クリエイター藤たくみ(wcrn6728)
管理番号1682-17025 オファー日2012-05-31(木) 18:24

オファーPC ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
ゲストPC1 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399) ツーリスト 男 29歳 機動騎士

<ノベル>

 仕込を済ませ、テーブルと椅子を軽く拭いてから、ざっと店内を見回す――ひとけのない場末の酒場と言うのは、狭くてもがらんとした印象を与えるものだ。ましてやここ”軍法会議”のようなそれなりの空間を有する店ならば尚更に。
 流石に開店後まで無人ということはまずないが、表通りから外れているとは言え駅に程近い店にしては、このところ客の入りが芳しくないようにも思う。常連達のツケも、いつの間にやら驚くべき金額が嵩んでいた。
 とは言え、回転が止むことのないうちはまだまだやっていけるだろう。マスターは気を取り直して入り口を開くと、早々にカウンターに引っ込んで、早速グラスを磨き始めた。まるでそれが本分であるかのように。

 いつもより少し早めの開店は、常より多くのことを考え、思う時を齎した。
 この店も、元々は酒をゆっくり楽しむ場を提供するという、只それだけの為に開いたように思う。破格の賑わいをみせるようになったのは、ここ数年のことであり、ならば現在は本来の姿に戻ったと考えることもできる。
 酒はゆっくり飲むもの――それが物静かなマスターの持論だった。
 だが、一方で酒の席に行儀の良い客ばかりでは物足りなくもある。何故ならば、時として酒は羽目を外したり、歓談の供として嗜まれるものだからだ。もしくは心身の疲労を癒す為に。他人や自分を労う為に。ある種の救いとして存在する。それは酒そのものだけでなく、振舞われる場も同様である。依存してしまっては元も子もないが、飲まなければやり過ごせない日々というのは往々にしてあるものなのだから。
 酒とは無礼講なものだ。だから――と言う訳でもないが。
 マスターは、今の状況を少しばかり寂しくも思っていた。もっとも、この店の顔役とでも呼ぶべき、ある常連客が顔を出した時点で、寂しさなど感じている暇は無いのだが。
 そう言えば、冒険旅行に出ていないのなら、そろそろ来る頃だ。

「おお、今日も拙者が一番乗りであるかな」
 噂をすれば、鈴が常人の通過時とは異なる揺れ方をしてろんろんと鳴った。そんな大味で特徴的な音色を伴う者は、この世にひとりしかいない。決して低くも狭くも無い筈の出入り口を、身を窄めて漸く通れるかと言うこの巨漢の異様なる威容も、目に馴染んで随分経つ。

 ――む、久しいでありますな。
 ――おお、しばらくぶりであった。

 彼は上枠を抉ることなく無事潜り抜けると、その頭部を甲冑で覆いながらも実によく通る声で「ウム、そうかそうか」などと上機嫌に頷きながら、店内を堂々と真っ直ぐに進んだ。ごつり、ごつり、ごっ、と具足に踏まれる度、一部モザイクのように彩度を違えた床板の悲鳴が近付いてくる。色味や音質が異なるのは、いつぞやの乱痴気騒ぎで抜け落ちた床を補修した為だ。

 ――おや、床の半分は誰のせいかな?
 ――さて、誰のせいだったか。とんと記憶にないでありますなあ。

 やがて騎士は辿り着いた木製の椅子を気遣うように一瞥してから、結局は腰掛けぬまま、カウンターの中央席およそ三つ分を――当人は只立っているに過ぎないのだが――事実上占拠した。
 静まる店内にはマスターと、騎士のみが向き合う。それがここ暫くの開店直後の光景だ。次にこの唯一の客より発せられるであろう言葉も、それを承知でマスターが既に冷えた大ジョッキを用意していることも、
「”ヌマブチ”で」
 全てのオーダーにその名を伴うことも、幾度と無く繰り返された。
 いつからだろう、とマスターは自問した。サーバーより黄金色のエールがとくとくと注がれては白い泡を盛り上げてゆく。
 程無く満たされたジョッキを差し出す手は詮の無い思索を伴った為か、不覚にも些か控えめなものとなった。騎士は気にも留めずそれを一気に煽り、体躯と態度に見合う喉越しの音を数度立て、早々に器を空にして一息吐く。
「ウム、いつもながら苦味の効いた良い麦酒である! 貴殿もそう――」
 そうして右手の席を振り向いて。ほんの僅かな間、言葉を失った。
「……おふぅ、いかんな。拙者としたことが一杯目にして早くも酔いが回っているようである」
 大柄過ぎる騎士は甲冑で窺えぬ表情の代わり、剥き出しの発達を極めた胸部や肩が如何にもばつが悪そうに隆起する。それは言葉や仕草以上に雄弁で、精彩を欠きながら生彩を放つ――などと、もし語ったところで誰にも理解されまい。毎日のように顔をつき合わせていればこそ、その境地に辿り着いたのだから。否、あるいは、
「どれ、景気付けにもう一杯頂くとしよう! 勿論”ヌマブチ”でな!」
 あるいは、からからと笑う騎士に再度名を呼ばしめた、生真面目なあの男ならば、多少は耳を貸したのだろうか。
 マスターは二杯目を差し出すと、客が見たばかりの場所を横目で覗き見た。

 ある日を境に空席となったそこには、かつて、カーキ色の服に身を包んだ軍人がカウンターに寄り掛かり、異形の騎士と肩を並べていた。一見すると共通点など無さそうなふたりの男は、酒を酌み交わす内に親交を深めていった。
 その情景は、いつまで経ってもまるで昨日のことのように。鮮明で、克明で、多くは喧騒を伴う。瞑目するまでも無くがらんとした店内に重ねて、容易に浮かべることができる。軍法会議モノとでも言うべき出来事、その数々を。

 時に破天荒な騎士の行動に軍人が引きずられては辟易し、

 ――これがなかなか美味である。さあ、ヌマブチ殿も謎肉をご賞味されよ。
 ――ああこれはスマ……謎!? ちょ、ちょっと待て! それは蛇だよな? 蛇なんだよなッ!?
 ――おやおや? 謎肉は謎肉である。食感は鶏肉に近い。さあ、さあ!
 ――クッ……断言されない事がここまで不安を煽るとは……!

 時には、趣味に暴走した軍人を騎士が窘めると言う場面もあった。

 ――ということは魔法とか魔法とか魔法とか魔法とかを扱うので?
 ――貴殿は本当に魔法に弱いであるな。魔法にも良し悪しがあるかも知れぬぞ。
 ――最早条件反射に近いものでありますしなぁ。
 ――呪われてしまうかも知れぬ。気をつけられよ。
 ――本望……と言いたい所だが、流石に呪われるのは勘弁だ。まあ、意識はしておくさ。

 騎士道に殉じる事を至高とする騎士と、只生きる事を重視する軍人――ある意味で共にここの屋号を象徴する職に就いていながら、その内面は見た目以上に違い過ぎていた。だが、本来決して相容れぬ筈の男達の関係は互いに気の置けぬ、友と呼ばれるもののように思えた。
 そう言えば――マスターは、ふと思い出す。
 確かあれは、世界図書館が館長の足取りを追っていた時分。連日のように視界一面にそびえていた鋼鉄と肉の壁が、世に言うセカンドディアスポラに巻き込まれ、ある日忽然と姿を消したのだ。

 ※

 店内を見渡すことに何ら支障の無いその頃。代わりに仏頂面でちびりちびりとグラスを傾ける小柄で無骨な男の姿が、マスターの視界の隅に留まり続けていた。
 彼の腰は見目より遥かに重かったらしい。
 後にとある異世界にて異形の騎士が発見されたとの報が届いた際、何人かの常連客が出向く中、その軍人だけは頑として動こうとしなかった。迎えに行かないのかと尋ねてみても「何故某が行かねばならん」と心外を極めたように眉をしかめる程だった。
「他の者ならいざ知らず、あれに心配など不要でありましょう」
 紅い瞳を頂く三白眼を数度瞬かせてから得意の仏頂面に改める。おそらく瞼の裏には、常軌を逸した騎士のいでたちが焼きついているのだろう。
「殺して死ぬ輩ではありますまい」
 続く憎まれ口は、半ば以上の本心――否、確信めいたものを感じさせずにはいられない。尤も、それはあの偉丈夫を知る者ならば誰しも同じの筈だ。同意を示すマスターに、軍人は「大体あの男は」と尚も続けた。
「外見も言動も行動も性格も筋肉も全て規格外なだけで充分傍迷惑だと言うのに、その上周囲まで巻き込んで規格外に仕立て上げてしまうから一層始末に終えん」
 まるですぐ傍で騎士が奇天烈なことを仕掛けてきた時のように饒舌に、常日頃己が如何に迷惑しているかを力説する。口出しこそしなかったものの概ね同感だったことを、マスターは今でも良く覚えている。
「ならば偶に行方を眩ましたとて、下手に安否を気遣い騒ぎ立てるよりはむしろ落ち着いて酒を飲む好機とみるべきであります」
 己が頑として動かないのは酒をゆっくり飲む為の、さしずめ戦略的判断と言ったところか。終いに男はマスターに対し「貴殿の言葉だぞ」と言い訳がましく添えて、琥珀色の液体を飲み干すと、無言でグラスを差し出した。
「…………」
 新たに注がれた酒の芳香を暫し楽しんでいるのか、最前の出来事に未だ思うところがあるのか。暫くの間グラスを弄び、揺れる琥珀を眺めていた彼は、徐に、幾分過剰に引き締めていた口を面倒臭そうに動かして、言った。
「……明日から」
 マスターは微かに眉を上げて、続く言葉に耳を傾けた。
「またここも騒がしくなりますな」
 それきり軍人は口を噤んでしまい、只、飲むことに終始していた。けれど、最後に零された呟きは、どこか喜色を帯びているように思えた。

 ※

「“ヌマブチ”で」
 そして、今。マスターの目の前には騎士のみが居る。
 最早馴染みとなった合言葉に、マスターは常と同じく静かに応えた。あの頃の光景と逆転したこの状況は、ふたりの内面の違いそのものなのかも知れない。そんな埒も無いことを、胸に秘めながら。
 騎士は景気の良い飲みっぷりを見せ付けてから、言った。
「あれだけの啖呵を切ったのだ、すぐにでも帰ってくるであろうよ」
 その語り掛けはマスターへ向けられたのか、先刻の己へ言い聞かせたものか。快活に笑う騎士が、兜の下で何を思っているかは存外分からないものだ。
「タダより高いものは無い! 呑めるうちに呑まねばな!」
 少なくとも言葉や態度、行動といった、いつか軍人が愚痴を零したあらゆる面はいかなる時も決して変わらず、この騎士は明るく豪快に振る舞い続ける。
「まだまだいくぞ! ”ヌマブチ”で!」
 そんな気丈な男に掛ける言葉を、マスターは持たない。否、例え持っていたとしても、掛けるべきではないのだろう。その方が自分らしい。そして――この瞬間こそが騎士らしく、また、あの軍人らしいのだろう。
「”ヌマブチ”だ!」
 酒場のマスターが為すべきは、只、寡黙に注文の酒を差し出すことだ。次々グラスを空けていく唯一の客を見ていて、それで良いと思った。だが――、

「…………」
 そろそろ十杯目を超えた頃、騎士は右手にグラスを掲げた。
 癖や勘違い、泥酔によるものでは決して無い、さりげなくも確たる所作で。
「……うむ」
 やがて何事も無かったかのように分厚い胸元へ戻すと、琥珀色の液体を無造作に兜へ流し込んだ。

 早くまた、この酒場が騒がしくなる日が来ればいい。
 寡黙なマスターは今日も変わらずグラスを磨き、客の訪れを待っている。




 ――今の内は……こうして杯を傾けようではないか!
 ――異論無し! で、ありますよ。




 ここ暫くの間、仏頂面でちびりちびりとグラスを傾ける小柄で無骨な軍服姿の男が、時折視界の隅に留まるようになった。
 いつからだろう。そんな埒もない疑問を浮かべながら、マスターは只酒を出す。
 確かなことは、彼の腰は見目より遥かに重いと言うこと。何処かの異世界で世界図書館との接触が報じられても、顔色を変えるどころか身動ぎひとつしない。出撃しないのかと尋ねてみても「必要があれば召集されるでありましょう」と、にべもなく応ずるのみだった。
 彼は紅い瞳を頂く三白眼を細めて琥珀色の液体を飲み干すと、空いたグラスに自分でとくとくと酒を注ぎ、酔いが回ってきたのか少し雑に瓶を置く。そして満たされたグラスを、誰も居ない左手の席に向けて掲げると、徐に口を開いた。
「……前にも」
 珍しく自ら進んで口を開く軍人に少し驚き、マスターは目を見開く。
「似たようなことがあったか」
 軍人は「ふん」と鼻を鳴らすとそれきり口を噤んでしまい、只、飲むことに終始していた。けれど最後の呟きは、どこか喜色を帯びているように思えた。

クリエイターコメントお待たせ致しました。場末の酒場の一幕、お届けします。


マスターに感情移入しながら書いてみましたが、如何でしたでしょうか。酒場の記憶として、勝手ながら幾つかの遣り取りを引用させて頂いております。スポットの雰囲気とお二方の距離感、表現できていると良いのですが……。

少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。


この度のご依頼、まことにありがとうございました。
公開日時2012-07-16(月) 19:50

 

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