クリエイター玉響(weph3172)
管理番号1351-22590 オファー日2013-03-02(土) 21:02

オファーPC ニコル・メイブ(cpwz8944)ツーリスト 女 16歳 ただの花嫁(元賞金稼ぎ)

<ノベル>

 重く垂れ込めていた空が、とうとう決壊した。

「参ったな」

 勿体ぶったように一筋落ちた雫を皮切りに、次から次へと雨を呼ぶ。
 花嫁のヴェールに、白いレースに、長い黒髪に、滴り落ちる雨粒。それらを避ける事も出来ず、しかし、ニコル・メイブは淡々と首を傾げて小さくぼやくだけだった。ぬかるみを踏み外さないよう、慎重に駆ける足を速める。
 雨に曝されて、周囲を覆う濃緑の景色が深く煙る。肌に纏わりつくような暑気が不快さを増していく。緑の霧に覆われているようで、籠る熱を吐き出す場がない。
 煙る濃密な大気が、耳鳴りに似て鼓膜を潤していく。
 緑を掻き分けて辿り着いた、その場所は、木々に侵蝕された旧き神殿のような容をしていた。
 天を目指し翼を広げる、極楽鳥を模したかのような門を潜る。数多の獣を意匠化した何本もの柱。石畳に刻まれる、古代の言語で綴られた儀式の祭壇。ニコルの知らない、この地方独特の信仰が深く根付いている場所。
 “大鷲の民”とは容を違えながらも、この場所にも確かに神が息衝いているのだと、場を覆う澄んだ気配が物語る。それらを否定する言葉も、理由も、ニコルは持ち得なかった。
「――この衣裳で来て、正解だったかな」
 ただ、積み重なる信仰の築いた神の座を侵す、その非礼を胸の内で詫びる。

 ◆

 竜刻の大地・ヴォロスの外れ、熱帯雨林の広がる一地方に、現地の人間たちに《聖域》と崇められる場所があるという。龍の生きた時代に建てられたという建物は崩落が進み、足を踏み入れる事も許されぬ、まさに禁じられた地だ。
 そんな《聖域》の奥深くに、かつての住民が遺した竜刻がひっそりと眠っているのだと、ニコルは依頼を持ち込んだ司書から話を聞いていた。現地の言葉で《神の魂》を顕す名を持つ竜刻に封印のタグを貼り、図書館まで持ち帰ってくるのが、今回の依頼だった。
 神殿の奥、崩落した天井と緑の蔓に光が遮られる薄暗闇の中を進みながら、ニコルは竜刻が持つという紅の光を探す。視線を巡らせ周囲を見透かす度、大鷲の金眼がぎらりと煌めいた。
 聖域の内部は、不吉なまでに静かで、荘厳な空気に包まれていた。
 崩れ落ちた天井から注ぐ雨垂れが、石畳を削ってできた泉に波紋を描いている。静かで、美しいリズムを聴きながら、ニコルは二丁拳銃を握る手に力を籠めた。水底から湧き上がる不穏な気配を、肌で感じ取る。

《 立ち去れ 》

 何処からともなく、声が降り注いだ。
 神聖で、荘厳な――数多の声が幾重にも連なる、パイプオルガンの音に似た響き。
 足元から響く何者かの跫と、天上から降る何者かの聲。
 侵入者を排除しようと動く、聖域の意志を全身で感じ取りながら、純白の猛禽は静かに、姿勢を低くする。

《 神の座を荒らすモノよ、一刻も早く消えるがよい! 》

 ――より苛烈さを増した聲。
 それを合図に、水面が弾け、飛び散った粒子が靄のように大気を包み込んだ。瞬間的に塞がれる視界。黄金の瞳を庇って、ニコルは白いドレスの袖で顔を覆う。
 やがて、或る一点を中心に、飛び散った粒子が急速に集い始める。
 凝縮し容を造り上げたソレは、ニコルの倍はあるかと思える、巨大な人形の姿をしていた。
 泥を幾分か取り込んでいるらしく、常に流動を続ける液体は濁り、身体の裡を隠している。
「神殿のガーディアン、ってトコ?」
 不敵な笑みをその口許に刷き、水人形の振り降ろした一撃を軽やかな身のこなしで躱す。バランスを崩した相手が沈むようにして倒れ込むのを見届けて、花嫁のドレスを翻した。
 踏み込んだ一歩で、無防備なその顔面に拳銃を捻じ込む。
 銃声。
 至近距離で放たれた弾は、確かに人形の額を鋭く穿った。
 しかし、液体で出来たその頭部は刹那の内に飛び散り、霧へと変じた後すぐに撃たれる前と同じ容を取り戻す。
 拳銃を得物とするニコルには分の悪い相手だ。大鷲の娘はきっと表情を険しくし、しかし焦りの色を見せないまま立ち回る。液体で形作られていながらも力強い一撃を身を捻って躱せば、振り降ろされた拳は石畳に大きな罅を作った。
 鈍重な拳を避けながら、慎重に相手の様子を探る。
(こういう敵は、何処かに弱点が、ってのが定石だろうけど)
 表面上は、滑らかな液体が蠢いているばかりで特別なモノは見られない。ならば奥か、と黄金の瞳を尖らせて、ニコルは猛禽の動体視力で以ってその姿を捉えた。
 流動し続ける液体の中央、人間の喉仏に当たる場所に、透明な光が揺れているのが、大鷲の目に映った。
(――羽根?)
 水晶、硝子、或いは氷のような、澄んだ光を放つ羽根がひとひら。
 ソレが水のゴーレムを操る鍵のように、ニコルには視えた。
 瞬きをひとつ。大鷲の目を解放したことによる目眩をやり過ごす。
 眼差しを鋭くし、ニコルは低い姿勢から飛び込んだ。全身を震わせた咆哮から弾ける飛沫に怯む事もなく、連動して崩落する天井の瓦礫を軽やかに避けながら肉薄する。
 踏み出された右足の膝関節を足場に、高く跳び上がる。
 流動する濁った液体の中、うっすらと閃いて輝く一点に向け、銃口を押し当て引き金を引いた。
 何かが砕ける、澄んだ音。
 凛冽な鈴が、高く鳴り響くような。
 音の振動に耐え切れず、核を喪った水の器は弾け、雨になって降り注いだ。
 水溜りへと還った兵士を眺め、二丁の拳銃を軽やかに手の中で回転させる。満足げに胸を張ってみせれば、大気を包む大いなる気配が、いびつに歪んだような感覚があった。

《 貴様――! 》

「まだやるつもり?」

 私は別に構わないけれど、と、悪戯な笑みを浮かべてニコルは挑発する。
 声の主は神殿の大気を怒りに震わせ、しかしそれ以上は干渉できないようで、ただ悔しげに呻きをこぼすばかりだった。

《 不届き者、神を愚弄するか! 》

「神?」

 雨に似て降り注ぐ、荘厳なる声を端的な一言で遮って、ニコルは崩落した天井の隙間へと銃口を掲げてみせた。
 瑞々しい少女の面影を残した口許に、不敵な笑みが乗る。
 猛禽によく似た黄金の双眸が、不穏に煌めいた。

「知ってるよ。あなたは神なんかじゃない」

《 ――! 》

 大気が、瞬時に竦み上がるようにして冷えた。
 それにも頓着することなく、ニコルは言葉を続ける。

「カミサマはね、もっと高い場所から私たちを見ているの」

 地に落ちた猛禽を祖に持つ娘は、鋭い眼差しで何処とも知れぬ虚空をただ見つめていた。声の主が何処にいるかは判らない、しかし、ニコルの言葉をじっと聞き届けている、そんな確信だけがある。
 荒野に堕ちた一族にとり、神とは《俯瞰するモノ》だ。
 空を駆ける鳥よりも更に高みから、地を這う人間たちを見守っているだけで、決して歩み寄ってくるものではない。人間が想像の翼を広げて近付こうとしても、何処かで必ず限界が生じる。壱番世界に伝わる、太陽に近づきすぎて融かされた蝋の翼の少年のように。

「あなたが何者かは知らない。でも、もう神を騙るのはやめにしたら?」

《 だが、私は――わたし、は、 》

 重厚な声が、震え、動揺を見せ始める。幾重にも築いていた厳重な壁が、一枚一枚と崩れて行くように、重なる響きが剥がれて行く。ニコルはそれを、じ、と猛禽の瞳で見据えたまま、待ち続けた。
 崩れ落ちる人格。
 零れ落ちる意識。
 神を偽り高くを旋回していた筈の鳥が、ニコルと同じ高みにまで降りてくるような、そんな錯覚を抱いた。

《 僕は、もう、戻れない 》

「戻れない?」

 怯えを隠そうともしない、弱弱しい言葉を捉えて問い返せば、足元に広がる水溜りがふと色を変えた。ニコルの問い掛けに応え、水泡が浮かび上がるようにして映像を映し出す。

 急速に枯れ、死に絶えていく密林の姿。
 いつのものともしれぬ、此の地の昔の光景。亜人の文明の終焉。
 同族の民が渇きと飢えに倒れて行く脇を、一組の翼持つ親子が駆け抜け、神殿の奥へと向かっていった。

 神殿の最深部へと彼らが辿り着いた途端、紅の光が部屋を覆った。
 氷に包まれていく室内。凍りつく子の足先。
 当惑する子を後に残し、振り返る事もなく、父親が元来た道を駆け登っていく。

 ――そして彼は、氷の棺に鎖された。

 聖域に取り残され、たった一人、永遠にも似た時を生死の狭間で眠り続けている。
 いつか来る目覚めのために。

 だが。

《 僕にはもう、帰る所がない 》

 あまりにも、時間が経ちすぎてしまったのだ。

 積み重ねられた信仰は、この地に宿る神とこの地に眠る彼とを同一のモノに変えてしまった。己でも知らぬうちに神の自覚に塗りつぶされーーかつての己を、喪ってしまったと、声は嘆く。
 何重にも覆い尽くされたヴェールを脱ぎ捨てた、その奥に隠されていた声は、幼い――ニコルよりも年若い、華奢な少年のものだった。声変わりを経たばかりと思しき、不安定な響きを孕んだ、薄氷のような聲。
 神でなければ、神の殻を被っていなければ、存在できないのだと、泣きじゃくるように少年の聲は云う。

「どうして?」

 天上を振り仰いだまま、ニコルは首を傾げ、その言葉の意味を乞う。

《 決まってる。僕はもう、死んで―― 》

「生きているよ」

 冴えた風が、駆け抜けた。纏わり付く雫を祓うように。覆い隠す影を払うように
 熱を孕んだ静かな大気に、凛然と言葉が沁み込んで行く。
 少年の気配は口を噤み、ニコルの挙動を待っているようだった。純白のヴェールの下、野生味を残した娘の唇が笑みに彩られる。
「きみはまだ、そこに居るじゃない」
 まるでそれを初めから知っているかのように、ニコルはあっさりと口にした。何処にあるとも知れぬ相手に向かって、怯む事も疑る事もなく。ただ淡々と、乾いた穏やかな瞳が天を見つめていた。

「きみに目を開ける勇気がないのなら、私が暴きに行くから」

 振り翳した銃口。
 振り仰いだ黄金。
 その奥に秘められた、燃え上がるような火を前に、少年は静かに息を呑む。
 暫し場を包み込んだ静寂を肯定と取って、ニコルは一層鮮やかな笑みを浮かべると共に掲げていた拳銃を降ろした。
「決まりね」
 そこで待っていて、と、消えつつある少年の気配に語りかける。
 籠る暑気の合間から流れ込んだ、一筋の冷えた風が、何よりの応えだった。

 ◆

 一歩、足を踏み入れた途端、刺すような冷気がニコルを襲った。
 壁や天井を我が物顔で侵蝕する木々は生きたまま凍り付き、燃える緑は澄んだ氷の檻に閉じ込められている。これまでの神殿とはまた違う、しかし神聖な気配に覆われた場所。
 その中央に聳える、太い氷の柱の中に、彼は居た。
 見目はニコルよりも二つ三つ若い少年のようだが、尖った耳、首筋や指先を覆う細かい羽毛から、鳥の血を継いだ亜人のように見える。
 氷の棺の中にあっても、その頬は燃えるような色を宿していた。
「ほら、言ったでしょ」
 声をかけてもいらえはない。しかしニコルは静かに微笑んで、指先を氷の表面に滑らせた。
「きみはまだ生きている」
 神を名乗るのは早過ぎる。命を諦めるのも早すぎる。
 そっと語りかけた後、天井を振り仰いで、黄金の瞳を猛禽のように尖らせた。
 青白く燃える氷の檻に閉ざされた部屋の中で、たったひとつだけ、異質な色に揺れる光。陽光射さぬ地下に於いて燈火の代わりを担うそれへ、両手の拳銃をゆっくりと掲げ、狙いを定めた。
 狙撃は苦手なんだけど、と苦笑を零しながら、しかし存外落ち着いた態度で、大鷲の娘は真っ直ぐに引き金を引いた。両手の二撃とも見事に獲物を捉える事は叶わなかったが、光を囲む氷の壁を撃ち抜き、分厚い壁に罅を走らせる。
 粉々に砕けて零れ落ちてくる、薄氷の破片。それらに護られていた、鮮やかな紅の竜刻を掌に受けとめて、そっと封印のタグを貼った。
 木々を、部屋を、少年を覆い尽くしていた氷の壁が、見る間に砕け、溶け、割れて行く。春の息吹が瞬間的に部屋を駆け抜けて、すぐにそれは、熱帯の濃密な暑気に塗り潰された。
 氷に包まれていた少年の身体が、ふと身じろいだ。次いで、空気を僅かに揺るがす、小さな瞬き。長きの眠りから覚めたとは思えぬ瑞々しさで、少年は息を吹き返す。
 緑の焔を孕んだ瞳が、その奥から顕れたのを見守りながら、ニコルはゆっくりと手を差し伸べた。

「起きた? ――じゃ、行こうか」

 目醒めた己の目で見る空は、きっと譬えようもなく美しいだろうから。

 <了>

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。
イメージソング限定オファー、第三弾をお届けいたします。

手に入った音源が片方だけでしたので、そちらを重点的に聴き込みながらノベルを構築させていただきました(どちらがメインか、お分かりになるでしょうか?)。
PC様のもつ世界観があまりにも格好よく、またご指定の曲とぴったりでしたので、その世界を壊さないように描けていれば幸いです。

雨、神、魂、罪、疾走感と躍動感、女性の瑞々しい美しさなど、たくさんのモチーフが浮かび、世界観の選択から非常に悩んだりも致しましたが、とても楽しく書かせていただきました。
もちろんこちらも、曲名は私の方では伏せる事にいたしますね。

それでは、御縁がありましたら、また違う物語をお聞かせくださいませ。
公開日時2013-07-23(火) 22:50

 

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