「……ありがとうございました」 司書室、とは名ばかりの酒場で、鳴海はヴァージニア・劉と星川 征秀の報告を聞きながら打っていたPCから顔を上げる。「ということは、姉妹の力は本物だったんですね?」「本物だった」 ぼそりと征秀が唸り、劉がちらりと隣を見やる。 『因果の鎖』と名付けられた依頼は終わり、報告も済んだ。ナレッジキューブも受け取ったし、彼らの仕事は終了、後は鳴海が報告書を仕上げるだけだ。「……本物だったんだ」 もう一度繰り返し、それでも征秀はその場を動かない。劉が不安そうにちらちらと視線を動かし、やがて諦めたようにメンソールの箱を叩いた。「……お疲れのようですね」 鳴海も気づいたらしい。 PCを隣へ押しやると、立ち上がって背後の棚に向きながら、「せっかくですし、おふたりとも飲んで行きませんか? おごりますよ」「お」 劉は少し目を輝かせる。ただ酒が呑めるなら有難い。しかも鳴海の司書室には、あちらこちらの酒が揃っているはずだ。「そんじゃ、俺は…」 煙草をくわえたまま、いそいそ立ち上がって酒を選びにかかった劉は、やはり身動きしない征秀を振り返る。 どうもおかしい。いつも飾らずとも華やかな相手が、妙にくすみ沈み、はっきり言って落ち込んでいるようにも見える。「…だり…」 依頼の内容が不愉快だったのか、それとも自分の何かを重ねたのか。だが、どちらにせよ、仕事は終わった。もう関わることもないだろう。ああ、それとも、最後の最後にとんでもない占いを押しつけられてぐったりきたのか。「……ちっ」 劉は舌打ちして背中を向ける。「……星川さんは、コーヒーの方がいいですかね」 ふと鳴海が動きを止めて振り返った。虚をつかれたような顔で瞬きする征秀に、いつもの通りのぼんやり系の笑みを向ける。「レギュラーコーヒーも淹れられますよ……インスタントとたいして変わらないかも知れないですが」 カップとグラスを手に問いかける鳴海に、征秀は小さく吐息をついた。「俺は…」 垂れかかる前髪の下、眼鏡の奥の瞳がゆっくり細められた。 =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ヴァージニア・劉(csfr8065)星川 征秀(cfpv1452)=========
「いや、酒でいい…酒をくれ」 「そう、ですか」 鳴海は手にしていたカップを棚に戻した。ほとんど蒼白と言っていいような征秀の顔に、何を出したものかと思案していたが、グラスに大きめの氷を入れて琥珀色の酒を注ぐ。シングルモルトウィスキーだ。それをがっと掴んだ征秀が、一気に飲み下すのに、上機嫌で酒を選んできた劉がびくりと固まった。 「喉が渇いてるなら、ミネラルウォーターでも」 「いや、今のでいい」 小さく吐息をついた鳴海が二杯目を注いだが、これも氷が溶ける間さえおかずに征秀の胃に消える。濡れた唇を拭こうともせず、次のお代わりを要求する征秀に、さすがに劉が眉を寄せた。 気に入った酒が数本あったのだろう、あ、それは、と言いたげな鳴海を無視して、劉は征秀の隣に腰を降ろし、さっさと手前の瓶から呑み始め、鳴海を促した。 「あんたもやれよ」 「……では、えーと、一応、鍵、かけてきます」 鳴海は一瞬ためらったが、注ぐ酒を待てなくなったように、次々と自分でグラスを満たす征秀に、はは、と小さく笑って戸口へ向かった。戻ってきて選んだのは、ドイツワイン、モーゼルの白。ワイングラスに注がずに、細いシャンパングラスに注いで、ゆっくりと呑み始める。 早々に一本明けてうっすら笑みを浮かべた劉が、新たな瓶の封を開け、微妙な顔になる鳴海にグラスを掲げた。 「なあ、鳴海、あんたロストメモリーなんだってな」 黙々と呑み続ける征秀を放って、とりあえず鳴海と親交を深めようという気になったらしい。 「前の自分の事気になったりしねえか? どうして記憶を捨てたのか、司書になったのかとか……そんだけ辛い事があったのかね」 「さあ…どうでしょうねえ」 鳴海は曖昧に微笑みながら、グラスを揺らす。 「僕にそんな大した人生があったとは思えないけど」 やや砕けた口調は酒が入って軽くなった口のせいか。 「ただ、今でも好きなことやしたくなることは、前の人生に関係があることなのかなと想像することはありますね」 ぼんやり系の微笑を浮かべて、こくり、とワインを飲み干す。いそいそと次の一杯を注ぎにかかるあたり、少なくとも酒は昔から好きだったのかも知れない。 「俺だって平坦な人生歩んできたわけじゃねーけど、記憶を捨てたいとは思わねえ」 劉が独り言のように呟いた。 「そんなことしたら自分が自分じゃなくなりそうだし……俺が覚えててやんなきゃ母さんが可哀想だろ」 劉のグラスが空になったのを見定めて、鳴海は新たな酒を注いでやる。それを大人しく受けながら、 「こんな事言えるのも今がシアワセだからかな。………考えてみりゃ人生で一番充実してるかもしれねえ、タダ酒は呑めるし」 くすくすと笑う劉は、意外に長い睫毛を瞬いて肩を竦める。グラス片手に微笑する顔は、ふとした瞬間に少女の顔にも見える。 グラスが空く間もなく注がれる酒に、また劉は嬉しそうに笑った。ぶっすりとしたままの征秀をひょいと覗き込む。 「星川、あんたはどうする」 普段の口調よりうんと軽く柔らかな声、一本目に劉が空けたのは実はブルーインブルーのかなりきつい酒、それがじんわり効いてきたらしい。 「どうする…?」 征秀がまたもや一気に空けようとしたグラスを止める。鳴海があっという間に半分になってしまった酒瓶に微かに眉を寄せ、立ち上がってミネラルウォーターを取り出した。大振りのグラスに氷とミネラルウォーター、征秀のためのチェイサーを準備する。 「どうする…って…」 征秀が軽く唇を噛んだ。 「俺はまだ何も考えちゃいねえんだ。今の生活が続くなら……このままずっとロストナンバーでもいいかと思ってる。がさつで口が悪い居候にケツ蹴っ飛ばされてこき使われて、マゾじゃねえけど、意外に居心地悪くねーんだよな………元の世界に帰った所でろくな事ねーし」 「…」 あくまで軽く言い放った劉を征秀はまじまじと見つめる。 「お前…」 征秀の目が暗く澱み、細められる。 「馬鹿なのか」 「っ、何だよ、それ」 上機嫌だった劉はむっとしたように唇を尖らせた。そのまま罵倒に突入しそうだったが、頃合い良く、鳴海が少し減ったグラスに新たに酒を注ぎ足し、気を入れ替えたのだろう、ちょっとためらってから小さく息を吐く。 「…なあ星川」 グラスの中の鮮やかな紅の酒を覗き込みながら、 「あんたが怒ってるの、俺のせいか。……俺のやった事が気に食わねーんだろ」 征秀は無言でグラスを掴む。とっさに鳴海が酒瓶を抱え込んだので、仕方なくミネラルウォーターに手を伸ばし、一気に飲み干してから、空のグラスを見せてミネラルウォーターと酒のお代わりを要求した。 劉に対して怒っているわけじゃないことは、わかっている。だが、それをどうやって話せばいいのかわからない。結果、とりあえずは口許に酒を注ぎ入れることで、征秀は吐き出しそうになった気持ちを抑えている。 その沈黙が劉には不安だったらしい。ぎゅ、と眉を寄せると、 「いいじゃんか、ほっといてくれよ、俺がどうなろうがあんたにゃ関係ねーだろっ」 言い捨ててグラスを掴み、さっきまでの征秀同様、中身を一気に流し込む。たん、と音高くテーブルにグラスを置くと、鳴海がすぐに酒を注いだ。それに気持ちが解れたのだろう、 「悪い、他人に心配されるの慣れてねーから、こんな時どうしたらいいかわからねー」 珍しく吐き出された素直な心情に、征秀は首を振った。 「違う」 「は?」 「そうじゃない……いや、そう、なのかな」 「何だよそれ」 さっきからわけわかんないことばかり言いやがって。 今度はほんとに気分を害したのだろう、劉は残った酒をグラスに注ぎ、大口を開けて飲み干そうとするのを鳴海が押しとどめる。 「チーズもチョコレートもありますよ。ほら、まだまだ時間は早いんだから、のんびり呑みましょうよ」 言いながら、ちらりと視線を投げてくる、その意味を征秀もわからないわけではない。 そうだ、呑み過ぎだ。 酔うとますます気持ちが落ち込んでいく性質だと分かっているのに、こういう時は飲まずにいられない。ずっと前からそうだった、ずっと前から俺は変わってない。忸怩とした想いがまた胸に澱んだ。もやもやと霞む胸の内を掻き分けるようにことばを引きずり出す。 「……不快な世界だったが、ひどく懐かしかった」 「あ?」 低く呟いた征秀に劉はすぐに振り向いた。その顔を視界の端に捉えながら、幻のように過った劉の未来を思い出し、そちらを振り向けなくなった。掴んだグラスの氷の煌めきと琥珀の光だけを覗き込んで続ける。 「占い師だった頃、人の醜い心ばかりに触れてきた時の胸糞悪い感覚を久々に感じた」 「ああ…、なるほど」 劉の声は訝っている。今さら何の話だと、そう思いつつも聞いているのがわかる。 「姉妹達に『幸福なことを占え』なんて言ったが…俺だって、占い師の仕事をしていた時はいい未来を見たことなんかない」 「ふん」 「見えるのはいつもろくでもない未来ばかりだった」 掠れた声で少し嗤った。 「当然だ、道の先に幸せが待っている奴は占いなんかに頼ったりはしない」 「なるほどな」 両方とも互いの顔を見ないまま、目の前でじりじりと薄赤くなりつつ、グラスの酒を減らしていく鳴海を見つめてながら話をする。 一つ一つに間の手を入れる劉の声を意識したとたん、再び征秀の視界に血を吐いて倒れる劉の姿が過った。 「今回の依頼で血を吐いて倒れるお前が見えた時、死ぬわけじゃないと知っているはずなのに、正直血の気が引いた」 「…ああ」 「眼鏡をかけていたって、意識しなくたって、見える時は見えてしまうんだ」 「そうなのか」 「俺はもう、あんな場面は見たくない」 「…うん」 「もう、見たくないんだ」 そうだ、征秀は今ではこの能力に憎しみすら感じている。 ひょっとして、あの時だって、劉はあそこまでする必要はなかったんじゃないか。あんな危ないやり方ではなくとも、劉は何とかできたんじゃないのか。なのに、征秀が見てしまったから。征秀が見ることで、劉が危険な目に合う未来を引き寄せてしまっているんじゃないか。そう思うのが止められない。 「悪い…やっぱコーヒーにしとけばよかったな」 このまま果てしなく愚痴を言い続け恨み言を並べ続けそうな気がして、征秀は口を覆い、やがて顔を覆う。押し上げられた眼鏡がからん、と妙に空ろな音をたててテーブルに落ちる。 そうだ、わかっている、こんな眼鏡などはまやかしだ。本当の予知能力の前に、占いが当たるの当たらないのと言う余地はない。 確かにあの姉妹の能力は本物だったが、だからと言って、一カ所たりとも動かせない未来ではない。見えるか見えないかの境界を踏み込んだような顔をして、あの姉妹は遊んでいる。運命を操れると信じている。 だが。 征秀の知る『未来予知』とは、そんな曖昧さを許さない。見えてしまったら、それは容赦なく現実化する。最大の不幸が起きることを、征秀は誰よりも早く知り、それが現実化する時間の中をじりじりと流されて生きていくしかない。 その恐ろしいほどの絶望感を前に、普通に生きられる強い心は、一体どうすれば育つのだろう。 「……っ」 ぎり、と歯を鳴らした征秀は、顔から離した手を酒に伸ばす。 ほんの一瞬でもいい、酔って全てのことから目を逸らせることができたなら。 「星川さん」 鳴海が穏やかに声をかけてきて、征秀は目を閉じたまま手探りで眼鏡を捜した。その手に、ひんやりとしたグラスが唐突に押しつけられてぎょっとする。 「目を開かなくていいですよ」 柔らかな声に、緩みかけた瞼に慌てて力を入れ直した。 今目を開けば、鳴海の未来が見えるだろう。彼が望むわけがない、征秀も願うわけもない、避けようのない惨い未来があるかも知れない。 そして、征秀はその未来に心を縛られ、それに繋がる事象に胸を削がれ、破滅へと近づく鳴海に何かできないのか、何かを変えられないのかと苛立ち喘ぎながら応対することになるのだろう。 征秀の煩悶にも気づかず、のんびりとした口調で鳴海は勧める。 「これ、呑んで見て下さい。壱番世界の酒なんですが、おいしいですよ」 柔らかな囁きに、詰めていた息を吐いた。大丈夫だ、目さえ閉じておけば大丈夫だ、征秀はまだ何も見ていない、何も知らない、だから……無力ではない。 「…え?」 突然辿り着いた結論に、ぞくりとした。 そうなのか? 征秀は訪れる悲劇に心を痛めているのではなく、それを避け得ない自分、防げない自分に苦しんでいるのか? それ以上の思考を止めようとして、目を閉じたまま酒を口に含む。そちらに気持ちを集中しないように、舌に絡まった酒の味に注意を向けた。 「…さっきのと同じ種類?」 「当たりました。壱番世界の『白州』、それは25年です」 「……25年…」 「さっきのは12年。もう一回呑みますか?」 壱番世界で日本のウィスキーは五大ウィスキーに数えられるほどなんですよ、と鳴海は笑った。 「くれ」 注がれた酒を、征秀は目を閉じて味わった。 確かにこちらの方が軽くて華やかだ。さっきの酒のように、濃厚でまとわりつくような芳醇さはない。けれど、どうしてだろう、もう一度さっきの酒の方を味わいたくなる。 「25年のをくれ、鳴海」 「…どうぞ」 グラスが取り上げられ、酒が注がれる静かな音、からん、と溶けた氷がグラスで鳴る。投げ出していた両手、片方にグラスが、そしてもう片方に眼鏡が乗せられて、征秀は動きを止めた。 「捜しておられたのでしょう?」 静かな問いに、止まっていた酔いが、ふいに大波となって胸の奥から溢れ出す。 「ああ…」 眼鏡をかけ、瞳を開き、注がれたグラスを握りしめて口に運び傾ける。 ちらりと視界を掠めた鳴海の顔と二重写しに見えた光景に、滲みそうになった涙もろとも酒を呑む。 「捜してたさ」 ずっと捜していた、自分の能力に向き合わずに済む方法を。眼鏡が遮ってくれることを願い祈り望んできた。 けれど本当はずっと知っていた。 自分の目には未来が見える。避けようのない、抗うことも変えることもできない未来が。それに対し、征秀は無力だった。ずっとずっと無力だった。 「捜していたとも」 目尻から流れ落ちた涙を、酒のせいだと言い訳できるように呑み続けなくてはならないほどに。 鳴海と征秀の横顔を見ながら、劉は三本目に取りかかろうとして、鳴海に制され、征秀に供されたのと同じ25年のシングルモルトウィスキーを注がれ含んだ。 「……甘い…」 っていうか、凄いなこれは、口の中に何種類もの味が広がる。 劉は驚きながら、ちらり、と征秀の横顔を見やった。 さっきよりは数段活気が戻った気がする。翳った表情は変わらないが、一瞬頬を滑ったものは気づかない顔をしてやった方がいいんだろうな、と考える。 思わずほ、と小さく息をつき、それをまた知られたくなくて、視線を逸らした。 星川が悩んでいるなら、何か声をかけてやりたい。けれど、……って、俺もヤキが回ったな、と一人ごちる。 『白州』の赤みがかった琥珀の色を眺めながら、ぼんやりと回り始めた頭に緩やかに思う。 まるでダチじゃんか。 でも、ダチって言うのか、これ? 今までの記憶を探ってみるが、どうにも該当する経験がないようだ。 ガキの頃は殆ど家に閉じ込められてたし、施設を脱走してからは仲間のサンドバッグ……いや、アレは仲間はなんかじゃなかったっけ。 「ウィスキーというのは、元々壱番世界のラテン語で『アクア・ヴィテ』と呼ばれるものを直訳したゲール語らしいです。ウシュク・ベーハー、『生命の水』という意味らしいですね」 鳴海が自分のワインを置いて、新たなグラスに氷を入れ、『白州』を注ぐのをじっと見守った。煌めき尖った透明な峰に、鮮やかな黄金色の芳香が降り注ぐ。尾根を僅かに溶かして底に満ちていく艶やかな液体に、ゆったりと渦巻く流れを見て取れる。 それとは別に、鳴海は長めのグラス一杯に氷を詰めた。ウィスキーを注ぎ、マドラーでゆっくりとかき混ぜる。しばらく眺めて、頃は良しと踏んだのだろう、冷蔵庫からソーダを出してくると、氷にかけないように静かに注ぎ込んだ。グラスの九割まで満たすと、マドラーをそっと動かし、そろそろと抜く。 「ハイボールです」 声をかけて差し出すそれを、征秀はさすがに上気した顔でぼんやりと眺めた。額から落ちた髪、眼鏡の奥で潤む瞳、苦しげに寄せた眉はいつものホスト顔より数段悩ましげで艶がある。 そっと口に運ぶ指先のしなやかさに、劉は少し見とれた。 「…旨いな」 掠れて深い声、静まった司書室の空気の中で、底に注がれたウィスキーのように溜まり、宿り、香りをたてる。 喘ぐように吐くように、見たくないと繰り返した声を思い出した。 ダチ。 ……ひょっとして俺、あんたの事ダチって思ってんのかな。 呟いたのは胸の中だけ。 今の征秀には、そのことばは、届くこともなく遠く突き放されるだけのような気がして。 「鳴海」 「はい」 「折角だ、星川と俺に似合うカクテルを出してくれ」 「お二人に、ですか」 鳴海は一瞬面映そうな顔になった。 「……そうですね、ゴッドファーザーとかマンハッタンとか……まあ、ミッドナイト・カウボーイというのもいいかも知れませんが」 ああ、僕、酔ってますね、と薄赤くなった顔を振った。少し小首を傾げて考え、やがてさっきのより長め大きめのグラスを取り出してくる。そこへ意外なものを入れるのに、劉は目を見開いた。 「砂糖?」 「はい、それにミントの葉…」 水を少し、それでミントを潰しながら砂糖を溶かし、砕いた氷をぎっちり詰める。そこへバーボン・ウィスキーを注ぎ、よくかき混ぜた。溶けた分の氷を新たに入れ、新鮮なミントの葉を追加し、ストローを二本添える。 「ミント・ジュレップと言います。壱番世界の小説にあるほど見事には作れませんが」 「他の酒は混ぜねえんだな」 劉は瓶を眺めた。ジム・ビームというお酒ですよ、と鳴海が目を細め、 「メーカーズマークというバーボンでもおいしいんですが、今はこれで」 「うん」 劉はちらりと征秀を伺う。征秀はグラスを両手で捧げ持つようにして額にあて、眠っているかのように見える。 「…ふぅ」 またいつか、どこかで呑もうと誘ってみようか。 そう考えながら、劉はストローを一人でくわえた。
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