クリエイター蒼李月(wyvh4931)
管理番号2189-20119 オファー日2012-10-22(月) 01:26

オファーPC 賀茂 伊那人(czbx1005)ツーリスト 男 25歳 陰陽師

<ノベル>

 ――インヤンガイ。
 暴霊が数多出現したがゆえに閉鎖されたその土地に数人のロストナンバーが派遣されたのは、本格的な冬を迎えた頃のことだった。
 賀茂伊那人もまたそのうちの一人。

 一体一体の暴霊の力は弱かったが、現場が広範囲であったこと、そしてその数が余りにも無数にいた事から手分けして事にあたることとし、そして一昼夜。
 結界術の得意なものが張った区割りの中を丹念に浄化していった伊那人は、結界が解ける時間まで、軽く休息をとろうと、路地に座り込んで壁にその背を預ける。

 うつらとするうちに、ほんの少しばかりの夢を見た。
 目覚めてみれば既に夜も更けて、夜明けまではまだしばしという頃合。
 大気は冷たく冴えわたり、術の行使には最適だからと選ばれた、新月の夜。

 見えぬ月を取り巻くかのように、強弱多様の光を放つ星々が、その存在を主張していた。
 故郷と異なるがゆえに星見はできないその夜空を見上げる中で、伊那人の脳裏に蘇るのは、幼き頃の師の言葉。

 星を見るは基礎であり、奥義である。

 師にそう告げられたのは、まだ修行を初めて間もない頃のこと。
 脈々と続く陰陽の家系に生まれた伊那人のその才は抜きん出たもので、ゆえに幼き頃、当世最高と謳われた師の下で行をなすべしとされたのだ。
 門の内を。時には外を。
 師によって与えられた行は術者としての広大な基礎を――生まれ持った才に頼らぬ技術と修練に裏打ちされた基礎をつくるためのものだったが、それは実に不親切な指導だった。
 己を見つめ、己の内面より答えを見出し、試行錯誤により生まれた解を以って是とする師の無理難題は、幼い伊那人の精神と肉体を極限まで追い込むものだった。
 平穏に過ごせる時間は絶無。
 星を見るも、人を見るも、モノを見るも、全ては修行。

 だが、それに疑問を感じたことはほとんどなかった。他者を守る為の術を身につける為に必要な道なのだと、幼い頃から叩きこまれたということもある。
 が、それに加えて師や父母の愛が確かなものだと幼心に感じていたからだろう、と今ならわかる。
 己の生まれ落ちた世界の名が、理不尽、という名の世界だったことを知っている今だからこそ、わかる。
 貧しく、飢え、盗み、犯す。全ては生まれ落ちた場所と、身を置く環境がゆえに畜生道へ落とし込まれた運命が為。
 そんな幽暗の世界に生まれ落ちた己が飢えず、他者を思いやる心を育まれたのは、偏に親が、己の心に余裕を持たせてくれたためだろう。
 愛と、金銭と、身分と、家。
 それは、門の外にある者達に比してなんと恵まれた身の上か。狂気の世界において一身に受けた期待と愛情。
 その恩恵に浴していた事を理解できるからこそ、感謝の念は汲めど尽きない。

 だが。

 師に門の外へと連れだされ、跋扈する魑魅を、魍魎を、化生を。祓い、裁き、滅し、折伏していく中で垣間見た世界の矛盾。
 門の内にあるか否か。
 ただそれだけの筈なのに、何故一方は無数の守りの裡にて世を謳歌し、他方だけが捨て置かれるのか。
 幼い時分に湧いた思いは、枯れることなく――そして伊那人は家を出た。

 それは、父母にとってどれほどの衝撃を与えたのだろうと思えば申し訳なく思う。
 だが、後悔しているかと尋ねられたら、きっと首を横に振ることだろう。

 混沌とする外の世界の人々を救いたい。

 それが彼らにとって仮初の安らぎにすぎないのだと。伊那人がいなくなればやはりその地は魍魎が闊歩し、鬼魅が生じ、人が人を殺す地となるのだと、しても。
 それでも、この手に触れる人々を。
 この目に映る人々を。
 混沌の世界の中で必死にもがく人々を、せめて手の届く限りだけでも掬いあげたいという、その衝動を抑えきれなかった。

 陰陽の術。それに耐えうる身体。自然を紐解く知識体系が故に、様々な事象への対処法――医学も含めて――を学ばせてくれた、師や父母、家族。
 衝動に身を任せた道程で、己に、そして他者に対し施した行為の中で、幾度もその恩恵に浴し、ありがたいことだと、都度想う。

 一つ実感するたびに、一度心の裡で感謝を捧げる。

 自分本位の感情で捨てた家に、そうすることで、わずかだけでも繋がり続けていられるように思えたからこその仕儀。
 それでも、心の内にある想いの火が絶望という名の水に徐々に押しつぶされて行く中で、家族への思いもいつしか思い浮かべることが少なくなり。
 やがて心の内が、冥闇へと飲み込まれたその時――気づけば、別の世界にこの身を移しかえていた。

 己は、逃げたのだろうか。

 救いたいと願った人々に、今や何もしてやれぬ場所へとこの身を置く状況を省みるにつけ、そう思う。
 抗い、争い、諍い、それでも尚尽きぬ困窮の種から逃げたいとする内心の想いが生まれ、膨張し、破裂して、そしてその末が今の有様なのではないかと、自問する日々が続く。
 心の中で抱きながら、ついぞ伝えることのなかった家族らへの感謝の気持ち。
 それを直接言葉にして伝えることもできず、いまやただその安否を案ずる想いだけが、無性に胸に沸き上がる。

 いつでも帰れる――その考えが知らず胸の奥に潜んでいたがためだろうか。
 故地で、門の外側で、旅を続ける中で感謝はすれど安否を気遣うという想いに至らなかった家族や師、輩らへの想いが最近になって募っていくのを感じる。
 失って、はじめて実感したということか。
 そう考えて、伊那人は瞑目したまま歎息する。

 生きるべく。
 ただいき合う者、目の前にあるもの、その手に触れる者をすくうべく。
 それだけで精一杯だった時は、思い至らなかった事柄の数々によって、己の無知を思い知らされていく覚醒後の日々。
 ただ生きるのに必死だった日々から解き放たれ、時を与えられ、平穏な生を得た、それが伊那人を蝕んでいく。

 安らかに眠る時間すら無かった故郷での生き様との差が、伊那人が穏やかな眠りに旅立つのを許そうとしないのだ。
 眠りに落ちるたびに、夢は故郷を描き、夢の中で父母は苦しみ、伊那人に何故逃げたと問いかけてくる。

 貴様のせいで、と。
 貴様のせいで、我々は斯様に罰せられているというのに、貴様は斯くも安逸に生きるのか、と。

 術者の見る夢は、ただの夢にはあらずして、現し世を、あるいは幽世を、あるいは未だ来ぬ世を、あるいは過ぎ去りし世を見ることがある、と師は言った。
 この夢は、ただ自責の念が生み出した妄念によるものか、それとも重きを持つものか。伊那人にそれを確かめる術は、ない。
 父母を捨て門の外を生きる場所と選んだその時に、とうに覚悟はしていたはずだった。
 己の罪科を問われる父母の嘆きを背に背負い、ただ前だけを見据えていくと決めたはずだった。

 地獄のような日々の中では、己の背負った罪科こそが背を張らせ、目の前に広がる人々の手が、行道を先導してくれた。
 このまま歩みゆくのだと、重き荷を背負い、先の見えぬ道行を、罪科を背負ってこの手をとって歩みゆくのだと、闇暗の中、わずかばかり見える足元だけを踏みしめて歩いて行くのだと――そう思っていたというのに。
 その道から外れた瞬間、己は何をなすべきか、皆目検討がつかない。闇暗だと思っていたところは未だ真の闇でなく、この道こそが真の闇だと悟るのに然程の時間を要さなかった。
 見えぬ道を歩む恐怖。背を叩いてくれる荷も、使命感という杖もない盲いた身で、緩やかに辿る、終わりなき道行き。
 それは、真綿で首をしめられるごとく、静かに、深く、この身を苛む。
 
 纏まらぬ想いを振り払うかのように、伊那人はゆっくりと両の目を開ける。
 まだ、夜が明けるほどの時は経っていない。
 夜明けとともに消える事になっている結界越しに見る夜空は未だ昏い。
 それでも星々は伊那人の故郷のそれと同様に、穏やかな光を地へと施していた。
 暁闇の空の中、静かに降り注ぐ星は、ただそこに在るだけ。けれども、伊那人にとって、唯一の、故郷と繋がる薄明かりのように感じられるもの。
 常に天にあり、地を見守る星々の有り様だけが、唯一の、杖となる。 

 それは不思議な感覚だった。
 世界の現状を覆すべく、わずかな予兆をも読み取ろうと目を凝らして見るわけではない、ただ、ゆったりと眺めるだけの星明かりの、なんと柔らかで優しげなことか。
 人生のほとんどの夜で見あげてきたはずなのに、今こうして眺める空に抱く想いは、変化という言葉では足りないほどにかつてと異なっている。
 同じ在り様であろうとも、生きる場によってこれほどに違うのだと。
 その、森羅万象に相通ずる想念に今更ながらに思い至り、伊那人は再び息を吐く。
「このような星空を見る余裕など、今までなかったのだな」
 溢された独白を聞くものは、誰も居ない。

 ただ、伊那人にとって、それは一つの標となる想いだった。
 いつか必ずあの世界に戻るのだと。
 そして救えぬままにしてきてしまった人々を救う道を、再び歩むのだ。
 最早屋敷の敷居を跨げぬ身ではあるが、同じ世界にあって家族の無事を祈り、師の安らかなるを願う日々を取り戻すのだ。
 ――そしてその旅の中で、世界の美しさを、人々とともに感じていこう。
 それは、きっと絶え間ない絶望の中、苦しみに喘ぐ人々にとって暁闇の空に差し込む曙光となってくれるのではないだろうか。
 その時は、きっと己もかつてのように絶望に押しつぶされることはないはずだと、今更ながらに思い至る。

「結局、俺は人恋しさも知らず、人の心をしらぬまま、世界のありようのなんたるかも知らぬままだったということか」
 呟く声に宿る響きは、寂しげだが、それとは別の想いも抱合しているかのように思われるもの。
 無言で眺めゆく空は次第に紫紺に揺らぎ、東雲の刻限を迎えたのだと、教えてくる。
 その身を壁から引き起こし、立ち上がると伊那人はゆっくりと歩み出す。

 それは、仲間との約束の場所への道行き。
 確かな足取りで、伊那人は歩く。
 何処かにある黎明の空の下へと至る道を、ただ只管に、歩みゆく。

クリエイターコメント 途は、みちと読みます。
 読み仮名の必要な感じを使うなよと想わなくもないですが、多義を持たせる遊びが好きなのでよく使ってしまうのでした。

 ということで、このたびはご依頼いただきありがとうございます。
 星を見て故郷を思い出し、故郷へ戻りその世を救う事を願う。
 そんな伊那人様の想いの一端を、書けてましたら幸いです。
 台詞が少ないのは仕様です。
 あえて少なめの方がよいのではないかと想いましたのでこういった仕上げとさせていただきましたがいかがでしたでしょうか。
 お気に召していただければ幸いです。

※細部含め、イメージと違っていらっしゃいましたら、すみません、力不足によるものです……!
公開日時2012-12-07(金) 21:50

 

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