「そろそろとりあえずの埋葬は終わってンだろォが。さっさと樹海行こうぜ、樹海」 そう言ってジャックがマスカローゼを誘ったのは、世界計がなおるしばらく前のことだった。「いえ、その――どうして樹海なんです……?」 手を惹かれて墓地を引っぱり出される中、少女が問うた。「アァ? ンなの他に行く場所がねェからに決まってンじゃねェか……おっと」 うっかり口を滑らせた、という様子の青年をみやり小首をかしげる黒衣の少女。「まぁ確かに色々訪問者はあるみてェだがヨ。ちょっとくらい外しても平気だろ、夜のないここじゃテメェの寝てる時間だって実際は客が来てンだゼ? 細けェこと気にすンじゃねェヨ」 まだ全ての作業を終えていない、と告げて渋っていた少女を強引に誘い出す青年。 黙々と作業している少女が、ほとんど休みをとらず作業を続けていることを――手伝いを申し出たことによって、だが――青年は知っていた。 急場を要する作業の間はそれもしょうがないということができようが、いくらなんでも限度というものがある。 手に下げた袋には、「ッタク、なァんで俺がこんなことをヨォ」とぼやきながらつくったサンドイッチ。 無理矢理に休憩を取らせるべく、様々な理由を用意してやってきただけだったが、あくまでも名目は樹海探索である。 森林浴というわけではないが、まぁ気分転換になる程度に樹海を巡って、軽く飯食って。 ――そんな皮算用をするジャックに引かれた腕を、不意に立ち止まったマスカローゼが解いた。「アァン?」 無理やり解かれ、嫌がってるのかと様子を伺ったジャック。 そんな彼に対し、もう、とぶつぶつ言うマスカローゼは、そのまま手のひらをつきだしてきた。「握るのでしたら、腕ではなくこちらにしてくださいませんか――無理やりでは歩きづらくてかまいません」 仮面に表情を隠された少女の真意はわからない。 表情は相変わらず無表情というか、無感動なものではあったし、さして深い意味はなく、言葉どおりなのだろうと見て取れた。 同行することを承知したわけだし、特段引っ張っていく必要があるわけではない。 ――さて、この手を握るべきだろうか。 ジャックはこの後の行き先も含め、しばし思案を巡らせることとした。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジャック・ハートcbzs7269仮面の マスカローゼcucc5741=========
「両手出せ、マスカローゼ」 そう言って悪戯を思いついた子供のように、笑みをうかべる黒髪の青年。 爬虫類のように細い瞳孔がなおいっそう細められ、格好はといえばチャラチャラとしており、何が起こるかわからない樹海への道行という趣は一切感じられぬ、普段のそれ。 まさに彼にとってはきばらしの「散歩」なのだろう。 「はぁ……」 対する黒衣の死神然とした衣装を纏う少女に浮かぶのは、戸惑い。 抗議したはずなのに、楽しげに笑われているというこの状況が、経験の少ない彼女にとっては不明瞭極まりない状況なのだろう。 智慧はあっても歴史なく、知識はあっても経験がない。 ゆえに、常ならばともかくこうした突発的事象に対しては思考が鈍くなるように見受けられた。 「いいから、早く出せってんだヨ」 そんな少女の様子を見つつ、若干悪い大人になった気分――気分もなにも、実際そうだろうと他者がいたらツッコミをいれるに違いない――で急き立てるジャックの言葉に、マスカローゼはやはり首をかしげながら既に出しているのとは別の手も出してくる。 「ヨォシ、そんじゃあヨ」 言って、ジャックは手をにぎった。 はじめの手は、指を絡めしっかりと。俗にいう、恋人握りとでもいうべきもの。 後からの方はというと、かるく握るだけの、あえて対比するなら、親子同士で手をつなぐときのようなもの。 「で……どっちがいい?」 ニヤニヤ笑って、握り合った手を二人の間で、視線の高さまで持ってくるジャック。 かつての仮面よりもやや大きい、顔の上半分を覆う新たな仮面をつけた少女の表情はいまいち判然とするものではない。 ただうっすらと開けられた唇が、数度上下する。 何か判断のつかないことを考える時の癖らしい、となんとなくジャックは気づき始めていた。 「――では、こちらで」 そう言ってマスカローゼが選んだのは、後の方。 「こちらのほうが何か合った時にすぐにお互いに離れることができますし……最初のものは、どうにも動きにくそうです」 外された手の方でぴしゃ、と己の額を叩いたジャックだが、浮かんでいるのは笑みのまま。 「ったく、そんときゃあおとなしく抱き寄せられて守ってもらうんだヨ。こういう時は、ナ」 「マァいい、いくゼ」と付け加え、先導するかのように樹海へ意気揚々と歩き出すジャック。 手をひかれるマスカローゼの不確かな足取りが、それに続いた。 ‡ 樹海は、ヴォロスのそれよりもまた密な、樹々の根が互いに絡み合い、大樹と大樹により作られるいくつもの隘路が、木の根道となって続いていた。 常人ならバランスを崩しかねない地形でも、二人にとっては歩むに容易い。 それでも樹海は広大で。 分け入ってはや数時間。 鼻歌でも歌いかねないような上機嫌で歩いては、樹々より降り積もる穏やかな空気を楽しんでいたジャックと、それに付き従いつつも時折近寄ってくる森に住まう動物の相手をしているマスカローゼ。 「だめですよ」 手にのって来た栗鼠が仮面に興味を示すのを、少しだけ遠ざけて邪魔する少女。 その様は、かつてヴォロスの一国をただ一人で攻め落としかけた魔人の名残等感じさせない嫋やかなもの。 「………可愛いナァ」 口にだすことはせず心に想うままに留める。 娘を溺愛する父親はこんな気持ちなのだろうか、柄にもなく、ジャックは感じていた。 彼とアルナの子なら最低でもテック能力者になったろう。そしてそのことについて、当然過ぎて気にも留めなかったに違いない。 より強く、より高く。 一族の戦士として定められた運命を背負わされ、生まれ来る子。 そしてアルナを殺してしか生まれない子。 そんなオール=テックの娘など、実際にこの手に抱いたとしても、決して愛せなかったに違いない。 そう確信する自分がいる一方で、目前の少女が時折みせる、稚ない行動に対し「年端もいかない娘を持った父親」とでも言うべき感覚を覚えるのだった。 人の心に敏すぎる、小さな子供――今のマスカローゼが、ジャックにはそう見えて仕方がない。 彼女には知識しかなく、それも自ら学んだのではなく所与だったもの。 考える力を持たされながら、考える必要の与えられる生ではなかった彼女には、自分で手に入れた経験が少ない。 生きていい、生き続けていい。 お前が生きることには、ちゃんと意味がある。 そう言って、理解してくれるかは甚だ怪しかったがそれでも言ってやろう。 一度でわからなきゃ、何度でもくりかえしてやるまでサ。 「あ、もう――ほら、もうお行き」 いい加減まとわりつく栗鼠に少しだけ怒り、地面におろして立ち去るよう促す仮面の乙女。 その様子を眺めつつ、クックッとジャックは声を漏らす。 わかりにくいが、どうやらおかしくて思わず笑みがこぼれているらしい。 常の昂ぶりきった笑い声とはかけ離れていて、思わずマスカローゼの方に不審そうな表情が浮かんだ。 「イヤ、すまねェ――ナァおい、そろそろ飯にしようゼ」 そう言って、ジャックは手に持ち、肩に下げ、と今日散々弄んでいた手荷物を地面におくと、手頃な木の根に座り込んだ。 そのすぐそば。少し平坦になっている根の部分をぽんぽんと叩き、ここに座れよ、と少女にも促してやる。 話は食後。ひとごこちついてからで、十分だった。 「サンドイッチなら失敗しようもねェからな」 包みの一つを少女に渡し、己もまた手にとった。 先に包みを開いた少女が、若干動作を止めてジャックの方を見る。 「――ジャックさん……振り回しましたね……?」 「あぁン?」と訝しげな声を上げたジャックだったが、すぐに理解した。 包みの中のサンドイッチは片方に荷重がかかったのか、パンが押しつぶされ、汁気にあふれており見た目はちょっとだけ、残念なものになっている。 「……マァ、味は平気だろ」 確かに作るのには失敗しなかったが、運ぶのには、失敗したらしい。 何もなかったことにしてぱくつくジャックを見たマスカローゼもまた、苦笑しつつ、潰れたサンドイッチを手にとった。 「美味しい、ですよ」 「……そうかヨ」 ボソ、と無感動にもらされた感想に、ジャックは少しだけ微笑み汚れていない方の手で、布越しに少女の頭をかき撫でた。 「ナァ、いいか――」 そう言おうとしたジャックが気配に気づく。 少女が気づいたのも、同時――だが少女は、そのままジャックを突き飛ばした。 刹那、地が裂ける。 それは巨大な蚯蚓のようで、異なるモノ。メクラヘビといわれるものに近く、開かれたままに地面を突き破ってきたその顎が、座ったままのマスカローゼを飲み込もうとする。 「チィ――ばかやろうが!」 突き飛ばされたジャックが、視界の中の少女を「引き寄せ」て、腕の中へ取り戻す。 一瞬前まで少女がいた空間はワームの顎に押しつぶされ、少女の身はといえば青年の腕の中。 「邪魔してんじゃ――ねェ!!」 閃光が視界を白く染め、炭化させられたワームが、不可視の刃で細切れにされ――さらに念入りに燃やし消されていく。 「ったく、オイ」 全てが終わるまでに要した時間は、十数秒。 仕事を終え、ジャックは腕の中の少女に意識を戻した。 「――きつい、です」 力強い腕で容赦なく抱きとめられてるせいで、胸を圧迫されてしまい、「きゅう」と唸る少女。 「バカ野郎、自分ひとりだけ死のうとしてんじゃねェ、この死にたがりが!」 浴びせられた一喝に、少女の肩は、びく、と震えた。 そんな少女をぎゅっと抱きしめて、子供にするように背中をポンポンと叩く青年。既に一喝したときの怒気は収められ、しょうがねぇという表情だけが、浮かんでいる。 「俺が生きてる間は、何度でも守ってやる、抱きしめてやる。後ろでずっと見ていてやる」 だからよ、と青年の言葉は続いた。 それは、ワームによって中断させられた、最も言いたかった事。 「お前の悩みはお前1人じゃ解決しない。お前の悩みは、人との中でしか解決しないもんだ。仲間を作れ、友達を作れ……そんで辛くなったら何度でも慰めてやるから、人と話に行って来い。俺に与えられた運命で、俺が生きろというから生きるってんなら、本当の意味で、『生きて』みろ」 そう言って、未だ腕の中にいる少女の背をあやすように叩き、めくれたフードからもれる髪を優しくなでる青年。 その腕の中で、きゅ、と身を固くした少女の心の動きを読もうとは、今の青年は考えない。 ただ、理解して欲しいと願うのみ。 「俺ァただの切っ掛けだが、お前は絶対必要なモンを掴める……保証してやるヨ」 そう言うと、「忘れてたゼ」と夢幻の宮が作ったポプリ取り出し、その手へ握らせる。 「お前が元気になりそぉな香りっつったら、すぐに理解してくれて、夢幻の宮が作ってくれたゼ? お前は1人じゃねェ。見てくれてる奴は、ちゃんといるサ」 いい募る青年の言葉に返される言葉は少ない。 ただ、「そうですか――」と返されてくるばかり。 ‡ すこしだけ、時が流れた。 「そろそろ帰りませんか」 しばし身動きすらもしていなかった少女が、ゆっくりと青年の腕の中から身を起こし、問うた。 「あぁ、もう散歩って気分でもねーしナ」 頷きを返し、青年は少女とともに立ち上がる。 そしてまた、悪戯を思いついた子供のようににやりと笑う。 「お前、薔薇っていうより雛菊だよナ。棘なんてなくていいし――要らねェだろ?」 そう言って頭を撫でる青年の言葉に、マスカローゼはその顔を見上げて、少しだけ微笑みを浮かべる。 「――知りません」 返ってきた言葉は少しだけ巫山戯た響きを宿し、そんな少女の言葉に、青年は三度楽しそうに笑っているのだった。
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