クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
管理番号1149-9342 オファー日2011-02-19(土) 16:36

オファーPC 理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
ゲストPC1 清闇(cdhx4395) ツーリスト 男 35歳 竜の武人

<ノベル>

 広大な夜空に星が瞬く。
 大きな岩場と森、小規模な清泉、小ぢんまりとした庵を有した平原によって構成されているそこは、街角を曲がると唐突に現れる、雄大な自然を模したチェンバーだ。
 チェンバーの主人は、竜の武人、清闇。
 世界最後の黒竜として、強大な力を持って生まれながら、人を愛し人を護り、人として生きるやさしい男だ。
 そして、その男は、覚醒して間もない今の理星にとっては恩人であり、心の拠り所でもあった。
 行く場所も金銭の類いもなく、そもそも覚醒するとはどういうことなのかよく判らず右往左往するばかりで、何をすればいいのかも判らないまま公園の片隅で寝泊りしていた理星を、自分のチェンバーへと招いてくれたのが清闇だったのだ。
 その上、不慣れで拙い理星を侮るでも軽んじるでもなく、飯くらい食わせてやるからここにいりゃあいい、と言ってくれた。
 お腹が空くことも、寒いことも寂しいことも、身体のどこかが痛いことも、切なくはあるが理星にとっては日常茶飯事だ。だから、清闇の言葉で一番嬉しかったのは、ごはんを食べさせてもらえることよりも、ここにいてもいいと言ってもらえたことだった。
 それは、故郷での理星が、両親以外からはついに聴くことのできなかった言葉だったから。
(あの星は……飛んでいったら、触れられるのかな)
 竜の住まうチェンバーに滞在して、五日ほど経っただろうか。
 その頃にはもう、今の自分が故郷には戻れないことや、ロストレイルという不思議な乗り物のこと、世界図書館という組織のことまで、少しずつではあるが様々なことが判り始めていて、理星はどうにか落ち着きつつあった。
 武人以外には見えない清闇が、案外器用に、しかも素晴らしいコントロールで魔法を操ってあたたかい食事をつくり、惜しげもなく振舞ってくれたことも大きかったかもしれない。
(それとも、俺が近づいたら、嫌がるかな)
 主人の求めるように、一定の周期で太陽と月が昇ったり沈んだりするチェンバーで、貸してもらった毛布に包まって、理星は、庵の隅っこで丸くなりながら、開け放たれた障子の向こう側に空を見ていた。チェンバーというつくられた空間でありながら、清冽な空気が一面に満ちるのは、きっとここの主人の存在ゆえなのだろう。

 あの星の光はただの擬似であって本当の星ではないと理解しながら、ぼんやりと、そういえば故郷にいた頃にも星に触れてみたいと思ったことがあった、などと思い出していると、大きな、黒々とした岩山が視界に入る。
(清闇さん……寝たかな、もう)
 あのどこかに、本体である巨大な竜の姿に戻った清闇がいて、眠っているのだ。
 竜は本来、それほど休息を取る必要がないらしいが、人間と同じ生活をしている清闇は、眠ることもまた楽しみのひとつとしているらしかった。人生ならぬ竜生を楽しむことに長けた彼らしいやり方だと思う。
「……おやすみ、清闇さん」
 視界の隅に、腹が減ったら食え、と清闇が用意してくれた、新鮮で瑞々しい果物がたっぷり入った籠を見遣りつつ呟く。華やかな、甘い香りがここまで漂って来て、幸せな気持ちになる。
 果物なんて、金銭をほとんど手にしたことのない理星にとっては、高嶺の花もいいところだった。否、そもそも、きちんと火の通った、調味料で味付けされた『料理』自体が、というべきかもしれない。
 だから、この庵でいただく食事は、どれもが夢のように美味しかったし、幸せだった。
 野菜がたくさん入った汁と、魚の大きな切り身を焼いたのと、大盛りのごはんと、豆腐と茸を甘めの出汁で炊いたのを玉子でとじたもの。それから、赤い豆を甘く煮たもので包まれた柔らかい餅。
 今日もそんな、美味しいものをお腹いっぱい食べさせてもらって、理星は、故郷では久しく味わうことのなかった充足に満たされていた。
 何よりも、得られたわずかな食料を、たったひとりで――見つかれば追い払われる、と怯えながら、大慌てで胃に収めるのが普通だった理星にとって、自分を忌避せず、殴りも罵倒もしない人と、優しい言葉をかけてもらいながらゆったりと取る食事などというものは、両親以外の相手とは初めてに均しかったのだ。
 清闇や、ターミナルのあちこちで出会った人々が見せてくれる優しさや労りが、百年以上に渡る理星の苦難をやわらかくほぐしてゆく。
 角と翼が両方ある理星を、不吉な混血めと罵ったり蔑んだりする人はいない。
 ほんの少し通りかかっただけの村で、ここから早く出て行け、と、凄まじい形相をした男たちに総出で石を投げられるようなこともない。
「俺……ここに、来られて、よかった」
 生まれてはじめて味わう充足感が、理星にとろとろとした眠りを運んでくる。
 何故自分が覚醒したのかは、まだよく判らない。
 覚醒する直前、意識を失う寸前に、誰かの声を聴いたような気もするが、定かではない。
 ただ、そこに何か意味があるのなら、自分のいてもいい場所があるのなら――自分に出来ることがあるのなら、それを探したい、そう思いながら眠りの淵へと落ち込んでゆく。
 静かな暗闇が意識を満たしてゆく。
 ――と、

(王妹殿下の貴き血を受け継いだのが、不吉な混血とは)
(将軍閣下の御名を穢した出来損ないの分際で)
(翼のある鬼族なんているはずがない)
(角のある天使なんていてはいけない)
(けがらわしい子)
(呪われた子、ここにいてはいけない子)
(ねえ、お母さん、どうしてあのお兄ちゃんには羽と角があるの? どんな神様が、あのお兄ちゃんをおつくりになったの?)
(……見ては駄目よ、穢れるわ。混血児に神はいないのよ、彼らは道を外れた存在だから)
(ふうん……じゃあ、おまえなんかあっち行け!)

 幾つもの顔、幾つもの声が理星を責める。
 責め立て、言葉で、拳で、石で、追い立てる。
 蔑み、嘲笑い、懼れて、出て行けと怒鳴りつける。
 石、棒、剣、槍、放たれる矢、そして銃弾。
 そんなものに打ち据えられ貫かれる悪夢に襲われて、
「うわあぁっ!」
 いくらも眠らないうちに、理星は飛び起きていた。
「う、うう……」
 覚醒してからも夜毎に見る、いつもの夢だった。
 否、それは、夢でありつつ、理星の現実でもあった。
 理星が、百数十年に及ぶ生の中で投げつけられてきた、無数の心ない言葉が、今も棘となって彼の夜を侵すのだ。声は、おまえに安息などないと、居場所などないと、声高に罵り、理星を追い立てる。
 ――ひとりだ。
 自分は結局、たったひとりなのだ。
「寒、い……」
 細菌すら活動出来ないほど極寒の地であっても生きていられる、頑丈な肉体を持つはずなのに、寒くて寒くて、凍えて仕方なくて、理星はがたがた震えながら毛布を握り締め、中へ中へと潜り込んだ。
 握り締めた拳の中に、つかめるものなど何もないのだと、故郷で言われ続けたことが脳裏に浮かんで、予期せぬ涙が零れる。
 何もない。
 ――同じロストナンバーたちが、どんなに親切にしてくれても、この虚無が消えることはきっと、ないのだろう。
「う……」
 清闇を起こしてはいけないと嗚咽を耐える間にも、銀の双眸から、ぽろぽろと涙が零れていく。
 寂しい。
 たったひとりであることが。
 苦しい。
 自分という存在の無意味さが。
「……ッ」
 声を殺し、歯を食い縛って嗚咽を堪えながら、毛布の中で震えていた理星の背を、その時、誰かが撫でた。
 ――否、誰かなど、決まりきっている。
「どうした、眠れねえのか」
 静かな声が耳を打ち、理星はびくりと震えた。
「心配すんな、ここには怖いものなんかねえよ……ゆっくり、休め」
 穏やかに背を撫でる、あたたかい、大きな手。
 たまらなくなって飛び起きると、そこにはやはり、鮮やかな真紅の左眼をした竜の武人がいた。眼帯で隠された右眼は、黄金の色をしているのだといつだったか聴いた気がする。
「さ、さくら、さ……」
 毛布に埋もれたまま名前を呼んだら、清闇は眼を細めて頷いた。
「ああ。怖い夢でも見たのか」
 労わりの含まれた言葉に、理星の眼からまた涙が零れる。
 頑是ない言葉が溢れて、止まらなくなる。
「俺には、意味がないんだ。なんにも、ないんだよ。とーさんとかーさんが、あんなに、一生懸命愛してくれたのに」
 しゃくりあげながら、それだけ聴かされても何のことか判らないであろうことを不器用に訴える。
 ――清闇なら、聴いてくれるだろうという信頼は、そのときすでに、確かにあった。
「どこだったら、俺は、いてもいいの、かなぁ。何をすれば、何があれば、俺は、俺であること、許してもらえるんだろう。この角と、この羽を、取ったらいいのかな。そしたら、どこかに、混ざれるのかな」
 持って生まれたのが角だけなら、羽だけなら、恐らくここまで迫害されることはなかった。混血を厭う彼の故郷において、理星の外見は、あまりにも異端で、不吉だったのだ。
 理星は両親を愛しているから、鬼である自分も天使である自分も、その双方の血を誇りに思うけれど、時々、どちらでもない自分を苦しく思うし、どちらにも――どこにも所属できない自分が哀しい。
 それゆえの拙い言葉に、清闇は慈愛の笑みをみせ、頭を撫でてくれる。
「俺は、お前の角も羽も、好きだぜ。綺麗じゃねえか、なあ?」
「!」
 不吉の象徴である『ふたつの特徴』を、そんな風に言ってくれた人は、いなかった。
 ああ、ここは異界なんだと、故郷ではないんだと――もう戻れないんだと、様々な思いが去来して、目玉ごと転がり落ちるんじゃないかと言うくらい涙が溢れ、理星は思わず清闇に抱きついていた。
「さくらさん、さくらさん、さくらさん」
 まるで、彼だけがたったひとつの寄る辺だとでもいうように必死でしがみ付き、子どものように泣いて――事実、理星の内面は、成人しているとは言い難いほど幼いが――、背中を撫でてくれるあたたかい手に安堵し、更にまた泣いて、ようやく理星は落ち着いた。
 落ち着いて、ハッと気づく。
 自分は、清闇の強靭な胸に顔を突っ込んで、着物を盛大に濡らしているではないか、と。
「あ、ご……ごめん、なさい……! えと、あの、あとでせんたくする、から……!」
 恥ずかしくなって、申し訳なくなって慌てて身体を離し、謝ったら、清闇がかすかに笑って言った。
「なア、理星」
「え、あ……はい」
「あのな、いつかおまえにも命をかけて護りてえって相手が現れる。だから今は自分を磨いていりゃあいい。――どんな夜だって、いつかは明けるんだぜ。暮れりゃあ明けるんだ、世の中なんてそんなもんだろ」
「あ……」
 誰かを護りたい。
 誰かを愛したい。
 愛することを許して欲しい。
 それは、何故か、どんなに追い詰められ、傷つけられても、決して理星の中から消えず、今も常にある願いだ。
 今はその準備の時なのだ、と言外に言われ、理星はまじまじと清闇を見つめる。
 そうなったら、いったいどんなに幸せだろう、と心底思う。
 もしかしたら、虚ろだと言われた自分の生に、そこでようやく意味が生まれるのかもしれない。永遠にも均しい時間を争い続ける敵同士でありながら愛し合い、辛い生を歩ませることになると知りつつどうしても会いたいのだと理星をもうけ、深く愛してくれた両親の願いもまた、そこで成就するのかも知れない。
 そのための準備なら、きっと、どんな痛みでも耐えられる。
 しかし、本当にそんな人が現れるのだろうか、という弱い思いが首をもたげ、
「でも、俺、」
 言いかけたところで、清闇の大きな手がまた理星の頭を撫でた。
「それでも、な。そんでも寂しい、何か寄る辺がほしいってんなら、おまえ、しばらく俺のために生きてみろよ」
「えっ」
 さらりとした、
「で……でも、迷惑なんじゃ、」
「迷惑もくそもねえよ。おまえホントに謙虚っつーか自分を低く見るのな。俺は、おまえがここにいてくれんのは嬉しいからな、ひとつも迷惑なんかじゃねえぞ?」
 絶対的な許しの言葉。
「そ、なの、だけど、でも……」
 しどろもどろになって何か言おうとするうちに、また、涙が込み上げた。
「……ッ」
 もう言葉もなく、ただ何度も何度も頷きながら清闇に抱きつく。
 その頭を、背中を、翼を、穏やかな手つきで清闇が撫でてくれる。
「心配すんなよ、誰にだってそういう奴がいるんだ。いつか、必ず、そいつがおまえのこと、見つけてくれるさ。いや、おまえが見つけるのかもしれねえな。その時、迷わずに飛び出していけりゃア、それでいいじゃねえか」
 しゃくりあげ、啜り泣く理星を諭すような、あやすような、清闇の言葉が、理星の隅々へと染み渡ってゆく。
 安堵が、緩やかな眠りを連れて来て、理星は欠伸をした。
「――ああ、それでいい。その時が来て、何か必要だってえんなら、俺はいつだっておまえを手伝うから、な。だから、今はゆっくり休め。力を蓄えておくのだって、大事なことなんだからな」
 笑みを含んだ清闇の声と、やさしい手に、理星は小さく頷き、眼を閉じる。
 きっと、すぐにすべてがよくなるなんてことはあり得ないだろう。
 虚無は、声は、ずっと理星の中に根を張って、彼を苦しめるだろう。
 それでも、今は、このあたたかさの中にたゆたっていたいと、少しの時間でいいから許して欲しいと、理星は切に祈った。
「……ありがとう、おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日な」
 また明日。
 夜明けを予感させる言葉だ。
 それを、とてつもなくくすぐったいと思った瞬間、理星の意識は、清闇の持つ鱗のような、美しい黒の中に沈んだ。
 ゆるゆると、眠りの中へと落ちてゆく。



 ――その日から、悪夢は見なくなった。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!

まだ覚醒したばかりの初々しい理星さんと、兄貴分の竜の武人さんの、寂しさと哀しみとその向こう側にある救いの一時をお届けいたします。

異世界の旅が始まってもうずいぶん経ちましたし、今の理星さんはもっと前を見据えた強い眼をしておられるのだろうな、などと思いつつ、この後理星さんが目指される出会いに思いを馳せつつ描かせていただきました。

少しずつ痛みを乗り越えて行かれる理星さんを、記録者は清闇さんと同じような気持ちで見守りたい次第です。

それでは、どうもありがとうございました。
ご縁がありましたら、また。
公開日時2011-03-27(日) 10:00

 

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