オープニング

「この建物か?」
 ゆるく癖のある黒髪を複数のピアスが飾る耳にかけ、ゆったり気崩したスーツ姿の設楽 一意が艶やかな黒い瞳を向けると、
「……だろ」
 目が痛くなるようなサイケデリック柄シャツの胸にタランチュラのタトゥを覗かせたヴァージニア・劉が、そばかすの散った鼻梁に乱れたダークブラウンの髪を振り払う。三白眼にかけたメタルフレームに絡んで逆に見づらくなったのを、うっとうしそうに瞬いた。


 壱番世界、日本。
 二人の目の前にあるのは山奥の廃病院だった。ところどころ剥がれた看板は『大北病院』と読める。
 鉄筋コンクリート、三階建て。一階は内科・外科・整形外科・皮膚科・泌尿器科とあり、二階三階は入院病床、場所的に病院が少なかったこともあって、入院患者も外来もいつも一杯だったという。
 数年前。入院患者の一人に誤った薬を投与した医療事故があった。
 誤薬をしたのは病院院長の跡取り息子、まだ年若い医師。明らかになれば、彼は医師免許を保持できないかもしれない……元々国家試験に通ったのが不思議なほどの出来だった。
 院長は息子を庇い、内密に押さえようとし……対応を誤った。
 息子がしたミスは、それが最初でも最後でもなかったのだ。
 患者が減り出した。人の口に戸はたてられない。外来が減り、職員が辞め始め、ついには入院患者が妙な理由で退院し始めた。
 院長が真実に迫ったとき、息子は身動きできない患者の腕に喜々として致命的な薬剤を注入しつつあった。
 医療事故ではなかった。
 息子は、自ら医学実験と称して、あり得ない医療を試し続けていたのだ。
 ほぼ同時期に、入院していた娘を失った男が、法的な裁きに納得せずに病院に押し掛けた。付き添っていた妻も心労のあまり倒れて病院に運び込まれ、まもなく亡くなったと言う。
 なおまずいことに、その男を前に、息子は娘の病気が自分の『治療』の結果の発病だと言い放った。付き添っていた妻はそれに気づいたために、不慮の事故に会ったのだ、と。
 惨劇は数日後に起こった。
 鉈を片手にしたその男が病院に乱入してきた。止める職員を次々と傷つけ、院長室に殴り込み、院長を殺し、ついで息子を仕留めようとした。
 逃げ回る患者、庇う職員、だが息子は待っていた、致命的な薬剤を試せる貴重な機会に心を踊らせて。
 死闘は数時間に及んだ。
 最後は二人とも手術室で倒れていた。
 息子の首に鉈が食い込み、男の腕に、首筋に、数本の注射器が突き立っていた。
 病院は荒れ果てたまま見捨てられた。
 それ以降、この近くでは言うことを聞かない子どもに、背後を振り返り周囲の耳を気にしつつ、親がこう囁く。
「そんなことをしてたら、首が切れたお医者さんが来るよ、両手に注射器を一杯持って、大人しくしろってやってくるよ」


「ブギーマン…というそうだ」
 一意は手に抱えた白い兎を撫でながら、建物を顎で指し示す。
「子ども達は馬鹿じゃない。首の切れた医者が注射器を振り回してやってくるなんてあり得ないってわかっている」
 けれど、今広まっている噂はそいつのことじゃない。
「ここにいるブギーマンは、壁から剥がれ落ちるように現れるらしい」

 始めは肝試しに来ていた若者達の事件だった。
 院内はまだ壊れたベッドや放置された診療器具などで一杯、カルテの整理さえ中途半端に放り出されていると言う。しかも、院長室の惨状は、まだ残されているらしい。
 オカルトスポットを楽しみに来ていた若者達は、数時間後、仲間を見捨てて警察に飛び込んだ。駆けつけた警官達が目にしたのは、手術室の床で砕けたガラスで喉を裂いて倒れていたり、ベッドで自ら注射器を首に突き立てていたりする若者。いずれも恐怖に引き攣った顔で絶命していた。
 それでも訪問者はなくならない。
 やがて病院には立ち入り禁止の札が立てられ、誰言うともなく噂が歩き出した。
 あの病院にはブギーマンが潜んでいる。
 自らが始めた実験を最後までやり遂げようとする影、近づけば無意識に誘われて引きずり込まれ、歩き回るうちに背後の影からブギーマンが剥がれ落ちる。
 ずっとここにいたんだよ……。

「で……そいつが次に気づいた時は…自分の首を突き刺して死んでる、ってわけか」
「何者だろうな」
「……鳴海は『導きの書』ではわからない、と言ってた」
 劉は顔をしかめる。
「ただの幽霊か、ディアスポラされたツーリストか、それとも」
 一意が苦い笑みになる。
「世界計の破片を宿したのか」
「世界計の破片…?」
「院長の息子だよ。大北利次と言うそうだが、国家資格を得られるかどうかぎりぎりの腕にしては、手術室の大立ち回りが凄すぎないか」
 一意は冷えた目の色で劉を見返す。
「……ふん…医学実験じゃなくて、奴は世界を変えようとしていたってことか」
「世界計の破片を体内に持った者は不死に近い再生能力を持つはず、だが利次は死んでいる、となると」
「……破片が……利次の体から奪われた……?」
「ブギーマンの正体は、利次の体から世界計を奪ったなにものか、かも知れないな」
 一意はメンソールの煙草を取り出し、一本を銜え、一本を劉に寄越した。警戒しつつ、劉はいそいそと口にして火を点け、煙を吸い込む。腐った粘っこい空気が一気に押し出され入れ替わっていく快感に、吐息をつく。
「行くか」
 先に立って動き出す劉に、一意は煙草を投げ捨てて続いた。


 万能の力を得たはずだった。
 あの鉈が全てを無駄にした。
 しかし、この体も悪くない。
 身動き出来なくとも、エネルギーは次々やってくる。呑み込んでしまえば、料理は簡単だ。
 いずれは身動き出来る体、この意識を全ておさめられる器がやってくるだろう。
 ほら、またやってきた。二人の男。
 私の体の中にゆっくりと入り込んでくる。
 どちらかを器にしよう。
 首を切り裂き、そこから体に入り込もう、この無限の力を与える欠片とともに。
 そうして世界を変えるのだ。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

ヴァージニア・劉(csfr8065)
設楽 一意(czny4583)

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品目企画シナリオ 管理番号2719
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
さて、ブギーマン退治のお話をお届けします。
陰惨な事件と不吉な物語、
恐怖を楽しむ若者達を狙うブギーマンとは何でしょうか?

世界計の破片を呑み込んでいる何者かではないかというヒントがあります。
しかしそれは利次から移動しているようです。
何者に移動しているのでしょうか。
それをどうやって見つけ出されるでしょうか。
ブギーマンをどのように退治されるでしょうか。


散乱するカルテ、割れたガラスに壊れたベッド、床や壁を汚す血の染みの中で、お二方をお待ち致しております。

参加者
設楽 一意(czny4583)ツーリスト 男 25歳 オカルト関連のなんでも屋
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング

ノベル

「…」
 影が走った。
 劉は視界の端を過った闇を、ゆっくりと振り返る。点けたライターを掲げた右手、閃かせた左手の指先から飛んだ鋼糸が、光の外側の闇に素早く差し込み、食い入っていく。一階、二階、三階と歩き回りながら、鋼糸を張り巡らしてきた。釣りと同じ、一意と自分以外に動くものがあれば、すぐにわかる。
「…いねぇか」
 目を閉じ気配を探って、糸を揺らすものがいないのに再び進んだ。向かっているのは、二階の端にある手術室。
 利次はもう死んでる。てことは世界計の破片はその時病院に居合わせた誰かに移動したと見るのが妥当だ。当時は院長はじめ職員も一杯いた、ありえない話じゃねえ、そう考えている。一階に並ぶ外来、三階の病室よりも、最後の修羅場となった手術室で待ち構えるのは妥当な線だろう。
 入り口の自動扉は壊れていた。単に開いてるだけではなく、閉まりかけた戸口に無理矢理突っ込んだような銀色のワゴンがねじ曲がって放置されている。人一人くぐり抜けられるかどうかの隙間から入り込むと、そこだけ妙に生温かな空気が溜まっていた。
 ライターを掲げたまま入り込む。足下でじゃりじゃりと鳴るのは砕けた医療器具のガラスか、体積した土砂か。斜めに傾いで今にも落ちてきそうな大きなライト、壁際に押しのけられたモニターやいろいろなものを載せたままのワゴン、ベッドだけが妙に静かに鎮座しているのが逆に不気味だ。
 現場検証は行われたはずだろう、なのに、この散乱っぷりはどうだろう。まるで、その『後』にもう一度、誰かがトレー内のメスや鉗子をぶちまけたようだ。どす黒く濁った染みがそこら中に飛び散っている。壁に描かれた殴り書き、卑猥な紋様、ここでもきっと若者達が騒ぎをやらかしたのだろう。
「っ…」
 ライターに照らされたベッドがふいにどす黒く染まった。上から何かが滴ったような感覚に思わずライターを差し上げて天井を眺め。
 違う。
 次の瞬間皮膚が粟立つ感覚に、劉は左手を突き出す。
 ベッドが黒く染まったのは、ライターの光を何者かが遮ったせいだ、何も立ち塞がったように見えない視野を、何かが遮り影を落とし、今目の前に迫ってきている。
 だが、『それ』の接近より劉の鋼糸の方が速かった。目の前の影に次々と放たれる銀の光が、『それ』を後じさりさせ、元のベッドへ押し戻していく。
「そこかよ」
 低く吐く、掠れた声と同時に、ベッドにべたりと張り付いた影を鋼糸が見る見る巻き締める、が。
「ちっ!」
 ライターの光が風で揺れた一瞬、影は床に滑り降り、糸を擦り抜け、彼方に走った。振り返る劉の鋼の糸に縫い止められたかに見えて、壁を、天井を這い上がり、あっという間に視界から消える。
 劉は険しい表情で、ライターを消した。


 後味の悪い事件。どころじゃねぇな…反吐がでる。
「だからこそメンソールの煙草は止められねぇ…」
 一意は再びくわえた煙草の煙に導かれるように、三階を歩く。覗き込む病室一つ一つに微かな気配は残っている。不安、焦燥、苛立ちと激怒。
 オカルトスポットと化した今でも、単に霊的なものとしてこなされるよりも濃厚な、人の感情、想いが層になって重なっている。
「俺だったら呪殺も出来たんだがな…この世界にそういう仕事はないからな。まぁそう言うのに限って上手い事呪詛返しの準備をしてたりするんだが」
 治療方針に不安を感じたり、悪化している病状に苛立ったり、訴えても訴えても改善されない状況に、少しずつ詰め込まれ縛りつけられていくような恐怖を感じていただろう、それらの気持ちを押し殺していくことで、この病院は濃い情念のエネルギーを宿した依り代となった。
「…行っておいで」
 放った式神は、額に紅文字の呪符を張った兎達。劉にも一匹つけてやった。兎以外も可能だし、望む形にできないこともないと伝えたのだが、一番慣れている奴でいいと言い捨てて、いささか頼りなげにも見える足取りで二階の奥へ消えていった背中、だが未だ式神達に異変はない。
 闇の廊下をぽんぽんとはね飛んでいく白い兎達は、周囲のおどろな気配さえなければ、牧歌的な風景だ。時折、紛れ込んだ小さな情念の塊にぶつかるのだろう、ばしっ、と微かな音をたてて後ろ足で蹴り飛ばす姿、だが怯みもせず、竦みもせず、奥へ奥へと駆けていく。
 連なる病室の扉は一様に開いている。スライド式のドアだから、ストッパーもなしで開いたままというのがおかしいが、時々立ち止まった兎達がくんくんと嗅ぐのは、室内よりも『壁』だ。
「相手は壁から出てくるらしいからな…」
 嫌そうな顔をして一匹が駆け戻ってきた。抱き上げるとしきりと鼻を前足で擦るような仕草を繰り返し、そのままばたばたともがき出して苦しげになったので、おさめて戻す。
 一意は静かに病室の間を埋めているコンクリートの壁を見やる。延々と続く廊下、エレベーターホールに辿りつく。片面がまるまる『壁』だ。
 兎達があちこちで立ち止まって耳を立てたのがわかった。
 『何か』が動き出した、今この廃病院を自分の領域にしてる奴が。
「…?」
 一意は訝しく眉を寄せ、身構える。
 『壁』の中を移動している、そう考えるには広範囲の気配を察知する。兎達が遠い方から気配を潰される。見る見る近寄ってくる気配の色は黒、だがそれは『壁』だけではない、床も天井も、ありとあらゆる構造物を伝って押し寄せてくるこの感覚、足下を突き上げた波、降り落ちてくる天井の破片、病室の入り口がたわみきしみ、スライドドアがガンガンと激しく打ち付けられて、一意は理解する。
 ストッパーなど要らない。ドアは押し開かれて止まっているのだ、変形した入り口のせいで。そして、この四方八方から包み込まれる感覚は、『移動』というより、
「『全体』か…っ!」
 兎の最後の一匹が幻のようにうねった『壁』に呑み込まれ、一意の体にも『それ』が押し迫った矢先、一意が最終的な解決法だと思考の端に止めていたものが、階下で形になった。
 炎。
 全てを浄化させる火。
 病院自体を焼き尽くせば、移動する壁はなくなる、あくまで最終的な方法の中の一つ、世界計の破片はきっとその中でも焼失することはないだろうから。
「劉…っ」
 階下の炎に凝縮していく『それ』を追って、一意は階段へ身を翻す。
「行け!」
 放つ式神は無数の白鼠、波になって階段を流れ落ちる。


「なあ、あんた! どこの誰だか知らねえが、そんなぺらぺらの影みてえな体で満足か! ここに若くて生きのいい器があるぜ!」
 ライターの光が消えて、それでもわだかまるような影が去ろうとした瞬間、劉のことばに振り向いた気配があった。くくく、と誰かが、いや、病院全部が劉の小賢しい提案を嘲笑ったような響き、だがあえてそれに乗ってやろうとでも言うように、一気に押し寄せてきた影に劉は手術室に押し戻され、押し倒される。ざくり、と脚を削ったのは散らばっていたメスか、背中にがつりと当たったのは人工呼吸器の放り出されたパイプ、モニターが引きずっていた電源のコードが、何かに操られるように手足に絡みつく感覚。拘束、いやこれはそんなもんじゃない、まるで劉を丸呑みにしようとでもいうような。天井がぐううっと今にも自分に向かって砕け散りそうなほど歪んでたわみ、劉は息を呑む。
「…こいつ…っ!」
 影は壁を『移動』しているんじゃない。
 波打つ床は起き上がろうとする劉の脚を攫う。モニターと人工呼吸器が唐突に変形した壁に押しやられて劉に突っ込んでくるのを、鋼糸を使って必死に避ける。
「この、病院、全部…っ」
 手術室が呑み込んだ食物を咀嚼するのようにうねりたわみ蠕動するのに確信する。跳ね起きるために突いた手を呑み込む床の中に向かって、鋼糸を全方位に放射、同時にライターを弾いて火を点け、上がった炎をその腕に向かって強く吹いた。
「く、あっ!」
 燃え盛る炎に一気に包まれ、息が止まる。だが、一部劉に入り込んだ『それ』も同時に大きく唸るのに嗤った。
「熱いだろ? 一意は治癒能力がある……多少の無茶はOKだ」
 掠れた声で強がったが、正直厳しい。身動きとれなくなる前にと、放った鋼糸全てに自分が食らっている熱を満たして送り込むと、病院全体が悲鳴を上げるように身もがいたのがわかった。そして、その中に、微かに、僅かに、人の意識、首を断ち割られながらも注射器を突き立て続けた男の、理不尽で圧倒的で蔑みに満ちた哄笑が、断末魔の絶叫に混じりながら響き渡る。
 イノチヨ、スベテ、オレノ、テノ、ナカデ、イキタエロ、ヒレフセ、シタガエ!!!!!
「……悪趣味な人体実験に淫した報いだ……地獄に落ちな藪医者………嬉々としてヒトの体をいじくり回す変態野郎にゃ反吐がでんだよ……」
「!!!!!!」
 劉は電熱線となった鋼の糸を引き絞った。声なき悲鳴が病院に満ちる。灼熱の糸に引き千切られていく壁は、砕けるのではなくねっとりとした塊になって切り飛ばされていく、さながら人の肉を引き裂いていくかのように。その不愉快な感触に耐えながら、自分に取り込んだ気配を逃がすまいと堪える。
「劉!」
 一意の叫びに薄目を開ける。熱に歪む陽炎の彼方から一意が白い清冽な奔流とともに駆け寄ってくるのがうっすらと見える。薄く嗤って、劉はもっと鋼糸を病院の隅々に張り巡らせて伸ばし、食い込ませ、引き絞った。
 蜘蛛の論理と同じ、肝心の巣がぶっ壊れちまえば逃げ隠れできねえ、廃墟が消えりゃ馬鹿な犠牲者も出ねーだろう。表向きにゃ放火か局地型の大地震って事にすりゃいい。
「囲い…込め…っ!」
「む!」
 一意は劉の意図を理解した。病院そのものが依り代、同じ結論に辿りついていたのだから、やろうとしていることはすぐに伝わった。
 白鼠達が走り寄り、燃える劉に群がってくる。普通ならぞっとするような光景だが、一意の左手首に巻いた黒数珠が微かに光を放ったように見えた瞬間、劉に絡みついていた黒い何かが白鼠に食いつかれ、引きはがされた。
 、! 、! 、、、、!!!!
 鼓膜を震わせる声、だがそれは今まで聞いたどんな叫びでもない。
 白鼠達は体の紅文字を輝かせながら、劉から、病院の床から切り離された黒い塊に噛みつきしがみついている。囲い込まれて空中に浮かんだそれが、わななき身もがき、びしゃんびしゃんと奇妙な音を立てながら、何とか白鼠達から逃れようとするが、一意の冷酷とも言える凝視はそれを許さなかった。
 手が翻る。黒数珠が音をたてて光りながら回る。
 !!!!!!
 影から解放されて崩れた劉は、床の上で焼け焦げ半裸になった体で呻いている。
 それでも、きしるような声でこう嗤った。
「なあ教えてくれよ………自分が身動きできず好き放題される気分ってなどうだ」
 のろのろと手があがる、火ぶくれて爛れた指先から、再び放たれる鋼糸は、紅の雫を引いている。それに頓着することもなく、劉は白鼠達の隙間から鋼糸で中身を貫き縛り上げた。
「……世界計の破片が入ってんなら何回切り刻んでも大丈夫だよな………どこまでバラせるか試してみるか……?」
「無理はよせ」
 一意が静かに歩み寄り、劉の体に右手を触れた。魔法的な治癒ではないが、それでも回復力は数段上がる。ひょろりとした不安定な体に見えても、劉の体は『筋金入り』だ、見かけほどのダメージは受けていないだろう。
「もう終わりだ」
 、、!!! ………!! ……、……。
 白鼠達がばらばらと落ち始めた。中身が薄ぼやけ、灰色が混じりだし、小さくなっていくのを眺めていた一意が、劉の側を離れて近寄る。
 灰色が混じり出したのではない、それは中核にあったものが影を透かして滲ませていたせいだ。
 最後の白鼠が落ちるのと同時に、突っ込んだ一意の左手は、冷たく硬質な小さな陶器のような欠片を掴んだ。
「……ち…」
 劉がぐったりしながら唸る。
「歯ごたえの……ねぇ」
「こいつには扱い切れなかったんだろう」
 一意は服のポケットから取り出したハンカチに、淡く輝くそれを包んだ。
「それより…」
 劉のところへ戻り、痛そうな顔で呻く相手に肩を貸し、立ち上がらせる。
「脱出だ。崩れるぞ」
「…休んでる間もねぇのか」
「誰のせいだ?」
「…………だりー……」
 ぎしぎしときしみ、揺れ始めた建物の階段を、二人はゆっくりと降り始めた。

クリエイターコメントこの度はご参加ありがとうございました。
遅くなりまして申し訳ありません。
くわえて……血が足りねえ(笑)
ご要望の「スプラッタ」の部分を、どうもOPで使い果たしたしまったような気がします。
兎さん達が可愛くて、囲い込んで蒸し焼きにする(違う)という案が楽しくて、そっちを充実させてしまいました、すみませんごめんなさい。
別行動をとられつつ、ポイントポイントで相手を配慮するお二方の連携は楽しかったです、ありがとうございました。


またのご縁をお待ち致しております。
公開日時2013-07-02(火) 21:40

 

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