オープニング

愛してる。
愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。こんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにどうしてこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなになんでこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにあなたこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにあいしてこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにどうしてこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにわたしはこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにもどってこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにおねがいこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにわたしはこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにいっしょにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなにこんなに



 だから、ねぇ?


 いっしょにいきましょう?
 あんな、邪魔する女は私がきれいに片付けてあげる。
 もう一度、あなたが私に笑いかけてくれるなら、私はなんでもしてあげる。
 あなたが前に話してくれた、「くりすます」。すごいすてきだと想ったわ。
 「くりすます」、一緒に過ごせるとうれしいわ。
 あなたがわたしをみてくれればいいの。
 わらいかけてくれればいいの。
 笑えないなら、わたしが笑わせてあげる。
 開けない目は、開かせてあげる。
 言葉を言えなくてもいいわ。
 ただ口づけをくださいな。


 これも違うわ――どこにいるのかしら、もう。
 隠れてもだぁめ。
 どこにいても、見つけてあげるんだから。
 どうせここからは逃げられないのだもの。
 ねぇ、どこにいるの? ねぇ――?



 その日、街は血で濡れた。




 とても……とっても、狂気的に。


‡ ‡



 インヤンガイの街区の一つに、「Rabbits Hole」と銘打たれた一角がある。
 貧したものには幻想郷かのごとき錯覚を起こさせる程に眩い華やかさに包まれたその街は、富裕層のみを対象とした、高級商店街だった。
 インヤンガイの世界におけるありとあらゆるものが――富、物資、更には動物(あるいは人すらも!)――集まると豪語するその街は今、歳末商戦に沸いていたのだ。
 富裕層とはいえども人は人。
 いつも以上に楽しげに飾り立てられ、いつも以上に魅惑的にラッピングされた品物の数々には財布の紐もさらに緩やかになるというものだ。(元々緩んだゴムであるという者も無数にいるが「コンサルタント」とやらに睨まれ口を閉じた。)
 宝飾店、飲食店、服飾店、ペットショップ、あるいはアンダーグラウンドな店舗達。
 どれもこれもが、モール全体でのイベントとばかりに赤と緑のモールで飾られ、様々な街区から集った富豪達が毎年恒例の商戦を楽しもうと街路を闊歩している。


 そう、その時までは。


 悲鳴が上がったのは、ネオンに灯が入れられる、夕暮れ時。
 一陣の風が、街区に吹き荒れた。
 ある者は笑い声を聞き、ある者は嘆く声を聞いたと後に語ったその瞬間。
 名の知れている金持ち達が集う社交場であった黄昏刻の街区は、一体の暴霊による狩場と化した。

 紅いドレスを身にまとい、白いファーが首元を飾る。
 長くタイトな袖はその細い腕を一掃際立たせるが、やはり深紅の布地の袖口を飾る、真白のファー。
 その先にある繊手が握るのは、そのなめらかな手に似つかわしくない大ぶりの鉈。
 腰まで流れ落ちるは漆黒の髪。
 その頭を飾るのは、深紅のヴェール。
 否。
 本来の色は、乳白色の軟らかな絹の色だったはずなのだ。
 それが朱に染まった理由は女の手にあった。

 沈黙するその物体は、かつて人の頭部であったもの。
 元々備え付けられていた身体はといえば、今正に女の目の前で、後方に向けて倒れこむところだった。
 断ち切られた首から吹き上がった血しぶきは人の頭を軽々と越え、血の雨がヴェールをしとどに濡らす。
 その様を見て、悲鳴を上げて逃げ惑う人々。そして、立ち向かう者たち。
 己の安全を金で売り、用心棒として雇い主の身を守ることを義務付けられた者達や、この街区全体を統括する組織の者、更にはそれに雇われた者。
 または単に逃げ遅れただけの者。

 数十分の後、雇用主らが逃げ隠れする時間を稼ぐだけしかできなかった男達の死体数十体が、街路に並ぶ。
 ある者は武器を持っていた腕から先を叩き落され、ある者は逃げようとして背後から背骨を断ち割られ、ある者は上半身と下半身を両断されていた。
 街区は臓物の臭気に満ち、血に濡れた街路は滑りを帯びて鮮やかなネオンの光を反射してみせる。

 煌きに満ちたその路地の真ん中で、女は「それ」を愛おしそうに撫でては笑う。
 かつて言葉を紡ぎ、笑みを浮かべることもあったであろう男の首は今や胴体から解きはなたれ、支える筋肉を失った下顎はだらりと地面に向かって落ち込み、だらしなくその口を開いていた。
 無残に断ち切られた首からは最後の髄液が一滴、また一滴と落ち、赤い肉の中に、脂肪と骨の白を覗かせている。

「ねぇ、一緒にいてくれるのよね……?」
 座り込んだ女はうっそりとした表情――と言うのは、傍で見ているものがいれば疑問を呈したであろうが、女にとっては非常に麗しい笑みを浮かべているつもりであり、つまりは幸せの絶頂を味わっているということだ――で右手で男の下顎をゆっくりともちあげ左手で後頭部下方を支え持って見せる。
 そのままに、女が口付けをゆっくりと落とした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」
 瞬間、上がるのは、野太い悲鳴。
 口付けられた男から発せられたそれ。
 死した者ゆえに、息を吹き返したわけではなく、ただ末期の意識を無理矢理に呼び覚まされただけであるがため、悲鳴を上げたのか。
 否。暴霊たる女の能力は、在る種の脅威を覚えさせるもの。
 己が殺したものの魂を正しく呼び戻し、一種のゾンビとして暴霊化させる能力がゆえに男に与えられたのは正しく生前の男の意識である。

 哀れだったのは、目覚めた男が無垢な心で最初に目に入れたのが、女の顔であり、そこに浮かぶ絶対的な恐怖と結び付けられた笑顔であったせいだろう。
 女の顔は、その美しい身体つきを全く思わせることがない、人外の物。
 目は繰り抜かれ漆黒の空洞となり、鼻は削がれ、口は耳近くまで裂けていた。
 顔の皮膚のほとんどは濃硫酸でもかけられたかのように爛れており、生前の面影を感じさせる部分は一つもない。
 そんな女に間近で微笑みかけられ、恐慌に陥った男が叫び、わめき、涙を流し、口角から泡を吹く。
 それでも女の手の中に頭だけで存在させられているため、逃げる事を許されない。

「どうして?」
 問う、女。
「わたしがわからないのかしら。ねぇ、約束したもの、覚えてるわよね?」
 泣き喚く男。
「――そう、あなた違うの。もう、いいわ」
 鈍い音が、地面から響く。血溜まりは重い衝撃を受けて跳ね上がり、女の深紅のドレスにより深い緋を飛び散らせた。
「違うのなら、いらない。いらないわ。いらないもの。あの人だけでいいの」
 鈍い音が、響き続ける。重い石を石畳に打ち付けるような鈍い響きの音が幾度も鳴らされ、そのたびに男の悲鳴が上がる。
 やがて思考回路が焼き切れたのだろう。
 悲鳴は途絶え、いつしか狂ったような笑声だけが漏らされていた。
 後頭部は既に陥没し、砕きわられ、脳漿が飛び散ってなお、意識を無理やりに保たされ続ける男の有り様は、女によって取られられたものに須らく与えられた末路であった。
 数十体の横たわる死体は、皆同様の目に合わされる。

 ケラケラケラ
 ヒヒヒヒヒヒヒヒ
 ふへ、ふひゃひゃひゃひゃ

 不快な笑い声が路地に響く中、最後の男を地面にたたきつけるのを――ちなみに、その男は名をモウと言った――やめた女はため息をつく。
「全部、偽物だなんて……ごめんなさいね、あなた。わたし、すっかり騙されてしまったわ――愛を証明するためには、あなたを語ったこの人達はちゃあんと罰を受けたのだと、教えてあげなきゃだめよ、ね……」
 そう言って、女は何故か手にしていた白い袋に男たちの首を入れていく。
 白い袋は血溜まりから吸った液体と、中の精神的にも、肉体的にも既に「人であっただけの物」から染み出す液体でまだらに染まっていく。
 明らかに重量感を感じさせるそのでこぼことゆがんだ白い袋を軽々と片手で背負うと、女はゆっくりと歩き出した。
 街路の端へ。
 逃げようとして、空間が封鎖されて逃げられる状態にないのだと判明し、恐慌に陥った人々が騒ぐ場所へ。
 女の狩りは、これからが本番だった。





 男の狂った笑い声が響き、顔を滅茶苦茶に潰された女達の遺体が横たわる。
 その中で、全く同じことを繰り返し袋の重さを更にました女が、中々目的の人物が見つからぬ事に、苛立ち始めていた。
 どうしてかしら。
 呟く声は、力なく、途方にくれたような声。
 あの人は約束してくれたのに、と女は言う。
『旅してきたものが言うには、この時期に「クリスマス」という祭りをやるんだそうだ。その時期には愛する二人が来年も共に在ることを誓い愛を確かめあうらしいぞ』
 そう言って、クリスマスの時期になったら、共に祝おう、と約束してくれた男。
 男が又聞きながら語るその「くりすます」とやらの光景はとても胸踊らせるもので、「めりーくりすます」と街中が祝いの声を上げ、愛する二人に祝福を与えてくれるのだ。

 あぁ、そうだわ。

 女は得心する。
 そうとも、彼はクリスマスを祝おうといったのだから、街もそれらしくなければ、会ってくれないに違いないわ――そう思い至った瞬間、女の周辺の血溜まりが、震え、隆起する。
 形作られたのは、血でできた液状の化物達。
 少なく見積もっても5,60人分以上の血溜まりから生み出されたそれらは、楽しげに笑い声をあげ、口々に「めりーくりすます!」「めぇえええりいいいいめりぃくりいいいいすまあああああす」「めりりーん?」「めぇりーくりー」「くーるしーみまーす」と声を上げている。

 それは、気が付けば街のあちこちから響く声。
 過ぎた力を持つ女によって封鎖された「Rabbits Hole」は、いまや狂気の舞台へと変わり果てていた。
 隠れ潜む人々のすぐ近くで、ディスプレイされていた人形が突然笑い出し、「めりくり! めりくり!」と叫んできゃっきゃと手を叩いてたかと思えば、血で構成された骸骨風の化物達――コンダクターの中には、あるいはそれが某ディ◯ニーのクリスマス映画に出てくる骸骨のようだと思ったかもしれない――が窓ガラスを破壊したり、隠れ潜んでいた女をきゃっきゃとはやし立てて逃げ惑わせたりしている。
 阿鼻叫喚の声が街中から聞こえてくるにいたって、女は満足気な笑みを――相変わらず、笑みというべきか疑問符が呈されるわけだが、浮かべている。
「さぁ、今会いに行くわ。だから、はやく出てきてね。もしあの女が邪魔しているなら、気にする必要はないの。邪魔する人なんて、ぐちゃぐちゃにしてあげるんだから」
 楽しそうにつぶやき、白い袋を背負った女。

 真っ赤な服に身を包み、真っ赤なかぶりものをして、白い袋を背負ったそれは、まさしく要素だけならサンタクロース。
 けれどもそれが贈るプレゼントは、死の恐怖と、無理やりに暴霊として蘇生させられ、気を狂わされる絶望の未来。
 あるいは、ただ悪戯に苦しみを長引かせられる方法を施され辿る、死への道行き。
 女は殺し、男は首を狩る。
 街には狂気が満ち溢れ、女が生み出した暴霊の一種ともいうべき化生のものどもが暴虐の限りを尽くしている。

 それは、最悪なクリスマス。
 最早会えない男を探し、女は歩く。
 その足取りを止めさせるべくとロストナンバー達が訪れたのは、それから一時間程後の事だった。





 司書に惨劇を予言されインヤンガイへ赴いたロストナンバー達。
 しかし、時既に遅かったとメイからは告げられた。
「にゃはは、残念モウはさっき死んでたヨ。モウ買ってくるはずだったケーキ食べれないし困ったネ」
 まったくどうしてくれようか、と言う言葉とは裏腹に、手にした肉まんを頬張っているメイの言葉は、この上なく軽い。
 だが、通信機器から漏れ聞こえてきた悲鳴や狂気の叫び、モウのわずかな遺言(とメイは言うが、実際には救援を求めていたらしい)から察するに、突如発生した暴霊による、大量殺戮であると思われた。肉が骨ごと微塵に叩き潰される音、逃げ惑う人々の悲鳴。機器に録音された現場の様子は、惨状を想像させるに難くないもの。

 メイが言うには、現場周辺の街区は今もなお封鎖されたままであるという。
 正確にはネズミ捕りのように、「入ること」はできるが、「出ること」ができない不可思議の結界が設置された状態であるらしい。
「多分その結界の内側が、暴霊の影響力およぶネ。ロストナンバー達、ワザワザそんなところ行くカ? 物好きネ」
 机に積み上げられた蒸籠から新たな肉まんを取り出すと、はむ、と幸せそうに食べているメイ。
 そんなメイを呆れたように見つめるロストナンバー達に気づいたのだろう。
 しばらく咀嚼していたが、飲み込んだ上で、笑いかけてきた。
「この羊饅頭、肉汁たんまりで美味いしおすすめヨ。ロストナンバー達も食うカ?」
 いや、いらない――未だに悲鳴と鈍い音が響く機器からの音を聞きながら、全員が異口同音にそう言った。 

品目シナリオ 管理番号2354
クリエイター蒼李月(wyvh4931)
クリエイターコメントメリークリスマス!
クリスマスシナリオをお届けします。
サンタクロース風の格好をした女の子と会って、追いかけっこをし、彼女の幸せのために約束の場所へ送り届けてあげる、という趣旨のシナリオです。


……え? 違う?


ナンノコトデショウ。



さて、暴霊と化した哀れな女性は、会うことのできない男を探しています。
残念ながら、彼女の会いたい人物はこの街区にはいないようです。
殺したい程憎んでいる女性もおらず、要は皆、巻き込まれてしまっただけの被害者です。(中には悪徳に満ちた方々もいるかもしれません)
そんな人達をこれ以上の惨劇から救うべく、暴霊となった女を倒してください。


言葉は交わせますし会話はできます。
ただし意思の疎通はおそらくかなわないことでしょう。


女の武器は鉈と暴霊化したことで強化された肉体能力・耐久力です。
再生能力はありません。
支配する空間内の「生きていないもの」に仮初の生命を注ぐ事ができます。
死んだ人間の場合、ある程度生前の人格を取り戻すようです。
ただし女の暴霊が生き返らせる人間は、男に限っており、それも口づけした男だけ、のようです。
女性は容赦なく殺しにかかります。


女が血を凝らせてできた化物や、仮初の魂を与えられた人形たちは、楽しげに笑いつつ街を闊歩し、破壊活動をして賑やかな音を響かせています。
女に敵意を向けられたら。あるいは彼らに敵意を向けたら物理的な攻撃をしてくることでしょう。
ちなみに生存者も百名単位でいることでしょう。
彼らの捜索をしてもいいかもしれません。
パニックホラーのようにその過程で脅かしてくる存在もあるかもしれません。
コメディホラー的な展開もあるかもしれません。
司書からの依頼は、暴霊を倒すことのみです。
それでは皆様、インヤンガイに何故か輸入されてしまったクリスマスをお楽しみください。

参加者
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望

ノベル

 ふふふ、あはは、アハハッハア!
 女の笑い声が高らかに路地に響く。
 建物同士の間に横たわる細い路地。壁に背を預け、穴という穴から液体を流し絶望の表情を浮かべる妙齢の美女。
 逃げて逃げて転んで擦り切れ雪の溶けた水たまり、血溜まり、自らの失禁物。
 衣服は汚れ、軟らかな布地は襤褸となり、薄青かった綺麗な服は、今や赤黒く染まって重い布になってしまっていた。
「逃げるなんて、だぁめ」
「いやあああああああ」
 振り下ろされる鉈は、寸分違わず女の顔に狙いを定め、一度、二度、三度。
 ――無数に降ろされる中で、最初は涙まじりに聞こえていた悲鳴が弱々しく、そしていくら打ち付けても全く聞こえなくなっていく。

 頭蓋が潰されないギリギリの力加減を加えられ、獣が餌をいたぶるかのように前半分だけを壊しつくし、痛みに耐え切れず意識から死んでいく女。
 四肢が、鉈を振り下ろされる度に電気的刺激によってわずかに動くのみとなってしばらく。
「この女も違うの? どうしてあの人は出てきてくれないのかしら……まだ、まだ賑やかさがたりないのね、そう、そうなんだ」
 表情すら最早定かに読み取れぬその顔にうっそりと笑みを浮かべ、女が両側の建物により区切られた空を見上げている。
 見上げる空から落ちるのは、雪のようにみえる、灰の粉。ひらり、ひらりと舞い落ちる、人の肉の、成れの果て。

 全ては女が創りだした結界の中の幻想だったが、だからこそ、その内部で今起こっていることは、全てが奇妙に歪んでいた。
 それでも、女にとってはそれが楽しいクリスマス。楽しい楽しいクリスマス。
 これで後はあの人さえいれば――そんな女に路地の出入り口、背後から声がかかった。
「ねぇ、ミス」
 背後からの声。女は背骨がおれんばかりに反り返り、天地逆の視界の中で、それを捉えた。

 立っていたのは小さな少女。
 赤い髪、ベルベットのリボン。
 紺色のワンピースの足元は、エナメルの靴がアクセントをつけている。
 そんな少女の手には斧。
 そして卵殻紳士が一人。帽子をとって馬鹿丁寧にお辞儀した。

「あなただぁれ? あなたもあの人が会いに来るのを邪魔するの? 私はあの人に会いたいの。ねぇ邪魔するの? 邪魔するの?」
 逆向きのまま、そのまま地面に手を付けばブリッジと言えそうな程反り返って、潰れた顔で女が問うも、少女もまたその問いを気にしない。
「ライバルに嵌められてそんなお顔にされちゃったのね」
 にっこりと笑う少女の笑顔は多少のはにかみも感じさせる、幼い笑み。
 幼いがゆえの無邪気な邪悪さを感じさせる、美しい笑み。

「ミスは恋人に裏切られたのね。ライバルに嵌められてそんなお顔にされちゃったのね。ああ可哀想。とってもとっても可笑しいな!」
 ゆっくりと一歩、踏み出して。
「いいよ、お相手してあげる。さあ6ペンスの歌を歌いましょ」
 下僕の紳士ハンプティ・ダンプティ。手には小皿にのったつぐみパイ。
 メアリベルは手にとって、高らかに笑う。
「メアリが持ってるこのパイから人食いつぐみの大群が飛び出すよ。24羽、飛び出すよ!」
 宣言した瞬間、空に向かって掲げられる、皿一つ。
 幼子の手を揺らさずに、パイが内からはじけ飛ぶ。
 生きた、生きた人喰い鶫。
 黒く塗り込められた鶫のような鳥達が、パイから解放され、通り中へと散っていく。

「さぁ行ってらっしゃいつぐみ達! つついて襲って食べちゃって! 目ん玉くりぬき肉をちぎって晩餐会! ああなんて素敵なクリスマス!」
 嬉しそうに、幼女が笑う。そんなメアリベルを見て、女がゆっくりとその身を起こし、振り向いた。
「邪魔するんだ? そうなのね? あなたなのね邪魔してたのはあなたなのね殺してやるわあなたがあなたがあなたがああああああああああああああああ!!」
 ゆっくり左右に身体を振って問いかけてきていたかと思えば、一気に激高し、襲いかかる女。
「うふふ、あはは、楽しいな」
 手斧がゆっくり掲げられ。
 振り下ろされる鉈と斧。
 鈍く。高く。路地に音が響き渡る。
 今宵は血濡れたクリスマス。
 その始まりを、告げる音。
 

‡Merry Bloddy X'mas!‡


 号砲のなった地点から程近い場所。
 ビルの谷間からは死角になって見えなかったようだが、モールの天板を押しのけるようにして巨大化したゼロがそこにいた。
 真っ白ながら、色さえつけばミニスカサンタという服装。巨大化したせいで下から見えてはいけないところが――と思いきや、何故か不思議と見えないままで。
 それを観察するものも、残念がるものもいない以上、どうでもいいことではあった。
「ゼロは直接暴霊さんを傷つけたりできないのです。だからまずは生存者保護にまわるのです」
 ぐるーん、ぐるーんと首を前に、後ろに、左に右にと見回しては、人の気配を探していく。
 視界に入るのは、血によって構成された珍妙な化物や、百鬼夜行のように遊び回っている。
 その中には、追われている人間、悲鳴を上げている人間もちらほらと見えて。
「見つけたのですー」
 そういってゆっくりと生存者を保護すべく手を伸ばしたゼロだったが、巨大ゼロの影は、当然生存者達の恐慌をより深いものとしていく。
「困ったのですー。ゼロでは拘束できないのです。これでは守ることができないのですー」
 全然そんなことなさそうな声で、ゼロがため息をつき考えこむ。
 直接他者を攻撃できず、ゆえに拘束もできない身の上である。如何にすべきだろうか――しばし考え、思いつきを実行にうつすことにしたようだった。
 だが、そんなゼロは一般人から見れば立派な化物の一人であり、当然の如く逃げ隠れされてしまう。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 ゼロの巨大な背中を横目にみつつ吉備サクラは商店街を走り回っていた。
 生存者の捜索と、作戦に必要な地点を探すという、2つの目的のためである。
「見た目だけなら私が1番年上です。やれることある筈です」
 走りながらそう独りごちるサクラ。
 ゼロちゃんは超天才生命体だけど他者を傷付けられない。
 メアリちゃんは殺人の天才らしい。
「インヤンガイで生きのびたいなら対処できなきゃ駄目ですよね……頑張ります」
 呟くサクラ。油断なく周囲に目を配りながらも、今回の事件の背景に思考を巡らせていく。

「私たちと季節行事を語り合うほど親しい……探偵さんかマフィアさんでしょうか。感覚器が違うかもしれませんが、トレンチコートに帽子で騙せないでしょうか」
 一つ一つ、全ては暴霊をどうにかすべく立てた作戦のため。
 「なりきる」にはその人物を想像しなければならない。如何に手がかりが少なくとも、全く当てずっぽうでやるよりは確率を高くできる……はず。
「酷い殺され方をさせている……マフィアさんかもしれませんね」
 もう一つの視界、ミネルヴァの瞳を共有する彼女のセクタンゆりりんの視界に映るのは狂気の集団。
 赤いサンタ帽をかぶった血液製の人形が、モール中央の噴水の周りで踊っている。
 噴水の頂上は細く尖り、一種の尖塔のような雰囲気を醸し出していた。
 周辺は円筒上の通路で囲まれ、8階建ての建物が立ち並ぶその広場。
「あそこなら――!」
 空が段々と狭くなり、一種の円錐形の広場を見て、作戦に使えそうだと思いを定める。

 そこを目的の地と定めたサクラが、己の姿に幻影をかぶせた。
 その姿はスノーマン。
 無邪気そうなずんぐりむっくりの雪だるまは、しかし本来の白からかけ離れた赤い血の色を施され、あたかも狂気に沸く化物達の仲間のように見せていた。
 そうして立ち止まると、懐から取り出したのは、ICレコーダー。
 少女は一二度咳払いをすると、声帯の使い方を変化させ、男声の音を紡ぎだす。
「――愛してるよ、愛しい君。早く僕を見つけておくれ。愛しているよ、愛しい君。早く僕の所に来ておくれ」
 ただそれだけを数十回。そしてそれをリピート再生させる設定にし、己のセクタンを呼び戻す。

「一緒に頑張りましょう、ゆりりん。このICレコーダーをあの尖った場所に引っ掛けて、頭上の階の廊下にあの人が見えたら、スイッチ入れて逃げて下さい」
 いい諭し、頷くセクタンにレコーダーを預けると、少女はその場を速やかに離れる。
 もう十分とみたところで、幻影を外して覚悟を決める。
「さぁ、私も戦闘開始です!」
 そう言うと、少女は無謀の園へ向けて駈け出していった。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 駆ける最中、サクラの視界に入ってきたのは男性の後ろ姿。
 喫茶店のようなその店舗の奥。外からも見通せる厨房で背を向けてせっせと何かの作業をしているようだった。
「早く避難しておかないと危ないのに――!」
 焦りは目を曇らせる。
 周囲にあふれる血と悲鳴が、サクラの思考に、ほんの少しでない心の隙を作っていた。「なりきる」ということをしない時、サクラに残るのは、概ね普通の女子高生の心のみ。

 盛大な音を立てて店内に突入するサクラ。
「早く逃げないと!」
 そう言って奥の厨房へと駆け寄っていく。それでも調理人は振り向くこともせず、調理の腕を止めようとしない。
 調理台には大きなケーキのスポンジが置かれ、せっせせっせと丹誠込めてクリームを塗りこんでいっているのが後ろからでも見て取れた。
「ねぇ、あなた聞いてくださいっ!」 
 肩に手をおいた瞬間、サクラは悟った。否、悟ってしまった。

 ぐるん、と男性の首――と、思っていた部分が回る。
 縦に回った首へと浮かぶのは、赤い肌と、逆さまになった不可思議な笑み。
 耳と思わしき部分まで裂けた口は人であらぬが為のもの。
「ハッピーハッピークリィスマアアアアアスヒャッハハハアアアアア」
 パン、と風船の爆ぜる音がしたとおもった次の瞬間、サクラの身体に大量の液体が浴びせかけられる。
 血溜まりに溜まっっていた朱で構成された身体は跡形もなく崩れ落ち、核となっていたらしきセクタン大の化生が楽しそうな嬌声とともにサクラの頭を蹴飛ばして店の外へと掛けていく。
 呆然としているサクラ。

 ふと、調理台の上に視線を落としてみて、再度動きをとめてしまう。
「めりんめりんくりすますぅ」
 ゆっくりと動く目が、下からサクラを眺めていた。
 60cmを超えるスポンジケーキにトッピングされていたのは、人の顔。正確には、生首が埋め込まれているのだろう。
 無表情のそれがぎょろりと死んだ魚ような瞳をうごかしてゆっくりと言葉を紡いでる。
 めりんめりんくりすますめりーめりるくるしみす。
 ぼそぼそとつぶやいているその声をサクラの脳が認識した瞬間、店内に甲高い悲鳴が響き渡った。
「なんなんですかあああああ!」
 応える声は、どこにもない。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 ある意味ホラーな風景がロストナンバーによって創りだされている場所もあった。
「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのです。ゼロたちは暴霊さんに安らぎをクリスマスプレゼントにもたらすために来たのです。メリークリスマスなのです」
 人を追い詰めることを楽しむ化け物たちの前に立ち、結界の反発を受けない程度に巨大化したゼロが、生存者を救おうと「救出活動」に勤しんでいる。

 木々の割れる音。
 コンクリの軋む音。
 数多の音を響かせながら、ゼロがビルの一角や、屋台を地面ごと引きぬくなどの行為に勤しみ始めた音だった。
「ゼロのポケットは絶対安全なのですー」
 部屋ごと、あるいは地面ごと。
 直接人を拘束するのでなく、それ以外の部分をとらえポケットへといそいそと詰め込んでいくゼロの手の中では、絶望にまみれた人々の悲鳴がこだましていた。

 獲物を奪われた方としては、面白くない。
 セクタン大から人間大まで大きさ様々の血製の化物達が、わさわさとゼロの足元へとよってきた。
 手に手に持つは様々な武器。
 柱、鉄パイプ、角材、包丁、フォークに蝋燭、鞭。
 若干量不可思議な武器も備えているようだが、どれもそのあたりに転がっていたらしい。
 手にした武器でえいやえいやとゼロの足に攻撃を加えていく。

「くすぐったいのですー」
 全然そんなことなさそうな表情と口調で言うゼロは、無敵の防御力のもと攻撃を受けようがお構いなく、生存者の「救出」を続けていく。
 一つ部屋が引っこ抜かれる度に、絶望の悲鳴が通りにこだました。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


「サクラさんなのです。暴霊さんをお探しなのです?」
 巨大化したゼロが、走り回っているサクラを見かけ声を掛けてきた。
 彼女の周囲はまるでマーキングされたのように、ビルや地面が虫食いにあった状態になっている。
「ゼロさん大きい……じゃなくて、そうなんです。退治できる場所まで誘い込もうと――今どのあたりにいるか、わかりますか?」
「さっきまでメアリベルさんがやりあっていたのです。でも気づいたら二人ともどこかへ消えてしまったのですー……あ、でも向こうの方にいる気がするのです」
 にこにこと笑うゼロの口調は平常通りのものであり、全くこの奇妙な風景に同じている風がない。

「ゼロの手にのると良いと思うのですー。一気に近くまで運んでさしあげるのです」
 巨大化したゼロの手が目の前に置かれ、そっとのるサクラ。
 ぐっと持ち上げられる感覚に思わず目を閉じるが、安定して、ようやく目を開いた。
 その視界は、モールを上空から見ることのできる高い位置。そして、モール内で一際喧騒に包まれているところが、確かにあった。
 おそらくメアリベルと、暴霊が戦っているのだろう。楽しそうな笑い声がこの場所まで響いてくる。
「すみません、ゼロさん。作戦があるので、少し離れた位置におろしていただけますか?」
「わかったのですー」
 ゆっくりと移動しはじめたゼロ。
 その手の上で、サクラは少しずつ意識を切り替えていく。
 キャラクターをしっているわけではない。ただ、こうなんじゃないか、と思うその人格へ。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 おいで、愛しい人。
 サクラは物陰に隠れたまま語りかける。
 暴霊がぎりぎり見える位置に、トレンチコートをつけた男の幻影をつくりだして。
「愛しているよ、愛しい君。早く僕を見つけておくれ。愛しているよ、愛しい君。早く僕の所に来ておくれ」
 落ち着いた音色の男声で語りかけるサクラの幻影。
 暴霊が気づいたのは、メアリベルの斧の一撃を鉈でいなした瞬間だった。
 ぐるん、と180度回る首。顔「だけ」が向いたまま、後ろ向きに歩き出す暴霊の姿に、メアリベルが少し小首をかしげて見せている。
(かかってくれました――!)
 心のなかで一つ快哉をあげ、作戦を実行するサクラ。
 幻影を消しては出し、消してはだし、先程ICレコーダーをおいた位置へと誘導していく。

 つられているのか、違うのか。
 蜃気楼のように現れては消える幻影をただただ追い続ける暴霊の気配を背中に感じながら、サクラは再度走り、立ち止まっては声で呼び寄せるという行為を繰り返す。
 そんなサクラの気配を敏感に感じ取ったメアリベルの少し困ったような溜息は、届かなかったことだろう。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 ショッピングモール中央の噴水広場。
 男の幻影は、今その尖塔に覆いかぶさるように重ねられ、先程まで幻影がいた場所――尖塔を見下ろせるように周囲を取り囲んだ建物の高層階、その外廊下に立つ暴霊を呼び寄せる。
「愛してるよ、愛しい君……」
 ICレコーダーからもれる声。ゆっくりと暴霊を迎えようとするかのように、尖塔の幻影は両腕を暴霊に広げてみせる。
(暴霊さん。会えないと寂しい気持ちも分かるんです。だからこそ、とめないと)
 心で祈り、幻影を操るサクラ。

 そんなサクラの思惑通り、暴霊が幻影へ向かい、外廊下からダイブした――数秒後。通りに響く、鈍い音。
 男の手に抱かれようとした結果、胸に深々とささった尖端が、暴霊の背中を突き破る。迎え入れた幻影は、優しく暴霊の頬に両の掌を添え、囁いた。
「一緒に逝こう、指輪を上げる」
 そうしてゆっくりと口付けるべく近寄っていく幻影。

 それを凝視していた暴霊が、不意に悲しそうに言葉を放つ。
「あなたあなた女の匂いがするわあの女と同じ小娘の匂いがするわどうしてねぇどうしてどうしてあなたに触れられないの? 私に触れられるのがそんなにいやなの? ねぇそれとも……」
 不意に、暴霊の手が空に向けて掲げられる。串刺しになったままの暴霊の手に呼び寄せられたのは、先程よりも尚巨大になった鉈の刃で。
「あなたはあなたじゃないのかしら」
 その凶刃が、幻影ごと噴水の尖塔を斬り砕く。

「そんな――!」
 あまりの光景に呆気にとられるサクラ。
 その背後で、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ダメよミズ吉備。そんなことではメアリ達はとまらないの。とまれないの」
 振り向くと、片手に斧を持つ少女。血まみれで笑うその少女――メアリベルが、立っていた。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 噴水を滅茶苦茶に破壊した暴霊の元へ、次々と寄り集まってくる数多の化生。
 悪戯好きの小物から、意思をもったピエロの置物、玩具の大群に、無理やりに狂わされた男たちの胴体と、女が創りだした仮初の命達が続々と集まってくる。
 空を黒く染めるのは、メアリベルのツグミ達。
 いつしか数は増えきって、空を夜へと変える程。

 楽しそうにメアリベルが笑う。化け物たちを前にして、愉しそうに斧を持つ。
「ミスは手遅れだけど、メアリだって不死身なの。どっちがより死ににくいか、競争しましょ」
 宣言すると、群れの中。少女は走りこんでいく。
 一振り、二振り三度目と。
 メッタ斬りにされていく暴霊の眷属達。

 しかしメアリベルにも防御を考えている風情はない。
 当然暴霊達の攻撃をその身に何度か受けている。
 吹き飛ばされた身体からは片足がちぎれ飛んでいるはずだった。
 けれどすぐさま元通り。
 ミスタ・ハンプが拾ってきて、傷口にぴたりとくっつけた瞬間メアリベルは何事もなかったように立ち上がる。
「メアリは死なないようにできてるの。何度割れてもすぐ戻るミスタ・ハンプと一緒だよ! 散らかした手足はミスタ・ハンプが拾って来てくれるから切り刻まれても平気だよ!」

 上空のツグミ達も飛来しては、ゾンビの胸を穿ち、足を削り、腕をもぎ取っていく。
 一斉に襲い掛かってくる血の化け物たち。
 サクラの目にはメアリベルがその塊に取り込まれ、血の海の中で溺れさせられたように見えた――それでも、少女の笑いは止まらない。
 血膿の海から投げられた斧が、暴霊の片腕を吹き飛ばす。
 アハハ、アハ、アハハハハ!
 楽しそうに笑うメアリベルを捉える血塊を、無数の鶫が貫いていく。
 数多の穴に侵されたそれは弾け飛び、元の血溜まりへ。

「つぐみさんつぐみさん」
 肩にとまった一羽を撫でて、メアリベルが歌うように語りかけていく。
「ご自慢の、ご自慢の鋭い嘴と羽ばたきでゾンビたちを足止めしてね。ついでに生き残りを守ってあげて」
 頷くように、鶫が頬に一度頭を寄せてみせ。
 飛んでいた者達が、暴霊を除く数多の眷属達へと再び襲いかかりだす。
 そんな喧騒の中、メアリベルが、暴霊に声をかけてみせた。

「ねぇミス。もう一度。ね、どちらが死にくいか競争しましょ。そしてそしてもしメアリが負けたなら、探している人の居場所を教えてあげる」
 その声に、暴霊が応えるようにニタリと笑う。
 笑顔に見えぬ、笑顔のままで、暴霊は凄まじい速さで地と血を蹴った。
 アハハ、アハハ、アハハハハ!
 通りに嗤う声響く。
 二人の女の声響く。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


 鉈に追われたミスタ・ハンプ。
 割られて転んで転んで割れて。
 赤の眷属らと死の舞踏を踊っていたはずが、いつの間にやら消えてしまったメアリベル。
 その後を追うように、ハンプティダンプティが駆け込んだのは、高級女性洋服店。

「ふふ、あはは、あはははは! そうね、きっとそうなのね。あなたたちが邪魔するから、あの人はでてきてくれないのよね。どこにいったのでてきなさいなさあ私が天罰をくだしてさしあげる!」
 並ぶマネキンが叩き割られていくが、店内に生きている者の気配がない。
 ミスタ・ハンプは暴霊の足元、粉々に割られ、踏みしめられて。
 無数のマネキンが並び替えられ生み出され、作られたのは不思議の迷路。女が道に沿って進む理由があろうはずもなく、目に付くそれを、手にした鉈で叩き折っていくのみで。
 ふと、そんな暴霊が足をとめたのは、似つかわしくない臭いの為で。

「メリークリスマスミス・サンタ!」

 背後で鳴るのは擦過音。
 瞬間、灯油に付けられた燐寸の火が盛大に燃え上がり、店内全てを舐め尽くす。
 振り向いた暴霊の目の前には、楽しそうに笑い斧を構える少女が一人。
「好きな人に忘れられちゃうのは怖いよね? メアリもわかるよ、その気持ち」
 赤い炎に照らされて、赤毛の少女がステップを踏む。

「だから貴女のことを覚えてあげる。ずっとずうっと覚えててあげる。そのかわり、貴女の首を、頂戴ね」 
 振るわれた鉈を、一閃した斧が吹き飛ばす。
「防腐処置を施して、私の私のコレクション。貴女の首をマネキンのそれとすげ替えて、マザーグースを口ずさみながらこの火の海でダンスを踊るの」
 楽しそうに笑いながら、軽やかな足運びで少女は暴霊へと迫る。

 一度、二度。
 避けて襲って蹴って転げて転がされ。
「貴女は私のお歌になるの。踊る踊るお人形。悲しい女のお人形。鼻が削がれて腕は飛んで残された足でステップ踏むの。ねぇどうかしら。それはとってもステキでしょ?」
 火に囲まれ追い詰められた暴霊が、無理矢理に付き合わされる凶刃の舞踏。
 両の腕飛び足断たれ、臓物ばさりとひきずりだされ、最後の最後に首が飛ぶ。

「あは、あはは、あははははは! メリークリスマス、ミス・サンタ! そしてさよなら燃え上がれ!」
 包む包む火の柱。炎は盛るよどこまでも。
 爆ぜる爆ぜる熱気の中で。
 数多の人形溶け落ちて。
 二つの人影ゆっくりと。
 黒き灰へとなりて行く。
 白き灰は空へと上り、やがて雪になり落ちる。


‡Merry Bloddy X'mas!‡


「メアリベルさんも、一緒に燃えちゃったんでしょうか……」
「違うと思うのですー」
 暴霊を飲み込んで燃える建物を眺めながら、呆然と呟いたサクラにゼロが言う。
「ほら、あそこにミスタ・ハンプがいるのですー」
 ふと指し示された通りに目をやれば、一抱えの灰を抱えた卵殻の紳士。
 ハンプティ・ダンプティが、その手に抱えた灰を空中へと掲げ持ち、一気に周囲に振りまいた。
 瞬きの、本当に瞬きの刹那、そこにいたのはメアリベル。
 路上に座り、腕の中。"それ"を抱えて優しげな歌声空に響かせる。

 哀れな暴霊囚われた。
 魂だけは解き放たれて、事柄だけが囚われた。
 記憶されているかぎり。
 メアリベルの腕の中。
 彼女は楽しく歌ってる。
 愉しく哀しく歌ってる。

クリエイターコメント「まずメリークリスマスって言うのは必須だよな」
「言ってない人には言われてもらうことにしましょうか」
 そんな会話が事前に交わされていた舞台裏でした。

 そんなわけで、なんだかおもったよりもパニックコメディ度が薄れてしまった気がしました。
 さて皆様にはいかがでしたでしょう。


「オーナメントが人骨でできてる。もちろん頭蓋骨がゲタゲタわらってry」
「くらいよみっちは、べたべたのおまえのはながよくにおうのさ」
「鼻の削がれた住人とかひょっこりにたにた笑って出てきそうでこーわーいー。」
「空から降ってくるのが粉雪じゃなくて灰」
「拭いても拭いても取れない血とかも嫌だよねえ。それがぞわぞわ動いて笑顔をつくるんですよ。にこちゃんまーく」
「買い物したら、小銭代わりに、多量の抜けた歯(肉が付いてる)を渡される」
「……目玉でも嫌ですよねえ……。目玉だけなのに、ぎょろっとするの……チュッパチャプスを舐めている幼女たんだと思ったら、口の中から出てきたのは目玉……とか」

 以上、用意していたけど字数の関係で使われなかった没ネタの数々でした。ここに供養したいとおもいます。発案の大半はメルヘンな作風に定評のある某WRの手によるものです。あなたパニック書くべき。

 おいときまして。うん、その、驚いてくれる準備をしている方がイなかったもので、あんまり紛れ込ませませんでした……(笑

 以下は個別のコメントです。

○メアリベル様

 そんなつもりはなかったのですが、ものすごくぴったりなキャラクター様だと思わされてしまうプレイングでした。
 狂気に対するは狂気と殺気。
 楽しげに着々と全てを焼却処分される手法は、想定していた手段の中では最上級の正解でした。お見事です。
 (呼称について)プレイングでは全てミスとなっていたのですが、サクラさんへの呼び名等は掲示板の呼び名に準拠させていただきました。間違っていたらごめんなさいっ。
  


○サクラ様

 胸に穴が空いた程度では、すみません、とまりませんでした。
 それ以上に惜しかったのが、実体を持たない幻影であるというところと、サンプルのない声を真似しようとしたところ。
 夢現の区別がつかない暴霊さんは、触れられることが第一です。実体を持たない人物では、騙されようがないと考えていました。どうしようかなーと思ったのですが、結果として本編のような形に落ち着いた次第です。
 発想はよかったと想いますが、外観だけで釣られはしても、中身が異なっていれば満足はしないのはOPでも描写させていただいておりましたので、そこは厳しく見させていただきました。
 途中で可哀想な目にあってるのは……つまりは、上記のとおりです。一種の判定事項でした(笑


○ゼロ様

 どさくさまぎれにモウさんの秘密を聞きに来ていることにまず感嘆させていただきました。
 自分が怖がられるところまで想定しての人命救助策、面白かったです。
 ショッピングモールは火事と虫食いと血まみれで二度と使えたもんじゃねぇ状態になりましたが、きっとすぐ復興することでしょう。お金はありますからね。ええ。
 メイと絡ませてさしあげる隙がございませんでした、すみません。

>「メイさんが食べ物を人に勧めるのです? 大変なのです! 全インヤンガイが崩壊するのです!」

 そんな大げさな……と言うほどもありますのでしょうか。
 そういえば勧めたこと、一度もない気がしますね。しかし今回は特別なのかもしれません。
 水滸伝に出てくる特別な羊のお肉、なのかもしれません。
 真相は闇の中ですが――食べたければ、メイさんにお強請りされてみてください。気が変わっていなければ、食べさせてもらえるかもしれません、よ?

 それでは皆様、血塗られたクリスマスツアーにご参加くださりありがとうございました。
 また、次の機会にもよろしければ、お願いいたします(ぺこり
公開日時2013-01-03(木) 10:40

 

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