「では、皆さん、始めましょうか」 目に痛いようなショッキング水色の羽織と縞の袴を着た世界司書鳴海は、モフトピアに着くや否や、楽しそうに笑った。「準備は万端ですよ」 上機嫌で片手に持ったものを高く差し上げる。「釣り竿?」「釣り?」「はい、モフトピアで一本釣りです!」 意気揚々と歩いていく鳴海の羽織の背中には、えらく凝った意匠の、しかし微妙に何か間違っている感じの絵柄が、金糸銀糸含む鮮やかな刺繍で縫い取られている。「……門松?」「いや門松だけど何かオーナメント下がってね?」「ってかサンタ人形ついてるんじゃ」「ってか、KADOMATSU IPPON TREEってロゴ何!」 不安を募らせるロストナンバーのざわめきが、聞こえているのかいないのか、島の端ぎりぎりに立った鳴海は、そこから釣り竿を振って釣り糸を垂らし、にこやかに振り返る。「釣れてきたものを、そこのお鍋で雑煮にしておいしく頂きます」「そこのお鍋?」 確かに言われてみれば、島の中には既に幾つかのかまどが準備されており、くまさん型アニモフ達が三角巾と割烹着的な白い上っ張りを着て、ぱたぱたと走り回り、火加減と出汁の具合を見ているようだ。どこから調達してきたのか、緋毛氈にふかふか座布団、小皿や椀、箸やフォークなどなどの食器も整えられている。「ここから釣れる雲の魚は、刺身にはちょっと向かないそうですが、煮込んだりすると、『モフ雑煮』とでもいいますか、それはもうもっちりふっかり、噛みしめるとじゅわっと染みでた味がまた格別で、酒によし、飯によしの……お、引いてる!」 そのまま顔が蕩けそうな調子でしゃべっていた鳴海が、ぐいん、と弓なりになった釣り竿にしがみついた。「お、お、お…っ」 ぐんぐんぐんぐんとどんどん曲がってたわんでいく釣り竿、これはちょっと助けに行かなくちゃならないんじゃないかと数人腰を浮かしかけた次の瞬間、たわみが戻って下からざばあっと飛び上がってきたものに、鳴海の笑顔が凍った。「ぎゃ…」 ばあっくん! 釣れたのは鳴海の数倍もあろうかという大きな雲の魚だ。落ちてくると同時に鳴海を一呑みにして体を翻し、そのまま再び雲の海へ飛び込んでいく。「って! おいしく頂かれたぞ!」「あんなのもありっ?」「てか、鳴海司書どうすんの!」 どよめくロストナンバーに、くまさん型アニモフがとことこやってきた。「こういうときは〜」「こういうときは?」「こうするの〜」 島に流れ着いていた雲を掴んで千切り、にぎにぎ丸め、「えい!」 投げた。狙いは違わず、今しも大きく身をうねらせながら島から離れていこうとした大魚の頭にヒットする。「うわああっ」 ぼふん、と砕けた魚から鳴海が吐き出され、くるくると宙を舞ったかと思うと、羽織袴をはためかせながら必死に泳ぎ寄ってきて、何とか島の端にしがみついた。「た…たすかった…」「おいおい大丈夫かよ、ったく」 ロストナンバーに抱え上げられ、引きずり上げられたその鳴海の後ろで、ぐおおおおんっ、と下の方から凄い勢いで上がってきた別の一匹が。 ざっぱああああんんっ! 水がないから聞こえるはずもないのに、飛沫を跳ねさせ空中で体を捻って、再び雲中に飛び込んでいく、その瞬間、見下すようにロストナンバーを見やった。「っ!」「見たか」「おお、くそ、あいつ」 笑いやがった。「雲魚ごときに馬鹿にされて黙ってられるか」「見てろ、骨の髄までしゃぶりつくしてくれる!」 燃え上がるロストナンバーの一方で、鳴海ははあはあ言いながら手を開く。「あれ?」 もがいた時に無意識に握りしめたのか、そこにあったのはふわふわと愛らしいピンクと水色の花がついた髪飾り。「何だ?」「雲魚の中にあったみたいですね」「はあ?」「えーと……雑煮にしてみます?」「どんな味がするんだそれ」「……わかりませんが……まあ、試しに」 可愛いから止めて、という声を無視して鳴海は鍋の中に放り込み、頃はよしと引き上げて一口。「む!」「旨いか?」「……あがが……刺さりました。櫛の部分が。もう少し煮込んでみましょうか」「………そういう問題じゃないと思う」「でもなかなか甘いような柔らかいような味でおいしいですよ?」「……髪飾りが、だよな?」「えーと……」 かくして何が釣れるかわからない、それでもとにかく食べてみましょう的な新年会が幕を開けた……。======●ご案内こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。《注意事項》(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。======
「今までバイトで他人様に着付けたことしかないものを自分で着られるって感動ですぅ☆本日はお招きいただきましてありがとうございますぅ☆」 川原撫子は、緑の扇と蝶の振り袖に結い上げ髪で深々と一礼した。 「釣って食え、ですかぁ☆お正月早々デンジャラスでサバイバルですぅ☆」 きりりとたすき掛け、にこやかに引き締まった腕で釣り竿を差し上げた。 「釣り好きの僕にとっては嬉しいイベントや! めいっぱい楽しむでー!」 撫子の隣で着物と羽織を着たフィン・クリューズは足下サンダル、開いた裾から純白の褌が見えたが満面笑顔、いそいそと釣り竿を振る。 「いざ尋常に勝負! 頑張ってたくさん釣るわ!」 フィンに教えてもらいながら初めて釣り竿を垂れるティリクティアは、花弁零れる流水に手まり柄の華やかな着物、髪をまとめた小花の髪飾りも愛らしい。目指すはでっかい雲魚、必ず釣ってやるわ、と意気込んで、たちまち赤や緑や黄色の色とりどりの雲魚を釣り上げ、フィンが笑った。 「筋がええなあ、自分…今年一年…ボクの故郷の事も気になって来るなぁ…ま、今は気難しい事は考えんでおこ! お、引いた!」 歓声を上げるティリクティア、だがフィンが釣り上げたのはどう見ても空色のバケツで、アニモフが、それも掴んで鍋に入れようとするのを慌てて止める。 「うんうん、これは美味そうやな…って、いやいやいや! これは食えへんやろ! 腹おかしくなったらアカンて!」 鍋に入れようとするアニモフとそれを止めようとするフィンの側で、 「あら。なんか面白そうな事やってるじゃない。私にもやらせなさいよ」 フカ・マーシュランドは釣り竿を取り上げる。 「え? 鳴海の説明聞いてなかったのかって? ふんっ。そんな面倒なの聞いてるわけないじゃないのさっ」 ふんぞり返って釣り竿を握るが、上下逆を指摘されて慌てて持ち替えた。 「まぁ、とりあえずこの棒についた糸を垂らして魚を引っ張り上げればいいんでしょう? 余裕ね! 私を誰だと思ってるのよっ」 実はフカの故郷には釣りは無い。見よう見まねで釣り竿を振る。 「私の天才的なテクニックを見せてあげるわ。…惚れるんじゃないわよ?」 何とかバケツを雲の海に戻したフィンが釣り糸を垂れて間もなく、一抱えもありそうな雲魚を釣り上げる。 「これはもちろん鍋行きやな」 今度はティリクティアに綺麗な銀色の髪飾りが釣れた。 「素敵…お雑煮には入れたくないわ。これは私が貰ってもいいかしら?」 お似合いですね、と鳴海が笑い、第一陣と温かな椀を配り始める。 「さすがに釣りをするのに素足でおるわけにはいかぬからのぅ」 豊漁祈願で新春をイメージするピンクや緑などの色合いの、竜宮城の乙姫のような衣装はジュリエッタ・凛・アヴェルリーノだ。黒髪のウィッグに金の髪留め、本格的な装いなのだが、足下はスニーカー。 「女子力が下がるじゃと? それはいいっこなしじゃ!」 竿をたわませて上がってきたのは、壱番世界で魚類最大の大きさ、豊漁の象徴とされるジンベエザメそっくり。 「おや? 何やらフカ殿にも少し似ているような…おおっ、昔水族館で見たことがあるぞ!……お!」 「ジュリエッタ!」 釣り上げた魚に一気に呑み込まれた友人にティリクティアが声を上げる。 「ふんぬぅぅううう~~~、どっせぇぇい☆」 撫子の気合いが響き渡る。がっと開いて踏みしめた足、百年の恋も尻尾を巻いて裸足で逃げ出しそうな顔で、撫子の腕が気合いもろとも雲魚をぶち上げる。その腹からいきなり小脇差が突き出され、ぐいぐいと内側から腹を開いた。 「な、なんとか脱出できたのう……そういえば、腹に何やら丸いものがあったので袖に入れてきたのじゃが……」 現れたジュリエッタが袖を覗き込み、声高らかに喜ぶ。 「おおっ、これはまた、色とりどりのトマトや穴あきチーズのレプリカじゃ! イタリア風鍋ができそうじゃの。鳴海殿、さっそく鍋に入れてみようぞ!」 次々放り込まれたトマト風雲、チーズ風雲は鍋の中でとろりとした薄紅のスープになり、いい香りが漂う。第二陣は洋風雑煮だ。 「だぁー!! こんなチマチマやってらないってのよ!」 フカが竿をぶん投げぶち切れた。 「べ、別に全く釣れなくて悲しくなったわけじゃないんだからね!? 私はただ、少しでも効率のいいやり方をしたいだけさね。見てなさい!?」 最後の台詞はフィンに投げられたようだ。あっという間に雲の中へ飛び込んだフカは、気持ち良さそうに体を翻し、雲魚の群れを角度を変えて狙い撃ちして仕留めようとするが、嘲笑うようにさっき跳ねた巨大な雲魚が現れた。 「あら、ご機嫌よう。さっきはよくもシカトしてくれたわね?」 フカもフカの武器も、気にした気配さえなく緩やかに旋回して向き直る相手に、フカは歯を剥いた。 「…なーにガン飛ばしてるのよ? 噛み砕くわよ!?」 その雲魚が投げ込まれた釣り糸に身を翻した。 「オラオラ、可愛いアイテム出しやがれ&素直に食材になりやがれですぅ☆」 撫子が放った第二投を雲魚は尾びれで弾き飛ばした。 「…ガッデム☆雲魚の分際で生意気ですぅ、絶対食い散らかしてやりますぅ☆」 中指立てた撫子に、雲魚は嘲笑うように大口を開ける。 「みなさぁん、少しどいて下さいぃ☆」 挑発に撫子は乗った。綺麗なフォームで口の中へダイブ、見守るうちにばこばこどこどこと派手な音が響いて雲魚の腹がどんどん膨れ上がり透けてくる。どうやら撫子がギアの小型樽で滅多打ちにしている様子、ほどなくぺっと吐き出された撫子はそのままアッパーカット一発、伸びた相手を片手で引きずり島に投げ上げる。 「お雑煮一杯できましたよ!」 アニモフと鳴海が新たな椀を運んできた。 「エヘヘヘヘ、いい汗かいたのでお雑煮美味しいですぅ☆お酒もカパカパ飲めちゃいますぅ☆鳴海さん~、もっとお酒ドカンと下さいぃ☆」「はいはい〜」 微妙に涙目になりつつ、鳴海が撫子に酌をする。撫子が投げ上げた雲魚、フカがようやく仕留めた雲魚と白菜雲と菊菜雲、ジュリエッタのトマト雲とチーズ雲、ついにティリクティアがやっつけた彼女の体ほどもある雲魚、それらを食材にフィンが腕を揮った各種の雑煮が次々供される。アニモフ達はいつもとは違う珍しい味に大喜びだ。 「美味しいわね」 ティリクティアはぎこちないながらも箸で食べ、一緒に並んで食べるアニモフがおいしいー!と甘えてくるのに蕩けそうになっている。甘いお菓子も食べたいとねだる彼女に、シュークリーム雲が渡された。 「少し皮(レプリカの残骸?)が残っているようじゃが、ふむ、味は上等じゃ! さあ皆の者いかがじゃ?」 「まあ悪くないわね、むしろあんなものでよくやったわ。ほ、褒めてるんじゃないわよ! 食べられるって言ってるだけだからね!」 ジュリエッタのイタリア風鍋をフカは忙しくお代わりしている。 「ううう、でも簪とか真珠とか…フランちゃんのお土産にしたかったですぅ☆」 ぐったりした撫子が椀をかっこみ、ふと手を止めて底から摘まみ上げたのは、白くて丸い雲真珠。撫子は破顔した。ターミナルでは宝石を加工してくれる者も居るだろう、何とかプレゼントできそうだ。 「何だか今年も幸せな年になりそうじゃな」 「ボクもそういう気がしてきた! そうだ、改めて、新年おめでとう!」 ジュリエッタが微笑み、フィンの声に、皆が口々に新しい年を言祝いだ。
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