理由もなく世間が慌ただしくなる年の瀬の12月24日。 壱番世界では特別な意味を持つ日である。 普段のターミナルには四季がないが、今日に限っては白い雪がちらちらと降っていた。 まったく……、アリッサも余計なことする。 ターミナルの至る所にあるチェンバーからは暖かな光や音楽がこぼれている。 穏やかな灯りのもれる窓からの、楽しい笑い声が胸に刺さる。 ディアスポラ現象で、元にいた世界から切り離され、たった一人。 世界図書館に所属することで同じ境遇の仲間と巡り会えた者たちもいるようだ。 あるいは新たな絆を。それも特殊な絆を結んだものもいるのだろう。 しかし、自分は一人で雪の中を歩いている。 陽気な音楽、楽しげな笑い声、浮かれきった飾りつけ、ターミナルに原生していようはずがない白い綿のモミの木。 雪の降り積もるターミナルには、人影も少ない。 依頼でターミナルを離れようと思ったが、今日という日に限って一つもないようだった。 そういえば、司書たちもどこか浮かれているよう。 よくよく見れば、彼らの関係はそうだったのかと見える景色が広がっていた――。 リベル司書とシド司書は、仲良さげに立ち止まって話をしている。 話し合うことがあるらしい。リベルの眉間に皺がよっていた。 話か。……話！？ この時期にだと！ ――あいつら、実はデキてやがったのか！？ ウィリアムはカリスに呼ばれたと言っていた。 招待を受けたということは……！ いや、邪推や杞憂なんて言葉はありえない。 ――カリス様！？ まさかのおじさま趣味だったのか！？ アリオはクゥとエミリエに引き連れられ横切っていった。 左右に肩を抱かれて、気絶しているような表情ではないか！ デートと言う奴やつか、認めたくないことだが。あちこちの血は鼻血に違いない。 ――両手に華だと！？ 最近、出番がねぇと思ってたら裏でそんなことに！？ アリッサ館長は甘露丸とケーキの相談だとか言う名目でつかまらない。 相談……というのはよくあるいい訳だ。 こんな季節だからな！ ――お菓子だ！ お菓子につられたに違いない！！！ ――そう思いたいだけかもしれないが。 ――はぁ……。 ちらちら舞う雪にじゃれついて走り回るクロハナは元気そうだ。「なッ……！？」 思わず声が出た。 よくみれば側に燃えるようにな毛並みの巨大な猫が微笑ましそうに眺めているではないか。 ―― 犬 畜 生 に も 相 手 が！？ リュカオスはお茶缶を抱えてコロッセオに戻っていったらしい。 彼らまでも…だと！？ ―― 堅 物 と 無 機 物 で す ら ！？ どうすればいいんだ……。 この鬱憤は――！！！！！！ だれもかれもが、親しい誰かと過ごしているこの現実。 そんな中、自分は雪の降り積もる石畳を独り歩いている。 ふと足を止めて見回してみれば、自分の付いてきているのは雪に残された足跡くらいであった。 彼らは二人の足跡であるのに、自分は独り。 道端の至る場所には、小さな雪山ができている。誰かが雪掻きをしたのだろう。 その中の一つから、ほのかにピンクがかった白い毛皮のようなものが二つ飛び出ていた。 うち捨てられたものが寂寥感をさそう。 孤独……ッ！ 圧倒的、孤独ッ！！ 自分は独りきり。 認めたくはないことだが。 残念でした。これが現実！ これが現実ッ！！！！ さらに非常に残念ながら、時間ならばある。翌朝までの有り余るほどの時間が…… 恨めしい！！ ……さあ、何をしようか？＝＝＝＝＝＝＝＝＜ご案内＞ソロシナリオ群「シングルベル」は2011年のクリスマス限定の企画です。あなたの一人きりのクリスマスを力いっぱい演出いたします。・「シングルベル」への参加にあたり、他のクリスマス関連企画への参加制限などはありません。・この企画では、複数のＷＲが間隔をあけて「シングルベル」のＯＰをリリースいたします。・同一キャラクター様による複数の「シングルベル」企画へのエントリーはお控えください。※）エントリー後、当選しなかった場合も他のシングルベル企画へのエントリーはできなくなりますのでご注意ください。＝＝＝＝＝＝＝＝
「十二月の二十五日、お姉ちゃんはどうしてるの？」 勇気をもって問いかけたのが数日前。 「どうって？ いつも通りだけれど」 そっけなく返された言葉に、「ええと、そうではなくて」と付けたし、 「とくに予定がないなら、いっしょに、どうかな」 そこで姉は「ああ」と会得したらしい。 微かに笑みを浮かべ、 「……そうね。日付が変わる前後には戻る予定だから」 ――当日、駅前広場で。 姉の言葉にしたがい、壱番世界からロストレイルに乗りこんだのが数刻前。 つい今しがた、０世界のターミナルにたどり着いたところだった。 『存在するはずのなかった姉』と一緒に、クリスマスを過ごす。 まさしく夢のような時間を前に、昴はくすぐったさを感じていた。 たとえるなら、遠足前夜に抱くどきどき感とか。 プレゼントを開ける前の、わくわく感とか。 （きっと、そんな感じ） ターミナルに設置された時計は十六時すこし前を指していた。 いち、にいと指折り数え、 「約束の時間まで、なにして過ごそう……」 さすがに早く着きすぎたと途方にくれる。 だが、昴は持ち前の気楽さで気持ちを切りかえた。 壱番世界の祝祭の日にあわせ、０世界は天候もいつもと違うように設定されていると聞いていた。 雪が積もっていれば雪遊びができるし、イベント日和なのだからきっと退屈しのぎのなにかが見つかるだろう。 改札を出て、後に待ち合わせ場所となる駅前広場に向かう。 いつもより少し早足に駅を抜け、トンッと広場の石畳に降り立つ。 視界は白一色に染まっていた。 いまだちらほらと雪が舞っており、行き過ぎる人々が身を縮めながら歩いている。 吸いこんだ空気が肺の中でじんと暖められるのを感じながら、昴は銀世界を前にほうっと息を吐いた。 白く染まった吐息が、視界を乳白色に霞ませる。 はたして、駅前広場は寄り添うひとびとであふれていた。 ひとりで立っている者もだれかと待ち合わせをしている様子だ。 後に姉と会えるとはいえ、あと数時間の孤独が確定している昴はこうつぶやかずにはいられなかった。 「……えーと、りあじゅう爆発しろ？」 意味は、わからない。 わからないが、この場を前にして、声に出さずにはいられなかったのだ。 ふいに喧騒を破り、広場に軽やかな鐘の音が響きわたった。 居合わせた人々がおしゃべりを控え、耳を澄ます。 十六時になったのだろう。 定刻になると響くそれは、街のどこかに据えられたカリヨンの音色だった。 凍てついた空気をふるわせる、荘厳な金鐘の音。 祝祭の日にふさわしい音色。 だが、それは喧騒とともに反響し、うつろな胸のうちをざわざわとかき乱す。 ――もっと雪のふかい場所へ。 ――もっと白い世界へ。 人々がうっとりと彼方を見つめるなか、昴は鐘の音に追われるように広場を後にした。 ひとの流れに沿って百貨店に立ち寄ったり。 華やかに飾りつけられた店先を冷やかして歩いたり。 より雪の深い場所を求めてさまよっていると、街はずれに小さな公園を見つけた。 猫の額ほどの敷地に、申し訳ていどの遊具が据えられた公園だ。 そろそろ夜が訪れようという時間で、ほかに人影は見えない。 「ここなら、いいかな」 トラベルギアのカンテラを取りだし、明かりをともす。 ステンドグラスを思わせるカンテラの光は、薄闇につつまれた公園を鮮やかに彩った。 昴が動くたび、背高の影が踊るように周囲を巡る。 公園をぐるっとめぐり、ひととおり新雪に足跡を残したところで雪だるま作りの開始だ。 最初は手のひら大。 それを転がして、頭の大きさほどに。 そして先ほどつけた足跡をたどるよう公園を巡り、根気良く大きな雪玉に育てていく。 幾度も足をすべらせて雪まみれになりながらも、昴は黙々と作業を続けた。 作りあげた雪だるまは、いつしか公園の中央に列をなして、孤独な作業を見守っている。 ――冬はいつもこうして、ひとり遊んでた。 夜の寒さは厳しく、頬も指先もひざも寒さで赤く染まっている。 闇が深まり、雪を照らすカンテラの光がより鮮やかに映えるころ、夜空を裂いて鳴り響くロストレイルの汽笛が聞こえた。 空を見あげようとし、足を滑らせる。 「わふっ……！」 雪が積もっているため、受身をとらずとも怪我をすることはない。 ただ長く雪の中にいたために、痛みは身を切るような感覚を伴って昴を襲った。 再び響いた汽笛に顔をあげると、車窓の明かりが空の彼方に消えていく。 立ちあがり、指先に吐息をかけて暖めながら、去り行くロストレイルを見送った。 ――お母さん、どうしてるかな。 仕事仲間と、忘年会を兼ねた旅行に行くのだと聞いていた。 気心の知れた者たちとの旅行なら、きっと思い出深い時を過ごしているだろう。 出掛けにも声をかけたが、いつも通り、昴と目を合わせることはなかった。 『いってらっしゃい』も『おかえり』も、彼女には遠く、届かない。 一番近くに居て、一番遠い母の背中。 「……楽しんでいれば、いいな」 つぶやいた昴の視界を、はらはらと降る雪が覆う。 まつげの先に結晶が乗ったらしい。 指先で払うと、雪はすぐにしずくとなって零れおちていった。 ひとつ、ふたつ。 手のひらに舞い落ちる雪は、次々と解けてしずくに変わる。 その様子をぼんやりと眺めていると、遠くカリヨンの音が二十三時を告げているのが聞こえた。 「あっ、時間」 姉は『日付が変わる前後には戻る』と言っていた。 そろそろ約束の場所に戻らなければ、逆に、昴が姉を待たせてしまうかもしれない。 あわててカンテラを手にとり、並んだ雪だるまの頭をぽんぽんと撫でる。 すこしなごり惜しいけれど。 「きみたちも、素敵なクリスマスを」 凍りつきはじめた雪道を転びそうになりながら、昴は駅前広場へ急いだ。 再び広場にたどり着いたとき、待ち人の姿はまだなかった。 ほっと息を吐き、姉よりも早く約束の場所に戻れたことに安堵する。 日中はひとびとが集うこの場も、夜の更けた今は人影がまばらだ。 ときおり列車から降りた旅人や、これから帰郷するであろう旅人が足早に目的地へと向かっていく。 だが、足を止める者はそう多くない。 昴は広場の端を陣取り、ここでも雪だるまを作りはじめた。 ひとつは大きく。 もうひとつは、小さめに。 「大きいのがお姉ちゃんで、こっちがわたし」 うまくできたと微笑み、姉を迎える準備は完了だ。 やがて日付が変わるころ、一台のロストレイルが駅舎へとすべりこんだ。 駅舎から広場にはきだされる旅人のなかに、待ち望んでいた姉の姿を見つける。 姉も昴の姿を認め、まっすぐに歩いてくる。 昴は手を振り、姉に向かって駆ける。 あやうく転びそうになった昴を、姉があわやと抱きとめた。 迎える時にかけることばは、約束をした日から決めてある。 姉が口を開くよりも前に、昴は胸のうちにあったことばを告げた。 「おかえりなさい」 それから―― 「メリークリスマス！」 凍てついた空気をふるわせる、荘厳な金鐘の音色。 本日何度目かのカリヨンの音が、姉妹に二十四時の訪れを報せる。 夕刻に聴いた音は喧騒に混ざりうつろに響いたが、静謐な雪夜を満たす鐘の音は闇にとけていくようだ。 響け。 ひびけ。 どこまでも遠く。 壱番世界の空の果てまで。 ――さいわいを祈るひとの元にも、祝祭の音が降るように。 了
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