インヤンガイの遊郭街、『月陰花園』の一角にある『弓張月』。「また、部屋を増やしたのか」 赤い前垂れの華子に注がれた酒を、ファルファレロ・ロッソは一気に飲み干す。重ねた盃のせいで、ちらりと視線を動かした眼鏡の奥、僅かに目元が染まっているようにも見える」「治る者も多いが、病む者もまた多くてな」 掌にかかる重みの変化で、無言で注ぎ返された盃が満ちたと感じたのだろう、黒い服で胡座をかいた金鳳が、静かに口許に酒を運んだ。目元を覆った布は今日は黒だ。そのせいか、いつも蒼白い肌が一層白く見える。「別棟に療養部屋をしつらえた」 銀鳳がくい、と顎で指し示したのは、『弓張月』のより奥の敷地、ところどころに壱番世界の菊花そっくりの花が群れ咲き始めている。「おかしなものだろう、あれを作って何をするというのでもなかったが、リーラがあそこを取り仕切ることになって、看護をする者、『弓張月』に病の治療を学びにくる者が出始めた」 苦笑しながら銀鳳が新たな酒をファルファレロの盃に注ぐ。「元は娼妓だったり男衆だったり、いろいろだが、そっちの方が向いているという気質の者もいる」 今ではあの奥棟を『菊花月』と呼んでいる。「盛況なこった、悪く言やぁ、人体実験のし放題じゃねえか」「それでも、以前のように病になればただ棄てられることは減った」 ファルファレロの突っ込みに、そう責めるな、と銀鳳は炙った干物とイカを勧める。「ちょっと調子がよくなれば、こういうものを作るのが得意な者が世話してくれる」 銀鳳はみしり、と口の片端で干物を食い千切る。同じように干物を摘み、ぎちっと噛み締めたファルファレロは、口の中に広がる豊かな甘みをゆっくり味わった。注がれた酒は冷酒、白ワインの辛口に似ているが、やや厚みがあるか。「今は『弓張月』を美晴という娼妓が、『菊花月』をリーラが仕切る形になっている」 リーラは最近義足をつけて、動くことができるようになってきたのだぞ。「虎鋭という男のおかげだ」 ちら、と銀鳳がファルファレロを見る。「お前達の仲間だった男だ」 一瞬口を噤んだ銀鳳が、ぽつりと呟いた。「不思議なものだな、縁とは」「兄貴、そろそろ」「ああ、そうだな」 黙って酒を呑んでいた金鳳が盃を置いて立ち上がる。そう言えば、途中で座を外すと言っていたな、とファルファレロは相手を見上げ、いつぞやは冷酷無慈悲にこちらを襲い、娼妓二人を巻き込んで死なせた男の静かな顔に、思わず口を開いた。「で、てめえらの為に死んだ女どもの供養はどうなってんだ?」「…」 ぴくりと体を震わせて、金鳳が動きを止める。銀鳳が傾けていた盃を口から離して、ファルファレロを見た。 忘れもしない、かつて反目していた銀鳳金鳳の兄弟を愛し抜いて命を落とした幸薄い双子の娼婦、闇華と光華。今はこうして和解して助け合い、共に『弓張月』を盛り立てていっている二人だが、彼女達のことはすっかり忘れてしまったのか。「まあ、あいつらの願いは愛した男が幸せになるこった。それが叶ったんなら蒸し返すこたあねえが」 含んだ酒が不意に苦く感じられた。人生を駆け上がっていく男の裏で踏みにじられ消されていく女の顔が幾重にも幾重にも脳裏に写り込んでいく。「Chi vivrà vedrà…ってか?」 救えなかったのを悔やんでいる訳じゃないが、後味の悪さは否めない。闇華と光華の墓があるなら見舞いたい……。「死人に口なし、墓参りなんてがらじゃねーけどよ。お前らだって愛してたんだろ? ツラくらい見せに行ってやっちゃどうだ」 ぱらりと落ちて来た前髪に目を閉じる。儚い笑顔、闇に溶け入り、消え去って…。「くっ…」「金鳳」 いきなり予想もしていなかった笑い声が響いて、ファルファレロは瞬き、じろりと相手を見上げた。金鳳を咎めながらも、銀鳳も苦笑いを広げている。「それ、あんた、本気で言ってるのかよ?」「何だと」 久々に聞く金鳳の嘲笑する口調にファルファレロは眉を寄せる。「あんたが、それを言うのかって聞いてんだ」 ここは花街だぜ、ファルファレロ。「好いた惚れたは商売道具だ。あんただって泣かせた女全部を見舞ってやってるのかよ?」 くつくつと嗤った金鳳に、銀鳳が口を慎め、と声をかけてから、「私は自分が生き残るために母親を殺した男だ、ファルファレロ。その私が母親を悼むのは茶番だと思うが、どうだろう」 静かな微笑に変えて、「罪なら、地獄まで背負っていく覚悟はとうにできている。闇華や光華が呪い殺したがっているのなら、いつでも受け止める、ただ」「……いいや。兄貴」 ふと、何かを思いついたように金鳳が銀鳳を振り向いた。「赤蟻を断っといてくれ。俺、ファルファレロに付いてきてもらう」「何だ? どこへだ?」 訝しく問い返すファルファレロに、金鳳はくすくす笑う。「まあ来いよ。いや、来てくれ、俺と歩くのが嫌じゃなきゃ、な」 差し出された白い手をファルファレロはまじまじと見下ろした。「ああいう物言いするとこ、兄貴は固くていけねえよな」 ああ、そっちの通り、左だ。 促されて、ファルファレロは金鳳の手を引き、無言で道を進む。何が悲しくて、昼日中の色街を、目隠ししたくそ生意気な餓鬼と一緒にお手て繋いで歩かなくちゃならねえんだ、と毒づきながら、金鳳が何を見せようとしているのか、気になった。「あ、そっちじゃねえ、右だ、狭い路地の方」「てめえ、実は見えてるんじゃねえのか」「そう思うなら放って帰れよ。『弓張月』は味方ばかりいるわけじゃねえ、放り出された俺は、それほど待つまでもなく屠られてるかも知れねえな」 小さく笑う金鳳は、一瞬年相応に子ども子どもした顔になった。だがすぐに、大人の顔に戻って、「けれど、やるんなら、今は止めてくれ。今やると、兄貴が自分の責任だと思う。闇華や光華の始末をつけたいんなら、戻ってから俺を狙ってくれ」「……ちっ」 きゅ、と握られた手にファルファレロは舌打ちする。「最近兄貴に似て来たって言われねえか?」「ほんとか? そりゃ…嬉しいなあ」 笑み綻んだ唇が、ふいと噤まれ、金鳳は鼻を空へ向ける。「臭ってきた。わからねえか?」「え?」「目が見えねえとよくわかるんだ。『捨塚』に近づいたって」 一時は自分の体からも、この臭いがしてたぜ、と金鳳は嗤う。言われてファルファレロも気づいた。空気中に漂う、微かな微かな異臭。「ほら…着いた」「……何だ、ここは」「『捨塚』さ」 金鳳が手を離し、見えているかのようにまっすぐ前方を指差す。 『弓張月』は『月陰花園』の端にある。 だがそこよりもなお遠ざかり、家屋もまばらになった場所に、緑に覆われた小山があった。小山の一画は切り込まれて穴が開いており、そのすぐ側に祖末な小屋が建っている。人の気配に気づいたのだろう、その小屋からむしろを上げて、一人の老爺が顔を出す。「おや…金鳳さま」「竹爺、かわりはないか」「へえもちろん。静かなもんで。死人は無口な奴が多いもんでさ」 へへへへ、と笑う老爺の口には歯が数本しかない。「ここは何だ」 ファルファレロの問いに、竹爺は訝しげな顔で金鳳を見やり、相手が頷いたのにファルファレロを見返した。「捨鉢でさあ、よその方」「すてばち?」「知らねえかね。遊郭で死んだ女ぁ、ここに捨てられるんでさ。むかあしは深い鉢になっとって、だんだんに屍体が積み重なって、今じゃもう小山になってござる」 ははははは、と竹爺は朗らかに笑った。「土もよう肥え太ってまさ」「闇華も光華もここにいる」 金鳳が見えない瞳でファルファレロを振り仰いだ。「俺を育てた……兄貴が殺した、兄貴の母親も」 他の街区で暮らしてる奴は知らねえが、『月陰花園』じゃ、死んだ男も女も全部ここに来るんだ、ファルファレロ。「華を愛でに来た奴が知るはずもないことだけどな」 死んでしまえば、香も焚かれず、慰めもされず、こうやって街の一画にどすんどすんと詰まれて土をかけられる。「いずれはそういうもんだと皆思ってきた」 けれど、俺はあんたらと関わるうちに、ちょっと考えが変わってきた。「もうちょっとじっくり『こういうこと』と付き合っても悪かねえなと思うようになった」 金鳳は再び小山の方へ向き直る。「兄貴は、生者を生かすために『菊花月』を作る。俺は……死者と暮らすために『捨塚』をここに作ろうと思ってる」「物好きなことでさ、金鳳さま」 竹爺は白髪頭をかきあげる。「放っておいても朽ちてちゃあんと土になりますわさ」「そりゃあそうだけどよ、竹爺」 軽く口を尖らせて老爺を振り返る金鳳に、前にはなかった柔らかさが加わっているようだ。「いずれ俺も、ここに来る……兄貴やリオや……虎鋭やリーラも…」 掠れた声で、風に混じるように呟き、ふいに照れたように声を張り上げた。「けど、こんなこと気にするなんて、あんたも変わったな、ファルファレロ」 ひょいと振り返る、黒い眼帯の下の唇が楽しげだ。「一体何があったんだよ?」==================!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ファルファレロ・ロッソ=========
「俺は何も変わっちゃねえ。ただ…がむしゃらに突っ走ってきた道に何を落っことして来たのか、振り返っていい頃合いだと思ってよ」 『捨鉢』近くの小屋の前、強く腰を落とせば割れ砕けそうな床几に二人、間に置かれたのはごつりとした分厚い湯のみにひんやりとした水。 死体捨て場の近くの井戸なんて、気味悪いかね。 からかうような声で竹爺が置いたそれを、ファルファレロは一息で飲み干した。 暑い陽射しの中を歩いてきた。緑の小山には日が当たり、木陰はほとんどない。竹爺の小屋がわずかに陽射しを遮る程度だ。 「惚れた好いたは商売道具。でも好きでもねえ男の為に命を賭ける女はいねえ」 続いたファルファレロのことばを、金鳳は無言で聞いている。 「娼婦と一括りにしちまえばそれまでだが、ちゃんとそいつら一人一人の人生が、生き様があったんだ。情に厚い銀鳳が姉妹の骸を引き取って手厚く葬らなかったのは意外だが、街の掟に倣ったのかね」 ターミナルに居るロストナンバーならば、ファルファレロのやってきたことをよく見聞きしている。報告書にも目を通す。彼が今口にした、温情に満ち、生命への敬意に溢れた人生とはファルファレロは無縁であり、今も実の娘とのあれこれがあり、時に荒れた感情を抱えあぐねて撃ち放つことも知っている。 だが、いつもファルファレロが牙を剥くのは、彼の生き様を理解することもなく、お上品な説教を盾に自分の正義だけを押しつけてくる相手だったのも、また事実だ。 「金鳳、光華のどこに惚れた」 「……」 金鳳は湯のみをそっと唇に寄せる。静かに中身を含む横顔、それがちょいとでてきまさあ、と席を外した老爺に似るほど、年不相応な老いをたたえているのは、やはり抵抗出来ない状況で死線に張りつけられ続けているからか。 「てめえから見た闇華と光華、銀鳳のお袋はどんな女だったんだ」 「………」 初めて金鳳が光華、闇華と出逢ったのは五歳。その時、二人は十歳、銀鳳が十五歳。 「……聞かなかったのか」 くすり、と金鳳は笑った。 「光華は、兄貴の母親そっくりなんだよ」 俺の母親は子どもを育てることができない女だった。 「覚えてる限り、俺を抱っこしてくれてたのは、兄貴の母親だ。花街じゃ珍しいふっくらと丸い顔の……笑うと満月みたいな感じだったな」 こくこく喉を鳴らして水を飲んで、ゆっくりと顔を上向けた。 今は空には月はない。あっても金鳳には見えなかっただろう。 「名前は満華。よくつけたもんだ」 淋しかったり苦しかったり、不安だったり辛かったり。金鳳の毎日は心休まるときなどなかった。たまにしか来ない父親は金鳳を虫ケラを見るように眺める。いつ踏み潰してもいい、そう思っていると目が語っていた。そしてすぐに背中を向けて、銀鳳のところへ行ってしまう。 「俺は、体も心も弱かった」 銀鳳が朗らかで明るく、金鳳にも優しければ優しいほど、自分が生きている意味などないと感じた。かと言って、死ぬこともできない。 死は、恐ろしかった。 「一度、俺の目の前で、娼妓が毒を呑んで死のうとした」 大事な男を仲間に寝取られたのだ。金鳳の前で毒をあおり、しかも量を間違え二日二晩もがき苦しんで、最後には金鳳にすがりつき、ののしりながら血を吐きながら命が尽きた。 「皆笑ってみてたぜ、そいつも、そいつに掴まれた俺のことも」 唯一満華だけが顔色を変えて金鳳から娼妓を引き離し、すぐに一緒に風呂に入ってくれ、汚れを洗い落としてくれた。 「………泣きまくったなあ……怖かったんだ」 温かな胸乳に甘えて心ゆくまで安堵に溺れた。 「……満華が病に倒れたのはその後だ」 あれほど皆に優しくしていたのに、病となると掌を返したように冷たくする娼妓達の中、金鳳は満華の看病をし続けた。銀鳳の礼にはそっぽを向いたが、微笑んでくれる満華がいるなら、他のことはどうでもよかった。 「けれど、満華は、兄貴が殺した」 金鳳も満華を守れなかった。 涙を振り絞る親子は刃を突き立て、突き立てられながら、それでもしっかりと互いを抱き締め合って、その瞬間、金鳳は自分が得ていた絆など陽炎のようなものだとわかった。 「俺は、何を信じてたんだろな?」 結局、何も持っちゃいなかった。 そこへやってきたのが、光華、闇華だ。 「逢った瞬間、兄貴が息を呑んだのがわかった」 金鳳も気づいた、その気配、その表情。闇夜の空をほんのりと、柔らかく照らす月のように、穏やかで柔かな、その笑顔。 痩せっぽちで餓鬼の金鳳よりも、既に『双子華』の次期当主として扱われつつあった銀鳳に、二人が寄り添っていくのは当然のように思えた。 「気づいちまうだろ…抱かれて咲く華ってのに」 少女から女になった二人、それは金鳳には手の届かない世界で開く紅蓮の華。これまで通り、遊んでくれ構ってくれはするものの、日ごとその体からは違う匂いが立ちのぼる。 「闇華も兄貴を見てたけど、兄貴と光華ってのは、妙にしっくりおさまっててさ」 まるで一番初めからそう定まっていたかのように。見覚えのある風景、見覚えのあるやりとり。 「……それでも、今思うと、どっかで安心してたんだろな」 金鳳は手探りして、側のとっくりから水をそれぞれの湯のみに注いだ。零れきる前に注ぎ止める、勘働きは絶品だ。 「兄貴と光華が一緒に居ると、何だかそれでいいような気もしてた」 けれど再び、運命は絡み合う。銀鳳は光華を連れ去り、『弓張月』へ逃げ去る。 金鳳の心に不安が忍び寄る。ひょっとするとまた、銀鳳は自分が生き延びるために、最後の最後に光華を殺すのではないか、満華を殺したように。 崩れ去る平穏、そして、金鳳には闇華が残される。 「……俺は、闇華を抱いた」 本当は誰を抱いていたのか。光華だったのか、それとも、遠く遥かに奪い去られた満華だったのか。 『あんたは…いいよな、兄貴』 いつぞやのののしりがファルファレロの耳を掠める。 『いつも、一番いいものを手にする……守られ……支えられ……担ぎ上げられて』 担ぎ手の傷みなんか知ったことじゃない、それは金鳳のことだけではなくて。 金鳳が時々妙に気にかけていた、リーラのことも腑に落ちる気がした。 銀鳳とリーラと金鳳。 失ってしまった、温かで落ち着いた繋がり。 リーラが虎鋭と絆を結んでいって、誰よりも安堵したのは金鳳だったのかも知れない。 「闇華は、見かけは光華そっくりだったが、中身は俺そっくりだったよ」 金鳳はくつくつと嗤った。 「何が不満で、何が足りないのか、お互いようくわかってた」 だからって、寄り添えるってもんでもねえけどな。 ほ、と小さく息をつく。 しばらく沈黙して、ゆっくりと顔を緑の小山に戻す。 「満華には……逢えねえよなあ」 一人息子を目一杯ぶん殴っちまってるし、殺しかけちまったし。 低く微かな呟きが、金鳳の口から零れる。 それはこの間までの兄に甘えた弟のことばではなくて、長い時間をかけて、何が欲しかったのかを見極めた一人の男の台詞だ。 風が渡って、金鳳の目を覆った眼帯の紐をなびかせる。 「墓守になるってんなら止めねえ。止める理由もねえ」 ファルファレロは肩を竦めた。 「ただ捨塚って名前は頂けねえな。花塚はどうだ。その名の通り朽ちて枯れた徒花が葬られる場所だ」 「……花塚…」 眉を寄せ、ゆっくりと噛み締めるように繰り返す金鳳に、ちょっと待ってろ、と言い残して立ち上がる。 どこかの娼館へ届けに行くのか、花を盛った荷車が視界の端を横切っていくのを追いかけ、呼び止めて鮮やかな細い花弁の赤い花を買った。花芯がつやつやと立ち上がるそれを眺め、この種を『弓張月』に届けてほしいと金を握らせる。 「俺の故郷じゃ見たことねー花だが……」 戻ってきて、金鳳に差し出した。 「花…?」 くん、と金鳳は鼻を動かした。 「今そこで種を花売りに頼んできた。確か『彼岸花』とか言うやつだ。ここに植えて、血みたいに真っ赤で派手に咲き乱れたら、この塚も賑やかになる」 触れさせてやると、金鳳がひょいと片眉を上げる。 「これ…悲願草か?」 「悲願草?」 「根に毒がある花だ。真っ当な屋敷ならば植えねえ。なかなか通ってくれねえ男への文につけると、夢の中で逢瀬が叶うって伝えがある」 「ふん……俺もよく知らねーが、インヤンガイにゃ輪廻転生って信仰があるんだろ。だったら華の名をもつ姉妹が彼岸花に生まれ変わってもおかしかねえ。惚れた女が変じた花なら目に見えねえお前も匂いと気配でわかるはずだ」 「ファル…」 「昔一緒に住んでた女は花が好きで、しょっちゅう何か育ててやがった。植物に愛情が伝わるなんてこれっぽっちも信じちゃねえが、あいつが育てた花は見事だったよ」 「ファレロ…」 受け取った『悲願草』を抱えた金鳳が、ぽかんと口を開けてファルファレロを振り向く。 「今度は大事にしてやれ。俺が言いてえのはそれだけだ」 弓張月にゃ薬の菊。花塚には毒の彼岸花。 「絵になる光景だと思うがね………ってえっ!」 しんみり言い終わった瞬間、ファルファレロは思い切り金鳳に背中を叩かれて、思わずファウストを抜き放った。 「んだてめえっ、何しやがるっっ!」 「よせよ、俺とあんたの間だぜ、物騒なもんはなしだ」 ファウストの銃口を感じてはいるだろうに、金鳳は『悲願草』を抱えたまま、床几から転げ落ちるほど笑っている。 「どうしたんだよファルファレロ、振り返りすぎだろが。そんな爺さんじみた説教やめろ、似合わねえって」 笑い過ぎてあちこちに落とした『悲願草』を、しゃがみ込んで手探りで拾い出す金鳳に、ファルファレロも一つ息をついてファウストをしまい、腰を落として花を拾い始めた。 「ファレロ」 「その呼び方はやめろ」 「俺はいい友人を得たんだな?」 「友人じゃねえ」 拾った花を立ち上がりかけた金鳳に押しつける。 「年上だ、敬え」 「ぶ…」 「てめえっっっ!」 再び吹き出しかけた金鳳に、ファルファレロは顔を真っ赤にしながらファウストを抜き放つ。 「わかったわかったファルファレロ、あんたの可愛い女みたいにちゃんと育ててやるって」 「笑うなっっ!」 「笑ってねえって……っははははっ!」 「Le disgrazie non vengono mai sole! その腐ったドタマ、風通しよくしてやらあっ!」 金鳳は爆笑し続ける。ファルファレロはファウストを振り回し怒鳴り散らす。 「おや…まあ…」 紅蓮の花を飛び散らせながら、二人の男が塚の前で騒ぐのを、戻ってきた竹爺が呆れ顔で眺める。やがて白髪頭をかきあげつつ、ほんわりと微笑んで見守った。 「金鳳さまが、なあ…」
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