オープニング

「百発百中の占い師?」
 星川 征秀は整った細い眉を上げた。
「信じられないな」
 おしゃれ眼鏡にホスト風スーツ、細身でスマートな物腰、これで戦士で占い師だと言ったところで、さて何人が頷くか。
「俺が今まで出会った占い師だって、いいところ85、6%? 90%当てられれば奇跡的だけど」
 まあもっとも、ターミナルじゃ押し通しにくい数字だけどね、と軽く溜め息をつく。憂えてみせる気配さえ、どこか誘惑的だ。
「……うぜー…」
 少し離れた場所で微妙に征秀に背中を向けながら呟いたのはヴァージニア・劉、面白そうな依頼があると聞いたのだが、こいつと一緒だとは計算外、そういう姿勢が露骨だ。
「今まで外れたことはないそうです」
 鳴海は首を傾げつつも、『導きの書』に現れた情報を拾い出す。
「インヤンガイの、えーと……無名……無名(ウーミン)街区? あまり聞かない名前ですね。そこに居た二人の姉妹の姉、グゥオシャの方が占いが全て当たると評判になり、あちらこちらへ呼ばれて出かけていくのですが、その先々で不審な事件が相次ぐ、と」
 火の気のない倉庫が燃えると占って、確かに燃える。旅先で落下物に気をつけろと忠告されると、確かに突然落ちて来た石があって怪我をする。病気に注意しろと言われた者が、数日後食堂で食べたものにあたって急病になる。
「始めはよく当たる、だけで済んでいたのですが、人間というのはおかしなものですね。当たり過ぎるのも不安になるようです」
 探偵に調査を依頼した者が居て、因果関係を調べ始めたところ、幾つか気になる点が出て来た。
「始めの倉庫には火種となるものがほとんどありませんでした。放火の可能性も疑われています。石が落ちてきた場所では、その建物の屋上で子ども達が廃材などで遊んでいたそうです。食堂で急病になったケースは、実は頼んでいなかったものが追加されていたことがわかっています。本人は店側のサービスだと思い、店側は追加オーダーだと思っていた、と」
「怪しいね」
 征秀は苦笑した。
「自作自演の可能性がある?」
「そういう噂もたったようです。けれど、とにかく当たるのは確かなので、やはり客は絶えなかったそうですが、とうとう占いに絡んで人死にが出てしまいました」
「死ぬ、と占いに出ていたのかな」
「はい」
 ふうん、と征秀は目を細める。
 占い師はピンからキリまで数々おれど、大抵は死の占いは非常に扱いが難しいことを知っている。当たっても感謝されることはほぼないし、外れたからと言って喜ばれることも滅多にない。恨まれるか、蔑まれるかしかない占いを、好んで口にする者はまずいない。
「グオンという金持ちの跡取り息子が、父親がいつ頃死ぬかと尋ねたそうです。グゥオシャは三日以内と答え、妹のインシャも、まさにその通りと応じ、確かに父親は三日目に血を吐いて突然死したと。毒物の可能性は否定されています」
「ちょっと待った」
 何だい、それ、と征秀は瞬きした。
「は?」
「だからさ、姉が占いの結果を伝えると、妹が同意するの?」
「え、ええ。それが二人のやり方だそうで」
 ちなみに、今回の出来事はさすがに周囲の不興を買ったらしく、実はグゥオシャが占いを当てるためにあれこれしていたのだろう、今回のことも、息子から金を受け取って何らかの方法で父親を殺したのではないか、と疑われているそうです。
「姉にかけられた疑いを晴らしてほしい、姉は人殺しなどしていない、それがインシャさんの依頼です」
 唯一無二の肉親として、二人で支え合って生きてきた姉妹。
「…だり……」
 うんざりしたように劉が明後日の方向に呟く。
「考えなくてもわかるじゃねぇか。グゥオシャの占いをインシャが実行してる、それだけだろ」
 だから、姉は人殺しじゃない、確かにそうだ、殺したのはインシャなんだから。
 くつくつ、と嗤って、はぁあ、と溜め息をつきながら、取り出したメンソールを銜える。だが、火を点ける前に素早く征秀に奪われて振り返った。
「何しやがるっ」
「そんな単純な依頼を受けるわけないだろ、頭の中まで蜘蛛の巣か?」
「っ」
 ぎろ、と殺気を満たして睨んだものの、ひんやりとした笑みを向けられ、急いで劉は視線を外す。
「実は…どの事件にも、インシャさん、グゥオシャさんにアリバイがあります。事件が起こった時には、二人とも別の占いを行っている最中だったからです」
 鳴海が溜め息まじりに頷いた。
「加えて、彼女達が誰かに依頼した様子もありません」
「ほらね」
「……うっせぇ…」
 唇を尖らせて劉は爪を噛み始めた。ここからさっさと逃げたいのは山々だが、征秀がこれみよがしに指先で弄んでいる煙草が気になる。たった一本のこと、それでも貴重なのだ、離れるに離れられない。そういう表情でちらちらと征秀の指の煙草を見やる。
「でも、他に情報があるんだよね?」
「関係があるかどうかわかりませんが、ラオ・シェンロンは二、三、気になる点を上げてきています」
 征秀の促しに鳴海は頷いた。
「ゴオンは元々胃潰瘍があったそうで、医師にかかっていました。亡くなる少し前に受診予定でしたが、受診していないそうです。食堂では、その日コックが一人遅刻して、殺到する注文を捌き切れないぐらい忙しかったと。石が落ちてきた近くでは改築工事が行われていたのが、その日急に中止となり、職人が慌ててどこかへ移動したそうです。倉庫は普段きちんと閉まっている扉の鍵が壊れており、一晩だけ施錠ができない状態だった」
「……面白いね」
 征秀は薄く笑った。
「いつもと違う状況があったわけだ」
 引き受けよう、と征秀はチケットを二枚受け取った。
「え、お、おい?」
 チケットをこちらに渡しもしないでさっさと離れていく征秀を、劉は慌てて追いかけた。距離を見計らって振り返られて、驚いて目を見張って体を引いた。
「な、何だよ」
「チケット。不要か?」
 征秀は指先でぴらりと一枚、掲げてみせた。
「……いる」
 稼がなくては食っていけない。空腹は選択肢を与えてくれない。劉が相手を上目遣いに見上げると、征秀は掌を出した。
「は?」
「ライター」
「はあ?」
「チケット要らないのか」
「いるっつってんだろが」
「じゃあ、ライターを渡せ」
 何だよ鳴海の前じゃ、さっきまであれほど穏やかに話してたくせに、何だよ俺相手だとその豹変ぶりは。
 ぶつぶつ言いつつ、結局はライターまで取り上げられてしまう劉は、とことん下っ端根性が身に付いてしまっている。
「……いい子だね」
「……ちっ」
 舌打ちしてライターと交換にチケットを受け取り、再び劉は目を丸くする。続いて差し出された煙草の吸い口に意味がわからず混乱して、征秀を見た。
「煙草を返してるんだが」
 征秀が微笑む。
「あ…ああ」
 おそるおそる指で摘む。取り上げられる気配はない。安堵した劉は、また取り上げられる前にとさっさとくわえたとたん、征秀の手にあるライターに気づいた。うんざりした声で促す。
「……火」
「どうぞ」
 にこやかに微笑みながら、征秀が少し屈み込んで劉の煙草に火を点ける。ようやく吸い込めたニコチンのおかげで、劉に強気が戻ってきた。
「んだよ」
 だが、劉が睨み上げても、征秀は動じた様子もない。
「ライターを返すよ。一服したら駅に来い」
 呆気にとられる手にライターを渡され、そのまま平然と歩いていく征秀の背中に、いつぞやのどうしようもない敗北感が広がってきた。
「……う……ぜぇ…ぇぇ…」
 へたりこんで俯き、チケットを握りしめながら劉は呻いた。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

ヴァージニア・劉(csfr8065)
星川 征秀(cfpv1452)

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品目企画シナリオ 管理番号2602
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
再びお二人にお会い出来て嬉しいですが、いささか暴走気味かもしれません。関係性が深くなり過ぎているようでしたら、お知らせ下さい。調整します。
事件は姉妹の二人ともが占いに関わっていること、がキーになるかと思います。
何がどのように起こったのか。それを丁寧に追いかけていけば、見えてくるものがあるでしょう。情報収集がメインとなると思われます。
もちろん、これは『占い』ではなく『事件』ですが、単なる『事件』ではなく『占いなしには成り立たなかった事件』でもあります。
その結果を踏まえ、鎖に縛られて二人で生きてきた姉妹に、何を示されるのか、楽しみにしております。

参加者
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
星川 征秀(cfpv1452)ツーリスト 男 22歳 戦士/探偵

ノベル

 先を行く征秀の背中は取り憑く島もない。
「もうわかっただろ…」
 グゥオシャ、インシャの住んでいる家に向かいながら、劉は何度目かの声をかける。
「占いが当たったんじゃねえ……当ててたんだ」
 征秀は応えないまま、ふと歩みを止めた。あやうく相手の背中に突っ込みそうになるのを、劉はかろうじて堪える。
「んだよ…」
 いい加減にしろよ、そんなに占いが本物じゃなかったのがショックかよ、あんたもずいぶん甘ちゃんだよな。
 本当はそう詰りたいところだが、征秀の皺一つないスーツの背中はぴりぴりと痛いほどの緊張を放っていて、へたに詰ればあのとんでもないトラベルギアでエフェクトともどもぶっ飛ばされ串刺しにされそうだ。
「……ひどい場所だな」
 おいおい、このまま依頼も果たせずナレッジキューブも頂けず、骨折り損のくたびれ儲けって奴か。口には出せない胸の内でぶつぶつ呟いていた劉が瞬きする。
「あ…ああ……? ……そうか?」
 征秀がゆっくりと周囲を眺めるのに、劉も同じように周囲を見回す。
 お日様が上がったところで、この路地にはほとんど光は射さないのだろう。べちゃべちゃと湿った泥が続く道、吐物や腐りかけの残飯の異臭、明らかに血溜まりのような濡れた染み、糞尿が適当に放置され、細かな虫が飛び交っている。
 ところどころに痩せこけた男や女が座り込む、ぼろを纏っているのは良い方で、有り金全部、薬か愛人かに突っ込んで捨てられた、そういう気配の半裸姿が多い。中にはもう身動きしなくなって数日はたっていると思われる体もある。
 その状況は、大通りから路地を進むにつれて、ますます酷くなっていく。奥へ行くほど貧しく救われない生活をしている人々が住んでいる。
「……まあ…こんなもんじゃ…ねぇの? ……っ」
 ぼそりと応じた劉は、次の瞬間思わず首を竦めた。殴られる、ととっさに感じて体が勝手に反応してしまったのだが、それほど振り返った征秀の黒い瞳は殺気立っていた。
「こんなもの?」
「…だってよ…」
 こんなもんだろ、人の都合で生き死に左右させられる奴らってのは。
 ぼそぼそと呟きつつ、劉は上目遣いに相手を見上げる。正直、征秀が何にそれほど怒りを滾らせているのかピンとこない。
「こんなもの、か」
 征秀が一瞬不思議な目をした。泣き出しそうな、苦しそうな、まるで劉を哀れむような。だが、すぐにその目は背けられ、再び歩き出した後ろ姿に取って代わった。
「…んだよ」
 劉は唇を尖らせつつ後をついていく。


 姉妹の家は、路地の一番奥にあった。
 その辺りに来ると、逆に汚れ物を捨てにくる者さえいないのか、廃墟が並び、薄暗く、狭く、黴びた臭いが強くなる。突き当たった所に、周囲の廃墟とほとんど変わらない小さな家屋があった。半開きになった扉、人の気配はない。
 近づいた二人がそっと扉を開けてみると、ずいぶん昔に捨てられたのだろう、何もないがらんとした部屋が迎えた。隅の方にずたずたになった藁のようなものと布切れが少し。べこべこに凹んだ空き缶が幾つか。どこから繋がっているのかわからない金属の管から、赤茶けた水がちょろちょろと流れている。
「ここには住んでねぇようだな」
「……戻らないんだろう」
 劉の呟きに征秀は唇を歪める。
「戻りたくもないだろう」

 劉と二人、グゥオシャとインシャの関わった占いを調べて歩いた。
 火の気がないと言われた倉庫は布の保管場所で、少し前に大量の入荷があった。グゥオシャに占ってもらったところ、利が出ない、と言われた。理由を問うと「倉庫が燃える」と言われたので、十全に準備をしようと鍵を新調した。
「それまでの鍵も問題はなかったんだが、よく当たる占いだったからね、新しい鍵を作らせたんだ。ところがその鍵が不良品で、代替えの品を翌日持って来るはずだった。その夜だよ、倉庫の扉が開いたところに、悪ガキどもの煙草の火が入って…散々だ」
 インシャの姿は見なかったが、鍵の新調をそれとなくほのめかされたと言う。
 旅先の安全を占ってもらった者は、突然頭上から建築用の資材が落ちてきた。何でも近くの改築工事で使われていたもので、その日工事が中止になったため、子ども達がおもちゃに持ち出していたらしい。建物の上から落として砕けるのを面白がっていたのを、近所の者が見ていたと言う。
「こっちも気になってさあ、その工事は何で中止になったんですかって聞いたんだわ。そしたら、よくあたる占い師に、その日に工事を続けると大怪我をする者が出るって言われたって言うんだよ、気になったから、その占い師は誰だか聞いたんだ、そしたら全く別の占い師でさあ、工事に妙な影が関わるって言われたってさあ、とんだとばっちりだよ、見てくれ頭を縫ったんだよ」
 その全く別の占い師は、姉妹に憧れて占いを始めた少女で、旅人の事故に恐ろしくなったのか、姿を消してしまったらしい。
 食堂で働いていたコックは、その前日、長年想いを積み重ねてきた恋人に結婚の申し込みをするはずだった。だが待てど暮らせど約束の場所に彼女は来ず、焦れて連絡をしてみると、少し前に妙な女がやってきて、コックと別れろと迫ったと言う。
「顔を隠した女で、俺との間に子どもがあるって。そんなことはねえって彼女を説得するのに時間食っちまって。その日は予約のお客も入ってて、絶対遅れるなって言われてたのに遅れちまって。親方に知れたら大変なことになるんで、最初からいましたよって顔して入って。けど、まあ厨房はとんでもねえ騒ぎだったんで、俺もひたすらメモ見て作ってるだけで、どれがどのお客に行ったかなんてわかんねえですよ。であの騒ぎでしょ、なんでこれ作ったんだ、誰がメモ書いたんだって言われたってわかんねえですよ」
 コックの恋人のところを訪れたのは人相はわからないが、その時はインシャのアリバイがない。
 グオンの息子は父親思いだった。普段から元気な父親が最近急に体調を崩したのを心配して占いを依頼した。その占いで、死ぬのは四十年後、五十年後と聞かされれば、父親も安心するだろうと思っていたらしい。ところが三日後と言われ、何とか受診の手はずを整えようとしていたところが間に合わなかった。
「さよう、元々受診されるのは一週間前でしたな。どうしてもその日しか都合がつかないとおっしゃられての。お薬が切れるのでちょうどよいとお約束していたのですが、実は急患がありましたのじゃ。急な腹痛に七転八倒しておる娘、驚かれるなよ、今噂の占い師の妹、インシャ殿でしてな。グオンさんは薬を追加処方すれば、次の診察まで間に合うと思いましてな、息子さんに託したのですが……おそらくは急に病状が悪化したのでしょう。不徳の致す所、今も忸怩たる思いですじゃ」

「行こう……もう、止めさせよう」
 征秀は暗い瞳で劉を促して、踵を返して歩き出す。
 荒廃の極みの廃墟から、生々しい現実の酷さの中を通り抜け、姉妹がここから抜け出すために歩いてきた道そのものを辿りながら、心に重く引きずるものを感じ出す。それはずるずると、ずるずると、長く長く伸びながら、決して途中で消えることも軽くなることもない、闇から伸びた太い鎖。
「占いは胡散臭くて嫌いだ。けど、グゥオシャの占いは当たってるんだよな?」
「…厳密に言えば、幾つもある可能性の一つを指摘した、だけだ」
 征秀はことばを吐き捨てた。
 未来視はそういうものではない。避けようも逃れようもない、確定したある状況を否応なしに突きつけられる感覚は、時に吐き気がするほどの無力感と紙一重だ。その力を悪用しようという人間も後を断たない。それに踊らされ人生を踏み違えていく人間をどれほど見ただろう。そんなことをしても無駄だと叫ぶのに疲れ果て、感覚を封じるために酒に溺れた。
 この力にはいい思い出などない。だから嫌いだ。ずっと嫌いだ。
「殺しはしてねぇ、けど、二人が関わらなけりゃ、その可能性とやらも現実にはならなかったんだろ?」
 征秀は眉を寄せる。
 そうだ、おそらくは、グゥオシャはその状況からある可能性を読み取れる。そして、インシャは、その可能性に繋がる一本の鎖を見ることができるのだ。輪の一つが欠けても満たされない現実を、鍵となる輪の一つをインシャが満たすことで、グゥオシャの占いを当てさせる。
「倉庫が燃えるにゃ、鍵が掛からないことが必須だった。で、鍵を新調させることで『不良品』を掴むことを呼び寄せたってことだよな?」
 征秀はちらりと劉のいつも体調の悪そうな不景気そうな横顔を見る。
「工事の中止には別の占い師が噛んでるが、グゥオシャ達に憧れてたんなら、インシャにその日が危ういなんて吹き込まれても、まんましゃべりそうだよな」
 姉妹と同様、この辺りの出身ならば、ここに戻らなくて済むなら何でもしたかも知れない。
「コックの彼女んとこに行ったのはきっとインシャだよな」
 常人には見えない鎖が見えていた。姉は結果の一つを口にした。妹はそこに繋がる道筋を見ることが出来、そこに足りない輪があるのも気づく。その輪さえ揃えば、姉の占いは当たり、お金が入り、姉妹はもっと楽な暮らしが手に入る。だから妹は、足りない輪を埋めにいく。破滅へ突き落とす最後の駒を置きに行く。
 それは事件とは関係がない部分、その行動自体は罪に問えるものではない……だが。
「七転八倒するような腹の痛みってのが本当だったにせよ……受診先にあの医者を選ぶってのが、違うんだろな」
 ふ、と劉が立ち止まった。ぼうっと路地の先を眺める姿、足下は抜けて来た道で泥塗れ、細身に羽織った悪趣味なシャツが吹き込む風にはためく。
 路地は終わる。その先は大通りだ。
 少しずつ埋める輪が歪んでいくことに、インシャは気づいていただろうか。
 日が射し、賑やかな屋台が並ぶ中、好きな物を買おうと思いながらそぞろ歩き出来る自由を目の前に、抜けて来た闇からの鎖をどこまで引きずることができるか、考えただろうか。
 人の不幸ばかり見続けていて、見えない場所でそろそろと、人を信じられなくなり、心が壊れていって欲しくない、例えそうしなくては生きていけないとしても。
「劉」
 征秀は思わず呼びかけた。まるで、隣に居る相手までが、闇の鎖、動かし難い原因と結果の鎖に引きずり込まれそうな気がした。
「あんなとこにいやがった」
 唇が皮肉に捲れ上がる。その視線を追って、征秀も見つける。
 光の中に二人並ぶ、美しい衣装をまとった姉妹。


「さあて皆様、占い師グゥオシャがここに参りましたのはぁ」
 明るい笑顔でインシャが両手を差し上げる。その背後で静かに座っているのはグゥオシャだろう、奇妙な形に結い上げた髪にまがい物だろうが金銀の櫛を差し、まとう紫の衣も白銀の帯も眩いばかりだ。
「皆様の安らかなる明日を信じ、襲い来る危険からお守りするためでございまぁす」
 集まっている人は半信半疑の顔、最近の噂もあるのだろう、野次を飛ばす者もいる。
「人殺しからも守ってくれよう」「死んじまったら怖がらなくてもいいもんなあ」
 わははは、と無遠慮な笑い声が響いた。一瞬唇を噛んだインシャが、気を取り直して深くお辞儀する。
「どうぞまずはお試しくださぁい!」
「じゃあ、まあ、俺が」
 人の良さそうな男が一人、財布を取り出しながら近寄ってきた。
「そうだなあ、俺の可愛い一人娘のことなんだが」
「劉」「ああ」
 踏み出した征秀に先んじて、劉が男の前に飛び出した。
「なあお客さん そこのインチキ姉妹よか星川のがよく当たるぜ。こいつは有名な占い師なんだ」
「えっ」
 予想外の劉のことばに驚く征秀に構わず、劉は声を張り上げる。
「いっそ占い対決ってのはどうだ。ここに片方 毒入りの水がある。それがどっちか、見事当てたほうが勝ち」
 何を言う、ということばは声にならなかった。衆人環視の中、劉が近くの屋台からコップの水を二つ借り受け、何かの雫を注いで振り向く。姉妹も驚いた顔で立ち竦み、劉と征秀を交互に見やる。
「面白いじゃないか」「やって見せろよ兄ちゃん」「それはほんとに毒なのかよ」
「ちょ」
「俺は星川を信じる。ムカツク野郎だが、人を見る目と腕は確かだ」
 今更逃げる気はねぇよなぁ? 細めた劉の目が嘲笑う。いつかのコロッセオの再現のように、味方のはずなのに喧嘩を売っているようだ。
「毒にゃ滅法強いから死にゃしねえが、苦しみ悶えて吐血ぐらいはするさ。くれぐれも外すなよ」
 無茶は止めろ、そう言いかけた征秀を、凛とした声が制した。
「当てましょう。右側のコップに毒が入っております。右側を呑めば毒は全身に回りましょうぞ」
 立ち上がったグゥオシャが蒼白な顔で言い募る。側でインシャが忙しく姉と征秀を見た。今回ばかりはインシャの入る隙がない。がしかし、ここで拒めば評判はなお落ちる。
「あなたはどちらです」
 グゥオシャが問う。
 どうしても当てなくてはならなかった。未来視を使えばグゥオシャの力もわかり、征秀の仮説も証明できる、だが、使いたくない。
「星川? 左でいいよな?」
 にやりと笑う劉の意図が掴めない。左でいいと言うなら、そちらに毒が入っているのだろう、だがグゥオシャの力がもし本物だったとしたら。結果だけは確実に読み取ることができるとしたら。
「では星川は左。俺は星川の腕を信じて、右から呑んでみせる」
「待て…っ」
 言うや否やコップを口にする劉に焦った。とっさに眼鏡を外し、見えた視界に息を呑む。鮮血を吐いて崩れる劉、ならばやっぱり右のコップに毒が。
「……この、通り!」
 一気にコップを飲み干した劉はけろりとしてコップを掲げる。色を失うグゥオシャ、ざわめく見物客、真っ青になったインシャがヒステリックに叫ぶ。
「毒なんて入ってなかったのよ、どっちにも毒なんて…っ」
「確かめようぜ」
「劉…っ!」
 制止は一歩遅かった。左のコップを右と同様一気に飲み干した劉が、息を呑んで見守る見物客の前で口を押さえて血を吐き戻しながら崩れ落ちた。



「どうして…こんなことを」
 姉妹の今の宿だという一室のベッドに寝かされた劉の顔を見ながら、泣きはらした顔のインシャが呟く。
「……気にすんな。いつものお節介病だ。俺も似たようなもんだから、つい、な」
 掠れた声で嗤うのに、側に並んだグゥオシャも涙ぐむ。
「あんたらが犯人だろうがどうでもいい、けど……人死にまで出たんだ。この商売、もう潮時じゃねえか……まだ若いし二人とも美人だ…っ」
 劉がまだげろげろ、と込み上げたものを吐き戻し、疲れ果てたように寝そべりながら呟く。
「他の仕事をさがすんじゃだめなのか……俺にゃ生まれ持ったその力のせいで……逆に人生の選択肢を狭めちまってるように見えるがね」
「……」
 姉妹が苦しそうな顔で俯く。
「才能だけじゃ駄目だ……占いの本質を忘れた時点で、アンタらは天職を履き違えたんだよ……人の不幸を断言するのはただの呪いだろ……」
「……ずっと、占いをしていたのか?」
  征秀は黙りこくった姉妹に尋ねる。
「占いしか、駄目なのか?」
「あれほど派手に外しては……もう駄目です…」
 グゥオシャが低い声で呟いた。
「最初から、そんな大した才能じゃなかったんだ」
「そんなことない、お姉ちゃん!」
 インシャが首を振った。
「あたしが攫われそうになったのも、ちゃんと占ってくれたじゃない! あの時出かけるなって言われなければ、あたし今頃殺されてたよ?」
「でも…」
「外していないよ」
  征秀は深く溜め息をついた。
「え?」
「外していない……あのコップには二つとも毒が入っていた。…そうだろ?」
  劉は大儀そうに寝返りを打って征秀に背中を向ける。
 あの時、征秀の視界に見えたのは鮮血を吐いて崩れる劉の姿だけだった。だから、それが必然の未来だったのだ、たとえどちらを呑もうとも。
「け、けれど、一杯目には無事だったのに」
「…体質だ。少量の毒は平気なんだ、彼は。二杯呑むと限界を越える量になった。だから、劉は必ず俺が選んだ方と逆の方から呑んだはずだ」
 何が腕を信じている、だ。
「……使いたくねぇって顔してたくせに…」
 唸り声が聞こえた。
「だから無い頭を振り絞ったんだぞ、あの場で…………ってえっっ!」
 いきなり殴りつけた頭を抱えて劉が振り返る。
「何しやがるっ!」
「二度とするな」
「は?」
「二度と無い脳味噌を使うな」
「……んだよそれ……っ、うえええっ」
 衝撃で再びげろげろ吐き戻す劉に、やはり一瞬だけ征秀は顔を歪めたが、すぐにグゥオシャに向き直った。
「いずれにせよ、キミの能力は本物だ。だが、どうせなら、もっと幸福なことを占ってみるのはどうだ?」
「幸福なこと…?」
 考え込んだグゥオシャにインシャがはっとしたように囁いた。大きく頷いたグゥオシャがためらいながら口を開く。
「あの…もし、よければ今閃いた占いをお話ししても?」
 グゥオシャの占いは一瞬目を閉じた際に瞼に浮かぶ景色によると言う。
「うん、何だい?」
「これはきっと幸福な占いですわ」
 ほっとした顔で微笑むグゥオシャ、インシャが声を揃えてこう告げた。
「この先お二人はかけがえのない大切な伴侶となられるでしょう!」
「…っ、」
 げろげろげろ…。
 目を剥いた征秀の横で、凄絶な誤解に耐え切れず、劉が派手に血を噴いた。

クリエイターコメントこの度はご参加ありがとうございました。
暴走しました。自覚があります。
派手に文字数オーバーしたので、頑張って削りました。いささか暴走の気配が薄まったように思われます。

姉妹には事件は罪悪感という形では残っておりません。
それは育ちの酷さが関わっておりますが、それが最悪かと言うとそうでもありません。
何が幸いとなるのか、わからないものです。
確定された未来でさえも、それをどう受け取るかによって、千差万別の経験となるでしょう。
姉妹を縛っていた因果の鎖を、お二方によって切って頂いた状態です。同じ因果の鎖を、ご自分達からも切り解いて頂けたらと、勝手に感じました。


プレイングを十分に生かし切れておりません。
まだまだ未熟です。精進いたします。

またのご縁をお待ちしております。
公開日時2013-05-10(金) 22:20

 

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