「曲解季節イベントの企画立案に参加したい奴ー」 切実募集中だと言葉の割には呑気な声で顔を巡らせると、鼠の着ぐるみを着た目つきの悪い男が手作り感溢れる看板に凭れかかって突っ立っているのを見つける。その足元には同じく鼠の着ぐるみを着た男がしゃがみ込んでいて、誰かやりたい奴ーと、のんびり呼びかけている。どちらからもあまり熱意は感じられない。「曲解季節イベントっていうと、わすれもの屋が主催してるあれか」 時間を持て余しているのか勇気を試しているのか、駅前広場にいる誰かが興味半分で声をかけると、それだそれと目つきの悪い鼠が声のしたほうを指した。よく見れば、何度かそのイベントで着ぐるみ参加している二人組らしい。「企画立案って、わすれもの屋がやってるんじゃねぇの?」 今回は手抜きかと誰かが笑うように語尾を上げると、しゃがんでいる鼠は今が好機なんだと拳を作った。「店主が忙しいんだ、忙しくしてるんだ。でも久し振りにやりたいから俺たちが考えてもいいって!」「ただ壱番世界の行事にゃ疎いからな、詳しい奴かやりたい奴に参加してもらおうと思ってな」 参加してくれるかとあまり覇気がないまま水を向けられ、その場で足を止めている何人かが肩を竦めた。「そう漠然としたこと言われてもな」「どんな感じのイベントがしたいとか、希望もないの?」 範囲が広すぎると限定を促すと、そんなのは勿論と二人が声を揃えた。「「俺たちが着ぐるみを着ないですむように!」」 それだけは譲らない譲れないといきなり熱く主張され、よほど堪っているんだなと周りの目が生温くなる。その視線に気づいた目つきの悪い鼠が咳払いをし、まだ何かしら語っている足元の鼠を蹴飛ばして黙らせた。「まあ、絶対条件はそのくらいだ。後は夏から秋にかけての行事なら何でもいいらしい。壱番世界を基準に考えんのは資料が手に入りやすいってだけだ、出身世界のもんでも構わねぇ」「何度か使ってる川と森のあるチェンバーの他に、町もあるってさ。何か建物がほしい時は店主に頼んだら造ってくれるだろ、造ってくれるよな?」 片割れを仰いで確認する鼠に、目つきの悪い鼠も何度か頷いた。「企画立案は俺たちがしても、主催すんのはわすれもの屋だからな。よっぽどの無茶でない限り、何とかするだろうよ」 もはや趣味の領域だからなと苦笑と呼ぶには楽しげに笑った鼠は、まぁそんなところだと看板に凭れていた体勢を戻した。 見るともなしに目についた看板には、季節イベント募集中と書かれた文字。勢いこそないが、案外綺麗だ。誰が書いたのかとぼんやり眺めていると、目つきの悪い鼠はそれを担いでにっと笑った。「さっきも言ったが、絶対条件は俺たちの着ぐるみがないこと! 後は季節の行事が絡んでて、大人数で参加できりゃそれでいい」「賞品に何がほしいか言っといたら、店主が作ってくれるかも?」「最終判断はわすれもの屋がするから、提案してくれたそのままで開催されるかは謎だがな」 気が向いたら声をかけてくれと片手を揺らし、鼠たちは役目を果たしたとばかりにぷらぷらと歩き出す。「しばらくこの辺うろついてるからー。わすれもの屋に行ってもいないからなー!」 そんじゃまた別の場所で宣伝するかとかったるそうに話しながら離れていく姿を眺めて、誰かがぽつりと呟いた。「あの人ら、どっちが着ぐるみ一号なんだろう……」
季節イベント企画会場はこちら、と書かれた胡散臭い看板に従うと辿り着いたのはどこかの大きな屋敷で、門扉から覗くと庭でテーブルの準備をしているらしい鼠と目が合った。軽く手を上げて気づいたことを教えた鼠はテーブルクロスを広げると近寄ってきて、物好きなこって、とそこに並ぶ面々を眺めた。 「自分で呼びかけときながら何だが……、よく集まってくれたな、あれで」 しみじみと失礼に感じ入っているのは、目つきの悪い鼠。けれど帰ってやろうかと思う前に、でもまぁ、と案外人好きのする様子でにっと笑った。 「正直俺らじゃ採用される気がまったくしねぇからな、助かるぜ」 「そうそう。試しに提案した下克上革命戦争なんて、説明が終わる前どころか五秒で却下だった。ひどいよな、ひどいと思うよなぁ?」 可哀想だ俺らと芝居がかって嘆くのは後から寄ってきた細長い鼠で、煩そうにそれを押し退けた目つきの悪い鼠がこっちだとテーブルに案内してくれる。 「悪いな、まだ茶の用意ができてなくて」 「それでしたら、わたくしが用意して参りました。脳をよく働かせるには糖分が一番にございましょう」 言ってにこやかに手早く準備を始めるドアマンに、目つきの悪い鼠は隣で感心している相方を蹴り飛ばしてドアマンからポットを受け取っている。 「悪いな、客人を働かせて。てめぇもいつまでも痛がってねぇで、さっさと店主が用意したもん取ってこい」 「って、お前が蹴ったから動けないんじゃないかーっ。俺だめだ、俺もうだめだ、動けない」 「あ? そんじゃそこで永眠すっか?」 ただでさえ据わって見える目を尚更据わらせて低く尋ねた鼠は、どれだけ愛らしい着ぐるみを着ていようとも──否、だからこそ余計に恐ろしい。痛そうに腰を押さえていた鼠は逃げるようにして屋敷に向かい、舌打ちした目つきの悪い鼠はシーアールシー ゼロの視線に気づいて幾らか気まずそうに顔を顰めた。 「あー。何か質問でも?」 自分の面相が子供を怯えさせると自覚はあるのだろう、怖がらせたかと尚更怖く顔を顰めて警戒しながら尋ねる鼠にシーアールシーは、はいなのです、と普段通りに手を上げた。 「着ぐるみさんたちは、どちらが一号さんなのです?」 「って、一号も二号もあるか! そもそも何だ、着ぐるみさんて!」 どんな名前だ認識だと叫ぶ鼠に、違ったのです? と無邪気にシーアールシーが首を傾げる。 「では、三号さんなのです?」 「っ、そんな不名誉は断固として拒否するが、一二で言うなら俺が一に決まってんだろ!?」 そこだけは断固として譲らんと主張する鼠に従って、こちらを一号と呼ぶとして。ワード・フェアグリッドは円らな瞳をその着ぐるみのおっさんに向けて、無邪気な様子で言う。 「着ぐるみさんがいるッテ、聞いてた通りだヨ。今日はねずみなんだネ、とっても似合ってるヨ、可愛イ」 「っ、何っにも嬉しくねぇっ!」 俺の人権と自尊心はどこにいけばいいんだと明後日に向かって怒鳴っている鼠に、フェアグリッドは分からなさそうに首を傾げて持っていた袋を探った。 「……? なんだカ、機嫌悪イ? お腹空いたノ? 林檎と梨、たくさん買ってきタかラ、おすそ分ケ」 ねずみさんも好物? とどこかほくほくとした様子で勧めるフェアグリッドに一号が言いたいあれこれを探すべく口を開閉させていると、彼が投げ出していたお茶の用意を着々と進めていたドアマンが、おかしゅうございますねぇと首を捻った。 「どんな方も着ぐるみを着ればアラ不思議、女性やお子様にモテ期の天上天下唯我独尊と何処かで伺いましたが……」 何がお気に召さないのでしょうと嘆かわしそうに頭を振ったドアマンを、鼠が鋭く睨みつけた。 「じゃあ、お前が着たらどうだ!」 「よろしいのですか!?」 引っ繰り返りそうに弾んだ声で聞き返したドアマンに、鼠は大きく後退りして何だその反応と頬を引き攣らせた。気づいた様子もないドアマンは白い手袋をした手を顔の前で組み合わせ、目をきらっきらと輝かせ、なのに頬は紅潮せず青白いまま鼠に詰め寄って是非と迫っている。 「そのように可愛らしい着ぐるみを私が着させて頂いてもよろしいのでしょうか!? ああ、何という夢の如き至福……、さぁさぁ脱いでください今すぐ今」 「待てこら落ち着け、着ぐるみ風情で何をそんな舞い上がれんだ!? つか脱げるもんなら脱ぎたいが、ばれたら店主にどんな目に遭わされるか……っ」 自分が口走った未来予想図に顔色を失った鼠は、未だ詰め寄るドアマンを押し戻しながら言う。 「今回お前の報酬は着ぐるみにしてやれって頼んでやっから、離れろ!」 世界に一つだけお前だけの着ぐるみだそのほうが断然いいだろ!? と必死に並べた鼠の言葉で、ドアマンは本当でございますかとぱぁっと幸せオーラを撒き散らしてようやく体勢を戻した。 「ああ、可愛らしい着ぐるみに身を包む日がもうじき……っ」 組んでいた手を解いて震わせているドアマンは、ふと我に返ったように紳士的な笑顔を浮かべた。 「失礼致しました、取り乱しました。お嬢様、お茶のお代わりは如何ですか」 今までの遣り取りを横目にさっさと着席して並べられたお菓子の消費に努めていた吉備サクラは、食べていた手を止めてドアマンを眺め、こほんと咳払いすると背筋を伸ばして優雅な仕種で空になったカップを出した。 「お願いするわ」 「畏まりました」 服装は微妙に違えどどことなく執事喫茶っぽい空気に、向かいで紅茶を飲んでいた坂上健はあれはどこまで本気だったんだろうと密かに疑問を覚える。ただ下手に口出しして迫られるのは心の底から遠慮したいので、もう一人一緒に来たはずの存在を探して視線を巡らせる。確か庭に通されるなり気持ちよさそうに走り回っていた、大きなお狐様が──、 「なーなー」 気づくといつの間にか戻ってきている有明が、一号を見上げる格好でそこにちょんと座っている。尻尾がふわっふさと揺れていて、思わず撫でたくなる風情だ。 鼠が気づいて顔を向けると、行儀よくそれを待っていた有明が嬉しそうに口を開いた。 「これ採用されたらご褒美もらえるん? 油揚げくれるんやったら僕めっちゃがんばって考えるでー」 「あー、まぁ、油揚げなら俺でも用意できるか……。よしっ、採用されて俺が着ぐるみ免れられたら腹一杯食わしてやる」 だから目一杯頑張れと鼠の手でお狐様を撫で回した一号に、やったぁ! と喜んだ有明の尻尾が速度を増す。 「採用だけでなく、着ぐるみ脱却も条件に入れてましたね」 「無理だと思うけどなあ。だって、わすれもの屋が主催の季節イベントだろ? 全裸イベントでもない限り着ぐるみのないイベントなんて考えられない!」 今まで見てきたわすれもの屋ならきっとそうに違いないと確信を持って断言した健に、嫌なこと言うなーっ! と後ろから突っ込みが入る。ようやく戻ってきた二号は慎重な仕種でテーブルにお茶のセットを置いてから、俺たちの気持ちがちっとも分かってない! と健に詰め寄ってくる。 「いいかー、俺らなんてあれだぞ、もうお父さんになっててもおかしくない年頃なんだぞっ。ぴっちぴちの三十代だぞっ。こんな姿で嫁さん募集できないだろーっ!」 分かるかこの切実がーっと本気で泣きそうに襟首を捕まえてきた二号の言葉に、健は雷に打たれたような思いでがしぃっと肩を捕まえた。 「そうか……、そうだったんだ、あんたも立派なKIRINだったんだな!? 分かる、分かるぞ、その辛さその悔しさ! 彼女欲しいぞーっ!」 「嫁さん欲しいぞー!」 太陽に向かって叫び合い──ターミナルに太陽はないなんて突っ込みは不要だ──、同士……! と抱き合って絆を確認していると、KIRINて何ー? と有明の呑気な疑問が聞こえる。 「しっ、関わっちゃいけません。ああいうのは見ない振りが一番です」 「ゼロは知っているのです、KIRINを五十まで貫いたら神と呼ばれるのです!」 「神? 着ぐるみさん、神になっタらすごいネ。見てみたいヨ」 「はっ、名案が浮かびました。いっそ、お嫁様もわすれもの屋様に作って頂くのは如何でしょう」 「あいつはともかく、俺は死んでも御免だ……」 あれは落ち着くまでほっとこう、どうでもよさそうな鼠の声がして、本題に入るかと促している。 盛り上がっている健たちを置いて、さっさと会議は進みそうだ。 「じゃあ、夏といえばってとこから始めるか」 お茶のセットと共に用意されていたらしいホワイトボードに向かって、鼠一号が企画原案と書きつけた。どこかで見た案外綺麗な文字に、看板も彼が書いたのだと気づく。だが今は、そんなことはどうでもいい。 「夏最大のイベントは夏コミに決まってます!」 他の主張など一切認めない、異議のすべても受け付けない! とテーブルを叩きながら立ち上がって主張したサクラに、なつこみ? と、でっかいお狐様と蝙蝠様が不思議そうに首を傾げた。撫で回したくなる欲求をどうにか押さえ込んで目を逸らし、持ち込んだ鞄をテーブルの上に置いた。 他の面々は何だろうと興味深く眺めてくれるのに、目つきの悪い鼠だけ複雑そうに顔を顰めている。 「何だろうな、着ぐるみで暑いくらいなのに、この薄ら寒い感覚……」 顔が見えないタイプの着ぐるみは暑くて死にかけるという、わすれもの屋の分かり難い愛情(多分)にも気づかないような鼠の、嫌な予感しかしねぇとぼそりとした呟きなど無視だ、無視。今重大なのは、考えるだけで身震いするほど壮大且つ夢の大・作・戦! 名づけて。 「BLもGLもNLもまとめて薄い本で持ち込んで、零世界レイヤー倍増計画! これなら着ぐるみ絶対ないと思います。そのかわり販売する薄い本に合わせた登場人物の格好していただきますけど」 「はぁ? 何だ、登場人物の格好って」 「知りたいですか、興味大有りですか、そうですよねレイヤーの血が騒ぎますよねぇっ!」 それでこそ着ぐるみさんですと力一杯同意して頷いたサクラは、最近流行の深夜アニメでしたら、と鞄を探って薄い本をどっさり取り出して鼠の前に置いた。見下ろして頬を引き攣らせているのは気にかけず、きらっきらとした目で見上げる。 「これならいくらでも作ってあげます!」 どれがいいですか私的にはこれがお勧めですけどでも一号さんの体格ならこっちのほうがっ、と薄い本を取り上げてぺらぺら捲りつつ熱く語っているサクラを見たまま、鼠はそこで嫁嫁叫んでる馬鹿と相方を呼んだ。 「この客人の始末は任せたっ」 坂上と肩を組んで何かしら語り合っていた鼠二号の襟首を掴んで引き摺り戻した一号は、俺にゃ無理だと小さく呟くなりその場を脱した。男の友情が芽生えたところなのに! と一号の背中に憤然と叫んだ二号はけれどサクラへと視線を変えて、まぁ女の子の相手してたほうがいっかぁと笑う。 「あっ、この裏切り者!」 「だってごつい野郎と嘆き合ってるより、可愛い女の子と話してたほうが楽しい」 「っく、……これ以上ない正論だ……っ」 俺の負けだと何故かがくりと膝を突いて項垂れる坂上と、何の話してたー? と首を傾げる鼠二号とを見比べてサクラは今まで以上に目を輝かせた。一瞬で脳内を駆け巡る妄想に、うっかりくひっと笑いを洩らすと鼠二号も何となく身の危険を察したように一歩後退りする。 「あー。──ひょっとして吉備さん、腐の女子か……」 「ん、ん? フノジョシって何だ、なぁ何?」 お前知ってると一号に問いかけている二号を眺め、ますます妄想が広がっていく。 「煩い黙れそっちで処理しろ俺を巻き込むなっ。改めて、あっちはほっといて進めるぞ」 「ちょっと待ってくれ、犠牲者は二号さんだけにして俺はそっちに入れてくれ!」 どこか切実な坂上に、許す、と一号の許可が降りる。 くひっと再び笑いが洩れて、目前に残された二号の笑顔が微かに引き攣った。 「じゃあ、夏といえばってとこから始めるか」 「? その台詞、確かさっきも聞いたのです」 「そう思うなら、頼むから次はまともな話をしてくれ」 あっちの客人みたいにどっかに行かない類の話をと言い聞かせている鼠に、それでは僭越ながらわたくしが、とドアマンは控えめに手を上げた。 「どなたでも参加可能が前提ですが、多少スリリングなものが宜しいでしょうか。知恵とギア、セクタンがあれば大抵の事柄は可能でございましょうが」 切り出しながら例えばと指を立てると、どこか期待したような全員の目が集まる。 「夏と秋両方の雰囲気を楽しめる、“ゾンビ収穫祭~ドキッ☆ポロリもあるよ!”など、」 「よし、いいから待て。そこで待て」 状況整理が必要だと額に手を当てて唸る鼠に、大人しく言葉を止める。 「ゾンビって、死んだ人が動くんダよネ? ゾンビを収穫するノ?」 おいしいのかナ? と首を傾げるフェアグリッドに、お腹壊しそうやなぁと有明が顔を顰めた。 「腐った物を食おうとするんじゃねぇ! それ以前に、今のどこで夏と秋を満喫できるんだ!?」 「ちっち、甘いのですー。ゼロは分かったのです。夏といえば壱番世界では『盆踊り』という踊りで死者の霊を霊界より召喚する風習があるそうなのです、つまりそれがゾンビで夏なのです!」 「素晴らしい、概ね正解にございます」 鷹揚に拍手をして賢察を讃えると、照れるのですーとシーアールシーが嬉しそうに返す。 「俺の知ってる盆踊りからは、大分かけ離れたところに着地したな」 「うーん、僕が知ってる盆踊りともちゃうわー」 あれて真ん中で太鼓叩く人が一番偉いんやんな? と坂上を見上げて尋ねる有明に、それは強ち間違いとは言い切れないと坂上も同意している。ボン踊り、と複雑そうに呟いたフェアグリッドがどう理解したかは謎だが、僕も一つ分かったヨと嬉しそうに声を弾ませた。 「収穫祭が秋だネ」 「その通りにございます」 素晴らしいとこちらにも拍手を送っていると、でもゾンビのポロリは何にも期待できませんねといつの間にか戻ってきた吉備が不満げに言う。 「おや、身体のどのパーツがポロリとするかが分からない、スリリングな期待を孕んでいると思いますが。お気に召しませんか」 「召すかーっ!」 力一杯割り込んできたのは鼠一号で、この突っ込み不在のボケ集団がと頭を掻き毟っている。 「誰だ、誰がこの集団を纏めるんだ……っ」 それも俺の仕事なのか!? と唸っている一号に、ご安心くださいと笑いかける。 「この案は人を選びますので、下げます」 「あー、そりゃ助かる。色々混ぜんでいいから、あんたの出身世界に夏らしい行事はなかったのか?」 何だか投げ遣りな鼠一号に問われ、ございますともと笑顔で答える。 「わが八百万廟の催し物の一つには、牛に似た全長三キロの妖獣を荒野に放ち、狩る祭りがございます。止めを刺したチームは大邪神の確実な加護が期待できるそうでございます。参加者も観光客も、死傷者続出てんやわんやの大騒ぎ。死者を蘇らせる蘇生師が大活躍でございました」 あれは活気のあるいいお祭りでございますと懐かしく思い返しながら説明すると、そんな怖い祭りは却下ー! と後ろから鼠二号に泣きつかれた。 「俺が死んだらどうするんだ、どうしてくれるんだよ!?」 「さようでございますね。これも蘇生師がないと大事になってしまいますでしょうし、不向きかと存じます」 ちゃんと心得ておりますのでご安心くださいと頷いた。 「改めてご提案いたしますのは、実りの秋にちなみ、自律行動する野菜の収穫でございます。蔓などの特定部位をカットする事で大人しくなります」 「油揚げは入らへんのん!?」 ぶわっと尻尾を膨らませて身体を乗り出させた有明に、林檎は野菜のうちダよネ? とフェアグリッドも目を輝かせる。 「そこはわすれもの屋様の采配にお任せ致しましょう。とりあえず野菜は逃げ、反撃もいたします。参加者のお腹を一杯にしようと、お口をめがけて」 「食べられたいのか食べられたくないのかが分かりません、先生!」 「違うぜ、吉備さん。そこは、俺に構わず先に行けってフラグを立てたトマトの尊い犠牲なんだ……!」 「おおーっ、なのです!」 熱い展開なのですと拳を作るシーアールシーに、だろうと盛り上がっているのを微笑ましく聞きながら続ける。 「参加者に成りすます能力か知恵があると楽しゅうございますね」 「野菜が人に化けるとか、魘されんだろ……」 しかもトマトの着ぐるみを着せられた図が目に浮かぶと目頭を押さえた鼠一号の呟きに、蕪とか大根も嫌だーっと鼠二号の悲鳴が重なった。 「揚げも林檎も野菜じゃねぇ。てことで、何か次ねぇか」 入らへんのん!? といっそ泣き出しそうに詰め寄ってくる有明に、入らねぇから代替案をだなと宥める鼠一号は、入らなイんダとしょんぼりするフェアグリッドを宥めるのにも忙しそうだ。 「それではゾンビではなく、死者の霊を宥める盆踊りを提案するのですー」 「おっ、案外普通に纏まりそうな企画だな」 盆踊り大会かとどこか懐かしそうに目を細めた坂上に、はいなのですとゼロは意気込んで頷く。 「参加者は思い思いの『盆踊り』で霊を喜ばせ、一番霊を周りに集めた人が勝ちなのです」 「霊を集める? というと、霊能力がないと参加は不可ですか」 霊能者コスでは不可ですかと真顔で尋ねてくる吉備に、霊が喜ぶなら何でもありなのです! と拳を作る。 「店主さんに死者の霊を無数に作ってもらい、町チェンバーに墓場を作って放つのです」 これだと誰でも参加可能なのですと笑顔になると、成る程と吉備も手を打った。 「墓場でダンスかー。……それこそゾンビの出番だよな」 言って小さく口ずさみ始めた坂上に、ポロリも復活でございますかとドアマンが笑顔を広げる。それはもういい! とすかさず突っ込んだ鼠は、けど現実可能そうだなと興味を示した。他にルールはと水を向けられて、ゼロはえへんと発表する。 「踊りとつく物なら暗黒舞踊でも何でもいいのです。他人の踊りを邪魔するのも一つの手なのです。力尽く色仕掛け、とにかく霊を集めたら勝ちなのです、お供え物でもきっと懐柔できるのですっ」 「そうすると、中には悪い霊もいそうでございますね」 「そうなのです! たまに悪霊が交じっていて、踊りに野次を入れたり悪霊笑いガスを散布したり悪霊レーザーを放つなど妨害してくるのです。しかも悪霊式戦場格闘術を習得していて強いのです!」 「……それはあれか、勝ったら友情が芽生えたりすんのか」 渇いた声で笑いながら突っ込まれたのを聞いて、すごいのですとゼロは一号を見上げた。 「着ぐるみ一号さんはエスパーなのですっ。仲間になった悪霊さんは強いのです、ダンスを盛り上げたりサクラを務めてくれて、仲間が続々増える特典つきなのです」 寧ろもう悪霊退治がメインになっていそうなゼロが目を輝かせて続けているところに、油揚げないんやったらもうええ、ときゅっと丸まって拗ねていた有明がちょっとだけ顔を上げた。 「それ、勝ったら油揚げ貰えるん?」 「……腹減ってんのか、なぁ、よっぽど腹減ってんのか」 茶菓子が不服だったなら揚げくらい持ってきてやると呆れた様子で鼠一号が付け加えると、有明はほんま!? と勢いよく立ち上がった。尻尾を大きく揺らしながら鼠の周りを駆け、油揚げ油揚げと拍子をつけて繰り返す。 「賞品は、店主さん特製のひとだまランタンなのです」 ひとだまが自動でついて来てくれたり、雰囲気に合わせて怪音を発したり霊を惹きつけるといった特殊機能が沢山ついているのですとほくほくと続け、はたと思い当たって付け加える。 「きっと有明さんの気分に応じて、油揚げも持ってきてくれるのです」 「油揚げー!」 早よ早よと尻尾を揺らして急かす有明に足を取られた鼠に代わり、ホワイトボードに盆踊りの詳細を書きつけていたフェアグリッドがペンに蓋をしながら振り返った。 「演出なラ、僕にもできそうだヨ。お手伝いしたラ、皆喜んでくれルかナ?」 「なんていじらしいことをっ。でも何もなさらなくてもワードさんや有明さんはそこにいるだけで癒しですよ、もっふりヒーリングですよー!」 できればもふもふさせて頂きたいくらいにと手をわきわきさせている吉備の後ろから、油揚げ到着ー、とどうやら使い走りしていたらしい鼠二号が山ほどの油揚げを載せた皿を運んできた。 「お揚げさんー!」 今にも飛びつかんとした有明の首をがしっとホールドして止めたのは一号で、世の中そう上手くはできてねぇんだなぁ、と低く笑った。見た目、完全に悪役だ。 「今の企画は一見着ぐるみを免れそうだが、照る照る坊主にもさせられた俺らに隙はないっ」 「今度は霊にさせられるっ。そうじゃない、もっと確実に着ぐるみを免れられる企画と油揚げは引き換えだー」 どうやらこっちも割かし切羽詰っているらしい着ぐるみーずの脅迫に、有明はお揚げさんー、と尻尾をぺたんと垂らした。 「もう人型には何も期待しねぇ。というわけでお前らの責任は重大だ」 油揚げが食いたきゃ何か出せと迫る一号に、どこのチンピラですかと周りから突っ込みが入っている。けれど一号の言い分は尤もだと納得した有明は、とりあえず邪魔な鼠を振るい落として首筋につけていた風呂敷からメモを取り出し、片手と口を使って器用に広げる。 人型に戻ればいいのになんて野暮な突っ込みはいらない。 「えーと、夏言うたらやっぱしお祭り。稲荷神社でお祭りや!」 お稲荷さんはご利益あってええでー、やっぱり神社はお稲荷さんやでーときっちり宣伝も忘れない。これを忘れたら怒られるのは内緒だが、とりあえず役目は果たした。 何だその棒読み、と鼠が呟いたのは聞かずに続けてメモを読む。 「夏祭りは浮かれて満喫したもん勝ちやねんて。お祭りを一番満喫したやつがその日のお祭りの帝王になれるんやで! て、母様が言うてた」 「んー、否定する要素はないな」 「そうですね、女性の場合は女王と呼ぶくらいで他は別に」 壱番世界出身の坂上と吉備も頷きながら同意してくれるのを、何故か鼠が胡散臭そうに見ているが気にしない。お祭りて何すんのん? と尋ねると、どこか懐かしそうに目を細めて教えてもらった情報からわくわくと考えた企画だ、大事に発表するほうが先決だ。 「えっとな、お祭りは浴衣で屋台で花火で盆踊りなんやって。せやから、浴衣早着替えから始まり射的金魚すくいカキ氷の屋台を制覇して、逃げるねずみ花火捕まえて盆踊り会場に突撃して真ん中にある太鼓最初に叩いた人が優勝とかどうやろ」 「さっきの太鼓が一番偉いは、そこに繋がるわけか」 「でもねずみ花火ってあれだろ、くるくるぱーんってやつだろ。あれ怖いよな、怖くねぇ?」 追いかけて捕まえるなんてと不安そうにする鼠二号に、そやしなー、と目を輝かせて提案する。 「ねずみ花火は長持ちして捕まえても安全なやつやとええな。見た目ねずみっぽかったらかわええと思うんやけど」 くるくる逃げんねんと可愛らしい姿を想像してわくわくしながら告げると、店主が喜んで作りそうだなと一号が笑った。 「これだと思った以上にまともな企画になりそうだ」 どこか嬉しそうに呟きながら企画内容を書きつけている一号を見上げ、尻尾でしたーんと地面を叩く。ふと見下ろしてきた鼠は一度大きく瞬きをしたがすぐに思い当たったようで、好きに食ってくれと苦笑するように笑った。 「お揚げさーん!」 いただきますー! と二号が下ろしてくれたお皿から油揚げを頬張って幸せに食べ進めている横で、お盆祭りや秋祭りの時期ですしねと吉備が頷いている。 「全てのお祭り屋台を制覇した者がお祭りKINGだ、とか……そういうのは言っちゃった者勝ちだと思います」 「お祭りKINGもいいけド、屋台をやルのも楽しそうだネ」 お祭りいいナと賛同するフェアグリッドに、ですよね! と吉備も嬉しそうに声を弾ませる。 「タコ焼きとか綿あめとか、自分でやらせてもらった時はとても楽しかったので。僕や私の考える最強のお祭り屋台伝説、みたいな厨二力丸出しの煽り文句もつければ完璧です」 「あれ、何でだろう。何かちょっと、ずれてきてない?」 さっきまでいい感じで来てた流れが何かおかしく、と鼠二号がそろりと注意を促しかけたが、そう言えばさと坂上が言葉を浚った。 「祭りって言えば、ばあちゃん家のほうの祭りで、火祭りって言うのがあるんだ。六百年くらい前に海賊たちを焼き討ちして退治したって話が元で、今は派手な花火大会になっちゃってるけど」 知らない人のほうが多いかなぁと少し唸った坂上は、それに因んでさと指を立てた。 「焼き討ちする船を作って海に浮かべて、爆発炎上させちまうのはどうだろう。参加者を海賊と村の若衆に分けて、サバゲーっぽくするとか」 楽しそうだろと曇りない笑顔で続けた坂上に、ちょっと待てと一号の突っ込みが入る。 「何で今の流れでそっちにいった? 花火大会を付け加えよう、で纏められる話だったろ!」 「え、だって面白そうだろ」 「確かに否定はしねぇがなっ。祭りの流れから何で海賊にいった!?」 「やだな、ちゃんと聞いててくれよ。ばあちゃん家のほうで火祭りがさ、」 「それはもう聞いた!」 お前こそ話を聞けとホワイトボードを叩いて主張する鼠に、けどさぁ、と坂上は真面目な様子で腕を組んだ。 「あんたたち、着ぐるみ着たくないんだろ?」 「……何だ、いきなり」 「さっきも言ったけどさ、それ裸族でなきゃ無理なんじゃね? や、夏用のイベントとしてヌーディスト・ビーチってものがあると聞いたことはあるけど、いくら個人のチェンバー内でも多数生活してる人が居るところでヌーディズムってどうなんだろうなぁ。……零世界でそんなチャレンジャー、流石にお勧めできねぇしなぁ」 「通報されちゃうネ、きっト」 というよりすル、と頷くフェアグリッドに、やらねぇ! と鼠二人の声が揃う。 「だからさ、間を取って水着なら許されるんじゃないかと思うんだ。海賊なら海賊の衣装だろうしな」 「はいはいはい、衣装作成、私も関わりたいです!」 海賊なら任せてくださいと目の色を変えて手を上げる吉備に、まだ決まってねぇ! と鼠が叫ぶ。 「あーくそ、祭りの障害物競争だけならいい感じだったものをっ」 「では、ゾンビの海賊が屋台を商う、というのは如何でございましょう?」 「名案なのです。それだとゾンビメイクに海賊衣装で、着ぐるみではなくなるのです」 「いい加減、ゾンビはその辺の箱にしまって鍵かけとけ!」 うがーっと発狂しそうな勢いで突っ込んだ鼠の言葉で、ドアマンとシーアールシーは手頃な箱を探し始める。油揚げを食べてまったりと寛いでいた有明は、ちょっと眠くなってきた目を擦りながら肩で息をしている鼠を見上げた。 「なぁ、なんで着ぐるみ嫌なん?」 「はあ?! そんなもん、」 「僕は毛がふかふかの着ぐるみやったら格好ええと思うんやけどなぁ。特に狐の着ぐるみやったらめっちゃええと思うでー」 ふっさりした尻尾を揺らしてほくほくと自慢げに告げると、鼠はしばらく黙った後にしゃがみ込んできてくしゃくしゃと少し乱暴に頭を撫でてきた。 着ぐるみ越しで何か変な感触だが、悪い気はしない。 「天然はいいよなぁ……、天然は」 もういっそこの状況ないことにして寝てぇわと遠い目をして呟いた鼠一号に、寝るな寝たら死ぬぞーっと二号が切実な様子で突っ込んだ。 「よし、最後の頼みの綱。ばしっと本領発揮してくれ」 心の底から期待していると有明を撫でたまま荒んだ様子で鼠一号に声をかけられたワードは、頑張るヨと生真面目に頷いた。 「夏の企画……、タナバタはもう終わっちゃったネ。今年のタナバタはネ、ベルゼたちと一緒ニいっぱイ『タンザク』吊るしたヨ」 あれ楽しいネと同意を求めると、坂上はホワイトボードに手をかけて、ふっとどこか遠いところを見上げた。 「お星様ってさ、いつになったら願い事を叶えてくれるんだろうな……」 俺もあんなに短冊を吊るしたのにと拳を震わせている坂上に何かしら声をかけようとすると、そっとしておくのです、とシーアールシーが緩く頭を振って止めてきた。 「男にはそっとしておいてほしい傷もあるのだと、何かの本で読んだのです」 「禁止されたゾンビのような物でございますね。ところで、これはどちらの箱にお入れしておけばよろしいのでしょう」 油断すると出てくるのでございます、と何かを閉じ込めたように重ねた手を見下ろすドアマンを眺めると、痛い痛い痛い! と有明の悲鳴が過ぎった。 「それ撫でてるんとちゃう、毛ぇ毟ってるやろ!? 僕の毛並み乱さんでー!」 「おお……、悪い、うっかり苛っとした」 駄目だ落ち着け俺と再び有明を撫でて目を逸らした一号に、あれも触れてはいけない傷なのだろうと察してそっと見なかった振りをする。 一人落ち着いた様子でスコーンにクロテッドクリームを塗っていた吉備が、七夕も妄想を駆り立てるいいイベントですよねと深く頷きながら食べ進める。思い出して、ワードもふと口許を緩めた。 「月見団子食べタ、こしあン、つぶあン、きなコ」 指折り数えながらほくほくと美味しかった記憶を辿っていたが、あレ? と首を傾げる。 「これからの企画の話だっケ」 「思い出してくれて助かるぜ、つーか思い出してくれたの多分にお前だけだけどな」 まぁ既に企画は聞いたが、と幾らか恨めしそうな目を落ち込んだり探したり何か書き始めたりしている面々に向けた鼠は、深い溜め息をついた。銀色の毛並みがふわっと揺れて、有明はくすぐったそうに身動ぎしている。 「七夕っていやぁ、俺らが来る前にもやったらしいな」 「そうなノ? タナバタ、楽しいからネ。……もう一回タナバタやらなイ?」 時期はすぎたけド、と付け加えながら七夕の知識を辿る。 「タナバタのお話知ってル、織姫さまト彦星さまノお話。天の川ニ隔たれた二人の恋のお話だよネ、雨が降ったら会えなイ、寂しいお話」 一年に一度しか会えないのに、どれだけ寂しいだろうと思うと胸がきゅうとする。雨なんて、降らなければいいのに。 毎日天気を変えては不都合も生じるだろうが、それこそ年に一度だけだ。たった一日晴らすくらい、許されるべきだろう。 「だからネ、雨を降らせないようニ、八月の太陽を七月に持ってくル、みたいナ企画を考えてみタんだけど……どうかナ」 そろそろとした提案に、面白そうですねと吉備が書く手を止めて賛同してくれる。 「つまり今年はもう一回願い事をするチャンス! ってことだなっ」 「嫁さん欲しい嫁さん欲しい嫁さん欲しいっ」 「二号さん、残念なお知らせなのです。三回言うのは流れ星なのです、七夕とは違うのです」 重々しく頷いて突っ込んだシーアールシーに、そうなの!? と衝撃を受けている二号を他所に、ドアマンはゾンビの単語を手に閉じ込めたままその発想はございませんでしたとどこか嬉しそうに笑った。 「具体的に、どんな感じの催しになるのでございましょう?」 「川のあるチェンバーで、雨が降ってるんだけド。その川を泳いで向こう岸まで行っテ、……んート……」 むむむ、と眉根を寄せて考えていると、太陽を持って泳ぐのかと坂上が感心したように頷く。 「太陽を持って泳ぐのが彦星、向こう岸に織姫がいるってことだな! 太陽を持って川を渡りきれた奴が、真の彦星!」 「織姫を懸けた彦星同士の戦い、天の川で繰り広げられるデスマッチ!」 燃えますねと坂上と吉備が意気投合しているが、そんな怖いノじゃなくテ、と慌てて付け足す。 「とにかくネ、企画でもいいかラ織姫さまト彦星さまを会わせたいんだヨ。二人はとても仲がいいのニ、離れ離れは寂しいと思ウ、寂しい気持ち、僕は分かるかラ」 負けた彦星が可哀想だかラと知らず泣きそうになって告げると、縁結びの雨やなぁ、と半分寝そうになっていた有明がのんびりと口を開いた。 「太陽持って渡った彦星が、織姫と一緒に雨やましたらどうやろ。誰でもええんとちゃうで、彦星の太陽と合う織姫一人だけやねん。そんで雨やましたら、この後一緒におってもええでーて」 「まぁ、いい感じの話にはなったが。誰が一緒にいていいって許可を出すんだ、それ」 笑うように突っ込んだ鼠に、有明は何言うてんのんと目を瞬かせて嬉しそうに笑った。 「そんなんお狐様に決まってるやん、僕が許すー」 僕やあかんかっても兄上殿が許すーとほくほくと断言した有明は、満足げに欠伸をすると眠そうに寝そべった。 「それ、いいネ。会えたら二人、ずっと一緒ダ」 それがいいと嬉しくなってワードも頷くと、寝そうになっている有明から手を離して立ち上がった鼠が比較的綺麗な字でワードの案をホワイトボードに書きつけた。 「おしっ、これで出揃ったか。途中は行方を見失ってどうなることかとも思ったが、……まぁ、これだけありゃ店主も何かしら気に入るもんがあるだろう」 どれが採用されるかは分からんがと付け加えながら向き直ってきた鼠は、助かったぜと真面目に頭を下げた。 「開催事態いつになるかは分からんが、ま、いつか何かやらかすだろうし。気が向いたら参加してやってくれ。じゃあ、軽食くらいは用意してあるから後は適当に寛いでいってくれ」 「お茶もお菓子もお代わりあるぞー」 「ほな油揚げ追加で!」 まだまだ食べられるといきなり身体を起こして主張する有明に、ゼロも油揚げが食べたくなってきたのですとシーアールシーが手を上げた。 「ところで貴方は今出された企画の内、どれかお気に召したものはおありなのでしょうか」 参考までにお伺いしてもよろしゅうございますかとドアマンに問われ、鼠二号は織姫に会いたいー! と手を振り上げた。 「同士が提示してくれた、ぬうでぃすとびぃち? も興味はあるけどっ」 「や、俺は犯罪に近くなるからやめとけって言ったんであって、やれなんて言ってないぞ?」 男の裸なんて見たくないからなと真顔で反論する坂上に、俺も女の子以外に興味ない! と清々しく断言している二号は放っておいて。馬鹿がいやがると痛そうに額を押さえている鼠は、改めてホワイトボードを眺めた。 「着ぐるみの可能性が低いのは……、祭り障害物競走か、いっそ火祭りか」 「はい! 海賊の衣装ならお手伝いしますが、色々立て込んでることもあるので早めに連絡くださいねっ」 夏コミのコスプレも同様です! と握り拳で宣言する吉備に、それだけは身体張っても止めてやると鼠が口の中で呟いたのは彼女には届いてなさそうだ。 「まぁ、一番無難そうなのは最後の天の川だがな」 これなら参加もしなくてすむんじゃないかと甘い目論見でうっそりと笑ったのに気づき、何言ってるノ? と鼠を見据えた。 「天の川にハ、河童って言う妖怪が住んでるんだっテ。次の着ぐるみ、決まったネ、河童だネ!」 きっとそれも可愛いヨと心の底から本気で言うのに、鼠は何度か口を開閉させた後、すうと息を吸い込んだ。 「お前ら、着ぐるみ脱却させる気ねぇだろーっ!!」 何の為の企画会議だと耳が痛くなるほどの声で怒鳴りつけた鼠から、耳を塞いで逃げろとばかりに走り出す。待てこらもっかい考え直せと追いかけてくる鼠を避けて広いテーブルの周りをぐるぐる回って逃げながら、ドアマンがぱっと手を開いた。 「お気に召さないようでしたら、河童のゾンビは如何でございましょうー?」 「っ、着ぐるみもゾンビも纏めて全部片しとけっ!」 ふざけんなと鼠の絶叫に潜む切実と、それでも本気で逃げる気はなさそうな関係性にワードは思わず声にして笑っていた。
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