クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-13099 オファー日2011-12-14(水) 15:15

オファーPC 深山 馨(cfhh2316)コンダクター 男 41歳 サックス奏者/ジャズバー店主

<ノベル>

 丘の上から振り返る。落葉樹の木々に彩られた小さな町が見える。橙、緋、紅。温かな色合いを重ねた三角屋根の家々から、煮炊きの煙が幾本も立ち昇る。
 乾いた青空へ向けて細くたなびく白い煙を追って、短い黒髪の下の菫色した瞳が空を仰ぐ。明るい空から降る朝陽を受けて、穏かな眼の紫が水晶のように透き通る。
 白い陽が右目に掛けたモノクルの硝子に反射する。眩しさに細めた目尻に優しい皺が寄る。片手には黒いケースに入れられたテナーサックス。眼を射る朝陽を遮る手が、男性的でありながらどこか繊細なのは彼が楽奏でる者であるが故か。
 まとわりつく朝陽を払うような仕種で手を下ろし、深山馨は止めていた足を踏み出す。古びた石畳の坂道を再び登り始める。冬枯れた草花に半ば埋まった石畳の道の先に、目指す場所がある。
 『空への階段』。丘の下の町の住人は、丘の上の遺跡をそう呼ぶ。かつてこの地に生き、いつのまにか姿を消した、翼持つ種族が暮らした集落の跡。彼らはこの丘から産出される竜刻の欠片を集め、精製し、その竜刻の力を己が翼に得て空を舞ったのだと町の人々は言う。
 今は、元住居であった白い岩の残骸が風に鳴く、静かな丘。丘の中央には、何かの儀式の場なのか、白い平岩を階段状に重ねた遺跡がある。
 町の住人の言う『空への階段』はこれなのだろうと、馨は人工的に磨かれた岩の端に腰を下ろす。
 ――其処で、待っていてください
 依頼してきた世界司書の言葉を思い起こす。
 ――暴走間際の竜刻、あなたの前に現れます
 現れるとはどういうことかと聞いても、司書はわからないと首を傾げるばかり。ヴォロスに行き、暴走の予見される竜刻を回収してきてくださいと頭を下げるばかり。
 朝陽の匂い含んだ冷たい風が空から降って来る。舞台のようにも見える遺跡を囲う枯れ草がさらさらと鳴る。
 風と同じ音で、猫はやってきた。
 枯れ草の隙間を縫い、尻尾をゆらりゆらりと揺らし、人間に怖じる様子も見せずに馨の足元に寄る。朝陽を金色に透かせる紅茶色の三角耳をぴんと立て、首を傾げて見仰いでくる。草の陰で琥珀に見えた猫の瞳は、陽の下では明るい金の色。
 馨は猫の瞳から眼を逸らす。逃れるように立ち上がる。石階段の反対の端へ移動する。紅茶色の毛並みの猫は馨が腰を下ろしていた場所へと当然のように軽やかな身のこなしで跳び上がった。場所を譲ってくれた人間を横目で見ながら、その場に丸くなる。あたたかな陽射しに透明な髭が気持ち良さそうに揺れる。
 風にそよぐ紅茶色の髪が、恐れ気のない軽やかな足取りが、馨の古い記憶を掻き出す。かつて愛した友人の男。谷風に暴れる紅茶色の髪が、崖の底へ吸い込まれて行く柔らかな色した髪が、脳裏をはっきりと過ぎる。かなしい記憶を押し込めようと、馨は瞼を閉ざす。
 ふと、腿に温かな体温を感じて眼を開く。開いて、思わずぎくりと身が強張る。離れた位置でまどろんでいたはずの猫が、知らぬ間に傍らに寄り添っている。両の前肢を揃え、滑らかな尻尾でぱたりぱたりと石階段を叩き、金色の瞳を煌かせて馨をちらりちらりと見上げる。反応を得られぬと気付いて、澄まし顔でその場に香箱を作る。
 彼女に似ている、とも思う。友人の妻であり、友人が不幸にも亡くなってからは馨が献身的に支えようとした、美しい女。馨が友人に代わり愛した女は、その心身を縛るものなど何も無いかのような言動をした。悪戯な猫のように微笑んだ。
 猫の視線を感じて、馨は己の視線を丘へと逃す。小さな生き物の体温から逃れようとじりじりと足を動かす。一息に立ち上がれば、猫が跳びかかって来る気がした。影の如く膨れ上がり赤い口を大きく開く、そんな気がした。こちらを見据える猫の金の瞳が、今にも己を弾劾する意志を孕みそうな気が、した。
 細い息を吐き出す。抱いた恐れがあまりにも子どもじみていて、苦い笑みに唇を歪ませる。心に圧し掛かる恐れを押し退け、猫のしなやかな背にそっと指を伸ばす。
 ほんの一撫で、背を撫でさせておいて、猫は馨の指から擦り抜けた。不満げな流し目で馨を見、ついと背を向ける。馨の腕を尻尾で柔らかく叩いて、石階段を身軽に駆け上る。階段の天辺で青空を背負って大あくびをする。馨の視線をきょとんとした金の眼で受け止め、応えるでもなく身を翻す。石階段の向こうへ姿を消す。
 『現れる』とされた竜刻は、その日の日暮れとなっても現れることはなかった。

 猫は、野良であるらしかった。
 翌日も、その翌々日も、同じ場所で同じように竜刻の出現を待つ馨の前に、ふらりと猫は現われた。そうして幾許かの時間を共に過ごし、訪れたのと同じくらい気ままに姿を消した。
 猫は馨の傍らで丸くなって眠り、馨の腰掛ける石階段の前の原で虫を追いかけ、馨が時を過ごすために持参した本を読む邪魔をし、馨が風に合わせて奏でるテナーサックスの音に耳を傾ける仕種をした。
 枯れ野原の遺跡が黄昏の黄金色に染まる。
「本日も待ち人来たらず、と言ったところだね」
 丘と同じ蜂蜜色に輝く麓の町を眺めやり、馨は然程苦にはしていない表情で呟く。傍に座り、夕風に紅茶色の毛を梳かせる猫の頭にそっと手を伸ばす。猫はちらりと馨を見仰ぎ、馨の指先に小さな頭を押し付けた。繊細な指先が慣れない仕種で頭を撫でるのを楽しむかのように金色の瞳を細める。悪戯な素振りはやはり彼女を想わせた。
「陽も暮れる」
 いい黄昏だね、と深い紫の色した眼に黄金から茜の色へ沈む光を捉える。麓の町よりも遥かに遠く、なだらかな地平に落ちて行く朱の陽を眺め、眼を細める。
 猫は馨の手首に猫パンチを食らわせて石階段から飛び降りる。長い尻尾をしゃなりと振って、枯れ草の間に消える。猫の肉球で叩かれた手首を撫で、馨はくすり、小さな笑みを零す。深まる黄昏の中、灯の燈りだす麓の町への道を辿ろうと立ち上がる。

 丘の上から振り返る。
 昨日の夜は北風がひどく強かった。凍て付いて澄んだ夜空に真白な満月が輝いた。枯れ草の野原には、月が砕けて散ったような真白の霜が降っている。
 かつてこの地に生きた翼持つ人々は、月の輝く夜の丘で竜刻の欠片を探したのだと言う。
 彼らは丘に埋れた竜刻の欠片を集め、不思議の力で精製し、その竜刻と己が翼で以って『空への階段』から遥かな空へと舞い上がった。
 宿の老店主から聞いた伝承を脳裏に描きながら、白い息を吐く。いつもの場所へと足を進め、いつもの場所に腰を下ろす。そうして、霜に覆われた枯野の遺跡を眺める。かつて此処に住んだという彼らは、一体何処へ消えたのだろう。
 翼持つ人々に想い馳せていた。だから、『空への階段』への一本道を駆けてくるその女を見た時、馨は女を翼持つ種族の一人だと一瞬信じた。
 草木凍らせる北風に紅茶色の長い髪を惑わせ、女は弾む足取りで駆けて来る。琥珀の色した瞳が馨を見る。石階段の背から昇る真白の朝陽集めて黄金の色に煌く。白い衣服纏ったその背に翼はない。
 猫だ、と直感に近く、思う。
 女は迷うことなく馨の前に立つ。冷たい手で馨の手を取る。歓喜に輝く黄金の眼で、馨を見つめる。桃色の唇が、何か言いたげに動く。一番初めに何を言おうと迷うのさえ楽しいのか、くすくすと笑う。
「君は、……」
 女の冷たい手に手を掴まれたまま、馨は囁く。猫が話すよりも先に何もかもを理解して、夜の初めの紫色した眼が悲しげに瞬く。
「夜の空から小さな骨が降ってきたのよ」
 無垢な子猫の眼で、女は喋る。
「翼の人が落としたんだわ、きっと」
 昨日は月が綺麗だったから、と笑う。
「骨を食べてね、そしたらあなたと同じになれたの。人の言葉を手に入れられたの」
 馨の手を離し、女ははしゃいでその場でくるりと回る。白いスカートの裾が尻尾のようにくるりと舞う。
「これであなたとお話が出来る」
 馨は女の言葉を、笑顔を、真摯な瞳で受け止める。白い息を吐き出すと共、
「それを、渡してはくれないかね」
 女にとっては刃に等しい言葉を突きつける。
 女の眼が裏切りに遭ったように丸くなる。
「猫に戻れと言うの」
 見る間に怒りを孕んでぎらぎらと輝く。
「言葉を失くせと言うの」
 怒りの故か、猫がその身に取り込んだ竜刻の力がなせる業か、だらりと提げた女の片手の爪が、凶暴な刃のかたちに瞬時に伸びる。首元に伸ばされる細剣のような爪を、馨は寸でのところで仰け反り逃れる。立ち上がりざまに地を蹴り女と距離を置く。
「どうして」
 怒りに任せて闇雲に突き出される女の長い爪を避け、馨は大きく後退する。枯野を踏んで踵を返す。きつく大地を蹴って鋭く身を翻す。凍り付いた枯れ草が、女の爪に裂かれて宙に散る。
 女の攻撃を舞うようにかわしながらも、馨は紫眼を顰める。こうしている間にも、竜刻は暴走しようとしているかもしれない。
 白い息が零れる。命の欠片のようなその息の端を、女の爪が切り裂く。
「どうして!」
 女は叫ぶ。金の眼に透明な涙が満ちる。瞳の金を写し取ったように琥珀に染まった涙が白い頬を伝う。泣き喚くまま、女は馨に爪の刃を向ける。想い裏切った男をいっそのこと殺そうとする。
 女の爪が服の端を破る。馨は再び大きく後ろに跳び退る。トラベルギアの黒い拳銃を取り出す。銃口を女の胸元へと、向ける。
 それが何か分からずとも、己が身を害するものだとは気付いたのだろう。女の動きが止まる。長い爪に当たった風が悲鳴を上げる。女の頬を伝った涙が裂かれた風に散る。
 女に銃口を向けて、けれど引鉄を絞れないまま、馨は身を凍らせる。
 女は馨を見つめる。
 馨は女を見つめる。
 女の金の眼から、最後の涙の一粒が零れて落ちる。
「撃って」
 刃の鋭さ成す長い爪の先が、力なく地面を向く。女の意思か、爪が折れて地面に落ちる。黄昏の始めの色した瞳は、一途に馨を見つめ続ける。白い衣服に覆われた柔らかな胸が、さあ、とばかりに馨に向けて突き出される。
「この血の中に、あなたの求めるものが溶けている」
 胸に手を当て、女は告げる。己を殺そうとする男の傍に、僅かの恐れもない軽い足取りで近寄る。男の手を取り、己が胸にその手を導く。男の掌の体温を感じて、女は柔らかく微笑む。
「此処よ」
 男がもう片手に持つ、黒の拳銃の銃口に白い手を添える。男の抵抗をその笑みで封じ、銃口を持ち上げる。胸の真中へ、押し付ける。
「私は、あなたに殺されたい」
 静かな口調に愉悦さえ含ませて女は囁く。それはまるで愛の告白。
「ね」
 深く深く、女は微笑む。
「殺して」
 暴走の予見される竜刻に、封印のタグを貼らねばならない。そうしなければ、暴走した竜刻は女の身体さえ食い破り、古の竜のかたちとなって竜刻の力を撒き散らす。古代に大地を支配した強大な竜の力は、丘の下の町さえ容易に焼き尽くし、破壊し尽くす。町に住む人々が死ぬ。
 馨は女の身をかき抱く。本性を猫とする女の身は、温かな陽を存分に吸った草の匂いがした。
 女をきつく抱いたまま、その胸に押し当てた拳銃の引鉄を落とす。
 その一瞬、馨の背に漆黒の翼が開く。鴉の両翼のようなそれは、馨に抱かれ撃たれた女の金の眼にだけ映る。
「綺麗ね」
 馨の背に回した両手を伸ばし、女はその翼に触れようとする。けれど影の色した翼は幻。女の指先に僅かも触れることなく風に消える。
 力失くして崩おれる女の身体を追い、馨は地に膝を突く。女の肩を抱く。紅茶色の髪に覆われた額に額を押し付ける。身が縮むほどの苦しい息を、食いしばった歯の間から零す。
 女の冷たい指先が伸びる。馨の頬に触れ、落ちる。
「……これだから」
 馨は静かに吐息を洩らす。膝に頬預けた女の顎や首を伝い、胸や腰にまで流れる長く艶やかな紅茶の髪を撫でる。
「猫は嫌いなんだ」
 言葉とは裏腹、髪を撫でる手は愛おしい者に触れるかのようにどこまでも優しい。
 馨の指先を紅茶色の髪が滑り落ちる。
 胸に赤く広がる大量の血が、震えて集まり、石のかたちに固まる。血の色した竜刻となる。
 色失った唇にほのかな笑み刻んで、猫は息絶えている。


クリエイターコメント お待たせいたしました。
 翼人の伝承残るヴォロスの地での一幕、お届けさせて頂きます。
 捏造改変御自由に、の魔法の言葉に甘えさせて頂きまして、色々と捏造改変してしまっていますが、……少しでも、楽しんで頂けましたら幸いです。

 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
 またいつか、お会い出来ますこと、楽しみにしております。
公開日時2011-12-30(金) 21:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル