開日時2010-10-07(木) 09:30

 

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